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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編18
 ファントモンはふらふらと飛び、時折、がくりと高度を下げる。
「「「きゃああっ!」」」
 その度に私達は悲鳴を上げたけれど、ファントモンは落下せずにそのまま、また高度を上げようとする。飛ぶというより、こっちに来ようともがいている。
 私もアリスも立ち上がり、アイちゃんの傍でファントモンを待った。
 ようやくファントモンはこちらに辿り着き、そこで力尽きるように飛べなくなった。慌てて受け止めるけれど、ファントモンはひどく軽い。まるで身にまとうマントだけを抱き止めたような気がして、私はさらに悲鳴を上げた。
「ファントモン!」
 それでもファントモンは不敵な笑みを浮かべているような気がした。
「元々、アタシは軽いよ。なんて顔……バカだね、留姫……」
 ファントモンの声には以前のような力は残っていなかった。
「バカで悪かったわね! だってアンタ、死にそうじゃない!」
「死ぬのかもね、そうかもねぇ……」
「ファントモン!」
「ちょっと力仕事だったから…ね……」
「ファントモンさん!」
 ファントモンは首を廻らせてアイちゃんを探す。
「礼…言わなくちゃね……」
「ごめんなさい!」
 アイちゃんは涙を零す。
「謝ることないよ……ウィザーモンが死んだらアンタ達の勝利は無くなっちゃうからね……。それはアタシも困るなって思ったんだ。ありがと。言われなかったら気付かなかった。だから――」
 ふと、ファントモンは何かに思い当たるように小さく息を飲む。
「――ああ、『あるがまま』って、こういうことかな。恨みや憎しみじゃなくて、無意識の底から思った……」
 そっと息を吐くように言った。
 アリスがぎゅっと、ファントモンのマントの裾を握り締める。
「言ったじゃないですか! 私は悲しいって言ったじゃないですかっ」
 アリスは目に涙を浮かべる。
「もしもの時にはデジタマになれるんですよね!? 大丈夫ですよね?」
「……さあ、どうかな……」
「デジタマになるんだったら、私、運びますから……。ロゼモンさん達を助けたいんでしょう? 私達を助けてくれるんでしょう?」
「アタシは元々はアンタ達の敵だよ? それにアンタを攫ってひどい目にあわせようとしたんだよ……忘れたの?」
 ファントモンはふぅっと、息を吐く。先ほどよりも軽い、まるで安堵の息のようなそれと同時にその体が一瞬、黒くて淡い光に覆われる。
「う、うそっ……!?」
 そして光の粉が散るように、ファントモンのその姿は私達の腕の中で散ろうとした。
「「「ファントモン……!」」」
 私達は悲鳴を上げた。
 ところが、――そうはならなかった!
「ファントモンッ!」
 ファントモンの体はそのまま、光も収まっていく。
「わあ……」
「良かった……!」
「大丈夫なんですね!」
 私達は口々にそう言った。けれど、ファントモンは、
「うう……良くないよぅ……」
 と、掠れた、細い声を上げる。
「ファントモン……!」
「嫌なもんだね。こんなに苦しくて辛いのにアタシは死ぬことも出来ないんだ……いつもそうだ。今もそう……。嫌だ、嫌だ……」
 私達はファントモンの体を抱き締めて声を上げた。
「「「そんなの絶対、イヤよ!」」」
 ファントモンは、
「どうして……アンタ達がそんなこと言うの?」
 と驚いている。
「「「イヤだから! 死なないで!!」」」
「死なせてよ…ぉ……」
「「「やだっっっ!」」」
「……アンタ達、もぉ…わけわかんな…い……」
 ファントモンはそう言うと、
「まいったね。起きられないよ……もうちょっとは動けると思ったのに、この状態じゃ、もうアンタ達の力になれない……。いいじゃない、足手まといにはなりたくないんだよ、死なせてよ。もう、ほっといてよ……」
 と、呟くように言った。


「治療を受けてくれますか?」


「……ウィザーモン?」
 いつのまにかウィザーモン先生が来ていてそう言った。あの場所から飛んで来てくれたみたい!
 腕の中にいるテイルモンさんは意識を取り戻したようで、ウィザーモン先生の腕から抜け出してふらつきながらも地に降り立つ。
 両手を腰に当てて、
「アンタ、どういう事情か知らないけれどずいぶん変わったみたいね。敵と決めたデジモンがデジタマになるのを許すなんて。トータモンをデジタマに戻さずに残らず消滅させることぐらい、アンタならやれるでしょう?」
 ふらついているのにテイルモンさんはそうケンカを売るように言う。そしてファントモンの傍に片膝をついた。
「――で、どうなの? 私達が治療してあげる気になっているんだけれど、受ける? 受けない?」
 ファントモンを私達は抱え起こす。
 ファントモンはテイルモンさんに言った。
「アンタってほんと、嫌味な聖獣型……! それだけ? もっと訊きたいことあるんじゃない?」
「私が知りたいこと全部訊いていたら、アンタの治療も手遅れになるじゃない? イエスかノーか、早く答えなさい」
 さらりとテイルモンさんはそう言った。
「イエスかノーか? ふん、アンタ達もお人好しなんだね……」
 ファントモンは微かに笑っているように感じる。
「イエス、だよ。アタシは今、どうしてもやりたいことがある。ロゼモンを助けたい。留姫達とあと少しでいいから一緒にいたい。力になりたいんだ……それだけ、どうしても……」
「力になりたい? どういうこと?」
 理解出来ない、とテイルモンさんは私に問いかける。
「お願いします!」
 と、私が言い、
「助けて下さい!」
 と、アリスが言い、
「ファントモンを助けて下さい!」
 と、アイちゃんが言った。
「どうなっちゃったのよ? 何があったらこんな連帯感を持てるわけ?」
 私達三人は
「たくさんあったんです」
「様々なことが……」
「とにかく、お願いします!」
 と頭を下げた。
「後で話してよ? 絶対よ?」
 テイルモンさんは首を竦めてウィザーモン先生へ声をかける。
「――こんなこと言っているけれど、いい?」
 ウィザーモン先生はファントモンの顔を覗き込む。
「皆を助けたい? それは貴女の意思ですか?」
 問いかけられて、
「ああ、そうだよ」
 とファントモンは言った。
 ウィザーモン先生はそっと目を閉じて、背後に声をかける。
「――で、貴女の御希望でもあるんですか?」
 そちらに黒い光が生まれる――――!
「さっきのデジモン!」
 私が声を上げるのと、テイルモンさんが驚いて身構えるのは同時だった。
 ウィザーモン先生の背後に、あの美女が姿を現した。先ほどと同じでロゼモンさんを抱えている。
「久しぶりね。――こっちを見てはくれないの?」
 そう。ウィザーモン先生は振り向かない。
「お久しぶりですね。――『心』を奪われるわけにはいきませんから」
 ウィザーモン先生の言葉に、美女は微笑む。
「そういうところ、私は嫌いだわ。可愛げが無いこと」
「それで結構です」
 あくまでも穏やかにそう会話している二人に、テイルモンさんが神経を尖らせていくのを感じる。テイルモンさん、怖い……!
「――ちょっと! 何をアンタ達は言っているの!!」
 テイルモンさんは苛々と吐き捨てるように言った。
 ファントモンは溜息をつき、
「メタルマメモンの婚約者だって言っていたよ」
 と教える。
「え!?」
「強いよ。サーベルレオモンを簡単に助け出した。アタシは屈服させられたようなもんだし……」
「そんな……」
 テイルモンさんは驚き、ウィザーモン先生に問いかける。
「そういうデジモンとアンタがどういう知り合いなのよ?」
 そう言われ、ウィザーモン先生は、
「メタルマメモンの婚約者? 違うでしょう、それ……」
 と、首を傾げている。
 美女がおかしそうに笑う。
「今は貴方に興味無いわ。昔は興味あったけれど。――相変わらず、つれないんだもの。つまらない男ね……」
 と言った。その美女の言葉に、テイルモンさんは複雑な顔になる。
「――浮気者!」
「していませんよ。貴女と出会うずっと以前に会っただけですから」
 テイルモンさんにそう答えてウィザーモン先生は立ち上がり、被っている魔法使いのそれのような帽子のツバを引き、美女からの視線を避けるように隠した。
 美女はファントモンに目を向け、
「私が今、興味を持っているのはそこにいるファントモンよ」
 と言う。
「アタシ……!?」
 指名されたファントモンは息を飲む。
 ウィザーモン先生は、
「え……?」
 と言葉を失う。
「私の大切なデジモンなの」
「……」
「動けるようにして。出来るでしょう?」
「……」
 ウィザーモン先生はかなり驚いている。ようやく、
「……そういうご趣味ですか?」
 そう呟くウィザーモン先生。
 私はちょっと考え、ようやく、
「女のデジモンなのにファントモンが好きなの!? そういうこと!?」
 と声を上げる。アリスに
「今頃気付いたの? 遅いわよ留姫。もうちょっと心配する気になった?」
 腕を突付かれた。アリスはそのことも含めてファントモンを心配していたみたい。
 ファントモンは複雑そうな顔をしている。
「あの、それってもちろん……」
「どういう意味で受け取ってもらってもいいわ」
「あーのーねーっ! アタシは困るからっ。からかって面白がるのもいいかげんに……」
 ファントモンがガーッと声を大きくすると、
「……くぅっ」
 と突然、体を痙攣させた。また先ほどと同じ黒くて淡い光に覆われたので、私達は悲鳴を上げた。
「「「ファントモンは安静にしていなくちゃいけないんです!」」」
 この場の様子に、
「……………………どうなっちゃったの、これ?」
 テイルモンさんはウィザーモン先生に訊ねる。ウィザーモン先生は小さく首を横に振った。
「とにかくこの場で応急処置を。まずはデータを安定させることが先です」
 私達はファントモンから離れた。土の上に寝かされたファントモンにウィザーモン先生はテキパキと治療を始めた。テイルモンさんは慣れた手つきでそれを手伝う。
 私達は離れた場所で見守った。
「大丈夫かしら……?」
 アリスはそっと、祈りを捧げるように両手を合わせる。
 ウィザーモン先生は両手に淡い光を発生させる。ファントモンの体の消滅した箇所に当てる。
「ぃ、やぁぁ……」
 ほぼ右半身を無くした状態のファントモンは呻き声を上げる。それでも治療は進められているようだった。ファントモンはとても苦しそうで見ているのが辛い。
 けれど順調そうだったのに、突然、
「何っ!?」
 ファントモンの体から黒い火花が生まれた!
 ウィザーモン先生もテイルモンさんも飛び退く。それはわずかに遅かった。二人を突然、
「うっ!」
「きゃああっ!」
 爆発が吹き飛ばす。柔道の受け身をするように二人はそれぞれ地に転がった。
「大丈夫ですか!?」
 私達がそちらに駆け寄ろうとすると、
「動かないで。その場にいて下さい」
 とウィザーモン先生は声を投げる。
 ファントモンは苦しそうに痙攣する。
 ウィザーモン先生達は身を起こし、そのまま立ち上がらずにファントモンの様子を見守る。
「これは……」
「私達では治療出来ないの? どうして……」
 ファントモンは弱々しく左手を眺める。
「力を強化し過ぎた――だから……?」
 ウィザーモン先生は、ハッとしたようだった。
「そうですね、それは考えられると思います。構成データの改造をしていたのでは? 追加構築した構造の段階で狂いが生じていたのかもしれません」
「ああ、そう……だ……『金髪』に……」
 その名を聞いて、ウィザーモン先生の体が震えた。
「――これ以上の被害者を出すことは、させない……!」
 こんな凄みのある声――ウィザーモン先生がどれだけ怒っているのか、そしてどんなにそれを押さえようとしているのかを感じる。テイルモンさんはその様子を、苦しそうに見守る。
「アンタ……『金髪』の知り合いなのよね?」
「知り合い――そういう時もありました」
「戦ったんだよね?」
「……」
「あ……いや、アンタ達が負けたとは思っていないんだけれど……」
 ファントモンは慌ててそう言い、付け加える。それにウィザーモン先生は
「負けましたよ」
 と答える。
「そうなの……」
「だからいったん退き、また戦いを挑みます」
「負けたんだよね? ええと……」
「貴女は、負けたらそこで終わりだと思いますか?」
「え……それは……」
「負けた事実はあります。けれど勝機をつかめそうなきっかけは得る事が出来ました」
「そう。だから前向きなんだ?」
「ええ。希望は残っています。――ファントモン。今、ここでの治療は難しい。もっと設備の整った場所で時間をかければ助けられます」
 ウィザーモン先生の提案に、ファントモンは首を横に振った。
「無理だね。構成データを変えるのは裁きを受ける。デジタルワールドへ行けば隠れてもすぐに見つかるだろうし、リアルワールドにも行けない。すぐに四聖獣から見つかり処刑される……」
「そうですけれど……」
「気持ちだけ受け取っておく。とにかく今は治療より、『ここ』にいたいんだ」
「手遅れになりますよ」
「それならそれでいい」
「良くないでしょう!」
「いいんだ、それで……。――ウィザーモン、敵だったアタシを助けようとしたお人好しっぷりはずっと……感謝するよ。――もちろんアンタにもね、テイルモン……」
 ウィザーモン先生は小さく息を吐いた。テイルモンさんは、
「そんなの悔しいじゃない! 私が助けたいと思っているのに……!」
 と、地面を殴りつけた。
「まだ動ける。――今、ちょっとだけでも治療してもらえたから、もう少しだけ前に進めると思うよ……」
「あの、それって……まさか……」
 私は気付き、思わず両手で口を覆った。
「じゃあ、まさか!? シードラモンさんは?」
 私が問いかけると、ファントモンは瞬きをした。
「ああ……全く同じとはいかないけれど、似た状態になるかもね。多少のケガなら全回復出来るかもしれないけれど、アタシみたいな致命傷受けたら、ヤバイかもね……」
「そんな……!」
「ついでに言うと、アイツはね、さらにヤバイんだよ。――どういう事情だか知らないけれど、アイツは本当は……アタシなんか足元にも及ばないほど大きな力を身につけている」
「大きな力!?」
「何を条件にされたのかもアタシには解らないけれど、それだけメタルマメモンを助けたい気持ちが強かったのかもしれない。でも、――後からだ。ずっと変だと思っていた。ある日……ある時を境に、爆発的な力を身につけたんだ」
「どんな力?」
「それは……神域に近付き過ぎた力だ……」
「大きなケガをしないように気をつければいいんですよね?」
「そうだね。それと、力を極限まで使い果たしたらヤバイかもしれない」
「それは! シードラモンさんの性格考えたら無理よ……!」
 私は不安になる。
「シードラモンとは? そのデジモンは敵ですか?」
 ウィザーモン先生に訊ねられ、
「えっと……そうでしたよね、ウィザーモン先生達と離れ離れになってから出会ったからご存知無いんですよね。ええと、メタルマメモンさんの友達なんですって。それで、ベルゼブモンとアンティラモンとも会ったんです」
「彼らと? そうか、DNSSが? 他にも?」
「それがこちらに来てくれているのはベルゼブモンとアンティラモンだけなんです」
「え! そう……」
 ウィザーモン先生は考え込んでいる。テイルモンさんが
「どうして!?」
 と苛立つ。ウィザーモン先生が、
「あちらも大変なんでしょう。五年前を思い出して下さい」
 と言うと、テイルモンさんはとたんに悲しそうな顔をした。
「違う。忘れたことなんかないっ!」
 ウィザーモン先生は頷く。
「責めているわけではありませんから。誤解をさせてしまったのならすみません。貴女があのウイルスの辛さを忘れるはずはありませんから」
「ウィザーモン……」
 テイルモンさんは肩を落とす。
「なんとかなります。そのために私達はここにいるのだから」
 ウィザーモン先生はそうテイルモンさんを励まして、それから私を促す。
「留姫さんが知っていることを教えて下さい。出会ったデジモンの名前、特徴などを、出来ることなら覚えている範囲でかまいませんから」
 と言われ、だいたいの状況を話した。シードラモンさんのこと、リリモンさん達と一緒にいること。その特徴も。
「水棲型なのに空中に浮かぶ? 自在に動ける? そこまでの改造を…?」
 ウィザーモン先生は難しそうな顔をした。
「そんなことして友達助けようとして……。どういう裁きを受けるか、知らないはずないのに……。アイツら……なんて酷い……!」
 テイルモンさんは瞳に怒りを湛えている。
「いったいどうなっちゃうんですか?」
 たまらなくなって訊ねると、
「知らない方がいいこともあるわ……」
 とテイルモンさんは言い、立ち上がる。
 アリスはファントモンに歩み寄る。ファントモンの体が帯びていた黒い火花はもう消えている。
「じっとしていて」
 アリスはそう言い、まるで大きなぬいぐるみを抱えるようにファントモンを抱えた。
「わわっ、何するんだよっ!」
 アリスは、
「子犬より軽いもの。動けるようになるまで私が運ぶから。――かまいませんよね?」
 最後の方は、美女に向けて言った。美女はつまらなさそうに
「仕方ないわ」
 と言った。美女はロゼモンさんを抱えていたので、いくら軽くてもファントモンも抱えて運ぶことは難しかった。両腕がふさがってしまうから。
 ウィザーモン先生は、テイルモンさんを片腕に抱き上げる。テイルモンさんは一瞬だけ不機嫌になった。
「アンタに世話かけるつもりはないのに」
 テイルモンさんがそういうと、ウィザーモン先生は
「あまりそう言わないで下さい。お腹が痛いんでしたよね? 多少、具合は良くなってきましたか?」
 と言った。
「こんなはずじゃなかったのに……」
「この場所が貴女の属性と正反対のものだからでしょう。仕方ないことです。貴女がそんな顔をする必要はないんですよ。微量の電磁波や低周波が神経系に影響を与えるから、胃も痛くなるでしょう?」
「……そうじゃない……」
 テイルモンさんは何か言いたそうな顔で、ウィザーモン先生を見上げる。
「どうかしましたか?」
 ウィザーモン先生は微笑む。
 けれど。
「何でもない……」
 ふいっと、テイルモンさんは視線を逸らした。
「テイルモン?」
「今はいい。今度話す……」
「そうですか? そうですね、もっと体調が良ければ話すのも楽でしょうから……」
 元気付けるようにウィザーモン先生は微笑む。けれど、
「……」
 テイルモンさんは疲れた顔をして俯いてしまった。
「あの? 本当はもっと具合が悪いんじゃ?」
 ウィザーモン先生は心配そうに話しかける。
「……違うから。平気……」
 テイルモンさんは目を閉じてウィザーモン先生の胸に寄りかかる。
「あの……大丈夫ですか?」
 私はそっと、ウィザーモン先生に訊ねた。
「ええ、大丈夫だと思います」
 そう聞いて安心した。私は周りを見回して、
「?」
 ある事に気付く。
「……いつのまにか、仲間外れっぽい……」
 アイちゃんが私を見上げる。
「仲間外れ? どうしてです?」
「だってほら……」
 美女はロゼモンさんを、アリスはファントモンを、ウィザーモン先生はテイルモンさんを抱えている。
「あ、なるほど」
 アイちゃんは頷く。そして、
「でも私はまだ走れますから」
 と言った。
「そうね。私もアイちゃんを抱えることは出来ても、走ることは出来ないと思うわ」
 そう言い、アイちゃんとそっと笑みを交わした。
 美女はウィザーモン先生に、
「『バッカスの杯』のワクチンを作るためには、どんな情報が必要なのかしら?」
 と訊ねた。
「そうですね。構造が解れば早いです。それと……」
 ウィザーモン先生はいくつかの条件を答える。
「構造の情報は渡せるわ」
 美女がそう答え、
「なんですって!?」
 テイルモンさんは驚く。
 けれど、ウィザーモン先生は驚かない。
「貴女ならやりかねない」
 そう言われ、美女は肩を竦める。そして、指先に二、三匹の黒い蝶を出現させた。蝶はひらひらと飛び立ち、ウィザーモン先生の杖へと流れるように舞い降りる。そして、吸い込まれるように消えていった。
「これからどちらに行くつもりでした?」
 杖をくるっと回すと消し、ウィザーモン先生は美女に訊ねた。
 美女は微笑む。
「『望む場所』に」
「?」
 美女の言葉にウィザーモン先生は訝しげに、
「どういうこと?」
 と訊ねた。
「私が進めば進むほど、『入り口』から遠ざかるのよ。『金髪』はメタルマメモンのいる場所に私を近付けたくないみたい。どう進もうとしても『入り口』には辿り着けない……」
「辿り着けない?」
「御覧なさい」
 そう言うと美女は再び飛び始めた。
「待って下さい」
 ウィザーモン先生が呼び止めようとして、
「……これは――――」
 と、その場を飛び退く。突然、足元の岩が次々と隆起した……!
「何、これ……」
 私は言葉を失う。
「先ほどから周囲の物質の構成データが次々と変動しているのよ」
「え!?」
 美女の言葉に驚く。
「どんなに進もうとしても、遠ざかる道へと繋がってしまう。――小賢しいわ」
 美女はさっと自分のまとう着物の裾を払う。鋭い視線を、行く手に向ける。
「間に合わないかもしれない」
「?」
「ずっと感じていたメタルマメモンの生体反応を感じなくなってしまった」
 美女の言葉に、アリスが抱えていたファントモンが身じろぎする。
「それじゃ……!」
「死んだ、もしくは瀕死の重傷を負ったのでしょうね、きっと……」
 美女は淡々と言う。
「嘘でしょう!?」
 私達はその場に凍りついた。
「メタルマメモンが? なぜ?」
 問いかけたウィザーモン先生に、
「『金髪』と戦っているんだっ。アタシ達を逃がしてくれたっ!」
 と、ファントモンが答えた。
「それはやっかいですね……」
 ウィザーモンはそう言うなり、険しい顔をして考え込む。
「え?」
 ファントモンは首を傾げた。
「何とかして、元の場所に戻らなければ……」
 ウィザーモン先生が声を固くした。

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