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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編17
 私はキュウビモンや皆のことを考えた。
 ――キュウビモンはあの場所で戦い続けているのかしら。
 ぎゅっと、心臓をつかまれたような痛みが走る。マスターのあの姿を見て怖くなっていた。
 『金髪』だとしか知らない、正体のはっきり解らないあのデジモンは言葉に出来ないほど強い力を持っている。
 ――メタルマメモンさん。無事でいて下さい――っ!
 私達を穴に落とした時にメタルマメモンさんが何を考えていたのか、ようやく解ってきた。
 ――自分の命と引き換えにロゼモンさんを守ろうとしているんじゃ……?
 ロゼモンさんはそれに気付いたんだと思う。だからメタルマメモンさんの所へ戻ろうとしたんだ。ファントモンも気付いた。だから……!
 私はメタルマメモンさんのことはあまり知らない。メタルマメモンさんは、五年前に恐ろしい事件を引き起こした『バッカスの杯』を改良したものを完成させるということをしてまで、犯人達に近付いて抹殺しようとしている。そのことはとても怖いことだと思う。
 メタルマメモンさんに初めて会った時は、かっこいい!と思ったけれど、ファントモンに対しての言葉は冷徹さも感じた。もしかして演技なのかもしれないし、それが本当の姿なのかもしれない。
 ――けれどそれだけじゃなくて、ロゼモンさんやアイちゃんのことをちゃんと考えてくれていたみたいだもの……。
 私は、アリスよりも先に走っているアイちゃんを見つめる。アイちゃんは中学生ぐらいだけれど、少なくとも私よりも足が速いような気がする。運動が得意なのかもしれない。ごつごつした地面は走りにくいけれどアイちゃんは懸命に走る。
「……」
 アイちゃんって不思議な子だと思う。ファントモンのこともあまり怖くないみたい。あんな姿だもの、もっと驚いたり怖がったりするんじゃないの?
 それとも……ロゼモンさんと仲が良いみたいだけれど、デジモンは見慣れているのかしら?
 やがて先に走っていたアリスに追いついた。
「アリス」
 私は駆け寄り、話しかけた。
「ねえ……」
 そこで言葉を失い、私はアリスを見つめた。
 アリスは泣いていた。涙を流して、それを拭こうともしない。
「……」
 私は何と話しかけていいか解らなくて、とにかく並んで速度を落とし小走りになる。
 アリスは泣きながら何か考えているように見える。拒絶されているように思えて、私は並んで走るのを止めようかと迷った。けれど少しアリスから離れると、
「行かないで……」
 とアリスは言った。
「一緒にいるの、嫌じゃない?」
「嫌じゃないわ……」
 アリスは微かに頷く。
「ちょっと、今は……考え事をしたいの。でも一人でいるのは……嫌なの。お願い、一人にしないで……」
 そうアリスは言った。樹莉のことを考えていたいんだ、きっと……。
 私は手を伸ばして、アリスに差し出した。
「手、繋ごうか?」
「留姫……」
「いいじゃない。ほら、手を繋ごう?」
「……」
 アリスは無言のまま、ためらいながら私の手を取った。そうしていると安心する。そのまま、小走りに美女の後を追う。
 私達より高い位置で飛ぶ美女は、私達にその飛ぶ速度を合わせてくれているようには思えない。こちらを全く見ないんだから。私達が小走りで追いつけるぐらいの速さで飛んでいるけれど……。
 美女と違い、その少し後ろを飛ぶファントモンは、私達が追いついてきているのか気にしてくれる。何度もこちらを振り返り、声こそかけないけれどもその度に『頑張んなよ? 置いてきぼりにしたくないよ?』と話しかけてくれるみたいだった。
 ファントモンは美女を警戒していた。その気持ちは私にもあるし、アリスも同じだと思う。マスターを助けてくれて、自分の力を少し分けた黒い蝶を、樹莉とマスターのために残してくれたことには感謝しているけれど、行動が謎だらけで信用は出来ない。
 それにあの『金髪』の残した爪を一瞬で消し去るなんて。どれだけ強い力を持っているのか、予想も出来ない……。
 ――それにしてもちょっとぐらい、気遣って欲しいんだけれど!
「え!?」
 不意に美女は飛ぶ速度を落とした。
 まるで自分の心の中を覗かれたような気がして、私は驚いてアリスの手をぎゅっと握る。
「留姫?」
 アリスは訝しげに私に問いかける。
「……」
 私は何も言わず、美女のことを見つめ続けた。
 ――もしも私に何かしようとするのなら、アリスの手を振り解いて突き飛ばして……とにかく、アリスに危険が及ばないようにしなくちゃ。
 息を詰めるぐらい警戒したけれど、美女は私ではなく、ファントモンへ振り向く。
「貴女のその姿は以前から?」
 ファントモンは突然話しかけられて飛び上がるぐらいに驚く。
「き、急に話しかけないでよ……」
 『御主人様』と呼べと言われたのはさっきのこと。けれどもファントモンはまだ抵抗したいみたい。
 美女は何か言いたそうで、けれども考え直したみたい。
「あら。そう……そういう言い方されると……♪」
 歌うような口調にファントモンはビクッと体を震わせる。
「……ん、でも、今はいいわ♪」
 と言われてファントモンは一転して泣きそうな声になった。
「何! 何だっていうのさ……!」
 声が完全に震えている。震え声のファントモンに美女は微笑む。
「何でもないわ。――話を戻すけれど、その姿は? 誰と戦ったの? あのデジモンと?」
 あのデジモンとはたぶん『金髪』のことだと思う。
 私はファントモンの背中を見つめる。どう答えるの?
「他のデジモンと戦った。その時の……」
 ファントモンがそう言いかけると、美女は少し強い口調で
「他のデジモン?」
 と問いかける。
 ファントモンは美女を見つめる。
「……それを話して欲しいわけ? それはアンタが……」
「――『指きり』したでしょう?」
 『指きり』のことを美女は譲る気は無いみたい。
 ファントモンは恐れと不安と抵抗の入り混じる口調で、
「御主人様はそれを知りたいんですか?」
 と言った。
「知りたいわ」
 美女は満足そうに答える。
 ファントモンはさらに美女を警戒する。
「どちらの味方ですか?」
「どちら? 二つの勢力の争いになっているの?」
「……」
「私はその話、聞きたいわ」
「アタシから話すの?」
「嫌なの?」
 ファントモンはそう言われ、観念したみたい。
「今は『バッカスの杯』の犯人達とDNSSの戦い…です。でもメタルマメモンは『バッカスの杯』の犯人達から離れ…ました。今、『金髪』と戦っている」
 慣れない丁寧な言葉遣いで話そうと、ファントモンは答えた。
「あのデジモンと? そう……。――そこのお嬢さん達はDNSS側というわけね? 貴女も?」
 びくりとファントモンは体を震わせた。
「アタシは違う。『バッカスの杯』の犯人の仲間…です」
 警戒しながら言うファントモンに対して、美女は、
「あらそう?」
 と言った。あっさりとした言い方で、大して気にとめていないみたい。
「どうしてそんな言い方をするんですか?」
 ファントモンは身構える。
 美女は吐息を吐く。
「私がそれを聞いてどうすると思っているの?」
「え……」
 逆に訊ねられてファントモンは口篭もる。
「私はDNSS側でも犯人側でもない。――今、興味があるのは貴女のこと」
「へ? あ…えっ……? アタシの事?」
 ファントモンは戸惑う。
「さっきはあの加藤樹莉という子に興味があったわ」
 そう聞いたとたんにファントモンはムッとして、
「アレはひどいと思いますっ」
 と美女に訴える。
「アレって?」
 美女は目を細める。
「あの子を騙したじゃないですか! アタシは納得出来ないっ」
 美女は微笑む。
「貴女が納得出来るかどうかは問題にはならないわ」
 そう言われ、ファントモンは体を小刻みに震わせた。
「そりゃそうかもしれない! けれどね! ロゼモンの力を少しだけ使うだけで済むのに、まるで芝居を打ったようなことをして! あの樹莉って子、大変な目に遭ったみたいだよ!? だから周りが信じられなくなっているのに……それなのに追い討ちかけるように……!」
 ファントモンは興奮して話し、乱暴な言い方と敬語が混ざっている。
「あら貴女は犯人側でしょう? そんなことを気にする必要は無いんじゃない?」
「アタシは……留姫達の友達だっていうから心配になって……」
「『心配』? ああ――ほーら、貴女の心がまた色を変えた♪」
 美女はおかしそうに小さい笑い声を上げる。
「面白いわ。いいわ、とてもいいわ。綺麗よ、貴女……」
 ファントモンは体を揺らして怒鳴る。
「私のデジコア見んなよ! アタシはそういうの、だーいっきらいだよ!」
「仕方ないじゃない? 見えるんだもの。見えて困るの? どうして?」
「嫌なんだよ!」
「そう? 自分が見えるようになればそう思わないでしょう」
「自分? 何を言っているんだよ? アタシの姿は鏡にだって映らないんだ。見ることなんて不可能だよ」
 ファントモンがそう言うと、美女は微笑む。
「そうじゃないわ」
「違うのっ!?」
「解らない?」
「そういう、上から見下すような言い方されると腹立つ! 樹莉のこともそうやって小バカにしているんだろ!」
「そのつもりはないわ」
「しらばっくれるなっ!」
「――そうね、荒療治が過ぎたかしら?」
 そう言われ、ファントモンは息を飲む。
「えっ? 荒療治って? どういうことだよ?」
「あの子――加藤樹莉のことよ」
「樹莉の、こと?」
「あの子の心は病んでいたわ」
「樹莉が?」
「私は人間の心の色は見ることが出来ないけれど、とても暗い色だったんじゃないかしら? 友達の悪口を言って、自分の行動と非力さを責めて、世界の全てに呪いの言葉を吐いていた。あのままではいずれ途方も無いことをしていたことでしょうね。
 私の芝居程度で自分の愚かさに気付いたんだから良かったじゃない?」
 ファントモンも、もちろん私達も驚いた。
「それじゃ、樹莉のために?」
 ファントモンは美女に問いかける。
「利害が一致したのよ。それだけ。初めて会った相手に世話を焼くほど暇じゃないわ。それに誰かに頼られたくはないし、私が誰かに頼ることもしたくないの」
 突き放したような言い方に、ファントモンは美女を見つめる。
「誰にも? そう思うの?」
 美女はファントモンに、
「実際、そうは思っても無理だけれど。物質や精神で構成される世界の中で、全てのものが互いに影響をしあって存在するものでしょう? 解らない? 深く考える必要はないわ。それが世界の摂理だということは変わらな
い。後からでも解る時が来るわ」
 と言った。
「うう〜っ……難しい言葉で言われても解らないよぉっ!」
「自分がどう思うとしても、あるがままであればそれでいいのよ。影響しあう世界という真実に変わりは無いわ」
「あるがまま……」
「納得して選ぶ道ならそれは最良の道。そういうものよ。樹莉もやがて立ち、自分で選んだ道を歩くわ」
「……」
 ファントモンは美女を見つめた。美女はファントモンに問い掛ける。
「――貴女は?」
「ア…アタシ?」
「貴女のそのデジコアの色のこと」
「アタシの……」
「そうよ。普通の迷う心程度ではそんな色にはならない。初めて見るから興味があるの。――私は聞きたいわ」
 ファントモンは左手で自分の胸元を掴むようにぼろぼろの服を掴む。ファントモンが苦しんでいるように見えて私は……辛い……。
「ここにいることは『裏切り』になる。許されない。でもアタシは――ロゼモンや留姫達ともう少しだけでいいから一緒にいたい。こんな風に思うの初めてで、どうしてなのかは解らない……。
 ロゼモン達のためにアタシはどんなことでもする。アタシが出来ることなんてちっぽけで限られていると思う。けれど今はそうしたい。だから誰からも邪魔されたくない……!」
 そのファントモンの言葉に、
「ファントモンッ!」
 と私は呼んだ。何かを感じて、いても立ってもいられなくてそうしてしまった。一気にごちゃごちゃになった頭を必死に働かせた。けれど私が何か言う前に、
「それは悲しいと思います!」
 と呼びかけたのはアリスだった。
 ファントモンはゆっくりした動作で振り向き、
「アリス……」
 と、アリスの名前を呟くように言う。
「そうしたら私は悲しいんですっ。そんな言い方は、まるで……!」
「それはアンタには関係ないじゃない?」
「関係あります! 私が悲しいと思うんだから関係あるんです!」
 アリスは必死な声で訴えた。
「悲しい? 悪いけれどそれってお節介だよ」
 ファントモンは言った。
「そんな……」
「この前話していたの、聞いていたよね? アタシはゴースト型デジモンだからよほどのことが無いと死なない。でもさすがにこの状態じゃ、その不死身の条件も揺らぐんだよ」
「どういうことなんですか!」
「データを維持することが難しくなってくるってこと。正直言って、けっこう苦しいんだ。ウィザーモン達はそこまで計算して狙っていたんだ。さすがデジモンのデータ構成を知り尽くしたヤツラだよ。抜け目が無い」
 ファントモンは大した事じゃないような言い方でそう言った。けれどその重大さは、私達が息を飲むには充分だった。
「ウィザーモン? 懐かしい名前ね……」
 美女がまた、目を細めた。
「サーベルレオモンと知り合いなら、ウィザーモンとも知り合い…ですか?」
 ファントモンが問いかけ、言いながら思い出したように丁寧な言葉に戻る。けれど美女はそれに返事はしないで、
「……?」
 何かに気付いたように、私達が向かう方向とは少し右に逸れる別の鍾乳洞の入り口へ目を向けた。
「何?」
 ファントモンは訝しげに問いかける。
「後でその話の続きを聞きましょうか……」
 そう言うと美女は突然、姿を消した。私もアリスも驚いた。少し離れた場所でちゃんとついてきていたアイちゃんに駆け寄った。
「あのデジモンは、どこに行ってしまったんでしょう?」
 アイちゃんはきょろきょろと辺りを見回す。
 ファントモンが、
「あっちに行くよっ! 何かあったんだ。あっちに行ったんだよ!」
 と、美女が消える直前に気にしていた方へ向かって飛ぶ。
「そうかもしれないわ」
「私もそう思います」
 アリスとアイちゃんも頷く。
「行こう」
 私はアリスとアイちゃんの手を引き、走り出した。
 薄暗い鍾乳洞の中を、出来るだけ力の限りに走った。だんだん、何かが爆発する轟音、岩肌が崩れる音、獣のような鳴き声が聞こえてきた。無数のそれに、手が汗ばんでいく。
 ファントモンに追いつくために懸命に走った。それでも足りなかった。すぐにファントモンの姿が消える――と思った時、
「止まれっ!」
 ファントモンは鋭い声で叫ぶ。
 私達は驚いて立ち止まる。
「何があったの?」
 問いかけても、
「……」
 ファントモンは振り向かない。空に浮かんだままだ。
 アイちゃんが、くいっと私の手を引いた。
「もう少し近くまで行きませんか?」
 促された私はアリスを見た。アリスも私に視線を向け、急いで頷いた。
「ファントモン」
 近付くと、ファントモンが浮かぶ場所からその先は崖のようになっていた。その下で大勢のデジモン達が戦っていた!
「まさか……!」
 キュウビモンがいるんじゃないかと思った。アリスも、ドーベルモンさんがいると思ったみたい。でも、そうじゃなかった。
「あれは……ウィザーモン先生!!」
 私は声を上げた。
 ウィザーモン先生が戦っていた。腕にテイルモンさんを抱えている。ここからは良く見えないけれど白い猫の姿――本来のデジモンの姿になっているテイルモンさんは、意識を失っているみたいだった。
 敵デジモンは地面を踏み鳴らす。周囲の岩や石が、その度に飛ぶ。凶器となって飛んでくるその攻撃を飛び退りながらウィザーモン先生は避ける。時折、空中でもダッシュをかけて素早く正確に攻撃を避ける。別のデジモンの攻撃も避ける。避けた攻撃は他のデジモンに降り注ぐ。
 同士討ちを見届ける間も無く、ウィザーモン先生は次の手を打つ。夜空のような深い青のマントが風になびく。土煙の中、地を蹴り飛び上がった。杖を振り上げて雷撃を遥か上の岩の天井に向ける。天井が崩れ、降り注ぐ岩や巨石に敵デジモン達があちこちで押し潰される。
 ウィザーモン先生の持つ杖から、次々と電撃が繰り出される。それはウィザーモン先生達を取り囲むデジモン達に降り注ぐ。
 けれども岩の巨大ガメ――敵デジモンの数が多過ぎて、攻撃をいくら受けても数が減っているようには見えない。
「次々と生まれてくるわ!」
 アリスが声を上げる。
「ほんと? どこから?」
「ほら、あそこ! あっちも!」
 アリスが指差す方を見て、アイちゃんも声を上げる。
「デジタマだわ……! たくさんのデジタマが岩から生まれてくる……! あちこちに散らばっていて、どんどんデジモンの姿になっていくわ……!」
 少し強い光が輝くたびに、デジモンは生まれる。どんなにウィザーモン先生が攻撃しても、敵デジモンがやられてデジタマになるのより、他のデジタマがデジモンになる方の数が多い……!
「あの魔法使いのようなデジモンは、留姫さん達の知っているデジモンなんですか? このままだと負けちゃいます……!」
 アイちゃんに、私は頷いて言った。
「ウィザーモン先生はデジモンの病院でキュウビモンを助けてくれたのよ。昔、『バッカスの杯』のワクチンを作ったんですって……」
「それは五年前のことですか!?」
 突然、アイちゃんは驚いた声を上げた。
「アイちゃん?」
「五年前のことなんですよね!?」
「ええ、そう聞いたわ」
「五年前に……じゃあ、命の恩人なんじゃ……!?」
 アイちゃんは言うなり、きゅっと唇を引き結ぶ。
「命の恩人って? アイちゃんの?」
「――いいえ、私じゃなくて……」
 アイちゃんはそう言いながら、私と繋いでいた手を離す。
「アイちゃん……?」
 アイちゃんは胸元で両手をぎゅっと握り合わせ、ファントモンに向かって精一杯の声を張り上げた。
「お願いです! あのデジモンを助けて下さい!」
 ファントモンは驚いて、ほぼ真下にいたアイちゃんを見下ろす。アイちゃんがこんなに良く通る大声を出すとは思わなかったみたい。それは私も同じで、アリスも驚いている。
「何だって……」
「お願いです、ファントモンさん! 五年前にも大勢のデジモンを助けてくれたのなら、作られたばかりのウイルスのワクチンもまた作ってくれるかもしれないんです!」
「そりゃそうだけれど。言うほど簡単なことじゃないよ」
「大変なことなのかもしれないけれど、どうかお願いします……!」
 アイちゃんはまるで人が変わってしまったようなぐらい、必死にファントモンに呼びかけた。
 ファントモンは首を傾け「う〜ん……」と唸る。すぐに傾けた首を元に戻した。
「そうだね――助けなくちゃ……」
 と言うなり、全身から強烈な黒い光を発した。ファントモンのマントに、見たことのある奇妙な模様――呪文のようなそれが浮かび上がる。
「ファントモンッ!」
 アリスがファントモンへ手を伸ばす。
「でもそれじゃ、貴女が……」
 呼ばれても、ファントモンはアリスへ顔を向けなかった。けれど、
「アリス。アタシはちょっと行って来る。その間に危険なことが起きても、残った三人で何とか出来る?」
 とだけ訊ねる。
「そんな……」
「出来るかどうか、答えて」
「はい……頑張れると思います」
「アンタは冷静だから、まかせるよ」
 その言葉に、私はちょっと膨れる。
「ちょっと! 私は?」
 ファントモンは私にも顔を向けない。
「留姫はいざって時に何をするか解らないから」
 ファントモンにそう言われ、私は
「ファントモンだって、そうじゃない!」
 と言い返した。
「そうだね。アンタはアタシと似ているところ、あるよね。なんか、ムカツクなぁ〜」
「え? そうなの?」
「嘘だよ。冗談」
 ファントモンは小さい笑い声を上げる。
「アンタ達といると楽しいよ。――行ってくる」
 そう言い残して、ファントモンは高速で飛んだ。一気に戦場の真上に移動する。
「ウィザーモン、助けてやるよっ! 逃げなよ――!」
 ウィザーモン先生はファントモンの呼びかけに気付いたみたいだった。パッとその背のマントを広げ、腕の中のテイルモンさんに被せる。体を低くしてそのまま地表ぎりぎりの高さを飛び、ファントモンの言葉どおりに逃げる。
 アリスが私の手を振り解き、私の肩に手を乗せて
「伏せてっ!」
 と押さえ込む。
「アリス!?」
 声を上げ、私はされるがままにその場に座り込んだ。
「アイちゃん!」
 手を伸ばし、アリスはアイちゃんの腕を掴んで引き寄せ、背中から抱き寄せるように腕を回す。ほとんど倒れこむように、アイちゃんのその体をかばう。アイちゃんは
「あ…!」
 声を上げる間もなかった。
 私達は地に伏せながら、ファントモンを見守る。
 ファントモンはウィザーモン先生達の真上で、攻撃態勢に入った。黄金色の鎌を出現させ、左手に持つ。そして、ふわりと浮き上がると鎌を下に、まるで逆立ちをするようにその鎌の上に体を逆さまに向けた。黄金色の鎌で、水平にぐるりと円を描く。
「『死の宣告』――!」
 凄みのある声が響き渡る。
 黄金色の鎌で描かれた空中の軌跡は黒い円を生む。そしてその円は即座に巨大な円となり、高速で真下へと落下する。落ちていくそれに時計の文字盤が浮かび上がる。以前に見たことがあるそれと決定的に違うことに気付く。時を刻む時計の針の影が、とても早いスピードで回転している!



「う……うっ、くぅ……」



 ファントモンの体に異変が起きた。マントに浮かび上がる文字が、ゆっくりと瞬きをするような点滅を起こす。その周囲には小さい黒い物がいくつか浮かび上がる。徐々に大きくなりながら、ファントモンの体にまとわりついていく。まるで……ファントモンを蝕んでいるみたい……!
「アタ…シを、ナメんじゃないよっ!」
 ファントモンは吼えた。小さい闇が、散り散りに消滅していく。
 そしてファントモンは、全身の力を技に注ぐ。『死の宣告』の不気味な時計は回り続け、敵デジモン達の悲鳴が響き渡る。黒い円に触れたデジモン達は次々にその体を消していく……!
 恐ろしい光景だった。やがて敵デジモン達は残らず消えてしまった。その代わりに敵デジモン達がいた数だけ、様々な色や模様の卵が転がっていた。
 ウィザーモン先生達は無事だった。
 ウィザーモン先生は上空にいるファントモンに呼びかける。
「礼を言います。ありがとう――」
 ファントモンはそちらを見ずに、マントの乱れを軽く叩いて直しながら返事する。
「大した事じゃないよ……」
「貴女に訊きたいことがあります。こちらに下りてくる気はありますか?」
 ファントモンは今度はウィザーモン先生の方を見る。
「遠慮するよ」
 小さく首を横に振った。そして私達のいる場所に飛んで来る。
「戻ってきた!」
 私は嬉しくなる。ファントモンがウィザーモン先生達を助けてくれたこと
がとても嬉しかった。
 けれど、
「ファントモンさん!」
 アリスの体の下から這い出すと、アイちゃんがファントモンへと手を差し伸べる。
「頑張って下さい! ファントモンさん、戻ってきてぇっ!」
 その声が泣き声になる……。
 ファントモンは――私達のいる方へ、まっすぐに飛んで来ることが出来ない!?
「ファントモンさんっ!」

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