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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編16
 ロゼモンさんは目を見開く。
「うそ……」
「嘘? あら……?」
 美女は、少し残念そうな顔をした。
「彼のお姉様と友達なの。だから選ばれたのよ。彼も承知しているわ。聞いていないの?」
「そん…な……フィアンセがいるなんて……」
 ショックを受けてぽろぽろと涙を零すロゼモンさんの頬に、
「――あら、泣いちゃった。可愛い……」
 美女は指を伸ばす。ロゼモンさんは嫌がったけれど抵抗しても無駄だった。美女はその指先でロゼモンさんの涙を拭い、そのままその指を自分の口元へ持っていき、そっと舐める。
「エネルギーに溢れているのね。私ね――こんなところにいたでしょう。だからずっとずっと冷たくて……。寂しいって気持ちに初めてなったわ。これでようやく復活出来る……なんて素晴らしいのかしらね、うふふ……」
 ロゼモンさんは逃げようとするけれど、美女の腕は放してくれない。
「メタルマメモンはいけないことをするものね……私という者がいて、他のデジモンに手を伸ばすなんて……」
「いや……」
「私は、そこにいる人間のお嬢さんの願いを叶えなくちゃいけないの。貴女も協力したいでしょう?」
 ロゼモンさんは、びくりと体を震わせた。
「それじゃ……サーベルレオモンを…たすけてくれるの……?」
 美女は頷く。
「私には簡単なことよ。貴女もそうしたかったんでしょう?」
 ロゼモンさんは抵抗するのをやめた。
「あら、本当に言う通りにする気になったの?」
 美女は訝しげな顔をした。
「たすけて……ほしい……」
「自分が犠牲になってもいいの?」
「それでも……」
 ロゼモンさんは震えながら頷いた。
「わたしは、おにいちゃんを……たすけたい……」
 樹莉が泣き叫ぶ。
「やめて! やめて、そんな……!」


 けれど美女はロゼモンさんの胸元にある丸い宝石のような玉に、
「これが貴女のエネルギーの源なのね……」
 長い爪の先で触れた。


「あの色は……!!」
 ロゼモンさんの鮮やかな赤い服は胸元から徐々に漆黒色へと染まっていく。緑色のバラの蔓は鋼のように暗い銀色に変わっていく。
「ロゼモン――!」
 ロゼモンさんの手足から力が抜け、肌は血の気が失せて青ざめる。その瞼はゆっくり閉じられた――!
 変わりに、美女の姿はますます鮮やかに、闇色の光を輝かせる。
「――ごちそうさま♪」
 すっかり漆黒色に変わってしまったロゼモンさんの体を、愛しそうに抱え直す。
「気に入ったわ。とても……お人形さんみたい……」
 それを聞いて、ぞわりと鳥肌が立った。
「もうやめて!」
 私は声を絞り出す。
「も――もういいでしょう! ロゼモンさんを放して!」
 樹莉も掠れた声で叫ぶ。
 けれど美女は
「嫌よ。気に入ったもの」
 と言った。
 美女はロゼモンさんを抱えたままふわりと移動する。マスターに突き刺さる『金髪』の爪のすぐ横に来る。
 マスターが、薄く目を開けた。
「し…んじ…られ……ぬ……、まさ……か……」
「信じられない? それもそうね。私も、まさかこんな場所で貴方に会うとは思わなかったわ」
 と、美女は微笑む。
「マスターの知り合いなの!?」
 樹莉が息を飲む。
 美女は巨大な爪に触れようと、その指先を伸ばす。
「……よ…せ…………」
「なぜ?」
「…やめ……ろ……」
 美女はその手を止める。
「どうして?」
「それをぬけば……わた…し…は……」
 マスターは途切れ途切れに話す。
 美女は、
「あの女の子との約束なの。それを果たすだけ。貴方に恩の押し付けはしないわ。何も得にはならないでしょうから」
 と突き放すように言った。
「……むか…しの……まま、だな……」
「誉め言葉として受け取っていいのかしら? 若いってこと? 私に嫌味を言うような貴方じゃないものね?」
「…ああ、それでいい……だが、や……めろ……ウイル…スが……」
 美女は目を細める。
「解毒する方法を教えてあげるわ」
「な……ん……だ、と……!」
「ウイルスの構造……数列配置などの情報だけでも、貴方なら充分かしら?」
「な…ぜ……!」
「メタルマメモンが完成させたものだから、私には手に取るように解るわ。喉から手が出そうなほどその情報が欲しいでしょう? だったら大人しくしていなさい」
 美女はマスターの額にまず手を向ける。ふわりと手を裏返し手の平を上に向けると、黒い蝶が一匹生まれた。それはマスターの額へとふわふわと飛び、止まる。一、二度、ゆったりと羽を開いて閉じる。そしてマスターの体に吸収するように消えた。
 美女はその後、爪先を『金髪』の爪へ向ける。触れたとたんに、それはぼろぼろに崩れだす。
「――――!?」
 私は息を飲む。
 アリスも自分の口を両手で覆い硬直する。
 一瞬で? ファントモンとロゼモンさんが二人がかりで抜こうとした巨大な爪を? まるで燃え尽きた灰のように崩してしまうなんて……!
 ファントモンが震えながら、
「何者なの、アンタ……!」
 と呟く。
「さぁ?」
 美女は薄っすらと笑みを浮かべ、それには答えない。
 巨大な爪が消え、マスターの体がずるずると地面に落ちる。樹莉も私達も駆け寄った。傷の手当てをしようと思ったら、その傷は見る間に消えていく……!
「傷が……!」
 樹莉は、空中に留まったままの美女へ問いかける。
「貴女が?」
 美女は、
「違うわ」
 と言う。
「それがサーベルレオモンの――無限に戦い続けることが出来るように身につけた能力よ」
「無限に……!」
 樹莉は驚く。
「デジモンは本能的に戦うことをプログラムされている。――サーベルレオモンがデジモンであることを、貴女は受け入れるための心構えをしなければいけないわ」
 美女はそう、諭すように言った。
 樹莉は唇を噛み締める。
 アリスが樹莉の肩に手を乗せると、樹莉はアリスを見つめる。
「アリス……」
 樹莉はアリスの肩に顔を埋める。アリスは樹莉の肩を抱いた。
 美女はサーベルレオモンに問いかける。
「まだ動かない方がいいわ。ウイルスを完全に押さえ込んでから、そこの人間のお嬢さんと一緒にいらっしゃい」
 美女は一匹の黒い蝶を手の甲に浮かび上がらせるように出現させた。樹莉がそれを見て怯えたので、
「このコは私の力を少しだけ分けて作った分身。後で案内してくれるわ」
 と言った。黒い蝶は美女の手の甲から飛び立ち、ふわりと舞い上がる。
 樹莉の方へ飛んで行くその蝶を、ファントモンは睨み付ける。
「私のって!? 元々はロゼモンの力じゃないの!」
 ファントモンがそう言ったので、私もアリスも慌てた。ファントモンは震えながら、
「ロゼモンを返して! アタシはメタルマメモンからロゼモンをまかされているんだから! そ、そうじゃなくても……ロゼモンみたいなバカ正直なハイクラスなお人好しを、ほっとけないよっ!」
 と言った。
 美女は不思議そうな顔をする。
「貴女はまるでビー玉みたい」
 そんなことを言われ、ファントモンはぽかんと口を開けた。
「ビー玉? ちっこいガラス玉ってこと?」
「ううん、そういう意味じゃないわ。――心の闇が光を求めてマーブル模様を作っているわ……」
「……!」
 ファントモンは身の危険を感じて退く。けれど美女はふわりと衣をはためかせて一気にファントモンの傍に降り立つと、ファントモンの顔を穴が開くかというほど、じぃっと見つめた。
「昔、縁日に一度だけ行ったことがあって、一つだけビー玉を買ってもらったの。……似ているわ、貴女のデジコアの色……」
 自分に興味を持たれたファントモンは小刻みに震えている。
「ア、ア、アタ……アタシは、不味いよ、不味いと思うよ……」
 美女は、
「それほど美食家じゃないわ」
 と言ったので、ファントモンが――たぶん、ぷつん、とどこか切れた――――。
「じゃじゃあ! 食べ食べれ、ば、いいよっ! アタ、タシ……!」
「うーん……そうねぇ……」
 美女は、ついっと指先をファントモンに伸ばす。ちょいちょいと、ファントモンのフードの先を尖った黒い爪で突付く。
「保存食は常備しておいてもいいわね」
「――――!」
「じゃあ、約束ね」
「ひ、ひぃぃっ――」
 ファントモンはたぶん私が今まで見た中で一番、怯えていた。私はアリスの両手を握り、二人でその手に額を寄せてファントモンの無事を必死に祈った。
「約束よ」
 美女はファントモンの左手を手に取る。姿が透明のファントモンの指を探し当て、されるがままのファントモンに、
「指きりげんまん……」
 とやり始めた。
 ファントモンはびっくりした顔をする。
 私はそんな子供のようなことをこの美女が始めたので、やっぱり驚いた。
「何、これ?」
 ファントモンは私達に問いかける。知らないみたい。デジモンの世界では無いのかもしれない。
 私より先にアリスが、
「私、知っています。それは『指きり』と言います」
 と言った。
 そうその通り、と私が頷く前に、
「約束のために小指を切り落としたり、約束破ったら一万回殴ったり、針を千本飲ませたりする拷問の取り決めです」
 とアリスは言った!
 ファントモンは
「――――――――!!」
 絶句した。
「ちょっと、アリス! それ、誰が言ったの!」
 私は急いで問いかける。
「え? 違うの?」
 アリスは首を傾げる。
「違う! 大きく違うわ、現在ではそんなことしないわよ! 約束破らないで、って念を押すぐらいの意味しかないわよっ!」
「そうなの? まあ……」
 アリスは恥ずかしそうに頬を染める。
「こっちが恥ずかしいわよ。誰よ、アリスに間違った日本文化教えたの!」
 私が呆れると、
「そうよ。償うなら命をもって償ってもらうわ」
 美女はそう言った。
「さらっとそんなこと言われても……」
 私はがっくりと肩を落とした。――なんか、このデジモン、怖いよ……。
 ファントモンはいったい誰の言葉を信じて良いのか解らないみたい。
「さあ、行きましょう」
 美女がそう言い、何事も無かったかのように舞い上がる。すると慌てて、
「ロ……ロゼモン、返して!」
 言いながら追いすがるファントモンに美女は微笑む。
「全部エネルギーを戻してあげたら、返してあげるわ。今、ゆっくり戻しているのよ。この状態では自力での歩行も無理だから」
「へ? 全部返したら? そんなことしたら、アンタは……」
「もう大丈夫。少しでもエネルギーがあれば良かったのよ。本当は半分ももらっていないわ」
「えええっ!」
「私、元々はエネルギーを無限に生み出せるの。サーベルレオモンと同じよ。自給自足出来るの」
「自給自足って……じゃあ、アタシはいらないじゃない! やった!」
 ホッと、ファントモンは大きく息を吐く。
 その隙を突くように、
「だから、ゆ・び・き・り♪」
 弾むような声で美女は言った。
「!?」
「約束したばかりでしょう? 貴女はこの先ずっと、私の思うがままに生きなさい。私のことは御主人様とお呼びなさいね?」
 ファントモンは真っ青になる。
「あ……あ……」
 ファントモンは罠にはまってしまった……!
「あら? 私に言ったあの言葉は嘘? ふふふ……それなら、どんな拷問を与えましょうか♪」
 ファントモンは絶叫するように
「嘘じゃない嘘じゃない嘘じゃない――――!」
 と叫んだ。
「嘘じゃないよっ!」
「そう? それならいいわ」
「う……ううぅ……ひどいっ……」
「さあ、お呼びなさい? 私は誰?」
「ひ……あぅ……」
「どうしたの? 嘘なの?」
「ご……ご…しゅ、じ……」
「ほら、もっと滑らかに!」
「ごしゅじ…ん……さまぁ……」
 ファントモンの姿は透明で見えないけれど、ぼたぼたと冷や汗らしき水が浮かんでは地に向かって落ちていく。一滴、また一滴と。
「大変よろしくてよ。その調子で良いわ。――さあ、何をしているの、人間のお嬢さん達?」
 呼びかけられて、私もアリスも震え上がる。
「ああ、そう言えば……貴女達はメタルマメモンの……お友達?」
 訊ねられて、私もアリスも同時に
「「ただの知人です!」」
 と即答せざるをえなかった。
 恨めしそうなファントモンの視線には、心の中で両手を合わせてひたすらに謝り続ける。
「デジモンもそうだけれど、人間も薄情だ……」
 ファントモンが言った言葉には、諦めの気持ちも含まれていた。



 美女はロゼモンを抱え、ファントモンを従えて空中を飛ぶ。
「また必ず会えるよね! 必ずね!」
 と私が、
「早くマスターが回復することを祈っているわ」
 とアリスがそれぞれ樹莉に言った。
 樹莉は私とアリスに向かって頭を深く下げた。
「ひどいこと言ってごめんなさい……!」
 私はアリスを見つめる。
 アリスは少し俯き、頭を何度か横に振った。
「もしも樹莉と同じ立場だったら、私はどうしているか解らないわ。ドーベルモンがマスターと同じように死にそうになった時なんて、恐ろしくて想像もしたくないもの……。だから私は、樹莉の親友でいる資格が無いのかもしれない……」
 アリスはそう言うと踵を返して走って行った。
 樹莉は苦しそうな顔をしている。
「樹莉……」
 樹莉は私を見る。
「樹莉はきっと、アリスと仲直り出来ると思うから……だから、待っているからね……」
 私はそう言うだけで精一杯だった。私だって、もしもキュウビモンが死にかけていたら、どういう行動に出るのか解らない。ファントモンと戦った時だって、あの鎌を手に走るなんて……今でも信じられないぐらい無茶なことしたもの。
 キュウビモンは……皆は今頃、どうしているかしら?

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