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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編15
 樹莉は驚いている。
「まさか、究極体って……嘘……」
 ええ、とロゼモンさんは頷く。
「妖精型、データ種で良ければ私がそうよ」
「そんな……でも、そんな風には見えません」
「そう?」
「究極体のデジモンなら、もっと恐ろしい姿をしていると思っていて……」
「ん? そうね、そうかもね……でも大丈夫。正真正銘の究極体だから」
「それじゃ……」
「それじゃ?」
「ううん、でも……」
 樹莉は何か言いかけ、けれど口を噤んだ。
「でも?」
「貴女が究極体なんて……」
「どうしたら信じてもらえるかしら?」
「……」
 樹莉はじっと、ロゼモンさんを見つめる。
「遠慮しないで。ね?」
 ロゼモンさんは微笑む。
「……」
「私じゃダメ?」
「ダメって、そんな……」
「私、妖精型だから非力だけれど。そういう条件無しだったらきっと役に立てるわ」
 ロゼモンさんはちょっとだけ、ガッツポーズをしてみせる。樹莉を安心させようと思っているみたい。
 ――う〜ん、ロゼモンさんが本気出して戦っているところ見たことないから、なんとも言えないわ。力仕事以外なら……? でも、あの杭のような巨大な爪を引き抜くんでしょう? 力仕事以外で、何を手伝うの?
「私は――」
 樹莉はロゼモンさんを見つめる。樹莉の瞳の中に、暗い光が揺らいでいる。樹莉はロゼモンさんを、なぜか……とても嫌っているみたい。そんなこと聞いたことなかったから、私もアリスも二人の会話を驚いたまま、見守った。
「私もマスターを助けたいの。何か方法を知っているのなら、協力させて。ね?」
 樹莉は、
「……力を貸してくれますか?」
 と、ようやくそう言った。
「ええ、もちろん! どうすればいいかしら?」
 樹莉にロゼモンさんは微笑む。
「その前に訊きたいことがあります。――どうして貴女がここにいるんですか?」
 樹莉は、またロゼモンさんを睨みつける。険悪な雰囲気が和らいだと思ったのに……。
「ここに? マスターを助けに来たのよ」
 ロゼモンさんは樹莉に微笑みかける。根気良く、樹莉に話しかける。
「加藤さん、私に訊きたいことがあるのなら答えるわ。ね? 話してちょうだい?」
「……」
「どうしたの?」
「別に……」
「別にって……」
 ロゼモンさんは戸惑いそうになる。けれど努めてそれは出さずに、
「私に話すほどのことじゃない? それなら無理に言わなくていいわ」
 と言った。
「え……」
「だから……方法だけ、教えてちょうだい?」
 ――ふと、ロゼモンさんの言い方と、メタルマメモンさんの話し方が重なる気がした。それに気付き、あ!、と私の顔は赤くなりそうになる。きっと、ロゼモンさんもそういう言われ方をしたことがあるんだ。
 樹莉が顔を背けた。
「力を貸してくれるのなら……」
 樹莉はワンピースのポケットから、何かを取り出した。
「それは何?」
「……」
 それは小さい小石だった。黒いガラスで出来たような艶のある小石。たった一つの小さいそれを、樹莉は大事そうにロゼモンに差し出した。
「これを……。マスターを助けられるんです。これで、ようやく……」
 樹莉は右手の平のそれを、左手の指先でそっと撫でた。とても大切なものにするように……。
「樹莉……!」
 嫌な予感がした。樹莉は正気を失っているような気がした。
「邪魔しないで、留姫!」
 樹莉は厳しい声を私に向けた。
「ちょっと、アンタ! さっきから聞いていれば、助けに来た友達に向かって何度も暴言吐いて! 調子に乗るんじゃないよ!」
「いいのよ」
 怒鳴るファントモンのことは、ロゼモンさんが止める。
「ロゼモン! ガキ相手に何をちんたらやってんの!」
「いいから。ファントモン、ありがとう。マスターを……お兄ちゃんを助けることが出来るのなら、私は何でもしたいわ」
「お兄ちゃん?? あのサーベルレオモンが?」
「ええ」
 ロゼモンさんは頷く。
 樹莉は
「え……」
 唖然とした顔で、ロゼモンさんを見つめる。
「そんな、お兄ちゃん?って――じゃあ、マスターの妹なんですか!?」
 樹莉の問いかけにロゼモンさんは首を横に振った。
「昔――とても辛くて辛くて……死にたいと思った時に助けてくれたの。だから、お兄ちゃんって呼んでいたこともあるのよ。私、一人っ子だから……辛い時に相談に乗ってくれて、とても嬉しかった……。だから私が役に立てるのなら、今度は助ける番だと思うの」
「ロゼモンさん……!」
 聞いていた樹莉は言葉を詰まらせる。
「そんな! 私は、てっきり……!」
 ロゼモンさんは微笑む。
「いいのよ、加藤さん。加藤さんがかわいいから、わざとらしくしちゃったこともあるもの。たまに皐月堂に顔を出す私を見て、恋のライバルだと思っていたでしょう?」
「それは、その…………。私は……でも……」
 そう言われ、樹莉は言葉を失う。小石を見つめる。
「ロゼモンッ!」
 ファントモンはロゼモンさんを怒鳴り声に近い声で呼ぶ。
「どうしたの?」
 ロゼモンさんは優しい笑みを浮かべる。
「ずるいよ、アンタ……アンタだって死にたいって思ったことがあるんじゃないの! それなのに! バカにすんじゃないよっ! そ……そういう言い方されると、何も言えなくなるじゃないかっ!」
 ファントモンはガーッと怒鳴る。ロゼモンさんは肩を竦めてみせる。
「昔ね――マスターが……お兄ちゃんが言ったわ。『誰にだって苦しい時がある』って。でもね、どんなに死にたいと思っても、生きている限りはお腹が空くものだって。それが生きている証だって……。お兄ちゃんらしいわ、と思った……」
「お腹が空く? 生きている証……?」
「それはお兄ちゃんが自分の存在を確かめた時に、思ったことなんだと思う。きっと私よりもずっと辛かったんだと思う。そういうことがあっても生きていく強さを持っているなんて凄いなぁって思ったわ……」
「そう……かもしれない。そうだ……けれど……」
「貴女もお腹、空くでしょう?」
 ロゼモンさんは俯くファントモンを見つめる。
 ファントモンは小さく、
「そうだね。その通りだと思うよ」
 そう呟いた。
 樹莉は広げていた手を震わせる。
「私は……そんな……!」
 そう言いながら樹莉は、ロゼモンさんに差し出した小石をぎゅっと握り締めた。まるでこの世から消そうとしているように……!
「そんなこと……やっぱり、出来ない……!」
「そんなこと?」
 ロゼモンさんは首を傾げる。
「加藤さん? どうしたの?」
「出来ないわ……!」
 樹莉は突然、身をひるがえして逃げようとした。
「待って! 加藤さん!」
 ロゼモンさんが樹莉の方へ手を伸ばす。とっさに肩を掴む。
「イヤ! 私は……!」
「加藤さんっ!」
「あ――あ……っ! 熱っ!!」
 樹莉は突然、手から小石を離した。小石は岩の上を転がる。ころころと転がり、かなり遠くまで転がっていった。
「これが? 熱いの? そんなに? 急に熱くなったの?」
 駆け寄り、それにロゼモンさんが手を伸ばす。膝を付き、指先で触れようとして一瞬、躊躇う。
「火傷しちゃうかしら?」
「ロゼモンさん!」
 樹莉が風のように身をひるがえす。ロゼモンさんよりも先に小石を奪おうとする。けれど、ロゼモンさんは小石しか見ていなかった。
「熱いのね……うん、気をつけるわ……」
 ロゼモンさんは、上腕の中ぐらいまでの薄いロンググローブをはめていた。真紅色のそれをはめたまま、ちょん、と、ロゼモンさんは小石に触れた。
「―――――――え!」
 触ったとたん――その小石は大きな物に変わった!
「形が変わったわ!」
 私の声と、
「コアだ! デジモンのコア――心臓のようなものだよ! 離れて、ロゼモン――――!」
 ファントモンの怒鳴り声が重なった。



 恐ろしいことが起きた。三、四センチぐらいの大きさになった漆黒の球から、黒い電気のようなものが絶え間無く流れ始める。それは徐々に誰かを探すように伸びる。
「きゃ! 何、何――?」
 そう、それは――ロゼモンさんに伸びていく! ロゼモンさんの真紅のグローブごと絡み、一気に体へと巻き付き始める。早い!
「キャアアア――――ッ!」
 ロゼモンさんは悲鳴を上げてもがく。けれど、それはロゼモンさんの動きを封じ込めるように何重にも巻き付く。
「ロゼモ――――うわっ!?」
「きゃあっ!」
 同時に私達は見えない力に弾き飛ばされた。車に追突されたら、もしかしたらこんな感じかもしれない。皆それぞれに四方に弾き飛ばされて地面に転がる。
「ロゼモン――――!」
 ファントモンが素早く起き上がってロゼモンさんに近付こうとしたけれど、それは出来なかった。
「ロゼモン! ロゼモンッ!」
 返事も出来ずに、ロゼモンさんは苦しそうに体を痙攣させて前屈みになり、そのまま倒れ込む。黒い光がロゼモンさんを更に包み込む。真紅の花が飲み込まれていくみたい――!
「ロゼモンさん!」
 私も起き上がる。
 アリスは樹莉に駆け寄る。
「樹莉!」
 抱え起こされた樹莉は、
「ああっ! どうしよう……! こんな……どうしよう!」
 と悲鳴を上げた。
「樹莉、あれは何? 教えて!」
 アリスは樹莉を強く揺さ振る。
「私に言ったの! 『助けてあげる』って!」
 樹莉はロゼモンさんを見つめたまま叫ぶ。
「究極体デジモンを連れて来たら助けてくれるって……約束したのよ!」
「誰と!?」
「あの小石よ!」
「小石と!? 小石がしゃべったの?」
「私は――誰かに助けてもらわないと、って思ったの。闇雲に歩き回っていたら声が聞こえたの。しゃべる小石を見つけたの。『デジモンの力を奪えばマスターを助けられる』って!」
「デジモンの力を奪う!?」
「それも究極体だったらすぐだって! だから私、敵のデジモンのところに行こうとしたの! どうにかして連れてくれば、もしかしたらって思ったの! ――ああ、それなのに……!」
 急に、爆発するようにその黒い光と電流が辺りに膨れ上がる。
「危ない!」
 ファントモンが、怯えて動けなくなっているアイちゃんに飛びかかる。その体でアイちゃんを守ろうとした。
 私とアリスは、とっさに樹莉を守ろうとした。
「ロゼモンさんっっっ!!」
 樹莉の声は泣き声になっていた。
 私達を吹き飛ばそうとするぐらいの爆風が起き、その場は地響きを上げて震えた。
 鍾乳洞が崩れるかというほどのエネルギーだった。



 黒い光が、徐々に収まっていく。
 私は恐る恐る顔を上げた。樹莉は無事だった。
「ごめんな…さい…ごめんなさい……ごめ…なさい……」
 泣きじゃくる樹莉を、アリスはしっかりと抱きかかえる。何度も樹莉の髪を撫でる。
 ファントモンはすでにアイちゃんから離れていた。
 アイちゃんは私達の方へ来ないで、驚いた表情で上を見上げている。
 私達もアイちゃんにつられるように上を見上げた。
「あれは……!」
 そこには、デジモンがいた。空中に浮かび、おぼろげな黒い光に包まれて笑みを浮かべている。
 漆黒の着物のような衣を身にまとう。まるで浮世絵の世界から抜け出てきたような姿だった。けれど、その背中にはコウモリのような漆黒色の二対の
翼がある。漆黒色の艶やかな髪は、浮世絵に描かれる女性のように結い、かんざしを数本挿している。
 妖艶な美女は、ロゼモンさんを抱えていた!
「ロゼモンさん……!」
 ロゼモンさんは気を失っているみたい。ぴくりとも動かない。
「何者だよ、アンタ!」
 ファントモンが噛み付くように言うと、
「口のきき方を知らないようね」
「何だって!」
「フフッ――貴女、可愛らしいわ。威勢が良いこと」
 その美女は怒りもせずに微笑む。そしてロゼモンさんの頬に、ゆっくりとした動作で自分の頬を寄せた。摺り寄せるようにしながら、
「温かい……」
 と、うっとりと呟いた。それから、
「美味しそう……」
 と付け加えた――――!
「――お、お、お――お、美味しそうですってぇぇぇっ!?」
 私は悲鳴に限りなく近い声を上げた。
「何だって!」
 ファントモンが絶叫して飛びかかろうとした。けれど美女の周囲に黒い蝶が現れ、ファントモンに襲いかかる!
「あああ――――っ!」
 ファントモンは驚いて退いた。
「貴女のデータも美味しそう。珍しい色をしているわ」
「色!?」
「私にはデジモンのデータやデジコアの色が見えるの。――ああ、このデジモン……ロゼモンって言うの? このコも綺麗な色……」
「ロゼモンに何をするっ!」
 ファントモンは噛み付くように言った。
 美女は微笑む。


「食べるの」


 もちろん私達は、
「「「「「えええ――――っ!」」」」」
 揃って全員、息を飲んだ。
「そんなっ! 嘘でしょう! やめてっ!!」
 樹莉が叫ぶ。
 美女はあっさり、
「もちろん、半分は冗談よ。でも、半分は本当」
 と言う。
「そんな……ひどいわ!」
「――貴女、願いを叶えたいんでしょう?」
 と美女は言った。
「ダメ! ロゼモンさんはダメ……!」
 樹莉は叫ぶけれど、美女はまるで聞く気がないみたい。変わらない態度で、ロゼモンさんの前髪を撫でている。
「外見だけじゃなく、データの色もデジコアの色も綺麗なんて……。このコ、私の糧にふさわしいわ」
「糧!? ねえ、やっぱり本当に食べるの!?」
 私も腰を抜かしそうになる。ううん、腰を抜かしている場合じゃないわ。隙をみて、ロゼモンさんを助けなくちゃ!
 美女は静かに微笑む。美しい分、不気味に思えた。
「エネルギーをもらうだけ。このコが究極体なら、その半分ぐらいのエネルギーでいいの。成長期、成熟期のデジモンじゃ、瀕死の状態になってしまうから……」
「い……いや……ぁっ」
 ロゼモンさんがぴくりと頭を動かした。
「ロゼモンさん!」
 樹莉は泣きながら叫ぶ。
「逃げて! お願い、逃げてっ!」
「まあ、起きてしまったの? 毒が足りなかったかしら?」
 美女は悠然と言った。
「毒!?」
 私は悲鳴を上げる。
「そうよ。獲物が逃げないよう、少しの毒を与えたの」
「えええっ!」
「おかしいわね? 貴女、どうしてなの?」
「…いや…ぁ……」
 意識を取り戻したロゼモンさんは逃げようともがく。けれどその動きは鈍
い。
「大人しくしていて。傷つけたくないわ」
 優しく言い聞かせるようなその言葉。けれどやっていることはとても恐ろしい――!
「たす…け……、メ…タルマ……」
「え?」
「い…や…ぁ…………メタ…ルマメ……モン……」
 苦しそうな声を上げ、ロゼモンさんはメタルマメモンさんを呼ぶ。もちろんあの場所にいるメタルマメモンさんに聞こえるわけがない。けれど……、
「まあ……どういうことかしら?」
 とたんに、美女は眉をひそめた。
「貴女はメタルマメモンを知っているの?」
 ロゼモンさんは美女を見つめ、不安に駆られる。
「か……彼……を、しっている…んです…か……?」
 美女はゆったりと微笑む。
「ええ。懐かしいわね。もうずいぶん長く会っていないけれど。相変わらずかしら?」
「え……」
 まるで旧知の仲といった話し方。
「あいか…わらず……!?」
「貴女はどういう間柄?」
「え…え……!」
 ふと、美女の目が楽しいことを見つけたように輝きを増した。
「――あら、そう……なるほど……」
「な、何……?」
 美女はロゼモンさんの顔を覗き込む。
「私の婚約者は元気かしら?と、訊きたいの」

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