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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編6
 翌日。日曜日。
 今日で『皐月堂』でバイトを始めてから一週間が経った。
 仕事も覚えてきた。細かいところも気付くようになった。手際も良くなってきた。
 ――レナとも……今度、デートに行こうと誘われているし!
 ちょっと朝から上機嫌で、『皐月堂』の二階に上がる足取りも軽やかで……。
 ドアを開けたら、樹莉とアリスがいた。私が「おはよう」と言う前に、
「説明してもらうわよ!」
 と、樹莉が目を輝かせて駆け寄って来た。
「え……?」
「留姫、ずるい!」
 アリスは顔を真っ赤にさせている。
「「いつからお付き合いしているの!」」
 と、二人は私に詰め寄った。
「昨日、駅で見たわよ!」
「なんであんなに仲良さそうなの!」
 うわ……。
「内緒にしていたわけじゃないのよ」
 今までのことを話し始めた。簡単に話し終わると、二人はそれぞれ腕を組む。
「『恋愛ごっこ』……」
「留姫、完全に子供扱いされているわね……かわいそう……」
 私は肩を落とした。
「そこなのよ……」
「付き合っているのかと思ったのに……」
「他に付き合っている人もいなさそうだし、諦めるには早いわよ」
「『恋愛ごっこ』でもいいから、私もドーベルモンさんとデートしたい……」
 アリスが呟いた。
「え?」
「留姫はレナモンさんのこと、何て呼んでいるの?」
 ――――?
 私は初めて、彼がデジモンという存在だと知った。



 気付かなかったわよ……。
 私は考え込む。
 この世界で人間と共存しているデジモンという存在は誰もが知っている。たいていのデジモンが、利便性も考えて人間の姿を選んで生活していることも知られている。でも、まさかレナが、レナモンという名前のデジモンだったなんて……。
 ――どんな姿なんだろう。
 想像もつかない。デジモンがデジモン本来の姿をしているのをあまり見たことはないから……。
「……」
 私は考えるのを止め、氷水の入った銀色の水差しを手に取る。テーブルを周り、お水をグラスに注ぐ。
 戻って来ると、今日は遅番のレナが店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
 気付いていたけれど、わざとそう言ってみた。
 レナが小さく頷いて右手を上げた。その指が示す方向を目で追うと、カウンターを指していた。
 あ……。
 ちょうど、アイスカフェラテが出来上がったところだった。私はカウンターに近付いてそれを受け取ると銀のトレイにのせて席に運んだ。
 運んで戻って来た時には、レナの姿は無かった。
 ――レナのタイムカード、一度も見ていないもの。
 でもレナは、あの私がバイト初日だった日に、タイムカードを押してくれた。その時に私が人間だって知ったんだと思う……。
 ……だから、かな。
 恋愛するのも、同じデジモンの方がいいと思っているから? だから、私とは『恋愛ごっこ』なのかな……。
 レナが二階から降りてきた。
 私の隣を通り過ぎる時に小声で、
(ぼーっとしていたらダメだよ)
 と囁かれた。
 ――誰のことに気を取られていると思っているのよ!



 今日は私の方が先に仕事が終わり、二階に上がった。
 自分のタイムカードを押してから、レナのタイムカードを探す。レナモン、と書いてあった。
 心臓が小さい音を立てた。
 樹莉が二階に上がってきた。今日は樹莉も早く来たので仕事が終わるのは私と同時。
「何をしているの?」
 樹莉が寄って来たので、私はタイムカードを急いでラックに戻した。
「ふ〜ん……」
 興味津々という顔をしている。
「何よ……」
「彼がデジモンだって知って、ショック?」
「うん、かなり」
 と、素直に言葉に出た。
「私は、マスターがデジモンだって知って……ちょっとだけホッとしている」
 樹莉が意外なことを言ったので、聞き返した。
「ホッとした?」
「うん」
 樹莉は頷く。
「マスターのことは憧れちゃうけれど、年齢が離れ過ぎているからどっちみち無理っぽいから。今さらダメな理由が増えてもむしろ……そういう気持ちになるの。留姫には「根性出そう」って言っておいて、自分が一番、根性ないのよね」
「……」
「やだ、そういう顔しないの! 留姫ったら、もう!」
「でも、樹莉……」
「私、マスターのこと大好きだもの。その気持ちは変わっていないわよ」
「そうか……うん、それならいいね」
「そうだ、レナモンさん待っているなら、一緒にどこかで甘いもの食べない? パフェとか」
「オーケー。じゃ、着替えようか?」
 私が更衣室へ行きかけると、樹莉が私の手を取った。
「樹莉?」
「あのね……」
 樹莉が照れ臭そうに微笑む。
「ありがとね、留姫。バイト一緒に来てくれて……」
 私は樹莉の手を握り返した。
「こっちこそ。ありがとう」
「アリスにも感謝している」
「私も」
「なんだか……楽しいけれどほろ苦いね」
「うん。ちょっと、ね」
「ダメでもいいや」
「うん。ダメでもいい」
 私は樹莉の手を、ちょっと強く振った。
 樹莉も私の手を同じように振った。
 そんな風にじゃれながら、私達は苦笑した。
「バイト、夏休みしか出来ないから……最後の日は残念会になっちゃいそうね」
「そうね。盛大な残念会になっちゃいそう。今からこんなこと言うの、全然前向きじゃないけれど」
「仕方ないよ。今回ばかりはポジティブに考えられないもの」
「デザートの食べ放題とか、しちゃおうか?」
「やっちゃう?」
「甘いものたくさん食べてパーッと盛り上がって」
「夏の花火みたいにドーンッと盛り上がろうか?」
「初恋なんてこんなものよね〜」
 私の言葉に、あれ?と樹莉が不思議そうに訊ねた。
「留姫って、初恋なの?」
「え? 樹莉は違うの?」
「私は……初恋は幼稚園の時に。近所のお兄さんとか、幼稚園の先生とか……その後は小学校の先生とか、クラブ一緒だった先輩とか……」
「うわ……そういうものなの?」
「私の場合はね。――よし、留姫の初恋の残念会、盛大にやろう!」
「ぎゃ! 何を言うの! 自分のこと棚に上げてそんなタイトルつけないで」
「このタイトルは決定〜」
「ちょっとぉ! 勘弁してよ」
 二人でああでもない、こうでもないと言い合って笑う。
 トントンと、軽やかな靴音がした。アリスが部屋のドアを開けた。
「これ、どうぞ、って」
 アリスが運んできたのは、ブルーベリーやラズベリーが飾られた『ベリー・ベリー』という名の、パフェだった。
「どうぞ、って? どうしたの、これ?」
 テーブルの上に置かれた二つのパフェを、私達は見つめる。
 アリスが首を傾げる。
「マスターから聞いていない? 頑張っているから特別、だって……」
 その言葉に、私達は顔を見合わせた。
「マスターが?」
「どういうこと!?」
 樹莉が真っ青になってアリスに問い掛ける。
「え? バイト料の振込み先のことでマスターがここに来たでしょ? 私に訊いて、その後に二人に訊いてくるって二階に上がって……」
「「……うそぉ!」」
 私と樹莉はパフェを見つめた。
「聞かれちゃっていたの……」
 樹莉は呆然と呟いた。
 アリスが心配そうに訊ねる。
「どうしたの? 何があったの?」
 私はアリスに言った。
「アリスには後で説明するね。下に戻ってマスターにお礼言っておいて」
「うん……」
 アリスは銀のトレイを持って一階に戻っていく。
 樹莉はパフェを見つめている。
「樹莉。とりあえず、着替えて。アイスが溶けないうちにパフェ食べよう?」
 と、樹莉を促した。
 ワンピースに着替えた樹莉と、黒いキャミソールとジーンズに着替えた私は向かい合ってテーブルに座る。お互いにパフェ越しに会話をしながら、食べる。
「……どうしてこれ、ごちそうしてくれたのかしら?」
「余っていた――わけないしね」
「明らかに作ったばかりのものよ」
「うん」
 樹莉はアイスクリームを口に運ぶ。スプーンで掬うと美味しそうに食べる。
「ラズベリーソースが絶妙だわ〜」
「美味しい。バニラアイスとラズベリーアイスがいい相性! いつもこれを運んでいたのね……」
 樹莉と私は「美味しい!」「最高っ!」を交互に呟きながら食べ続けた。
 ほとんど食べ終わった頃、樹莉が
「……んぁ」
 スプーンを咥えたまま小さく変な声で呟き、瞬きをした。
「言ったこと、ある」
「何が?」
 受け皿の端に残していたミントの葉も口に運んだ私は聞き返した。
「パフェのアイスのこと」
「……?」
「初めてマスターと話をした時。――『ベリー・ベリー』のラズベリーアイスは手作りですよね?、って」
「へ? これ、手作りなの? 業務用のアイスかと思った」
「業務用でこの味は出せないわよ。パフェと聞いたら食べにいく、メニューにパフェを見つけたら食べるぐらいパフェ好きの私が言うんだから」
「――でもそういえば、最初に私をこの店に連れてきた時は食べていなかったじゃない?」
 樹莉が首をすくめる。
「だって食べ過ぎでお腹壊していたもの」
「お腹を壊して――それでも『皐月堂』に来た、と」
「言ったじゃない。来れるなら毎日通うって」
「そっか」
 樹莉を尊敬の眼差しで見つめる。
「――さて、このパフェについて、だけれど」
「つまり、マスターは私達の会話をちょっとだけ聞いていたってことじゃない?」
「う〜ん……そうね」
「樹莉がマスターのこと好きっていうところは、聞いていないんじゃないかしら?」
「そう願いたいわ〜。恥ずかしいもの……」
 樹莉がテーブルにぺったりと寝そべり、空になったパフェのグラスを眺めた。
「いい人よね、マスターって……」
 樹莉は呟く。
「美味しいものを作る人に悪い人はいないものなのよ」
 樹莉のその言葉に、私は頷いた。



 レナの仕事が終わった。
 本屋に寄るから、と言う樹莉を見送ってから、私とレナはゆっくり歩き出した。
「パフェを?」
「うん」
 パフェの話をした。もちろん、樹莉がマスターのことを好きだっていうのは話さない。
「そう、良かったね。留姫はパフェが好きなの?」
「もともとは和食の方が好きだけれど。友達のつきあいでパフェとか食べているうちに好きになったわ」
「そう」
 レナの腕に自分の腕を回したくなる。でも、駅の近くだからそれはしない。学校の校舎は線路の向こう側にあるとは言っても、学校の関係者も通る可能性のある場所だもの。
 そういえば、とレナが訊ねる。
「夏休みの宿題はあるんだよね? 順調?」
「うわ……嫌なことを思い出させるのね!」
「解らないところがあったら教えられると思うから、訊いて」
「そう? じゃ、頼らせてもらおうっと」
 そう言い、「ところで」、と訊ねた。
「今日は荷物が多いのね?」
 レナは大きな書類ケースを持っている。
「朝、大学に行ってきたから」
「そうだったの?」
 レナは大きく溜息をついた。
「実はパソコンが壊れてね……」
「……今度はパソコンが?」
「室内の気温が高かったから、熱でやられた。一昨年にもやったことがあったから気をつけていたんだけれど……。論文のデータのバックアップはあるから、なんとかなる」
「ご愁傷様……」
「出費がかさむのは辛い。壊れたものは仕方ない……。でもエアコンは月曜日に新しいものが来るからこれで快適になる」
「良かったわね」
「あとはパソコンが直れば……。朝から大学まで出かけなくても済むんだけれど」
 ……朝から……。
「もしかして、こないだ、月曜日と火曜日も大学に行った?」
「ああ。ほとんど毎日行っているけれど……」
 ……あ、な〜んだ。
「よかった……」
「何が?」
「なんでもない!」
 私は話をはぐらかせた。
「そういえば……レナって、彼女いるの?」
 思い切って、冗談っぽく訊いてみた。
 ――いるわけがない。論文とバイトの合間に、私と『恋愛ごっこ』してかまってくれるぐらいだもの。
 けれど、
「どっちだと思う?」
 と、レナは言った。
「え……」
 それって、どういう意味? もしかして、いるの……?
「どっちかな? 解らないわ」
 なるべく明るく言った。
「いたら……どうする?」
 え……。
「もしも彼女がいたら、それでも『恋愛ごっこ』を続ける?」
 レナは前を見て歩きながら、訊ねた。こっちを見てはいない。私がどんな顔をしているのか、彼は知らない。
「彼女がいたら……」
 私の喉が痛くなった。裏返りそうになる声を我慢する。
「――いても、私には関係ないじゃない。『恋愛ごっこ』なんだから。それって、私に関係ないじゃない……」
 私は、ちょっと歩幅を早めた。
「留姫?」
 立ち止まったレナの前に、私は立つ。
「ごめん、用事、思い出したから」
 思い切り、普通に言った。
「送ってくれるの、ここでいいから。――バイバイッ!」
 私は回れ右をして、駅に向かって全速力で駆け出した。
 ――泣くな。絶対泣くな。
 これは『恋愛ごっこ』なんだから。
 でも、でも! レナにとっては『恋愛ごっこ』でも、私にとっては本気で……。
 ――泣くな! 諦めないんだから!



 駅のホームに着いた頃には、悲しさが闘志へ変わっていた。
 ――彼女がいるのかなんて、どうして訊いたのかな……私の大バカ!
 けれども、いるともいないとも答えずにあんな「彼女がいたらどうする?」だなんて訊くのはどうして? からかわれた? また冗談言われた?
 それとも……。
 私は、電車のドアにトンと、もたれかかった。
 ――少しは私のこと、意識してくれているの……?
 窓の外を過ぎ去る景色が、いつもより暗く寂しく感じられた。

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