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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
未だ覚めることのない悪夢は それも現実 Side:METALMAMEMON
(※第1部3の番外編です。前回の話を今回はメタマメ側から書いてみました)


   ◇

 時々、夢に出てくる姉の姿は、黒地に変わり市松格子の着物を着ている。あの事件の一カ月ほど前に、姉が珍しく俺を誉めてくれた時に着ていたものだ。
 夢の中は、薄曇りの空。薄っすらと雪の積もった庭。
 物音一つしないその場所で、白梅の木の下に佇む『鬼』。
 手描きの染帯に咲くのは、紅梅の花。ほんの少しのその紅色に、引きずり込まれそうになる。その姿は鮮明なのに、顔はよく見えない。
 誉めてくれたのは、学校の成績のことでも、武道のことでも稽古事でもない。内容は覚えていないが久しぶりに話をしていて、二言、三言ほどのその話で、受け答えが良いと誉められた。
 あまりにも唐突だった。――未だに、どうして姉がそんなことぐらいで誉めてくれたのか解らない。
 姉のことを、密かに『鬼』と例えていた。非の打ち所が無く、大輪の花のように艶やかで、そして比類の無いほど容赦無い。――そんな姉だった。
 俺は物心ついてから、姉に似ている、と言われるたびに反発するようになった……。


   ◇


 用事があって、東京・新宿に来ていた。ロゼモンさんのバイト先が新宿にあるので、もしかしたら会えるかもと考えていた。仕事が長引いた時のことも考えると、事前に連絡を入れるのは止めた。
(「貴方が来るって解っていると、仕事に手がつかなくなっちゃうの……」)
 そんなことを、いつか聞いた。恥ずかしそうに俯くあの人に対して、そういうことを言うのはずるいと思った。いつもあの人は、そういうところがずるい。それ以上のことが言い辛くなる……。
 仕事が終わってから、ロゼモンさんと連絡を取ろうとした。
「……?」
 けれど、留守電になってしまう。リダイヤルしても同じだ。地下鉄に乗っているのかも、と思いながら、ロゼモンさんの従妹であるリリモンさんに電話をかけた。
 リリモンさんは
『ロゼモン? ちょっと用事あって出かけるって言っていたわ』
 と教えてくれた。


『男の人と約束あるみたい』


 言われたその言葉は、百トンの重さがありそうなぐらい。俺は後ろからその言葉に頭を殴られた気がした。
 ――ロゼモンさんにだって友達いるから! 男友達だっているだろうっ!
 そう何度思ってみても、今はまだ離れて暮らしているから、そういうことだけでも不安はすぐに大きくなる。それぐらい、ロゼモンさんのことは俺にとって最重要。
「……」
 とは言うものの、教えられた駅は遠い。私用で新宿まで出てきて、それで……という口実には吊り合わない。
 少しの間、考えたけれど、
「……時間がもったいない」
 と、結論が出た。
 ――とにかく、行こう。
 人間の姿からデジモンの姿に変わる。教えられた駅まで、街道沿いに高速移動を繰り返した。良い運動になるぐらいの距離だ。
 これぐらい散歩程度の……と思っても無理だ。特に交通手段が無ければ、JR線か私鉄路線を使うぐらい離れている。何か理由が無いと不自然な距離だ。わざわざ会いに行った、っていうのもなんだか、なぁ……。



 会った時の言い訳を考えながら、やがて、その駅に着いた。結局、言い訳は決められなかった。
 複合店舗が入るショッピングビルなどを足場に移動して、ロゼモンさんの気配を探す。
 ――いた。
 商店街沿いにあるファーストフード店。
 ――また、あの人はカロリー高いものを食べている。
 その向かい側に建つ店舗の屋上に、俺は降り立った。一、二階はドラッグストアであるそのビルの屋上から、ファーストフード店の二階を覗く。ファーストフード店はどの階も天井が高い構造になっているから、ちょうど見える。
 下方の三分の一が擦りガラスになっている窓の近くの席に、ロゼモンさんが座っている。テーブルを挟んで向かい側に、男が一人。長い、色の薄い金髪。窓に彩られる店のロゴが邪魔で、顔までは良く見えない。
 ――デジモン?
 デジモンにしては妙な雰囲気……。すぐに、その雰囲気に心当たりがあることに気付く。
 ――レナモンさん……?
 ちょっと名前は知られているデジモンだった。
 レナモンさんと知り合い? ロゼモンさんが? 男嫌いなのにとても親しそうに話をしている。
 ――って、おい! ロゼモンさ―んっ! くっ!? くっつくなぁぁぁ!
 なんだよ! 一緒にメシ食っているなよっ! おいこら。そんなにロゼモンさん、楽しそうで、何だよっ!
 自分でも呆れるほど、二人を見ていてイライラした。
 ――離れろっ!
 その楽しげな雰囲気にサイコブラスターを一発お見舞いしたい衝動に駆られた。
「あれ? もしかして――こっちに気付いているの?」
 ロゼモンさんは、わざとレナモンさんに親しげに話しかけているように感じる。
 ――俺のことに気付いていて、俺のことからかっている……ようにも見える?
 ふと、ロゼモンさんが店の奥に何度も視線を送っていることに気づいた。
 今立っている場所からは見えにくいので、横に数歩移動して、しゃがみこむ。
「……女の子?」
 高校生ぐらいの女の子の姿を確認した。ロゼモンさんが気にしているその女の子も、ロゼモンさん達が気になるようで、ちらちらと見ている。
 やがてロゼモンさんが立ち上がる。レナモンさんに手を振りながら席を立ち、店を出て行く。
 レナモンさんが店の奥にいた女の子に手招きしているのを見て、俺は首を傾げる。
「どういうことだ?」
 さっぱり解らない。
「ロゼモンさん……」
 追いかけなくちゃ。
 俺は路地に降り立ち、デジモンの姿から人間の姿に変わる。裏原宿のように小さい店舗が所々に点在する。けれどタイミングが良くて人目にはつかなかった。
 日陰を歩くロゼモンさんの後ろを、少し離れて歩く。気配は完全に殺しているので、俺がいることに気付かない。
「……」
 こういう行動は全然男らしくない。好きな人の行動を監視して後をこっそりつけるなんて……。
 俺は頭を軽く横に振る。気になるなら、ちゃんと訊いた方がいい。
「……」
 けれど訊かない方がいいと思うなら、訊かない方がいい。
「……」
 でも……。


 ――『「男らしく生きなさい。女々しいぐらいなら潔く腹でも切りなさい。返事は?」』


「……!!」
 びくり、と、背筋が寒くなる。『鬼』と恐れた姉が背後に立ち、竹刀を構えているような気がした。
 まさか!?と、急いで振り向いた。けれど、そこには人ごみしかない。
 ――そんなはずはない。解っているのに。俺の姉は――あの事件のあった夜、『バッカスの杯』で……。


   ◇


 姉だけが出てくる夢と同じぐらい、何度も繰り返して見る『悪夢』がある。あの夜の夢だ。

 ――あの夜。
 まず、悲鳴が聞こえた。姉の声だと思い、部屋を飛び出した。
 ――姉が悲鳴を上げたことなど、後にも先にもあれ一度だけだった。
 離れにある家から母屋へと駆けつけた俺は、血まみれの部屋に飛び込む。
 姉が立っている。
 両親が血にまみれて倒れている。でもまだ息はあるようだ。まだ、助かる……!
 ウイルスで狂った姉を、俺は必死に止める。デジモンの姿になって、必死に止める。姉は強い。生半可な力では太刀打ち出来ない――! 逆に俺は追い詰められる。殺されそうになる。
 ……その夢の最後はいつも、病院のベッドの上。
 姉も両親も生きていると、クソジジイは泣きながら俺に言う。
 俺は安堵する。「良かった」、と。



 ――そう。都合の良い夢だ。幻夢……むしろ、『悪夢』。
 あの夜は――両親が夜遅くに海外出張から帰宅すると姉から聞いていた。両親とは一年ぐらい、まともに会っていなかった。
 俺は誰を相手にしても反抗したくなる年頃で、勉強があるからと離れの家にいた。趣味にしている歴史文献のデータベース作成などをしていた。
 夢とは全く違う、実際に起きた惨劇は酷いものだった。
 俺が駆けつけた時にはすでに、両親のデータは霧散していた。砕かれて、そのまま空中に消えたのだろう。
 ――あの日、俺の目の前で、姉は自分の刃で割腹した。普通の神経では今時、自ら割腹するなどありえない。それも女の身ではなおさらありえない。通常はそれだけでは力が弱く、上手くやらないと死ねない。
 データは粉々に砕けて空中に消えていく。姉であったものが、消えていく。
 俺は震える手を伸ばした。けれどそれは間に合わなくて……。


   ◇


「……」
 覚悟を決めて、俺は先回りをすることにした。近くの路地に行き、人間の姿のままでトンッと踏み切る。ビルの裏手から、駅前へと伸びる連絡通路へ移動する。二階の高さにあるその途中で、俺はロゼモンさんがエスカレーターを上ってくるのを待った。
 けれど、――急に、逃げ出したくなる。もしも、ロゼモンさんが言葉に詰まったら? 嘘をつくのが下手な人だから、もしもレナモンさんのことを俺に隠すようなら……。
「メタルマメモン……!」
 突然呼びかけられ、声を上げそうになった。
 ――びっくりした、びっくりした――!
 ぼんやり考えているうちに、ロゼモンさんはエスカレーターを使ってこちらへ来ていた
 ――どういう顔していいか解らない――――!
「ロゼモンさん、こんにちは……」
 見上げると、ロゼモンさんは邪気の無い笑みで俺を見つめる。ベージュの七分丈のパンツスタイル。艶のある金髪を今日はストレートで毛先をさらりと内側に巻いている。
 会えて喜んでいるその様子に、俺は不機嫌になった。
 ――さっき、レナモンさんとあんなに楽しそうにしていたじゃないか――――!
 が、そんな俺に、ロゼモンさんは「大学で同期なの」と言った。
「同…期? レナモンさんと?」
 じゃ、本当に友達……?



 ミニソフトクリームパフェに、嬉しそうにロゼモンさんはスプーンを運ぶ。パフェ用の細い銀色のスプーンは、くるりとソフトクリームを掬う。
「美味しいv」
 ロゼモンさんはそれを口に運び、微笑む。
「そう?」
「うん」
 その笑顔を見ながら、抹茶アイスを俺も食べた。こうも暑いと、いくら俺でもアイスぐらい欲しくなる。サイボーグ型デジモンである俺は、常に発熱している体を自力で冷ましている。そのエネルギーを使わなくても済むから、こういう気温の時には冷房の効いた場所にいる方が楽だ。
「抹茶アイスも美味しそうね」
「食べますか?」
「ほんと? ありがとう!」
 俺は自分のスプーンを持ち直し、ロゼモンさんが使えるように柄を向けて差し出した。
「ええっ!」
 ロゼモンさんは声を上げて硬直する。
「どうぞ」
「え!? ええ!?」
「……あの、」
 俺は小さく溜息をつく。
「……その、イチゴジャムみたいなのがついたスプーンで抹茶アイスは掬って欲しくないんです。味が混ざるから」
「え、ええっと……でも、でも……」
「別に。俺、こういう場合の間接キスは気にしませんから」
 そう言ったとたん、ロゼモンさんが席を蹴って立ち上がる。
「そんなこと私だって気にしていないわよっ!」
 一気にそう言ったロゼモンさんは顔を真っ赤にしている。耳も真っ赤だ。
「……」
 怒鳴る声に近かった。俺は頭痛がしそうになる。またやってしまった。どうしてこれぐらいのことで大声を出すんだ?
「本当に気にしていないなら、何もそんなにムキにならなくてもいいでしょう?」
「ムキになってなんかいないわよっ!」
「――静かにして下さい。周囲に迷惑でしょう」
 指摘すると、ようやく周囲が目に入ったみたいだ。見回し、顔を余計に真っ赤にする。
「ほら、席について下さい」
「ごめんなさい……」
 消え入りそうな声でそう言いながら、ロゼモンさんは席に沈み込む。


 ――このまま二人でいられたら、良かったのかもしれませんね……。


 俺は俯いたままのロゼモンさんを見つめる。いずれロゼモンさんを残して行くことになるんだという現実から目を背けたくなる。
 ――俺は、『鬼』になる。貴女を連れて行かない。
 近くを通った店員に、俺はスプーンをもう二本、頼んだ。

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