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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
夏の予定 Side:ROZEMON
(※第1部3の番外編。ロゼモンの話です。)


 ファーストフード店の店内はエアコンが効いていて涼しい。真夏の盛り、外の日差しから逃げるにはいい場所だから、そこで待ち合わせしていた。
 その視線に気付くのは、私の方が早かった。
「――あの子、知り合い?」
 私はレナモンに訊ねた。
 レナモンは、
「同じバイトをしているけれど」
 と答えた。
 離れて座っているその女の子は、高一だという。
 お世辞でも何でもなく、かわいい子だと思った。レナモンはちっともその気はないみたい。
 けれど、女の子の方は違う。レナモンのことを気にしていて、私の方も気にしている。こういう場合、私は『レナモンの恋人』と思われるのかしら?
 レナモンに対してそういう気持ちを持ったことは無かった。私が普通に話が出来る、数少ない男友達の一人。アンティラモン、テリアモン、ベルゼブモン、ドーベルモン……そういう友達は、両手で数えられるぐらいしかいない。
 私がわざと、レナモン側に身を乗り出すようにすると、女の子は過剰反応するのを懸命に堪えている。
 かわいー!と心の中ではしゃぎたくなる。こういう、いじらしい女の子って好き。でも、あまり意地悪するとかわいそうだから、適当に話を切り上げてレナモンと別れた。
 ――レナモンもあの子のこと好きになればいいのに。
 階段を下りる時、他の客に道を譲りながら、ちょっとだけ店内に目を向けた。
 ――あら? うふふっ!
 レナモンがあの子に手招きしている。――よしよし、その調子!と、お見合いを仕切るオバサンの気分になる。
 レナモンはいつも、なんとなく優しく、なんとなく親切。良く言えばさりげなくて、悪く言えば誰かと特別親しくなることがない。感情の起伏も少なくて穏やかなタイプだと思う。
 そのレナモンが誰かのために一生懸命になったら? きっと見ているこっちは楽しいもん! ――別に悪気は無いけれど、私はそう思うの。
 ――夏休み……。夏の恋……。
 高校時代の夏休み、私は何をしていたんだっけ……。
 考えても、曖昧な記憶しかない。たぶん、特に事件らしいことも無かったんだと思う。思い出も、覚えているようなものは無い。漠然と――その頃は美容師に憧れ始めた時だった、ということだけ、記憶に残っている。
 ああ、アイドルの追っかけもしていたかも。でもあの頃好きだったアイドルって……今となっては記憶に薄い……。



 ファーストフード店を出ると、まだまだ日差しは強い。
 バッグからサングラスを取り出して掛けると、日陰を選びながら駅に向かった。
 日傘を持ってくれば良かったと後悔していた。強い紫外線で肌にシミが出来たら嫌だと思う。
 まとわりつくような熱気は容赦が無くて、暑さにくらくらしてしまう……。暑さは苦手……。
 駅前のファッションビルの二階にある連絡通路は、駅の改札口への近道。クーラーが効いていて涼しいから、そっちへ行こうとして……気付いた。
 踏み切り側の、線路をまたぐように設置されている歩道橋にも、連絡通路は通じている。その手前に彼がいた。
「メタルマメモン……!」
 そうしないようにと思っても、どうしても声が弾んでしまう。恥ずかしい……。
 急いでそちらへ向かい、サングラスをはずした。なんてラッキーな日! 大好きな彼に偶然会えるなんて……!
 日陰に立っていたメタルマメモンは、バツが悪そうな顔をしている。彼ってこんな表情もするの!と思うと、ドキドキする。
「ロゼモンさん、こんにちは……」
 やっぱり、バツが悪そうな顔をしたまま、彼は私を見上げる。
「どうしたの?」
「いいえ、別に……」
「そうなの? この駅に用事あったの?」
「ええ、まあ……」
「そうなの? 会えるなんて嬉しい……」
 思わず、そう、ぽろっと言葉が出た。
 メタルマメモンは少し不機嫌になる。
「……ええ、特に重要な用事でもなくて……」
「……?」
 どうして彼が不機嫌になったのか、私には解らない。何かマズイこと言ったかしら?
「私は、友達に貸そうと思って講義の資料を渡してきたの。同期でレナモンっていうのよ……」
 メタルマメモンは、「え?」という顔をする。
「同…期? レナモンさんと?」
「ええ、そうよ。知っているの? 彼、色々と有名だもんね。あ……でも、ベルゼブモンから聞いていなかったの?」
「そうだったんですか……」
 メタルマメモンはとたんに、声を押さえ小声で笑い出した。
「どうしたの? ねえ!」
 今度は私の方こそ不機嫌になりそうになる。
「すみません」
「メタルマメモン?」
「誤解していました」
「誤解?」
 機嫌が直らないままの私に、彼は笑いかけた。
「ロゼモンさんを誤解するなんて、俺もどうかしていました」
 その笑みにドキリとする。心臓の音がどんどん早くなる。
「お詫びにおごります。――って、ファーストフード店の後だと、お腹も空いていませんよね?」
 言われて、私は首を横に振る。
「ううん、別腹で! 大丈夫!」
 何に対して彼が笑ったのか?は気になる。けれど、彼が誘ってくれていることの方が、最重要!
 デートかしら!? デート!! 私、服とかメイクとか、崩れていない? きゃあっ! どーしようっ!
 ……と、舞い上がりそうになり、必死に自分を押さえ込む。ここではしゃいで、彼に呆れられたくない。
 彼はというと、
「別腹? そういうのは健康上、良くはないんですよ? 満腹状態でさらに別腹が起きても、それが常に起きる状態が続くと……」
 と、私の心の中には気付かない。
「うん、気をつけるから! 私、ミニソフトクリームパフェのあるお店、知っているわ」
「ミニ、って……それでも量はあるんでしょう?」
「それほどじゃないわ。ねえ、そこがいいわ。コーヒーも美味しいのよ。そこにしましょう?」
「ロゼモンさん」
「いいから、ね? 私が奢ってもいいわ」
 まだ何か言いたそうな彼は、とたんに黙り込み、大きな溜息をつく。
「遠慮します」
「え? ミニソフトクリームパフェじゃ、ダメ?」
「そうじゃなくて。俺は……………………『彼女』に奢ってもらうのは嫌だと思うので」
 彼は言葉の途中から小声になった。
「……」
 たぶん。私は……顔どころか首や耳まで真っ赤になっていると思う。
 彼が私の手を引く。
「行きましょうか? その店、どちらにありますか?」
 私は俯きがちに、
「あっち……」
 と、駅ビルを指差す。
「駅ビルの三階……」
「解りました」
 時々、彼は事務的な言い方になる。今が、それ。
 たぶん、私に対して呆れているんだと思う。
 ――だって、どんなに子供っぽいと思われたとしても、慣れない……。私が貴方の『彼女』だなんて……。
 繋いでくれるこの手が、彼の手が……とても好き。
 私を安心させてくれる、この手が好き。
 ずっと、一緒にいたい。
 ずっとずっと……夏の間も、夏が終わっても……一緒にいたいと、そう思った。
 手に少しだけ力を入れると、彼は私へと振り返る。
「嫌ですか?」
「え?」
「手を繋ぐこと、です。暑いから、やめましょうか……」
 私の手を離す彼に驚き、
「や、やだっ!」
 その手を急いで掴む。
「……ロゼモンさん」
「――あ、あの……! あの、嫌じゃない。私は嫌じゃないの! どうしてもダメって言うのなら、やめてもいいわ。でも、そうじゃないのなら、あの……」
「……解りました。手は繋ぎますから」
「ほんと!? やった!」
「やった、って、ねぇ……どうでもいいですから、両手で俺の手を掴むのは止めて下さい」
「――あ。ごめんなさい……」
 私は手を離す。
「ああ、そうだ。また、サングラスかけますか?」
 言われ、迷う。サングラス越しだと、彼の姿が茶色い色付きのレンズで変わってしまう。
「でも……」
「かけた方がいいですよ。今日の服に似合いますから。ほら……」
 彼に促され、サングラスをかける。
 私は右手を差し出した。
 彼は私の手を取り、また、歩き出した。
「ねえ、今度、レナモンのこと紹介するわ」
「そうですか?」
「ええ。他のデジモンにも貴方のこと紹介してもいいでしょう?」
「別にかまいませんけれど……」
「今度、貴方の友達にも、私のこと紹介してね?」
 歩いていた彼が、
「友達ですか……」
 と、小さく呟く。
「?」
「すみません。友達はいないから無理です」
「え? ――ええ、と……あ、ああ、広く浅く付き合いのあるタイプなの?」
 私はちょっと考えて、そう訊ねた。
 すると彼は、
「一人いましたけれど、絶交したんです」
 と言ったので、ちょっと驚いた。
「絶交?」
「ええ、そう言われましたから。俺もこっちの大学への手続きがあったりと、あっちの大学にはほとんど顔を出さなくなったのでしばらく会っていません」
 彼は淡々と言う。
「そうなの? 仲直り出来るといいわね……」
 私はそう言った。
 彼は歩みを止める。人ごみの中、通路の脇で。私を見上げ、彼は問いかける。
「仲直り?」
 まるでそれが、不思議な言葉に聞こえるみたい。
「友達とケンカしたら、仲直りしなくちゃ」
 そう言うと、少し驚いた顔をする。
「そう? ケンカ?」
「え? ケンカしたから、絶交だ、って言われたんでしょう?」
「いえ……ケンカじゃ……」
 そう言いながら、
「……いや、あれはケンカなのか……?」
 と、彼は考え込んでしまった。
「ケンカらしいケンカじゃなかったの? 気まずくなっちゃっただけ?」
「いいえ、そうじゃなくて。ケンカ自体、したことがないというか……」
「その友達と?」
「いいえ。ケンカをするほど他人と意見や立場が衝突することは今までありませんでしたから」
「そうなの? ケンカをするほど仲がいいのって、そのデジモンだけ?」
「そうですね、アイツだけです」
「そんなに仲がいいの?」
 私は不安になって、思わず、
「……女の子?」
 と訊ねると、彼は苦笑した。
「いいえ。同期で、男です」
「ああ、そうなの?」
「まだ成長期止まりで、情けないヤツです」
 それを聞き、私は首を傾げる。
「そう? さっき会ったレナモンも成長期よ?」
「同じにしない方がレナモンさんのためになると思いますよ。俺の同期のアイツは、本当に何から何までだらしなくて」
「やだ、ダメよ。そういう言い方、良くないわ。良い所もあるんでしょう?」
 私が言ったとたん。メタルマメモンは、笑みを浮かべる。思い出し笑いのような笑みだと思う。
「ええ、あります。ノートは綺麗です」
「字が綺麗ってこと?」
「字は読めないぐらい汚かったんですよ。読めないって言ったら、次に借りた時はこっちの顎が外れそうなぐらい、綺麗な字になっていました」
「わあ、すごーい!」
 驚いて声を上げた。そんな短期間に? たくさん練習したに違いないもの。
「普段は緩んでいて、頭の中が桃源郷なんじゃないかってぐらいなんですけれど。いざって時の集中力はハンパじゃないですね。勉強も本気を出した時の成績は順位も一桁です。……ああ、例えるなら、昔話であるじゃないですか、『三年寝太郎』って。あんな感じです」
「ええ!? それ、本当に? 冗談みたいね……」
「存在自体が冗談みたいですよ。俺の友達だというぐらいですから。俺が嫌味言っても、アイツには通じていないんです。良く言えば大らか、悪く言えば何も考えていないように見えます。アイツはアイツなりに考えているから、気配り上手いと感じることもありますけれど……」
 メタルマメモンは歩き出した。
 私は彼の隣を歩く。
 彼は話し続ける。
「言い過ぎたな、って思う時があって。俺は一晩悩んで。翌日、謝った時にアイツ、『何のこと?』って言って。こっちが一から説明することになって……。聞き終わったらアイツは『そんなの気にしないよ〜』と笑うんです」
 私はそのエピソードを聞き、ハッとした。
「ねえ、そのデジモンと仲直りするんでしょう?」
「え? そうですね、した方がいいかな……」
「した方がいいわ。仲直りして! そうしたら私に紹介して!」
「えっ?」
 メタルマメモンは眉をひそめる。
「ずいぶん意欲的な言い方をするんですね?」
「ええ。ぜひ知り合いになりたいわ」
「? ロゼモンさん、男嫌いじゃ?」
「その彼なら大丈夫そうだから。でね、リリモンに紹介したいの♪」
 そこまで聞いていたメタルマメモンは、かなり驚いて声を上げた。
「リリモンさんに!? どうして? やめておいた方がいいですよ」
「えー? どうして?」
「リリモンさん、かわいいじゃないですか。アイツと吊り合い取れませんよ」
「吊り合い? そんな、言うほどじゃないんでしょう?」
「言うほどですよ。だらしないし、部屋も片付けられないし、食事も適当だし……」
「だったら、ちょうどいいわ」
「そうなんですか?」
「リリモンって、口うるさいところがあるから、大らかな人じゃないとダメなんじゃない?って思っていたの。リリモンは片付けも得意よ。料理はお世辞でも上手いって言えないけれど」
 彼は意外そうな顔をする。
「料理が下手? そうなんですか? そういう風には見えないけれど?」
「うん、とっても下手」
「とっても? そう?」
「そこは知らない方がいいかも」
「そんなに? ――まあ、それにしても、何もアイツを紹介するなんて……」
「リリモン、また彼氏と別れたのよ」
「また、って言うほど? そんなに色々なデジモンと付き合っているんですか?」
「モテるんだけれどね。いっつも遊びに誘われるぐらいで。でも、長続きしないのよね。一週間も続かないわよ。口うるさいのが過ぎるのよ……」
 私はちょっとおおげさに溜息をついてみた。
 彼は考え込んでいる。
「ん……じゃあ、俺がアイツと仲直り出来たら、ってことにしておきましょうか?」
「そうして。――あ、あのお店よ」
 私達は駅ビルのエスカレーターに向かった。



 世界は眩しくて、楽しいことがたくさん起きるような気がする。
 今は――――そう思って、それを疑うこともなかった。


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《ちょっと一言》
 当初は短くてPC用サイトで掲載するつもりもなかったのですが、後に加筆して掲載した話です。こちらケータイ用サイトにも載せておこうと思います。
 ロゼは書いていて楽しいですv

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