カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編11
アリス、そしてアイちゃんも、それを『機械』だと言ったけれど、私にはそう見えない。
――機械には見えないんだけれど……?
黒色で表面の滑らかな半球の小山を前に、ロゼモンさんとアイちゃんは立つ。包まっていたブランケットは畳んで足元に置いた。機械の傍近くは気温が上がる。
私はアリスに訊ねた。
「これ、本当に機械?」
アリスは頷き、
「音が聞こえるわ」
と言いながら、耳を澄ます。
「ほら、聞こえるでしょう?」
「音? う〜ん、そう?」
「大きなコンピュータよ。冷却用のファンの音が聞こえるの」
アリスの言葉に、私は首を傾げる。
「やっぱり、そんな音、聞こえないわよ?」
「とても小さい音なのよ。高い技術力だと思うわ」
「冷やすだけでしょ?」
「熱がこもるとそれが原因で暴走するから、冷却ファンは重要なの。それが正常に動かないと発火したり故障したりするのよ。こんなに小さい音しか出さないのにここまで大きなものを冷やせるなんて……」
「そうなの?」
パソコンに興味は無いので、そういうものだとは知らなかった。
突然、男性の声が響く。
「復活の時は近い。デジモン本来の生き方の出来ぬ者、全て滅びよ、消滅せよ……」
これが『心臓』! この事件の張本人の声なのかと驚く。老人のようにも、四十歳前後の男性の声にも聞こえた。
「この前はどこかから誰かの喋っている声が聞こえてくると思ったんですけれど……」
アイちゃんが小声で呟く。
その小さい呟きは『心臓』には聞こえないみたい。声は喋り続けている。
「この前? あの時のこと?」
ロゼモンさんがアイちゃんの顔を覗き込み、アイちゃんはこくんと頷く。
「けれど、この声はあの時、ロゼモンさんの声に反応しましたよね?」
「ええ、確か、私は『そんな、酷すぎるわ……!』と言って……」
ロゼモンさんはそう呟いた。けれど『心臓』の声は話続ける。ロゼモンさんの声はアイちゃんより少し大きかった。聞けるような範囲にいないか、もしくはまるで、誰の声も無視しているように感じた。
「あの時はとにかくびっくりして、怖くて……でも今なら、どこかから声が聞こえるわけじゃなくて、この機械から声が聞こえると解ります。でも始めから録音していたとしても、それって何か意味があるのかしら? びっくりさせるだけ……?」
アイちゃんは考え込んでいる。
「『デジモン本来の生き方』が出来ない? どういうことです?」
私はロゼモンさんに訊ねた。
「簡単に言うと、私や、レナモン、もちろんドーベルモンもそう。人間の住むリアルワールドを住む場所に選ぶことよ」
「え! そんなこと!? だって、例えば私が外国に住むことと同じでしょう? 何もこんな事件を起こしたりウイルスを作ったりするほどのことじゃ……」
私は驚いてそう言った。
するとアイちゃんが
「先に住んでいた人、そういう生き方を認められない人は、そう思わないこともあります。とても強い憎しみを持つ人もいるみたいです」
と言った。
「アイちゃん……」
「私の父がニューヨークに単身赴任していた時に、そう言っていました。ニューヨークでは人種、宗教、思想の違いがそれぞれで……そういう場所ではお互いに理解することが難しいこともあるんだ、って。
でもその時、『人は見かけによらない』って言っていました。私はデジモンもそうだと思います。住む場所なんか関係無い、って……。外見と中身が違うこともあるって……」
アイちゃんはそこまで言って、ふと……振り向く。
「……?」
少しだけ首を傾げ、どこかに耳を澄ます。
「どうしたの?」
ロゼモンさんが訊ねると、アイちゃんは小さく首を横に振った。
「いいえ、何でもないです。呼ばれたような気がしただけで……。でも、気のせいみたいです」
「え?」
「私、デジモンだったら良かったのに。もっと耳が良かったら、聞こえたのかも」
「それって、アイツのこと?」
「えっと……はい。でも、きっと、大丈夫。いつも、どんな時でも大丈夫なんです」
少し肩を竦めて、アイちゃんは微笑む。けれどそれから真剣な顔になって、『機械』を見つめた。
『機械』は、屁理屈のような演説を続けている。
「滅びろ。デジモンの道を外れてしまった者どもよ……」
(もしかして!)
と、アリスは小声で私に囁きかけた。
(もしかして?)
(うん! もしかして!)
アリスがぎゅっと私の手を握る。そして、
「どうしても滅びないといけないの?」
と、どこかにいる『心臓』に向かってアリスは話しかけた……!
「アリス――――!?」
私は驚いて、アリスの腕を揺さぶる。
「何、言っているの!」
「いいの、私に言わせて」
と、私の制止も振り切る。
「どうしても滅びないといけないの?」
「そんなこと言って! どこから攻撃が来るか解らないわよ!」
「あ、ちょっと! やだっ!」
私はアリスの口を押さえようとした。
「やめて、留姫! 何か手がかりを見つけないと、私達、いつまでも先に進めないのよ!」
アリスは私の手から逃げようとして、
「きゃあ!」
磨き上げられた床に足を滑らせて転んだ。前に倒れ、膝と手をついてしまった。
「いった〜い……」
「ごめんっ!」
私は駆け寄る。ロゼモンさんが急いで抱え起こす。
「大丈夫? ケガは?」
アリスは、顔を赤らめる。あまり面識のないロゼモンさんに対してはまだ人見知りするみたい。
「すみません……」
涙を浮かべるアリスは痛そうに手の平と膝を見つめる。
アリスに、ロゼモンさんは真剣な目で問いかける。
「私が試してみるわ。いいでしょう?」
「え? 何を?」
アリスは涙目のまま、ロゼモンさんを見上げる。
「さっきの言葉のことよ」
「えっ!?」
ロゼモンさんは立ち上がり、アイちゃんに訊ねる。
「どう思う?」
「たぶん、そうだと私も思います。試してみましょう!」
アイちゃんは、たぶん、と言ったわりには確信を持っているようで、大きく頷く。
「じゃ、……っと、ちょっと待ってて……」
ロゼモンさんは私達から距離を取る。
「ロゼモンさん?」
ロゼモンさんは両手を真っ直ぐ伸ばし、体の前に向ける。指先まで伸ばすその姿は、ダンスの前のポーズのように見えた。ロゼモンさんの周りに風が起きる。
「……!?」
私は目を瞠る。
風が踊る。赤いバラの花びらが、幻のように風の中に現れては消えていく。無数の花びらの風はすぐに収まり、そこから、
「「……!?」」
デジモンが現れた。真紅のデジモンだった。体のラインをそのまま出してしまうような真紅の、セクシーなボディスーツを身にまとうそのデジモンは、葉の色のマントをなびかせる。艶のある滑らかな金髪はストレートで、ゆったりとまとめ、赤いバラを使い腰辺りで束ねている。頭から目の辺りまで覆うフェイスガードは赤いバラの花を象っている。
花の女王であるバラの花の妖精のような姿で、でも、私達人間と同じ大きさ。太腿の中ほどぐらいまである黒いロングブーツのヒールは高く、その体にはさらにバラの蔓を巻きつけている。それが武器なんだと解るけれど……不思議な印象を与える。
「戦うのは好きじゃないわ。好きなもの食べて、美味しいお茶飲んで、楽しく話して……それが出来なくなるから、戦うのは嫌い……」
ロゼモンさんはそう言い、驚いている私とアリスに微笑みかけ、そして、ファントモンを見つめた。
「予想出来ないことが起きた時のために……力を貸して欲しいの」
ファントモンは首を横に振った。
「究極体が、何を言っているの?」
「お願いします」
「お――お願いしますぅ!?」
ファントモンは呆れた顔をしているみたい。数秒固まり、それからがっくりと肩を落とした。
「……普通さ、命令してもいいんじゃない? 何で、お願いします、なの? ……あ〜、調子くるぅ……あ〜もう! 解ったよぉっ!」
ファントモンは鼻息を荒く、ブツブツと言った。
ロゼモンさんはニッコリ笑う。計算無しの純粋な笑みだけれど、凶暴な性格のファントモンを難なく巻き込んでいるところが……恐ろしい。
「ありがとう。じゃ、準備万端で、実験しましょうか?」
ロゼモンさんは身構え神経を尖らせる。
ファントモンはふわりと空中を移動し、三百六十度、全ての方向からの攻撃に備え身構える。
私、アリス、アイちゃんはお互いに身を寄せ合い、不安そうに息を潜めた。
シン、と辺りは静まる。ようやく、わずかな機械音が私にも聞こえるぐらい静かになった。
ロゼモンさんは、スッと息を吸った。そして、
「『どうしても滅びないといけないの?』」
と、大きな声ではっきりと言った。
「……」
「…………」
「………」
「起きない?」
「……みたい、ね」
何も起きなかった。
ロゼモンさんは張り詰めていた息を吐き、肩の力を抜く。
アリスが、
「違うみたい……」
と呟く。
私は首を傾げた。
「違う?」
「ロゼモンさんの声に反応しているわけじゃないのかしら?」
アイちゃんが、
「ロゼモンさん。ロゼモンさんだったら、何て答えます?」
と問いかけた。皆の視線、ファントモンの視線さえもロゼモンさんに注がれる。
「え……やだ、こっち見ないで……えっと、えっと……そうね……うん、でも……でも……あ、そうか、う〜ん……」
「滅びろ。デジモンの道を外れてしまった愚かなバカ者どもよ……」
また、『心臓』の声が聞こえた。ロゼモンさんは、ムッとした顔になった。
「私達は道を外れてなんかいないわっ」
ロゼモンさんはそう言った。
皆、身構えた。
何か起きるか、それとも何も起きない?
「――これも違う、か……」
ファントモンが「やれやれ、まったく……」と苦笑した。
ところが!
『心臓』の声の調子が、突然変わった……!
「そうだ、そうだ……。どうあってもこれは運命……」
と言ったきり。何も聞こえなくなってしまった。
「――!」
「……わ、あ……」
「……これだけ?」
それ以上のことは起きなかったけれど、皆驚いてしまい、しばらくお互いの顔を見つめた。
「アリス? ねえ、どうしてだと思う?」
私はアリスに訊ねる。
「設定された言葉に反応するんだと思ったの……」
とアリスは言った。
「キーワードってこと!?」
と、私は驚いた。
アイちゃんが
「私も、そうかもって思っていました!」
と何度も頷いた。
「『心臓』の言葉に『正しく答える』ことが出来ると、次の言葉に変わるってこと?」
「そう思ったわ。でも、違うかもしれない。私が言ったから反応しなかっただけかもしれない」
アリスはそう言う。
「ロゼモンさんの声には反応するってことかも?」
アイちゃんが期待を込めてロゼモンさんにそう言うと、ロゼモンさんは首を横に振り、
「それはありえないわ。そうする理由がないもの」
と言った。
アリスは、
「まだ何度か試してみないと結論は出ないわ。確率の問題かしら? タイミングが悪かったのかしら? とにかくこれを繰り返すと、何か起きるのかもしれないわ」
「何か?」
「ええ。一体何が起きるのかは解らないけれど……」
ロゼモンさんは
「『心臓』がどこかで見ているのかと思っていたわ。『心臓』はこの近くにはいないの?」
と、ファントモンに訊ねる。しばらく何も言わなかったファントモンは首を傾げた。
「さぁね。アタシは知らない。『心臓』には会ったことないから。でも、この様子じゃ、本当はここにはいないみたいだね。現れた時に何て言い訳しようか考えていたんだけれど……」
その答えに、また皆が驚いた。ロゼモンさんが、
「会ったことないの? 一度も? 一度ぐらいはあるでしょう?」
と訊ねる。
「会ったことないよ。利害が一致したから仲間になっただけ。妙だとはアタシも思ったけれどね。今までどうでも良かったから……」
そう言い、ファントモンは肩をすくめる。そして、
「ところでさ、アンタ。訊きたかったんだけれど――『そんな、酷すぎるわ……!』って? マジでそう言ったんだよね? 正気?」
と、ロゼモンさんの声や仕草を真似て、ファントモンはからかう。
「怖いもの知らずだね☆ 気が強いな〜。挑発するなんて! それからどうするつもりだったの? 一人で『心臓』と対決するつもりだった? いくらアンタ、究極体だからって無茶じゃない? 身の程わきまえなよ?」
ファントモンは面白そうに、まくし立てる。
「そんなんじゃないわ。……ただ、思ったことを言ってしまって……」
ロゼモンさんは困ったように言った。
「思ったこと? そうなの? 計算して言っていたわけじゃないの? 変なの〜!」
ファントモンは呆れたようだった。けれど、ふわりとマントを揺らめかせてロゼモンさんの傍に寄る。じいっと、ロゼモンさんの顔を覗き込む。
「あの……私の顔に何かついているの?」
まさかキスでもするんじゃないかってぐらいの至近距離まで顔を近づけてきたファントモンに、ロゼモンさんは戸惑う。
「それってさ――そういう風にとっさの行動に出なくちゃいけない時だったの?」
「え? 違うわ、そこまでじゃ……そういうわけじゃなくて……」
「それならアンタ、いつも自分が思ったようにしか行動していないわけ?」
「思ったように? それは……状況にもよるかもしれないけれど……」
「アンタさ、誰かを騙したり、憎んだりしたことも無さそうだよね?」
「え……」
ロゼモンさんは言葉に詰まる。
「無いでしょ? きっと、今まで辛いことも――死にたいと思ったことも無いんじゃない?」
ロゼモンさんはファントモンを見つめる。ロゼモンさんは先ほどとは違い、微笑んでいない。怒ったのかもしれない、と私は思ったけれど、
「貴女はあるの?」
とロゼモンさんはファントモンに問いかけた。
ファントモンは笑う。
「あるよ。何度も……何度も何度も――そう思った。数えられないぐらい、死にたいと思った。この世から逃げ出したい、憎い奴らをブッコロしたい。いっそ世界が無くなってしまえばいい、って。――でも、アタシ、ゴースト型デジモンだから滅多なことでは死ねないけれどね……」
聞き、ロゼモンさんは目を見開く。
「それで? それでも死ななくて……今、良かったと思う?」
そう訊ねられると思わなかったみたいで、今度はファントモンが驚いている。
「え? あ、ああ……まあね。う〜んと……あったかな? ……数えられるぐらいしかないけれど」
そう、ファントモンが答えると、
「おめでとう……!」
とロゼモンさんが言った。
「?」
ファントモンはロゼモンさんを見つめる。
「おめ……?」
ロゼモンさんは、優しく微笑む。穏やかな笑みだった。
「だから、おめでとう!」
「はぁ?」
ファントモンは、とても間抜けな声を上げた。
「良かったわね。そう思えるのなら、良かったわね!」
ロゼモンさんはまるで、自分のことのように嬉しそうに、弾むような声を上げた。
「ああ……ええ……まあ……そう…………良かった? はぁ……?」
と言いながら、ファントモンは考え込む。
私は、
――ロゼモンさんって、極端に素直なのかもしれないわ……。
と思う。
――大人で、美人でスタイル良くて……でも、とても……素直過ぎるぐらいで……不思議……。ファントモンはとりあえず、『敵』。それなのにその言葉を真剣に聞いて、『おめでとう』って喜ぶなんて……。
「――あの、ところで……」
と、私はロゼモンさんに戸惑いながらも訊ねる。
「これって? 何ですか? 何をする機械です?」
黒い小山を指差した。
ロゼモンさんは、
「『バッカスの杯』と呼ばれたウイルスがあって……」
私とアリスは同時に声を上げた。
「「『バッカスの杯』!?」」
「知っているの?」
ロゼモンさんは首を傾げる。
「知っているも何も……」
私とアリスは顔を見合わせた。
「そのウイルスの改良型の、『発生装置』なんですって」
と教えてくれた。
「「これが!?」」
私とアリスは、ほぼ同時に声を上げた。そういうものは、もっと、こう……ゴツゴツしたものだと思っていた。
――じゃ、これを壊せば? ううん、そんな単純なことじゃ止められないかも。それより何よりも、簡単に壊れないかも……!
「これを造ったのは?」
アリスがロゼモンさんに訊ねる。
ロゼモンさんではなく、私達の背後にいつのまにか移動していたファントモンが、
「ザッソーモンだよ。もう死んだけれど」
と言った。
「ザッソーモン? デジモン……?」
私とアリスは振り向き訊ねた。
「元々はソイツが『脳』だった」
ファントモンはそう言った。
アイちゃんはハッとした表情で、ロゼモンさんを見上げた。
「それって、あの時の? 私達の前に現れて、ロゼモンさんを……。――きゃっ! ロゼモンさん! 大丈夫ですか!?」
とアイちゃんは大きな声を上げた。
ロゼモンさんは、くらりと立ち眩みを起こしたように体をわずかに揺らし、ゆっくりと膝をついた。
「ロゼモンさん!」
隣に駆け寄ったアリスがロゼモンさんの顔を覗き込む。
「大丈夫ですか? 具合、悪そう……」
「平気……」
ロゼモンさんは静かに首を横に振る。
ファントモンは、
「……? へえ……そういえば、ザッソーモンと因縁があったんだよね?」
と、意地悪そうな声を出す。
「アイツ、変態だったからさぁ……何かされたのぉ? ああ、そういえば、アイツは自分のデータをサンプル化して保管していたよ。アンタに執着していたみたいだから、また現れるかもね〜☆」
からかう調子で、ファントモンは明るく言った。元々はロゼモンさんのことを妬ましく思っているから、意地悪をしたいみたい。
けれどロゼモンさんは言い返さない。肩が震えている。ロゼモンさんの周囲に、風が起きる。一定しない、乱れた風。そしてパチパチと何かが光る。光る……ということは、電気……? それは徐々に数が多くなる。
「――え? アンタ、まさか……? こんなこと言われたぐらいで!?」
ファントモンが声を上げる。
私達には何が起きているのか解らない。ロゼモンさんの様子が変なのは確かなんだけれど。
ファントモンは血相を変えて、
「退きな!」
と言い放ち、
「きゃっ!」
「きゃあ!」
アリスとアイちゃんの二人を突き飛ばすように、乱暴にロゼモンさんから遠避けた! そして、ロゼモンさんに早口で話しかける。
「しっかりしなさいよ……! まるで、アンタ……暴走でもする気!?」
「……」
「しっかりしなさいったら!」
ロゼモンさんが顔を上げる。何かに怯えている。でも、見上げたその先にいるファントモンのことは見えていないようで、その向こう……ずっと遠くにある何かに怯えている……!
ファントモンは、恐怖に顔を引きつらせる。
「どこ見ているの! アンタ! しっかりしなさいったら……!」
突然、何かから逃げようと、ロゼモンさんは立ち上がりかける。
「待って……!」
ファントモンは、ロゼモンさんの手首を掴もうとした。
その時、
「触るなっ!」
と。鋭い声が響く。
ファントモンは驚いて立ち止まる。雷に撃たれたように、その場でぴくりともしない。けれど震える声で呟いた。
「触るな、って……」
空中に人影が現れた。
「危険だからです。言わなくてもその意味は解っていますね?」
その言葉に、ファントモンは混乱している。
「だって、このままじゃ……!」
「心配は無用です」
「そんな……」
「ロゼモンさんは暴走しない。――そろそろ、俺がいなくても感情のコントロールが出来るようになるころですから」
そう、その人は言った。
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