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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編10
 私はアリスを抱えたまま落下した。
 ――この下は、巨大な螺旋階段だったはず……!
 悲鳴を上げることしか出来ない私に、
「留姫? 何があったの?」
 アリスが薄く目を開いた。
「きゃ――っ!」
 アリスは小さく叫ぶと、私の首にぐったり抱きついた。
「いやーっ! 気絶しないでっ!」
 咄嗟に
 ――ずるいっ! 私だって気絶出来るものならしたいわよっ!
 と思ってしまい、心のどこかで冷静な感情が
 ――そんなこと考えている場合!?
 と、怒っている。
 地面に激突する前に、
「――わ、あ、あ、あっ!?」
 私は変な声を上げた。
 突然、ふわりと落下速度が落ちた。
 私の目の前に、ファントモンが現れた。
「牧野留姫、ついておいで」
 ――え!?
 ファントモンの声からは、今までの刺のある感情が感じられなかった。
 私の周囲に黒いもやもやとした色の薄い雲のようなものが生まれる。私はそれに支えられるように浮いた。私が抱えるアリスは、ぼんやりと瞼を開けているものの、とても戸惑っている。
「どこに連れて行くの?」
 ファントモンは答える。
「『脳』のいるところ――メタルマメモンのいるところへ」
「えっ!」
 私は思わず声を上げた。
「それって、私達を人質にするんでしょう?」
「違う」
「違う?」
「そっちの金髪の小娘は『材料』。牧野留姫――アンタはその小娘から離れないから、連れて行く。訊きたいこともあるから」
 ファントモンがそう言った。
「『材料』!?」
 私は悲鳴に近い声を上げてしまった。材料って、何の!? 食材とか!?
「命までは奪わない」
「命って……」
 私は何か言い返そうとした。けれど言葉が浮かばない。
「あの、それって! ファントモン……!」
 ――とにかく何か言わなくちゃ……!
 私が言葉を選ぶ前に、不意に、ファントモンは
「待って。――来た」
 と、私の言葉を遮って言った。
「来た?」
 誰が?と問いかける前に、突風が起きた。上空から――今まで私達がいた場所から、何者かが落下して来る。
「誰?」
 敵か味方か? 敵のような威圧感はある。けれど、現れたのは知っているデジモンだった。その姿を一目見て、私は歓声を上げた。
「ベルゼブモン……!!」
 巨大な漆黒の翼をバサバサとはためかせ、赤い瞳がギラリと光を増す。ベルゼブモンは不機嫌そうな顔をしている。私に、
「留姫、悪ぃな」
 と、一言言った。
 私は首が痛くなるぐらい左右に振った。
「とんでもないっ! 来てくれただけで嬉しいわっ」
 銀髪の男は来ない。シードラモンとドーベルモンさんが食い止めているのかもしれない。ベルゼブモンはとにかく、私達を助けに来てくれたんだっ。
 私はこの、無愛想で恐ろしい姿をしたデジモンを見上げた。こんなに心強いことってない。
「――居眠りした」
 とベルゼブモンは言った。
「はい?」
「意識が遠退いてなぁ……」
 ガシガシッと、ベルゼブモンは頭を掻く。けれど笑うことも無くて、ただ、その目はファントモンをジロジロと頭の先から足先――衣の先辺りまで眺めている。
「あ、の〜」
 私は、ぽかんとした。口を開けることまではしなくても、目を丸くするには充分過ぎる。
 ――ドーベルモンさんの技の影響受けていたんじゃなくて? 本当に? そうだったの?
「居眠りぃ? 眠っていた?」
「ああ」
 短い返事に
「なんだぁ……」
 と、私は大きく息を吐いた。ホッとした。私のせいで、と思っていたから。もう怒る気にもなれなくて、私は
「そう……、へー……」
 と呟くように言った。
 ベルゼブモンは私へ視線を向け、眉をひそめる。
「怒らねぇのか?」
 と言われたけれど、
「うーんっと……」
 私はファントモンの様子を気にしながら、
「それは呆れたけれど、少し……。でも、だってそれって……よほど疲れているってことでしょう? 不眠不休って、よっぽどDNSSって人遣い……じゃない、デジモン遣いが荒いのね?」
 と、思ったことを言ってみた。
 ベルゼブモンは少しだけ、変な顔をした。
「似ているな」
 そう、ベルゼブモンは呟いた。
「似ているって、誰に?」
「いや……別に、何でもねぇ……」
 そう言いながらも、ベルゼブモンはさらにイライラしているように感じた。
「どうしたの? 私、気に障るようなこと言った?」
 ベルゼブモンは不意に、
「肉じゃが……きんぴらごぼう……パウンドケーキ、ミルクプリン……」
 と呟いた。
「は? 何? それ何の呪文?」
「腹が減った」
「はぁ?」
 ベルゼブモンの周囲に黒い光が生まれる。それはファントモンのものより、漆黒に近い。
「さっさと帰りてぇなぁ。――おい!」
 ベルゼブモンは素早くブーツからショットガンを抜き、ファントモンへ真っ直ぐに向けた。
「オマエは何を知っている? ウイルスか? 『心臓』か? 『脳』か? それとも、他の何かか? 言いやがれっ!」
 乱暴な言葉でも、ファントモンは動じなかった。
「『魔王』……」
 ファントモンは目を細める。
「牧野留姫、そしてそのアリスという名の小娘を、あの忌々しい女の所に連れて行くのさ」
 ベルゼブモンの表情が、わずかに変わる。どちらかというと――チャンスを掴んだ時のような……?
「忌々しい? ロゼモンのことか?」
 そう問いかけられても、ファントモンは返事をしない。ファントモンはベルゼブモンに対して、じりじりと警戒している。
「――邪魔をするな。命まで奪うつもりは無い」
 ファントモンはふわりと移動する。すぐに、空間に溶け込むように消えた……!
 ――どこに行っちゃったの!?
「何っ!」
 ベルゼブモンは、まさかファントモンが私達を残して姿を消すとは思わなかったみたい。
 私も驚いて、きょろきょろと周囲を見回した。
「チッ、逃げられるとはザマァねぇなぁ……」
 噛み付くような言い方で怒鳴るベルゼブモンから、驚いて離れた。
 ――びみょーに怖いわぁ……。あー。そういえば、ベルゼブモンって彼女いるんだっけ? ロゼモンさんが前に言っていた……どんな人なのかしら?
 やっぱりベルゼブモンみたいに不良っぽくて怒鳴り散らすような? ケンカする時もグーでパンチするような? 大女って感じなのかしら……。
 私はそんなことを考えた。その時、
「え?」
 何かが私達の周囲にまとわりつくように圧迫した。そして、
 ――何これ、何これっ?
 それは私達を包む――そんな感じだった。不思議な感覚に驚いて、
「キャッ!?」
 ぎゅっと瞼を閉じた。それは時間にして数秒。だいたい、三秒ぐらい。気付いたらその場所は、とても明るく、眩しい場所だった。



 ――部屋、よね?
 遥か彼方に天井がある。周囲もとても広い。こんなに大きな部屋だなんて……どうやったら作れるのかしら? どうやって天井を支えているのかしら?
 いつのまにか、私達を包んでいた雲のようなものは無くなっている。私はアリスを抱えて、傷一つ無いほど綺麗な床の上に立った。
「えっ!」
 目の前に、消えたはずのファントモンがいた……!
「ファントモン! さっき、消えて……」
「静かにしな」
 ファントモンは私を促す。
 ――あれ? ベルゼブモンは? 一緒にいたのに? ……ここ、涼しい…
…。
 と思った。わずかに鳥肌が立った。
 部屋の中央には黒い金属で出来た半球のようなものがあった。小山のようなそれの近くには、ブランケットに包まった人影が二人いた。一人が気付き、こちらへ振り向く。そして、驚いて立ち上がる。
 綺麗な金髪の女の人だった。緩やかなウェーブのかかった髪がふわりと揺
れる。
「ロゼモンさん……!」
 声を出して、それから慌ててファントモンの様子を窺う。ファントモンは、
「あっちに行ってもいいよ」
 と、私を促した。
 ――いいの? 本当に?
 迷いながらも、私は急いでロゼモンさんのいる場所に行こうとした。けれど、何かにぶつかった。
「きゃっ!」
 壁がそこにあったように何かに当たった。私はアリスを抱えたままよろめいた。
「何!?」
 ファントモンが身構える。
 私達の真後ろに、金髪の男が現れた。
「ファントモン……ここで何をしている?」
 ファントモンは身構える。
「アンタがしようとしていること、『脳』に教えてあげるのさ!」
 金髪の男は口の端を上げて笑う。
「アイツは知っているさ」
「何だって!」
 ファントモンは愕然とする。
「全て知っている。――そういうヤツだよ」
「知っている? そんな……それじゃ、最初からアタシ達を……!」
 ファントモンは狼狽したようで、隙が出来た。
 金髪の男は突然、ファントモンの頭の辺りを掴んだ。フードごと掴み、先ほど私がぶつかった透明の壁に、そのまま叩きつけた。
「ギャアッ!」
 ファントモンは悲鳴を上げる。ファントモンの体から、血の代わりに黒い煙のようなものが少し空中に散った。墨の粉のようなそれが透明な壁に付いたので、そこに確かに壁があるんだと解るようになった。
 ファントモンは敵だけれど、あまりに酷いので、やめて、と私は言おうと口を開いた。言葉にする前に、
「やめてっ!」
 と私よりも早く言ったのは、
「ロゼモンさん……」
 ロゼモンさんだった。傍にいる少女を抱えたまま、
「乱暴なことをしないで下さい!」
 とロゼモンさんは言った。
 金髪の男は呆れたように溜息を吐いた。
「……」
 透明な壁が消える。そこに、金髪の男はファントモンの体をぼろ布のように投げ捨てた。
 私はアリスを床に座らせると、ファントモンに駆け寄った。
「大丈夫?」
 そう言うと、ファントモンは笑っているようだった。
「大丈夫って? 何でアンタがそんなこと言うの?」
「それは……敵だと解っているけれど、でもとても痛そうだったもの!」
「……アンタ、少しお人好しだね」
 ファントモンは私にそう言った。
 金髪の男は、いつの間にか姿を消していた。
 私達のところに、ブランケットを肩に掛けたままロゼモンさんが歩いて来た。中学生ぐらいの女の子を連れている。
「牧野さん……貴女がどうしてここに……」
 ロゼモンさんが戸惑いながら私を見て、そして、ファントモンを見つめる。
「何だよ、文句ある?」
「貴女は……?」
 ファントモンは手を床に付くと体を起こした。
「『脳』は? どこに行った?」
 ロゼモンさんはファントモンに問いかけられて、首を横に振った。
「今は……ここにはいません。すぐに戻って来ると言っていました」
 ファントモンは笑う。
「アタシに敬語を使うのはやめな。アタシはアンタを殺したいんだから」
 ロゼモンさんは驚き、隣に立つ女の子を抱えて一歩飛び退く。その身のこなしの軽さに、ロゼモンさんはデジモンだったんだと私は思い出す。
 ――ロゼモンさんがデジモンの時の姿って、まだ見たこと無い……。
「殺したい……ううん、殺したかった、かな。もう、気持ちが薄れているんだ」
 ファントモンがそう言ったので、私は驚いた。
「『脳』って呼ばれているデジモンを好きだったんじゃないの?」
 そう私が言うと、ロゼモンさんは小さく息を飲んだ。
 ファントモンは、
「そうね、アタシはあのデジモンが好きだと思った。私のことを女だって見抜き、優しくしてくれたんだから」
 と言った。言いながら、ちらりとロゼモンさんに視線を送り、それから顔を伏せた。
 ロゼモンさんが泣きそうな顔をする。
「優しい?」
 ファントモンは意地悪そうに微笑んでいるみたい。
「そうさ。『脳』は――メタルマメモンは優しかった」
 ――えー! ロゼモンさんの彼って、浮気していたの!?
 ロゼモンさんはそれを聞いて怒るのかと思った。けれど、
「手……とか、繋いだり?」
 と、今にも泣きそうな声でファントモンに訊ねた。
 ファントモンは絶句する。
「手? ええと……手繋ぐって……」
「手とか、繋ぐんですか? メタルマメモンは優しいの?」
 ロゼモンさんは黒い瞳を潤ませる。
「あーえっと……まあ……」
 ファントモンは曖昧に頷く。
「そんなっ!」
 ロゼモンさんは瞬きした。涙が零れる。
「や!? アンタ、何泣いて……」
 ファントモンはギョッとした声を出して慌てる。
 その時、


「復活の時は近い」


 どこからともなく、男の人の声が響いた。かなり大きい声だ。
「『心臓』!?」
 ロゼモンさんが驚き振り向く。そして、一瞬、握っている女の子の手を見つめる。
「ロゼモンさん。私は大丈夫です」
「アイちゃん……」
 女の子は緊張した顔をしているけれど、
「一緒に、あの機械の傍に行きます」
 と言った。私より二つか三つぐらい年下みたいだけれど、とてもしっかりしている子みたい。
「貴女を危険な目に合わせるわけにはいかないわ……」
 ロゼモンさんは呟く。
 ファントモンは目を細める。
「その子、何者?」
 ロゼモンさんはちょっと考えて、
「私達は『人質』。私達を傷つけることは『脳』が――メタルマメモンが許さないということは知っている? 貴女がメタルマメモン達の仲間なら、そうする義務がある……そうね?」
 ファントモンは呆れたようにロゼモンさんを見つめる。
「アタシにガードを頼むの?」
 ロゼモンさんは、その言葉に頷いた。
「アンタ……さっき言った言葉、解っていた? アタシはアンタを殺したかったんだよ?」
「解っています。私は……ショックで……」
「ショック?」
「メタルマメモンはカッコイイもの。他に付き合っていたデジモンがいても、でも私は……」
 ファントモンは自嘲気味な笑いを漏らす。
「バカね。アンタ、美人じゃない? アンタに惚れない男はいないよ?」
 ロゼモンさんは首を大きく横に振った。
「私、まだ……」
「まだ?」
 ロゼモンさんは顔を赤らめる。
 ――ええっ!? まさか……!
 私は息を飲み、アリスも驚いて腰を浮かす。
 ロゼモンさんがどんなすごいことを言うのかと思ったら、
「私はまだ、こうや豆腐食べられませんからっ!」
 と言った。必死、というより、決死の気迫のこもった声だった。
 ファントモンは魂が抜けたような声を出した。
「こうや豆腐? 何それ? それ食べられないとどうなるの?」
 ロゼモンさんは世にも恐ろしいという風に、ぎゅっと目を閉じてふるふるっと顔を横に振った。
「そんなにマズイの?」
 と、ファントモンは私に訊ねる。
 私は……どう答えていいか解らない。
「……っと、それ、メタルマメモンさんが怒ることなんですね?」
 ロゼモンさんは、「ええ」と頷く。
「ねえねえ、そんなにマズイの? どうなの?」
 ファントモンは私にしつこく訊ねる。
「マズイって……私は好きですけれど……」
 ファントモンは、私とロゼモンさんを交互に眺めた。そして、
「牧野留姫……アンタ、凄いのね……」
 と言った。
「凄くなんかないと思うけれど」
 と言うと、
「そうなの……私がダメ過ぎるだけなの……」
 と、ロゼモンさんはしょんぼりとする。
 アイちゃんと呼ばれている女の子が、ロゼモンさんの手を軽く引っ張る。
「あの、あのっ! その話はまた後で……」
 やっと私達は、『心臓』の声のことを思い出した。
 ファントモンはハッと我に返り、
「あー。アンタといると調子狂うぅ……」
 と、ロゼモンさんを指差した。
「アンタ、黙っていれば超美人なのに!」
「……メタルマメモンにも何度も言われたわ……」
 ロゼモンさんはさらに肩を落としながらも、アイちゃんに手を引かれて歩き出した。
 ――ロゼモンさんとアイちゃん。どっちが大人だか子供だか、解らないわ……。
 私はアリスの顔を覗き込む。もうかなり顔色が良くなってきていて、私が肩を貸さなくても立っていられるぐらいには回復していた。
 アリスは興味深そうにロゼモンさん達を見つめている。たぶん、私と同じことを考えているみたい。
 私はアリスに訊ねる。
「歩ける? 大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ」
 アリスは頷いた。そして、
「ここが……」
 私達のいる大きな部屋の中を眺めた。
「この『城』の中心部……そうなのね……」
 アリスは興味深そうに私に訊ねる。そして、ファントモンに、恐る恐る訊ねた。
「この場所は誰が作ったの? あの『銀髪』の……?」
 ファントモンは驚く。
「そうだよ。アンタを連れてきた『銀髪』……何で解ったのさ?」
 アリスは「そうですか……」と頷いた。
「そうじゃないかなって、思って……」
 ――アリス?
「どうしてそう思ったの?」
 私が訊ねると、アリスは
「それは……」
 と何か言いかけて、
「……ううん、なんでもないわ」
 と、首を横に振った。それからアリスはファントモンに、
「私達もあの機械のある場所へ行ってもいい?」
 と訊ねる。
 ファントモンは頷き、私達もロゼモンさん達の後を追った。

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