カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他) 本編9 ――また敵!? 初めて見る敵だった。私は、突然現れた銀髪の男を見つめる。 ――人間の姿をしているけれど、この銀髪の男もおそらくデジモン! さっきの銀色の閃光――このデジモンが攻撃したんだ! 私達のことをそれぞれ見て、最後にシードラモンさんを見た。 「なかなかいい力を身に付けているな」 「……」 声をかけられても、シードラモンさんはそれに応えない。シードラモンさんのその瞳は攻撃を仕掛ける衝動と戦っているみたいだった。必死に自分を押さえつけようとしているように、私は感じた。 ――これが、ベルゼブモン達が言っていた『危機的な状況』になった時の、シードラモンさん……! 「こういう皮肉は嫌いか? それにしても、アイスデビモンの『ゼロフリーズ』を移植されたとは……」 私はそれを聞き、息を飲んだ。 キュウビモンも同じだったみたい。 やっぱり、と思った。あのアイスデビモンとキュウビモンが戦った時に感じた冷気だと私も気付いた。キュウビモンもそれに気付いたから、シードラモンさんのことを警戒した――。 銀髪の男は、シードラモンさんに問いかける。 「なぜ返事をしない? 我々の邪魔をする者達を助けるのは、何かの気の迷いか? そうだろう?」 「……」 「敵に荷担することは許されない。ここでおまえのそのコアを砕いてやろう。そうされたくないのなら――その力を使いこちらに忠誠を誓え。そうすれば命を助けてやろう」 シードラモンさんは今、体の周囲が真っ青になるぐらいの冷気を身にまとっている。その背中にはマコトくんはいない。途中で降ろしてリリモンさんに預けてきたのかもしれない。 「俺は決めました」 ようやくシードラモンさんは言った。空中に揺らめくように浮いたまま、話す。 「ファントモンが最悪の結果を招く前に、リリモンさん達をメタルマメモンの所へ連れて行きたいんです」 シードラモンさんはそう言った。慎重に選びながら言ったその言葉に、迷いは無い。 銀髪の男は薄く笑う。 「そうか。それほどの覚悟か……それならこちらも容赦はしない。だがしかし――ファントモンが? 何だと? 何かあったのか?」 「ああ、あったのさ!」 突然、銀髪の男から少し距離を置いた場所にファントモンが現れた! ――このファントモンが『データコピー』する前の……元々の本体! 「こっちも決めた。金髪の男の正体は解ったからね!」 銀髪の男はそちらに目を向けようとしない。シードラモンへ顔を向けたまま、眉をひそめる。ファントモンがこの場所に来ていることに不満を抱いているみたい。 「正体? 知らなかったのか?」 ファントモンは低い声で怒鳴る。 「正体って言ったら、正体だよっ! デジモンの姿がってことじゃない。それぐらい知っていたさ! そうじゃない――アタシは知ったんだ。アタシもアンタも何もかも、あの男一人のために操られ、マリオネットのように踊らされているだけだってね!」 「ファントモン? 何を焦っている?」 銀髪の男はようやく目を向け、 「――何だ、その姿は!?」 ファントモンの姿に驚く。 「その体は……しくじったのか? 敵にやられてその姿とは……それで気でも狂ったか?」 ファントモンは呆れたように笑い声を上げる。 「狂ってなんかいない。その逆で、目が覚めたのさ! あの男はアタシに言った。『身の程知らず』ってね。アタシに対してだ。きっとあの男はアンタに対しても言うよ! 必ずね!」 銀髪の男はさらに驚いている。 「それはないだろう。我々は平等であるべき存在だ。目指す目的は一つ、その前に等しく在り……」 銀髪の男は冷静に言う。けれどその言葉をファントモンは遮る。 「平等なもんか! アタシ達はあのザッソーモンと同様の存在だと思われているのさ!」 銀髪の男は頬をひくつかせる。 「ファントモン!」 けれどそう強い口調で言う。ファントモンはびくりと体を強張らせる。 「ファントモン! どちらにしても――――このガラスケースを壊したのはおまえの鎌だろう? かなり離れた場所でもその攻撃による波動は感じられたぞ! これは私が造ったものだ。それを忘れたか?」 と、厳しい声で言った。 ファントモンはその剣幕に言葉を詰まらせる。 「そ、それは……そこの人間がやったのさ!」 と言いながら、ファントモンは私を指差した――! 突然話が自分の方に回ってきたので、私は身構えた。アリスの体をしっかり抱え直すと、銀髪の男を見据える。 「アリスは返してもらうわ!」 銀髪の男は私に視線を投げかける。 「何だ?」 ――『何だ?』って、それだけ!? 慌てもしないの! 私の言葉は、何も影響を与えていないみたい……! 銀髪の男は、 「?」 と、代わりにドーベルモンさんのことをファントモンに訊ねた。 「ドーベルモンにウイルスを与えたのは、まさか、おまえか?」 ファントモンは満面の笑みを浮かべ、得意そうに言った。 「ああ、そうさ! アタシは死に、そして復活した!」 「死んだ? ゴースト型デジモンのおまえが死ぬことなどありえないだろう?」 銀髪の男はさらに驚いている。 「死んだよ、死んだ! あの『金髪』がアタシを殺した! けれどアタシは復活し『奇跡』を起こす力を手に入れたのさ!」 「何――」 銀髪の男は目を見開く。 「『奇跡』――ウイルスを感染させる力を手に入れたと――」 「そうさ、そのとおーり!」 ファントモンは嘲る。 「この場にいるデジモンも、今こちら側に来ようとしているDNSSの追っ手どもも全て――ウイルスに感染させてしまうのさ! ――『心臓』なんかかまうものか! アタシはこの力だけで、『金髪』に一泡吹かせてやる……!」 私は驚いて体を硬直させた。 「そんなことをしたら大変な事になってしまう……!」 キュウビモンが唸り声を上げる。 「そんなことはさせない……!」 シードラモンさんが呻き声を上げるように呟く。 ファントモンは、シードラモンさんを嘲笑う。 「まだそんなことを言っているの? アンタはこっちにいなよ? もしもあっちに戻ったとしたら、アンタは四聖獣に処刑されてしまうんだからさ……!」 私は耳を疑った。 「そんな……!? シードラモンさんが? そんなことって……!」 けれどもシードラモンさんは、その言葉に対しては何も言わなかった。代わりに、 「ドーベルモンをどうしてウイルスに感染させたんですか! アリスさんが……気の毒だ……貴女はひどいことをした……」 と言った。 ファントモンは笑う。 「こうするより仕方なかった。ドーベルモンはその小娘をこっちに渡そうとしなかったからね。あの『金髪』の計画を崩すにはこうするのが早いからさ!」 シードラモンさんはそれを聞き、激しく首を横に振った。 「それは違う!」 「何が!?」 「それがあのデジモンの狙いだ。解らないんですか?」 ファントモンは口の端を上げて言い返す。 「何だって!? そんなわけがない! これはアタシが考えてやったことだ!」 「違う! そう言い切れるわけがない。気付いているはず!」 「うるさい!」 なおも言ったシードラモンさんの言葉に、ファントモンは声を荒くする。 シードラモンさんは、 「皆、気付いていて……その真実から目をそむけている。自分の保身だけを考えている。利用されているだけだと気付かない振りをしている」 と言った。 銀髪の男がシードラモンさんに問いかける。 「おまえは何か知っているのか? まるで真実を知っているかのような言い方だな」 シードラモンさんは、銀髪の男に問いかける。 「どうやって自分達が集められたのかを思い出せば、解るはずです」 「どうやって、だと?」 銀髪の男は押し黙る。 ファントモンはイライラしながら低く叫ぶ。 「うるさいね、アンタ! 黙っているならこっちにいてもいいよ。でもこれ以上、へらず口を叩くようなら容赦しない! そうだ、アンタもウイルスに感染させてやろうか!」 ファントモンの姿は掻き消え、突然、私達の前に現れた。 「キャアアアッ!」 私はアリスを庇う。 けれど違った。ファントモンが狙ったのは、 「あ――っ!」 黄金色の鎌だった! それを拾い上げると、私を見据える。 「アンタ、本当にただの人間なの?」 ファントモンは、私に訊ねる。 「どうして私が本体だと解った?」 ――ええええっ! じゃあ、私がバッグでぶん殴ったファントモンがそもそも、本体だったの――!! まぐれ! そんなの偶然よっ! 私に解るわけないじゃないっ。 驚く私に、 「アンタ、何者なの? アンタは……」 さらに訊ねるファントモンの言葉を、 「黙るのは貴様だ」 と、遮る声がした。 ――まさか!? その声に、私は耳を疑った。 「この程度の代物で喚くようなら、本当の戦場を知らないようだな……」 ドーベルモンさんが遮った。 「ドーベルモンさん……!?」 私は驚いて声を上げた。 キュウビモンも、かなり驚いている。 ドーベルモンさんの体の表面から、黒い煙のようなものが立ち上る。 ファントモンが鋭い声を上げた。 「ウイルスに感染しているはず! それを――どうするつもり!?」 ドーベルモンさんは、全身を震わせた。そして、何かを振り払うような仕草をする。全身から立ち上る黒い煙の量が増した。 銀髪の男がクワッと牙を見せた。そう、その男はなんと、牙を生やしていた! 「さすがだな! そうだ、その力だ! 人間どもによりワクチン種の力を操作され極限にまで引き出されたその力――!」 銀髪の男はそう叫ぶと、ドーベルモンさんを手招く。 「そう、その力を欲していた! 『Grau Larm(グラオ・レルム)』よりもその力、自身に感染したあらゆるウイルスを駆除することが出来る力を……! 人間どもがいずれ来る対デジモンとの全面戦争のために掴んだ力――!」 それを聞き、ファントモンが絶叫する。 「アンタ、気が狂ったの!? そんな力を持つデジモンがいるなら始末するしかないよ! 危険じゃないか!」 ――えええっ! 「どーいうこと!?」 と、私は叫んだ。私にはもう、何が何やら解らない! 「ドーベルモンさんにはウイルスは効かないの!? 戦争するって、どういうこと!?」 私はキュウビモンにそう問いかけた。 キュウビモンは私にちらりと目を向けた。すぐにまた、前方に向き直ったけれど、 「――?」 キュウビモンの目が、『今、逃げろ』と言っているように感じた。 ――アリスを連れて逃げろ、ってこと? えー!? 今ぁ? 今って――とにかく、了解っ! 私は心の中で返事をした。 もしも私とアリスが逃げ出したら、ファントモンは追いかけてくるかもしれない。アリスをガラスビンの中に捕らえていた銀髪の男も、私達を追いかけてくるかもしれない。 ――逃げるタイミングは、キュウビモン達に合わせた方がいいかも。アリスを抱えて走ることは出来ない。せめて肩を貸して引き摺るぐらいしか……。 そこまで考えた時、私の腕の中でアリスが身じろぎした。 (る、き……) 微かに、アリスは唇を動かした。瞼は開かないけれど、意識は戻ってきている……! (アリス!) 私は周囲に気付かれないよう、ぎゅっとアリスを抱きしめた。アリスの頬に、自分の頬を押し当てる。周囲からは、恐怖に私が怯えているように見えるはず。 (大丈夫?) (う……ん……) アリスは囁く。 (彼…が……ドーベル、モン……死んじゃっ……た……) アリスの囁き声が震える。消えそうなキャンドルの炎のようだと思った。 (死ぬ? 大丈夫よ。ドーベルモンさんは戦っているわ。生きているわよ!) (生きて……? 本当…に? ケガ、は……?) (ケガ?) (ケ、ガ……して……血が……ガラスに……) アリスはうわ言のように私に囁く。 ――アリスの目の前で、ガラスにドーベルモンさんは叩きつけられたんだ……! アリスはそれを見て気を失った――死んだと思ったんだ! (生きているわよ! 今もアリスを守ってくれている。今も戦っているのよっ) (ほんと……?) (だから、アリスも頑張って! しっかりして……) 私はアリスの手を、手探りで探した。それを握り締めようとして、 ――? アリスの手が、何かを握っていることに気付いた。 (アリス? 時計?) アリスは手に懐中時計を握っていた。お守りだって、いつか聞いたことがある。 (私が……悪い……) (アリス?) アリスが、私の腕から抜け出そうとした。 「……!」 私は急いでアリスをより強く抱きしめた。 (動かないで! 今、アリスが目を覚ましているって気付かれたらヤバイの! 今、敵がすぐ近くにいるのよ!) 早口に囁く。すぐ近くにいるファントモンに聞かれないようにしなくちゃ。 気をつけたつもりだった。それなのに、 「残念だな!」 銀髪の男に気付かれた――――! 突然、銀髪の男が両手を、私達に向けた。突き出したその両手からそれぞれ、銀色の閃光弾が発射された。 私達の傍にいたファントモンが、さっと逃げた……! 「きゃあああっ!」 私はその眩しい光に顔を背けた。すぐに、 「……!?」 恐る恐る顔を上げた時には、周囲を銀色の炎で囲まれていた! ――逃げられないっ! 「アリス! 留姫!」 ドーベルモンさんが吼えた。その全身から立ち上っていた黒い煙のようなものが一気に増した。そして収まっていく。 「ドーベルモン! 短時間のうちにウイルスの特性や構造全てを解析し、無効化してしまうとは……これほどの力を秘めるデジモンがいるとは……」 銀髪の男が絶叫した。そして、 「戦いたい……」 そう、忌々しそうに唸り声を上げた。全身を銀色の光が覆い始める。 「やめな! 今デジモンの姿になったら、この場は崩壊する!」 ファントモンが鋭く言い放つ。 「心得ている……!」 「だったら人間の姿でいなよ!」 「バトルフィールドを造れば……」 「ふざけるな! アタシは他にやりたいことがあるんだよ」 ファントモンは大きく空中を移動した。 「アンタ、アタシの邪魔をするつもり?」 「こちらの邪魔を先にしたのはオマエだ」 そう言い返され、ファントモンは言葉に詰まる。 ドーベルモンさんの瞳は以前の光に戻っている! 「私はアリスのために戦う。それだけだ――アリス」 そう、アリスに声をかける。 「アリス――あの場所から助けることが出来なくて、すまなかった。もう少し我慢して欲しい。すぐに助ける」 私が握り締めているアリスの手が震えている。 (ドーベルモン……!) まだ大きな声を出せないほど弱っているアリスの代わりに、私は叫んだ。 「大丈夫だから! アリスはドーベルモンさんのことが大好きだから、死んでしまったと勘違いしてショックで気を失っていただけだから!」 ドーベルモンさんは、 「そうか……すまないことをした……」 と呟いた。 ファントモンはイライラと首を横に振る。 「あの『金髪』の計画を崩すためには、その小娘が必要……」 その言葉に、私はますます、アリスをぎゅっと抱きしめた。 「でも、」 と、ファントモンが言葉を区切る。 ――え? ファントモンと目が合った。離れた場所から私を見下ろすファントモンは、黄金色の鎌を私達に向けた。 「アンタ、名前は?」 「名前? 私?」 「ああ、そうだよ。アンタだ、アンタ!」 私は戸惑いながら、 「留姫……牧野留姫よ」 と、答えた。 ファントモンは 「マキノルキ……」 と、呟く。そして、 「アンタに訊きたいことがある」 と言った。 私は怖く思いながらも、必死に表情に出さないように体に力を込める。 「何を……?」 訊ねると、 「さっき、アンタが言ったことについて」 とファントモンは言った。ファントモンの全身を、黒い輝きが包む。そして突然、私とアリスの周囲に燃え上がる銀色の炎が、真っ黒いそれに変わった……! ――銀色っていうのも変だけれど、黒い炎ってもっと変! 私は目を丸くした。 「何をするっ!」 銀色の男が怒鳴る。 ファントモンは、 「連れて行く」 と、言った。 突然、 「きゃあああっ!」 地面が無くなった。私はアリスを抱えたまま、突然出現した穴の中へと落下した――! 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