カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編7
ベルゼブモンはショットガンを連射する。次々に放たれた弾丸は降り注ぐようだった。
まさかベルゼブモンが本当に撃ち合いを始めるとは思わなかったので、私は悲鳴を上げた。
「ドーベルモンさん!」
撃たれると思ったけれどドーベルモンさんは右に左に、前、後ろに弾丸を避けながらベルゼブモンとの距離を縮めていく。
「なんてスピードなの!」
リリモンさんが青ざめる。
速かった。ドーベルモンさんは驚くほど俊敏だった。避けながら走ることがハンデになっていないみたい。まるで獲物を追い詰める猟犬のよう。
「DNSSが戦力にしたいと思うほどの力……」
シードラモンさんも呟く。
ベルゼブモンは「チッ」と舌打ちしたように感じた。
あっという間にドーベルモンさんはベルゼブモンがいる辺りに近付く。
ベルゼブモンはどうしたいのかが、私には解らない。ドーベルモンさんの正気を取り戻させるつもりなの? それとも?
――どっちも応援出来ないじゃない……!
頭を抱えたくなる。
けれど突然、ベルゼブモンは撃つのを止めた。二丁のショットガンを下ろす。
「え――?」
ショットガンで応戦するのを止め、ベルゼブモンは羽ばたくのも止めて突然、滑空した。
――え……!? 違うみたい!
「嘘つきっ――!」
マコトくんが声を張り上げた。
「どう見たってあれは落下しているじゃないかっ!」
「落ちる!? うそうそ――!? どうしてっ?」
リリモンさんも声を上げた。
ベルゼブモンは意識を失っているみたいに見える。
「ベルゼブモンッ!」
ベルゼブモンが落ちる地点を、ドーベルモンさんは目指す。
「ベルゼブモンには『Grau Larm(グラオ・レルム)』の影響、出ていたんじゃない! 私達をドーベルモンさんの攻撃から逃がすため? だから平気そうな振りをしていたってわけ? そんな……それじゃ、このままだとベルゼブモンが……!」
予期せぬ展開にシードラモンさんも留まり、その方へ目を向ける。
「まさか……!」
シードラモンさんが息を飲み、
「やだ――――っ!」
リリモンさんが悲鳴を上げた。
ベルゼブモンが地面に激突しそうなぐらい近付いた時、爆発が起きた。
激しい爆風が巻き起こる。
私は、ドーベルモンさんが攻撃を仕掛けたんだと思った。ベルゼブモンが見せた隙を、ウイルスに支配されてしまったドーベルモンさんが逃すとは思えない。
「ベルゼブモン――――ッ!」
マコトくんがその名前を、掠れる声で精一杯叫ぶように呼ぶ。それさえも爆風が消そうとする。周囲全てを吹き飛ばすほどの強い風に、私達は自分の身をかばうように踏ん張る。
爆煙が治まらず、何がその場で起きているのか解らない。けれど、
「誰かがいるわ……!」
私は指差した。爆煙の中に、誰かの姿が見えた……!
砂埃にまみれた体にもかまわずに、
「どっちが攻撃仕掛けたのよっ!?」
そう言ったリリモンさんに、
「ドーベルモンさんが攻撃したんじゃ……」
私が思っていたことと同じことをマコトくんが呟く。
――ベルゼブモンが来てくれたから、このままドーベルモンさんのこともどうにかしてもらえるんだって思っていた。それなのに……。
「私達を助けるため……? 私には何も出来ないの……! シードラモンさん、お願いします! 私を下ろして下さい!」
私は水の龍の背中から、訴えた。
「留姫さん?」
「私は邪魔――――私がいるから皆、本気で戦えないじゃないですか! 私、一人で歩けますから。キュウビモンの様子を見に行くことだって、一人で出来ますから……!」
シードラモンさんは戸惑う。
「留姫さん……」
「そんなことない! 私達が貴女やマコトくんのことを守るからっ」
リリモンさんはそう言ってくれたけれど、もうこれ以上、足を引っ張るわけにはいかない。
「決めたんです、私は一人で……」
「留姫さん。でもそれなら僕も同じ立場だから……」
マコトくんが言って、その言葉を途中で、
「それは出来ない」
と、シードラモンさんが遮る。
「シードラモンさん!」
シードラモンさんはちょっと前まで戸惑っていたとは思えないほど、正反対の強い口調で言った。
「今はキュウビモンのところへ急ごう」
「シードラモンさん?」
「ベルゼブモンはそう言っていた。俺はそのとおりに行動する」
シードラモンさんの様子は変だった。声が緊張している。
「俺はそう決めた」
きっぱりとシードラモンさんはそう言って、キュウビモンのいる方へ、急ぎ向かう。
「シードラモン……」
マコトくんも戸惑うぐらい、シードラモンさんは様子が変だった。
「なんなのよぉ……」
リリモンさんは呆れた声を上げ、急いでシードラモンさんの後を追う。
「アンタ、いったいどうしたの?」
シードラモンさんの体を飛び越えるように左側から右側へと移動して、リリモンさんは話しかけた。
「ベルゼブモンが無事か確かめに行かなくちゃ。――そうでしょう?」
けれど、
「俺はそう思いません」
と、シードラモンさんは言った。
「どーして!? 頑固ねっ!」
「リリモンさん……」
シードラモンさんに向かって、リリモンさんは噛み付くように言った。
「アンタって、意外に頑固ねっ!」
「頑固って……」
シードラモンさんは言葉に詰まる。
「頑固よ! 頑固っ!」
リリモンさんは腹を立てている。
「リリモンさん……それ、本気で言っているんですか?」
シードラモンさんのことを、リリモンさんは声を荒く怒鳴る。
「本気よっ! 腹が立つわね、アンタッ!」
シードラモンさんは、
「止めて下さい。そういう言われ方をされるのは、こっちだって腹が立ちます。気分のままに話さないで下さい」
と言った。
――シードラモンさん?
私は驚く。
温厚なシードラモンさんがそんな風に言い返すとは思わなかったリリモンさんは、肩を震わせた。
「何よ……。――そ、そう! アンタはそう思うわけ!」
リリモンさんは強く言おうとしたけれど、声が掠れそうになっている。
「リリモンさん。周囲を飛ばれると視界が遮られるから、留姫さんの後ろに乗って下さい」
シードラモンさんが言った言葉に、
「――――!」
リリモンさんは絶句した。
――えええっ? シードラモンさん?
どうして突然ケンカっぽくなって、そしてさらにシードラモンさんがそんなことを言い出したのか私にはさっぱり解らない。
――この二人、仲がいいんじゃないの? 友達っぽいなって思っていたんだけれど、違うの?
リリモンさんはショックを受けている。
「やだ……ずっと? そう思っていたの……?」
そう、リリモンさんはシードラモンさんに話しかけた。リリモンさんは自分が怒っても、シードラモンさんは怒らないと思っていたみたい。もちろん、私も同じように思っていた。
「早く背中に乗って下さい」
シードラモンさんはそうとしか言わない。
リリモンさんはキュッと唇を引き結ぶ。その大きな黒い瞳が潤んだ。けれどそれは一瞬だった。
「……」
リリモンさんは、シードラモンさんの背に飛び乗る。私の後ろに座り、シードラモンさんに、
「これでいいんでしょ?」
と訊ねた。態度は気丈でも声はやっぱり泣きそうだった。
「振り落とされないようにして下さい」
シードラモンさんはそう言い、
「これ以上スピード上げるの? 了解……」
リリモンさんはそう答えた。
――リリモンさん……。
私は振り向き、リリモンさんを見つめる。
リリモンさんは不機嫌そうに私を見返す。リリモンさんをこれ以上怒らせないように慌てて、私は前方に向き直った。
――嫌な雰囲気になっちゃった……。
私は心の中で溜息をついた。
「……もう少し気を遣っていれば良かったのに……」
シードラモンさんは呟く。
「シードラモン!?」
マコトくんが驚く。私も驚いた。
――リリモンさんのことを言っているの? ちょ、ちょっと! これ以上ケンカしないでっ!
リリモンさんは、
「はーいはいっ! そんな言い方しなくてもいいじゃないっ! よっく解ったわよ!」
と、不機嫌そうに怒鳴る。
「解っていないじゃないですか?」
私達がハラハラしているのに、シードラモンさんはそう言い、
「何を解っていないって!?」
リリモンさんは怒鳴る。
シードラモンさんは、
「ケガをしているんですね? 自分のことなのに、気付けないんですか? 痛みは無いんですね? それとも、俺に悟られないように気を遣ってくれているんですか? 俺はそんなに頼りになりませんか?」
と言った。
それが誰に対しての言葉なのか、ちょっと解らなかった。
「それって……」
呟きながら私は、リリモンさんの方を振り向く。
リリモンさんは驚いて、目を見開いている。
「……それ、私のこと?」
「……」
シードラモンさんが何か言うと思ったんだけれど、待っていても何も言わない。ひたすら、飛び続ける。凄く速い。
あっという間にキュウビモンがいる場所の上空に来て、そのまま急降下した。
「キュウビモンッ!」
「留姫っ、危ないわっ」
リリモンさんの声を振り切り、私はキュウビモンの傍へと、シードラモンさんの背から滑るように降りた。
「キュウビモン! キュウビモンッ! 目を覚ましてっ!」
駆け寄ると、四肢を投げ出すように横倒しのまま動かない彼の首にしがみ付く。ケガをしていて、その綺麗な金色の毛皮のあちこちに血が滲んでいる。
「キュウビモン、キュウビモンッ!」
どんなに呼んでも、返事は無い。何度もその毛並みを乱暴に撫でても、彼は瞼を閉じたままぐったりしている。
「良かった……」
シードラモンさんが呟く。
「シードラモンさん!?」
私はキュウビモンから少し体を離し、シードラモンさんを見上げた。
「良かった? それ、本当に? まだ大丈夫なんですか?」
「ベルゼブモンが言ったとおり、そのうち意識を取り戻せば戦えます」
「うん……」
私はしっかりと頷いた。
――戦って欲しくない。でも、戦えないよりもは戦える状態だってことの方が、はるかにいい。ベルゼブモンの言いたかったことは、きっと、それだ。
「良くないわ……」
リリモンさんが、ゆっくりとうなだれた。
「――リリモンさん?」
リリモンさんは、肩を震わせている。
「そっか……そういうこと……」
声が掠れている。
「アリスちゃんの気配が解らないのは、あのビンの中にいるからじゃないのね……」
「リリモンさん……」
シードラモンさんは、先ほどより声が堅い。
「この周囲にどれだけの数のデジモンがいるか、解らないでしょう?」
そう、背に乗っているリリモンさんに問いかける。
「解らないわ……っ!」
体を震わせながら、リリモンさんは激しい口調で言った。
――どうしたの? 解らない?
マコトくんも同じみたい。
「リリモンさん……!」
マコトくんはリリモンさんに話しかけようとした。
けれどリリモンさんは、マコトくんにでは無く、シードラモンさんに噛み付くように言った。
「解らないわ! 何も……何も解らないのっ!」
それは悲鳴のようだった。
ようやく、マコトくんが息を飲む。何か解ったみたいだった。
「それは……」
マコトくんがシードラモンさんに話しかける。
「ウイルスの影響なの?」
――ウイルス!?
――リリモンさんが体のどこかをケガしてしまった、ってこと? っていうか、つまり、ここには見えない敵がたくさん潜んでいるってこと……!?
「たぶん、ウイルスじゃなくて『Grau Larm(グラオ・レルム)』の影響だと思う」
シードラモンさんはそう答えた。
「センサー系統に損傷があるなんて……こんな時になんでそんな……」
搾り出すような声で、リリモンさんは苦しそうに言った。
「このまま、俺の背中に乗っていて下さい」
シードラモンさんはそう促す。
それを、
「嫌よ! アンタになんか世話になりたいとは思わないわ!」
リリモンさんは拒絶する。
「私、ロゼモンのことを探せなくなってしまった……」
リリモンさんは泣き出してしまった。
――リリモンさん……!
ようやく、事態が飲み込めてきた。
デジモンは他のデジモンがどこにいるのかを探すことが出来るみたい。戦闘状態の時でということだけかもしれない。
けれどリリモンさんは今、それが出来なくなっている。
――戦うには不利になる、ってことなんだ……!
「リリモンさん。俺だけではここを乗り切ることは出来ないから、助けて欲しいんです」
「こんな状態の私が、何の助けになるっていうの!」
リリモンさんの目からまた、涙が一滴流れた。
「貴女がケガをしたのは、俺に責任があります」
そう、シードラモンさんは言った。
「そんなことないわよっ!」
驚いてリリモンさんがそう言ったけれど、シードラモンさんは首を横に振った。
「貴女は俺より判断力がある。だから漠然と『貴女は大丈夫だ』って思っていました。
けれど貴女は特殊な状況での戦闘訓練を受けてきたわけじゃないんだから、一緒にいた俺がもっと気を遣ってあげるべきだったんです。謝ります。申し訳ないことをしてしまいました……」
「シードラモン……!」
「俺は道案内だけすればいいと思っていました。俺には目的があるから――メタルマメモンを助けたいから……それでいいと思っていました。でも、それじゃダメだ。
――あのデジモンがファントモンにしたことが最悪の結果を招く前に、リリモンさん達を連れて行く」
シードラモンさんはそう言った。そして、
「――――そう、俺は決めました! ファントモン……」
と、言った。
――ファントモン!?
驚いて皆が身構える前に、ファントモンが突然、私達の前方に現れた。
「えええっ!?」
マコトくんが声を上げた。
ファントモンが一体現れたかと思ったら、次々にファントモンが姿を現した! どのファントモンも先ほどと全く同じで、頭と左半身しかない姿だった。
「『データコピー』……」
シードラモンさんはそう呟く。
ファントモンは嘲笑う。
「そうだよ、そのとおり」
あっという間に、私達はたくさんのファントモンに周囲を囲まれた。
「シードラモン、なかなか言うじゃないの! 誰に向かって言っているか、後悔させてやるから……!」
ファントモンは声を上げた。それと同時に、全てのファントモンが私達に襲いかかった。
「キャアアッ!」
私はキュウビモンの肩に背中を擦り付けるように、後退りした。
ファントモンの一人が、私に近付く。ふわりと、風に運ばれるように私の近くに来て、顔を間近に近づけ、フンッと鼻で笑った。
「そのデジモン――キュウビモンって言ったね? ソイツ、アンタのこと振り落としたじゃない」
「――!」
「見ていたのさ……」
クスクスと嫌味な笑い声を上げながら私の顔を覗き込む。
「戦うには足手まといなんて、人間ってかわいそうね。その程度の存在だものね〜」
悔しくて、悔しくて、悔しくて……!
私は自分のバッグを手に持った。
「あらら、な〜に?」
嘲笑うファントモンを、私はそのバッグで殴りつけた。
マントの中は空洞で何も無く、手応えは無かった。けれど、彼女の持っている黄金色の鎌を叩き落した。それは地面に転がる。
「……」
私は無言でファントモンを睨みつける。
ファントモンは全身を怒りで震わせる。
「何だってーの! 人間の分際でっ!」
「それがどーしたって言うの! 言ってみなさい! アンタに何か不都合でもあるっていうの!?」
私は怒鳴り返す。お腹の底から、大声を出した――。
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