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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編6
 ――キュウビモン! ドーベルモンさんっ!
 ドーベルモンさんの咆哮が何度も響き渡り、キュウビモンはじりっと後退りするような素振りを見せた。けれど、その場に踏み止まる。とても苦しそう。ドーベルモンさんの声に、声以外の何かが含まれているのかもしれない。
「この声……」
 リリモンさんに訊こうとした。
「――え? リリモンさん?」
 リリモンさんのその体がぐらりと揺れた。
「リリモンさん!? リリモンさんっ!」
 抱えている私ごと、
「きゃあっ!」
 沈み込むように下方へと落ちかけたその体を、シードラモンの尾が受け止める。
「……サンキュ……」
 リリモンさんは苦しそうな声で答えた。
「ごめんね、留姫……」
「リリモンさん、大丈夫?」
「ええ……」
 ――とても大丈夫そうには見えないけれど……。
 リリモンさんの具合が気になるけれど、キュウビモンのことも心配だった。私達よりもずっとドーベルモンさんに近い場所にいる。その声の影響はもっと強いかもしれない。
 キュウビモンは何かに耐えるように歯を剥き出して唸り声を上げている。
 ――キュウビモン……!
 ドーベルモンさんが、キュウビモンに向かって跳びかかった。
 キュウビモンは身をひるがえして数歩、後方に走る。そのまま踏み切り、上空へと走り出した。
 ドーベルモンさんは彼の後を追う。
 キュウビモンはどんどん上空へと駆け上がり、そして、
 ――え……!
 突然、青白い炎がキュウビモンの全身を包んだ。
 ――ウイルス!?
 青白いという色だけで私の全身は強張ったけれど、――違った。キュウビモンの全身を包んだ炎が、何かの形になる。
 ――まるで……龍……!
 私は目を丸くするばかりだった。
 炎の龍の化身となったその姿で、キュウビモンは真っ直ぐにドーベルモンさんへと襲いかかった……!
「キュウビモン――――ッ!」
 けれど、ドーベルモンさんが突然、四肢を踏みしめる。ドオッと、ドーベルモンさんの周囲に光の輪がいくつも生まれる。青白い光の輪が、徐々に広がる。
「二人とも……!」
 私は二人の力と力、技と技の激突に、思わず目を瞑った。
 眩しい閃光と爆発が起きた!
 ――死なないで、キュウビモンッ! ドーベルモンさんっ!
 彼らが死んでしまうんじゃないかと、恐怖にかられた。
 眩しさに慣れない目を凝らして、必死に二人の姿を探す。激突した辺りにはいない。衝撃で二人は弾き飛ばされてしまったのかもしれない……!
 リリモンさんはまだドーベルモンさんの『声』の影響を受けているみたいで苦しそうだけれど、
「あそこにいるわ……!」
 と、突然、小さく声を上げた。
 まず見つけたのはキュウビモンの姿だった。キュウビモンは塔の端の、あと数歩で落ちてしまうような危険な場所に倒れていた!
 全身に震えが走った。
「いやあっ! キュウビモン! キュウビモンッ! お願い、目を覚ましてっ!」
 我を忘れて私は叫んだ。リリモンさんの腕から抜け出そうともがく。
「落ち着いてっ! ここがあの場所からどれだけ離れているのか、冷静に考えて! 床に叩きつけられてしまうわよ!」
 リリモンさんがギュッと私を抱きしめた。
 涙が溢れた。手の甲で乱暴に涙を拭いながら、ドーベルモンさんの姿も探した。そして見つけて、
「ドーベルモンさん……」
 私は呆然と呟いた。
 ドーベルモンさんはキュウビモンからずっと離れた場所にいた。塔の最上階のほぼ中央であるその場所に立っている。キュウビモンほどダメージを受けていないみたい。どこか一点を見つめている。
 ――どこを見つめているの?
 それはキュウビモンがいる方角じゃなくて、最初に私達がドーベルモンさんを見つけた場所がある方角だった。
「あそこに何かあるの?」
 私の言葉に、リリモンさんは頷く。
「ええ、あそこにアリスちゃんはいるはずよ」
「あそこに……?」
「あのガラスの円柱の中にいたの。まだあの場所にいるはずよ。――ねえ、シードラモン?」
 リリモンさんはシードラモンへと問いかける。
「まだあの場所にいるか、解る? あのガラスが邪魔して、私には気配はつかめないのよ」
 それにシードラモンが頷く。
「弱いけれど、まだいることは感じる。俺が行ってこよう……」
 と言いかけた時、――下の方から何かの鳴き声が聞こえてきた。
「何かしら? ―――えええっ!?」
 また先ほどの黒い巨鳥と同じように、全く同じ種類のデジモンが床の割れ目から次々に現れた。三匹いる!
 リリモンさんが鋭く叫ぶ。
「シードラモン、どうしようっ!」
 リリモンさんはまだ苦しそうだし、シードラモンさんの背中にはマコトくんがいる。それなのに、あの三匹のデジモンと戦うの……!
「ベルゼブモン達が来ないんだったら、この塔の上にひとまず留姫達を下ろして、セーバードラモンから守らないと……」
 とリリモンさんが言った。けれども、


「まどろっこしいんだって言ってんだろ――――っ!!」


 怒鳴り声が聞こえ、セーバードラモンが開けた床の大穴から光が溢れた。
 強烈な閃光。そして、ドーンッという大きな爆発音が起きる。爆風に驚いて私はリリモンさんにすがりついた。
「キャアアッ!」
 けれどリリモンさんの体も吹き飛びそうになる。
「キャアッ!」
 シードラモンが素早く移動して、背の下辺りで私達を受け止めてくれた。
「ごめん、何度もっ」
「いいから。それより今の声は、――あれは!」
 シードラモンの声に、私達は下を覗き込む。
「わぁ!」
「来た!」
 爆煙の中から火炎の玉がいくつも吹き上げる。それを避けながらベルゼブモンが飛び出してきた。その後に続いて、セーバードラモンが五匹、追いかけてきた。
 ベルゼブモンは振り向き様に、両手に構えたショットガンを下方にいるセーバードラモン達に向けて連射した。轟音と破壊音が木霊して、セーバードラモンは五匹ともデータの残骸になって消えていった。
 けれど、
「激しいなぁ……」
 マコトくんが呆れた声を上げた。
 塔の床は五分の一ぐらいの面積を残して大崩壊した。
「……私が言っているそばからぁ……」
 リリモンさんが大袈裟な溜息をついた。
 私は目の前で起きたその大崩壊に首を竦めながら、
 ――信じられない! こんな戦い方するなんて! 敵は倒しているけれど周囲はめちゃくちゃになっちゃうじゃない! キュウビモンが倒れている場所にもしも亀裂が入ったら……! うっそぉ……これがDNSSってところのデジモンの戦い方なわけ?
 と目を丸くするばかりだった。
 大きく翼を羽ばたかせて近付き、
「何だ? 文句あんのかっ!」
 目を血走らせているベルゼブモンに、リリモンさんが
「あるわよぉー」
 と言う。
「たった今、そこ、壊したでしょう? アンタが壊した辺りに留姫とマコトくんを下ろしておこうかなって話していたの。それなのに……」
 ベルゼブモンはちらりと下を一瞥し、
「ああ――下ろす前で良かったな」
 と言う。
「そうじゃないでしょ〜! リアルワールドじゃないからって、アンタ、思いっきり地が出ているわ! 本性丸出しで戦っているでしょー」
 とリリモンさんはツッコミを入れる。
「ハァ……。そっか、ベルゼブモンって、前に見た時は抑え気味に戦っていたんだ……」
 シードラモンの背中にいたマコトくんが溜息をついた。マコトくんは
「よいしょっ……」
 と呟きながらシードラモンの頭に近い場所までよじ登るように移動する。
「ねえ、シードラモン。――どこかに下ろすより、シードラモンの背中にいた方が安全だと思わない? ベルゼブモンが次はどこを破壊するかも解らないんだから?」
 と訊ねた。シードラモンは自信無さそうな声だけれど、
「たぶん……そうだと思う……」
 と同意した。
「そうだよね、うん……ベルゼブモンと一緒にいるのがこんなに危険だって思わなかったよ」
 とマコトくんはさらに大袈裟に言い、ベルゼブモンをちらりと見る。わざとそう言ったみたいで、もちろんベルゼブモンはそれに対して、
「文句あるなら来るんじゃねぇよっ!」
 と歯を剥き出して言う。
 マコトくんの言うことは正しいと思う。
 ――私は? このままリリモンさんに抱えられていて、それでいいの?
 一瞬考え、自分では判断出来なくて、リリモンさんに尋ねる。
「私も……シードラモンが嫌じゃなかったら、だけれど、シードラモンの背中にいた方がいいですか?」
「留姫が? うん……でも……」
 リリモンさんも迷った声を上げる。
「リリモンさん、苦しそうだし……」
 私がさらに言うと、
「それは……私の力が足りないから……」
 リリモンさんは悔しそうに言う。
「留姫さんも?」
 マコトくんはちょっと考え、すぐに、
「そうした方が僕はいいと思います」
 と言った。
「うーん……やっぱ、そうかな……」
 リリモンさんも迷いながら頷いた。
 私は、
「シードラモン……」
 と言いかけて、
「ううん、シードラモンさん、よね……お願い、私がその背に乗っていてもいい?」
 そう言い直しながら頼んでみた。
 シードラモンさんは快く頷いてくれた。
 リリモンさんが近付き、私がシードラモンさんの背に乗るのを手伝ってくれた。
 キュウビモン達の様子を伺いつつも、急いでシードラモンさんの背に上る。マコトくんが
「大丈夫ですか?」
 と私に問いかけた。
「たぶん。――あら、意外……つかまるの、難しいのね……」
 そう答えると、マコトくんは
「慣れればなんとかバランス取れると思います」
 と頷いた。
「アンティラモンは?」
 私が訊ねると
「別行動だ」
 と、ベルゼブモンは短く答えた。
「別行動? 何があったの?」
 リリモンさんも訊ねたけれど、
「何でもねぇ」
 とベルゼブモンは答えただけだった。その視線の先には、
「また……か……」
 ドーベルモンさんがいた。
 ――また?
 私はその言葉に、なんとなく不安になる。
「――で、こっちはキュウビモンがやられたのか。ああ――心配いらねぇ。あれは目を回しているのと似たようなもんだ。取り乱すなよ、留姫」
 ベルゼブモンは私の方は見ない。
「でも、動かないのよっ!」
「生命反応は切れちゃいねぇよ」
「え……!」
「それは解る。まだ戦えるんだ。心配いらねぇ」
「まだ戦うって……」
「オレ達は本能的に戦う。相手が戦闘不能に陥るまで、な」
「そんな……」
「余計なことを考えるな」
 カチンッときた。
「余計って! どうして! キュウビモンの心配をしたらダメなの?」
 思わず怒鳴った。自分より遥かに大きいベルゼブモンに向かって……。
 ベルゼブモンはゆっくり羽ばたきながら、
「アイツを信じるのも必要だろーが」
 と言った。
「アイツが負けることを心配するより、勝つことだけを信じてやれ」
「信じてないわけじゃ……」
 言い返そうとしたけれど、それは嘘だった。心配していた。負けてしまったら、彼がデータの残骸になってしまうかもしれないんだ、と……。
「そっか……」
 そう、ベルゼブモンは短く言った。
「ベルゼブモンッ!」
 ――違う。ベルゼブモンの言うとおりで、私、信じていなかった……。
 そう言おうとした。けれど、
「――悠長に話している場合じゃねぇな」
 ベルゼブモンは話を遮った。
 ドーベルモンさんは再び吼え始めた。たぶんベルゼブモンに向かって。
 声は反響するものが少ない塔の上で、空に溶け込んでいく。
「空が! あれを見て!」
 マコトくんが空を指差した。塔の上空から、波紋のように円形に雲がさざなみを起こす。ドーベルモンさんの声がそれだけの影響を与えているんだと、怖くなる。
 ベルゼブモンはというと、
「やりヅライんだがよ……」
 と、煙たそうな顔をした。視線はドーベルモンさんを見つめたまま。
 ――それだけ?
 私はちょっと驚く。
「ぜ……んっぜん、へいきそうだけ…ど……」
 影響を受けて額に汗まで浮かべているリリモンさんに
「黙っていろ。体力消耗するだけだ」
 と、ベルゼブモンは言う。
 私は疑問に思いながらも、
「この声がドーベルモンさんの技よね?」
 と、ベルゼブモンに訊いた。
「あ? ああ。この声――『Grau Larm(グラオ・レルム)』。――うちの幹部連中が勧誘かけるだけはあるだろ?」
 そう私に答える。
「平気なの?」
「多少の影響はある」
「多少? それだけ?」
「オレがその辺を転げ回るとでも思っていたのかよ?」
「そうじゃないけれど、でも――それでも平気そうだから……」
 ふと、ベルゼブモンは、
「おい? なんだ? オマエは平気なのか?」
 と、シードラモンさんに問いかけた。
 そういえばシードラモンさんも、リリモンさんに比べれば平気そうに見える。少し顔色が悪いようには見えるけれど。
「え? あ……いいえ、平気じゃありません。けれど、気を抜かなければどうにか耐えられます」
 シードラモンさんはベルゼブモンに問いかけられて、戸惑っている。
「へえ……そっか……」
 ベルゼブモンは目を細める。
「現状で、『Grau Larm(グラオ・レルム)』によって影響を受けていることはあるか?」
 さらにベルゼブモンはそう問いかける。
「影響は特に……ありません……」
 シードラモンさんはそわそわとしながら口ごもる。
「オレに話しかけられたぐらいでビビッてんじゃねぇよ」
 ベルゼブモンは肩を竦める。
「ベルゼブモン?」
 シードラモンさんの背に乗るマコトくんが、訝しそうな顔で訊ねた。
「それがどうかしたの?」
「何が?」
「シードラモンのこと……」
 ベルゼブモンは更に肩を竦める。
「別に。――ソイツのことでそんなに神経質になるな。自分の心配もしておけよ、マコ」
「そういう言い方って……」
 マコトくんは、ちょっとムッとしたみたいだったけれど言い返さない。
 ベルゼブモンは私に、
「ドーベルモンをこっちに引き付けておく。その間にキュウビモンのところへ行け。状態を見てやれ。他に敵が潜んでいるかもしれないから、――リリモン、オマエもついて行ってやれよ」
 と言う。最後の方はリリモンさんに言った。
「ベルゼブモン! でも……」
 リリモンさんは迷う。
 ベルゼブモンはシードラモンさんにも、
「留姫とマコの様子、見ていてくれ」
 と言った。
 シードラモンさんは頷き、キュウビモンの方へ向かおうとする。
「ベルゼブモン! 本当にベルゼブモンは平気なのっ?」
 私の問いかけに、ベルゼブモンは視線を向けない。
「――ああ。心配すんな」
「でも……」
 リリモンさんが、
「大丈夫よ、留姫」
 と、私を促した。
 シードラモンさんは泳ぐように空中を移動し始めた。リリモンさんはその横を飛ぶ。
 ――本当に大丈夫なの?
 「心配するな」と言われていても私は振り向いた。そして声を上げた。
「……ベルゼブモンッ!」
 今、まさに。
「え? ベルゼブモン!?」
 マコトくんもまた、声を上げた。
 ドーベルモンさんが、ベルゼブモン目掛けて疾走していく。
「相手に不足はねぇと思うが、オマエはどうだ? ドーベルモン?」
 ベルゼブモンはそう言う。
 ウイルスに支配されているドーベルモンさんの耳にはもう、その言葉は届いていない。
「返事はいらねぇ――」
 ベルゼブモンは、二丁のショットガンをそれぞれ手に構え、迎え撃つ。

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