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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編4
 シードラモンの、空中を泳ぐようにうねるその体が、徐々に青い光を帯びていく。戦うために力が増していくみたい……!
「俺は……俺なんかじゃ勝てないと思うけれど、でも……それでも戦います」
 シードラモンの声は緊張している。自分に言い聞かせるような言い方にも聞こえる。先ほど、何かを振り払うようにした仕草はきっと、自分の心の弱さを消そうとしたから、と思えてきた。
「やめてっ!」
 リリモンと呼ばれていたデジモンが、シードラモンの前に飛び、両手を広げる。
「お願い、やめて! シードラモンと戦わないでっ!」
 そう叫び、シードラモンを叱り飛ばす。
「逃げなさいよっ! あの二人を相手に、貴方みたいな弱気なデジモンが勝てるわけないじゃない!」
 けれど、シードラモンはリリモンさんに、
「どいて下さい……」
 と言った。
「どいてって……ちょっと、何を言っているのっ!」
「俺は貴女達を巻き込みたくない。マコトくんを俺の背から降ろして下さい。危ないから離れていて……」
「シードラモンッ!」
「俺は……戦いますから……戦わなくちゃ……」
 シードラモンの背に乗る男の子も叫ぶ。
「シードラモンッ! お願い、やめてよ! 無理だよ、ベルゼブモンは強いんだからっ!」
「マコトくん……」
「ベルゼブモンはとても強いんだよっ! 巨大なデジモンと戦った時、見たことあるんだから本当だよっ!」
「知っている……それは解っているから……」
「え?」
「『魔王』……どんなに強いか、メタルマメモンから何度も聞いているから……。それでも俺はメタルマメモンのために、貴方達と……戦わなくちゃ……」
 それを聞き、
「へえ……そうか……」
 ベルゼブモンは怒りの表情から一転して、ニヤリと笑う。
「それなら、オレ達の案内をしろ」
「え……!」
 シードラモンは驚き、戸惑った声を上げた。
「案内を? メタルマメモンのところへ? そんなこと出来ないっ!」
「アイツが『脳』だからか? そうじゃねぇだろ?」
「それは……」
「オレ達はメタルマメモンの大バカヤロウを止めるために来た。殺すためじゃねぇ」
「それ、本当ですか!?」
 シードラモンが驚きの声を上げた。
「あの大バカは、引きずってでも連れて帰る。ロゼモンもアイもだ」
 そう言いベルゼブモンは素早く上空へショットガンを向けて、一発、放った。
「……?」
 何か、生き物のようなものが遥か上にいたみたい。鳴き声を上げ、どこかに飛んでいってしまったけれど、どうして? 追い払ったってこと? もしかして……!
 ベルゼブモンはショットガンを下ろす。
「……どうだ?」
 硝煙の消えたショットガンを収めると、ベルゼブモンはアンティラモンに問いかけた。
「――何も」
「これで立ち聞きする者はいねぇな?」
「ああ、安心していい」
 アンティラモンは苦笑する。
 ――え?
「じゃあ、今のは……!」
 私に、ベルゼブモンが頷く。
「監視がいたんじゃ、話も出来ねぇよな?」
「さすがですね……」
 シードラモンが安心したように息を吐く。その体が帯びていた光が消えていく。
 キュウビモンも、張り詰めた息を吐いた。
「気付いていたの?」
 訊ねると、キュウビモンは頷く。
 リリモンさんが、
「あー! もーっ! そういうわけ!」
 と、脱力した。手にしていた武器は一瞬で消え、その空いた両手で頭を押さえて唸る。
「びっくりしたー! あー、びっくりしたっ。ベルゼブモンの激マジな戦いなんてヤバ過ぎだもんっ! アンタ、命拾いしたんだからっ。解っているの? ほんっと、バカなんだから、もうっ、バカ過ぎて腹が立つっ!」
 シードラモンはそれを大人しく聞いてから、
「リリモンさん……」
 と口を開く。
「何よ? 文句ある? 本当のことでしょう?」
 キッと睨みつけるリリモンさんに
「ありがとう……」
 とシードラモンは言った。恐ろしい姿だけれど、微笑んでいるように感じた。
「え?」
「俺なんかのことを心配してくれて……」
「な……何言っているのっ! アンタが頼りないからでしょ、反省してもうちょっと、しっかりしなさーいっ!」
 リリモンさんは頭を押さえていた両拳をそのまま振り上げる。
 シードラモンは
「そうだね、俺、こんなだから……すみません……」
 と謝る。それからリリモンさんの肩越しに、ベルゼブモンへ、そっと訊ねる。
「俺は『捕虜』になりましたね……」
「それで良かったんだろ?」
「はい。――もう、時間が無いんです。俺には結局、何も出来なくて……」
 シードラモンはそっと、ベルゼブモンに頭を下げた。
「フン……そりゃねぇだろ? このとおり、マコとリリモンが無事だ。――ところでオマエ、アイツの知り合いか?」
 シードラモンは、
「大学で同期です」
 と、言った。
 ――同期? 友達を助けようとしていたの?
 私は驚いた。
 リリモンさんも
「同期? メタルマメモンさんの友達だったの……!」
 と驚く。
 けれどベルゼブモンが、
「同期? 同期で仲良いヤツにシードラモンがいるなんて、聞いたことねぇぞ……?」
 と首を傾げる。
「え……あの、それは……、その……ちょっと、えっと、色々あって……」
 シードラモンが口ごもる。
「何だ? 別に何があってもけっこうだが? アイツにも心配してくれるダチがいるのか。一人ぐらいしかオレは知らねぇんだ……」
「え……」
「アイツもあんな性格だから、『まだ成長期デジモン止まり』だとか好き勝手に言っていたが……」
「え……!」
「『気弱でどうしようもない』とか『お人好し過ぎて見ていて腹立たしい』とか、アイツも言いたい放題のくせに……、」
 ベルゼブモンは言いかけ、ふと、何かに気付く。
「おい。――オマエ、」
「はい?」
「『元』は何だ?」
「……」
 シードラモンは目を伏せた。
「『元』? まさか、お主は……」
 ぎくりと、アンティラモンも身を震わせた。
 シードラモンは小さく頷いた。
「はい……ご想像の通りです」
 と、シードラモンが消えそうなほど小さい声でそう言ったとたん、
「何てことしやがるっ! まさかテメェ、自分からかっ!?」
 ベルゼブモンが声を荒げる。
 シードラモンは首を横に振る。
「俺は……一瞬のことで……」
「一瞬だと! それを一瞬でやってのける化け物がいやがるのかっ!」
「俺は……けれど、この力でメタルマメモンを助けられるなら……」
「良くねぇだろっ!」
 ――何? まさか……?
 ベルゼブモンは右の拳を握り、ぎりぎりと力を込める。まるで、シードラモンを殴りたくて、必死に堪えているみたい。
「ねえ……まさか……」
 リリモンさんが不安そうにシードラモンに問いかける。
「俺は実験の成果を試すためにデータの一部を操作されています」
 というシードラモンの言葉に、
「実験!? ……嘘でしょう!」
 リリモンさんが震えながら悲鳴のような声を上げた。
「本当です。メタルマメモンは……俺が傍に行っても気が付きませんでした」
 シードラモンが言ったその言葉に、その場にいるデジモン達は皆、息を飲んだ。
 ――友達でも解らなくなってしまうほど、姿を変えられてしまったの? そういうことなの?
 私は疑問に思いながらシードラモンのその姿を見つめた。マコトくんも同じように思っているみたいで、心配そうにシードラモンの背を何度も撫でる。
「心配するようなことは……たぶん無いと思います」
「その言い方が信じられないわよっ!」
 リリモンさんはポカッと、シードラモンの顔を覆う硬い甲羅のようなものを一発殴った。それをシードラモンは避けなかった。
「いくつか質問したいのだが……」
 アンティラモンがシードラモンの傍に寄り、質問を始めた。
「いつ頃のこと?」
「一カ月ぐらい前です」
「そんなに前から? 体調について気になることは?」
「特に何もありません」
 まるでお医者さんが診療する時みたいだと思い、それでようやく気付いた。
「あのウイルスなの?」
 私が訊ねると、その様子を眺めているベルゼブモンが、ちらりとこちらに目を向ける。けれど、すぐに視線をシードラモンへ戻す。
「――あれより、タチが悪ぃ」
 こちらを見ずに、ベルゼブモンはそう言った。
「そうなの?」
「正当な進化じゃねぇのは、マズイ。直接データを変えるのはタブーだ……」
 言いかけたベルゼブモンに、リリモンさんが詰め寄る。
「私、ウォーグレイモンさんに頼むもの! メタルガルルモンさんにだって頼むわ! シードラモンがひどい処分を受けないように頼むものっ!」
「処分?」
 私が訊ねると、
「場合によってはな……罪になるんだよ」
 と、ベルゼブモンが言った。
「え? でも、自分の知らないうちにって、そういうようなこと言っていたじゃない?」
「それでも場合によっては罪になる。検査を受け、裁きを受けることになるんだ」
「裁判所みたいなところへ、ってこと? 姿を変えられただけで?」
「オレ達デジモンの構成データを直接変えるってことは、姿だけじゃなく能力なども変わる。突然変異が起きる可能性がある。何が起きるか解らない――それを嫌うのは、人間の社会と同じだ」
「そんな……じゃあ、どうなっちゃうの……?」
 訊ねたけれど、ベルゼブモンは答えてくれなかった。
 アンティラモンは質問を終えると、ベルゼブモンに訊ねる。
「『バッカスの杯』の感染は恐らく無い。――だが、どうする? 戦闘能力強化のためと思われるが、実際に戦闘時にどういう状況になるのか……危機的状況におちいった時の戦闘経験はまだ無いそうだが……」
「どうもこうもねぇだろっ」
 そう言い放ち、ベルゼブモンはシードラモンにガンを飛ばす。
「何か起きそうになったら、俺達に必ず知らせろ。――全力で対応してやる」
 シードラモンは、そっと目を伏せ、そのまま頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしてすみません……」
「オマエは運がいい。オレ達に発見されたんだからなっ」
 そう言うベルゼブモンに、マコトくんが訊ねる。
「ベルゼブモン。僕はシードラモンと一緒にいてもいいんだよね?」
 けれど、
「降りろ! 今すぐ降りろっ!」
 ベルゼブモンは鋭く言い放つ。
 けれどマコトくんは譲らない。
「ここにいる! 僕一人じゃついていくことさえ大変だものっ」
「だったら帰れ!」
「ここから帰る方が難しいよっ! ねえ、お願い! 僕だってお姉ちゃんを助けたいし、それに……シードラモンが心配だもの!」
「マコッ!」
「シードラモンの様子がおかしくなったら、知らせればいいんだよね? それでいいよね? 僕がここにいた方が、ベルゼブモンだって自由に行動出来るじゃない?」
 それは当たっているかもしれないと私は思った。ベルゼブモンもそう思ったみたい。
 何か言いかけ、けれどベルゼブモンは少し不愉快そうに、
「……ああ。シードラモン、それでいいか?」
 と言った。
「解りました」
 シードラモンは頷く。
「やったぁ! ありがとう、ベルゼブモン!」
 喜ぶマコトくんに、
「おい、マコ! オマエは何でここに来たんだっ!」
 ベルゼブモンは怒鳴りつける。
 ひゃあっと、マコトくんは首を竦める。
「ケータイが壊れたんだ。次々にケータイが壊れてあっちは混乱し始めている。僕、リリモンさんとウォーグレイモンさんに会いに行こうと思ったんだけれど……」
 と話す。
「壊れた? まさか……!」
 ベルゼブモンが目を見開く。
「アリスだわっ!」
 私はキュウビモンに言った。
 すると、
「アリスさんを知っているんですか?」
「友達?」
 と、マコトくんとリリモンさんに訊かれた。
「はい。探しているんです。アリスに会ったんですか?」
「あの塔にいるわ!」
 リリモンさんが塔を指差した。
「アリスちゃんはドーベルモンと一緒にいたのよ」
「ドーベルモンさんも一緒にいるんですか! 良かった……!」
 涙が出そうになった。無事なんだわ……!
「その……あまり良くないの……」
「え?」
「ドーベルモンが一緒にいるけれど、でも……閉じ込められていて……」
「ええっ!」
 ――アリスを助けなくちゃ! 牢獄みたいなところかしら? アリスがそんなところに……!
「ドーベルモン達が、あの塔に……? オマエら、あの塔から来たのか?」
 とベルゼブモンが話しかけ、
「はい、あの場所は……」
 シードラモンが答えようとした時。
 轟音が響いた。


 ――塔から!?


 大きく塔が揺れ、爆発音のようなものが鳴り響いている。
「何が起きているの!」
 リリモンさんが悲鳴に近い声を上げる。
「シードラモン!」
 マコトくんが声を上げる。突然、シードラモンが空を泳ぐように飛ぶ。リリモンさんが急いでその体に手を伸ばし、置いて行かれまいとしがみ付く。
「アリス……! ドーベルモンさん!」
 私が叫ぶのと同時に、キュウビモンが私を背に乗せたまま空を走り出した。シードラモンの後を追いかける。

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あきゅろす。
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