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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
Fighting! Side:LILIMON
(※今回はロゼモンの従妹・リリモンの話です。)

 ロゼモンが大好き。綺麗で美人で、大人っぽくて……。
 ずっとずっと、憧れていた。優しくて、大好き……。
 従姉だけれど、ずっと、本当のお姉ちゃんみたいに思っていた。


   ◇


 ウォーグレイモンさんから連絡をもらい、私は『関東支部』の『本部』へ行った。
 ロゼモンのこと、メタルマメモンさんのこと、ベルゼブモン達が助けに行ったことなどを聞かされた。聞きながら、涙が止めどなく溢れた。
「二人はどうなっちゃうんですかっ!」
 そう訊ねても、ウォーグレイモンさんは「我々は最善を尽くす」としか言ってくれなかった。
 私は総代表執務室を出た。
 最善を尽くすからダメなら諦めろってこと? そんな……!
 もしものことがあったら……もしも、皆が……ロゼモンが死ぬようなことが起きたら……。
 『関東支部』を出て、しばらく歩いた。周囲に人がいない場所でデジモンの姿に戻ると、夜の街の上空へ、羽ばたいた。
 ――どうしよう。もしもロゼモンがいなくなっちゃったら、どうしよう……。
 物心ついた時から、ずっとロゼモンがいてくれた。従姉のお姉ちゃんと本当のお姉ちゃんの区別もつかないぐらい小さい頃から、ロゼモンと一緒に遊んだ。ケンカをすることもあるけれど、そんな時はすごく悲しかった。ロゼモンがいなくなることなんか、想像したことも無かった……。
 夜空を飛びながら、ずっと泣いた。
 ――私には何も出来ない。ロゼモンを助けに行けない……。
 泣きながら、ようやくバイト先の近くに降り立った。路地裏で人間の姿に戻って、大通りへ向かった。
 ――何かしら?
 バイト先の近くで、うろうろしている男の子を見かけた。Tシャツにジーンズ姿。
「ここのお店に何か用?」
 と話しかけてみた。中学生ぐらいかしら? しっかりした印象の男の子。私と違って人間だった。
 その男の子は、マコト、と名乗った。
「あの、僕、ベルゼブモンの知り合いなんですけれど……」
「え……?」
 私はマコトくんを見つめる。あのベルゼブモンの……知り合い? 驚いた……。
「お願いです。ベルゼブモンのバイト先に行くにはどうしたらいいか教えて下さい。ウォーグレイモンさんに連絡を取ろうとしても、電話が通じないみたいなんです」
「ウォーグレイモンさんに何か用なの? 電話が? そんなはずないわ。だって私、さっき電話で呼び出されて行ってきたんだもの……」
 自分の携帯電話をジーンズのポケットから取り出して、操作する。
「変ね……通話音がしない……」
 代表番号にかけても同じで、受付のデジモンも出なかった。
「変なの……」
 呟きながらふと視線を上げ、驚いた。
「何かしら、あれは……変な模様……!」
 夜空を見上げる。私の声につられるように、マコトくんも空を見上げた。
「模様? 何も見えませんけれど?」
 夜空に薄く、模様が浮かび上がっている。マコトくんには……人間には見えないものなの? 私の知っているデジモンの文字に似ているけれど、少しそれとは違うみたい。
 呆然としつつ、耳から離した携帯電話をふと見つめて、また驚いた。
「やだぁ……壊れちゃったの?」
 意味不明の文字が画面に次々と流れる。
「もうっ! テレビ付きケータイ、まだ分割払い終わっていないのにぃ!」
 イライラしながら、肩にかかるロングレイヤーの髪を払う。
 マコトくんが
「見せて下さいっ」
 と私の返事を待たずに、私の携帯電話を覗き込んだ。そして、
「まさか……」
 と呟きながら彼は自分の携帯電話を取り出すと、二つ折りのそれを開けてモニターを見つめる。
「やっぱり……」
 そう呟き、それを私に見せた。私の携帯電話と全く同じ、意味不明の文字の羅列だったので驚いた。
 周囲でも、
「あれ?」
「オレのケータイが……」
「アタシのも……」
 と人々が騒ぎ始める。
「何かあったんだわ……!」
「え?」
「マコトくん、一緒にウォーグレイモンさんのところへ行こう?」
 返事を待たずにマコトくんの手を取った。
「わ、わっ! ちょっと待って!」
 私に合わせて歩き出しながら、マコトくんが問いかけてくる。
「ウォーグレイモンさん、今どこにいるのか知っているんですか?」
「だから、言ったでしょう? ついさっきまで、私、会っていたのよ。呼び出されたの。私の従姉のことで話をしに行ったのよ」
「いとこ?」
「ええ、そうよ。――ちょっと、こっち来て」
 私はマコトくんの手を引いたまま、さっきデジモンの姿から人間の姿に変わる時にいた路地裏に入った。マコトくんぐらいだったら、デジモンの姿に戻って抱えて飛んで行った方が断然早い。男の子のマコトくんは嫌かもしれないけれど、我慢してもらおう。
「ちょっと待っていて……」
 デジモンの姿に戻ろうとしたら、マコトくんが大声を上げた。
「――お姉ちゃん!?」
 その声に驚いて私は振り向く。けれど、
「マコトくん……?」
 そこにいたはずのマコトくんがいない……! こんな狭い路地裏で突然いなくなるなんて、ありえない。
「どこ? マコトくん?」
 通りへ戻ったのかと思って、私もそちらへ戻ろうとした。マコトくんが立っていた辺りを歩きながら壁を見たら、
「え?」
 壁に、何かが浮かんで見えた。まるで水に自分の姿が映った時みたいに、壁が揺らいでいる。でも、そこに映っていたのは自分の姿じゃなかった。
「ロゼモン!」
 今、どうしても会いたい大好きな従姉のロゼモンだった!
 思わず壁に手を伸ばした。私の体が突然、壁に引き込まれた。声を上げる間も無かった。



 薄暗い空が見えたと思った。
 その空を、私は真っ逆さまに落ちた。デジモンの姿に戻る間も無く、私は暗い海に落ちた。
 ――苦しい……!
 濁ってどろどろした水が私の体にまとわりつく。重い。こんなの、海じゃない……!
 息が出来ない。必死にもがくけれど、こんなに汚い水の中で泳げるわけがない。
 ――息が……でき……な…………。
 意識が遠退きそうになる。


「……!?」


 手が何かに触れた。大きなデジモンに、しがみ付いた。無我夢中だった。もうろうとする頭を必死に働かせる。けれど、いったいどういうデジモンなのかも解らない。
 このデジモンの周囲の水だけ濁っていなかった。その周囲の水の中では、不思議なことに息が出来た。
 マコトくんがすぐ近くで、やっぱり同じデジモンの体にしがみ付いていることに気が付いた。こちらを見て心配そうな顔をしている。
 ――そうね、安心はまだ出来ないわ……。
 この濁った海は、いったいどこの海なのかしら? このデジモン、私達をどこに連れて行くつもりなのかしら?
 私達を運ぶデジモンが海中から出た先は、どこかの建物の地下みたいだった。
 このデジモンは私達を乗せたまま、空中を泳ぐように進む。その周囲にだけずっと、引き寄せられるように澄んだ水がまとわりついている。
 通路を通り、螺旋階段を上っていく。やがて、ずっと上に出た。
 広いその場所は、どこかの塔の上みたいだった。広いけれど、とても強い風が吹く。吹き飛ばされそうになる。ここから吹き飛ばされたら、飛べない限りは命が無事である保証は無さそう……。
 端に、大きなガラスの円柱があった。その中は空洞で、金髪の少女がいた。黒いワンピースを着た白い肌の少女は、私達がここに来たことを驚いているみたい。
 そのガラスの円柱の傍に、まるで少女に寄り添うようにいるデジモンがいる。
「ドーベルモン!」
 私は声をかけた。つかまっていたデジモンの背から滑り落ちるように降りると、走り寄った。
「リリモン……!」
 ドーベルモンはロゼモンの友達だったから、何度か会ったことがある。
 デジモンの姿の彼は腹這いになっていたが顔を上げた。金髪の少女に、
「知り合いだ。あの子もデジモンだから……」
 と説明する。そして、
「なぜ、ここに……」
 と、途惑うように私に問いかけた。
「ここ? ここがどこなのか知っているの? 教えてちょうだいっ」
 私が逆に訊ねると、ドーベルモンと金髪の少女はガラス越しに顔を見合わせ、首を傾げた。
「ここがどこなのか知らなくて、それでどうしてここへ?」
 そう言われ、私は首を傾げた。
「ねえ、マコトくん?」
 振り返りマコトくんへ視線を向けると、マコトくんはさっきのデジモンに話しかけている。
 ――って、えええ――――! シードラモンだったの!?
 水の中だけでしか自由に動けないはずのシードラモンが空中を飛べるなんて、不思議……!
 マコトくんが小さく手を振ると、シードラモンの姿が掻き消えるように消えた。それからマコトくんは、こちらに走ってきた。
「マコトくん、あのシードラモンはどこに行ってしまったの?」
 私が訊ねると、彼は首を横に振る。
「解らないけれど……また来てくれるみたい」
「そうなの?」
「僕達を助けてくれたから……今は敵なのかもしれないけれど、何か事情があるのかも……」
「敵なのかもって? さっきは何を話していたの?」
「ううん、話しかけたけれど……あまり僕とは話したくないみたい……」
「そう? どうしてかしら?」
「うん……」
 マコトくんは頷き、周囲を見渡した。
「この世界はデジモン達の世界? ここがデジタルワールドっていうところですか?」
 私は首を横に振った。
「違うわ。こんな世界じゃない。あんなに汚れた海のある世界なんて聞いたことないわ」
 ドーベルモンが言った。
「ここは作り出された世界だ」
「作り出された? 誰が作ったの?」
 ドーベルモンは首を横に振った。
「誰が作ったのかは知らない」
 けれど、それに『誰か』が答える。
「私が作った」
 と。



 振り向くと、そこに銀色の髪の男が立っていた。人間の姿をしているけれど、私やドーベルモンと同じデジモンだとすぐに解った。
 黒いスーツを着ているその男が現れたとたん、ドーベルモンが唸り声を上げ、立ち上がった。金髪の少女が怯えた目を向けている。
「そろそろ時間になったと言いに来てみれば……何だ? 人数が増えているな……」
 銀髪の男と私達の間に、突然、シードラモンが現れた。銀髪の男は不愉快そうに笑う。
「そこをどけ。私は準備をしにここに来た」
 シードラモンは言われるままに、空中を泳ぐように避ける。このシードラモンは、やっぱり手下みたい……。
 銀髪の男は、ガラスの円柱の中にいる金髪の少女に声をかける。
「その力、大したものだな。リアルワールドでは混乱が起きている」
 そう言われ、金髪の少女はさらに怯える。
「アリスをこれ以上利用するのは止めろ」
 ドーベルモンが威嚇するように唸り声を上げた。
 ――何? いったい、どうなっちゃっているの?
 銀髪の男がシードラモンに声をかける。
「ソイツらは迷い込んで来たのか? 念のため、大人しくさせろ」
 突然、私の周りに水が出現した。
「きゃっ!」
 ロープでぐるぐる巻きに縛られるように、水が私の自由を拘束した。よろめいた私はその場に座り込んだ。マコトくんも同じようになっている。
 ――シードラモンがやったの!?
 私はシードラモンを睨んだ。
「敵だったのね! 『バッカスの杯』の犯人達の仲間なのね!」
 私がそう怒鳴ると、銀髪の男が嘲笑う。
「私達の『アジト』に転がり込んで来て、今さら何を言う……」
 私は驚いて身を硬くする。
 ――そんな怖い場所に来てしまっているなんて……!
 銀髪の男は、ドーベルモンが『アリス』と呼んでいる少女に命じる。
「この調子で、リアルワールドのあらゆる機械を壊していけ」
 ――え!?
 私は、金髪の少女を見つめた。
 ――もしかして、私達の携帯電話を壊したの、この子がやったの? 信じられない。ただの人間にしか見えないけれど……?
 不意にもう一人、『犯人』が現れた。今度は金髪の男だった。やっぱり黒いスーツを着ている。
 銀髪の男がそちらを見る。
「何の用だ?」
 金髪の男が
「様子を見に来ただけだ」
 と告げると、銀髪の男は顔をしかめる。
「監視か?」
 金髪の男はそう言われて、首を横に振った。
「そうではない。『牙を持つ者』はこの近くまで来ている。だからここの様子を見に来ただけだ」
 その言葉に、銀髪の男は目を細める。
「もう来たのか?」
「ああ。それにウィザーモンも来ている」
「ウィザーモンが! なぜ!?」
「さあ……『心臓』の意志、だろう。いずれ私が殺すが。――くれぐれも、『バッカスの杯』のワクチンを作られないようにしろ」
 金髪の男はそう言い、姿を消した。
 銀髪の男も不機嫌そうに姿を消した。
 私は不安に駆られながら周囲を見回した。今、シードラモンしかここにはいない。アリスちゃんを助け出そうとするならすぐに出来るはずなのに、どうしてドーベルモンはそれをしないの!?
 ドーベルモンは、私の言いたいことが解るみたいだった。
「無駄だ。アリスをそのガラスから出すことが出来るのは、さっきの銀髪の男だけだ……」
 アリスちゃんが小さい声で泣き始めてしまった。
「ごめんなさい……だって、ドーベルモンを殺すって……だから……」
 ドーベルモンは目を閉じ、首を横に振った。
「アリスのせいではない……」
「このガラス、壊せないの? それって、私のフラウカノンでもダメなの?」
 私が言っても、ドーベルモンは、
「これはただのガラスではない」
 と言うだけだった。
 ――アリスちゃんがかわいそう……。
 私は腹を立ててシードラモンを睨みつけた。シードラモンは、さっと姿を消した。
「リリモン。あのシードラモンを責めないでくれ」
 ドーベルモンにそう言われ、私は余計に腹を立てた。
「ドーベルモンまでそういうこと言うの! 敵なんだから、悪いに決まっているじゃない!」
「こういうのも変かもしれないが、敵じゃないような気がする。我々に危害を加えることは無かった……」
「敵だったら! 悪いことするんだから、敵なのっ!」
 私はデジモンの姿に戻ろうとしたけれど、それも出来無くなってしまっていた。シードラモンの仕業だ!
「あーもうっ! どうしてこんなことになっちゃったの! これじゃ、ロゼモンを助けるどころじゃないわっ!」
 バタバタと床を踏み鳴らした。
 ドーベルモンの瞳に鋭い光が宿る。
「ロゼモンに何かあったのか?」
 私はドーベルモン達に、だいたいの事情を話した。ロゼモンのこと、メタルマメモンさんのこと、ベルゼブモンのこと……。
 私が話し終えると、ドーベルモンは苦しそうに息を吐いた。
「危険過ぎる。メタルマメモンは確か、ロゼモンがザッソーモンに狙われた時に一度見かけたが……まさか自分の命と引き換えに……」
「ご家族の仇を討つために……」
 アリスちゃんも呟く。
「私も……もしも私のパパとママにそんな悲しいことが起きたら……きっととても悲しいと思う……。でも、それで死んでしまったら……ロゼモンさんがかわいそう……」
「アリス……」
 ドーベルモンがアリスちゃんを気遣う。とても途惑っている。悲しませたことを悔やんでいるのかもしれない。
 私もかわいそうなことをしてしまったと思った。
「リリモンさんがロゼモンさんの従妹だったなんて……」
 マコトくんが呟く。
 驚いたことに、マコトくんはロゼモンを知っていた。マコトくんのお姉さんが、ロゼモンの友達だと言われた。今、ロゼモンと一緒にいるみたい。
「あまり似ていないんですね」
「それって、どーいう意味ぃ!?」
「え? いいえ、深い意味は無いんです、はい……」
 ――まあ、いいわ。それにしても……マコトくんのお姉さん、どんな人なのかしら? ベルゼブモンが助けに行ったのがその『アイ』って名前のお姉さん? ふーん、あのベルゼブモンが? ふ〜ん……面白いわぁ! 
「とにかく、ロゼモン達のところに行かなくちゃ! 誰か戻ってくる前にこの場所を離れても、アリスちゃん達には危害は及ばないわよね?」
 私は立ち上がった。
 マコトくんが、ぽかんと口を開ける。
「もしかして、この状態でここから逃げるんですか?」
「当然、そうするわよ! 私は別にここに閉じ込められているわけじゃないんだもの。両腕の自由が利かなくて、デジモンの姿にも戻れないけれど、でも、走れるわ」
「それはそうかもしれないけれど……」
「私だけでもいいわよ? マコトくんは後で助けに来てあげるから」
 そう言うと、マコトくんも立ち上がる。
「僕も行きます。ここまで来てしまったんだから、自分の力でお姉ちゃんを探したいです。それに、僕でも何か役に立つことがあるかもしれない。ベルゼブモンに怒られるかもしれないけれど……」
「怒られる? どうして?」
 ドーベルモンが訊ねると、マコトくんは、
「だって、『緊急連絡先』ってことになっているから……。それがこっちに来たら意味無いと……」
 と言う。
「どうせケータイが使えないんだもの、いいんじゃない?」
 私が言うと、
「それもそうですよね……大丈夫かな?」
 とマコトくんは苦笑する。
 私とマコトくんは、ドーベルモンとアリスちゃんに
「じゃあね! アリスちゃんをそこから出す方法も探すから!」
「僕達も頑張りますからっ! アリスさん達も頑張って下さい!」
 と声をかけ、小走りに走り出した。
「元来た道じゃない方法を目指さなくちゃね!」
「途中で別の通路があったから、そっちへ行きましょう」
 マコトくんが提案する道を目指して、塔の内部に戻り、螺旋階段を駆け下りた。円柱型の塔の、石造りの内壁を這うように造られているそれには手摺は無い。地の底まで見えそうで怖い。
 急いでいるけれど気をつけて走らないと! 足を滑らせないように……、
「きゃあああっ!」
 思っている傍から私は足を滑らせた――!
「リリモンさん!!」
 落下する私は、風を受けながらもがいた。
 ――助けて――――っ!
 と、
「……!?」
 すぐに、どさりと何かの上に落ちた。
 ――いったーい! 痛いっ! 何、これ、……ええ?
 シードラモンだった! シードラモンの背に、私は乗っかっていた。
 ――私の大バカ――! 敵にまた捕まってどうするのよ――!
「降ろしてっ! ええいっ! 降ろしてっ、バカバカバカ――――ッ!」
 シードラモンはふわりと上昇し、私をマコトくんのところへ連れて行った。
「リリモンさんっ! ケガは?」
 マコトくんが心配するけれど、幸い、大したケガもしていない。落ちた時に膝を少し擦りむいたぐらいだった。
「大丈夫よっ!」
 私はキッと、シードラモンを睨みつけた。
「何よっ! 私と戦うつもりなら、正々堂々戦ってやるわよっ! これ、解きなさい!」
 私が怒鳴ったら、マコトくんが大慌てで
「待って! 戦うだなんて、そんな……! シードラモンッ! 解いたらダメだから、絶対、ダメだからっ!」
 と言った。塔の内側でその声は反響する。
「どうしてよっ!」
 マコトくんは自分の声が大きく響いたことに慌てている。神妙な顔で小さく言った。
「敵が見たら……シードラモンが僕達を助けてくれたことだってバレてしまうじゃないですか……」
 と言う。
「――え……だって……」
 私もつられて、声を落とした。
 マコトくんは小声でシードラモンに、
「僕はお姉ちゃんを探しているんです。アイって言うんです。僕と顔は似ているかも。ええと、髪が肩にかかるぐらい……かな。二つに分けて……左右に分けて結っています。リボン結んでいて――知っていたら、その場所まで連れて行って欲しいんです。お願いします」
 お姉さんの特徴を思い出しながら話す。
「……!」
 シードラモンは目を丸くした。心当たりがあるらしく静かに頷いた。
「連れて行ってくれるの?」
 私は驚く。
 マコトくんは、自分を縛っている水みたいなものを眺める。
「その背中に乗せてもらうなら、やっぱりこれは解いてもらうしかないですよね……」
 シードラモンは頷く。同時に、マコトくんと私を縛っていた水の縄のようなものが弾けるように消えた。
 ――どうして……?
 私は心の中で呟く。このシードラモンはどういう事情で、あの黒い服の連中の仲間なのかしら?
 マコトくんがシードラモンの背によじ登りながら、話しかける。
「本気で自由を奪うなら、あんなに緩く拘束するのってバレると思いますよ?」
 言われて、私は自分の両腕を見た。そういえば全然痛くなかった。キャミソールから覗く腕には跡もついていない……。
「リリモンさんも早くっ」
 私は……けれど、ためらう。本当にこのシードラモンを信じてもいいの?
「ロゼモンさんを助けるんでしょう?」
 マコトくんの声に、さらにシードラモンが目を丸くした。
 ――このデジモン……ロゼモンの知り合いなの?
 私は意を決して、その背によじ登った。シードラモンを包む水の中は、ひんやりとしている。
 ――きゃあっ!
 シードラモンは一気に下へ滑るように降りて行った。急降下するその背に、私達はしがみ付く。途中、中ほどの通路の入り口辺りで速度を緩め、そこへ潜るように進む。
「良かった! 僕が行こうとした通路より早い道があったんですね……!」
 ――本気ぃ? 私達をロゼモン達のところへ連れて行ってくれるの? そんなことして危険じゃないの?
 通路を通り抜け、突然、空に出た。下には深い森が無限に広がっている。
「ひどい……」
 ――濁った空気に覆われた森だった。黒く煙るガスに覆われている。なんて寂しく、悲しい風景……。
「……!」
 けれど感傷に浸っている時間は無かった。
 突然、その森から黒いデジモンが飛び出してきた!
「セーバードラモンだわ!!」
 漆黒の巨鳥型デジモンが咆哮を上げる。
 シードラモンの周囲の水が変化する。
 ――氷!?
 まるで私とマコトくんを守るように、私達がいる場所だけ、微かな音を立てて氷が張っていく。氷のシールドを作ってくれているんだわ……!
 ――このシードラモン、いったいどうして、こんなことが出来るの?
 セーバードラモンは高く舞い上がると、シードラモンを攻撃する。その鋭い爪が私達を狙う。
 シードラモンは避ける。びっくりするほど素早い。セーバードラモンの背後に回り込み、
「アイスアロー!」
 その声が響き渡る。シードラモンの声――強張っている。戦うことを好むデジモンの声じゃないことは解る。
 ――恐ろしい姿をしているのに?
 セーバードラモンのデータは砕け散る。デジタマに戻っていった……。
 ふわり、ふわりと森へ落ちていくそれには目もくれず、シードラモンは再び、空を飛び始めた。
 彼方に、建物が見えた。そして周囲の森から次々に、別のセーバードラモンが飛び出してくるのが見えた。
「また来た!」
 マコトくんがシードラモンに声をかける。
「セキュリティロボットのようなもの……」
 シードラモンが答える。
「たぶん、……たぶん、勝てると思う……」
 私は背中でコケそうになった。
「ちょっとぉ! 『たぶん』ってねぇ! 一撃でセーバードラモンを倒すぐらい強いのに、どーしてそんなに弱気なのぉ?」
 シードラモンは、
「……そ、それは、その……怖いから……」
 と口ごもる。
「怖い?」
「怖いけれど、でも……一応、勝てるとは思うんだ……」
 と困ったように言った。
「そんな腰が引けた言い方していたら、勝てるものも勝てないわよっ! ――いいわ、私も戦う!」
「え、でも……キミは女の子だし……」
「私、強いんだからっ!」
 私はデジモンの姿になり、木の葉のような形の羽で空へ羽ばたいた。その右手に意識を集中して愛用する武器――フラウカノンを出現させる。目前に迫るセーバードラモンに、フラウカノンを発射した。

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