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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
絶てぬ繋がりSide:METALMAMEMON
 もう叶うことがないのだと知った時。
 あの時を、ずっと忘れられなかった――。


   ◇


 ――『終了』。
 それは『完了』ではなかった。
 叫ぶことも、怒鳴ることも出来ず。食い入るように画面を見つめていた。
 満たされない思い。
 空振った気持ち。
 全てが水泡となり、消えていく。
 積み上げたものが消える。
 『バッカスの杯』を作ったデジモンの生命反応が消えたことを知った時、そう思った。


 全てを終わらせたかった……。


 悩み、考えた末の決断だった。誰にも話さないこの気持ちを終わらせるにはそれしかないと思った。そのために、あらゆる努力をした。終わらせるためにはどんなこともした。


 ――けれども、もう、どうすることも出来ない。


   ◇


 『開始』の知らせが来た時――俺は自分の部屋にいた。
「『酒宴が始まる』」
 たった一言の言葉。――『心臓』の声がこれか、と、肌が粟立った。
 ――標的。未だ姿を現さない『心臓』。五年前に『バッカスの杯』を作り出し、『組織』に追い詰められて『自殺』したはずのデジモン。
 『心臓』以外は今回たまたまメンバーに加わっただけだ。主要なヤツらは自らを『オリジナル』と呼ぶ。けれど真の意味でのそれは『心臓』だ。
 通話を終え携帯電話の電源を切り、それだけじゃ足りなく思い握り潰して壊そうとしたけれど、出来なかった。俺とロゼモンさんを繋いでいた物だったから。
 初めてメールを送ろうとして迷ったことや、ロゼモンさんとその両親の関係におせっかいな働きかけをした時のことなどを思い出した。
 ――壊せない……。
 俺は結局、携帯電話は自分の部屋に置いていくことにした。音を立ないようにパソコンの横にそれを置き、目を閉じた。
 俺がこのまま犯人達の一人として行動を続けても、きっとあのクソジジイと、うちの総代表がロゼモンさんには危害が及ばぬよう何とかしてくれるだろう。それだけはきっと俺のためにしてくれるはず。
 ――それだけ、甘えさせて下さい。
 祈るような気持ちだった。これだけのことをして、これ以上のことをしようとしていて、この期に及んで『祈る』だなんて、甘えるにもほどがある。けれど……そうしてしまっていた。
 言葉にすることが出来ないほど、どんな言葉で言ってもそれは軽くなってしまいそうな……そんな感情を俺はロゼモンさんに抱いている。
 ロゼモンさんに対して、自分が出来なかった『守る』という感情や行動の全てを注いでしまっていた。そんなことをしても、失った時間や家族が戻ってくるわけでもないし、ロゼモンさんをそんなものの身代わりなんかにしてはいけないことぐらい、解っている。
 ――そこまで大切に思っていたのに……。
 俺は結局、復讐を選んだ。ロゼモンさんのためだけに生きることを選ばなかった。
 ――もう一度与えられたこのチャンスを逃せない。ヤツを『データ抹消』したい。
 ザッソーモンを殺すだけなら『バッカスの杯』を完成させる必要は無かった。手を加えた振りをしていれば良かった。
 けれど、『心臓』と直接会う機会を作るためには、あの殺人ウイルスを完成させることがどうしても必要だ。復讐出来るのなら、何だってやるつもりだった。
 ――それなのに……。
 あの日、悔やんでしまった。深い黒のあの瞳を見つめ、声に出してしまった。
 ――「……もっと早く、貴女に会えれば良かったのに……」だなんて……。
 もっと早く出会えたなら、俺の心に影を落とす復讐心は、変わっていたかもしれない。
 身勝手過ぎる。それも解っている。自分の周囲全てを切り捨てようとしたのに、それを悔いるなんて。その気持ちをロゼモンさんの前で言ってしまうなんて……。
 ――嬉しかった……。
 必要だと言ってもらえたことが嬉しかった。同時に、そう思ってくれるのに置いていくことが辛かった。
 ――誤算だった。
 ロゼモンさんは子供っぽい。けれど子供じゃない。鈍感な時もあるけれど、頭が悪いわけでもない。むしろその逆で、頭がいい。
 俺が言った『傷つける』という言葉をあの場で思い出すなんて大したものだ。いや――もしかしたらあの時からずっと、あの言葉の意味を探し続けていただけなのかもしれない。『俺が言った』から……。
 怖い存在だと改めて思う。何気無く言った言葉も全て――俺なんかの事を真剣に、全力で考えるなんて――。
 巻き込みたくなくて必死に、吐けるものなら血でも何でも吐くぐらいのつもりで言った言葉にもロゼモンさんは挑んできた。
 ――あんな言葉を言ったのに、それでもまだ俺を『必要』と言ってくれるんですか?
 気が狂えるものなら、狂ってしまいたい。
 全部元に戻せるのなら、戻してしまいたい。
 何て愚かなことをしてしまっているんだろう。何よりも大切なのに、傷つけてしまう……。


   ◇


 犯人達はこの場所を『本拠地』だとか、『アジト』だとか、各々好き勝手に呼んでいる。
 この場所、そして彼らを観察していた。
 金髪の男が作り出したこの空間は、リアルワールドでもデジタルワールドでもなく、両空間の狭間に位置しているわけでもない。
 薄暗い世界、厚い雲に覆われた空。灰色に濁る海。
 そしてこの空間に作られたその建物は、海に浮かんだ巨大な島。その岩壁で覆われた島全体が、『城』。
 鈍い色を放つ金属で作られたその『城』は、まるで二十世紀末のSF未来映画に出てきそうな代物だった。それは別の犯人――銀髪の男が考え出したそのままの姿。つまり、ヤツの趣味、らしい。デザインセンスは悪くない。
 最初は、この手で全て『データ抹消』するつもりだった。けれど、首謀者『心臓』の存在を知って、まずは『心臓』だけを標的にしようと考え直した。
 俺はこの場所に戻ってきてからその足で、この城の最深部に向かった。中は眩しいほど明るいわけでは無いが、適度な明るさ。天井自体が発光するような仕組みだ。
 金髪の男が俺の隣を歩く。俺の行動を監視しているのだろう。こちらも気を許すつもりは無い。
 俺の後ろにはロゼモンさんが、アイさんを連れてついてくる。そちらはあまり見ないようにしていた。
 無表情を装うのはキツイ。心配でたまらない。こんな場所に二人を連れてきてしまった。けれど、あの場ではこうするより他に選びようがなかった。



 やがて、この城の最深部に着いた。
 部屋と呼ぶにはあまりにも途方も無い、高い天井の広い空間。外に出たのかと思わせるような場所だ。
 その中央に、『それ』はある。金属の床と一体となっている、黒い金属で出来た半球……小さい山のような、『それ』。
「これが発生装置です」
 ウイルス『バッカスの杯』の発生装置だと知り、ロゼモンさんもアイさんも、とても驚いていた。その反応は当然だろう。俺もまさかこんな形だとは思っていなかったので、最初に見た時は驚いた。
「『バッカスの杯』は直接、リアルワールドに送り込まれる仕組みになっています。この空間にいる限り、感染することはありません。でも念のため、この場所からは一歩も外に出ないで下さい」
 そう言うと、金髪の男が訊ねた。
「どこかに閉じ込めないのか?」
 もちろん、ロゼモンさんとアイさんを、だろう。
「俺が望まないことは一切しません。傍にいても俺の邪魔にはなりません」
 俺はそう言った。
 金髪の男がロゼモンさんを眺める。
「へえ……そうなんだ?」
 その視線にロゼモンさんは気付かないふりをしている。アイさんを見つめ、その髪を撫でている。
 アイさんはそうされながらも静かに、俺を見ている。責めるわけでも睨みつけるわけでもなく、ただ、俺を見ている。俺がベルゼブモン先輩の後輩だから、興味を抱いているのかもしれない。
 不思議な少女だと思う。この状況で泣いたりしない。多少は不安に思っているようには見えるが、ベルゼブモン先輩が来ることは解っている、そんな様子に見えた。……先輩から何か言われているのか?
 ――アイさんがいる限り、先輩は必ずこの場所にたどり着く。
 先輩はそういう勘を持っている。
 ――計算外過ぎる。予定通りに進めようとしても、片端から崩れていく。
 先輩があんな簡単なことで肩を損傷するなんて。きっと何か理由があったはず。それが何なのかを知らなければならなかったのに、それを知ることが出来なかったことで大きな損失を招くような予感がする……。
「そのデジモン達のための監禁場所でも作らせようと思っていたが、その必要は無いか……」
 金髪の男の言葉に、俺はわずかに眉をひそめる。
 ――コイツ……。
「その必要はありません」
「……そうか?」
「……」
「怒るなよ。オマエを怒らせると、『心臓』が機嫌を損ねる」
 金髪の男は愛想良く笑う。
「何で『心臓』は、オマエに一目置くのだろう?」
 俺は感情を顔に出さないようにしながら、言った。
「俺も知りたいです」
 ――『他人の前では常に優位でありたいと思う』タイプ。
 控え目な答え方でいれば、俺を怪しむことは無い。
 俺の答え方が気に入ったようで、金髪の男はニッと笑う。
「どうしてそう思う?」
「俺がただウイルスを完成させるためだけに必要ならば、もう存在を消してもいい時期はとっくに過ぎているからです」
 わずかに――本当にわずかにロゼモンさんが息を飲んだのは、気配で解った。
 俺はそれに気付かない振りをする。
「まだ俺に利用価値があるのか?と――俺は『心臓』に問いたいです」
 ――ロゼモンさんを連れて来るつもりはなかった。アイさんも連れて来るつもりは無かった。先輩達にここまで迷惑をかけるつもりは無かった。……全て自分の手で終わらせ、『自分』さえも消してしまうつもりだった。
 『心臓』がどこにいるのか、それさえ解れば――。
 当初、俺を消す時にはさすがに『心臓』は現れるんじゃないかと思っていた。けれど、そういうチャンスもないまま、無駄に時間が過ぎていくようで歯がゆい。
 金髪の男は俺の答え方がとても気に入ったようだった。
「常々思うが、オマエと話していると、ザッソーモンを切り捨てて本当に良かったと思える。――後は何をすればいい?」
「何も。今は特にありません」
「そうか?」
「ええ」
「じゃあ、その女――」
 ――ロゼモンさん……?
 金髪の男が言いかけるのと、俺がとっさに漏らしそうになった凄まじい殺気を押さえ込むのは同時だった。
 けれど、わずかに殺気が漏れた。
 金髪の男はとっさに身構え、ロゼモンさんもびくりと体を震わせた。アイさんも驚いた顔をして俺を見る。
「そう怒るなよ? ……そんなにイイのか? あの女?」
 金髪の男はなだめるようにそう言う。
 ――何だ? ああ、そういう風に思わせる言い方をしたのは俺だったな。ロゼモンさんに対して、そんなことしたこともないけれど。
「別に……」
 俺は金髪の男にそう言った。
「別に? 隠すなよ……」
 金髪の男はロゼモンさんへ目を向けた。
 俺もそちらを見た。
 ロゼモンさんは――狼狽していた。必死にそれを隠そうとしている。
 ――おいおい。まるで俺がアンタに対して、とんでもないことしちゃっているみたいに見られるじゃないですか。
 金髪の男は
「そうか……」
 と呟き、面白く無さそうな顔になった。
 ――演技なら大した女優だけれど、どうせ頬にキスしたあの時のことでも思い出していて……それであれだけ狼狽するのか? どこまで『お子様』なんだ、ったく。
 俺はさりげなくロゼモンさんに視線を送る。
 ――いーから、アンタ、普通にしていなさい。頼むから……。
 俺の視線の意味がだいたい解ったらしく。ロゼモンさんの目が申し訳無さそうな色を映す。
 ――ロゼモンさんと関わっていると、全部どうでもよくなってくる……。
 けれど、もうどうすることも出来ない。引き返せない……。
 ロゼモンさんとアイさんは、俺が『行動に出る時』には別の場所にいてもらうつもりだ。ベルゼブモン先輩が発見出来る場所に……。そして、ロゼモンさんには決して、『俺』の行方を探させないようにしないと……。
 ―― 通常の十倍。一回限りの使用なら……いやそういうことを考えるのは止めよう。この命と引き換えにするつもりで挑まないと、しくじる。
 試運転もしていないサイコブラスター。俺の左腕の、諸刃の代物。
 静岡の研究所には何度か足を運んでいた。どういう物かは聞いている。俺の意見も入れて作ってくれると言ってくれた担当のデジモン達の気持ちを踏みにじってしまう……。
 ――それにしても、コイツ……。
 金髪の男の様子を窺う。その視線の先にロゼモンさんがいることが気になる。本気でロゼモンさんにそういう興味を抱いているようには見えない。
 ――まさかコイツは俺が裏切らないように、万が一の時にはロゼモンさんを盾にでもするつもりなのか?
 金髪の男は踵を返し、俺に背を向けた。
「さてと。ちょっと外にいる。――オマエはそれの傍にいるんだろ?」
 『それ』――ウイルス発生装置のことだ。
「ええ、そうします」
「防御能力を高く評価されているオマエなら、一人で充分だろう?」
 ――怪しいな。俺を誉めるようになった。以前はそんなことは無かった。
俺を疑っているのか?
「そもそも、この場所には『侵入者』は来られない。貴方達が外にいるのだから」
「ああ、そのつもりだ」
 その受け答えの仕方は、いつもベルゼブモン先輩に似ていると感じていた。性格は似ていないが。
「俺の行動はどこまで許される?」
「ご自由にどうぞ」
「了解」
 金髪の男が消え、俺は巨大な機械を見上げる。
「メタルマメモン……」
 ロゼモンさんがそっと俺に声をかけた。
 それには答えず、俺は機械の上に向かって声をかける。
「――そろそろ降りて来てもいいでしょう?」
 突然姿を表し、ふわりと、それは降りてきた。もう一人、男がいることには気付かなかったロゼモンさん達が息を飲む。
 背の高い、群青に近い色の髪のその男は、俺の近くに降り立つ。片膝を付いた。
「ご命令を」
 ――コイツは、まだどういうタイプなのか解らない……。
 いつも俺の前に現れては命じられるのをひたすら待つ。俺の行動を監視しているのは、真の意味でコイツなのかもしれない。『心臓』に一番近いのかも……。
「『招待状』を届けてくれて助かりました」
 俺はそう言った。
 『心臓』がこの空間に招きたい者に『招待状』を送ることは、コイツから伝えられた。『心臓』からの指示を受けることが出来るコイツが何者なのか、俺はまだ知らない。『招待状』が誰宛のものなのかも知らないし、俺は言われるままに複数作ったが、そのうち何通を実際使ったのかも知らない……。
 招待状には些細な細工をした。それを知ってもコイツは小さく頷くだけだったが……それは『心臓』の耳に届いたのだろうか?
「もう一つ、頼みたいことがあります」
 俺は群青髪の男に言った。
「新品のブランケットを二枚、調達して下さい」
「承知」
 群青髪の男は姿を消す。
 俺はロゼモンさんとアイさんへ、向き直る。
「この場所の室温は装置に合わせて設定してあります。少し肌寒いでしょう?」
「ありがとう……」
 ロゼモンさんがホッとした表情で言う。
「特にアイさんは大切な人質です。熱でも出されたら困りますから」
 犯人達が何人いるのかも、実は正確に把握しきれていない。どこから見られているとも限らないこの場所で、ロゼモンさんと親しく話すことは許されない。
 けれどそれを解っていないロゼモンさんは、
「ええ、そうね。アイちゃんが風邪ひいちゃったら大変だもの。私もそう思っていたの」
 と嬉しそうに言う。
 ――本当はアンタのことだってちゃんと心配していますよ、俺は!
 怒鳴りつけそうになる。……必死に堪えた。
 三分ほどで、群青髪の男は戻ってきた。ソイツから受け取ったブランケットを、透明なビニール袋を破いて二つともロゼモンさんに手渡した。
「その辺で休んでいてかまいません。しばらくはこの場所に訪問者はいないでしょうから」
 ロゼモンさんは戸惑いながらも頷く。
 群青髪の男には、
「ありがとう。下がっていて下さい」
 と言う。すぐにビニールの残骸を手に、いなくなる。
 ――気配が完全に消えた。やはりアイツが『心臓』の側近か?
 ロゼモンさんとアイさんはブランケットに包まって座り込む。小声で何か言葉を交わしている。そのうちアイさんはロゼモンさんに寄り掛かって眠ってしまった。
「疲れていたみたい……」
 ロゼモンさんはアイさんの寝顔を見つめ、小声で呟く。
 俺は近付き、ロゼモンさんを見下ろした。
 何も言えない。言うことは許されない。俺は見張られている。……俺は謝罪したいのに、それは許されない……。
 ロゼモンさんは俺を見上げる。そして微笑む。
 俺は無表情のまま、自分がずっと見ていたいと思った『花』を見つめる。


 ――『今』で最後。どうか、俺がいなくなっても……もう、追って来ないで下さい。


「貴女にしてもらいたいことがあります」
 そう言うと、ロゼモンさんは少し驚いたような顔をして、すぐに小さく頷いた。
「何をすればいいの?」
「いくつかあります。覚えて下さい」
「ええ」
「必ずアイさんが無傷の状態でいられるよう、細心の注意を払ってあげて下さい」
 ロゼモンさんの表情が明るくなった。
「ええ、解ったわ」
「ベルゼブモン先輩はアイさんを探しに来るでしょうから、その頃になったら貴女とアイさんは別の場所に移動してもらいます。そのつもりでいて下さい」
「え……」
 ロゼモンさんの瞳に疑問の色が浮かぶ。けれどすぐに
「解ったわ」
 と言った。
 ――ベルゼブモン先輩と俺が戦う、と思っていたんでしょう?
 一度、模擬戦ではなく全力で戦ってみたいとは思うけれど、恐らくベルゼブモン先輩が俺を見つける時には、俺はデータの残骸になっているだろう……。
 もっと何か言おうと思ったけれど、
「……」
 やめた。何か、どこかで聞きなれない機械の音が聞こえる。……盗聴器か?
「それと、何人か俺と似たような格好のヤツがいますが、俺の言う言葉だけに従って下さい。貴女は俺が望むことだけをしていればいい」
 少しキツイ言い方をした。けれど、ロゼモンさんは微笑む。嬉しそうだ。
「必ずそうするわ」
「ええ。……貴女も眠っていてかまいませんよ?」
 俺はそう言った。
 ロゼモンさんは小さく頷く。やがて、アイさんを抱えたまま眠りに落ちかけ、けれど、
「――何?」
 と、瞼を開けた。
 俺も感じた。外でデジモン同士が戦っている。凄まじい殺気と膨大なエネルギーの衝突を感じた。
 ――誰だ?
 俺はその方向へ視線を向けた。
 ――『心臓』は誰に『招待状』を送りつけたのか? 招待状を送ることに意味はあるのか?
 ここからは誰が戦っているのか、解らない。
 突然、声が響いた。


「『脳』よ」


 その声に、瞬時に全身が総毛立つ。『心臓』の声だ。
 ――どこにいる?
 振り向き、奇妙な違和感を覚える。
 ――発生装置から聞こえた……?
 俺は『心臓』に問いかけた。わざと、周囲を見回した。
「どこにいるんです?」
 俺の質問には答えないで、
「ようやく、私は復活出来る」
 と言われた。確かに、ウイルス発生装置から聞こえた。
 ――『復活』?
「デジモンはデジタルワールドに生きればいい。外の世界に行く必要は無い。関わり合う必要は無い。デジモン本来の生き方の出来ぬ者に、デジモンである資格などない。『データ抹消』あるのみ。全て消えればいい。全て消えればいい。全て……」
 叫びそうになるのを、必死に堪えた。そんな理由で俺の家族を殺したのか、と。けれど、堪える。ここで叫んだら全てが台無しになってしまう。


「そんな、酷過ぎるわ……!」


 バカな、と。
 そんなことを言うな!と。


 俺は、『心臓』がロゼモンさんを攻撃する確率を瞬時に割り出した。防御体制に入る前に、その緊張は『心臓』の声によって『待機』となる。
 どういうわけか、『心臓』が機嫌の良さそうな声になった。
「そうか、そうか……」
 『心臓』の声が穏やかに、
「だが、全て消される」
 と言い、声も気配も消えた。
 ――ロゼモンさんの怒りに満足したとでもいうのか?
 俺は呆然と、ロゼモンさんを見つめる。
 ロゼモンさんは泣きそうな顔で俺を見上げる。
「ごめんなさい……! 余計なことを言ってごめんなさい……!」
 俺はロゼモンさんに微笑む。
「いいえ、いいんですよ」
 この微笑みは嘘じゃない。
 ロゼモンさんのおかげで、『心臓』の声が発生装置から聞こえると確信が持てた。むしろ、自分の怒りさえこの人を心配することでコントロール出来たような気がする。
 ロゼモンさんは、俺が久々に微笑んだので驚いている。
 ――『心臓』を誘き寄せるには、条件を揃える必要があるのかもしれない。
 俺は微笑みを消し、発生装置を見つめた。


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《ちょっと一言》
 登場キャラが多過ぎて、どこをどう書いていいか迷いながら書きました。
 第2部本編1の前の序章のような内容ですが、第1部番外編36がひどい終わり方だったので、一応伝えたいことを伝えておかないと、と思いこの話を先に書きました。
「アイちゃん無事ですよ〜。ロゼさん無事ですよ〜」・・・と。
 あと、
「メタマメはまだ『繋がり』断ち切ったわけじゃないですよ〜」と。
 メタマメは根本的に優しいので悪に徹することが出来ないようで。でもそれは私の心の迷いからかもしれません。ほんとに書くのが難しい・・・。

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