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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編1
(※皐月堂第1部本編、第1部番外編を全てご覧になられた方、どうぞ。
 番外編では各キャラの視点でしたが、この第2部本編はまた、留姫視点に戻ります。
 この第2部は本編連載中に番外編をたまに掲載します。その場合はトップページでご案内します。ご了承下さい。)


 皐月堂の一階に降りてこないまま行方不明になった、樹莉。
 樹莉を探しに二階に行き、そのまま連れ攫われたアリス。
 アリスが犯人達の仲間になったと知り、「アリスのために戦う」と言い残して去ってしまったドーベルモンさん。
 そして、五年前に起きたという恐ろしい事件。

 キュウビモンは、恐怖の殺人ウイルス『バッカスの杯』の改良品に感染してしまった――。


   ◇


 扉の向こうに一歩踏み出した。
「キャ……!」
 その先は何もなかった! 落ちる、と思って両腕で顔をかばう。けれど、
「何? これはどうして?」
 空間に浮かんでいる状態。落下するようなこともなく体はその場所に保っていられる……。
 ――不思議……。
 足元や周囲を見回しているとキュウビモンが、私の着ているタンクトップの裾を軽く噛んで引いた。
「キュウビモン?」
 キュウビモンは腹這いに寝そべる。
「……?」
 マスターが
「乗れ、と言いたいんだろう」
 と言った。
「でも……」
「こういう場所では慣れていないと移動も辛い。背中に乗せてもらいなさい」
「……はい」
 私はキュウビモンの目を見つめた。
「乗るわ。重かったらごめんね」
 私はキュウビモンの背に乗った。首にかけられた紅白の縄を縒り合わせた飾りを、しっかりと握った。
 キュウビモンは立ち上がる。
 ウィザーモン先生がテイルモンさんを抱き上げる。
「体の具合は大丈夫ですか?」
 ウィザーモン先生がそう訊ねると、
「これぐらい平気。帰れって言ったら、引っ掻くから」
 テイルモンさんはツンッと横を向いて言った。
 ――どうしたのかしら?
「テイルモンさん、どこかケガしたんですか?」
 マスターは「大丈夫だと思う」と言った。
「この空間は彼女には辛い」
「?」
「彼女は聖獣型。この空間の空気そのものが悪影響を及ぼす」
「具合が悪くなってしまうんですか?」
「短時間でこの空間を抜ければ大丈夫だろう」
 テイルモンさんのためにも、早くこの場所を抜けなくては……。
 キュウビモン、マスターが走る。ウィザーモン先生は飛べるみたいで、上空を滑るように跳ぶ。
「遠くに光が見えます。恐らく出口でしょう」
 ウィザーモン先生の声がした。
 私はキュウビモンの背から振り落とされないよう、しっかりとしがみ付く。
 ――皆を探さなくちゃ……。
 もしも私がそうだったように、樹莉のところにも怖いデジモンが来たとしたら……。
 樹莉は、アリスは、今、無事かしら……。
 考えれば考えるほど、不安になる。
 ――怖い。
 どんな場所なのか想像出来ない。けれど、もっと怖い思いをしているのは樹莉やアリスだと思う。早く助けないと……。
 アリスを助ければきっと、ドーベルモンさんだって戻ってくる。アリスはたぶん、犯人達に脅されているんだと思う。ドーベルモンさんを狙うとか言われて、だから仕方無く連れて行かれたんだと思う。
 ――待っていて。必ず、助けに行くから。
 心にそう誓った。



 そのうち突然、目の前が明るくなった。
 抜け出すように次に移った場所は、
「ねえ、見て! 海よ……!」
 薄暗い世界が広がっている。空中に浮かぶ私達の上には厚い雲。下には灰色に濁る海――腐っているような生ぬるい風が吹く。
 そしてその先には、『城』が海に浮くように建っていた。どこかで見たことがあるような城だった。鈍色の金属で作られた、まるでSF映画に出てきそうなその『城』を見つめた。
「あの中にいるのよね? どこに樹莉達がいるのかしら? どこが入り口かしら?」
 私がキュウビモンに問いかけると、キュウビモンはマスターへ視線を送る。マスターは、
「『楽園』……か……」
 と、忌々しそうに呟いた。
「そのようですね」
 ウィザーモン先生も呟く。鋭い目をしている。
「『楽園』って?」
 テイルモンさんが問いかけた。さっきよりも具合が悪くなっているように見える。
「犯人が考えていた『バッカスの杯』後の世界のこと」
「じゃあ、リアルワールドをこんな風にするつもりだったの?」
 テイルモンさんが怒って言うと、ウィザーモンさんは頷く。
「犯人のアジトから押収されたパソコンに残っていた文書データからは、こういう計画だと知ることが出来た」
 私は訊ねた。
「『楽園』って神様がいるところってことですか?」
 ウィザーモン先生は首を横に振る。
「自分のしていることを正当化するため、自分が『神』になるのだと言っていた。狂った殺りく者だった……」
「犯人達はどうやって、『自殺』した犯人の計画を引き継ぐことが出来たのだろう? 知りたいが、まずは人質になっている樹莉とアリスを救出することが先だ。ドーベルモンはアリスと一緒にいるはず……」
 マスターがそう言い、城へと向かう。私達もその後に続いた。
 半分ほどの距離を降りた時だった。
「この城に侵入させるわけにはいかないよ」
 と、声が響く。
 病院の屋上で会った三人の黒いスーツ姿の男の一人。灰髪の男が現れた。
 マスターが睨みつける。
「『招待状』を届けておいて、門前払いか?」
 灰髪の男は忌々しそうにマスターを睨む。
「どうして一人で来ない! ぞろぞろ連れてきて!」
 ――え?
 マスターも。もちろん、ウィザーモン先生達、私達も驚いた。
「いや、皆、招待状をもらったが……」
 マスターがそう言うと、灰髪の男が喚く。
「そんなはずはない!」
「――他は偽物か?」
 ウィザーモン先生が自分の分の招待状をマントの裾から取り出し、灰髪の男へカードを投げた。まるで手品師がトランプのカードを投げるように、それは空中で弧を描く。
 それを受け、灰髪の男はイライラしながら開封する。カードを取り出し、それを見て息を飲む。
「なんで……!」
 忌々しそうにそれを封筒へと戻し、ウィザーモン先生へ投げ返す。
「レオモン!! アンタだけがいればいいはずなのに! 他のヤツはいらないはずだ! それなのに『心臓』は……何を考えているんだか解らない!」
 ヒステリックに叫ぶその様子は、まるで女の子のようだと思った。
「女の子みたい……」
 そう呟くと、キュウビモンが私の言葉に同意するように低く唸る。
 とたんに、灰髪の男が姿を変えた。デジモンの姿に――!
 灰色の衣をまとい、鮮血のような真紅色のマントをひるがえす。マントのフードを目深に被っているので、顔は見えない。けれど宝石のような青の瞳が暗い場所に浮くように見える。
 ――これが正体? 不気味な姿……。
 大きな黄金色に光る鎌を肩に担いでいる。
「ファントモン……」
 マスターが呟くように言った。
 ――ファントモン?
「ゴースト型、ウイルス種。それなら、私が戦うわ……」
 テイルモンさんがウィザーモン先生の腕から抜け出そうとする。
「テイルモンッ」
 ウィザーモン先生がそれを留めようとする。
「離して。私は足手まといになるために来たんじゃないの」
 ファントモンはそれを聞き、不気味に笑う。
「アタシを相手に戦うなんて、無駄だよ。聖獣型って言ってもたかが成熟期、すぐにデータの残骸にして撒き散らす」
 声は男の人に近いけれど、やっぱり女の子みたい。
 ファントモンはキュウビモンに目を向ける。
「『脳』以外にもアタシを女だって気付いてくれるデジモンがいるなんて嬉し〜。仲良くしてやってもいいよ?」
 ――ムカッ!
 私はトントンッとキュウビモンの背を叩いた。
「キュウビモン、ねえ、同じデジモンだからってファントモンのこと好きになったりしないでよ?」
 キュウビモンがちょっとムッとしたような声で一回、鳴いた。そんなこと言われなくても解っている、という意味だと思う。
「生意気っ!」
 ファントモンは怒って全身を震わせた。


「――アイツが女連れで戻ってきて、八つ当たりか?」


 そう怒鳴るファントモンの傍に、金髪の男が現れた。
 ファントモンがそちらを睨む。
「アンタはアタシのこと言えないじゃない。あの妖精型デジモンに興味持っているんだよね? 他のヤツの『物』が欲しくなるその癖、まだ治らないの? 付ける薬はないの〜?」
 ファントモンは、からかう口調で金髪の男に問いかける。
 金髪の男はファントモンを軽く睨む。
「『心臓』が招待状を届けるよう希望したのだ。『牙を持つ者』を『奥の間』へ連れて行け」
 ファントモンは嘲笑う。
「なんで冷静なの? アンタはコイツらにも招待状届いているって知っていたわけ?」
「知っていたわけではない。けれどソイツらも『奥の間』へ連れて行けとは聞いていない。リアルワールドで殺そうとすれば邪魔が入るだろうからこっちに招き寄せただけと思うが?」
 ――ええ!?
「俺は個人的に、そっちのヤツに用がある」
 金髪の男は顎でウィザーモン先生を指し示した。ウィザーモン先生は眉をひそめる。
「私は存じませんが?」
「すぐに思い出すだろう」
 金髪の男がそう言うと、ファントモンがひっそりと笑う。
「ソイツ、五年前にワクチン作ったヤツだよね? 知り合いなんだ?」
「……」
 金髪の男はその言葉に返事はしないで、ウィザーモン先生を一瞥する。
「アンタと因縁があるんだ? 招待状は『脳』に送らせたの?」
「知らない。『脳』も用があるのかもしれないが、――会えないだろう」
 ――ウィザーモン先生と戦うつもりなの?
 テイルモンさんはウィザーモン先生の腕から抜け出した。空中に浮かび、バランスを取る。
「ねえねえ、『脳』は何か言っていた?」
 ファントモンが嬉々として金髪の男に話しかける。
「『ご自由にどうぞ』と」
 ファントモンがはしゃぐ。
「アタシも? 好きにしちゃっていいのね? やっさし〜!」
 楽しそうに、空中を跳ね回る。
「特に何も言われていなければ、な。そんなにアイツがいいのか? どいつもこいつも……」
 金髪の男が面白そうに言う。
「アタシ、彼のためなら何でもするから!」
 ファントモンが言う。
「表面だけの愛想笑いしかしてもらえないのに?」
 金髪の男は嫌味っぽく言った。
「うるさいっ」
 図星みたいだった。ファントモンは不機嫌になる。
「うるさい、うるさい! あのデジモンがいなくなったら、きっとアタシだけのものになってくれるはず!」
 ファントモンは黄金色の鎌をその気持ちのままに振り回す。重そうなそれを軽々とそうしている様子は、とても怖い!
 ――『心臓』がリーダー? 『脳』はサブリーダー? ファントモンは『脳』が好き? それってまさか、ドーベルモンさんのこと? でも、アリスはデジモンじゃないし、『脳』は元から犯人だったみたいだし……。
「いいよ。アンタはアイツと戦えば? アタシとどっちが早く、どれだけ殺せるか競争しない?」
 ファントモンは挑戦するように言った。
 けれど、金髪の男は断った。
「ちょっと先に行くところがある。――また後で必ず決着を付ける」
 金髪の男はウィザーモン先生へそう言い残して、突然消えた。
「ふん、いいよ。――アタシが全員始末する!」
 ファントモンが振り回した鎌から、黒い光がほとばしる。
「まずはアンタのデータ、八つ裂きにするからっ」
 テイルモンさんに飛びかかる。
「テイルモンさんっ!」
 私は怖くて思わず叫んだ。
 テイルモンさんは身をひるがえして避ける。その避けた先に、ファントモンは鎌を振り下ろす。けれどそれも避ける。
 ――早い!
 身軽に避けながら、テイルモンさんはファントモンの隙を窺う。すぐに一歩多く退いたタイミングで、飛び掛かる。その両手には金色の毛並みのグローブを嵌めているけれど、それには大きく鋭い獣の爪がある。それがファントモンを攻撃しようとする。けれどファントモンも身軽で、その攻撃はほんのわずかに、灰色の衣を傷つけただけだった。
「――成熟期デジモンが、生意気っ!」
「格下しか相手に出来ないの? それでもこんなに時間かかるの? デカイこと言っているだけ?」
 テイルモンさんはそう言い放つ。
 ――わぁ、キッツイ言い方!
 私は目を丸くした。キュウビモンも驚いている。
 ファントモンがテイルモンさんに飛び掛かる。
「寝言ほざくなっ!」
 その鎌が弧を描き、一瞬、それがテイルモンさんに当たったのかと思った。けれど、眩しい光がその辺りから突然溢れた。
「な……!」
 ファントモンの唖然とした声が響く。


 光。そして、白い羽根が舞い散る。


 あまりの眩しさに私は顔を覆った。
 ――何が起きたのっ?
 テイルモンさんは無事なのかと、眩しい光の中で必死にその姿を探そうとする。けれど、あまりに光が眩し過ぎて出来ない。
 突然、
「ギャァァァッ!」
 ファントモンの悲鳴が響く。
 その方向を見るとファントモンがいた! 突然起きた眩しい光に危険を感じて、大きく飛び退いて、それでもなお攻撃されたみたい。右肩に光り輝く矢が刺さっている。まるで雷の矢――帯びる電気が激しくファントモンを苦しめている。
 ファントモンの睨む空へと目を向け、光の中に浮かぶ天使を見つけた。八枚の純白の翼、金色の流れるような長い髪。優雅だけれど額や目鼻を金属のフェイスガードで覆い、その手首には弓を装備している。
 ――テイルモンさんが進化した姿なのっ? すごい……綺麗……!
 その天使はもう一度、雷の矢を放つ。けれどそれを受ける前に、ファントモンは身をひるがえす。
 外れた矢は下方の海に飲まれる。矢の落ちた場所を中心に半径数メートルほどが、綺麗な海水に一瞬だけ浄化された。けれど、すぐに周囲の濁った海水が覆い被さるように押し寄せ打ち消してしまう。
「完全体に進化するなんてっ!」
 ファントモンは荒く息を吐く。右肩に刺さる矢を抜こうともがくけれど、それは抜けない。
「進化しないとは言っていないわ。――覚悟しなさい」
 その天使は再び雷の矢を構え、間を置かずに放つ。ファントモンはそれを避けようとする。完全に避けたと思った。けれど、その矢が射抜き砕いたものがあった。
「キャアッ!」
 ファントモンが首にネックレスのように下げていた赤い目玉。宝玉のように真っ赤なそれに亀裂が走り、いくつかの大きな塊と小さい破片にと砕け散る。ファントモンが悲鳴を上げる。
「大切な大切な……アタシの千里眼の……よくも、よくも……!」
 ファントモンが体を震わす。真紅色のマント、灰色の衣から、その黄金色の鎌にまで、突然、黒い奇妙な模様が浮かび上がり始めた。
 純白の天使が身構える。
 ファントモンの全身から黒い光が放たれ、何かが爆発するような振動を感じた。空気が震える。私達も身構える。
 ファントモンの不気味さが増した。
「――死んでしまいなっ!」
 黄金色の鎌を振り回す。刃から、黒いナイフのような光がいくつも放たれる。純白の天使が逃げようとする。けれど、間に合わない――っ!


「サンダークラウド――――ッ」


 強烈な稲妻が空から落ちる。ファントモンの放った黒い光の刃が全て破壊される。
 ウィザーモン先生だった。彼は純白の天使の前に突然現れ、手を引く。そして、
「キュウビモンッ!」
 と叫んだ。
 それを合図に、キュウビモンが突然、城の方へ走り出した。空中を駆け出す彼の背中から振り落とされないよう、私は必死にしがみ付く。
 金属で出来たその城の入り口らしき場所に向け、マスターが攻撃を仕掛けた。
「獣王拳――――」
 凄まじいエネルギーの塊が、獅子の姿になって走り、入り口に激突する。鋼鉄の扉に熱で穴が開き、どろりと金属が溶け出す。
「急げっ」
 マスターの声が急かす。キュウビモンは入り口をくぐる。溶けた金属に触れたら火傷すると思って、私は体を震わせた。
 大丈夫、とキュウビモンの声が聞こえた気がした。キュウビモンは駆け抜けることに成功した。
 ウィザーモン先生も私達の後に続く。純白の天使はいない。いつの間にか白い猫の姿に戻っていた……!
 ウィザーモン先生は左腕にテイルモンさんを抱え、杖を振り上げる。発生したバリアに守られ、垂れ落ちた高熱の金属がそれに吸収されるように消えた。
 キュウビモンは走り続ける。最後に残ったマスターがついて来ているのかはまだ解らない。けれど、その通路をひたすら走り抜けるしかなかった。
 暗い通路だった。途中分かれ道があったけれど、すぐ追いついてきたウィザーモン先生が
「こっちでしょう」
 と指し示す方へ、キュウビモンは走り続けた。

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