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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
さざなみとざわめき 後編 Side:ROZEMON
(※番外編「『さざなみとざわめき 前編』」の続き)


 翌日。朝早くに実家に電話した。
『もしもし』
 お母さんの声を、久しぶりに聞いた。
 怖くなる。声が出なくなる。
『もしもし?』
 不審そうな声に変わる。
 私は、彼から渡されたガイドブックを握り締めた。
 ――頑張らなくちゃ。
「……あの……私……」
『ロゼちゃん!? ロゼちゃんなの? どうしたの? ねえ、どうしたの?』
 即座にお母さんの声が裏返り、何度も私に問いかける。
「何でもないの……あの……旅行に行ったの、お土産あって……生ものだから……」
 そう。生もの。でもあと十日ぐらい先が、賞味期限。
 ――ずるい……。
 生ものだから日持ちはしない。けれど考える時間をたっぷり与えた……そのつもりなんだわ、きっと。いくら私でも、それぐらい解る。ずるい……。
「今から、そっちに渡しに行ってもいい? 家にいる?」
『ええ、家にいるわ。――ちょっと、お父さん! ロゼちゃんがね、うちに来るって!』
「あの、別に……」
『え? お父さんがいたら、ダメ? だったらお母さん、駅前まで行くから!』
「そうじゃないから。本当に何でもなくて……とにかく、そっちに行くから、ええと……一時間後ぐらい」
『駅前まで車出すから! ロータリー前で待っていなさいね?』
 電話を終えて、私は自分の両手を見つめた。汗だくだった。
 私を見守っていたリリモンが、大きな息を吐いてダイニングテーブルに沈む。
「見ているこっちの方が緊張した〜」
「……頑張れるかしら?」
「大丈夫よ。観光名所、暗記したんでしょう?」
「うん」
 出かける支度をして、私はリリモンと家を出た。
 新宿駅でリリモンと別れ、山手線などを乗り継ぎ、実家へ向かった。
 駅前でお母さんが待っていてくれた。実家の、シルバーメタリックの車、懐かしい……。
「元気そうね……」
 そう言ったきり、お母さんが声を詰まらせた。
「うん……元気……」
 お母さんの運転する車で、私は実家へ帰った。その車の助手席に座るのも久しぶりだった。
 実家は何も変わっていなかった。玄関先にアサガオの鉢植えが置いてある。
 玄関のドアを開けると、お父さんがいた。
「久しぶり……」
「あ、ああ……」
「こないだのクッキー、美味しかったから……ありがとう……」
 私は、持っていたお菓子の紙袋を渡した。
 お茶を入れる準備が出来ていた。
 私にも食べるようにと菓子皿に移そうとするお母さんに、昨日の夜、リリモンと少し食べたからいらないと言いかけ、……でもやめた。『そういう時は、相手に合わせて』と、彼に言われそうな気がしたから。
 三人でテーブルに着いたのは何年ぶりかしら。こうしてお茶なんか飲んでいるのが、奇跡的なことに思えた。
 彼に言われたとおり、ガイドブックを読んで得た知識で話をした。二人とも、とても真剣に私の話を聞いてくれる。
 ――ああ、彼の言う通り。この人達は、私のことを心配してくれている……。
 もしも、私が無鉄砲に奈良に行ったことを知ったら……悲しむと思う……。
 一時間ほど話をして、私は家を出た。
 帰りは、お父さんが駅まで車で送ってくれるという。
 玄関まで見送ってくれたお母さんに、勇気を出して言った。
「また……来るから……」
 お母さんは、また泣いた……。
 車の中でお父さんに言った。
「私の泣き虫は、お母さんから移ったんだわ」
「……」
 お父さんは、それには頷いただけ。
 しばらくしてお父さんが私に訊ねた。
「こないだ会った……リリちゃんと一緒にいた彼は、ロゼちゃんと同じ大学なのかな?」
「……ううん、違う……」
 それを訊かれるとは思わなかった。関西の大学だと言いそうになり、言葉を飲み込んだ。それを言ったら、奈良に行ったことがバレてしまう。
「友達なのかな?って、思ったんだが……」
 車が、赤信号で止まった。
 私は小さく息を吐いた。
「……好きなの」
 そう言っても、お父さんは驚かなかった。
「そうか……」
「驚かないの?」
「そうだったらいいなと、思っていたから。しっかりした話し方をする、リリちゃんより、そしてロゼちゃんよりも年上に思える……不思議だった」
「……」
「誕生日に一人旅って……もしかして彼に振られたのかと気になっているんだ。……お父さんには話辛いかな……?」
 ――これ以上、内緒にする方が――苦しい。
 思い切って、言った。
「彼ね、奈良に住んでいるの……会いに行ったの」
「……そう」
「怒られたわ。『親に心配かけるな』って。連絡もしなかったから、迷惑かけちゃった」
 ぽろっと、そう、口から出た。
 信号が青になったので、車は再び発進した。
 お父さんの様子を伺うと、苦笑していた。
「もしかして、誕生日だって知らなかったの?」
「うん。言っていなかったわ」
「それは、余計に困ったんじゃないか?」
「反省したわ……」
「そうだね……」
 お父さんは、少し寂しそうに言った。
「大学卒業したら、お父さん達との約束も果たすんだから、……ロゼちゃん、奈良に行ってもいいんだよ?」
 そう言われた。
「それがね、彼、関西の大学からうちの大学に移るの。後期から。試験受けて合格したんですって」
「そうなの?」
「うん。奈良に行った時に、話してくれたの」
「そうか……頭、良いんだね」
「え?」
「そういう試験、難しいだろう?」
「そうなのかしら? それは聞いていないわ」
 しばらく、彼のことを少し話した。ラジオのパーソナリティーをしていること、友達の後輩だということ。そして……、
「――『先生』から、守ってくれたの。DNSSの『関西支部』でバイトしていて……」
 駅前のロータリーで車から降りる直前、それを言った。
「それは……本当?」
 お父さんの声が強張る。
「彼、『関西支部』では有名みたい。だから、あの時もこっちで……」
「『メタルマメモン』……?」
「え? 私、名前言ったっけ?」
「やめなさい」
 ――え?
「何? どうしてそんなこと言うの?」
 私はお父さんを見つめる。
「……あまり、良くないと思うから」
 ――何?
 お父さんの目が不安そうに、そして少し怒っているように見える。
「あちらのお宅には? 挨拶したことがあるの?」
「え? ないわよ、そんな……。ねえ、どうしてそんなこと言うの? さっきは……」
「その彼は、本当にロゼちゃんのためだけに関東の大学に移るの? 彼の家の事情じゃなくて?」
「べつに……それ以外のことは聞いていないけれど……。彼の実家のことなんか、聞いたことないもの」
「そうなの?」
 ――もしかして、心配してくれている?
「あの、今度……彼も実家に連れて行ってもいい?」
「ああ……そうだね。そうしなさい。いつでも、待っているから」
 戸惑い気味のお父さんを安心させようと、ふと思いついて、言ってみた。
「もう一度会って、話せば解るわよ。彼がただの、口うるさいデジモンだって」
「口うるさい?」
「私、オムレツ、食べられるわよ」
「え!」
「そぼろも。今度は煮魚に挑戦するわ」
「どうしたの!?」
「彼が言うの。『食わず嫌い』を直せって。『頑張って食べましょう』って」
 お父さんは一瞬黙り、突然、声を押し殺しながらも笑い出した。
「――何よ、何よっ!」
「すまない、お父さんが悪かった! 私達がどうしても直せなかったあの大量の食わず嫌いを直すつもりなのか? 彼は!」
「失礼ね! 私だって、頑張ればそれぐらい、やってやれないことはないわよっ!」
 少し腹を立てながら私は車から降りて、乱暴にドアを閉めた。
「こらっ! ――とにかく、今度、連れて来なさい」
 私は
「知らない! お父さんのバカッ!」
 と言い、改札口へと向かうエスカレータへ駆け寄る。エスカレータ前で、車に目を向ける。
 ――今度、絶対、彼を連れて来よう。絶対に! 煮魚だって、何だって、やってやれないことはないわ! いつまでも子供扱いするお父さんなんか、見返してやるわ!
 軽く手を上げ、振った。
 車の窓越しに、お父さんは軽く手を上げ、そして、家に帰って行った。
 私はエスカレータに乗った。気持ちが軽くなっていた。



 新宿に着いて、バイト先に向かう前に、『関東支部』総務部のキウイモンに電話した。
 メタルマメモンのことを彼に相談しようと思ったから。電話したら、運がいいことに日曜出勤していた。
「良かった! 私、運がいいわっ! 相談したいことがあるの」
 詳しい話は直接会って話すことにした。バイトの休憩時間に『関東支部』へ急いだ。
 『関東支部』総務部のあるビルへ行き、階段を駆け上がる。フロアのドアを開けると、ちょうどキウイモンがいた。キウイモンは、お客様を連れていた。
「そんなに急ぎの相談だったの? ごめん、ちょっと来客の予定が入って……少し待っていてくれる?」
 バイト先から目と鼻の先にあるとはいえ、走って来たので心配された。
「待ちなさい」
 お客様がキウイモンを促した。スーツ姿の、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「私の用件は後でいいから。そちらのお嬢さんの相談を先に受けなさい」
「え、それは……」
「いいから」
「すみません……」
 私はその人――といっても、もちろんデジモン――に何度か頭を下げる。そうしながらも、
 ――私、どこかで会ったことがあるかも?
 と思った。けれど、それがいつ、どこのことなのかは思い出せない。とても気になるけれど。
 とにかく私は、キウイモンに頼み込む。
「『関西支部』で誰か、とっても発言力のあるデジモン、お願い! 紹介してっ!」
「『関西支部』で?」
「お願い、一生のお願い! 本当に一生に一度でいいから、お願いっ! 私のせいで大変なことになっているみたいなのっ! 何とかしたいの!」
 私は両手を合わせて「お願いしますっ!」と頭を下げた。
 キウイモンは面食らっている。そして、お客様に視線を送った。
「……その、どうでしょう?」
「私は別に構わないが……お役に立てるなら」
 ――え? このデジモン……偉いの? 『関西支部』の所属なの? 
 私は、きょとんと彼らを見た。


「ロゼモン。――こちら、『関西支部』支部総代表のメタルガルルモン」


 ――え? 総代表って? えええっ!
 私は真っ青になった。
「え、あの……それは……!」
 いくらなんでも! そんなに上のデジモンに頼むつもりじゃなかったのに!
「すみません、でも……」
「どうしたの?」
 メタルガルルモンさんに促され、しどろもどろになる。
「……怒られるので、やっぱり……いいです……すみませんっ」
「怒られる?」
「ええ……あの、あの……」
 ――どーしたらいいのっ!? 彼にバレても怒られないぐらいのデジモンに相談するつもりだった。けれど、まさかこんなに上の人に相談したら……絶対に『そんな人に何を話しているんですかっ!』と怒るに違いない!
「あの――お、おじゃましましたっ!」
 と帰ろうとしたら
「失礼しま〜す」
 とリリモンが顔を出した。
「見つけたっ! もうっ! 一緒にメタルマメモンさんのこと、頼みに行こうって言ったのに! 先に走って行っちゃって! 偉いデジモンに連絡取れそう? 頼めそう?」
 ――わー! ばかぁっ!
「あの、あのねっ! 予定、変更なのっ!」
「へ? 何を言っているのよ?」
「と、とにかくねっ!」
 けれど、背後から。
「アイツが何かしたのかね?」
 ――ひぇっ!!
「事情を聞かせていただきたいのだが?」
 メタルガルルモンさんが、眉をひそめて言った。
 リリモンは私の横から顔を出し、メタルガルルモンさんが立っていることにようやく気付く。
「あ……テレビで見たことある……」



 応接室に案内された。
 私の隣にはリリモンが座り、私の前にはメタルガルルモンさん、そしてその隣にはキウイモンが座る。
「ところで……失礼なことを訊ねるようで申し訳ないが、メタルマメモンとはどういう関係かな?」
 ――関係? ええと……恋人、って言えるような関係じゃないし。友達って言うのも違うような……。
「……メル友、かと……」
「メル友? 貴女が?」
「でも、あの……追っかけの延長のような……」
「追っかけ?」
「あの、とにかく……! 私が突然会いに行っちゃったら、バイト先でボイコットされたらしくて……」
 ぎゅっと目を閉じて一気に言うと、恐る恐る、相手の様子を伺った。
 メタルガルルモンさんは口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
 ――目は笑っていないっ! 怖いっ!
「それはそれは……なるほどね。そんなことが私の留守中に起きてしまうとは……。――ちょっと失礼。連絡取ってみよう……」
 そう言い立ち上がって、メタルガルルモンさんは
「後は私の方で片付けるから。何か困ったことがあったらまた遠慮無く相談しなさい」
 と、私とリリモンに名刺を渡した。
 メタルガルルモンさんを先に案内したキウイモンは、すぐに引き返して来た。
「ロゼモンのくじ運はいつもスゴイね。大当たりばかりを引き当てる」
「まあ、成り行きにまかせるしかないわよね……」
 真っ青になって言葉も浮かばなくなった私の代わりに、リリモンが答えた。
「記者会見の中継でしか見たこと無かったけれど、さすがに本物は迫力満点ね!」
 メタルガルルモンさんの唸り声のような声が、隣の部屋から響いてきている。「奥歯ガタガタ言わせたろかっ!」と。まるで猛獣のような声だった。


−−−−−


《ちょっと一言》
 ロゼモンの家族設定などはこんな感じにしてみました。

 メタルガルルモンの最後のセリフは……私、生まれは大阪ですが、四歳ぐらいまでしかいなかったので大阪弁に詳しくないんです。ああいう感じでいいのか、ちょっと不安……ご容赦下さい。

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