カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『花』ノ行動 Side:METALMAMEMON
(※番外編「『花』ノ秘密 後編」の続き)
金曜日。
ラジオの収録を終えた俺は、真っ直ぐ家に帰ることにした。
今日は七日だった。どんなに考えても気になるから、やっぱりロゼモンさんに会いに行こうと思った。
――家を出るまでにそう考えがまとまっていたら良かったけれど。
そう考えついたのが、ラジオの収録が終わってからだから仕方ない。
――ロゼモンさんに訊いてもとぼけた返事しか返さなかったし……。
でも、やっぱり何か重要なことがあるに違いない。
家に帰って、荷物をまとめて……一泊出来るぐらいの支度をしていこう。
どこかビジネスホテル探して一泊するつもりで……こないだみたいにロゼモンさんの家に泊まるのは、周囲の誤解を招くだろうし……。
携帯電話が鳴った。
「もしもし」
『……こんにちは』
「え? ロゼモンさん? どうしたんですか?」
『今、その……貴方の大学に……』
――え? うちの大学に?
『ごめんなさい……勝手に押しかけちゃって……』
俺は急いでそちらに向かった。
大学の中庭に面したカフェで、ロゼモンさんを見つけた。『そこにいて下さい』と伝えていたけれど、まさか校内で迷子になっていたらと考えていたので、安心した。この季節、日差しもかなり強いので外で待ち合わせるのはキツイ。
「どうしたんですか? 突然……」
「あの……その……」
ロゼモンさんが小声で。
「どうしても……今日、貴方に会いたくて……」
と、言った。
そのとたん、周囲に隠れていた他の学生が半泣きになって走り去った。
――うわ……。
もちろん、ガニモンもいて。「オマエなんか絶交だぁぁぁっ」と走って行ってしまった。
「え? あの……?」
ロゼモンさんはまさか周囲にそれだけのデジモンが隠れていたとは思わなかったらしい。
――究極体デジモンなのに……鈍いな、相変わらず。他のことに気を取られていたからかもしれないけれど。
軽く頭痛がしたが、ロゼモンさんに問いかけた。
「用事は?」
「その……」
「会うだけですか?」
夕食でも奢ろうかと思った。ロゼモンさんは一泊旅行ぐらいの荷物を持っている。もしかしたら、ずっと前からこっちに小旅行でもするつもりで計画を立てていたんだろう。だからリリモンさんがあんなに必死になっていたのかもしれない。
「言ってくれたら、京都駅まで迎えに行ったのに」
「……本当?」
「何が?」
「本当に迎えに来てくれた?」
「ええ。それぐらいはしますよ」
とてもロゼモンさんは嬉しそうだ。
「どこかでお茶でも飲みます? お腹空いていますか?」
「ケーキが食べたい……」
――ケーキ? ケーキかぁ……。
適当なカフェで話をしようとしても、周囲の目があるから落ち着かないかもしれない。
「ケーキ買って、うちで食べます?」
「え、あの……! そういうつもりじゃ……」
「別に、やましいことしませんから」
そう言ったら。
「そんなこと考えていないわよっっっ!」
と怒鳴られた。
――何もそんなにむきにならなくても……。
俺はロゼモンさんの手を引いて歩き出した。
ケーキを買って、家に案内した。
「散らかっていますけれど」
「嘘! 私の家より綺麗じゃない!」
ロゼモンさんは驚いている。
「今朝、掃除したばかりだからです」
電気ポットをセットして、紅茶の準備をした。
「紅茶の好みはありますか?」
「何種類かあるの?」
「ええ、色々。いただきものばかりですが」
ざっと三十缶ぐらいある。棚の中を覗き込んだロゼモンさんがちょっと怯む。
「こんなに? 紅茶好きなの?」
「ラジオで少し話したら、送ってくれる方が多くて。プレゼントするのに手頃な価格だからでしょう。消費するのに時間かかりますけれど、メーカーごとに違うので飲み比べるのは楽しいです。
でも適当な入れ方ですけれど。入れるときに蒸らせばいいんです。渋味が出ないぐらい、適当に……」
そう話しながら、ちょっとロゼモンさんに訊いてみる。
「どこか見てきました?」
「え?」
「こっちに旅行に来るのなら、どこかに行く予定あるんでしょう? 案内しますよ」
ロゼモンさんが首を横に振った。
「そういう計画は立てていなくて……」
「そうなんですか? 泊まるところだけ決めて来るなんて、あまり計画立てないタイプなんですか?」
「泊まるところも決めてなくて……」
「え? そうなんですか?」
ふ〜ん……と思いながら、思い当たることは今までもあったなぁと思った。
「じゃあ……」
ふと、俺は気付く。
「もしかして……本当に、俺に会うだけ?」
「ええ、そうよ」
ロゼモンさんが神妙な顔で頷いた。
「え……?」
どういうことなのかさっぱり解らない。解らないままに紅茶を入れてケーキを食べると、これもまた、味も上の空になってしまった。
――何か話をするべきなんだろうけれど……。
あまりに驚き過ぎて、何も頭に浮かばない。
――何を考えているんだ? 俺に会うためだけにわざわざ東京から? なぜだ?
「あの……」
俺は食べ終わったケーキの皿の上に、フォークを置いた。
「本当は俺に、何か話したいことがあるんじゃないんですか?」
ロゼモンさんは言った。
「こないだ、『大好き』って言ってくれてありがとう」
「……!?」
いきなりそんなこと言われたので、目が点になった。あの時の直後でさえその話は出なかったので驚いた。
「何を急に……」
「急にって……その……言い辛かったから……」
「はぁ……」
気の抜けた返事をして、俺はロゼモンさんを見つめた。
「――えっと、ね、ちょっと待って下さい。それを言うだけのために、わざわざここまで来たんですか?」
「そうよ」
ロゼモンさんは真面目な顔で頷いた。
「本当に……好き? もう一度、ちゃんと言って」
「本当も何も……あの時にあんなこと言うつもり無かったんです」
「じゃあ嘘なの!?」
「嘘じゃないですけれど……」
俺は少しイライラした。
「もうちょっと、ね……何て言うんです? ああいう言葉って、女の人は場所とかすごく気にするじゃないですか?
俺、そういうのさっぱり解らないんですけれど、それなりにこちらが気をつかわないと頷いてもらえるものも頷いてもらえないって言うじゃないですか?
一応、それぐらいは考えて行動しますから、俺は……」
「今、言って」
「あのね、だから!」
「私……誕生日だから……」
「え? へ? 誕生日?」
ロゼモンさんは頷いた。
「ええ、だから……」
――誕生日かよっっっ!!
「そんなっ! どーしてそういう大事なことを話してくれなかったんですかっ!」
――いや、俺だって真っ先にそれは考えた! けれど、七夕が誕生日だなんて、そんなベタなことがあってたまるかと即否定したんだっ!
俺が突然怒鳴ったので、ロゼモンさんは
「怒った……だって、仕事あるって言っていたから……でも会いたく…て……」
と涙目になったので慌てた。
「あ……いや……ごめんなさい……」
ケーキの皿を片付けて、出かける支度をすることにした。
――どうしてこっちに来たんだよ……。
どこに行っても人目についてしまう。覚悟を決めて、ロゼモンさんを連れて誕生日プレゼントを選びに行った。
七月の誕生石はルビーだったな、と思いながらアクセサリーを選ぼうとしたら、ロゼモンさんが戸惑う。
「あの……やっぱり、いらない……」
「?」
「誕生日プレゼントが欲しくて来たわけじゃないから……」
――あっそー。
俺は頭を抱えたくなった。これだけ美人な人がデパートのアクセサリー売り場でそんなこと言い出したら……否応無しに目立ってしまう。
「誕生日だったら、プレゼント渡して夕食奢るぐらいはしたいんですけれど! もっと早く言ってもらえたら前もって選んでいたんですけれどっ」
「ほんと? 本当に?」
ロゼモンさんは嬉しそうに微笑む。
「ごめんなさいっ。……迷惑がられたらと思うと、言い出せなくて……」
周囲から『甲斐性無し!』という視線が突き刺さる。
「日常使うならピアスでいいですよね? デザインは俺が選んじゃっていいですね?」
「ええ……ありがとう」
嬉しそうにロゼモンさんが頷く。
ちょっと見て、ルビーとダイヤの小さいピアスを選ぶ。プレゼントするには手頃な価格だと思いながら、値段を見られないよう急いでラッピングをしてもらい、支払いを済ませる。売り場を離れながら、
「夕食は? 何か食べたいものがあるなら、それにしますから」
と訊ねると、ロゼモンさんは
「煮魚……」
と、言った。
「煮魚?」
思わず聞き返した。誕生日に煮魚?
「それって、もしかして……食わず嫌い?」
ロゼモンさんは神妙な顔をして頷く。
「いいんですよ、誕生日ぐらい好きなもの食べて下さい。他の日で頑張ればいいんですから」
――誕生日に食わず嫌い直すなんて苦行だろ? 修行じゃないんだから!
まさか自分が言った言葉で、ロゼモンさんがそういう行動に出るとは思っていなかった。
――えっと、じゃあ、こないだお菓子食べた時は? 俺があれこれ言ったから、誕生日のことも余計に言い出せなくなったんじゃ? まさか、今までもずっと?
俺はロゼモンさんを見上げて、思わず呟いてしまった。
「……いつから俺のこと好きなんですか?」
「え! やだっ!?」
「あ……すみません、軽率でした……ええと、本当に何が食べたいんですか?」
「パスタ……」
――?
「本当は、カルボナーラのスパゲティが好きなの」
俺は嬉しそうにカルボナーラのスパゲティを食べるロゼモンさんを眺めていた。
――こんなに高カロリーなものが好きで、よくそのスタイルや肌を維持できますね……。
七不思議だと思いながらさらに質問すると、ジャンクフードも大好きだと言う。フライドポテトは三人前ぐらい食べれるという……。
「今は良くても、後で絶対に成人病になりますよ? 年齢の上がる二五歳ぐらいから代謝が衰えるので影響が出てきます」
「そう?」
「食生活は明日から見直して下さい」
「わかったわ」
と、ロゼモンさんは微笑む。
――素直だな……?
和風きのこのスパゲティを食べ終わってコーヒーを飲む。飲みながら、
――そういえば、ロゼモンさん、どこに泊まるつもりだ?
と、肝心なことを思い出す。
――いくらなんでも、うちに泊まらせるのはまずいだろ?
どんなに選んだつもりでも、俺達の座るテーブルの近くにちらほらと、大学で見たことがあるヤツが座っていた。ここで夕食を俺が奢ったこともすぐに噂になって広まってしまう。
――どこかビジネスホテルでも探してあげようか?
が、考えが甘かった。どこも空きが無い。ケータイでネット覗いて調べて、溜息をついた。
――金曜日だからなぁ。それはそうだよなぁ……。
ロゼモンさんが
「どうしたの?」
と訊ねる。
「何でもありません」
「今日は他の人と約束していたの?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
店を出て、家に戻った。
うちの広さは1K。学生の一人暮らしならこれで充分だけれど。
――せめてもう一部屋あったら言い訳もきくけれど。
「俺のベッド、貸しますから。俺は台所で眠ればいいし」
「……あの……!」
けれど、悩む必要は無かった。
携帯電話が鳴った。バイトの呼び出しがかかったのだ。
――ちょうど良かった。
せっかくロゼモンさんが来ているのにそう思うのは申し訳ない気もするけれど。
望月の手前、十日余の月が照らす。月明かりの中、センサーで暗視する。
現場に着くと、興福寺の境内で暴れているトリケラモンが三体。どうせこの時期だ、ビアガーデンで飲んでデキ上がってしまったんだろう。
ケンタルモンさんが五重塔の手前で一体を投げ飛ばす。
――他のデジモンは?
見回しても、応援部隊が来ているようには見えない。
――ケンタルモンさんと俺だけで対応しろと? ははは……これはまさか。
「他のヤツらも来ると思うんだが」
息を切らしながらケンタルモンさんがそう言った。
「いいえ、恐らく、誰も来ませんよ」
「どうして?」
――ロゼモンさんが来ていることに対する嫌がらせ、だろうから。
怒るどころか呆れる。ロゼモンさんって、そんなに人気があったんだ……。
――時間潰しになればいいや。ケンタルモンさんには申し訳ないけれど。
そう思った。
三体のトリケラモンを静かにさせるには小一時間ほどかかった。
――もっと時間かかるかと思ったのに……。
「何がどうなっているんだ?」
ケンタルモンさんは怒っている。
「前に話しましたよね? 『花』の話」
「ああ、それが?」
「今、うちに来ているんです」
「え!?」
「突然来ちゃって……」
「突然?」
「もうちょっと前もって連絡くれたら良かったんですが……」
――それを言い出せなくなったのは俺に原因があるみたいだから、ロゼモンさんを怒れない……。
「けれど、これではまるでボイコットだろう? 上に報告するぞ!」
「それでも、そうしたくなったんでしょうね。そんなに人気のある人だとは思いませんでしたけれど」
「そんなに知られているのか?」
「ほら、うちの大学の兄弟校、関東にあるあの大学の……昨年、学祭のミスコンで優勝したらしいんです」
「『ロゼモン』!?」
「ええ?」
ケンタルモンさんがすぐにロゼモンさんの名前を出したので、驚いた。
「一年の時から有名だった」
「そうなんですか?」
「一年の時にミスコンの話が持ち上がった時に、優勝確実だって言われていて辞退して、二年の時にも辞退して……。三年の時にはテリアモンが引っ張り出したって聞いたけれど?」
「あの人、ああいうの苦手なんですよ。恥ずかしいんですって」
「そうなのか?」
「あと、男嫌いです」
「男嫌いって、本当か?」
「ええ。ジャンクフード好きでフライドポテト三人前食べるらしいです。ヒステリーですぐ泣きます。頑固でわがままで……」
「いや、もういい。――イメージが崩れた……」
「でしょう? 情報が少ないから、良いイメージばかり先歩きしたんでしょうね」
俺はマンションまで戻り、ケンタルモンさんと別れた。
部屋に戻ると、ロゼモンさんはまだ起きていた。
「勝手にお風呂借りちゃったんだけれど……」
「ああ、別にいいですよ」
俺も風呂に入った。風呂から上がってから、台所で座布団並べてその上に適当に眠ることにした。
「ねえ、あの……」
申し訳なさそうな顔をするロゼモンさんに言ってみる。
「どういうつもりで来たんですか?」
「どういうつもりって……」
「もしも今日ここに来たことが貴女の両親に知られたら、貴女達の間の溝がもっと深まるじゃないですか? 俺、貴女のお父さんに会った時に自己紹介もしなかったし、それなのに余計に話がこじれたら困りますから。後先考えていないでしょう?」
「バレないもの!」
「貴女は自分で思っている以上に顔が知られているんです。うちの大学でも有名ですし、今日ここに貴女が来ていることで、さっきは嫌がらせに遭いました。事情を知らない人以外は誰一人として召集に応じなかったんです。
うちのバイト先でそういう行為をするのは厳重注意を受けることになりますし、悪質だと解雇されます。厳しい処分になるかもしれないのにそれをやるのなら、それ以上のこともやりかねません」
「そんな……」
「だから、例え台所だろうが、別々の部屋で泊まったことにしておく必要があります」
「でも、でもっ! せっかく奈良に来たのに、会いに来たのに……!」
――そういう目で俺を見るなぁ! 貴女が見た目と違って『お子様』だってことはよっく解っているから、だますようで嫌なんだよっっっ!
「じゃあ、夜中ずっと話でもしていますか!? なんだったら将棋でもしますか!?」
ヤケになってそう言うと、ロゼモンさんは言い返した。
「いいわよ! 将棋、好きだもの!」
――は?
まさか、ロゼモンさんと将棋勝負になるとは思わなかった。
しかも!
――勝てない……!? そんな、馬鹿な!
ロゼモンさんも頑固だけれど、俺も負けず嫌いなので本当に徹夜で将棋をしてしまった。お互いに知力を使い果たして倒れ込むようにその場で眠ってしまい、起きたら昼過ぎだった。
――もう……雰囲気もへったくれも無いな。誕生日だったんだろ?
と心の中でツッコミを入れた。けれど、ロゼモンさんは本当に楽しそうで嬉しいらしい。
食事をしている最中も、楽しそうだった。
――楽しいのなら、まあ、いいか。
「私、卒業したら奈良に来てもいい?」
突然、そういうことを言われて面食らった。
「私がこっちに来たら、迷惑……?」
そんなことを言われて、
――かわいい……。
と思ってしまった。
「……同じ学部学科内なら兄弟校間で移れること、知りません?」
「そうなの!? わあ、嬉しい!」
ロゼモンさんは目を輝かせた。
「試験日程、過ぎましたけれど。あと、一〜三年生にはそれは許されていますが、四年生は卒論と就職活動のため、試験を受ける資格はありません」
俺は根性悪いヤツなので、そう言った。好きな人には意地悪をしてみたくなるようだ。ロゼモンさんのことをとやかく言うわりには、自分の方こそガキみたいだ。
「そんなぁ……」
案の定、ロゼモンさんはしょんぼりと落ち込んだ。
――あまり意地悪したらまた泣くかな……。
「俺は受けて、合格しました」
そう、教えてあげた。
《ちょっと一言》
もっとメタルマメモンはダークな設定だったんですが、ロゼモンに対する設定をわずかに軽めに書いたのでこんな形に。本来なら救いの無い話になる予定でした。でも暗い話はちょっと後味悪いかな、と。
メタマメの過去設定は今のところお蔵入りかも。書くこともあるかもしれませんけれど暗いから。
蓋を開けてみたら、メタルマメモンがいじめっ子になったのでびっくりです。意地悪なヤツ〜!(っていうか、オトナなんだな?笑)
ここまで読んで下さりありがとうございましたv
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