[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『花』ノ秘密 後編 Side:METALMAMEMON
(※番外編「『花』ノ秘密 前編」の続きです)


 ――もしもの時はロゼモンさんと戦えって?
 考えるたびに何度も、拳を握り締めた。
 夏の日差しが陰り、空が厚い雲に覆われる。
 数度の雷の後に降り出した夕立の中、人々は大粒の雨を避けようと走って行く。
 ――どうして、俺!?
 ただ周囲を攻撃から守ることなら簡単。バリアを張ればいい。けれどそれを出現させた距離によっては、敵が放った攻撃をそのまま弾き返す場合もある。
 ――ロゼモンさんを傷つけることなんか出来ないっ。
 体が震える。肩が、腕が、手が……もしもあの人を傷つけることになったら……そう思うと、大声で喚きたくなる。
 ――守りたい、守りたい、守りたい――!
 大雨が、降り続ける。



 俺は、ロゼモンさんのバイト先の近くでずっと待っていた。
 バイトを終えたロゼモンさんが店を出てきたのは、23時を過ぎた頃だ。ロゼモンさんはすぐに俺に気付いた。ハッとした顔をして、すぐに、キツイ目で俺を睨んだ。
「わざわざ待っていてくれたの?」
 俺はロゼモンさんに言った。
「怒らせてしまって……すみません」
「リリモンが頼んだんでしょうけれど、七日のことなんか気にしないでちょうだい」
 ――?
「七日? 何の話ですか?」
 知らないことを言われたので、俺は訊き返した。
「何の話って……リリモンから聞いたんでしょう?」
 ロゼモンさんは口篭もる。
「いいえ……ただ、俺はアンティラモンさんに用事があってあの場所にいただけで。偶然、リリモンさんと会って、ロゼモンさんの従妹だって知って驚いていたんです。リリモンさんとケンカしていたんですか?」
 そういうことにしよう、と打ち合わせ済みだった。それをそのまま、俺はロゼモンさんに話した。
「ええ、リリモンとはケンカして……でも、それを言うために? わざわざ? メールでいいじゃない?」
 ロゼモンさんは戸惑いながら俺を見つめる。
「メールじゃダメだと思って」
 アンティラモンさんから、ザッソーモンの話は一切しないようにと厳重に言われていた。それを隠すための口実であっても、やはり直接会ってロゼモンさんに謝りたいと思った。
「でも、こんな遅い時間まで東京にいていいの?」
「明日は特に予定無いので、友達の家に泊めてもらうつもりでした。でもロゼモンさんと気まずいままは嫌だから、一緒に夕食でもどうかなって思って……」
「それなら、どこかで待っていてくれても良かったのに……」
 俺が何も事情を知らないと解ったから、ロゼモンさんはもう俺を睨んでいない。申し訳無さそうな顔をしている。
 ――お人好しな人だ。
 そう思わずにはいられない。
「じゃあ、これから……でも、こんな時間だと深夜営業のファミレスか飲み屋ぐらいしか……」
「それならファミレスで」
「お酒は飲まないの?」
「飲めますけれど、今はそういう気分じゃないので」
 ――極秘任務中、だし。酒は……どんなに飲んでも酔ったことないけれど。体質に合わないみたいで、味も残念なことにそれほど美味しいと感じたことはない。
 ロゼモンさんと並んで歩きながら、どこのお店にしようかと話す。
「ロゼモンさんの地元でいいですよ」
「え……!」
「家の前まで送りますから。深夜だから」
「あ……そうね。じゃあ、送ってもらおうかしら……」
 ロゼモンさんは微笑む。
 食事して、家の前まで送ったら、不審者がいないかマンションの外から監視するつもりだ。
 ロゼモンさんが住んでいる場所は、ベルゼブモン先輩が住んでいる場所の二つ隣駅だった。
 ――いいなぁ。先輩が羨ましい。
 ふと、電車に乗りながら思った。
 ――俺も、同じ沿線にしようかな。ロゼモンさんと同じ駅だと……嫌がられるかな……。
 夏休みに入ったら家探しもしなくちゃと思いながら、
「この辺りって家賃の相場はどれぐらいなんですか?」
 と訊ねた。ロゼモンさんが答えた金額は、まあ、予想の範囲内だった。
「どうして?」
「え? ちょっと思っただけです。いくらぐらいかなって」
 ――こっちの大学通うこと、いつ言おうかな……。
 タイミングを逃してしまっている。本当は、試験に合格した時点で話すはずだったのに……。
 ロゼモンさんの地元駅前のファミレスで食事して、俺はロゼモンさんを家まで送った。
 マンションの前で、ロゼモンさんを見送った後、俺は背後に気を配りながら歩き出した。
 先ほどから、視線を感じていた。俺達の後をずっとつけていたヤツがいる。
 ――もしもバトルになったら、被害出さない場所は……ロゼモンさんに気付かれない場所は……。
 そう思い、デジモンの姿に変わった。近くのマンションの屋上へ、一気に高速移動する。
 ――追いかけて来た。早い。
 振り向き、サイコブラスターを向け、
「……!」
 俺は目を見開いた。
 ロゼモンさんがいた。
 慌ててサイコブラスターを下ろすと、ロゼモンさんに問いかける。
「どうしたんですか? すみません、俺、てっきり……」
「てっきり……何?」
「ええと……」
 ――まずい。
 俺は目を逸らした。
「すみません。その……」
「『先生』のこと? 七日のことじゃなくて、そのことをリリモンから聞いたの? だから、バイト終わるまで待っていてくれたの……?」
「……!」
 ――思い出したくないことを思い出させてしまった……!
「『仕事』なの? そうなのね? だから、だから私のこと……」
 ロゼモンさんの目から涙が溢れた。
「違うっ! そう言われたけれど、俺は絶対に貴女を傷つけたりしない! 絶対に貴女を守るから! 守りたいから……!」
「ほんと……に?」
「ロゼモンさんっ」
 俺が呼ぶのと同時に。
 ロゼモンさんが俺に駆け寄った。
「ドアが……家のドアが……ドアが……」
 ロゼモンさんは、俺を抱き締めて泣きじゃくる。



 ロゼモンさんが泣き止み落ち着くのを待って、一緒に、ロゼモンさんが住んでいる部屋の前に来て……唖然とした。
 住んでいる階の突き当たりがロゼモンさんの部屋だった。そのドアの前には、枯れて黒ずんだ花が散乱していた。床を埋め尽くす量だった。
 ――枯れたバラの花……気味悪いな。こんなに多い量じゃ……。
 勝手に片付けるわけにはいかない。証拠になるし、何か手がかりが見つかるかもしれない。
 仕方なく、アンティラモンさんに連絡を取った。しばらくして『関東支部』の科学捜査担当者を二人、連れて来てくれた。現場検証を一通り済ませ、お礼を言い、アンティラモンさん達を見送った。
 掃除された玄関の前で、俺もその場を去ろうとした。けれど、引き止められた。
「ボディガードしてくれるなら……」
 目で訴えられて狼狽する。そういう展開は考えていなかった。
「いえ、でも……」
 また泣きそうな顔をされて、仕方なく玄関から家に上がった。2LDKぐらいはあるらしい。
「こっちの部屋はリリモンが泊まりに来た時に使っているの」
 と、玄関横の部屋を使って欲しいと言われた。
「……あの、でも……」
「お願い、今夜だけでもいいから!」
 ――はあ……。
 心の中で、大きな溜息をついた。やっぱり、恋愛の対象にはしてもらえないんだな……。
 交代で風呂を使わせてもらう。ドキドキしているのはどうやら俺だけで、先に風呂から上がっていたロゼモンさんは、ソファーで眠ってしまっていた。
 ――こんな時にそういうこと考える方が不謹慎だな。
 帰宅した時は蒸し暑かった部屋も、エアコンが効いてちょうど良い室温になっている。
 クッションに顔を埋めるように眠っているその人は、とても自分より年上には見えなかった。メイクを落としているその顔は、余計に子供のように見える。
 ――疲れていますよね……おやすみなさい……。
 夏掛け用の布団をかけてあげようとロゼモンさんの部屋に行き、ドアを開けて電気を点け、驚いた。
 壁のあちこちに俺の写真。机の上にも、本棚にも!
 ――なんなんだよ、この量! 俺の写真、こんなに飾られても……。
 照れを通り越して退きそうになる。
 ――せめて一枚か二枚にして欲しいなぁ。この部屋、踏み込めない……。客用布団を持って行った方がいいかも。
 この部屋は見なかったことにしようと、電気を消してドアを閉めた。
 俺が使う予定だった客用布団を運んで掛けてあげて、時計を見るともう夜明けに近い。
 ――ロゼモンさん、今日は大学に行く日だよね?
 きちんと睡眠も取れずに授業を受けるのは辛いだろうと思って、静かに眠れるようにその場を離れようとした。
 その時、
「どこに行くの……?」
 驚いたけれど、寝惚けているみたいだった。薄っすらと瞼を開けている。
「……ここにいますから」
「そう……?」
「はい」
「うん……」
 再び寝息が聞こえるようになった。眠りが浅いらしい。気になったのでソファーに寄りかかるように床に座り、しばらく様子を見ていた。
 ――嫌な偶然だ。
 もしも俺が短気に腹を立てなかったら、こっちに来なかった。俺はロゼモンさんのことを信じられなくなったとアンティラモンさんに愚痴言いに来たのに……今、ロゼモンさんは俺しか頼れない……。
 ――深く眠れないほど怯えて……。あんなに取り乱すように泣いて……。
 様子を見ていたけれど、少しは安心したのかもしれない。目が覚めることはしばらく無さそうだ。
 空が明るくなり始めていた。
 今から仮眠を取るよりはと、朝食を作ってあげることにした。



 ロゼモンさんの部屋の目覚まし時計が鳴った頃に、起こしてあげた。
「……朝……?」
「はい」
 起きたロゼモンさんは、朝食が出来ていることに驚いている。
「そんな……」
「ある材料で作ったから、かなり適当ですけれど」
「私、オムレツ好きじゃないの……」
 ――はい?
「アレルギーですか?」
「そういうわけじゃ……」
「好き嫌いはいけません」
 「えー」と、ロゼモンさんは拗ねる。
 ――子供じゃないんだから。
「ケチャップでも何でも、かければいいんです。味が変われば食べられるでしょう?」
「中身、何か入っているの?」
「鶏挽肉があったので鶏そぼろにして入れました」
「そぼろも……嫌い……」
 ――おい、こら。
「アレルギーですか?」
「そういうわけじゃ……」
「好き嫌いはいけません。頑張って食べて下さい」
 ロゼモンさんはまた、「えー」と言う。
「いつもは何を食べているんです?」
「サラダとフルーツとシリアル……」
「夏だからって冷たいものばかり食べていると体に悪いですよ」
 ――ご飯、具沢山の味噌汁、オムレツ、煮物……。作ったから、食べてもらおう。
「玉子は料理に使わないんですか?」
「目玉焼きは好きよ」
「そうですか?」
「黄身と白身が混ざっているのが嫌なの」
「……ケーキは?」
「大好き!」
「同じでしょう?」
「同じじゃないわよ」
「……」
「そういう目で見ないでよ」
 そんな会話をしながら、ロゼモンさんが身支度を整えて来るのを待つ。二人で朝食を食べ始めた。
「あら? 美味しい……」
 ロゼモンさんが首を傾げている。
「それは良かった。食べられます?」
「ええ……平気……」
「食わず嫌いだったら、思い切って食べてみるといいかもしれませんね」
「うん……」
 ロゼモンさんは子供のような笑みを浮かべた。こんな顔をすることもあるんだと思った。
 後片付けをしていると、ロゼモンさんは大学に出掛けるのを渋る。
「休もうかしら……」
「どうして?」
「だって……」
「大学までは送りますから。アンティラモンさんに昨夜の件で少し相談したいし」
「今夜は?」
「え?」
「今夜も泊まってくれるのよね?」
「そうですね、安全確認が取れるまで……」
 ロゼモンさんはホッして、けれど少し暗い顔をする。
「メタルマメモンの都合も考えなくてごめんなさい。大学の方は?」
「『関東支部』から連絡行っていると思います。数日休んでも大丈夫だと思います。後で俺からも連絡入れますから」
 そう言ってもロゼモンさんの表情はあまり晴れなかった。
「それより、俺が傍にいても迷惑じゃないですか?」
 ロゼモンさんは首を横に振る。
「そんなことないわ……」
 ――そうかな? 『アイドル』は離れた場所にいる存在だから憧れるものであって、一緒にいる時間を多く過ごしたら憧れなんて冷めてしまうんじゃないか? 嫌いなオムレツを「食べろ」と勧めるアイドルなんかいないし。
 毒のある言葉を言いそうになって、俺は自分に対して苦笑する。



 俺が大学に出入りする許可は、『関東支部』がすでに取っていてくれた。
 アンティラモンさんが「ちょっと……」と手招くので、ロゼモンさんがベルゼブモン先輩と話しているのを確認しつつ、二人で非常階段の傍まで歩いた。
「昨夜はありがとうございました」
「いや、我が頼んだことだから。あの後は特に異常は無かった?」
「はい。でも……」
「でも?」
「俺ってあの人から見たら、恋愛の対象にはならないんですか?」
「え!?」
 何気なく言った愚痴に近い言葉に、アンティラモンさんが予想以上に驚く。
「別に……ただの愚痴ですから」
「えっと、あの……?」
「俺、泊まったんです。一応」
「えっ!?」
「別に何もするつもりないですけれど。ちょっと嫌な気分です……。もしも過去の事件が無かったら、ロゼモンさんは男嫌いにはならなかったんでしょうね……」
「メタルマメモン……」
「大丈夫です。俺があの人を守りますから」
 俺はにこやかに話を終わらせた。
 ――『未然に防ぐ』? その程度で許せるか? いっそ、全データを再構築不可能なぐらいにズタズタにしてやろうか……それとも……。
 俺は大学の門の前で、立ち止まる。ここからでは他の建物が邪魔して、ロゼモンさんがいる場所は見えない。
 ――許可の無い『データ抹消』の罪は重い……。
 あくまでも秩序を守ることを目的とした組織だ。許されないことはある。解っている……そのつもりだ。けれど心の中で……感情が渦巻き、どす黒くなるのを感じた。
 何も用意をしないままこっちに来ていたので、渋谷で適当な服を買った。
 ロゼモンさんが大学から帰る頃に迎えに行くことにして、俺はいったん、ロゼモンさんのマンションに戻り、受け取っていたスペアキーを使って中に入ると、客用寝室で睡眠を取った。



 夕方。
 ロゼモンさんからの連絡が来る前に行きたい場所があったので、支度をして俺は早めに出かけた。
 新宿の、ロゼモンさんがバイトをしているヘアサロンに向かう。リリモンさんはそこの従業員だった。俺が行ったら、
「ちょっと待っていて下さい」
 と、店長らしき人に声をかけに行った。すぐに引き返して来た。休憩時間を少し早めに取らせてもらったという。
 昨夜の経緯を説明し、一応、後で誤解されたくなかったので泊まったことも話した。リリモンさんは
「え…!」
 と驚いたものの、俺が仮眠さえ取らずに朝食作った話をすると
「そうですか……」
 とがっかりした顔をする。
 ――おいおい。
「何かあったら困るじゃないですか?」
「だって、ロゼモンはメタルマメモンさんのこと大好きなんです」
「恋愛の対象にはされていません」
「え? 何を言っているんですか?」
「あの部屋はちょっと見ちゃったんですが、アイドルに憧れているのと同じようにしか見られていないんですから」
「それは……でも、えっと……ロゼモンのこと、メタルマメモンさんはどう思っていますか?」
「……それは話の本筋に関係ありますか?」
「答えて下さい。好みのタイプですか?」
「話の本筋から逸れていませんか?」
「だってロゼモンは、メタルマメモンさんが読むからって時代小説読むようになったぐらいなんですよ? あの『先生』の事件の時、そのこと思い出すからって本読まなくなったのに」
「それ……本当ですか?」
「『Ta・トゥーン』のキミハルくん好きになった時だって、彼の趣味が推理小説を読むことだって知っても、本だけは読まなかったんです。それなのに本読むようになって……」
 リリモンさんが泣きそうな顔をする。
「ロゼモンとケンカしたのは……『メタルマメモンさんのこと好き?』って訊いたら、いつもは怒らないのに怒っちゃって……。
 だから私、アンティラモンさんに相談に行こうと思って、いつもは通らない道を歩いていたら、偶然ザッソーモンを見かけたんです」
「アンティラモンさんに相談?」
「メタルマメモンさんに、こっちに来てもらうにはどうしたらいいかって」
「どうして、俺?」
 ふと、思い出す。
「もしかして……七日のこと?」
 リリモンさんが嬉しそうに頷いた。
「はい! なんだ、良かった〜! ちゃんとメタルマメモンさんの予定に入っていたんですね!」
 ――予定?
「それはどういうことですか? さっぱり解らないんですが?」
「え? だって、七日って……」
「昨夜、ロゼモンさんに訊かれたんです。七日のことをリリモンさんから何か言われたと思っていたみたいです」
「じゃ、七日って……何も訊いていないんですか?」
 ――七日? 七月七日って関東では七夕だよな? それ以外で何かあるのか?
 リリモンさんが突然、
「じゃ、七日は一日中、ロゼモンと一緒にいてあげて下さい!」
 と言い出した。
「申し訳ないんですが、七日はラジオ番組の収録があるんです」
「そんな! もしかしてそれ、ロゼモンは知っていますか?」
「知っていますけれど。メールで伝えていますから」
 ――あれ? 何か引っかかる……。何がきっかけでロゼモンさんに『七日はラジオ番組の収録がある』って伝えたんだっけ? 確か……七日の天気のことを話したんだっけ。『七夕なのに曇りですね』って……?
 考え込んでいると、
「リリちゃん」
 と声が掛かる。
 俺は顔を上げた。
 リリモンさんが声を掛けてきたデジモンを見つけ、目を丸くする。
「伯父さん……」
 ――伯父さん? ロゼモンさんの父親?
 商社勤務に見える、スーツ姿の人が立っていた。もちろん人間の姿をしているけれど、気配でデジモンだと解る。
「得意先回りをしていてね、近くに来たから……。――あの、これ……うちのロゼちゃんに渡してくれないかな……」
 紙袋をリリモンさんが受け取る。お菓子の詰め合わせが入っている箱、らしい。
「伯父さん……」
「リリちゃんから、って言ってもいいんだ。私達からは何も受け取りたくないと思っているだろうから……」
「でも……」
 ――仲が悪いのか? もしかしてあの事件があってから、ずっと? だったら、十年ぐらいも……ずっと?
 俺の携帯電話が鳴った。
 ――こういうお節介をしても、嫌われないといいな……。
 そう思いながら「失礼します」と目の前にいる人達に一言言って、電話に出た。
「もしもし?」
『大学終わったから……』
 ロゼモンさんの明るい声がした。
「了解しました。――今、ロゼモンさんのお父さんに会いました」
『……うそっ!』
 明るい声が一瞬にして強張る。
「本当です。クッキーかな? お菓子下さるそうです。電話代わりますね」
 俺は自分の携帯電話を、ロゼモンさんの父親の前に差し出した。
 戸惑いながらそれを受け取り、「チョコレートクッキーなんだ」とか「美味しいお店らしいんだ」とか、懸命に話をしている。
 話終わって携帯電話を返された。
「もしもし? このお菓子持ってそちらに行きますから。どこにいますか?」
『……図書館にいるわ』
「怒っていますか?」
『いいえ。……お節介ねって思っただけ。それに……ずるい……』
「そうですね。いつもはしませんから。すみません」
 携帯電話の通話を終え、俺はリリモンさんからお菓子の袋を受け取った。
「ありがとう。娘と話をしたのは数年ぶりです。本当にありがとう……」
 ホッとしたようなその人に、俺は頭を下げた。



 大学へ向かうと、ロゼモンさんはかなり拗ねていた。けれど、
「優しそうな人ですね」
 と言うと、ぎこちない笑みを浮かべた。
「大学合格した時以来よ、話をしたの……」
「心配してくれているんでしょう」
 ロゼモンさんがちょっと黙った。
「違いますか?」
「……そうね」
 俺はロゼモンさんへ、手を伸ばした。
「帰りますか?」
「ええ。――でも、ごめんなさい」
「?」
「手は繋がない方がいいわ。一緒にいるところ、写真部に写真撮られるわよ。迷惑でしょう? 大学敷地内では野放しにされているのよ……」
 俺はロゼモンさんを見上げた。
「いいえ。迷惑だと思いません」
 ロゼモンさんは苦笑する。
「意外ね」
「そう思いますか?」
 俺は強引にロゼモンさんの手を取り、引いた。
「ちょ、ちょっと! 待って!」
 ロゼモンさんは急いで俺に歩調を合わせながら、訊ねた。
「どうしたの? ねえ、ちょっと!」
「別に」
「別にって、嘘! ちゃんと話して!」
「場所、移動したくなっただけです」
「ええ? あの……」
 大学の敷地内を出て、俺は歩調を緩めた。
 「ロゼモンさん」と、話しかけた。
「付き合っているふり、しませんか?」
「え……」
 ロゼモンさんの手が強張った。
「付き合っているふりをして、ザッソーモンをおびき出すんです。良い作戦だと思いませんか?」
 ロゼモンさんが思い切り手を振り解いた。
「嫌!」
 ――ほら。やっぱり。俺のことはそういう対象には思っていない……。
「そうですか? だって、俺のこと『アイドル』みたいに思っていたんでしょう? 部屋に写真貼ってくれているぐらいだもの……」
 ――俺は冷静なヤツじゃない。短気なんだ。
「俺のこと、好きでしょう? ――でも外見がこんなですけれど、性格までは好きじゃないでしょう?」
「メタルマメモンッ」
「俺は……貴女のことは美人だと思いました。
 でも本当は子供っぽくて、食わず嫌いで文句ばかり、いつまでも意地張って親と和解出来なくて、従妹のことヒステリックに怒鳴ったり……」
「そんなこと言われる筋合いないわっ!」
「そうですね、俺は他人だから言う筋合いはない。
 けれど――だから、貴女が大好きです」
 ロゼモンさんが唖然と俺を見つめた。
「……あの、ちょっと……」
 俺は持っていた紙袋を押し付けるように渡した。
「――俺、忙しいから。貴女と一緒にお菓子を食べてお茶飲む時間は作れないみたいです」



 一瞬で、デジモンの姿に戻った。高速移動で跳べる最大限の距離を跳んだ。時間稼ぎになると思ったけれど、その読みは甘かった。
 ――高速移動!?
 俺のスピードに追いついて来た。
 ――ザッソーモンのくせに、どうしてここまで素早い?
 俺が大学の敷地内に入った頃から、その気配は感じていた。ロゼモンさんは写真部のことを気にしていたから気付かなかったみたいだけれど、俺は気付いていた。
 だからわざと――ロゼモンさんにあんなことを言ってみた。ロゼモンさんと親しくしているところを見せるつもりで――ザッソーモンがロゼモンさんではなく、俺をまず攻撃対象に選ぶように。
 ――大きいな。
 成熟期のそのデジモンは、通常の二倍はある大きさだった。洋ナシ形の体を揺らし、路上に現れた。歩行者の少ないその路上で、ゆらゆらと揺れている。
 サイコブラスターのエネルギーが充填するまで、今少しの時間が必要だった。一発撃つぐらいならすぐにでも応じられるけれど……。
 大きく後ろに跳ぶと、ザッソーモンは追いついてきた。
 咄嗟に繰り出したメタルクローがヤツの体を切り裂いたが、すぐに再生した。切り口はべったりと樹液のような粘液で結合していく。
 ―― 一般的なザッソーモンより再生が早い。
 タン、と踏み切り、高くジャンプした。腕のような触手が伸びたが、空中で高速移動の体制に入り、逃げる。
 ――どう攻撃を仕掛けるか。サイコブラスターで仕留められるのか?
 ザッソーモンの亜種は、下手に攻撃を仕掛けると分裂することがある。
 ――どうだろう?
 過剰に攻撃をすればそのまま、デジタマに戻って戦闘終了。
 ザッソーモンの姿を見た人間達が悲鳴を上げ、逃げて行く。
 ――さあ、どうしようか。
 飛び降りたマンションの上から、標的を見下ろした。仔細にデータ分析を行う。
 心を押さえつけていたものが外れたような気がした。腹の中が煮えるようだ。
 もしもこのザッソーモンさえいなかったら、ロゼモンさんは俺と出会っても普通に憧れて……『アイドル』のように思わなかっただろう。
 いつ現れるか解らない危険な存在に怯えることも、泣くことも無く、大輪のバラのような微笑みを絶やすことはなくて……。
 いつもは押さえて微塵も出さない殺気を、一気に露にした。空気が振動するほどのそれに、ザッソーモンは甲高い悲鳴を上げた。
 ――成熟期でも完全体に対抗出来る力を持っているみたいだけれど、それぐらいで俺は倒せない。
 標的のデータ分析を終えた。
 下りた路上で、伸びてきた触手目掛けてメタルクローを振り下ろす。数回、刃で切り刻む……。鋼の爪は触手を切り裂き、切り落とされたそれは不気味にのたうつ。ザッソーモンの悲鳴が響き渡る。
 アスファルトを這いまわり他の断片と結合しようとするそれを……俺は踏み潰した。
 ――あの人がどれだけ苦しんだのか、解らないだろう?
 対究極体デジモンを想定した訓練を受けてきた。強大な力を持つ相手に対抗することを考慮して、サイコブラスターは通常の五倍まで攻撃力の出せるものを支給されている。最大出力を選べばこちらにも相応のダメージは及ぶ けれど、俺はそれを選ぼうとした。


「――二倍で充分だろ? 頭に血が上っていやがるな?」
 頭上から声が聞こえた。止めるというより、頭を軽く小突かれた気がした。
「……」
 見上げると、電柱の上でしゃがみ、こちらを見下ろしているデジモンと目が合う。冷ややかな目だけれど、確かに――苦笑いを含んでいた。


「――はい。そうです」
 俺は頭上を見上げたまま、答える。
 ザッソーモンもそちらに気付いたようだ。怯えた声を上げる。
「オレ達に許されている行動は『事態の収拾』だ。行き過ぎるな」
「『データの抹消』をしたいと思います」
「やめておけ。オマエがこんな雑魚相手に道を踏み外すことはねぇだろ?」
 そう言うと、ベルゼブモン先輩はザッソーモンを顎で指し示す。
「オマエの本性も、オマエがどうして防御能力の高さを評価されているのかの真の意味も知らねぇらしい。それを教えてやるぐらいなら――見なかったことにしてやる」
「――ありがとうございます」
 俺はそう応えた。
 ザッソーモンが逃げようとする。
 その前方にバリアを出現させた。ザッソーモンはそれに掛かる。
 蜘蛛の網にかかった虫のようだった。サイコブラスターの攻撃力は言われたとおり、通常の二倍を選んだ。急所はわざと外した。そうすることで相手が長く痛みを受けることは知っていた――。



 デジタマに戻ったそれを、ベルゼブモン先輩は面倒臭そうに回収した。地上に降り立つと、人間の姿になった。
「気は済んだだろ? 何だ、そのツラは。物足りなくても、我慢しろ」
 恨めしそうに見上げると、そう言われた。
「どうして解ったんですか?」
「別に。オレは神じゃねぇから、何も解らねぇ。だが偶然、オマエが過去に凶悪犯罪を起こしたデジモンに何をしたのか思い出した。
 ――アンティラモンはそれを知らなかった。それだけだ」
「アンティラモンさんに言いましたか?」
「言わねぇ。言う必要があるか? 互いの全部を知らない方が、関係を保てるだろ?」
「そうですね」
「ザッソーモンのデータをどうにかしても、オマエの感情は収まらなかっただろ? だから二倍程度で充分なんだよ。無駄なエネルギー費やしてやる必要はねぇ」
 先輩はデジタマを脇に抱えて歩き出した。
 人間の姿に戻って、先輩の隣に追いつく。
「誰かを許せないことって……先輩はそういうことはないんですか?」
 並んで歩き、問いかけた。
「……ある。だが、オレは忘れっぽいからな……」
 そう言った先輩の目は。
「そうですか?」
 忘れっぽいようには見えなかった。



 アンティラモンさんが、デジタマの回収班を呼んでくれていた。
 デジタマを受け取った回収班を見送り、アンティラモンさんが大きく溜息をついた。
「メタルマメモン……頼みたいことがあるんだけれど……。ロゼモンに何を言ったのか知らないけれど、ケンカしたんだったらちゃんと謝ってきてくれない?」
 ベルゼブモン先輩がニヤニヤした。
「何だ? ケンカしたのか?」
「ケンカは……」
 思い起こしてみて(ちょっとあの言い方はまずかったな)とか(勢いで思わず『大好き』とか言っちゃったな)とか、心当たりはたくさんある。
「そうですね。お茶入れてお菓子を食べてからでも、最終の新幹線に間に合うでしょうし……」
「今夜、もう帰るのか?」
「はい。――ああ、ロゼモンさんの家に着替えた服置きっぱなしだし、布団借りたこともちゃんとお礼言わなくちゃいけませんね……」
 ポカン、と、先輩は俺を見つめた。
「オマエら……」
「……いいえ、何もありませんでしたっ」
 少しヤケクソ気味に俺は言った。


《ちょっと一言》
 もともと、メタルマメモンはダークな部分を含んだ性格に設定していました。それを書かないと、本編で出した時に「?」となってしまうので、こういった番外編を書いてみたわけです。
 初期段階で考えた設定でも、話として書くにはちょっとまずいかなと思う場合は削ってしまうことがたびたびあります。
 今回のロゼモンの設定などはまさにそれで、普段はこういうパターンの話は絶対に書かないのですが、あえて書いてみました。ロゼモンの弱い部分、強い部分、見せかけの部分を書くには必要でしたので。
 私自身、中学時代はいじめにあったことはありますが、もしもこれ読んで不快に思った方がいらっしゃったらごめんなさい。

 さて。話の展開上、メタルマメモンが告白しちゃいましたが…それについても続編あります。書いてみましたので、よろしければどうぞ。明日、掲載予定ですv

[*前へ][次へ#]

27/36ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!