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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『花』ノ秘密 前編 Side:METALMAMEMON
(※番外編「『花』ハ想ウ」の続きです)


 夏の日差しは日に日に強くなり、セミもうるさくなっていく。
 七月に入って最初の火曜日。
 教員室で、お世話になった先生を探して挨拶をした。
 こういう場合、いわゆる『偉い先生』順にしなければならない。そうしないと拗ねる先生もいるのだ。妙な上下関係がある場所だと思う。もちろん、学業だけでなく人生の先輩として敬うのは当然だが、中には「そういう性格で社会人としてそもそもいいのか?」という方もたまにいらっしゃる。
 ――別にいいや。この先生と顔を合わすのもあと数回だ。我慢しよう。
 こういう俺の性格を、初めて知った人はたいてい驚く。
 ――ロゼモンさんは、俺のことどういう性格だと思っているんだろう?
 本当の性格を知られたら嫌われるかもしれない。あの人だって俺のことをきっと、『優しい』と思っているんだろうから。
 一通り挨拶をして、席を外している先生や教授にはまた後日挨拶に来ることにした。
 廊下を歩いていると、同じゼミだったヤツに会った。
「本当に東京行くのか〜」
 ガニモンが羨ましそうに溜息をついた。
「たまに遊びに来る」
 そう言うと、さらに大きな溜息をつかれた。
「何?」
 ちょっと不快に思って、でも表情に出さずに訊ねた。
「あのさぁ、秋の学祭の時、招待状送ってくれない?」
「……招待状?」
「うちと同じで、招待状無いと入れないじゃないか」
「ああ。でも、何で?」
 ガニモンがごそごそと大きなリュックサックを漁る。いつもぐっちゃぐちゃだなと思いながら待っていると、
「これ……俺の憧れのロゼモン様……」
 何と! ロゼモンさんの写真を取り出したのだ。
 ――はあ!? 『ロゼモン様』ぁ?
 俺はまじまじとその写真を見つめた。そして心の中で、
 ――勝った! 俺が持っている写真の方が断然映りがいい! っていうか、俺がロゼモンさんとメル友だって知ったらコイツ泣くかもなぁ……。
 と、ニヤリとした。
「ふ〜ん……その人がどうしたの?」
「昨年の学祭のミスコンで優勝したんだよ、この人! すっげー美人だし、プロポーションいいし! 最高だよぉ!」
 ――ああ、知っているとも。
「そうか。うん、解った。招待状送るから」
 俺はにこやかにそう答えた。
「ありがとう!」
 ガニモンはとても喜んでいる。
 ――悪いが、オマエとの友情もこれきりだ。絶対、招待状送らないから。近付いたら完全に排除する。塩送るつもりないからっ!
 腹の底からムカついた。
「あ、でも……」
 ――まだ、何か?
「メタルマメモンだったら、ロゼモン様と知り合いになるかもしれないから、そうしたら……ロゼモン様から俺、直接招待状もらえたりして……!」
 ――ずうずうしい夢見るなぁぁぁ! カニの丸焼きにされたいかっ!!
「へ、へえ……そう? どうしてそんなこと考えるの?」
 ガニモンは言った。
「だって……あ、先に言っておくけれど、怒るなよ? メタルマメモンってアイドルっぽいだろ? ロゼモン様って、アイドル大好きなんだよ。これ、内緒な? ファンクラブ情報だからさ」
 ――え……?
 ガニモンの言葉に凍りついた。
「裏情報では、『Ta・トゥーン』のキミハルってやつ、いるだろ? 携帯電話のCM出たりしている、アイツ。あのキミハルがすごく好きで、全国ツアーまで追いかけるぐらいなんだって。そこがまた、ギャップがあっていいと思うんだけれどさぁ……かわいいと思わない?」
 ――全国ツアー? 追っかけ? 嘘だろ? だって俺、あの人と一日に何度もメール交わしているけれど、そんなこと一言も聞いていないぞ! 確か『Ta・トゥーン』は夏のツアーがもう始まっているだろ!? 福岡から回って、今、名古屋辺りで……。
「……どういうこと?」
 思わず呟いた。けれど、ガニモンはすでに自分の夢の中に入ってしまっていたので、俺の言葉がわずかに鋭くなったことには気付かなかった。
「けれどさ、ゴールデンウィーク明けにファンクラブが気付いたんだって。『ロゼモン様はキミハルに対しての気持ちは冷めてしまったらしい』って。アイドル追っかけなくなったんだったら、告白してもOKもらえるかもって! あの人を誰がデートに誘えるのかって、裏じゃかなりの騒ぎになっているらしいよ」
 ――ゴールデンウィーク明け……。俺と出会った時期と重なるじゃないか……。



 俺はその足で、JR京都駅に向かった。いつものように新幹線で東京に行った。
 ――信じたくない……。
 まさかロゼモンさんが、俺が一番嫌いな『アイドルの追っかけ』をするような人だったなんて! それに、俺がロゼモンさんと初めて会ったのはゴールデンウィークの最終日だった……!
 ――アイドルのようにしか思われていなかったのか? ただの憧れだけの存在? それはつまり、最初から恋愛の対象にはしていないってことなのか?
 自分の存在全てを否定されているように思える。俺は自分の性格は隠すつもりだったけれど、最初からロゼモンさんは俺の外見でしか判断していなかったってことじゃないか――!
 東京駅に着いて、他の路線に乗り換えずに改札を出た。夏の日差しが照りつける路上を走る。
 周囲の人目も気にせずにデジモンの姿になると、渋谷を目指した。高速移動を繰り返して、ビルの屋上や首都高速道路のライトポールの上を足場に選びながら移動した。
 大学近くに来て、息を切らしながら携帯電話を取り出した。アンティラモンさんにかけたら、すぐに電話に出てくれた。
『もしもし?』
「アンティラモンさん? すみません、突然電話をしてしまって……。今、渋谷に来ているんです。話したいことがあるんです!」
 アンティラモンさんは電話の向こう側で、少し黙り込んだ。
『ちょうど良かった。お主に連絡を取りたかった』
 ――え?
『ロゼモンのボディガードを頼みたいのだが……』
「それって? どういうことですか? 何かあったんですか?」
 それ以上は教えてくれず『詳しい話をしたいから』と、とある場所を指定された。
 その場所は、以前にベルゼブモン先輩に昼食を奢ってもらったカフェだった。



 カフェの近くの路地裏に降り立つと、人間の姿になった。カフェの入り口へ向かい、ドアを開けた。
 こないだ来た時のように入り口に『CLOSE』と札がかかっていた。けれど、カフェのマスターとアンティラモンさんの他に、女の子が来ていた。
「『関東支部』での許可はまだ下りていない。けれど急を要する話で……」
 アンティラモンさんが話し始めたので、俺は面食らう。
(あの、そういう話をこういう場所でしては……)
 傍にいるカフェのマスターや女の子を気にしていると、
「レオモンは元、警備対策部 統括本部長だったから」
 と言われた。
「えええっ!」
『皐月堂』というこのカフェのマスターが、まさかバイト先の大先輩だとは知らなかった! 話に聞いたことがある……恐ろしいほど強い人が昔いたって……!
「ベルゼブモン先輩、教えてくれたら良かったのに……!」
 そう言うと、アンティラモンさんは苦笑する。
「公にしていないのはマスターの希望だから」
「そう、私の都合だから」
 マスターはにこにこと笑う。コーヒーを出してくれた。
「すみません……」
 俺はカフェのマスターに非礼をお詫びした。
 マスターは小さく頷き、カウンターの向こうに行く。
 アンティラモンさんが座る席の向かい側に座った。
「では、こちらの方は?」
 でももう一人、女の子が残っている。俺の隣に座った、この子は?
 初めて会う人だと思っていたら、会うのは二度目だと言われた。
「すみません……どこで会いましたか?」
「新宿で……助けてもらいました。ロゼモンの従妹でリリモンと言います。あの時はありがとうございました……」
 かわいい顔のその子は、けれど青ざめた顔をして涙の後が目元に残っている。
「メタルマメモンさん……ロゼモンを助けて下さい、お願いしますっ!」
 ――助けて?
 突然そんなことを言われ、俺は驚いて……けれど、
「どうして……俺なんですか?」
 と言った。
「メタルマメモン?」
「俺じゃなくてもいいじゃないですか? 俺……もうあの人と関わりたくないんです」
「何かあったの?」
 アンティラモンさんが険しい目をする。
「アンティラモンさんも知っていたんですよね? ロゼモンさん、アイドルが好きなんですか? 俺って外見がこんなだから、だからロゼモンさんは……」
 アンティラモンさんが話を遮った。
「十年ぐらい前、ある中学生の女の子が登校拒否をするようになった。部屋に閉じこもってテレビばかりを見るようになった。
 成績優秀で無遅刻無欠席、とても勉強の出来る真面目で思いやりのある子だった。けれどその子は学校に通えなくなった。
 周囲が怖くて、周りの大人が信じられなくなって――」
 ――中学生の女の子?
「何を突然? それとロゼモンさんと何が関係あるんですか?」
 こんなに感情的になっているアンティラモンさんを見ることはあまりない。驚いた。


 カフェのドアが開いた。
 俺は振り向いた。
 そこには、ロゼモンさんが立っていた。


 俺はロゼモンさんを見つめた。
 ロゼモンさんは俺に気付いた。そして、俺の隣に座っていた女の子が立ち上がったことに気付いた。アンティラモンさんと、レオモンさんのことは目に入っていないみたいだ。
「どうしてここにいるの? 何を話しているの?」
 ロゼモンさんは、女の子を見つめる。
「ロゼモン……あのね、聞いて……!」
 あの人の肩が震えていた。涙が一筋、零れた。
「余計なことを話さないでって言ったでしょう!」
 悲鳴のような声だった。



「――その子は、中学三年生になった頃からいじめられるようになった。
 そのいじめから助けてくれたのが、当時の担任の先生だった。その子は担任を慕った。でもそれは憧れや尊敬で、恋なんかじゃなかった。
 その時、中学校の先生になりたいって思ったらしい。『自分みたいにいじめられている子の力になってあげたいと思ったから』と、我は聞いた。
 けれどそれは全部、担任が仕組んだことだった。他の生徒に金品を渡して、女の子をいじめるように仕向け――」
 カフェから走り去ったロゼモンさんを探しながら、アンティラモンさんが話し続ける。
「『先生の家に遊びにおいで』と何度も言われ、女の子はだんだん怖くなったらしい。それを隣のクラスの先生に相談したら、信じてもらえなかったという。『嘘つき』とまで言われた、と。
 その担任は真面目で、学校関係者や父兄から厚く信頼されていた。他の先生、両親にも相談したが、女の子の言葉を信じてくれる人は誰もいなかった。
 やがてその担任は、女の子が周囲に自分の言動を話していることを知り、焦った。放課後に女の子を『謝りたいから』と騙して二人きりになり、刃物を見せて脅して、家に連れていこうとした。――女の子は悲鳴を上げた。それを見回りの先生が気付いた。
 ――なぜ見回りの先生が予定より一時間半も早く校内を見回ったと思う? 別に女の子を心配してということじゃない。女の子の言葉は、職員会議などでは全く取り上げられなかったから。ただ、『連続ドラマの再放送を見たかった』だけらしい……」
「――それを、どうしてアンティラモンさんが知っているんですか?」
「我は以前に、中学校の教員になりたいと話をしたことがあって……その時に『例え話』だと話してくれた。
 けれどあまりに話がリアルだったので、犯罪リストなどを探して……ロゼモンの従妹のリリモンにそのことを訊ねた……。
 今朝、我にレオモンが連絡をくれた。レオモンは事件当時、ロゼモンに直接会って話を聞いて……信じて相談にのったらしい。
 ――あの時のロゼモンのクラス担任だったザッソーモンの所在が解らなくなった、と」
「所在?」
「余罪が無く、数カ月で出所している」
「そんな短期間で出所だなんて、許されるんですか!?」
「それはお主も解っているはずだ。そういうものだ、と」
「でもっ!」
「だからレオモンや当時の関係者が、ザッソーモンの所在を確認し続けていた。用意周到な手口に、表沙汰にならなかった余罪が他にもあるかもしれないと。ロゼモンの両親には連絡を取り続けていた。
 ロゼモンはまだ、ザッソーモンに狙われていることなどは何も知らない。
 ザッソーモンは恐らく、数日のうちに必ず、ロゼモンの目の前に現れる。リリモンは――新宿駅近くでザッソーモンを見かけたので我に相談に来た」
「ロゼモンさんにはどうして話さないんです?」
「両親の希望だ。事件当時に娘のことを信じてやれなかったと悔やんでいて、娘に知られないうちに未然に防いで欲しいと……」
「そんな無茶な……」
「狙われていると怯えながら生活することは、我も望まない……」
「そうですけれど……」
 暑い日差しの中、俺達はロゼモンさんを探す。早く見つけなければ――。
「ロゼモンは究極体のデジモン。もしもロゼモンがザッソーモンと出会い錯乱して――力を暴走させた場合、周囲に被害が及ぶ前にしかるべき処置を取れという命令は出ている」
 耳を疑った。
「それは……!」
「もしもの時はそういう場合もあることは、レオモンがあの事件の時に話しているから、ロゼモンも知っている」
 ――子供の時に、そんなこと言われたのか……!
「ロゼモンさんは何も悪いことなんかしていないっ!」
「解っている。だが、それが強い力を持つ者が負わなければならない責任……」
「そんな綺麗事並べないで下さい! 誰が悪いのか解っているのに、どうしてロゼモンさんがそんな目に遭わなくちゃならないんですっ!」
「上層部が人選する前に、我がかけ合った。ロゼモンに気付かれずに傍にいられて、究極体レベルの攻撃力から周囲を守れる者がいると……」
「それを俺にやれ、と!? ――それはボディガードじゃない! 監視者になれってことですかっ!」
「お主にしか出来ぬ。周囲も……ロゼモンも必ず守ることが出来るほど防御能力の高いデジモンなど、他にいない」
 アンティラモンさんは新宿の高層ビルの上に降り立った。
「ロゼモンが、男嫌いだって知っていた?」
「え……!」
 初耳だった。
「我と普通に話をするだけでも、数カ月かかった。だからお主のその外見は、悪いものじゃないと思った方がいいと思う」
「……」
 アンティラモンさんは黙り、意識を聴覚に集中させた。ロゼモンさんの靴音を、周囲の聞こえる範囲から探そうとする。
 俺は、今言われた言葉の数々が納得出来ないことばかりだったので、ただただ、唇を噛み締めた。
 アンティラモンさんほどの広範囲の探知能力は俺にはない。俺には――ロゼモンさんを探し出せない――。
 しばらくして、アンティラモンさんが、ふうっと息を吐いた。
「見つけた。この足音なら、誰かに追われているようではないから大丈夫だ」
 静かに、そう言われた。

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