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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『花』ニ想ウ 後編 Side:METALMAMEMON
(※番外編「『花』ニ想ウ 前編」の続き)


 俺が東京に行くことは、すぐに周囲に知れ渡った。しばらくざわついたけれど、それも二、三日で落ち着いてきた。
 ケンタルモンさんはあの花の例え話を他のデジモンには話さなかったらしくて、それは噂になることはなかった。そういう口の堅さも考えて話したけれど、正直いって安堵した。
 ――どうしてあんな例え話をしてしまったんだろう。
 もちろん、東京に行くからと浮かれていたからだ。
 そしてもちろん、東京に行ったところでロゼモンさんと俺が特別仲良くなれるという保証は無い。
 ――だいたい、ロゼモンさんからのメールに返事も返せないのだから……。
「……」
 俺は溜息をついた。
 あれから、三週間も経ってしまった。こんなに、メールを書くことが難しいことだとは思わなかった。何を書いていいのか解らない。ありきたりの話をしても、次のメールのやりとりには繋がらない。一回だけじゃだめだから、ずっとメールのやりとりがしたいから――そう思うと、本当に難しい……。
 ロゼモンさんはきっと、俺が急用のために電話番号などを訊ねたと思っているはずで……。考え過ぎて何度も頭が痛くなった。
 そうこうしているうちに、また、東京に出かける用事が出来た。
 ラジオ番組のパーソナリティの仕事をしているけれど、東京に行くから辞めると言いに言ったら、東京での仕事を紹介してくれたのだ。系列とはいえ、タイミングが良かった。『まずは話を』ということだった。
 用事があるのは渋谷近辺だったので、そのまま……ロゼモンさんが通う大学へ行ってみた。今日は平日だった。
 ちょっと顔を隠していたかったから掛けていた、度無しの眼鏡越しに見えるその校舎は、俺にとって不思議な空間だった。敷地内に入ると、他の学生の振りをして紛れ込んだ。
 ――本当なら事務室で見学許可もらうべきだろうけれど……。
 まさか自分がそういう許可をもらわずに敷地内に入るとは思わなかった。内緒でこっそり行って、ロゼモンさんの姿を少しでも見られればいいと思ったからだけれど。規則や規律に従いたくないと思った自分に対して、少しだけ見方が変わった。
 校舎は少し老朽化している。新築の校舎もあるけれど、今俺がいるこの建物は敷地内で一番古いのかもしれない。
 ロゼモンさんがいそうな場所を見てみたけれど、いなかった。
 そのかわり、アンティラモンさんとベルゼブモン先輩を見かけてぎくりとした。あの二人ぐらいのレベルになると、どんなに気配を消そうとしてもバレるのは解っている。
 案の定、廊下を歩きながら雑談をしていた二人は歩みを止めた。
「「どうしてここにいる!?」」
 ほぼ同時に声を掛けられ、俺は姿を現した。
「こんにちは……」
 ――うわぁ、気まずい……!
 俺は必死に笑みを作りながら、言葉を探した。
「ええっと、ですね……」
 けれども。
 アンティラモンさんが
「これを持って行ってくれないか!?」
 と茶封筒を差し出した。
 ――はい?
 思わず手を出して受け取ってしまったその茶封筒を見つめる。どこでも売っているような、ただの茶封筒だ。書類が折らなくても入るサイズ。
「ロゼモンに用事があって来たんだろ? そうだろ?」
 ベルゼブモンさんに言われ、ぎくりとした。
「ええ、その……」
 言い訳を始める前に、
「丁度良かった! 我らから届けるのはちょっと遠慮したいので、頼まれて欲しいっ!」
「写真部から取り戻してやったんだがな。――いいか、絶対に中を覗くなよ! ロゼモンに殺されるぞ!」
「渡したら速攻で逃げるといい。――すまない、こんなこと頼んでしまって……とにかく、絶対に逃げて」
「オレ達はこれからバイトがある! オマエに後は託したからな!」
 二人はまるでその茶封筒を押し付けるように、その場から――逃げた。
「……?」
 俺はちょっと疑問に感じた。
 何で二人は俺にあんなに驚いたんだろう? 先に気配を悟られているはずだから、あんなに驚かなくてもいいのに。
 ――それに……。
 俺は茶封筒を振ってみた。何か、カードが入っているみたいだ。指で封筒を軽く叩いてみて、中に入っているものがわりとたくさんあることは解った。
 ――まあ、いいや。ロゼモンさんに話しかける口実も出来た。それに、ロゼモンさんがまだこの敷地内にいるということも確認出来たんだから。
 そう考えて、ふと、首を傾げた。
 ――『写真部から取り戻した』って言ったよな? それならカードじゃなくて、中身は写真だろう。
 茶封筒には封はされていなかった。歩きながら、ちょっと茶封筒を覗き込んだ。ネガとか写真が入っている。
 ――こういう場合、ロゼモンさんが望まない写真を撮られちゃって……ってことだよな?
 俺は封筒を外側から見つめた。
 ――じゃ。困っているってことだから、早く持って行ってあげなくちゃ、な。
 それにしても、さっきの先輩たちの態度は何度思い出しても……ちょっと笑える。あんなに急いでこれを渡して、まるで爆弾でも扱っているみたいで……。
 ――爆弾?
 俺は人気のない階段を上りながら、さらに疑問に思った。
 ――『見られたら困るもの』? 『爆弾』並みに? それに確か「渡したら逃げろ」みたいなことも言っていて……。
 だんだん、嫌な予感がしてきた。
 気になって、俺は高速移動して屋上に向かった。他に誰もいないことを確認し、建物の影になっている場所を探した。封筒の中に手を入れて写真を取り出した。
「あ……」
 ロゼモンさんの写真ばかりだった。学祭の時のものみたいで、たくさんあった。
 ――なんだ。全然、『爆弾』じゃない……。昨年の学祭かな? 欲しいかも……一枚ぐらい、頼んだらもらえるかな? 美人だな……本当に綺麗だな……。
 そんなことを思い、本人にそんなこと言えないだろうなぁ…とも思って苦笑する。
 ところが。
 数枚目を見て、
「――!」
 絶句した。
 ステージ上で微笑んでいる写真。しかも水着で!?
 ――学祭のミスコンに出たんだ!
 うん、こういう写真なら『爆弾』と言われても解らないでもない。
 数枚の写真の後、どうやら優勝した時の写真らしきものが現れた。大きなトロフィーを抱えている。
 ――そっか。優勝か……すごいなぁ……。
 が、そう思ったのも束の間。次の写真を見てまた絶句した。
「――!?」
 腰まで大胆なスリットの入ったロングのチャイナドレスを着ていた!
 ――何で!?
 その後ろの数枚の写真で、どうやら有志合同で中華風の喫茶店の出店を出したんじゃないかと推測出来た。ベルゼブモン先輩は不機嫌そうに暗黒街の帝王並みの格好をしている。
 他数人の見知った先輩が参加しているみたいだ。アンティラモンさんが中華料理店でバイトをしているから、そのつてで食材を仕入れたりしたんだろうか?
 ――それにしても……。ロゼモンさんはこんな大胆な格好で人前に出て恥ずかしくないのか?
 豪華なセンスをひらひらさせて、にこやかに呼び込みをしている。目のやり場に困る写真だと思いながら、次のを見た。
「……わぁ」
 泣いている女の子(普通の洋服を着ていたからたぶん一般の来校者だ)がいる。ロゼモンさんが、見るからにエロオヤジっぽい人に向かって回し蹴りを繰り出している。どうやら、女の子をしつこいオヤジから助ける、ということもあったらしい。
 ――あのぉ……下着見えちゃってますが……。
 顔が赤くなるのを感じながら急いで次をめくって、
「わ――――――――っ!!!」
 ギョッとした。慌てて周囲を見回した。もちろん、俺の他には誰もいない。
 ――こ、これ、これは……マジで『爆弾』じゃ……!
 あらためて写真を見る勇気が出ない。だって――温泉入浴中だった――!
 ――露天風呂で隠し撮り? ど、どういう写真部なんだ!?
 俺は慌てて、写真を全部封筒に入れた。
 ――やばい。これ見たって知られたら……!
 全身から冷や汗が流れた。俺は急いでロゼモンさんを探した。



 ようやく見つけたロゼモンさんは、図書館近くの中庭のベンチに座って本を読んでいた。
 度無しの眼鏡を外して眼鏡ケースに入れ、バッグにしまうと近付いた。
 ――あれ? ロゼモンさんが眼鏡かけているところ、初めて見た……。視力悪いのか。いつもはコンタクトレンズ使っているのかな?
 声をかけることは少し躊躇われたけれど(さっきの写真を思い出してしまうし!)、思い切って声をかけた。
「こんにちは」
 呼ばれて顔を上げたロゼモンさんが、
「あ、わ、わっ」
 とても驚いたみたいで、読んでいた文庫サイズの本を足元に落とした。
「すみません、驚かせてしまって……」
「こちらこそ……ありがとう……」
 本を手渡そうとして、ふと、手を止めた。
「……?」
 俺がシリーズで買っている歴史小説の本だった。江戸時代を舞台にしたものだ。
 ――こういう話、読むんだ……?
 意外に思っていると、ロゼモンさんが顔を真っ赤にしている。
「すみません。はい、これ……」
 図書館で借りたらしい、ビニールカバーが貼られているそれを渡す。
「……ええと、それ、俺も好きで、よく読んでいます」
 迷いながら声をかけたら、ロゼモンさんはもっと顔を赤くした。そして急に、ガバッと下を向いたまま、こちらを見ようともしないし何も言わない。
 ――うわ、話しにくいなぁ……。
「ええと、用事があってこっちに来たので立ち寄ったんですが、この封筒をアンティラモンさんから渡すようたのまれました。それで……」
 封筒を差し出すと、ロゼモンさんは恐る恐る、
「アンティラモンから?」
 と、呟きながら受け取った。
 ――ダッシュで逃げた方がいいのか?
 そんなことも思ったけれど、ここで逃げたら中身を見たことがバレてしまう。
 ――先輩達、ひどいっ!
 内心、冷や汗をかきながら、ロゼモンさんが茶封筒の中身を確認しているのをそのまま見ていた。
 写真やネガを一通り確認して、ロゼモンさんは深く息を吐いた。
「ありがとう……」
 俺を見上げたその瞳にドキリとした。すごく頼りなく思えたから。
 ――気のせいだ。エロオヤジに回し蹴り食らわすような人だぞ!
 そう考えて、心の中で苦笑した。本当は気の強い人に違いないんだ。
「これ、すごく困っていたのよ。写真部に嫌なヤツがいて、勝手に被写体にされていたみたいで。
 学祭の時の写真はともかく、出店の総合優勝で勝ち取った温泉旅行まで隠し撮りされたって知って、アンティラモン達に取り戻してくれるよう頼んだの」
 そう笑顔で言われたので、思わず言ってしまった。
「学祭の時、楽しかったですか?」
「え? ええ……」
「俺もその時の写真、見てもいいですか?」
「えっ!?」
「もしも見てもかまわないのなら、見たいんです」
 ロゼモンさんはひどく慌てていたけれど、何枚かの写真を選んで見せてくれた。
「出店の人気投票で三位までには商品が出たのよ。優勝したら温泉旅行って言われて……笑わないでね? 本当に笑わないでよ?」
 俺はロゼモンさんの座るベンチの隣に腰掛け、渡された数枚の写真を見た。もちろん、回し蹴りの写真は渡されなかった。渡された写真はどれも、上半身が写っているものばかりだった。
「チャイナドレス、似合いますね」
「ありがとう……。それ、とっても恥ずかしかった……。ロングドレスで、足が思いきり出るぐらいの大胆なスリットが入っていて……そっちは見せられないわ。みんなからあんなに頼まれなかったら、絶対にあんなもの着ないもの!」
 俺は心の中で謝った。
 ――すみません、さっき勝手に見ました……。っていうか、チャイナドレスのことだけでもこんなに嫌がっているんだから、もしもミスコンの写真まで見たって知られたらかなり嫌われてしまいそう。露天風呂写真なんか……見たことは絶対に言えない!
 俺は少し、いやかなり、アンティラモンさん達を羨ましく思った。
 ――たとえ俺がこっちの大学に移っても、今四年生のロゼモンさんとは半年しか一緒にいられない……。
 けれどその半年間のために必死になっている。六月末に試験と面接を受けて合格すれば、同じ大学に通える。
「メタルマメモンが通う大学は? 学祭の時、どうだったの?」
 そう訊かれ、俺は首を横に振った。
「いつも用事が重なるので、参加したことはないんです」
「そうなの……」
「そうだ。今年、もしもロゼモンさん達が出店を出すのなら、遊びに行ってもいいですか?」
「え……ええ、もちろん! 案内するわ!」
 ロゼモンさんは微笑む。
 ――その頃には同じ大学に移っているんだけれど。……でもまだ、試験受かっていないしなぁ。落ちるつもりはないけれど……。
「……その傷、どうしたの!」
 突然、ロゼモンさんが声を上げた。俺の左手を見つめている。
 俺は手に残る傷を
「これは料理している時に切っちゃって……」
 と、ごまかした。
 ――だいたい、アンティラモンさんがあんなこと言うから……。
「痛そう……大丈夫?」
「いいえ。もう、痛くなんかないんです」
 急いで話題を変えようとした。不注意でケガをしたことを心配されるのは、あまり気分がいいことじゃない。はっきり言って情けない。
「そういえば、その本……」
 俺はロゼモンさんに訊ねた。さっきから、ロゼモンさんの膝の上にある文庫が気になっていた。
「そのシリーズ、全部持っているから今度貸しましょうか?」
 ロゼモンさんは驚いた顔をする。
「でも……本読むのすごく時間がかかるから……」
「俺は読み終わっているから、返すのはいつでもいいです」
「……ありがとう……でも、本当に読むの遅いの……」
「その作者の文章はそれほど読みにくくはないと思うけれど?」
「それが――恥ずかしいんだけれど、私、あまりこういう本って読まないのよ」
「え? そうなんですか? それなら偶然ですね……」
 ロゼモンさんが俺から目を逸らした。
「……アンティラモンから聞いたから……」
「?」
「その……貴方がこういうの読むって……だから読んでみようかなって……」
 途中から、何を言われているのか解らなくなった。
 ――俺が? 本当に? ちょっと待って――!
 動揺するのを必死で隠しながら、俺は微笑んだ。何か言わなくちゃと焦る。
「今、どこ読んでいるんですか?」
「え? ええっと……ここ、『桔梗の刀』って話」
「ああ、その話……この殺人事件の真犯人は意外な人物で、こっちで出てきた長屋の……」
「きゃ! ちょっと! ネタバレ反則!!」
 ロゼモンさんは半ば本気で怒った。でも苦笑混じりだった。
 ――どうしてこういうごまかし方をするんだ、俺……。
 つくづく自分の意気地の無さに呆れた。
 そして同時に、この目の前にいる『花』をずっと見ていたいと本気で思った。



 夜中に自宅に戻り、電気を点けた。
 今日は色々なことがあって、疲れた……。でも楽しかった……。
 ロゼモンさんにはそれとなく、本を貸すからと理由をつけてメールのやりとりをする約束をした。順序が入れ替わったけれど、これでメールの内容に悩まなくて済むんだから良かった。
 俺はバッグから自分の手帳を取り出し、開いた。
「……すみません」
 小さく呟く。
 どうしても……どうしても欲しくて! ――笑顔で写っている写真を一枚だけ、勝手に引き抜いてしまったのだ。
 ――怒るかな……。
 しかも全身写っているやつだ。チャイナドレスを着て全身が写っている写真は見られたくなかったみたいだから、きっと知られたら怒ってしまうだろう。でもこの写真が一番、笑顔が綺麗だったから、つい……。
 ――いいか、別に。ばれなければいいんだ。時々写真見ることぐらい、ばれない。
 アイドルの写真をキャーキャー言いながら見ている女の子が大嫌いだったくせに、まさか自分がそういう立場になるとは……。
 俺は手帳を閉じようとして、ふと、手を止めた。写真の端に写るその人影に目をこらす。
 ロゼモンさんを離れたところから見ている……黒いスーツ、黒いネクタイ……およそ、賑わう学祭には相応しくない服装だ。――これ、喪服か?
「――おばけ屋敷を企画した有志の団体もいるだろうから、そういうデジモンかな?」
 ――こんなにロゼモンさん綺麗だから、通りすがりでも見惚れるよな……。
 黒いスーツを着た暗緑髪の男のことには、その時はそれほど気にも留めなかった。小さく写っていたから年齢も解らない……。


《ちょっと一言》
 携帯電話を握り潰した場合、あそこまで手を切ることになるのかは解りません。やったことがありませんからね。
 タイトルをどう付けるのかはとても悩みました。ロゼモンがそのまんま『バラ』をイメージされたデジモンなので、ストレートに『花』と考え、そんな感じのタイトルばかり並べてみました。安易でごめんなさい。
 メタルマメモンのイメージは…どう考えても『戦闘』です。小さいながらも全身武装しちゃっていますから。デザインがとても好きなデジモンです。

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