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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
『花』ニ想ウ 前編 Side:METALMAMEMON
(※番外編「ソノ翼ノ行方」の続き)


 ゴールデンウィークの翌週の日曜日。俺はロゼモンさんと鎌倉に行った。
「助けてもらったお礼がしたいから」とロゼモンさんに言われたからだった。
 食事だったら東京都内の適当な場所ですればいいのに、少し気分が変わったので鎌倉に誘った。
 鶴岡八幡宮でお参りして、ボタンを見た。
 その時初めて、自分がこの人に対してどういう想いを抱いているのかに気付いた。
 ハトサブレを買った時に思った。
(今、ロゼモンさんと話しているのが楽しい。――それだけで充分だ)と。
 その笑顔を見ることが出来れば、それで充分だ、と、その時はそう思った。



 ――それで本当にいいのか?
 東京から大阪へと向かう新幹線の車内で考えた。
 本当はそんな風に思っていないんじゃないか!と、自分に対して無性に腹が立った。
 あれだけ楽しく話をしていたのなら、あの人に携帯電話番号やメールアドレスぐらい訊いても良かったんじゃないかとも思えてきた。
「……」
 ――アホ。ロゼモンさんが誰かとすでに付き合っていたらアウトだろ。あんなに美人だから、きっと……。それにロゼモンさんからしてみれば、俺はただ『ベルゼブモン先輩の後輩』ってだけなんだから。
 その場が新幹線の車内じゃなかったら、すぐにアンティラモンさんに電話していた。俺は仕方なく、新幹線の窓から夜の景色を見ながら考えた。
 ――アンティラモンさんに電話して、訊ねて、もしもロゼモンさんが特に誰とも付き合っていなかったら? そうだったらいいのに。
 そう思う反面、
 ――もしも、ロゼモンさんが誰かと付き合っていたら?
 とも思う。どんなに考えても、あれだけ美人だったら後者の可能性が高い……。
 京都駅で新幹線を降りて、奈良の自宅へ帰った。
 自宅へ戻っても現実と向き合うには心の準備も出来なくて、アンティラモンさんに連絡を取ることも出来なかった。
 ――もしも、あの人に恋人がいたら……。
 ちっとも男らしくない自分に対してイライラしながら眠ると、ロゼモンさんの夢を見た。
 夢の中のロゼモンさんは、とても綺麗だった。今日会った時の服装だった。けれどいつの間にか、気付くとロゼモンさんは――ウェディングドレスを着ていた。
 裾の長い、ふわりとしたスカートの真っ白いそのドレスはとても似合っている。綺麗だなぁ……と見惚れた。
 ロゼモンさんは微笑むと、俺と繋いでいた手をゆっくりと……放した……。



 大学帰りに立ち寄った『関西支部』の総務部で、俺は溜息をついた。ざわついた室内ではその溜息は掻き消される。
 応対してくれていたキウイモンだけが俺に問いかける。
「どうかしたの? 悩み事?」
 彼女は『関東支部』のキウイモンの従姉だ。気さくな性格で、二児の母だ。
「あの……」
 俺はキウイモンに問いかけた。
「配属場所の移動をしたいのですが……」
「あらそう? 奈良から引越すの? でも大学があるでしょう? 京都辺りにしてみる? そこなら急募が出ているから……」
「いえ、東京へ、『関東支部』へ……難しいことは承知しています。その上でぜひ……」
 キウイモンが一瞬黙って、瞬きをした。首を傾げて、その傾げた首を戻す。俺の顔をまじまじと見つめた。
「『関東支部』……?」
 問いかけられて、俺は、
「はい。お願いします」
 と頭を下げた。
「本当に? 『関東支部』って……どうして?」
「一身上の都合で。大学へも、東京にある兄弟校へ移れるかと訊いてきたら、同じ学部学科内に限ってなら特例で認められているそうです」
 ざわざわと俺の周囲がざわつく。「え?」と思っているうちに、急に周囲で、
「うそ、マジ〜?」
「そんな、やだ〜!」
「メタマメくんが!?」
「ショックー!」
 と、声がちらほらと上がり出した。
「メタルマメモンさん、東京に行くんですか?」
「どうして!?」
 と、次々に声がかかる。
「はい。お世話になりました……」
 そうとだけ答えて、俺は頭を下げた。その場に居辛くて、俺は『関西支部』の総務部から足早に外に出た。
 外は曇り空だけれど、気分がすっきりしているからか、嫌じゃなかった。思い切って、さっさと配属場所の移動を願い出て良かったのかもしれない。
 大阪の街中を歩きながら、俺はふと思った。
 ――東京の空は……どうだろう。ロゼモンさんは元気かな……。
 今朝、夢から覚めて――自分の気持ちを思い知った。夢の中でロゼモンさんを追いかけようとしても出来なかったのは、仰向けに眠っていて足が動かせないということが夢に影響したんだと思った。
 じゃあ、もしも横向きで眠っていて……つまり、夢の中で追いかけることが出来たら? 俺、短距離は自信あるからきっと追いつけたと思う。追いついて……それで?
 ――夢の中だったら、ストレートに告っていたのか?
 夢の中はズルイ世界だ。現実では出来ないことも、現実では気をつかうようなことも独断でさっさとやってしまえる。相手がどう思うか考えずに自分の気持ちを押し付けることも出来る。
 ――そんなズルイ世界でだけ自分の気持ちを言えるなんて、――気色悪い。それは一番なりたくない『俺』だ。
 ふと、俺は足を止めた。歩道に面しているブライダルやパーティー用のドレス専門店のショーウインドーを見上げた。
 ――ああ、このドレスか。
 真っ白い、胸元が開いたドレス。豪華なダイヤのネックレス。ふわりと舞うベール、ティアラの形の髪飾り。――たまに通りかかって無意識に記憶していたそのドレスが、夢に出てきたらしい。
 俺はまた歩き出した。ようやくアンティラモンさんに電話をかける気にもなってきたので、まずは自分の部屋へ戻ろうと、路地へ足を運んだ。
 人気の無い路地でデジモンの姿に変わると、ビルの上に向かって一気に跳び上がる。そのままビルの屋上を伝いながら高速移動を繰り返した。



 地元の奈良へ戻り、部屋に帰った。デジモンの姿のままでは家の中でかなり不便なので人間の姿に変わり、自室のベッドに腰掛けた。
 アンティラモンさんに電話をかけると、すごく慌てていた。きっと忙しいんだろう。
「お忙しいようでしたらかけ直します……」
 遠慮してそう言うと、電話の向こうでもっと慌てた声がした。
『違う……その……我も連絡を取りたいと思っていて……』
 そんなことを言われ、携帯電話を耳に当てたまま首を傾げた。
「何でしょう?」
 夕方になり外も暗くなってきたので、立ち上がる。窓に近付き、カーテンに手をかけ、閉める。
『あの……ロゼモンと知り合いなの?』
「……」
 たぶん。カーテンを持ったままだったら、引き裂いていたかもしれない。俺の握力はかなり強いので。
 冷静になろうと心に念じ、
「はい」
 とだけ、答えた。
「ロゼモンさんが何か……アンティラモンさんに話したんですか?」
 アンティラモンさんが声を潜める。
『それは……その……』
「日曜日、鎌倉に一緒に行ったんです。そのことで何か言われましたか?」
 ――迷惑だったのか……? もしかして、あんなに楽しそうに話していたのに、本当はロゼモンさんにとって、あの時間は……迷惑だったのか? 社交辞令だったのか?
 あれは全部嘘だったのかと、そう思うと声がつまりそうになったので電話を切ろうとした。
「あの、すみません……また今度あらためてかけますから……」
 早口に言って電話を切ろうとしたら、
『申し訳ない!!』
 と、大声が聞こえた。
 ――アンティラモンさん?
 何でそんな大声を出すのかと驚く。アンティラモンさんはいつも物静かだからだ。それにどうして、俺に対して謝るのか?
『どうしてもと言われて……大学のこととか話してしまった……すまない……』
「大学?」
『プライベートなことを勝手に話されるのは、お主があまり好まないことは知っていた。けれど……すまない!』
 アンティラモンさんは以前、古臭い喋り方だとベルゼブモン先輩に笑われて(その時はインプモンだったけれど)、それ以来、言葉遣いに気をつけている。それが混ざってしまっているということは、かなり慌てているみたいだ。
「ロゼモンさんに? 大学って?」
『大学の……お主のこと。学部とか、ラジオのバイトのことや……』
「はい? 俺の? ――――って、俺のっっっ!?」
 ――熱っ。
 手を顔から離した。
「……やっちゃった……」
 携帯電話が壊れていた。二つ折り携帯電話のフレームが不自然に割れてしまっている。思わず握り締めてしまった。人間の姿の時にやってしまったから大破とまではいかなかったが、修理するより買い換えた方が早いと言われるだろう……。
 一瞬、火花も散ったのかもしれない。空いている手で頬を擦りながら、軽い火傷になっているかもと思う。流水で冷やさなくちゃと考え、携帯電話を握ったままの手から何かが滴ったのに気付く。床にポタポタと滴る赤い液体を見つめ、ようやく痛みが伝わってきた。



 翌日。大学へ行く前に携帯電話を買い換えた。夜のうちに知り合いに公衆電話から電話して、朝一で店に行って対応してもらった。「また壊したのか?」とハグルモンに笑われたけれど、何も言い返せなかった。
 大学の構内にあるカフェでコーヒーを頼んだ。外のテラスで空いている席を探し、新しい携帯電話でさっそくアンティラモンさんに電話をかけた。留守電に切り替わると思ったら、アンティラモンさんはすぐに電話に出た。
「すみません。昨夜は……驚いてケータイを壊してしまいました……」
「え……!?」
 電話の向こうでアンティラモンさんが絶句していた。
「ケータイは買い換えましたから。その……今、電話出来ますか?」
『あ、ああ……もちろん……』
 包帯を巻いている左手が痛いので、右手に携帯電話を持ち替えた。右利きだけれど、携帯電話は左手でいつも使っていたんだと初めて気付いた。
「あの……ロゼモンさんは、その……どうして俺の大学のことなんか……」
『それは、……ただ、少々興味が涌いたらしく……』
「そうですか……」
 ――興味? どうして俺なんかに興味を?
『本当に申し訳なかった』
「いえ、気にしないで下さい」
『ケータイを壊すほど嫌だったなんて思わなくて……申し訳ない……』
「いいえ! それは違いますから、関係ないですから!」
『でも、それならどうして?』
 ――うわ、うわ……話題変えなくちゃ……。
「ええと……そういえば、」
『ああ、そうだった。お主は何か我に用があって電話をかけたのでは?』
 先に話題を変えられ、しかも予想していないことを訊ねられて、ぎくりとした。
「いえ、あの……たいしたことじゃなくて……」
 そう言いかけて、先輩の言葉を思い出した。
 ――『男らしく』、ちゃんと真実は聞いておいた方がいい。
「お訊きしたいんです。あの人は、どなたかお付き合いしている人はいるんですか?」
『ロゼモンのこと? いないはずだけれど……』
 ――『いないはず』?
「そうですか……」
 ――そういう言い方ってどう受け取ればいいのかな。前に付き合っていた人がいるっていう意味か? そうだな、きっと……。
『我は、てっきり……お主と付き合っているのかと』


 ――は?


 携帯電話を壊さないようにと、とっさに手を離した。カフェテラスの床に落ちたそれは音を立てて、床を半ば滑るように転がる。すぐに床の上で動かなくなった。
 携帯電話を見つめる。
 ――今、何て?
 立ち上がり、恐る恐る携帯電話を拾い上げる。画面を覗くと、通話は切れていた。
 ――どうして? どうしてアンティラモンさんはそんなこと俺に言うんだ?
 席に座り直し、かけ直した方がいいんだろうけれどと迷っていると突然、携帯電話が鳴り始めた。アンティラモンさんからだったので急ぎ出て、
「すみません、今、ケータイ落としてしまって……」
 謝ると、ホッとした声が返ってきた。
『気にしないで。驚かせてしまってすまない』
「ええと……あの……本当にすみません。ところで、どうして俺とあの人が付き合っているだなんて……?」
『ロゼモンが誰かに興味を示すなんて思わなかったから』
「え……?」
『それに……あ、ちょっと待って!』
 アンティラモンさんの声が少し遠くに聞こえた。『ロゼモン!』と。
 ――ロゼモンさんが近くにいるの!?
 あらためて、あの人との距離を思い知る。その場に一緒にいないことが悔しくなった。
「アンティラモンさん。俺、ロゼモンさんのケータイ番号が知りたいんですけれどっ!」
 半ば怒鳴るように、そしてもう半分は八つ当たりでそう言っていた。カッとなって言ったら返事が来ない。もっとイライラして、
「アンティラモンさん! 聞いていますか?」
 と強い口調で問いかけた。
 すると、携帯電話越しに声が聞こえてきた。
『……こんにちは……』
 消えそうな、恐る恐る問いかける声だった。
 ――え? あれ?
 きょとんとして、それから、驚いて立ち上がった。
「すみませんっ!」
 気が動転した俺は、夢中で通話ボタンを切っていた。
「あ……」
 ――何をやっているんだ、俺……。
「……」
 脱力して、椅子に沈むように座り直した。
 ――あほ。アホ。阿呆。
 ――ばか。バカ。馬鹿。
 俺は手の中の、開いたままの携帯電話を見つめる。溜息をついた。
 ――本人に言ってしまった……。
 うなだれ、携帯電話を額に当てた。冷たかった。



 大学からの帰りにそのまま、今日の巡回地区に向かった。
 奈良や京都の文化財保護などを特にバイト先から任されているから、その地区の見回りに行くのが日課だった。
 見回りは他のデジモンと分担している。歴史ある木造建築物が多い上、その周囲が山林で囲まれている場合がほとんどなので、さすがにどんなに急いでも現場に駆けつけるまでに被害が拡大してしまうから、俺が提案して始めた。
 ――そうだ。俺が提案したのに……。東京に引越したら出来なくなってしまうこともあるんだ……。
 夕暮れの唐招提寺の境内で、ケイカの木を見上げた。花の時期は終わり、ガクアジサイに似ている白い花も来年を待つことになる。
 顔見知りの僧侶がいたので挨拶をした。その後も、その木を見上げていた。
「メタルマメモンさん達のおかげですからね」
 そんなことを言われた。
「あの時、助けてくれたでしょう。昨夏のことでしたね……」
 昨年の夏――そんなこともあった。暴れたデジモンの攻撃から、ここ一帯の建造物や草木を守った。このケイカは特に中国から贈られたもので大切なものだとは以前から知っていた。枝葉の一本たりとも傷つけることもなく守りきった。
 あの時はさすがに皆から『防御率0.00』とか言われたっけ……。
「今年はゴールデンウィーク頃が花の見頃でした」
「そうでしたか……」
「金堂が解体修理されていますから、見に来られる人も少なめですがそれでもたくさんの方がこの木を見上げました」
「では来年には必ず来ます」
「そうですね。この木も喜ぶでしょう」
 今年は――今年のゴールデンウィークは奈良から離れていたから……。
 この花を見ることは出来なかったけれど、それでも……たぶん、あのきっかけがなかったらロゼモンさんに会うこともなかったんだと思う。
 東京に行こうと思っていることを伝えると、僧侶は穏やかな表情で何度も頷いてくれた。



 特に一大事も無く、俺は自分の住んでいるマンションへ戻った。
 学生寮のようなそのマンションの入り口で、ケンタルモンさんに会った。
「その手はどうした?」
 挨拶もそこそこに話しかけられた。
 包帯を巻いた左手を少し持ち上げて、
「夕食作っている時に包丁で切りました」
 と、明るく嘘をついた。
「らしくないな。気をつけて」
「はい」
「ところで、東京に行くって?」
「はい。後期から行けるみたいです」
「そうか……」
「ご迷惑をおかけしてしまいますが……」
 ケンタルモンさんはバイト先の先輩でもあるのでそう言い頭を下げると、ケンタルモンさんは首を横に振った。
「どうせベルゼブモンが何か言い出したんだろう?」
「いいえ。そういうわけじゃありません。まだ話していませんから」
「そうなの?」
「はい」
「それなら、どうして東京へ?」
「一身上の都合で」
「建前はいいから。本音は?」
「え?」
「あまりに突然だと思ったから」
 いつも相談にのってくれる先輩だから、
「……えっと……」
 ちょっと考えて、言ってみた。
「見上げていたい花を見つけたんです。それが理由です」
「……花? ああ、今日は唐招提寺の見回りだったな? あのケイカのような?」
「ええ」
「関東で花の名所っていうと、上野東照宮か? 明治神宮か? たくさんあるからな……」
「さあ、どこでしょう?」
「さあ……ってなぁ。う〜ん。見上げてって言ったら、木に咲く花だろう? ……ええ?」
 ふと、ケンタルモンさんが「あれ?」という表情で問いかける。
「花って……もしかして? 例え話?」
 俺は苦笑いして頷く。
「そういう風にも例えますよね?」
「冗談だろ!?」
「えー? そんなに驚かなくても……」
「あ、いや……気分を悪くしたならすまない。メタルマメモンが誰かに興味を示すなんて思わなかったから」
 ――え?
 俺はケンタルモンさんを見上げた。
 ――それって? もしかして、ロゼモンさんも? そんな……まさか、ありえない。
 少し心臓が痛くなるような、そんな気持ちになった。
「すみません、失礼します」
 挨拶もそこそこに、階段を駆け上がった。
 部屋に戻ると、携帯電話にメール着信があることに気付いた。携帯電話を開き、メールボックスを覗いて驚いた。ロゼモンさんからだった。携帯電話の番号とメールアドレスが書かれていた。
 ――どうしよう。
 俺はそれを見て、迷って……結局、かけなかった。


《ちょっと一言》
 いつも読んでいただきありがとうございます。茜野永久ですv
 この話を書いたのは2007年1月のことでした。ネットで調べたら唐招提寺の工事のことなどを見かけましたので、そのように記述しています。
 この話は後編があります。後編は明日の分の更新で掲載します。どうぞお楽しみにv

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