[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
ソノ翼ノ行方 Side:BEELZEBUMON
(※番外編「LOVE×PASSION」の続きです)


 正直、ヤバイと思った。
 ――何も考えつかねぇ……。
 オレは本屋の棚の前で腕を組む。心の中でさっきから唸り声を上げ続けていた。
 ――アイが喜びそうな場所って、どこだ?
 ゴールデンウィークが検査入院で全滅してしまった埋め合わせに、「今度の日曜日」と言われているが、さてどこに出かけたらいいのか。あれだけアイに迷惑をかけ続けているのだから、ちょっとはマシな場所に連れていってやりたいとは思うんだが。
 今日はもう金曜日。迷っている時間はねぇんだが……。
「……」
 何度か、首都圏の観光ガイドなどを手に取った。ほとんどのその手の本はパラパラとめくってみた。
「……」
 手がどうしても伸びなかった、棚に平積みされているガイドブックを見下ろす。それはいわゆる、……カップル向けのデートスポットを紹介したガイドブックだった。
 ――いや、こういうのじゃなくって、なぁ……。
 やはり、アイが言っていた候補地の中で決めた方がいいのかなと思えてきた。
 何も買わずに本屋を出た。歩きながら、サンシャイン60の展望台でもいいかと安易な方向に考えをまとめていた時だった。
「先輩」
 声をかけられた。振り向いて
「どうした?」
 と驚く。挨拶より先にそう言っていた。
「こんにちは」
 関西に帰ったはずのメタルマメモンが、そこにいた。
「ああ……よぉ。何でここにいるんだ? 日曜日の夜に帰ったんじゃねぇのか?」
「はい。ちょっと私用でこちらに来ました」
「私用?」
「はい。ちょっと先輩に聞きたいことがあって……」
「話だったらわざわざこっちに出てこなくても、ケータイに連絡よこせばいいだろ?」
「あ、いえ、その……ケータイだとちょっと……」
「?」
 オレはメタルマメモンを見下ろす。歯切れの悪いその様子に首を傾げた。いつもハキハキと返事のいいコイツが、何か迷っているのは珍しい。
 歩道で、前方から来た自転車を避けながら思う。
 ――たまには先輩っぽいことをしてやってもいいだろう。
「――おい。時間あんのか?」
「時間ですか? はい。ええと……夕方の新幹線で帰ろうと思っていて……」
「そうか。じゃ、ついて来い。飯でも食いに行くぞ。昼飯まだだろ?」
「はい!」
 メタルマメモンは安堵した表情で大きく頷いた。人通りも少なかったのでオレもメタルマメモンもデジモンの姿になり、一気に空に飛んだ。



 『皐月堂』という店がある。昔からの知り合いが経営しているそのカフェは飯も美味い。
 近くの路地に降り、そこで人間の姿に変わったオレ達は店へと向かった。
「?」
 『CLOSE』という札がドアにかかっていた。珍しい。休み時間か?
 オレがドアを開けると、
「いらっしゃいませ」
 と、店内から声がかかる。女の声だ。それも良く知っている声。
「なんでテメェがここにいるんだ? ロゼモン!」
 窓際のテーブル席に座っていたのはロゼモンだった。
「ちょっと留守番しているの」
「なんだ。オッサン、いねぇのか?」
「ええ。ちょっと買い物……」
 ロゼモンはそこまで言いかけ、急に立ち上がった。
「あ……! こないだはごめんなさい!」
 その言葉はオレに向けられたものじゃなく、オレについて来たメタルマメモンに向けられたものだった。
「なんだ?」
 知り合いかと言いかけ、オレは少し驚いた。メタルマメモンが顔を強張らせている。
 ――コイツがこんな顔しているの、初めて見た……。
「とても気になっていて……あの、本当にごめんなさい……」
 モデル並みの身長の持ち主であるロゼモンが、平均身長以下のメタルマメモンに平謝りになっている。状況がこうでなければ笑えるかもしれないが、メタルマメモンはますます顔を強張らせた。ロゼモンを許すというような言葉も、挨拶もしない。無視をするわけでも、怒り出すわけでもない。口を引き結んだまま顔を強張らせている。
 この状況をどうしたらいいのかとオレが頭を掻く前に、店のドアが開いた。
「ああ。来ていたのか?」
 この店のマスターである、レオモンだった。オレは『オッサン』と呼んでいる。
 オッサンは元々、オレがいるバイト先で働いていた。だから勘は鋭い。
「どうした?」
 温和な声で訊ねる。オレが何か言うよりも早く、
「私、帰りますから……それじゃ……」
 ロゼモンがバッグとジャケットを掴むと、足早にオレ達の前を通って店のドアへ向かう。ロゼモンは半泣きの顔をしている。いつも自信たっぷりのコイツがこんな顔をしているのも初めて見た。正直言ってかなり驚いた。
「おい……」
 オレが声をかけるよりも早くドアの向こうへロゼモンは消えた。通りすがりにロゼモンが残していった華やかな香水の香りが、悲しげな残り香となっていく。
 オッサンが苦笑する。
「ケンカしたのか?」
 言われて、オレは首を横に振った。
「違う。オレじゃねぇって」
 オレは、黙ったままのメタルマメモンを見下ろした。
 オレ達は空いている席に座った。ビーフシチューのセットを頼むと、メタルマメモンに訊ねる。
「何がいい?」
「……同じものを……」
 時間が経つにつれて、メタルマメモンは『自己嫌悪』の文字がくっきりと見えるほど落ち込んできた。辛気臭い後輩の代わりに、オッサンに「ビーフシチューを二つで。ライスで」と告げた。
「ロゼモンと何かあったのか?」
「いいえ、たいしたことじゃないです」
「『たいしたことじゃないこと』はあったんだろ?」
「ええ……まあ……」
「わざわざオレのところに話に来たのって、アイツ絡みか? 何かあったのか?」
 メタルマメモンがオレに、恨めしそうな視線を送る。
「先輩が羨ましいです……」
「は?」
「背も高い。ちゃんと年齢相応に見える……」
「年齢?」
「……僕は……ああ、そうか……『僕』っていう話し方がそもそも悪いのかも。今度からは『俺』かな。そうしよう……」
 だんだん、ぶつぶつと独り言に切り替わっていくのでオレは苦笑して遮った。
「まず、聞くがな。アイツといつ、どこで会った? その時、何か言われたんだろ? 何て言われた? オレからもアイツに言ってやるから……」
 オレは、運んでもらっていた氷水の入ったグラスに手を伸ばす。レモンの輪切りをピッチャーに浮かべているので、レモンの香りなどが移っているそれを飲む。
「こないだ――デジタマ持って『関東支部』の管理部門へ行って、デジタマ渡した後に総務部へ挨拶に向かったんです。関東での助っ人の最終日だったから。そうしたらあの人――ええと、ロゼモンさんって言うんですね……」
「そこで会ったのか?」
「ええ。先輩のこと探しているみたいで」
「オレ? ああ、そういえばあの時、レポート用のノート返す約束もあって……」
 ノートは翌日、大学で返したっけ……と思い出しながら、話の続きを聞いた。
「先輩ならさっきまで一緒だったからと思って挨拶したんです。そうしたら……」
「そうしたら?」
「あの人、言ったんですよ! 『高一?』って! 高校生に見えたらしくて……」
 危なく、氷水を噴出すところだった。
「高一に間違えられたのかっ! ひでぇな!」
「僕……じゃない、俺は! 俺はこれでも大学行ってますから! 学年は先輩の一つ下ですけれど……」
「オレは一浪して、一年休学しているから……」
 指折り数えてみて、
「オレと同期のアイツは……大学入学前に美容学校行っているから……」
「え!」
 メタルマメモンが驚く。
「先輩と同期? でも、美容師の学校って……?」
「アイツは美容師になりたいんだが、親が大反対でな。結局、せめて大学は出てくれってことになって、美容師の免許取ってから、大学通っているんだ。新宿のヘアサロンでバイトしているんだが……」
 オレは席から立ち上がり、カウンターへ向かった。
「オッサン。ロゼモンは何の用だったんだ?」
「ああ……何か相談したいことがあったらしいんだが……」
 オッサンが苦笑している。それだけで、ようやく事態は飲み込めた。
 オッサンが言いたいのはおそらく、『ロゼモンが初対面のメタルマメモンに言ってはならないことを言ったことを後悔していて、落ち込んで、どうしていいのかここに相談に来た』、ということなんだろう。
「ああ、アイツってお人好しだからな〜。気配りし過ぎでたまに石橋も叩き過ぎてぶっ壊すに近いしよぉ……」
 わざと茶化すようにオレは言った。それはメタルマメモンの発する自己嫌悪の空気を和らげるつもりでそうしたんだが、
「そういう言い方って、ないと思います!」
 メタルマメモンが突然、声を荒げた。
 逆効果――火に油を注いだかと焦る。
「あ、ああ……そりゃ、まあ、高一ってのは言い過ぎだぁ……なぁ?」
「違います!」
「は……?」
「お人好しだなんて、酷い言い方をあの人に言わないで下さい!」
「はあ? オレ?」
 思わず、自分を指差した。
「そうです、先輩のことです! あの人だって、悪気があって俺にああいう言い方をしたわけじゃないんですから! それなりに気遣いをしてくれたわけで……それにあんなに美人で綺麗な人にそんな言い方は失礼ですよっ!」
 メタルマメモンは一気に喋って、ハッとして
「すみません……」
 と謝り、「えらちやなぁ……」と席に沈み込むように座った。確か、「いらいらしやすいなぁ……」というような意味だったはずで、コイツの地元、奈良の方言だ。
 オレはガシガシッと頭を掻いた。
「あ〜の〜な〜! そこまで思っているんだったら、どうしてさっき、もっと違う言葉が浮かばなかったんだ?」
 オレは呆れながら席に戻ると、どっかりと腰を下ろした。
「……なんだか、頭に血が上ってしまって……」
「ふ〜ん……」
「本当にすみません……」
「まあ、いいけどよぉ」
 オレはごそごそとポケットを漁った。適当な紙をと思ったが、何も見つからなかった。
「おい。何かメモ出来るものってないか?」
「はい? ええ、持っていますけれど……」
 メタルマメモンが持っていたバッグから小さいバインダー式の手帳を出した。黒い革のそれのページを外そうとするから、
「ああ、そのままでいーや。こっちのページ、使っていいんだな?」
「え? はい、どうぞ」
「ペン、借りるぞ」
「はい?」
 オレは、ざっくりと地図を書き始めた。数回行ったことがある記憶を辿る。
「こんなもんかなぁ……。――ここが新宿駅。こっちのアルタ側に出るだろ、こっちの道をこう行って、こっち曲がって、……ここの五階がロゼモンのバイトしているとこだ」
「ちょ、ちょっと、先輩!」
「名前は……忘れた。何とかガーデン、とかいう感じだった気がするなぁ。――話があるなら自分の足で行って来い。男らしく、だ」
 『男らしく』とわざと付け加えた。メタルマメモンは普段から『男らしい』ということに変に憧れて日夜努力している。努力が空振ることもあるが。
 案の定、メタルマメモンは「そうか! よしっ!」と一人、気合を入れ始めた。
「俺、頑張ります! きちんと話して来ます!」
「ああ、そうしろ。自分のことは自分でケリつけておけ」
「はい!」
 オレ達は運ばれて来たビーフシチューのセットを食べ始めた。
「ああ……そういえば。ここらで観光っぽい場所ってどこだろうな?」
 オレはメタルマメモンに訊ねた。
「観光ですか?」
「ああ。ゴールデンウィークの替わりになりそうな……」
 誰と行くかは言うつもりはなかった。
「そうですね、観光……ですか? 鎌倉はどうでしょう?」
「鎌倉? 離れているだろ?」
「鉄道路線使うなら案外近いんですよ。今の時期なら鶴岡八幡宮のボタンが見頃です」
「ボタン? 花、かぁ……」
「花はダメですか?」
「出来れば高い場所がいいらしい」
「高い場所? ああ、値段がじゃなくて、標高がってことですか?」
 メタルマメモンはちょっと考え込んだ。
「それなら、サンシャイン60の展望台はどうでしょう? ワールドインポートマートの十階に水族館もありますし、飲食店も種類が豊富で、手頃な価格で食事も出来ます」
「ああ、あそこの水族館って、高い場所にあるなぁ……」
「展望台と水族館がセットになっている割引チケットもあります」
「詳しいな」
「デートコースでもありますから」
 一瞬、ビーフシチューを詰まらせそうになった。が、メタルマメモンはそれに気付かなかった。
「よく女の子が行きたがる場所ですよね。俺も誘われて何度か行ったことありますけれど、わりと面白い場所ですしね……」
「ああ、まあな……」
 ――オレは誰かに誘われたことなんかねぇが、オマエはかなりそういう機会はありそうだな。
「女の子って、恋愛に夢を見ているじゃないですか。男もそうらしいんですが、俺、ちょっとそういうのって鈍いから……。いつだったか、『彼が出来たら空に近い場所でデートするのが夢なの!』って言っていた子もいましたよ……」
 ふと、メタルマメモンがオレに問いかける。
「あれ? どうしたんですか? 変な顔していますよ?」
 言われてようやく気付いた。
「いや、なんでもない……」
「そうですか? ――ああ、思い出した。前に話しましたっけ? 俺、関西地区のFMラジオ局でパーソナリティの仕事もしているんです。その時のお便りだった」
「あ……ああ、そうか……」
「恋愛相談とか、いろいろなハガキが来るんですよ」
 適当に頷きながら、ビーフシチューの残りを食べた。途中から味が判らなくなった。
 ――アイも……そう思っているのか? 空に近い場所で……って?
 メタルマメモンが言った言葉が、アイの言葉のように錯覚してきた。気を抜くと上の空になりそうになる。気になることだが頭の隅に追いやり、オレはメタルマメモンと話をしながら店を出た。
「じゃあ、これから行ってみます!」
 メタルマメモンを見送り、オレも自分の家に帰ることにした。
 店の入り口まで見送りに出ていたオッサンが『CLOSE』となったままだった札を『OPEN』に変える。オレはオッサンに軽く頭を下げるとデジモンの姿に戻って空へ、一気に上昇した。



 日曜日。
 中二のアイが展望台はともかく水族館を面白がるのかと少し不安に感じていたが、アイはずっと笑顔で楽しそうだった。
 アイは水族館の小さい水槽も大きい水槽も、面白そうに眺める。オレもアイに引っ張られるようにそれを眺める。
 熱帯魚にはさほど興味は涌かなかったが、東京湾の魚や、他、ほのかに光の差す水槽の中で泳ぐ深海魚にはかなり興味は涌いた。
 アイは案の定、オレとは逆で熱帯魚の鮮やかさに見惚れていた。
「きれい……。あ、逃げちゃった……」
 アイが気の済むまで、オレはアイと熱帯魚の水槽を眺めた。不思議なもので、熱帯魚もそれほど悪くないなと思えてきた。
 外ではペンギンやアシカを眺める。やはりアイは楽しそうだった。アイはペンギンも好きらしい。オレはそれほどペンギンをかわいいとは思わないが、アイがとても楽しそうなので並んで眺めていた。
 水族館を出て、サンシャイン60の地下一階へ向かう。直通エレベーターに乗って展望台を目指す。
「標高差があるから耳が痛いだろ?」
「うん」
 それでもアイは、とても楽しそうだ。
 ――どうしてそんなに楽しそうなんだ?
 疑問に感じる。オレと話をしていても面白いとは思えないんだが、アイはとても楽しそうだ。
 展望台の室内をぐるりと回り、外のスカイデッキに出た。さすがに外は風が冷たい。家族連れが二組、カップルが二組ほどいる。ここから飛び降りるヤツがいないよう、警備員もいる。
 ――ここは高過ぎるから、そうそう飛び降りようと思うヤツもいねぇがな……。
 フェンス越しに
「あっちが、家がある方角ね」
 とか、
「もっと雲がなかったら富士山が見えたかもね」
 とか、
「新宿のビルが見える!」
 などと、飽きる様子も無く見ている。だが、はしゃぎ過ぎで疲れているのは判った。
 ――空は夕方から夕暮れへと変わる。また明日からは月曜日が来る。
 ぼんやり、そんなことを考えていた。
 アイがいつの間にかオレを見上げていた。
「?」
 オレがその視線に気付くと、慌てて視線をフェンスの向こう側の景色に向ける。
 ――ふ〜ん……。
 オレは「ほら」と、アイへ手を差し出した。
「え?」
「そろそろ戻るぞ」
 アイは戸惑いながらも、俺に手を差し出した。
 ――小さい手……。
 その手を握るように繋ぐと、アイが驚いて顔を上げる。
「本当に悪かったな……。先週、こういうところに来たかったんだろ?」
 アイはゴールデンウィークにこういう外出がしたかったわけだ。
「気にしないで。ゴールデンウィークより混んでないから、こっちの方が良かったかも……」
 慌ててそんなことを言うアイを見ていると、不思議な気持ちになる。
「オレ以外に、高い場所に一緒に行きたいって思ったヤツっているのか?」
 そう、オレは訊ねた。
 アイは何のことだか解らない顔をして、それから急に怒り出した。
「どうして!」
「?」
「マコから聞いたの!? 何て? 何て聞いたの?」
 オレの手を振り解こうとする。
 ――へぇ……マジなんだ……。オレに対して? 嘘みてぇ……。
「おい、怒るなよ」
「何よ! 放してったらっ!」
「知り合いに聞いたんだよ」
「ええ!?」
「……知り合いにさ、ラジオ番組やっているヤツがいる。ソイツが言っていた。こういう場所でデートしたがる女もいるって。『憧れ』ってやつらしい」
 そう言ってやると、アイは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「今日は楽しかったのかよ?」
 アイはひどく慌てている。
「うん、うん……」
 アイは何度も頷く。耳まで赤くなっている。
「そっか……」
 オレは繋いだままの手を……離したくはなかった。だからその手を、ほんの少しだけ引いた。アイが少しだけ前のめりになる。空いていた左手をアイの肩に置いた。
「……」
「……!?」
 誰かの頬にキスをしたことは初めてだったので、正直、良く解らねぇ。どうしてこういう気持ちになるのかも、キスしたからって相手に何か伝わるものがあるのかも、解らねぇ。
 アイの頬は冷たくて、柔らかかった。離れると、アイの手を強引に引いた。
「帰るぞ」
 アイは何も言わず、黙ってオレについて来た。耳がさっきより赤くなっている。
 夕焼けの光は消え、夜の街明かりが辺りを照らす。星明かりよりそれは強かった。
 夕飯を奢ってやろうと、レストラン街へ行くことにした。


 ――?


 視線を感じて振り返る。
 そこに、黒尽くめの男が立っていた。妙な男だと思った。黒尽くめで葬儀屋のような格好なのに、金髪だ。
 ――ああ、でもこういう格好のヤツってたまにいるよなぁ……ビジュアル系っぽいの。ただ、そこらにたまにいる男とは違う……。
「アイ」
 オレは、後ろを歩いているアイに言った。
「寒いから先に展望台に降りていろ」
「…? ベルゼブモンは?」
「すぐ行くから」
「そう? じゃ、私、その……トイレ……」
「ああ」
 スカイデッキから展望台へと続く階段を降りて、アイがドアの向こう側に行く。扉が閉まるのを見送り、オレは金髪の男を探す。
 ――デジモン。………それも、イイ性格してそうなヤツだ。ああいう、何もかも馬鹿にして見下したような目は――気に食わねぇ。
「何の用だ?」
 金髪の男は苦笑する。
「『魔王』が、すいぶんな変わりようだな」
 オレは目を細めた。
「いつまでも同じヤツなんかいたら気持ち悪いだろ?」
 そう言い返した。オレはコイツを知らねぇが、どうやらオレを知っているらしい。
「悪いが、こんなところでいざこざ起こすのはごめんだ」
「こちらも、時間を取らせるつもりはない」
「何?」
 金髪の男は、ニヤリと口の端を上げて笑った。それ以外は特に動作も無く、突然、オレを亜空間に引きずり込んだ。


 ――馬鹿な!?


 一瞬のうちに、オレの周囲は薄暗い世界になった。スカイデッキも、空も街並みも無い。薄暗いその世界の空中にオレは浮かんでいた。遥か下方に厚い雲が見えた。それらの中では雷鳴が轟いているようで、時々、あちこちで光を放っている。
「今日は話をしに来た。契約の条件を提示する」
「契約? どこの団体だ?」
 そう言ってみても、ヤツは動じない。
「――『魔王』ベルゼブモン。従えと言っても、どうせオマエのようなデジモンはそうはしないだろう。協力するだけでかまわない。契約を交わすのなら、さっきまでオマエと一緒にいた少女には手出しは一切しない。オマエの周囲にも、何一つ危害は加えないと約束しよう」
 オレはその言葉を笑い飛ばした。
「バカ言ってる。そういうことを言い出すヤツで、約束を守るヤツなんていねぇもんだ」
 金髪の男は苦笑する。
「だが、条件を提示する。共に来い。考えるまでに猶予を与える」
「猶予だと?」
「『魔王』のその力、ぜひ必要だ。――あの『牙を持つ者』を抹殺するために……」
「何の話だ?」
「今はまだ、多くを語る時ではない」


「――――!?」


 我に返ると、そこは元のスカイデッキだった。
 ――何だったんだ? 今のヤツ!
 金髪の男の姿は無い。
 周囲にはまばらに人がいて、誰も……先ほどの亜空間も金髪の男の姿も恐らく知らないだろう。
 ――へえ。おもしれぇな……。
 本部に報告しようと携帯電話を取り出した。
「ベルゼブモン」
 アイの声に顔を上げる。いつの間にか、こっちに戻って来ていた。オレが携帯電話を持っているので、顔を曇らせた。
「これから仕事なの……?」
「あ? いや……別に……」
 ――連絡を入れたら、アイに危害が及ぶのか?
 先ほどのヤツの能力を思い出し、アイを見つめる。ヤツが本気になれば、アイもマコも……アイの家族も瞬殺出来るはずだ。
「……」
 ――それなら、相手の出方を待ってからでも……。
 オレは、二つ折りの携帯電話を閉じた。
「電話しないの?」
「いや、なんでもねぇから……」
 オレはアイの顔を見つめた。
 ――アイに何かしようとすれば、叩き潰すまでだ……。
「ねえ、どうしたの? ねえ?」
 アイがしつこく問いかけるので、
「アイの顔見ていたら、なんだか腹減ってきたなぁって」
 そう言い、とぼけた。アイを巻き込むつもりはない。すると、アイが両拳を振り上げて怒る。
「ちょっと、それ、何! どういうこと! 私はそんなに食いしん坊じゃないもの〜。失礼ねぇ!」
 オレは膨れるアイの背中を押しながら、階段を降りて、エレベーターへ向かった。


《ちょっと一言》
 順序としては
『ソノ翼ノ行方』
『牡丹の咲く庭』
『LOVE×PASSION』
という順番で書きましたが、『ソノ翼ノ行方』のラストがアレなので、これは後ろに持ってきました。
 ここまで番外編を読まれた方はお気づきかと思いますが、ベルゼブモン達とメタルマメモン達の番外編はこれ以降、交互に展開しながら第1部本編のラストに合流していきます。
 次回からは次第に激流な展開になっていきます。どうぞお楽しみにv

[*前へ][次へ#]

21/36ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!