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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
LOVE×PASSION Side:ROZEMON
(このページの小説は番外編で出て来たロゼモンの話です。話の中にメタルマメモンも出てきますが、どちらのキャラも『皐月堂』独自設定でほぼオリキャラです。
 ※番外編「牡丹の咲く庭」の続きです。)


 その日はゴールデンウィークの最終日だった。
 私はバイト先のヘアサロンを出ると、ベルゼブモンの携帯電話に電話をかけた。昼過ぎには検査入院を終えるって聞いていたから、貸していたノートを返して欲しいって連絡入れよう、と。
「――話し中?」
 病院にいるのなら携帯電話も電源切っているはずだもの。もしかして……。
「バイト先?」
 ――あらら。アイツってば、ちゃんとバイトしているんだ。真っ先に報告に行くなんて。
「だったら、総務部のキウイモンのところかしら?」
 新宿・歌舞伎町は私がバイトしているヘアサロンから目と鼻の先。徒歩で行ける距離。
 ――直接行ってしまおうかしら?
 JR新宿駅に向かって歩いていたけれど、回れ右。
「ねえ、キミ! これから暇〜?」
 ――ウザイ。
「美人〜! これからカラオケ行かない?」
 ――はぁ? アンタ、鏡見て言いなさいよ!
 私は手に下げる本屋のビニールバッグを抱え直し、周囲からかかるナンパ男どもの声を無視し続ける。
 ――私の理想は〜! アイドルグループ『Ta・トゥーン』のキミハルくんみたいな! かわいくて、でも意志が強い、マジメッ!な感じの男の子なんだから!
 月刊『ラヴ・アイドル』の今月号もゲット! もちろん二冊! 一冊は保存用、もう一冊はスクラップ用のファイルを作るため。付録のポスターの写真映りが超サイコー! 部屋の、第二弾アルバム買った時の限定特典ポスターより、こっちの方に張り替えようっと。ああ、でも! どうしよう〜。朝、ベッドから目を覚まして最初にキミハルくんに見つめられちゃうのね! うわ〜、顔が赤くなっちゃう!
 私は『関東支部』の総務部に向かう。
 このビル。相変わらずかなりボロい。せめてエレベーターがあるところにすればいいのに。
 ――ベルゼブモンに用件伝えたら、さっそく帰って部屋の掃除! ポスター飾って、お茶煎れてそれ眺めながら飲もう。そして最新シングルをリピートで聞くわ!
 お気に入りのサンダルの音を鳴らしながら三階に行くと、ドアを開けた。
「失礼します。こんにちは!」
 ――あ、誰かいる……て、――――えええっ!
 私はそこにいた、キウイモンと話をしている彼を見つめた。
 ――か、かっわいい〜! どういうこと! こんな場所に? ええ? どこのアイドル? きゃ、きゃあああっ! こ、こっち見てる! 落ち着かなくちゃ、落ち着かなくちゃ……!
 さりげなく微笑みながら、私は彼に歩み寄った。
 ――うそ〜! なんだかとても理想っぽい! ラヴ? まさか、こんな時期に恋の予感!? 
 と、ドキドキする心臓の音が聞こえるんじゃないかと焦っていると、彼は
「では、失礼します」
 とキウイモンに頭を下げた。
 ――えええっ! ちょ、ちょっと待って! ね、ねえ、貴方の名前は? ここの所属なのかしら?
 早く用を済ませて彼を追いかけなくちゃと、キウイモンに挨拶もそこそこに「ベルゼブモンはここに来なかった?」と訊いた。すると、ベルゼブモンが検査入院直後なのに現場に行けと言われたらしく、それでも仕事こなした話を聞いて感心した。
 ――ふ〜ん。それじゃ、ケータイに電話したタイミングが悪かったみたいね。じゃ、後で電話すればいいかしら。ノートは明日必ず返してくれたらいいもの。……それなら、今ここにいる彼がいなくならないうちに話しかけて……!
 そんな計画を素早く立てていると、
「あの、失礼ですが……ベルゼブモン先輩なら、本日は用事があるような様子でした。一時間半ほど前に池袋で会いましたが……」
 と、彼が話しかけてくれた!
 ――ベルゼブモンの後輩なの!? チャンス! これは逃せないわ! ああ、何て話しかけよう! 高校生のバイトの子かしら? 年齢、聞いちゃおうかしらっ?
 私はさりげなく微笑んで、お礼を言った。
「ありがとう。ええと……後輩なの? 高一?」



 私はマンションの自分の部屋に戻ると、フローリングの床に座り込んだ。
「わたしの大ばか〜!」
 ――どうして! 何であの時にあんなこと言っちゃったの! 大学三年だなんて――すっごく、すっごく怒っていた――! どうしよう、どうしよう……!
 涙が零れる。マスカラで汚れちゃうのもかまわずに、ショック過ぎて泣き続けた……。
 泣き疲れて、涙も枯れて、鼻をかんでから洗面所へ向かう。
 顔を洗うと、お肌のお手入れをしながら大好きなキミハルくんのポスターを眺めた。
 ――う〜ん……?
 どうしてかしら? 今まで感じていたあのときめきが……ない。
 ――難しいわよ。だって、あんなに理想にピッタリの人がさっきまで目の前にいたんだもの……。
 私はキミハルくんのポスターをしばらく眺めて、そして、目を逸らした。



 翌日。
 結局昨日のうちに電話出来なかったのに、ベルゼブモンは私のところに貸していたノートを持ってきた。
「ありがとな」
「……あ、うん……」
 もしかしたら、昨日の彼から何か言われているかもと思って警戒したけれど、特に何も言われなかった。
 ――後輩、かぁ……。
 ベルゼブモンに彼みたいな後輩がいるなんて。ああ、でも。ぶっきらぼうでガサツだけれど、ベルゼブモンは面倒見の良い性格をしているから……。
「なんだ? オレの顔、なんかついているか?」
「ううん、別に……」
 彼のことを訊きたい。名前とか、どこに住んでいるのか……どうしたら彼に許してもらえるのか。直接会ってもう一度謝りたい。もしも許してもらえなくても、何度でも謝りたい……。
 けれど、それを訊くのはためらわれるし、訊いても教えてくれないかもしれない。そう迷っていると、訊けない。
 数日間、迷って、悩んだ。もう、何をしていても彼のことばかり考えている……。
 そして金曜日に、『皐月堂』のマスターの所に行った。私の知っている中では、こういう相談にのってくれそうなのはマスターしかいなかった。
「人生相談か?」
 と笑われたけれど、あまり上手く冗談で返せない。マスターが心配そうな顔をする。
「ちょっと、買い物に行ってくるから」
 文房具を買いに行ってくるというマスターに店番を頼まれた。ちょうどお客さんがいなかったので、ドアのプレートは『CLOSE』にしてもらった。帰ってきたら私の『人生相談』を聞いてくれるらしい。
 ――そもそも。私の身長の高さが彼を余計に傷つけたのかもしれない……。
 着てきたジャケットを脱いで軽く畳むと、テーブル席について一人、天井を見上げてぼんやり考える。
 ――初対面で最悪な印象持たれちゃって、もう、ダメかもしれない……。
 とりとめもないことをどんどん考えていると、店のドアが開いた。
 ――お客?
「いらっしゃいませ」
 と、声をかけたら、ベルゼブモンだった。驚いていると、その後ろになんと、彼がいた!
 慌てて立ち上がり、急いでこないだのことを謝った。けれど……彼は許してくれなかった。どうしていいのか解らなくて、また涙が零れそうになる。
 マスターが帰って来て……入れ違うように私はバッグとジャケットを手に、店から逃げ出した。
 走って、走って。駅に着いた頃には悲しくて、悲しくて堪らなくて……。
 夕方からバイトの日だったので、仕方なく新宿へ向かった。店で働く仲間は、私の顔を見るなり驚いた。
「どうしちゃったの!」
 スワンモンが心配そうな顔をする。
 ――私、そんなに酷い顔、しているの?
「いつも自信たっぷりのロゼモンらしくない!」
 ――自信? そう? そんなことない。ただ……自信無さそうにしていると、仕事している時はお客様を不安にさせちゃうじゃない? 信頼関係が保てなくなっちゃうもの。それに大学でも私に相談事持ってくるような人ばかりだから……だから、そういう風に見られちゃうのかしら……。
「リリモンと『夕食食べに行って来よう』って言っていたところなの。これから気分転換にご飯食べに行こう? ――悩みがあるなら聞くわ。ね?」
 手を引っ張られるように。私は仕事仲間に食事へと連れて行かれた。わりと行くことの多い、イタリア料理のお店。
 席について、料理を注文する。あまり食欲はないけれど……バジリコのパスタを注文した。
 訊かれるままに、ぽつり、ぽつりと話すと、すごく意外そうな顔をされた。
「アイドルしか目に入らないアンタが、そんな劇的な一目惚れしちゃうなんて!」
「一目惚れって、案外実らないものよ? 諦めなさいよぉ」
 そんなことを言われて、さらに落ち込んだ。
「でも……キミハルくんより好きよ。もう、部屋のポスター全部剥がして、グッズも片付けちゃった。とりあえず、クローゼットの横に積んであるけれど……」
 そう言ったら絶句された。
「ロゼモンの口からそんな言葉を聞くなんて!」
「やだぁ、マジ?」
「うん……本気で。キミハルくんのポスター眺めても、もうドキドキしないんだもの」
「そんなに本気? それだったら、無理に諦めることないわよね〜」
「そうよ、そうよ! 頑張れ! 私達が応援するから。ベルゼブモンの後輩ならアイツに頼んで会う機会を作ってもらえばいいんじゃない?」
 私は曖昧に微笑んだ。そう言ってくれる人が自分の傍にいるのは救われる。
 食事を終えた私達は、ビルの地下から階段を上って外に出た。話しながら歩いていて、ふと、騒がしいなって思った。
 ――交通事故でもあったのかしら?
 そう思うのと、すぐ傍で眩しい火花が散ったのは同時――。
 爆風のような風、轟音。
 目の前に、車が突っ込んできたのかと思った。
 ――何!?
 驚いて閉じた瞼を恐々と開けると、小さい影が見える。
 デジモンがいた。周囲に、コンクリートの破片が散らばっている。
 ――守ってくれたの?
 砕けたコンクリート片の粉が白く爆風に乗る。その遥か向こうには、
「――――!」
 ――スナイモン! こんなに大きなスナイモン、見たこと無いわよっ!
 私の目の前にいるデジモンが、声を上げた。
「警告します。破壊行動を止めてこちらの指示に従って下さい!」
 私は息を飲んだ。
 ――えええっ! 嘘っ!? 彼だ、彼っ! ええ――っ、メタルマメモン!?
 スナイモンが唸り声を上げた。
 座り込んでしまっている私は、彼の背中を見つめる。
 ――冗談でしょっ! あんなに大きな敵相手に、貴方が戦うのぉ!?
「待って――!」
 思わず叫ぶ――というより、悲鳴を上げてしまった。
「一人で戦うの!?」
 彼は振り向かない。
「大丈夫です。勝てますから」
 そう、彼は言った。
 私は彼が戦うのを、呆然と眺めていた。そりゃ、私だってデジモンだし、それも究極体だもの、強いわよ。でも、メタルマメモンは……完全体でこんなに強いなんて……!
「動きに全く無駄が無いわぁ! ――そこよっ! わぁっ! やったあ! かっこいい――!」
 仕事仲間で従妹のリリモンが歓声を上げる。
「あのメタルマメモンがもしかして、――ロゼモンの一目惚れの彼?」
 スワンモンにずばりと言い当てられた。リリモンが
「えええっ!?」
 と声を上げる。
「うるさいわね……そうよ、そうよっ! あのデジモンなのぉ!」
 だんだん、やけになってくる。
「あんなに強くてかっこいいんじゃ、惚れるわよねぇ……」
「……戦っているところは初めて見たわよ」
「あれ? そうなのー?」
「ええ、そうよ」
 ――彼のこと『かわいい』ってキャアキャア思っていた自分が馬鹿みたい。かわいいんじゃないんだ。彼はマジで『かっこいい』――!
 戦いが終わった。彼の完全勝利だった。ほんと、あっという間だった。
 私は立ち上がる。
 ――お礼、言わなくちゃ!
 そちらに走って行こうとしたら、
「きゃあ!」
 突然、目の前に彼が現れた!
 高速移動で現れた彼は、私に
「大丈夫みたいですね。怪我していなくて良かった」
 と言った。
 ――貴方が助けてくれたんじゃない! 貴方が来てくれたからよっ!
 舞い上がってしまいそうな気持ちを抑え、
「ええ、あの……おかげさまで……」
 と言い、続けて、微笑む。
「……ありがとう……」
 彼が無事なことが嬉しい。彼に助けてもらったことが嬉しくて幸せ……。
 彼は困ったような笑みを浮かべる。
 ――ああ、そうね……。仕事だから……私のことを助けてくれたのよね……。
 彼は人間の姿に変わった。
 私の横にいて興味津々な様子らしいリリモン達が絶句するのが解った。たぶん、彼の人間の姿に本気で驚いたんだと思う。もちろん、私は彼しか目に入っていなかったから、気配で知っただけだけれど。
 デジタマを運ぶと言って、彼は挨拶もそこそこに行ってしまおうとした。
「あの……待って!」
 呼び止めた。
「はい?」
 ――よ、呼び止めちゃったけれど! どうしよう、ええと……。
「あの……本当にありがとう!」
 ――ばかっ! 私の馬鹿っ! お礼はさっき、言ったってば!
「いえ、仕事ですから」
 彼は再び、私に向かって会釈した。
 ――ええいっ! ぼやぼやしていたら、彼と話すチャンスも作れないじゃない!
「あの、私……!」
 もう一度呼び止めると、迷惑そうな顔で
「何か話があるのでしたら、早くしていただけると助かります」
 と言われてしまった。
 ――ど、ど、どうしようっ! すごく迷惑そう……。
「ただ、その……お礼がしたいの……」
「――え? お礼?」
 彼が首を傾げているので、思い切って言った。
「明日にでも、もしも都合が良ければ食事でも……」
 ドキドキ、ドキドキ。
 彼がもっと迷惑そうな顔をしたら諦めようと覚悟した。そこで華々しく失恋したら、きっとリリモン達が残念会をしてくれて、スイーツ食べ放題とかで慰めてくれるはず。
 すると、
「明日はちょっと仕事あるので。日曜日なら……」
 と彼は言った。
 ――ほ、本当!? 会ってくれるのぉ!!
「じゃあ、日曜日に。何時でもいいわ」
 日曜日に会う約束をして、彼は高速移動で目の前から消えた。
 ――夢かしら? 夢なのかしらっ!?
「やだ、やだ! ちょっと今のメタルマメモン、見た!? ステキッ!」
「どこのアイドル? ねえ、本当にあのベルゼブモンの後輩!?」
 そんなことをリリモン達から言われたけれど……聞こえているけれど私の頭には届かなかった。



 日曜日。
 東京駅の待ち合わせ場所を探しながら、私は急いだ。昨夜遅くまで服や髪型決めるのに時間がかかって、寝坊してしまった!
 ――靴、歩き辛い……。
 彼が身長のことを気にするのならと、履き慣れているヒールの高い靴やサンダルはやめた。ヒールが低い地味なパンプスを履いたけれど、歩き辛い……。
 服も、パンプスに合わせるといまいち決まらなくて、なんだか地味で私に似合わなくなってしまった。余計に自信が無くなっている私を彼は、鎌倉へ誘ってくれた。
 ――こういうデートって、したことないわ……。
 私のこと誘ってくれる人っていつも、賑やかな場所に連れて行ってくれる。ホテルのレストランでディナーや、ナイトクルージング、パーティーなどはいつもだった。――でも……こういうところもステキだと思った。
 慣れない靴でこける私に、彼は手を差し伸べる。
 ――カッコ悪いわ、私……。
 鶴岡八幡宮でお参りしてからボタン庭園で花を眺める。彼と少し話をしていると、彼が日帰り旅行をよくすることを知った。
 ――関西方面に日帰り? 行動的なんだ……!
 ちょっと意外に感じながらも、ドキドキする。
 そんな私に彼は、
「あの、変な質問かもしれないんですけれど……」
 と訊ねる。
「何かしら?」
 いい雰囲気なので浮かれていた私に、
「普段履き慣れない靴を今日は履いていますか?」
 と彼は言った。
「え……!?」
 絶句した。のけぞりそうになった。
 ――きゃあ! 恥ずかしいぃ…。穴があったら入りたい。穴掘って埋まってしまいたい……。
 けれど、
「俺に遠慮して、かなと思って。ロゼモンさんはスタイルいいんだから、ヒールの高い靴の方が似合いますよ。こういう石畳の道だと歩き辛いかもしれませんけれど」
 と、彼は言った。
 ――今、私のこと……誉めてくれた……の?
 顔が赤くなりそうになった。冷静に、冷静にと念じながら、
「……ありがとう」
 と、それしか言えなかった。
 ――彼のこと、もっと知りたい。付き合っている彼女っているのかしら? ああ、どうしよう、もしも彼女いたら……!
 ずっとずっと彼の隣にいたくて……食事の時も、街中を散策している時も、鎌倉から東京駅まで戻ってくる電車の中でもずっと、そう思っていた。私がぐずぐずしているうちに、時間はどんどん過ぎてしまう。
 ――東京駅から先は!? 路線が一緒なら、もうちょっと一緒にいられる。もし逆方向だったら? 何かと理由をつけて、そっちの電車、使っちゃおう!
 半分ストーカーのようになりながら、私は彼に訊ねた。
「ここまでは何線を使って来たの? 山手線? 中央線?」
 東京駅で待ち合わせってことは、JR線を使ったんだと思った。
「いいえ、その方面じゃ……」
「あ、解った! 京浜東北線?」
 ――違うの? ええと、他には路線、何があったっけ?
 考えているうちに、彼の足が八重洲口方面に向かっていることに気付く。
「この先って八重洲口じゃない? 高速バス使ったの?」
 ――高速バスだと「途中まで一緒に……」って言えない……。
 落ち込んでいると、彼は立ち止まる。
「?」
 周囲をあらためて見て、嫌な予感がした。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
 と、彼は頭を下げた。
 ――そんな! そんな……うっそぉ!
「新幹線!? いったいどこから来たの!」
「京都から、新幹線で。住んでいるところは奈良ですけれど」
「奈良――!? 奈良って……うそぉ……!」
 奈良と言われて、鹿と東大寺の大仏しか思い浮かばなかった。
「仕事で使っている定期券ありますから、気にしないで下さい。誘ってもらえて……嬉しかったです」
 彼は爽やかに帰って行く。
 私は呆然と、彼を見送った。
 ――どうして!? どうしてわざわざ東京まで? 定期券使ったって言っていたけれど?
 彼の姿が見えなくなってからも、しばらくその場に立ち尽くしていた。



 翌日、月曜日。
 私は大学でベルゼブモンを待ち伏せした。廊下でその姿を発見し、足早に近付く。
「おはよう。――話があるの。いいかしら?」
 ベルゼブモンは苦笑する。
「ずいぶん好戦的な言い方だな?」
 馬鹿にされたようで、腹が立った。
「あのね! 彼に何て言ったの!?」
「あ? 彼?」
「アンタの後輩! アンタが変なこと、彼に言ったんでしょ!」
 どうして彼がわざわざ東京に来たのかを一晩、考えた。そして『先輩であるベルゼブモンから何か言われたんじゃ……!』と私は予想した。
「ああ……何か言ったっけ?」
「とぼけないで!」
「いや、オレはオマエのバイト先を教えただけだ」
「え?」
「気まずいみたいだったからよ」
「え? え? じゃあ……私に会うために?」
「金曜、あの辺りにスナイモン出たんだって?」
「ええ……」
 ふと、別のことを訊きたくなった。
「あ、あの……」
「何だ?」
「彼って奈良に住んでいるって……」
「ああ。『関西支部』でバイトしている。アイツが出れば器物損壊は最小限に抑えられる、って重宝されてる。何だっけ? 野球でいう抑えのピッチャーみたいな扱いだぜ。奈良、京都の重要文化財保護を特に任されている。防御能力、移動能力は高い。体は小さいが努力だけで他の全てをカバーしやがる根性の持ち主ってヤツだ」
 そこまで言って、ベルゼブモンは付け加える。
「――で? アイツと仲直りしたんだろ? 良かったな。どうせ『アイドルみたい!』とか思ったんだろ? アイツ、そういう風に思われると嫌がるからな。気をつけろよ? オマエみたいなアイドルに声援送るような女は特にウザイって思っているからな」
「……そんな……」
「ああ、マジで。だいたい、小さい頃から身長のこと言われて気にして育ったって言ってたから……って、オイッ! ちょ……ちょっと、……待て、コラッ! コラ――ッ!!」
 涙で前が見えなくなった。
「っだよぉ! オマエ、泣くな――! ヤバッ! おい、やめろって、泣くなっ!!」
 遠くから、
「「ロゼモン!?」」
 と声がかかる。
 アンティラモンとテリアモンだと気付く。
 しゃくり上げながら、私はその場から駆け出した。
 階段を駆け上がり、校舎の非常階段の扉を開けた。外は眩しく、日差しが暖かい。数段降りて、しゃがみ込む。
 ――家の外で……誰かの前で泣くなんて、みっともない……。
 追いかけてきてくれたアンティラモンが、遠慮がちに声をかける。
「大丈夫……?」
「……ほっといてちょうだい……」
 そう言ったけれど、アンティラモンは黙ったままそこに立っている。



 ずいぶん時間が経って、私はアンティラモンの方を見ないように声をかけた。
「……本当に、もう、大丈夫だから……」
 バッグの中からメイク道具の入ったポーチを取り出して、崩れたメイクを直した。ボロボロだった。
「もう、今日は帰っちゃおうかな……」
 私は溜息をついた。
「サボるの?」
「出たくない……」
「悩みがあるのなら……我で良ければ聞くけれど……」
 私はまた溜息をついた。かなりヤケになる。叫んだ。
「メタルマメモン――ッ!」
「え!?」
「ベルゼブモンの後輩の、メタルマメモン! 彼に関することが知りたいの!」
 アンティラモンが目を丸くした。
「ど、どうしたの? 落ち着いて……」
「落ち着けるような状態なら、泣かないわよぉ!」
 アンティラモンは瞬きをした。
「あ、ええと……ほら、うちの大学と兄弟校の関西地区のあの大学の、文学部で、歴史民族学研究の、特に室町時代に興味があっていろいろ調べたりするのが好きで、趣味が日帰り旅行、読書……時代小説だっけ、タイトル忘れちゃったけれど、江戸時代が舞台でドラマ化した小説とか持ち歩いて読んでいたっけ。あと……我らがやっているあのアルバイトの他に、関西地区で聞けるFMラジオのパーソナリティの仕事もしていて、かなり人気で。関西地区で配られているフリー情報誌に記事が載ったことがある。その他には、えっと……」
 私はぽかんと、口を開けた。
「どうして? どうしてそんなに詳しいの?」
 アンティラモンは困った顔をした。
「それは……ええと、バイト先では皆……知っているんじゃないかな……」
 私はアンティラモンに駆け寄ると、彼の腕をガシッと掴んで揺すった。
「情報! 情報ちょうだい! もう、何でもいいから! お願い〜!」
 そのファイトで落ち込み気分は一掃され、私は一瞬にして完全復活していた。



 結果。
 私は彼の隠し撮り写真数枚と、彼の記事が載っているフリー情報雑誌などを手に入れた。彼がパーソナリティをやっているFMラジオ番組をCD-Rに焼いてもらって、それを聞きながら部屋でのんびり何度も小さい記事を眺めた。
 アイドル追っかけているのとそう変わらないなとは思うけれど、でも……いい。
 ――でも、でもぉ! 奈良って遠いぃぃぃ……!!
 それを考えると、ちょっと切なくなるけれど。


《ちょっと一言》
 ロゼモンの設定はいじりすぎて、おちゃめな人になっちゃいました。かわいいお姉さんだなぁ……。
 というわけです。レナモンとも何も関係なし、ドーベルモンとも、レオモンとも何も関係なし。ベルゼブモンとも何も関係なし!ですよ〜(^▽^;)

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