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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
牡丹の咲く庭 Side:METALMAMEMON
(※番外編「変わらぬ『想い』」の続きです。)
(※このページの小説は番外編で出て来たメタルマメモンの話です。話の中にロゼモンも出てきますが、どちらのキャラも『皐月堂』独自設定でほぼオリキャラです。)


 その日はゴールデンウィークの最終日だった。
 僕は先輩から預かったデジタマを抱えて『関東支部』の管理部門へ向かった。
 夕方の東京の街並みは綺麗だと思う。デジタマを抱えていたので、人間の姿のまま、僕はビルの屋上伝いに高速移動を繰り返した。
 尊敬している先輩――ベルゼブモンは、ちょっと忙しそうだった。こういう時は後輩である僕が何か役に立てるのなら光栄だと思う。時々、古めかしい考え方だと笑われるけれど、僕がこういう性格なのは昔からだったので今さら変えられるものではないと思う。
 『関東支部』の管理部門は品川にある。そこに行き、デジタマの回収手続きをした。対応してくれようとしたトイアグモンを押し退け、フローラモン達が僕に話しかけてきた。
「「「手続きは私達がしますぅ!」」」
 三人ともとても親切そうで助かったけれど、ちょっと賑やか過ぎて僕は閉口した。女の子と話すのは嫌じゃないけれど、こういう子達は少し苦手で……。
「これからどうされるんですか? お夕食まだでしたら……美味しいところ知っているんです!」
 「「「ぜひ!」」」とカウンター越しに言われたけれど、
「すみません。これから総務部に挨拶に行きますから。またの機会で……」
 当り障りのない社交辞令を言うと、僕は軽く会釈してその場を離れた。
 僕は見た目がとても社交的に見えるらしい。女の子から声をかけてもらいやすい。けれど本当に申し訳ないけれど、あまり騒がしいのは苦手で……。
 小さく溜息をついた。
 そもそも、僕は見た目がとても若く見られることが多い。人生の中で常に平均身長を下回り、特に、学生のうちは『背の順』に並ぶことが逃げ出したくなるほど嫌だった。あれは一種のいじめなんじゃないかと本気で思う。
 デジモンの姿の時が小さいからっていうわけでもない。友人の中には、僕よりもっと小さいデジモンなのに、人間の姿の時はちゃんと年齢相応の身長になるデジモンもいるんだから。
 いじけていると今以上に身長が縮む気がして、人一倍の努力をしてきた。誰よりも負けず嫌いだと思う。けれど、身長というものはどうしようもない。努力で埋められないものも世の中にはある。
 人前に出るのは苦手なので、人前に出ないバイトばかりしていた。それの延長で声をかけてもらい、今では地元関西地区のラジオ番組のパーソナリティーをしたりもしている。
 その仕事自体はとても好きだけれど、雑誌の取材などで顔写真を使われる時はまた、本気で嫌だ。芸能プロダクションにスカウトされることもあるけれど、どういう売り方をしていくのかは想像出来てしまうので全て断っている。
 そんな僕がこの、思い切り人前に出てしまうようなバイトをなぜしているのかというと、きっかけは先輩のバトルを見たからだ。正直、なりたい自分の理想像だった。『かっこいい!』のだ、先輩は。
 身長はどうせこれ以上伸びるわけじゃない。けれど、このまま人前に出ることを嫌がって生きていくのも嫌だと思った。
 今日はその尊敬する先輩のかっこいいバトルを見ることが出来てラッキーだった。僕はいつもデータに頼りがちな戦い方になるので、ああいう状況判断を常に行いながらの臨機応変なバトルは特に参考になる。やっぱり先輩はすごい。僕ももっと訓練を重ねて、より精進しようと思う。
 新宿・歌舞伎町にある『関東支部』の総務部に行くとここでも女の子達から食事に誘われたけれど、これから東京駅に戻って新幹線で帰るつもりだったので丁寧に断った。
「わざわざ挨拶に来なくてもいいのに。気を遣わせてしまったね」
 キウイモンがすまなさそうな顔をする。
「お世話になったのですから、挨拶も無しで帰るような失礼は出来ません」
 そう言うと苦笑いされた。
「でもキミが来ると女の子達の手が止まってしまってねぇ」
 聞こえよがしなその言葉に、周囲からパソコンのキーボードを叩く音が再開された。
 僕は少しだけの笑顔で、もう一度頭を下げた。
 心の中では、
 ――女の子達は僕に何を期待しているのだろう……?
 と、少し毒のある言葉を吐いていた。
 帰りかけるのと同時に、扉が開いた。
「失礼します。こんにちは!」
 僕はそちらを見た。
 背の高い、どこかのモデル事務所に所属しているファッションモデルかと思うぐらい、美人な人が立っていた。人――といっても、僕と同じように人間の姿をしているだけで同じデジモンだと感覚で解るけれど。
 艶のある長い金髪を一つにまとめ、くるりと巻いて一本のヘアスティックで留めている。ジーンズにジャケットのラフなスタイルで、ヒールの高いサンダルを履いている。
 見惚れた。美人だと思った。こんなに美人な人って、そういないよなぁと思った。声も綺麗ではっきりしている。こういう張りがあるけれど優しい声の人は性格も良い人が多いから、余計に美人に思えた。
 キウイモンの知り合いみたいだった。
 僕は帰ろうとしたけれど、会話の中に『ベルゼブモン』という言葉を聞いて、足を止めた。
 ――先輩のことを探しているの? 今日は用事があるような様子だったけれど。
 先輩の知り合いなら教えてあげようと、僕は思い切って声をかけた。
「あの、失礼ですが……ベルゼブモン先輩なら、本日は用事があるような様子でした。一時間半ほど前に池袋で会いましたが……」
 その人は僕に微笑んだ。大輪の花のような笑顔だと思った。イメージとしては……真紅のバラの花。嬉しかった。
「ありがとう。ええと……後輩なの? 高一?」
 ――最悪……!
「――いいえ。大学三年です」
 僕は冷静に答えたつもりだった。けれど声が――完全に凍てついてしまっていた。



 自分の地元である奈良に帰ってからも、心の中で引っかかっていた。
 あのとても美人な人は、あの時、慌てて僕に謝ってくれて。それも何度も謝ってくれて……。
 でも僕は、なぜかどうしても、許すことが出来なかった。
 ――高一? ありえない!
 実年齢より若く見られることは今まで何度も、何十回も、何百回もあった。けれどその度に、他人との間に波風を立てたくないから曖昧に笑ってごまかしたり、冗談に切り替えて笑い返したりしてきた。今までそうやって、とても上手く出来たのに……どうしてもダメだった。
 最後に見た、あの人の申し訳無さそうな顔――とても悲しそうな顔が頭から離れない。あんなに美人だから、ああいう悲しそうな顔をするとすごく印象に残り過ぎるんだと思う……。
 それに、先輩の知り合いの人だから……。あの人はもしかしたら先輩に何か言っているかもしれないし、そうなると格好悪いなと更に自己嫌悪してしまう。電話で訊くのは……こういう話を電話越しにするのは気が退ける。
 考えた挙句、思い切って直接訊いてみることにした。東京までの新幹線の行き来が何度もあるので、仕事用で新幹線の定期券を持っていた。交通費の心配はしないで行ける。
 深夜ラジオの収録が終わった金曜日の早朝、僕はそのまま、新幹線に飛び乗って東京を目指した。
 平日だから先輩は大学へ行っていると思ったら、渋谷駅近くで偶然見かけた。さっそく会ってまずは挨拶をと思ったら、時間の都合を僕が尋ねる前に「飯でも食いに行くぞ」と言ってくれた。僕の話を聞いてくれるらしい。
 (さすがは先輩!)と思う反面、(やっぱりあの人から何か言われているんじゃないか……?)と、どんよりした気分になった。
 『皐月堂』というカフェに連れて行ってもらった。先輩の知り合いの人が経営しているお店らしい。何からどう話そうかと思っていたら、そのカフェには『CLOSE』と札がかかっていて――あの人がいた……!
 あの人は僕の顔を見るなり謝ってくれて、でもそれに僕は何も言えなくて……嫌な気分のまま黙ってしまっていた。何も言葉が浮かばなかった。
 あの人が逃げるように帰ってしまい、後悔で落ち込んでいると、先輩からは「男らしく、自分で何とかしろ」とアドバイスまでもらってしまった。
 ――そうだ。ぐずぐずしているのはちっとも男らしくなんかない。僕じゃなく『俺』だ。もっとなりたい自分を目指さなければ!
 そう決心した。ロゼモンさんにちゃんと言おう。もうそんな顔しないで欲しい、って……。



 ――とは言えど。
 俺はうろうろと、先輩の書いてくれた地図を頼りに新宿駅前を歩いていた。ロゼモンさんのバイト先を教えてもらった。そこまでは良かったんだけれど……。
 ――あのぉ、先輩の地図、大雑把過ぎますっ! あ〜もう! もうちょっと、ちゃんと説明してもらえば良かったのにぃ。何も疑問に思わなかった俺が悪い……。
 今日は辿り着けないかもしれないなと諦めかけた時、悲鳴が聞こえた。
 振り向くと、目を疑った。
 巨大な――スナイモンがいた。カマキリを思わせる昆虫型デジモン――。
「そんな、バカな!」
 あの大きさ――こないだの日曜日、池袋駅東口で暴れていたスナイモンと同じぐらいある。あれがもう一体? そんなことがあるなんて!
 携帯電話を取り出し、『関東支部』の司令室と連絡を取る。状況を説明し、行動許可を得る。
 指示はあの時と同じ。『強制措置』も許可する、と――。
 所属する支部が違うけれど、その場に居合わせたことで特別に行動許可を取ってくれるらしい。携帯電話の通話を終えると瞬時に、俺はデジモンの姿になった。
 通常の四倍はあるそのスナイモンに、高速移動で近付く。俺はすぐ近くのビルの上に降り立った。
 幅の広い靖国通りの道路を占領するように暴れるスナイモンの出現で、交通渋滞が起きた。逃げ惑う人々の安全を確保することを優先させるなら、スナイモンをゆっくりと移動させる方法がいい。周囲の破壊を最小限に抑えるには――。
 俺は周囲を見回した。すぐ近くにある、JR線などの真下をくぐる『新宿大ガード』を壊されると首都圏の鉄道網にかなりの被害が及んでしまう。そちらへ行かせず、何とか西へ誘導させないと……。
 そう考えている時、ある人影に気付いた。
 ――冗談……!?
 ロゼモンさんだった。新宿大ガードのすぐ傍のビルから出て来た。飲食店がテナントで入っているビルのようだから、時間からして少し早い夕食でも食べていたのかもしれない。友人らしい女の人達と話しながら歩いている。
 ――まだ、こちらに気付いていない!? 意外に鈍いのか、あの人はっ!
 スナイモンがその両腕の鎌状の刃で、手の届く範囲の物体を切り刻む。鉄筋コンクリートのビルだろうが、ネオンサインだろうが手当たり次第、お構い無しに。切り飛ぶ衝撃で、コンクリートの巨大な破片が――大ガード方面に弾き飛ぶ!


 目で追うより先に感覚が知らせる。『跳べ』と。


 高速移動した先で右手を、右下から左上へと薙いだ。右下腕に標準装備している三本の鋭い鋼の爪――メタルクローが、コンクリートの破片を切り裂いた。裂かれた破片は斜め三つに分かれたけれど、入れ替わりに発動させたバリアがコンクリート片の勢いを殺した。衝撃による激しい火花が散った。轟音と共にそれらは落下し、アスファルトがひび割れる。
 スナイモンが俺に気付き、唸り声を上げる。敵と判断したようだ。
 ――やはりこないだと同じ。恐らく。もう何も聞こえないほど自我を失っている。
 こっち側に来ないよう、行くしかない。ゆっくり移動させるなど、悠長なことは言っていられないかも!
 俺は響くように声を上げた。
「警告します。破壊行動を止めてこちらの指示に従って下さい!」
 スナイモンが一際大きい唸り声を上げた。
 ――返事は期待していないけれど。じゃあ、さっさと片付けようっと。
「待って――!」
 背後からかけられた小さい叫び声に、俺は安心した。敵から目を離すわけにはいかないから振り向けないけれど、ロゼモンさんは無事みたいだ。
「一人で戦うの!?」
 ――あ〜あっ! 『小さいのに大丈夫?』とか思われちゃっているんだろうなぁ。ショックだなぁ、こればっかりは……。
「大丈夫です。勝てますから」
 こないだと同レベルのスナイモンであれば。先輩が戦ったスナイモンのデータは、あの時見ていたので既に記録、解析済み。多少の誤差――戦闘能力の差、現場の状況を考慮して行動すれば、短時間で標的の急所を捉えることは可能。急所は――額、だった。
 左手に装備するサイコブラスターはエネルギー充填済み。いつでも狙える。
「聞くことが出来ないようなら、これより『強制措置』を取ります」
 スナイモンは羽ばたき始める。昆虫型特有のこういう羽音が苦手だけれど、気にしないようにしなければならない。冷静さを欠けば被害が広がってしまう。
 ――今の状況なら、先手必勝。
 俺は高速移動した。スナイモンを混乱させるために、わざと一直線には移動しなかった。こないだ先輩が戦った時がそうだったように、今回のスナイモンも体が不自然に大き過ぎて、動きに敏捷さが無かった。
 スナイモンがめちゃくちゃに俺に両腕の刃を振り下ろしても、かすられもしなかった。そんなスピードで俺に勝てると思わないで欲しい。相手のスピードを見極めるコツも先輩から習っている。
 その額のすぐ目の前に出現し、サイコブラスターをぶちかます。
「エネルギーボム!」
 ――いちびるな!
 そう、心の中で叫んでいた。つまり、『ふざけるな!』と。何を思ってそう心の中で叫んだのか、自分でもちょっとよく解らないけれど。
 光の粒子となり砕け散ったスナイモンの体を構成していたデータが、一点に集まっていく。構成されてデジタマの姿になったそれを、俺は高速移動して近付いて受け止めた。
 そのまま高速移動で、ロゼモンさんの目の前に跳んだ。友人達と一緒にいるロゼモンさんを見上げて話しかける。
「大丈夫みたいですね。怪我していなくて良かった」
 ――デジモンの姿の時は余計に身長差が……ああ、もう、やだなぁ……。
「ええ、あの……おかげさまで……ありがとう……」
 ロゼモンさんはやっぱり、微笑むと綺麗だと思った。
 ――ええと……本当は、あの……まあ、いいや。
 言いたかった言葉のタイミングが失せていた。でも、先ほどの険悪な雰囲気にはならないので、このままでもいいかもしれない。――先輩はきっと「ズルイじゃねぇか!」と苦笑するんだろうな……。
 ふと、ロゼモンさんの服装に気付く。
 ――膝上丈のスカート履いている女の人をこの位置から見上げるのって失礼だっ!
 急いで俺は人間の姿に変わり、頭を下げた。
「これからデジタマを運びますので、失礼します」
 そのまま品川の管理部門へ行こうとしたら、
「あの……待って!」
 と声を掛けられた。
「はい?」
「あの……本当にありがとう!」
「いえ、仕事ですから」
 そのまま行こうとしたら、また、
「あの、私……!」
 と呼び止められた。
 ――何だろう? 何度も。
 帰りの新幹線の時間も迫っているので、少し困惑して俺はロゼモンさんに問いかけた。
「何か話があるのでしたら、早くしていただけると助かります」
 と、少し毒のある言葉を言ってしまっていた。
 ――どうしてだろう。この人に対してそんなにムキになる必要なんか無いし、自分の都合でこの人を急かす権利も無いのに。ほら、またロゼモンさんの表情が曇ってしまった……。
 自分の言ってしまった言葉でまた自己嫌悪に陥りそうになりながら、俺はロゼモンさんの言葉を待った。
「ただ、その……お礼がしたいの……」
「――え? お礼?」
 俺は首を傾げた。なんだ、ずいぶん律儀な人なんだ……?
「明日にでも、もしも都合が良ければ食事でも……」
 ――はあ? ほとんど初対面なのに食事に誘うなんて……。先輩の後輩だからかなぁ……。ええと、明日はラジオの打ち合わせが一件入っていたっけ、確か……。
「明日はちょっと仕事あるので。日曜日なら……」
 そう言うとロゼモンさんの表情が明るくなった。そんなに嬉しいのかな?
「じゃあ、日曜日に。何時でもいいわ」
「昼食前ぐらいでいいなら、十一時頃に東京駅、ではどうです?」
「ええ、いいけれど……東京駅ってあまり知らなくて……」
「それでは、丸の内南口辺りはどうでしょう? 改札口から外に出ないでいただければ……」
「解ったわ」
 俺はもう一度頭を下げると、品川を目指し、飛んだ。



 日曜日。
 俺は新幹線で東京駅に向かった。新幹線を降りて改札口を出ると、ちょっと急いで待ち合わせ場所に向かう。早めに着いた待ち合わせ場所で待っていると、ロゼモンさんは約束の時間の五分前ぐらいに現れた。
 白地に細いグレーのラインの、ストライプ柄のブラウス。濃いブルーのジーンズ。濃いグレーのジャケットと、意外にもシックな服装だ。
 ――あれ?
 違和感がある。こないだ会った時と決定的に何かが違う。
「遅くなってごめんなさい」
「いいえ。俺も今来たばかりですから」
 そう、ほぼ社交辞令に近い挨拶を交わして、
「どこに行きますか? もし決まってなかったら、俺が決めてもいいですか?」
 と訊ねた。ここに来る前にはそう言うつもりはなかったのに、気持ちが変わっていた。
「ええ、特にお店の席を予約しているわけじゃないけれど……」
「これから、鎌倉に行きませんか?」
「鎌倉?」
 こないだ来た時に先輩と話をしていたことを思い出し、鶴岡八幡宮に行こうかと思った。JR横須賀線を使えば約一時間で着く。



 ゴールデンウィーク明けの鎌倉は、それでもボタンが見頃なのでわりと人が多かった。
 ボタン庭園を見る前にと鶴岡八幡宮へお参りに向かう時、ようやくその違和感に気付いた。ロゼモンさんはヒールの低めのパンプスを履いていた。
 ――いつもはあの高いヒールの靴やサンダルで慣れているのなら、歩き辛いんじゃないかな?
 そう思っていたら、やはり予感は当っていた。ロゼモンさんは時々、何もないところでこける。
 ――でもこういう場所なら、あの高さのサンダルやヒールよりも今日履いているぐらいが、まだ安全かもしれない……。
 そう考えつつ、俺はロゼモンさんに手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
 形ばかりに、ロゼモンさんの手を取る。手というより、ほとんど指の部分だ。ロゼモンさんは気まずそうな顔をしている。そちらはあまり見ないように、俺は手を引いて歩いた。
 お参りしてから、ボタン庭園に行ってボタンを眺める。何となく言葉少なく、二人でボタンを見て回る。
 ボタンという花は不思議なもので。大きな花ではあるけれど、どうしてこんなに儚い色だったりするんだろう。
「綺麗ね」
「雨の降っている日も綺麗ですよ」
「そう?」
「前に来たことあります。晴れている日とは赴きが違いました」
「ここ、良く来るの?」
「ええ。この時期に行きたい場所の一つですから。誰かと来たのは初めてで
すけれど」
「え!? そうなの?」
「三重の安楽院、滋賀の総持寺のボタンも綺麗ですよ。俺、一人で日帰りの小旅行することが多いんです。冬のボタンも好きですけれど、この時期に咲く花の方が好きです」
 話しながら、普段よりもきちんと話が出来る自分に気付く。心の中で首を傾げるうちに、ようやく解ってきた。どうして高一に間違えられた時になか
なかこの人を許せなかったのか、を。
 ――この人には、認めてもらいたいんだ、たぶん……。
 見惚れてしまうほど美人で、綺麗で。俺なんかのことを気にして、あんなに暗い顔をして。本当に優しい人なんだ、この人は。
 ――そうか! もしかしたら……!
「あの、変な質問かもしれないんですけれど……」
「何かしら?」
「普段履き慣れない靴を今日は履いていますか?」
「え……!?」
 ――当り、か……。
「俺に遠慮して、かなと思って。ロゼモンさんはスタイルいいんだから、ヒールの高い靴の方が似合いますよ。こういう石畳の道だと歩き辛いかもしれませんけれど」
 ロゼモンさんは、
「……ありがとう」
 と微笑んだ。
 俺は――心の中で大きな溜息をついた。
 もっと身長があったら。
 もっと男らしかったら。
 もっと……年上、それかせめて同じ年齢ぐらいなら。
 もっと、この人と釣り合いが取れるぐらいの自分であれば……。
 どんなに手を伸ばしても絶対に届かない存在に憧れるものなんだな、と思った。憧れというのはそういうものなんだ……。
 無理だと解っているから、別に悔しくもない。むしろ自分の気持ちが解ったことで、スッキリした気分になった。
 近辺で一通り観光してから、和食のお店で食事をした。
 帰りにハトサブレを買って。二人で、
「ありきたりですね」
「そうね」
 と笑顔で話した。
 ――それで充分だと、俺は思った。



 東京駅まで戻って、ロゼモンさんは俺に訊ねた。
「ここまでは何線を使って来たの? 山手線? 中央線?」
 ――え? あれ? 先輩から聞いているわけじゃないんだ?
「いいえ、その方面じゃ……」
「あ、解った! 京浜東北線?」
 ――ええと……。
 話しながらなんとなく歩く。
 ――せっかくだから、改札口まで見送ってもらおうかな。こんなに楽しい雰囲気だし、あと二、三分ぐらい……いいかな?
 改札口まであと数メートルぐらいになって、ロゼモンさんが変な顔をした。
「この先って八重洲口じゃない? 高速バス使ったの?」
 ――ええと……。
 俺は、新幹線の中央乗換口前で立ち止まる。
 ――騙しちゃったようで申し訳ない気もするなぁ……。
 そう思いながら、
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
 と、頭を下げた。
「新幹線!? いったいどこから来たの!」
 ロゼモンさんはやっぱり、俺がどこに住んでいるのか知らなかった。
「京都から、新幹線で。住んでいるところは奈良ですけれど」
「奈良――!? 奈良って……うそぉ……!」
「仕事で使っている定期券ありますから、気にしないで下さい。せっかく誘ってもらえて……嬉しかったです」
 ――本当は。こういう時って、男の側から見送るべきなんじゃないかな。……残念……。
 改札口を潜りながら、心の底から残念に思う。理想を追うと本当に果てしない。つくづくそう思った。
 ――ロゼモンさんって、誰かと付き合っているのかな?
 先輩にはちょっと訊き辛いように感じる。
 ――アンティラモンさんに訊いてみようかな……。
 ハトサブレの小さい箱を下げ、新幹線のホームへ向かった。


《ちょっと一言》
 この話を読んで何人の人が「こういう設定だったの!」と、のけぞってくれるかが本当に楽しみな私です。
 オリキャラの話でこんなに書いちゃった。OK?
 しかもカップリングですってよ。OK?
 さて。この二人は今後、どうなることやら…お楽しみに!

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