カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
ワルプルギスの夜とポップコーン Side:AI
(皐月堂第1部番外編17の、さらに番外編(笑) サイトじゃなくブログでサプライズ掲載していたことを思い出し、こちらにも載せておきます^^)
――嫌われちゃったのかもしれない……。
私はベッドに寝転び、クッションに顔を埋めた。
ゴールデンウィークになったらベルゼブモンに会えると思っていた。とてもとても楽しみだった。
――誰かと出かける予定、あったのかもしれない……。
ゴールデンウィークの予定をメールで訊いたら、『用事がある』と返事が返ってきた。どういう用事なのか、訊けなかった……。
――友達と、かしら……。
空いている日もメールには書いていなかったから、ずっと出かけるのかもしれない。
さっき、『GWは無理だが、その後は予定が空く』って、メールが入っていた。
――本当?
本当は、私に会いたくないからかもしれない。GWが明けたら、今度は別の用事が入った、ってメールが来るかもしれない……。本当は私のこと、嫌いなのかもしれない……。
――しつこい、かな? ウザイ、とか思われているかな? 本当はお弁当作ってあげることも、イヤなの……?
「お姉ちゃん……」
ドア越しに、弟のマコの声が聞こえる。
「お姉ちゃん、ご飯……」
私はクッションから少し顔を上げた。閉じたままのドアを見ながら声をかけた。
「いらないから」
ドアの向こうに、マコがいる。心配している。
「でも、お母さんが怒るよ……」
「食べたくないの」
「……解った。伝えるよ」
弟がドアから離れる。スリッパの鳴る音が遠退いていく。
ベッドの上に起き上がる。いつのまにか夜になっていて、カーテンをひいていなかったから街灯の明かりが窓から見えた。
――ベルゼブモンに嫌われたくない……。
クッションに顔を埋めて、泣いた。
次の日の朝ご飯は食べた。悲しくて堪らないのに、育ち盛りの私のお腹はぐぅっと鳴る。
スライスチーズをのせて焼いたトーストを食べていると、ママが困った顔をして私に訊ねた。
「マコとケンカした?」
「してないわよ?」
「そう?」
「うん。どうして?」
「なんとなく……」と言われた。そんな風に感じた、と。
ミルクティーを飲みながら、マコが帰ってきたらそれとなく訊いてみようと思った。昨日、言い方が八つ当たりっぽかったかもしれない。そうだったとしたら、謝らなくちゃ。
「ごちそうさま」
そう言い、テーブルから離れた。歯を磨きながら、新聞をちらっと見る。天気予報は悪くなかった。
時計を見ると、そろそろ家を出なくちゃ間に合わない時間だった。
「行ってきまーす」
通学用のバッグを持って、私は玄関のドアを開けた。春の日差しが暖かい。
学校からの帰り道。歩いていると、携帯電話に電話がかかってきた。小六の時に同じクラスだった子からだ……!
懐かしくて電話に出ると、久しぶりに聞く友達の声は、どこか大人びていた。
『今度、同窓会しない?』
「同窓会?」
『ゴールデンウィークに、遊びに行こうよ』
ディズニーランドに誘われた。中二になって、久々に皆と会えるのが嬉しい! でも、ベルゼブモンから急に電話かかってきたら、どうしよう。
「もしかしたら、予定入るかもしれないの……」
そう言うと、
『デート?』
って言われ、驚いた。
「え? ええ、そんなことない、違うっ!」
『そうなの? 駅前で男の人と会っていた、って、ミズエちゃんが言っていたよ?』
――え……!
「うんっと、知り合いの人……」
『アメリカ人っぽかったって聞いたけれど?』
「えー、違う……」
デジモン、と言いかけて、慌ててその言葉を飲み込んだ。
「とにかく、何でもないからっ!」
笑われながらも、必死にごまかした。
ようやく電話を切ってから、
――ドキドキする……!
道端で頭を抱えてしゃがみこみたくなった。でも、人通りがそこそこあるから、それは我慢した。
――彼氏、とかそういうのじゃないんだから。……いつか、彼女になれたらいーなとか、そんな風に思っているだけだもん……。
ドキドキする心をごまかしたくて、走った。
家の前で、マコに会った。
「あ……」
「あ……!」
お互いに驚いたのに、マコの方が倍ぐらい、驚いていた。
「どうしたの?」
マコは私服だったから、コンビニにでも行っていたのかと思った。でも、手ぶらだった。
「なんでもない……」
「そう?」
私は玄関のドアを開け、「ただいまー」と声をかけた。
「お母さんなら、買い物だから……」
「そうなの?」
最近、マコは時々、ママ、じゃなくてお母さんって呼ぶようになっている。時々、だけれど。
靴を脱いで家に上がる。制服から普段着に着替えようと階段を上り、途中でマコに呼び止められた。
「お姉ちゃんっ」
その声が、いつもと様子が違う。
「どうしたの?」
マコは何か言いかけ、そして、口篭もる。
「なーに? 言いたいことがあるんだったら、言ってよ?」
数段上がった階段から降りて、マコより一段高いところで首を傾げながら訊ねた。
「ううん、あの……ねえ、ベルゼブモンのことなんだけれど……」
――え?
「あの、何?」
マコはちょっと考え込みながら、訊いた。
「何年生?」
「って、大学で、ってこと? 四年だって」
マコが「そう……」と考え込む。
「何よ?」
マコが私を見つめる。真剣な顔をする。
「ソツロンとか、あるんじゃない?」
言われて、私はソツロンという言葉が何か、考え込む。
「卒業論文だよ。大学四年の時にそれを書き上げないと、卒業出来ないんだよ」
「そうなの? 書けなかったら卒業出来ないの?」
「就職先決まっていても、卒業出来なくなっちゃうから、大変だって聞いたことあるよ」
「卒論って、論文ってことは……作文?」
「もっと難しいことじゃない?」
「そう……」
――そうなんだ……。大学生って、大変なんだ……。
ふと、思う。
――もしかして、そういうことで忙しいのかも……? だったら、あまり邪魔しないようにしなくちゃ……。
そう思った。けれど、
――でも、一日ぐらい、暇な日があってもいいじゃない?
と、即座に思って余計に落ち込んできた。
「……着替えてくる……」
「あ……あの、お姉ちゃん……」
「何よ?」
上りかけた階段で、また呼び止められた。
「ベルゼブモンって、ケガしたことあるの?」
「ケガ?」
「骨折とか」
「無いと思うけれど?」
「そう……」
何でそんなこと訊くのかしら? 変なマコ……。
私は階段を上り、自分の部屋のドアを開けた。
ゴールデンウィークに入り、同窓会の日になった。
久しぶりに皆と会えて、思っていた以上に楽しかった。引っ越してしまった子もいるし、用事がある子もいるから、全員揃うわけじゃないんだけれど。
ジェットコースターの順番待ちの時に、こそこそと女の子達に話しかけられた。
「アイの彼氏って、どんな人?」
「違うったら」
――彼氏になってくれるなら、すっごく嬉しいのに……。
「コトちゃんも好きな人いるんだって」
「そうなの?」
大人しいコトちゃんが、顔を真っ赤にして小さく頷く。
「あのね……でも、話したことないから……隣のクラスで……。だから話が出来るようにおまじないしているの」
「おまじない?」
「うん。お気に入りのメモ用紙に、なりたい自分のこと書くの。それを枕の下に入れて眠ると願い事叶うって」
「えー?」とか「本当?」とか、皆でわいわい話していると、ジェットコースターの順番も近くなってきた。
「今日はおまじないが良く効く、不思議な日なんだって」
「そうなの?」
「『ワルプルギスの夜』って言うの。悪魔や魔女に会えるかもしれないんだって」
『悪魔』と聞いて、ぎくりとする。ベルゼブモンのことを思い出したから。
楽しかった昼間も終わり、雲一つない夜空に花火が浮かび、そして、帰る時間になった。
地下鉄で皆と帰り、駅前で別れ、そして、家に向かう途中で一人、また一人と別れていく。
楽しかったね、と。
また会おうね、と。
いつまでもいつまでも、ずっと仲良しでいれたらいいなと思う。
うちの近くの公園で、私は新島くんと並んで歩いていた。楽しかった今日のことを色々話しているうちに、
「あのさ……」
新島くんが私に訊ねる。
「コトってさ、誰か好きな人、いんの?」
「え……うん、いるみたいだけれど……」
「そっか……」
「うん……」
――え……と。それって、もしかして……。
「あの……コトちゃん、小六の時、新島くんのこと、好きだったよ。知っていた?」
それは本当のこと。
「え! マジで?」
「うん……今は他の人、好きみたいだけれど……」
「う……マジかよ……」
新島くんは、ドーンと落ち込んでいる。
「あの、今度、それとなく、連絡取ってみたら?」
「えー? でもよー」
私は顔をしかめた。
「そこでそんなこと言っていると、コトちゃんは新島くんの気持ちなんか気付かないよ?」
「そうかも知れないけれどよー」
ああでもない、こうでもない、と話しているうちに、なんとなくお互いに笑い出してしまった。
「さっき一緒にいた時に言ったら良かったのかなー」
「コトちゃん内気だもん。無理だと思う」
「そっか……ゴールデンウィーク中にもう一回会えるか、訊いてみる。明日、電話するかー。じゃ、な!」
新島くんは大きく手を振りながら、夜の公園を走って行った。
「じゃあ、またね! お休みなさい!」
私も手を振る。
少し、寂しくなる。急に、お土産の入った袋が重く感じられた。
――コトちゃん、新島くんのこと、ずっと好きだったんだよ……。でも卒業する時も言えなくて、中学入って別のクラスになって……「諦める」って聞いたよ……。
そこまで言っていいのかは解らなくて、言えなかった。
――私も、ゴールデンウィーク中に一度ぐらい、ベルゼブモンに会いたい……。早く家に帰っておまじないでもしようかな……。
帰ろうと思って、ふと、木の上を見上げた。
そこに、何かがいた。
――?
「ぬいぐるみ?」
木下に駆け寄り、見上げた。
――かわいいぬいぐるみ! 小さい悪魔の姿のぬいぐるみだわ!
木登りしてそれを取ろうとしたら、
「ぬいぐるみじゃねぇぞ」
そのぬいぐるみが、木の枝の上に起き上がった。
「――きゃあっ! かっわいいー!」
思わず叫んだら、そのぬいぐるみは思い切り嫌がっている。名前を聞いても教えてくれないところが、すっごくかわいー!
降りてきたそのコは、なんとベルゼブモンの友達だと言った! ベルゼブモンへと、会う予定も無いのに買ってしまっていたお土産のポップコーンを渡してくれるという。
渡す時に思わず、『ベルゼブモンとゴールデンウィークに会えますように!』と、願ってしまった。
木から木へ、ぴょんぴょんと跳んで行く小さいデジモンを見送りながら、私は何度も、
――おまじない、効くといいな。
と思った。
『ワルプルギスの夜』だもん……。もしも叶うのなら今度会ったらあの小さいデジモンに、お礼に何かお菓子を作ってあげよう、と思った。
《ちょっと一言》
読んでいただきありがとうございます^^
〈ワルプルギスの夜〉というのは、5/1の前夜にドイツ・ブロッケン山で魔女達が悪魔とサバトを開く日だそうです。ゲーテの「ファウスト」で広く知られるようになりました。・・・とのこと。
話の中で出てきたおまじないは、良くあるものをもじったものです。実際は三日〜一週間ぐらいメモを枕の下に入れておかないと、とか、メモが「キレイになった自分に宛てた手紙」だったり、様々です。
おまじないって、不思議ですね。真剣な気持ちは純粋で貴いものだと思います^^
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