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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
変わらぬ『想い』 Side:BEELZEBUMON
(※番外編「変わる『オレ』」の続きです)


 二日間の平日を挟んで、また検査入院期間に突入した。
 アイはあれ以降、やっぱり連絡をよこさない。マコも何も言わなかったんだと思う。下手に何かがアイの耳に入って、話がややこしくなることは避けたい。本当はポップコーンの礼も言いたいが、ちょっと……言い辛くて電話もメールもしていない。
 ――退化したままで食わなけりゃ良かったのによぉ……。
 インプモンの姿の時だと、あのナリにしては異様なほどに食欲が出る。あの大量のポップコーンをぺろっと平らげてしまったのだ。数分で……。
 ――また今度会った時に礼を言えばいっか……。
 検査も最終日になり、オレはようやく肩の荷が下りた気分になった。
「帰る支度は済んだ?」
 顔見知りのプッチーモンに声をかけられた。
「ああ」
 人間の姿になり、身支度は整えていた。
「迎えの人が来ているわよ。ロビーにいるから」
「迎え?」
 同じバイト先の奴らかもしれない。
 同室だった他のデジモン達に軽く挨拶をすると、オレは着替えの入ったスポーツバッグ一つを持ってロビーに向かった。
 ロビーにいたのは、なんと、マコだった!
「おい!」
 足早にオレが近付くと、マコは大きく息を吐いた。マコは小声で
「――検査のための入院だったんだ?」
 と言い、苦笑いした。プッチーモンから話を聞いたのかもしれない。自然に声を潜めてしまうのは、ロビーにいる者のほぼ全てがデジモンだったからだろう。
「すごいね。こんなにデジモン見たの、初めてだよ」
「そうだろうな」
 オレは受付で挨拶をしてから、病院を出た。
「検査以外で、何を考えたんだ?」
「手術とか……」
「手術? 健康には自信があるんだぜ」
 マコにそう言うと、
「だったらどうして、ゴールデンウィークが潰れるほどの検査を受けることになったの?」
 と訊かれた。
「人間にもあるだろ、人間ドックとか。似たようなもんだ」
「警察みたいなバイトしているって、本当? それをやっているから?」
「アイから聞いたのか? ああ、そうだ」
「何かあったの?」
「いや。ただ、昔の古傷が気になっただけだ」
「古傷って?」
「オマエらが気にするようなことはねぇんだ」
 そう言いながら、オレは携帯電話の電源を入れた。
「ちょっと待っていろ」
 一応、検査が終了した報告をしておかないと。
 それだけのつもりが、バイト先に電話をしたとたんに、『仕事』の話が始まった。
「池袋?」
 JR池袋駅の東口でスナイモンが暴れているという。
 ――スナイモン。成熟期――。
 昆虫型で凶悪だが、ワクチン種。ああいう場所で暴れるようなヤツではないはずだが……。
 手短に仕事の内容を聞き、オレは通話ボタンを切った。二つ折りの携帯電話を閉じながら、マコに言った。
「悪いが、ちょっとややこしい用が入った」
「池袋で何があったの!? 東口? 西口?」
「守秘義務ってのがあってなぁ……」
「でもお姉ちゃんが今、池袋にいるんだよっ!」
「アイがっ!?」
「うん。池袋で買い物するって……。お姉ちゃんには内緒でここに来たかったから、何度か確認したんだ」
「――おい。オマエ、高所恐怖症とかじゃねぇな?」
「ええ? うん、高いところはべつに平気だけれど」
「じゃあ、一緒に来い」
「え?」
「これ、持ってろ」
「ああ、うん……」
 マコにスポーツバッグを渡すと、オレはデジモンの姿になった。すぐにブラストモードになる。
「――じゃ、行くぞ」
「……う……うんっ!」
 ぽかんと口を開けていたマコが、我に返ったように急いで頷いた。
 マコを小脇に抱えて、一気に空に舞い上がる。池袋駅目指して、かなりのスピードで飛んだ。



 池袋駅上空に差し掛かると、スナイモンはすぐに発見出来た。カマキリに似たその緑色の姿を見据え、オレは上空に止まる。
 スナイモンはJR池袋駅東口で、タクシー一台をその両腕にある鎌のような刃で、ざっくりと真っ二つにして炎上させていた。傍に、腰を抜かして座り込んでいる人々が見えた。
「何をどれだけ食ったらあんなに巨大になるんだ?」
 わざとふざけた口調で言った。あんなものをいきなり見せて、マコが驚いているんじゃねぇかと気を利かせたつもりだ。
 マコは答えない。
「おい?」
「あ……う、うん!」
 バッグを抱えたまま、必死にオレを見上げる。やはり……恐怖で顔を強張らせている。
「大丈夫かよ?」
 そうマコに声をかけながらも、スナイモンのその体の大きさ、動きに神経を配る。通常の大きさの四倍以上ある。
 ――あんなに大きいスナイモン、見たことねぇな……。
「降りるぞ」
 そうマコに声をかけ、オレは地上に一直線に降りた。降りる直前に大きく羽ばたき、落下速度を落とす。
 駅前のちょっとした広場のようになっている場所に、マコを下ろした。
「ケータイ持っているんだろ? アイに連絡を取って、ここには近づけるな。理由は何でもいい。絶対にアイをこっちに近づけるな」
「うん、解った!」
 アイを巻き込みたくはない。それに、この姿を見られたくない。
 オレは携帯電話でバイト先に連絡した。
「現場に着いたぞ」
『退化させてかまわない。場合によっては強制措置を取れ――』
 強制措置。――デジタマにしてでも、この場をなんとかしろ、と。
 すでに池袋周辺での車両の移動は完了しつつあり、人々の避難誘導もほぼ終わっている。雑多で人の流れも交通量もごちゃごちゃした街だが、たまに起きるデジモンの被害においての避難誘導は迅速だ。それだけ、ここ池袋でデジモンの姿で暴れ出すヤツが多いってことだが。
 ある程度大きな街になると、問題も起こりやすい。それは人間もデジモンも同じだ。
「それにしても、関東以外からの助っ人を呼んでいたんじゃなかったのかよ?」
 オレは言いながら、溜息をついた。それから、
「おい、こら。――『保護』か、『強制措置』か。どっちがいいんだ? 許可は下りてるぞ」
 いつも以上に言い方が悪くなるが、知ったことか。
 とにかくさっさとこの場を離れなければ。
 スナイモンが、オレに向き直る。
「――凶悪なツラでオレに勝とうなんざ、思うなよ?」
 オレが口の端を上げて笑うと、スナイモンは身を翻して突進してきた。
 それを直前になって避けると、スナイモンの両腕の刃を避ける。
 上空に飛び上がると、ヤツもオレを追って飛び上がる。昆虫型デジモン特有の羽音が響き渡る。
 スナイモンがいた道路周辺の地下一帯は、広い駐車場になっている。そこから離れた場所に移動させろという指示も出ていた。
 地下鉄が真下を通っている道路もある。この辺りも大暴れするには向いていない土地だ。
 ――だったら空中戦しかねぇよ。
 かなり上空まで飛び上がり、スナイモンからの攻撃を避けながら、間合いを掴もうとするが上手くいかない。二丁のショットガンでのダブルインパクトより、ブラスターでのカオスフレアがいい。カオスフレアさえぶっ放すことが出来れば、こんな巨体だったとしてもスナイモンぐらい一発で仕留めることが出来る。
 だが、どちらの使用許可も下りてはいない。『流れ弾が付近に被害を及ぼすようなことがあってはならない』という理由からだ。
 ――それによって被害が拡大する危険がある場合は、不許可だったとしても後からどうにでもなるんだが。
 どうせこれだけ飛行を続けていれば、スナイモンの方がバテるはずだ。巨体になっているわりには、その羽は体ほどには巨大化していなかった。
 ところが、読みが少し外れた。
 ――どこに行く!?
 スナイモンが急に、下方に向けて飛んだ。
 ――デパートの屋上?
 オレの予測よりも早く、疲労したらしい。急いでその後を追う。
 ちょっとした広場のようになっているその場所に下りて、スナイモンは大きく体を揺らして呼吸を整えている。よほど疲れているらしい。
「おい。大人しくなる気はないのかよ?」
 オレが声をかけると、威嚇するように唸り声を上げる。どうやら何を言っても無駄らしい。
「仕方がねぇな……」
 今、ここでならヤツもすぐには逃げまい。流れ弾を作るヘマもしねぇだろう。
「――悪く思うなよ」
 オレはブラスターを出現させた。これの一発で、全てを終わりにするつもりだった。
 しかし、
「――!」
 スナイモンが突然、その腕の刃を右、そして左と続けて振り下ろした。それの風圧を、とっさに避けるが
「――っつう!」
 狭い場所だったので、右肩がぶち当たりフェンスを凹ませた。
 その隙にヤツは飛び上がる。
「待て!」
 ヤツはそのまま、フェンスを越えて地上に戻って行こうとした。
 とっさの判断で、オレはフェンスを跳び越え、ブラスターでヤツの背をぶん殴る。悲鳴を上げた標的が、地面へ落下する。
 通常は宝くじ売り場の小屋のある場所が空いていて、そこにヤツは轟音と共に大穴を開けた。
 ――しぶといヤツぅ。
 そこで気絶でもしてくれれば終わりだったが、ヤツはすぐに起き上がって、上空にいるオレを威嚇する。
 ――あーっ! だりぃなぁ……
 オレはそちらに急降下した。
 ロータリーを越えて車道に下りる。
 オレの姿を目で追っていたスナイモンは、すぐにこちらに来ようとする。
 その時だった。


「ベルゼブモーン!」


 声が聞こえた。アイだと解った。けれど、オレはそちらを向かなかった。微かに目の端に捉えたアイの姿の横に、アイの右腕を抱え込んで必死に止めているマコの姿も見えたからだ。
 スナイモンが飛び立つ。飛びかかるタイミングを見計らいながら、何度も威嚇してくる。
「ベルゼブモン! ベルゼブモンが……!」
 アイが何度も呼んでいる。
 ――終わったら、な。
 スナイモンはオレがブラスターを構えもせず微動さえしないので、突然、一直線に向かって来た。
 ――まだだ。
 スナイモンが避けられないギリギリの距離になった瞬間に、前方に左手を向けて魔方陣を出現させた。
 悪魔の紋章――逆ペンタグラム――を中心に据える魔法陣を、カオスフレアで打ち抜く。ブラスターからの閃光が、魔法陣を通って爆発的に増幅する。この魔法陣には長ったらしい名前がついていたような気がするが、忘れた。――これが、オレが手に入れた『魔王』と呼ばれる力の一つ。
 スナイモンの断末魔の声が響き渡る。光の粉となり、砕け散った。だが、それもまた徐々に集まって光の玉となっていき、おぼろげな光に包まれた、命の輝き――デジタマになっていく。
 右腕を下ろすと同時に、ブラスターを消した。
「――?」
 オレは前方を見据える。
 高速移動で出現し、スナイモンが化したデジタマをキャッチしたデジモンがいた。人間の姿をしているがデジモン――しかも、知り合いだ。
 メタルマメモン。今は関西地区の所属だが、関東にいた時は数カ月、講習をつけてやったことがある。
 案の定、周囲から黄色い悲鳴が上がった。こいつは顔がアイドルっぽくて老若問わず女に人気がある。
「よぉ。久しぶりだな。元気か?」
「はい! こちらこそお久しぶりです。先輩もお元気そうで何よりですっ」
 声をかけると、ぺこっとこちらに向かって頭を下げる。
「助っ人に来ているんなら、それらしく働けよ?」
「申し訳ありません。せっかく先輩が実戦をされているのならと、見学させていただきました」
「バーカ。するほどのことかよ?」
「いいえ! もう、先輩、サイコーにカッコ良かったです! 先輩って、普段あんなに悪態ついていながらもちゃんと指示は守っているし……もう、見事、見事でした!」
 ――うぜぇ。長話している場合じゃねぇんだよ。
 オレが何か言う前に、メタルマメモンの携帯電話が鳴り出した。
「はい。……はい、了解しました。はい……」
 何度か頷き通話を終えると、メタルマメモンは携帯電話の電源を切った。
「もーおっとろしいっ」
 頬を膨らましてから、ふうっと溜息を吐いた。
「さっさとデジタマ持って来いって……」
「当然だろ」
「関東で助っ人班の募集っていうから、喜んで応募したのに……」
「オマエ、何しにここに来たんだよ? 仕事しろよ」
「そもそも、先輩! 検査入院するのなら、僕に代理指名下さいっ! 水臭いですよ!」
 ――うわ、オマエ、大声でいらんこと言うなっ!
 オレは手をひらひらと振って、そしらぬ顔で
「――じゃ、後はしっかりやっとけ」
 と、踵を返した。
「はい!」
 と、威勢の良い声でメタルマメモンが答えた。
 オレはそのまま、とりあえずさっきいたデパートの屋上へと飛んだ。遠巻きに見ている人が大勢いる中で、デジモンから人間へ姿を変えるほど、バカじゃない。
 人間の姿に戻り、時間が経たないうちに携帯電話が鳴った。
『ベルゼブモン? 今、どこにいるの?』
 アイの声に、オレは溜息をついた。
 ただでさえ怖がられているのに、ブラストモードの時の姿まで見られるとは……。
「――西武デパートの屋上」
『そっちに行ってもいい?』
「ああ」
 そう言われると思っていたから、まっすぐに家に帰らずにここに下りたんだが。
 携帯電話での通話を終えて、屋上の隅にどっかりと腰を下ろした。
 ――久しぶりに体を動かすと、なまっていたのが手に取るように解るもんだな。
 年寄りでもないのに、背中が痛い。舌打ちして、しばらくそこでぼんやりとしていた。



 アイが来た。マコもいる。アイは手ぶらで、マコは大荷物だ。
 マコは、アイが買ったものらしい、いくつかのショップバッグを片手に持ち、もう片側の肩にはオレのスポーツバッグをかけている。さらに手には、小さい紙袋をいくつか持っている。
「あ、悪かった」
 アイが首を横に振る。
「いいのよ、気にしないで」
「マコをこき使うなよ」
 マコは溜息と共に、
「お姉ちゃんに『ずるいっ!』って言われたんだよ」
「そうよ、マコが悪いの! マコの奢りだから、はい!」
 マコがオレに、白い紙袋を渡した。
「お……! 三越の近くの、あのたいやき屋のか!」
 腹が減ってきていたのでありがたい。――っていうか、アイはオレの腹が空くって予測しているんだからスゲェな……。
「何が『ずるい』って?」
 ぱりぱりの皮のたいやきを食うと、マコが「はい」ともう一つ渡す。
「ベルゼブモンは特別に、二匹」
「いいのかよ?」
 ――嫌な予感がした。
「うん! あのね、二匹あげるから、私も空、飛びたい!」
 ――あ〜あ……的中だ。
「あのさ。オマエ、あの姿怖くなかったのかよ?」
「ちょっとかなり怖いけれど、それとこれとは別問題だもの!」
 アイが目を輝かせてオレを見つめる。
「期待するな。今日は終わりだ」
「えー!」
 アイは頬を膨らませた。
「電車で帰る。――以上だ」
 二匹目のたいやきを食ってオレは立ち上がると、マコからスポーツバッグを受け取る。
「ごっそーさん。――行くぞ」
 二人に声をかけ、歩き出した。
 二人は急いで、オレの後をついてきた。



 地元に戻り、いつもの公園の近くまで来た。
「マコ。先に帰っていて。――ちょっとベルゼブモンと話したいことがあるから」
 マコは頷き、ちらっと、オレに同情の視線を送る。
「じゃあ、また」
 すぐに、自分達の家に歩いて行った。
 道を曲がってマコの姿が見えなくなるまで、アイはオレに目を向けようとはしなかった。
「本当に大丈夫なの? 検査入院って、どんなの?」
 ようやくオレを見上げたアイは、少し責めるような口調で訊ねた。
「ただの検査。何でもねぇよ」
「どうして? ゴールデンウィークが全部無くなるほど、大変な病気かケガしたの?」
「違うって。マコから聞いたんだろ?」
「――二人で嘘をついているかもしれないじゃない」
「んなわけねぇよ」
「本当?」
「ああ」
「だったら、どうして本当のこと……」
「――言ったら、どうした?」
「お見舞いに行くもの!」
「くんな」
「行くわよ!」
「周りにとやかく言われたくねぇんだよ」
「……それだけ?」
「あ?」
「理由って、それだけ?」
 ――いや。他にもあるが。
「アイはどっかに出かけたかったんだろ?」
 オレが訊ねると、アイは首を横に振った。
「なんだよ、違うのか?」
 ちょっと拍子抜けした。
「他のヤツらと出かけたり、ゴールデンウィークは退屈しなかったんだろ? ――ああ、あのポップコーン美味かったぞ……」
 オレは話を続けようとした。
 アイは、オレの話を遮った。


「違うわ。一緒にいたかっただけ……」


 ――そうなのかよ……。
 オレはアイを見つめる。
 アイはにっこり笑う。
「ねえ、今度の日曜日は用事あるの?」
 オレは少し、本当にほんの少しだけだが、アイのペースに巻き込まれているのもいいもんだと思った。
「空けとく」
「本当? 絶対?」
 手を叩いて喜んでいるアイを、眺めていた。

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