カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
変わる『オレ』 Side:BEELZEBUMON
(※番外編「変わる日々」の続きです。)
自転車屋の店主であるモジャモンの体調が良くなったため、そこでのバイトはめでたく終了となった。ちょっと前に始めた『夜勤』もあるし、財布が潤ってきたのでそれはかまわない。愛車もめでたく修理から戻ってきた。
オレもアイも、それぞれ日常のスケジュールがあるから、あまり会えなくなってきていた。その分、アイはメールをくれる。あまり頻繁に入るので、最近はマナーモードにしっぱなしだ。
校舎の屋上とか、裏山の木の上とか。とにかく他のヤツらの見ていない場所でメールの返事を返していく。
――アイツ、なんでこんなにメール打つの早いんだろうなぁ? 器用だな。
毎度のように裏山の木の上にしゃがみ、携帯電話を開いた。
「――予定?」
ゴールデンウィークの予定を訊かれた。どう返事を返そうかと迷う。
実は病院で受ける予定の検査が、通常は二日のはずが、オレは一週間かかると言われたのだ。ああいうバイトをしていることもあり、昔のこともあり、それだけ慎重な検査をしたいらしい。通常の定期検診以上の検査になってしまった。
――墓穴掘ったかもしれねぇ。
検査期間の一週間をゴールデンウィークに割り振ると、休みが無くなってしまう。一週間ベタで検査を受けなくてもいいものの、世間が休みの時に病院暮らしっていうのは気分の良いものじゃない。
――仕方ねぇんだけれどよ。
オレが原因でアイにもしものことがあるぐらいなら、ゴールデンウィークが無くなることもたいしたことじゃない。
――で。どう説明するか、だ。
オレはちょっと考えた。大学はほとんど休みになるし、旅行に行くっていうのも変だし、どっかに遊びに行っているっていうのもアイは機嫌を損ねるだろうし……。
「『用事がある』っと。――これが無難か」
オレはメールを送信した。
大学からの帰りに、新宿駅周辺で。高層ビルの上で、オレは携帯電話を気にしていた。
「言い方がまずかったのか?」
あれから丸一日。携帯電話にアイからメールは入らないし、電話もかかってこない。
もしかしたらアイは、どこかに行く予定でも立てたかったのかもしれないなぁと、考える。
――ゴールデンウィークが終わったら、どっか行くかな……。
こないだは『空に近い』場所に行きたかったって、そう言っていた。東京タワーに今度こそ行ってもいいし、他の場所でもいい。
「……」
――あんなに怖がらないのなら、アイを抱えてブラストモードで空を飛んでやってもいいんだけれどよ……。
あの姿の時に見られたら、きっと今度こそ本気で泣くんじゃねぇか? それは勘弁……。
「――メール、送っておくかな……」
『GWは無理だが、その後は予定が空く』……と。
メールを送ると、眼下の街並みを眺めた。
――例えば。オレが空を飛べなかったとしたら、その時、オレは何を思うんだろう。
「……」
――例えば。オレが二度と空を飛べなくなったとしたら、その時、オレは何を思うんだろう。
そんな時はきっと……オレが血まみれになって倒れた時なのかもしれない……。
新宿・歌舞伎町にあるバイト先の『関東支部』の総務部のあるビルに行った。
外見はどう見ても古い雑居ビルだ。こういう建物の方が、うっかり誰かが壊してしまった時になんとかしやすい。万が一、それのために引越すことになっても、オーナーは補助金が出るから文句も言わず、むしろとても喜んでくれる。
もちろん、実戦用の訓練施設なんかは別にあるし、他の部署は外見のいい建物を使っている。……総務部の部長がマンモンなので、という真の理由は、誰も口にはしない。
階段を上がり、三階へ向かう。
病院宛ての書類をいくつか受け取る。茶封筒に入れられて糊付けして封をされていた。
「このまま受付に提出して」
続いて、病院からのアンケートなどを渡された。こっちは封筒に入っているだけで、糊付けはされていなかった。気になってちょっと覗くと、A4サイズの用紙が数枚入っていた。
「検査の前夜から食事制限があるから。アンケートには事前に記入しておいて」
「ああ。サンキュー」
背広姿の男。――人間の姿だけれどコイツはキウイモンで、経理事務を取り仕切っている。
「ほんと、助かるよ」
そう言われ、オレは首を傾げた。
「何が?」
「いつも定期検診の時にはブーイングかます奴らが、皆、自分から検診受けるって言い出して」
「何?」
オレが検査を受けると聞いて、「自分も受けておこう」と言い出した奴らが多いらしい。集団検診にするつもりはなかったんだが……。
「そんな影響力持った覚えはねぇぞ? それに、そんなに大量にゴールデンウィークに検診受けさせるほど、人員余っていねぇだろ? 大丈夫なのか?」
「常勤のシフトと、非常勤のシフトの組み替えでなんとかなるみたい。あと、関東以外から助っ人呼ぶって」
「それなら大丈夫そうだな」
オレは書類を持って、そこを後にした。
帰りに新宿駅前の書店に寄って、前から興味のあった力学の本を探した。見つかった分は買い、無かったものは注文した。そんなことをしていたから、帰りはすっかり遅くなった。
アイからの返事はまだ無い。具合でも悪いのかと、気になる。
家の近くの公園で、オレは見知らぬガキに気付いた。
オレの方をじっと見ている。
――何だ?
そのガキの横を通り過ぎようとした。こんな知り合いはいねぇなぁと思いながら、誰かに似ていると思った。
「――ベルゼブモン?」
そのガキはオレの名前を言った。
オレはようやく気付いた。
「アイの弟か?」
ガキにしては意志の強そうな顔をしているし、アイに似て賢そうに見える。
「――こんばんは。アイの弟のマコトです」
ガキはそう言った。敵意と不信感と警戒心を、それぞれ少しだけ覗かせながら。
「あ? ああ……どうも……」
つられて挨拶をした。
「ちょっと話したいことがあるんだ」
「何だ?」
「あのさ。お姉ちゃんに何を言ったの? ケンカしたんだったら謝ってくれない?」
――またかよ。
ついこないだアンティラモンとケンカをしている容疑をかけられたが、そんなにオレってケンカしたがるように見えるのか? しかも、オレは悪者決定なのかよ?
「ケンカしたつもりはねぇけど。――アイからメールが来なくなったから、気になっている」
確か。アイはこの弟のことを『マコ』って呼んでいたっけ。
マコは、じっと、オレを見つめる。
「でも、お姉ちゃんは落ち込んでいるんだ」
「――そうか。言い方がまずかったんだな」
「何を言ったの?」
よほどアイが落ち込んでいるのか。それともこの弟が姉思いなのか。または、おせっかいなのか。
「ゴールデンウィークはちょっと、色々忙しくてなぁ……」
どう言っていいのか、と、いつものように癖で頭を掻こうとして、本屋の紙袋や書類が地面に落ちた。
「あ……」
歩きながら紙袋を開けて中をちらっと見ていたので、本は紙袋から出た。
それをとっさに拾おうとしゃがみ込んだマコが、手を止める。
「――何だよ。オレだって、こんなツラしているが難しい本ぐらい読むんだぞ!」
オレもしゃがみ込んだ。オレが本を拾うと、マコの手が封筒へ伸びた。けれどオレは、それも拾われる前に自分で拾った。
「ありがとよ」
結局マコは何も拾えなかったが、オレはそう言った。
「アイには後でまたメール送ればいいんだろ? とにかくゴールデンウィークは忙しいんだ」
「ゴールデンウィーク全部? 一日も暇な時はないの?」
「ああ。――じゃあな」
マコの返事を聞かず、オレは背を向けて歩き出した。
――変な気を回すんじゃねぇぞ?
マコが手を止めたのは封筒に印刷されていた病院の名前を見つけたからだ、と思った。
案の定。
「ちょっと待ってよ!」
マコが追いついてきて、オレの前に走りこんだ。
――ずいぶんすばしっこいガキだな。
「あのさ、ゴールデンウィークの予定って、その病院の封筒と関係があるんだよね?」
オレはガキを見下ろす。
「アイに話すな」
「え……?」
「アイが心配するようなことは何もねぇ。だから話すな」
「……」
言葉を失ったマコの横を、オレは通り過ぎた。
オレはそもそも、病院の空気が大嫌いだ。デジモンの総合病院といえども、こんな場所に本当はいたくない。オレにとっては精一杯の我慢をして、ゴールデンウィーク初日から数日間をそこでの検査入院で過ごした。
平日は帰宅してもいいということなので、夕方に病院を出た。その後、アンティラモンとレナモンにとっつかまって、休み明けの課題提出のことで話し込んだ。家に戻ったのは結局、夜遅くになった。
――が。戻る途中でアイを見かけた。
「……」
アイが、アイと同じ年齢ぐらいの少年と楽しそうに話しながら夜道を歩いている。
――そっか。……オレと一緒にいなくってもあれぐらいの笑顔にはなるのか……。
ちょっとだけ、何だか面白くない。
アイが肩から下げているのは、大きなビニール袋。それが、有名なテーマパークのものだっていうのは、一目見れば解る。
――ゴールデンウィークに行きたかったのって、あそこか……。
千葉県の舞浜にそれはある。ここは交通の便は良いから、地下鉄の駅に出さえすれば、一時間ちょっとで舞浜に出られる。けれど大型のテーマパークで人気もあるから、日帰りするなら早朝に出かけないと入場規制で入れなくなってしまう。
――オレを誘おうと思ったがダメだったから、他のヤツ誘ったのか。――誘われたって、ちょっとあそこはオレ、行きたかねぇぞっ。……退化している状態なら行ってやってもいいけど……。
ふと、オレは思い立って路地に入る。デジモンの姿になり、――退化してインプモンの姿になった。
その姿で素早く先回りして、公園の木の上からアイ達の様子を見ていた。
アイ達は分かれ道らしい場所で、立ち止まって話し続けている。
アイはとても楽しそうだったし、かなり疲れた顔をしていた。丸一日、あの場所にいたらしい。
――あーもう、面白くねぇなぁ……。もう夜遅いんだから家に帰れー!
オレは最初、木の枝の上に立っていた。そのうち、座った。足をぶらぶらさせていても、この暗さなら二人からは気付かれない。そのうち、本格的に面白くなくなってきたので、木の枝に寝そべって両手足をぶらぶらさせた。
――おっもしろくねーなー!
頬を付けている木の枝がひんやりと感じる。
――オレと一緒にいなくたって、元気じゃねぇかっ! 良かったなー! くっそっ!
「じゃあ、またね! お休みなさい!」
ようやく、アイはソイツに手を振った。ソイツは走って帰っていき、アイも歩き出した。
――やれやれ。オレも帰るか……。
ところが。――アイがこっちを見上げた!
――嘘だろっ!
オレは息が止まるかというぐらい、驚いた。
――気付いていたのかよ! いつからだ!?
アイは小走りに、オレがいる木の真下に来た。
「――ぬいぐるみ?」
と、呟いた。
――あああ! そっか、インプモンだったな、オレ!
「ひどいことするのね、もう! 誰かがあんなところにぬいぐるみを放り投げたのね、きっと……」
アイはビニール袋を草の上に下ろすと、――木登りを始めた!
――あぶねぇだろっ!
オレは仕方なく、起き上がった。
「ぬいぐるみじゃねぇぞ」
アイはぽかんと口を開けた。
「……!?」
「……」
オレは木の枝に座ると、アイを見下ろす。内心、汗だらだらだ。
――ばれてねぇよな?
姿が全く違うから、ばれやしないと思った。予想通りばれなかったが、
「――きゃあっ!」
登りかけた木から降りると、声を上げてオレに両手を差し伸べた。
「かっわいいー!」
予想もしなかったので、オレは木の枝からずり落ちそうになった。
――あ、あのなぁ! オレだよ、オレ! いくらこの姿だって、その反応はねぇだろ!
「おいで、おいで……! おやつあるわよ、おいで〜!」
――オレは犬かっ、猫かっ!?
「どうしたの? 降りられなくなっちゃったの?」
「ちげぇよっ!」
仕方なくオレは木の枝からポンッと飛び降りた。
アイはすぐに近付いて、
「お名前は? 撫でてもいい?」
と。にこにこっと笑う。
「いやだ!」
「ええー! ちょっとだけ、ちょっとだけだから……」
――だったら、訊くな!
仕方なくアイから散々、頭を撫でられるのを堪えた。
アイが満足げに手を離したので、オレはブンブンッと頭を横に振った。
――ちっくしょーっ!
「ね? デジモンなのよね?」
「そーだよっ」
「この近くって、デジモン多いの?」
「そんなことねぇと思うぞ?」
「そう……」
ふと、――アイが黙った。
「……何だよ?」
オレが見上げると、アイは首を横に振った。
「ううん、何でもないわ。――そうだ! これ、あげる!」
アイは草の上に置いていたビニール袋を持ってきた。中から、大きくて色鮮やかな物を取り出した。半透明のバケツ型容器の中身を覗くと中にはポップコーンが入っている。
「あげるって……いいのかよ?」
誰かの土産じゃねぇのか、と言いかけて、ふと、気付く。
――『オレ』宛てか?
「土産なんだろ? 渡したらソイツ、喜ぶんじゃね?」
「いいのよ。別にもう、いいの。……つい買っちゃって……」
「『ベルゼブモン』宛てじゃないのかよ?」
「え……!」
アイが息を飲む。
「――ダチ、だよ」
そう、オレは言った。
「そうなの?」
「ああ」
「ね、ねえ! ……あの……ベルゼブモンって、今日、会った?」
「ん?」
「どこかに出かけているんでしょう?」
「あ? ああ……」
「あの……誰かとどこかに出かけているのかな、って……そういう話、聞いていない?」
「……」
オレは、さっきアイが一緒にいたヤツが帰って行った方角を指差した。
「オマエだって、『誰か』と出かけていたんじゃねぇの?」
「うん……小六の時の同窓会だったの。久しぶりに会うのなら、みんなで遊びに行こうって」
――同窓会? ……なんだ、そうだったのか……。
「ちょっと用があるって言っていたけど、誰かと出かけるっていう話は聞いてねぇぞ。一人だぞ、たぶん」
「そう……」
オレは気まずくなってきて、もらったポップコーンの容器を軽く振って見せた。
「あのさ。これ、渡しておくよ」
「え……いいわよ、別に……」
「アイツにこれから会うから」
「――本当!? 今、どこにいるの? 家に帰って来ているの?」
「……えっとぉ、ちょっと離れたとこだ」
――目の前にいるとは思いもしねぇんだろうけど。
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
「おう」
「これ、お礼にあげる」
「?」
大きな渦巻き模様の某付きキャンディーを渡された。
「ありがとよっ。じゃあな!」
「じゃあね!」
オレはトンッとさっきとは別の木の枝に乗り、そのまま、木の枝伝いに跳び続けた。アイにばれないよう、自分の家の方角とは少し違う方角に行ったように、装った。
遠回りして家に着くと包みを破って、さっそくキャンディーを舐めた。
「――ひゃっぱ、自分ちがサイコーだっ」
もごもごとキャンディーを舐めながらエアコンのスイッチを入れて、ソファに腰を下ろすと更に腹が減ってきた。
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