[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
ソノサキノ出来事 Side:BEELZEBUMON
(※前回掲載した番外編『ソレカラノ現実』の続編(後編?)です)



 翌日。昼近くになって目が覚めた。
 土曜日だが今日は大学に用はねぇし、自転車屋のバイトも今日は休みだ。
 起きてシャワーを浴びてから、昨日途中で放り出した講義資料でも読むかと手に取った。夕方になったら外に出てドーナツでも食いに行こう。
 ――アイはどうしてっかな……。
 昨日のドーナツは本当にありがたかった。けれど本来の姿を見たアイがまた今までのようにオレに会いに来るかは解らない。
 ――しくじったなぁ……。
 アイは頭も良いし、勘も良い。オレの言葉通りに素直に行動するかは、良く考えれば解ることだ。
 ――アイには小細工が通用しねぇなぁ……。
 床に腰を下ろし、天井を仰ぐ。
 ――もう、会えねぇかもしれねぇ……。
 笑顔で帰って行ったが、オレのデジモンの姿を本気で怖がっていたから、これからどうなるのか解らない。
 そもそも、最初にアイからメールが入った時にちゃんと返事を返していれば良かったのに……。



 講義資料を読むのに飽きてきた頃、インターホンが鳴った。
「――?」
 どうせ新聞か宗教の勧誘かと思ったが、とりあえず確認しておこうと思って立ち上がった。ドアスコープを覗くとアイの姿が見えた。
 ――どうしてまた来たんだ!?
 急いで人間の姿になってドアを開けた。
「おじゃましまーす」
「……」
 アイは玄関に入り、ドアを閉めた。大きな茶色の紙袋を二つ下げていて、オレを見上げる。
「アイ……」
 そう言ったきり、言葉に詰まる。どう、何を言っていいのか解らない。
 アイは紙袋を両方、少し持ち上げて言った。
「差し入れ」
「は? 差し入れ?」
 紙袋とアイを交互に見た。片方の紙袋の一番上には、半透明の容器が二つ乗っている。その下にも似たような容器があるようだ。
「こっちに筑前煮。こっちのは肉じゃが。その下にミートボールとハンバーグ、ほうれん草のバター炒め、きんぴらごぼう。トマトのツナマヨサラダ詰めと、マカロニサラダ」
 続いて、もう一つの紙袋の説明を始めた。
「こっちのは、アルミホイルの中におにぎりが入っていて、焼き鮭、明太子、昆布の佃煮、小女子の佃煮、ツナマヨ……えっと……あれ? あと何入れたか忘れちゃった……う〜ん、と……おかか……だったっけ? たしか高菜も……」
「どうしたんだよ、これ……」
「今日は弟が部活で、お弁当作ってあげたの。ついでだから気にしないで」
 ――嘘つくなよ! どう考えても弟の分がついでだろ? いくらオレでも気にするって! この量は……。
「いいのかよ? マジで……」
 そう言いながらも腹が鳴りそうになった。
「美味そうだな、これ……」
「味には自信ないんだけれど、とにかく……はいっ! ドーナツだけで三日間なんて、そんなの絶対ダメ! 栄養取れないじゃない!」
 ――そりゃ、そうだけれど……。
 オレはアイを見つめた。
 ――これだけの量、こんなに種類多く作るって、いったいどれだけの時間をかけたんだ? 何考えてんだよ、コイツ……。
「重いから、はいっ!」
 アイから押し付けられるように紙袋を受け取る。
「アイ……」
 紙袋を見つめ、オレは呟いた。けれど、名前を呼んだきり、それ以上の言葉が出ない。
「なぁに?」
 オレは無神論者だが、目の前にいるアイがまるで天使か何かに見えた。
 ――バカか、オレは! 腹が減り過ぎて頭おかしいぞ!
「……」
「どうしたの? セロリは入ってないわよ?」
「……あ、いや、その……サンキュー」
 とりあえず言ったその言葉に、アイは顔を真っ赤にして俯いた。
「でも本当に味には自信無くて……」
 ――これだけ手馴れていれば美味くないはずないだろ?
 言うべき言葉を考えていると、――また、インターホンが鳴った。
「え?」
「誰だ?」
 ドアスコープを覗くと、アンティラモンがいた。もちろん、人間の姿をしている。
 ――何だ?
(おい、アイ……ちょっと、上がっていろ)
(う、うん……)
 こっそり言うと、アイが慌てて家に上がった。一度受け取った紙袋をアイ
に持たせた。
(こっちに顔出すなよ)
 オレがドアを開けると、アンティラモンは白い紙袋を差し出した。
「これ。バイトしている中華料理店の冷凍豚まん……」
 巨大な冷凍豚まんをもらった。
「差し入れかよ?」
「え? ああ、まあ……おみやげ用で売っているもので……」
 説明を続けようとしたアンティラモンが、ふと、オレの足元に気付いた。
「……いらなかった?」
「へ?」
「そうか、ベルゼブモンって……差し入れ……そう、こないだも? もしかして……」
 おかしそうに小さく笑う。
「あ? おい……」
 オレも足元を見た。
「――――!!」
 絶句した。アイの履いてきたピンクのラメ入りのミュールがあった。
 ――持って隠れろよっ! 隠れた意味ねぇだろ!
「彼女がいるってことは内緒にしておくから。解凍方法は説明の紙が入っているから読んで。じゃ、また……」
「は? おい、こら、待てって!」
 ドアは閉まった。
「――あ〜、誤解してんじゃねぇよっ!」
 追いかけようと思ったが、アイを放っておくわけにもいかない。とりあえずガシガシと頭を掻きながら部屋に戻ると、紙袋は床に置いてあった。アイの姿はどこにもない。
「?」
 アイは洗面所の洗濯機の前にいた。山になっている洗濯物を前に肩を震わせていた。
「アイ?」
 声をかけるとアイは突然叫んだ。
「サイテー!!」
「うわ、なんだよっ」
「何でこんなに洗濯物溜めているの!」
 アイは振り向き、恐ろしい顔を向ける。こんなに怒っているのは初めて見たのでビビる。
「あーそれはちょっとなぁ……」
「洗濯機が壊れているの!?」
「そういうわけじゃねぇが……」
「洗濯してもいいの!?」
「ああ……」
「じゃあ、洗濯するわよっ!」
「……頼む……」
「『お願いします』でしょ!」
「……お願いします」
 アイは淡いピンク色のジャケットを脱いでオレに押し付けるように渡す。カットソーの袖を捲ると、猛然と洗濯を始めた。
 ――ほっといてもいいんだけれどよ、それ……。
 そう言いかけ、これ以上何か言ったらたぶん、アイがマジギレすると思ったから、止めた。
 山のような洗濯物を次々に分別し、洗面所で下洗いしたり、下洗いのいらないものを洗濯機で洗ったり。アイは手際良くそれを片付ける。そして洗濯機がどんどん洗っている間に、今度は部屋の中を掃除し始めた。
 仕方なくオレも読み終えた雑誌を揃え、ビニール紐で縛った。何か手伝わないと、本当にアイがマジギレすると思ったからだ。



 洗濯と掃除を一通り終え、アイは
「頑張ったー!」
 と、伸びをした。
「悪かったな。こんなことさせてよぉ……」
「悪いと思うなら、もっとまめに洗濯も掃除もした方がいいと思うけれど? 片付けるって気分良いでしょう?」
「あー、そうだな……」
 うるせぇと思いながらも、言われたことは正しいので言い返せない。
 アイの作ってきた弁当を、ソファに座って二人で食った。用意がいいことに緑茶のティーバッグをアイは持って来ていて、お茶まで用意された。が、うちにマグカップは一個しか無い。湯のみも、グラスも無い。何もかも一人分しかないのは一人暮らしだから当然だ。
「どうすっかなぁ……」
「私の分はお椀でいいわ。これ、貸してちょうだい」
「そっか?」
 アイは何だか知らねぇが嬉しそうだ。
 ――煮物食ったの、久々だな……。
 そんなことを思いながら、腹一杯飯を食う。その辺で売っている惣菜なんかよりも美味い。
 アイの視線に気付く。
「?」
「えっと……美味しいかな、って……」
「うめぇぞ」
「そう? 良かった……」
 アイはほっとしたようだった。
「マジでこれ、全部作ったのか?」
 ハンバーグも冷凍食品なんかじゃねぇ。ちゃんと手作りのようだ。
「こねて焼くだけだもん」
「まあ、そうだけれどよ……」
 オレはマグカップの緑茶を飲む。
「……怖くねぇのか?」
「何が?」
「オレ」
「ベルゼブモンのこと?」
 アイはちょっと考え、
「昨日はびっくりしたけれど……」
 と言った。
「ベルゼブモンに髪の色が似たデジモンがいたから、もしかしたらって思って。でも、人が多くて近くには行けなかったから……何度も携帯電話鳴らしたから、それで……」
 アイは言葉を区切り、急に泣きそうに顔を歪めた。
「私が邪魔したからケガしたんじゃないの? 本当に大丈夫?」
 ――へ?
「そんなこと気にしていたのかよ……」
「だって……」
「平気だって。腹が空いていたから、あまり力が出なかっただけだ」
「本当に?」
「ああ。条件が限定されていたからな。ああいう場所は難しいんだ。周囲に被害出しちゃマズイだろ?」
「そうなの……」
 アイはホッとしたような、納得出来ないような複雑な顔をした。
「――で、怖くねぇの?」
「それは……」
 アイは言いかけ、少し黙り込む。
「怒らねぇから、言えよ」
「……ねえ、今は、どうしてデジモンの姿じゃないの?」
「だから何度も言わせんなって。――怖いだろ?」
 アイが目を伏せた。
「うん……ちょっと怖い……」
「だろ?」
 下手にごまかして言われるよりは、ずっとマシだと思ったけれど、言われるとかなり辛いもんだと思った。
 ――これだけつきまとわれて、今さらこんな顔されるとなぁ……。
 ところが。
「でも……でもね、」
 アイが視線を再びオレに向ける。
 その瞳の中に揺ぎ無い光を見つけ、オレは動揺する。その光は柔らかく優しくて、必死にオレにすがり付く。
 ――こんな風にオレを見上げたのは、オマエぐらいだよ。
「見慣れたら、怖くなくなるかもしれない!」
 内心、顎が外れそうなぐらい、驚いた。
「見慣れたら?」
「うん。だってデジモン見たのってあまり無いから、だから怖いだけなのかもしれないもの。えっと……あの、だからね! 私、上手く言えないけれど、でもね……」
「……自分が何を言っているのか、解ってんのか?」
「だって、だって……」
 アイは言いかけて、その先を言えなくなって黙った。


 ――突き放せ。失って困るものなど、オレに必要無い。


「だって、何だ?」
「……うん……あの、私……」
「無理すんなよ」
「無理なんかじゃ……」
「それ以上、言うな」
「え……」
 ――オマエはそれ以上何を言って、どうするつもりだ? それを聞いてオレはどうするつもりだ?
 アイはきゅっと唇を閉じてオレを見つめる。拒絶された悲しみが瞳に映っている。
 その視線に気付かないふりをしながらオレは立ち上がり、弁当の後片付けを始めた。わずかな食器を洗ったり、ゴミを可燃と不燃に分別したり。
 アイもそれを手伝う。
「――さっき、誰が来ていたの?」
 遠慮がちなアイの視線を無視しながら答えた。
「大学の同期のヤツ」
「そう……」
「冷凍豚まんもらった」
「え……」
「月曜日には金入るから、代金返そうかと思うんだが。変な誤解していたし」
「……女の人?」
「女?」
「あ……ううん、えっと……」
 アイは口篭もる。
「違うぜ。男」
「そうなの?」
「ああ。中華料理店でバイトしているから、アイツ。『彼女が来ている』って勘違いしていたからな……ちゃんと言っておかないとな……」
「……」
「また同期のヤツらに何を言われるか、解らねぇからな……」
「……」
 アイが何も言わなくなったことに気付き、そちらを見た。
 アイはオレを見上げている。
「どうした?」
「彼女って……彼女、いるの?」
 アイの言い方は、先ほどまでと様子が違う。
「いねぇけど? だから、勘違いされたんだよ」
「え?」
「付き合っている女なんかいねぇってのによぉ……」
「……それって困るの!?」
 アイが強い口調で訊ねた。
「困るって? 何が?」
「彼女がいるって思われたら、ベルゼブモンは……困る?」
 ――何、言っているんだ、コイツ……。
 弁当の片付けが終わったのに。アイもオレもその場に立ったまま、黙ってお互いを見る。
 先に沈黙から抜け出したのは、オレの方だった。苛立つ。何だか無性にイライラした。
「――あのさ、何が言いたいんだよ?」
「何がって……」
 アイが迷っているみたいだったので、言った。
「バカじゃね?」
 アイは顔を真っ赤にして怒る。
「バカって――ひどい!」
「オレのことをどう思っていて、何を言いたくて迷っているんだよ?」
 そう言ったら、アイは青ざめた顔になる。
 ――バカじゃねぇの? コイツ……。何でそんなこと思うんだ? オレが怖いんだろ? それなのに何で……オレに近付こうとするんだよ?


 オレは一歩、アイと距離を取った。即座にデジモンの姿に戻った。
 風が起こり、アイが驚いて両腕で庇うように顔を覆う。風は止み、恐る恐るオレを見上げる。


 ――バカはオレの方だ。
 心のどこかで解っている。
 ――ほら。アイが怖がっているじゃねぇかよ……。
 そんな顔をして欲しくないと思っていても、そうしてしまっているのはオレの方だ。
 アイにこの姿を見られたくなくて、昨日は焦りながらダークリザモンと戦った。結局、アイにこの姿を見られたが、そのことでアイがどう思うのかをずっと、――気にしないようにしていてもやっぱり気にしている。
「……見慣れるわけねぇだろ?」
 指先の爪で傷つけないように、アイの頬に手を伸ばす。
 アイはびくりと震えたが、退かない。
「でも……それでも私……」
「へえ? それでも? 何だよ。言ってみろ」
 オレはわざと、意地悪く訊ねる。
 アイの瞳に宿る、怯えの色が濃くなる。
 これ以上、アイと一緒にいるのはごめんだ。こんな顔をされることに――耐えられねぇ。
「――オレが何て呼ばれているか、知らねぇだろうがな。教えてやるよ。――『魔王』だ」
 魔王型デジモンだからということもあるが、他を寄せ付けない圧倒的な力と残虐さでそう呼ばれた。今はずいぶん大人しくなった方だが、アイにはこれ以上、何も知られたくない。
「どう思っているのか知らねぇが、オレはアイが思っているようなヤツじゃねぇから」
 オレはそう言ったのに、アイは言った。
「違うもの!」
「何が?」
「どう言われていたって、そんなの関係ないもの!」
「関係ないって? へえ、そうなんだ?」
 言葉にからかいを含めながらも、オレは焦る。
 ――何、言っているんだよ、コイツ……!
 焦って焦って――アイではなく自分を追い詰めていることに気付かなかった――。


「だって、好きなんだもの!」
 アイは、はっきりとそうオレに言った。


「……」
 耳を疑った。アイに怖がられたくないと思っていたが、それだけじゃなかったんだと、思い知る。
 ――マジかよ?
 オレはアイを見下ろす。
 アイはオレを見上げる。先ほどまでその瞳に宿っていた、恐怖や怯えの色が消えていた。
「バカじゃね?」
「バカでもいい」
 そう、アイは言い切った。
 アイが怖かったんだと思い知る。そんな自分に対して笑いがこみ上げてくる。
 ――バカはオレの方だ。アイの存在にビビッてやがる。
 アイは、
「おかしかったら、笑えば? でも私はそう思うものっ」
 一人前に、そんな啖呵を切った言い方をする。
 ――オレを怖がっていても、好きだと言い切った。なんてヤツだよ、ったく……。
 アイの両肩に手をかけた。
 アイはびくりと、身を固くした。
 ――細ぇ肩……。
 オレがちょっと力を加えたら折れそうなぐらいで。
 ――オレのどこが、そんなに気に入った?
 訊いてみたい気もするが、聞きたくない気持ちの方がはるかにデカイ。何を言われるか考えただけで恐ろしい。
 ――このオレが『恐ろしい』だとよ。前代未聞だ。
 オレは身を屈める。
「ベルゼブモン……!」
「黙れって……」
 アイの前髪にキスをした。
 ――オレが負けっぱなしっていうのも、初めてだな。
 アイから離れると、アイはぎゅっと目を閉じたまま、身を固くしていた。
「やっぱ、怖いんじゃねぇの?」
 わざとバカにしたように言うと、アイは慌てて瞬きをした。
「び……びっくりしただけだもん!」
 と、赤面したアイに言い返された。
「あーはいはい、そういうことにしといてやるよ」
「何よ! ベルゼブモンのバカッ!」
 ――ああ、バカだよ、オレは。



《ちょっと一言》
 アンティラモンが来なかったら、この話もずいぶん違った内容の悲しいものになっていたのかもしれませんが、結局いつもの調子でまとまりました。
 ミュールについては、アイちゃんはしっかりしていてもまだ年齢低いのでああいうことになるかな、と。

 そして、あの身長差では前髪にチュvが今は精一杯でしたv 『弁当』については後日談があります。お楽しみに!

[*前へ][次へ#]

15/36ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!