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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
ビターな現実とミルクチョコレート Side:AI
 手が震える。お気に入りのペンで何度も、何度も、字を間違えながら書き続ける。ノートのその一ページは、皺になり黒く汚れて、ぐちゃぐちゃになっていく。
 これで最後だと思うと、言いたいことが文章に出来ない。こんな時なのに、本当の気持ちは全部言えない。
 ようやく書き終わったそのページを見ているうちに、怖くなってきた。
 でも、――今しかない。逃げるなら、今――。
 無我夢中で勉強机の電気を消す。真っ暗になっても、自分の部屋のどこに何があるかは判る。
 壁に掛けてあったコートを着ると、黒いダッフルコートの裏地はひんやりしている。
 暗闇の中で目をこらした。もうここには帰らないんだと思うと、何だか不思議な気分だった。嫌だと思う気持ちと、仕方ないと思う気持ちが混ざる。混ざって――ぐちゃぐちゃになる。
 ――もう時間が無いから、急がなくちゃ。
 音を立てないように部屋を出た。玄関に行きブーツを履いて、玄関の鍵を開けた。ドアの向こうは真っ暗だった。まだ、夜明け前だもの。
「……」
 いつもは『行ってきます』って言える。『ただいま』って言えるから。
「……ごめんなさい」
 私はドアを閉めて、外から鍵を掛けた。
 ――ごめんなさい……。
 ドアから一歩、離れた。
 ――私は良い子じゃない。
 ――私は強くない。
 ――私は頑張れない。もう、頑張れない……。
 もう、ダメ…………ダメなんだもん!
 ドアに背を向けて、走った。



 私の家から一番近い公立の中学校は、私鉄の線路を越えた向こう側にあった。
 急行の停車する駅だったから、踏切が閉まるとなかなか開かない。歩道橋は無い。無理に踏切を潜った子供が撥ねられて死亡する事故が起きるから、ママが
「そんな危険なことを毎日させられないもの。中学校からは私立校に通わせたいわ」
 と言うようになった。
 私にはそれがどういうことなのかは良く解らなかった。電車で行く場所にある、ということは解った。パパもママも電車で会社に行くから、それと同じだと思った。それなら全然怖くないことだと思った。そして『大人みたいでカッコイイ!』と思った。
 小四の春、塾に通い始めた。私立中学校にはテストをして合格したら入学出来ると言われた。
 ――ふ〜ん……そうなんだ……。
 勉強は大好きだった。学校の授業も、塾の授業も大好きだった。友達には時々、変だとからかわれた。でも、新しいことを覚えるのは楽しかった。
「アイちゃん。あのね……」
 小六の夏の終わり頃。塾の友達が私に話しかけた。その子とはとても仲が良かった。
「なあに?」
「私ね、今日で塾、辞めるの」
 突然言われ、驚いた。
「ええ! どうして辞めちゃうの?」
「受験、辞めることにしたから」
「どうして?」
「不合格だったら怖いから」
 と言われたので、もっと驚いた。
「うちの親に話したら『どうしても嫌なら辞めてもいいよ』って言われたの」
 その子は、ホッとしたような顔をしていた。
 後から、他の子達から言われた。
「あの子、意気地無しだよね!」
 意地悪な子達が言う言葉に、私は顔をしかめた。
「そういうことを言ったら、いけないんだよ!」
 そう強く言ったら、その子達は黙った。
 本当は私も……感じるようになっていた。もしも中学受験に失敗したらどうしよう、って。
 私が受験する学校はいくつも学校見学して「こんな学校に通いたい!」って思った憧れの学校だった。制服もかわいかったし、先生も優しそうだったし、通っている先輩達は皆楽しそうだった。
 ――落ちたらどうしよう。私も受験、辞めたいかも……。
 踏切のことだって、気をつけて通えばいいことだもの。憧れている学校を諦めるのは辛いけれど、落ちた時の方が辛いと思う。確実に合格出来るわけじゃないんだから……。
 塾が終わってから家に帰ると、ママと弟が楽しそうに話をしていた。
「ただいま」
「おかえり、アイ。塾のテスト、どうだった?」
「点数良かったよ。一問だけつまづいたけれど、先生が解き方教えてくれて、練習した」
 塾の先生達は、「アイちゃんだったら、もっと他の学校も合格出来る」ってママに保護者面談の時に話したから、ママはすっかり安心していた。
「アイはしっかりしているから、大丈夫よね!」
 って、いつものように言われた。
 ――しっかりしてないよ……。しっかりなんか、してないったら……。
 ママが悲しそうな顔をするところなんか見たくなかった。だから私は精一杯、笑った。
「大丈夫だよ」
 そう言った。
「そうだよ! お姉ちゃんだったら大丈夫。僕もバスケの強い学校、行きたいなぁ」
 一つ年下の弟は、バスケットボールに熱中している。
 アメリカのNBAの試合中継を夜遅くに起きて見ては、それが見つかるたびにママに怒られている。「録画したのじゃなくて、リアルタイムで見たいんだよっ!」と頬を膨らまして言える弟が羨ましい。
「うん。マコだったら、きっと頑張れるよ」
 弟のマコト――マコは学校のクラブでバスケをやっていて、近所の人に頼んで区民体育館での大人の練習を見せてもらったりしている。行動力があるから、きっと頑張れると思う。
「まずは身長だもんなぁ……なんでNBAの選手ってあんなにデカイんだろ……」
「やっぱり食生活かしら?」
「じゃあ、明日からハンバーガー食べる!」
「毎日じゃ飽きちゃうわよ」
 ママとマコは大笑いしている。
 賑やかなその場所から、
「じゃ、ちょっと宿題しているから」
 と、私はそっと――逃げ出した。
 階段を駆け上がり自分の部屋に入ると、塾のバッグを下ろした。
 ――あんな雰囲気の中で、中学受験を辞めたいなんて言えない……。
 我慢しなくちゃ。頑張らなくちゃ。ちゃんと合格しなくちゃ……。



 夏の終わりに思い始めた『辞めたい』という気持ちは、だんだん『逃げたい』に変わっていった。
 ママにも言えない。弟にも言えない。ニューヨークに単身赴任中のパパにも言えなかった。
「……」
 昨日の夜から降り続けている雪は、まだ止みそうにない。
 ママは、「受験当日に雪なんて、嫌ね」と、電車が運休になった時のために少し早めに家を出ようかしらと悩んでいた。
 ――行かない。受験会場に行きたくないから、絶対、行かない!
 塾に通うために毎日通った、公園の中の道を歩いた。走り疲れて足が痛い。
 誰もいない公園の中で、私、ただ一人だけ……。
 静かだった。時々、とても遠くで車のエンジン音が聞こえるぐらいだった。
 ――この公園って、こんなに広くて静かだったのね。昼間の賑やかさが嘘みたい……。
 私は街灯の下に立って、空を見上げた。
 雪が突然、暗い空から生まれる。光の中に現れて、私の方に舞い落ちてくる。
 ――天使の羽根……。
 ずっと前に、スキー場で見上げた空みたいだった。
 ――もしも、私がいなくなったら……皆、泣くの……?
 けれどもう、どうしていいか解らない。
 受験会場で、裏返された問題を表に返すと、知らない国の言葉で書かれている――そんな夢も見た。
 受験会場に突然、猛獣が乱入してくる――そんな夢も見た。
 ……受験当日になっても、それが起きそうな可能性は低そう……。
「……」
 頑張れない。
 頑張りたくない。
 自信が無い。
「……」
 怖い、こわい、コワイ。
 恐ろしい、おそろしい、オソロシイ。
 辛い、つらい、ツライ。
 苦しい、くるしい、クルシイ。
 ――誰にも言えない……。
 空を見ているのが辛くなった。首が痛いからじゃなくて、――とにかく辛かった……。
 ――この空は、私が死んだら行く場所なの……?
 ずっと考えていた。もしも死んだら、どこに行くんだろうって。
 ――頑張りたいけれど、もう、頑張りたくない。
 考えて、考えて――もう、考えたくない。
 誰かに言いたい。
 誰かに――答えてもらいたい……。



 ――?
 私以外の誰かが立っていることに気付いた。
「……?」
 男の人だった。
 金髪の無造作な髪。背がすごく高い。黒いライダージャケット。――バイク、乗る人なのかなと思った。
 ――何でこんな時間にこの人、こんな場所にいるの? 変なの……。
 そう思った。同時に、ふと訊いてみたくなった。


「死んだら空に行くって、本当?」


 見ず知らずの通りすがりの人だから、訊けたのかもしれない。
 その人は、すぐに答えてくれた。
「そう言うヤツもいる。そうじゃないって言うヤツもいる」
「――そうなの……」
 イエスでも、ノーでもない。
 どちらも正しくて、どちらも間違っているわけじゃない。
 どちらが多い意見でも、少ない意見でもない。
 そんなあいまいな言い方に、とても納得した。
 ……そういう答え、欲しかったのかもしれない。
「あのなぁ――」
 そう、声をかけられた。
「何?」
「人間は簡単に死なねぇ」
 ――どうして? どうしてそんなことを私に言うの? まるで私がこれから死のうと思っていることを知っているような、そんな言い方をするのは、どうして? ……簡単には死なない? 本当に?
「本当?」
「ああ。死ぬ前に根性出せるもんだ」
 ――根性?
 そう言えば。いつも、あまり頑張らなくても何でも出来ていたから、そんなこと考えたこともなかった。それは頑張るって言葉より、もっと強くてたくましい言葉のように感じた。
 ――私はまだ、根性って出してないような気がする――。
「根性……。――――そっか……! そうなのね!」
 私は嬉しくなって、体がとても軽くなった気がして、その場で飛び跳ねた。
 そして、走り出した。
 ――帰ろう。帰って、あんなノートの一ページなんか、破っちゃおう! 私はまだ、根性出してないんだもの!
 雪の中を、真っ直ぐ、真っ直ぐ、走った。



 家では大変なことが起きていた。
 帰ってくるなり、ママが玄関に飛び出してきた。ママは涙でぐちゃぐちゃで、私の体をぎゅうぎゅう抱き締めた。
「ごめんなさい……」
 と私は謝ったけれど、ママはその何十倍も
「ごめんなさい……!」
 を言った。声が出ないぐらい、何度も、何度もそう言った。しまいには本当に声が出なくなって、ただただ、泣きじゃくっていた。
 マコも泣いていた。こんなに泣くマコは、今まで見たことが無かった。
 マコから、受験会場に出かける私を、寝坊しないように起こそうと思っていたんだと言われた。けれど私はどこにもいなくて、机の上にはぐちゃぐちゃのノートの一ページが残されていて、とても驚いたと言われた。
「こっちが死ぬかと思ったぐらい」
 だと言われた。
 ママは
「受験を辞めたいなら辞めてもいいのよっ!」
 と、何度も私に言ってくれた。けれど私は、受験会場には行けると言った。
「根性出せるものなんだって……!」
 私はきっぱりと、そう言った。目の前がすっきりして、今の私は無敵のような気がした。



 後から知ったことだけれど、その時の試験成績はかなり上位だったらしい。
 次の日の面接も緊張しなかった。だって根性出せるんだって、もう解ったから。質問を良く聞いて、しっかりと話が出来た。
 面接が終わった日の午後、パパが帰ってきた。ママから話を聞いてすぐに、予定していた仕事を他の人達に代わってもらったんだって。成田空港から真っ直ぐに帰ってきたパパも大泣きしていた。それから数日間は久々に家族揃って過ごした。
 けれど――私は後悔した。
 あの人にお礼を言いたかったんだけれど……会うことが出来なかったから。
 あの時間の公園に、一度だけ行ってみた。ママは猛反対したけれど、マコについてきてもらって行ってみた。ママもついて行くと言ったけれど、それは断った。それは恥ずかしいと思ったから。
「弟についてきてもらうっていうのも、恥ずかしくない? まあ、いいや。どんな人か見てみたいからね〜」
 だいたいの特徴をマコに話したら、マコは変な顔をした。
「黒尽くめって……天使ってより悪魔だな、それ……」
「あ……そうかもね……」
「お姉ちゃんってば、さあ……普通はそこで『失礼ね!』とか、言わないの?」
「ん……と、合っているんだもの」
「本当? ――悪魔が『根性』、ねぇ……。この辺りでそんな人、見かけないけれど……」
 ――じゃあ通りすがりの、本当に悪魔だったのかもしれない。
 マコは公園で夜空を見上げて呟いた。
「ずっと、お姉ちゃんは強いって思っていた。――でもさ、弱い時もあるんだって解ったから。あのぉ……何度も『大丈夫だよ』って言って、ごめん……」
 マコは言った。
「うん。――でも、これからはもっと、大丈夫だと思う」
「――その黒尽くめの人ってさ、たまたま、この時間にここを通ったのかもね」
「たまたま、かな……」
「うん。また、他の時間に来ようよ」
 私はマコに促されて、歩き出す。
 途中、立ち止まり、振り向いた。
 街灯の明かりは優しく、寂しく夜を照らしていた。



 中学校の入学式の日。
 真新しい制服は少し大きめに作っていたので、かなり大きい。本当に背が伸びるのなら、いいんだけれど……。
 家に帰ってから、私はそれを着たまま、公園に行ってみた。
 桜の花びらが、あの日の雪みたいに舞う。
 まだ、あの人には会えなかった。受験の合格発表の日も入学説明会の日も、採寸した制服が届いた日も、ここに来た。けれど、会えない。そして今日も、やっぱり会えない。
 ――根性出せたよ、って、言いたいのに……。
 仕方ない、かな……。
 一回、私はあの日のようにジャンプした。不安な気持ちが少しだけ、軽くなる。
 なんとなく、きっと。いつかまた、会える気がする。
 ――いつ、会えるのかな……。
 ちょっと、楽しみだと思えてくる。
 私はその場所に背を向け、歩き出した。


     ◇


 学校の行事がある時や、凹んだり怒ったり、嬉しかったり楽しかったりした日も、公園のあの場所に足を運んだ。
 ――引越したのかもしれない……。
 そう、思った。
 ――もともと、この辺りに住んでいる人じゃないのかもしれない。
 そうも思えた。
 いつも……どこかで見かけないかと思った。街中でも、いつも探していた。
「ねえ、それって……恋?」
 仲良くなったクラスメイトに話したら、興味津々って顔で訊かれた。
「恋……?」
 ――恋……かな……?
「違うような気がする」
「なんだぁ……」
 その子はちょっと残念そうな顔をした。
 恋じゃない、と思う。
 学校帰りに電車の中で一人、何度も考えた。
 ――恋じゃない。……そんな気がする。
 駅に着いて、真っ直ぐに家に帰った。
「……?」
 家の近くでマコを見かけた。女の子と話をしている。その子は、まるでマコから逃げるように走り去って行った。私に気付いたから、とかじゃないと思う。その子を私は知らないし、たぶん向こうも、私がマコの姉だって知らないと思う。
 マコが私に気付いた。
「……おかえり」
 すごくきまり悪そうな顔をしている。
「……あ」
 マコの手が持っている物を見て、すぐにそれが何か気付いた。
「そっか……」
 もう、バレンタインデーの時期なんだ……。
「あの子……」
「隣のクラス。明日は僕、バスケの校外試合があるから。今日渡したい、って」
「そう……」
「……昔はこういうの、素直に喜べたんだけれど……」
 マコが難しそうな顔をする。
「僕……あの子のこと、知らないからさ……」
「付き合うの?」
「バスケ忙しいしこれから中学受験もあるし、……難しいよ」
 マコはバスケットボールの名門校を受験するつもりだった。都内のその学校は受かるのがとても難しいらしい。
「そっか……」
「他の子からも貰ってさ……」
 マコは毎年、何個かチョコを貰ってくる。
「こういうの、上手く言えないんだよ……どうしよう……なんとか言うけれどさ……」
 マコはそう言うと、すまなさそうな顔をした。
「……ごめん」
「何が?」
「こんなこと言って。お姉ちゃんだってあの人が見つかったら、チョコ渡していたかもしれないじゃないか」
「え? そうかな……」
「『え?』って……、好きなんじゃないの?」
 玄関のドアを開ける前に、マコが訊いた。
「お姉ちゃんはその人が好きなんだと思っていたけれど、違うの?」
「そんな! 違うってば!」
「そうなの? 好きだからずっと、探しているのかって思ってた」
 ……う〜ん……。
 その日は夜まで考えたけれど結論はやっぱり「違うと思う」だった。



 翌日。学校帰りに、お菓子屋さんでチョコを買った。パパの分と、マコの分。パパは今年の夏、ニューヨークでの単身赴任を終えて東京・大手町の本社勤務になった。だから今年のバレンタインチョコは手渡し出来る。
「……どうしよう……」
 ちょっと迷って、もう一つ余分に買った。
 小さな箱に入ったチョコは三つ。小さなペーパーバッグにそれぞれ入っている。
「ただいま」
 家に帰り、玄関で靴を脱ぎ、二階に上がって鞄を置いた。チョコの入っている小さいペーパーバックを持ち、部屋を出た。
 リビングへ行き、二つはテーブルの端に置いた。
「アイも買ってきたの?」
 ママが微笑む。
「ママも買った?」
「うん。ママはどんなのにしたの?」
「内緒〜。どうせ後でパパが見せてくれるわよ。それより、チョコのお金、渡せば良かったわね」
「いいよ、お小遣いで買えたもの」
「そう? あら、それは……?」
 もう一つのチョコにも気付いたみたい。
「――ううん。まだ、会えないんだけれど……」
「そう……」
 ママが微笑む。
「ママとパパも、その人にお礼、言いたいんだけれどね」
「もしも会えたらそう話すわ。――行ってきます」
 私は家を出た。
 チョコを持って歩いていると、なんとなく、その人のことを好きなのかもしれない、と思えてきた。
 でも好きっていうより、憧れの方が強いような気がする。
 あの場所に立つ。
 私はあれから、背が八センチも伸びた。今も伸びている。たぶんあの人が私ともう一度会ったら、驚くと思う。
 好きなのかどうか、たぶん、もう一度会えたら解ることだと思う。
 見上げた冬の夜空は暗い。
 あの受験の日から、一年と一ヶ月ぐらい経った。
 ――いつ、会えるのかな……。
 このしぶとさはそれこそ、根性に近くなってきたかも。
 ――今日会えたらマンガみたい! でも無理みたい……。
 マンガみたいにはいかない。現実って、そんなに甘くない。
 ――あ……。よく考えたら、このチョコ……ミルクチョコレートだった……!
 今日は会わなくて正解かもしれない。あんな格好した人が、甘いもの好きなはずがない。きっと甘くない、ビターチョコとか好きだと思う。
「――帰ろ……」
 私はくるりと背を向けた。
 ――このチョコは自分で食べようっと。
 家に向かって歩き出した。


     ◇


 春休みまであと数日。そんなある日。
 パンクしてしまった自転車を押して、時々行く自転車屋に行った。
 古い自転車で乗り難いから、そろそろ新しいのに変えてもいいかもしれない。昔、近所のお姉さんから譲ってもらったお古の自転車だった。
「すみませーん」
 声をかけたら、店員が振り返った。
 全身が硬直するほど驚いた。
「……うそぉ……」
 どうしてこんな場所で私の目の前に立っているのか、全く予想も出来ないことだった。
 ――『現実はビターチョコ』だったはずなのに……!
 その人はムッとして、不機嫌そうに頭を掻く。
「――パンクの修理ですかぁ?」
 この声――間違い無い!
 ――そっか。そうだったのね。私はずっと――この人が好きなんだ……!
 そう思うと嬉しくて。
 この人の迷惑なんか考えもしないで飛びついた。なんだかバカみたいに素直になれた。
「やったぁ――――!」
 嬉しくて。嬉しくて。
 もう、絶対に。
 この人を見失わないんだから!と、心に誓った。



《ちょっと一言》
 アイちゃん側から書いてみると『雪舞う空』でのあの風景もちょっと変わってきますね。

 実際、私が幼い頃に駅傍の踏切で事故がありまして、アイちゃんのママと同じことを近所のお母さん達が言い出したそうです。駅の傍の踏み切りって、電車は止まっているからくぐれそうな錯覚に陥りがちですが、絶対ダメです。危険ですから。
 うちは転勤が多い家庭でしたので小二になる時には引越しまして、その後、踏み切りの上を通れる陸橋が出来ました。私が小五ぐらいの時だそうです。

 そんなことがあったあの一帯も、その後、団地群が出来て公園も出来ました。そしてさらにその後、パロットモンが出て一部破壊…となると。
 ええ、実は公園などのモデルは光ヶ丘公園なんですよ。あれが出来る前を知っているとなると、年齢ばれるけれど気にしない!(汗)


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