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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
花舞う日 Side:BEELZEBUMON
 地下道へ下り、地下鉄の改札前に着いた。ふと携帯電話のメールを読み返し、来るのが早過ぎたと気付いた。
 ――チッ。馬鹿野郎だな。
 携帯電話に届いていた待ち合わせ時刻を、いつの間にか一時間早く覚えていた。それならあと一時間、眠れたのに。
 遅刻するよりはマシか……と、時間を潰す方法を考えているうちに、
「ベルゼブモン!」
 鮮やかなブルーのパーカーに、デニムの膝上丈のスカート。茶のブーツ。――アイだ。アイが一目散にこちらへ走って来る。
 ――って、こら。そんなもの履いて走ると危ねぇ……。絶対、転ぶぞ。
「何でこんなに早いんだ?」
「ベルゼブモンこそ!」
「――あ〜。うるせぇ……一時間勘違いしたんだよ……」
 息を切らしていたアイは、
「そっか……」
 と、少しがっかりしたような顔をした。でもそれは一瞬だった。
「えっと、私はね、早く来て待っていたかったの! だから早く来たの!」
 ――は? 一時間も待っているつもりかよ?
「……」
 呆れて何も言えなくなる。
「うーん、あと五分早く来れば良かったかしら?」
 アイは楽しそうにさらにそう言った。
「……行くぞ」
 オレは地下鉄の券売機に向かう。
 アイはくるりとオレの腕に自分の腕を絡めた。
「――おい、放せ」
「……ケチ……。じゃあ、いいもん。手でいい。それで勘弁してあげるわ」
「あのなー、いいかげんにしろよ……」
「何よ、これぐらい、いいじゃない」
「だから放せって!」
「いやだってば!」
 結局。根負けしてアイと手を繋いで改札をくぐる羽目になった。
 ――何でいつもこうなんだっ……。
「――キャッ!」
 アイが階段を踏み外しそうになった。咄嗟につないだ手を引いた。
「何やってんだこら! 気をつけろ!」
「ごめんなさい。ありがと……びっくりした……」
 ――そんなに春休みに出かけるのが嬉しいのかよ。はしゃいでるんじゃねぇよっ。
 アイと会って一週間。正しくは、再会してから一週間。
 ほとんど毎日バイト先に顔を出すアイのウザさにも慣れてきた。そんなものに慣れてどうすると思う反面、アイのペースに巻き込まれても別に嫌じゃないとも思えてくる。
 何でそんなにエネルギーがあるのかと不思議に思うぐらい、アイは元気だ。その明るさで周囲を巻き込む――迷惑な引力を秘めている。
 「どこかに遊びに行こう?」と言われ、別に用事も無かったのでバイトが休みの日に待ち合わせた。
 世間では一般的に春休み。オレの通う大学も、アイの通う学校も。
 地下鉄を乗り継ぎ、目指す駅で降りて地上に出た。
「……」
 視線を上げると、桜の花が咲く公園の向こう側に『それ』を見つけた。
 ――何でこんなものが見たいんだよ?
 アイが行きたがったのは東京タワーだった。修学旅行や遠足の定番のそこには、はっきり言うが何も興味は涌かない。意見を聞いた時は正直に「バカじゃね?」と口に出てしまい、一時、ケンカになった。
 ――で、また根負けしたんだが……。
 けれどアイは嬉しそうだ。見頃を過ぎて散り急ぐ桜の下を歩く。花びらが降る中、オレはその後をついていく。
「大展望台じゃなくて、特別展望台に登りたいの」
「どこだ、それ?」
 アイが指差したのは、赤に近いオレンジ色の鉄塔の二つある展望台のうち、上の方だった。
 公園を抜け、交通量の多い道の横を通り、陸橋を渡る。
「楽しみ〜!」
 はしゃぐアイの後ろをついていく。
 花見客、行楽客がわりと多い。――春らしくなってきたもんだな……。
 横断歩道を渡り、鮮やかな色の鉄塔の真下に来た。
 ――上の方は別料金かよ?
 特別展望台までだと別料金も含め、小中学生は860円、それ以上の大人は1420円。
 アイの分ぐらい奢ってやるつもりで券を買おうと思ったが、――携帯電話が鳴った。
「――ちょっと待ってろ」
 列から離れて壁際に寄ると、携帯電話を操作する。着信履歴の名前に嫌な予感がした。急いで通話ボタンを押すと、一回のコール音ですぐに繋がった。
 待っているアイに背を向けた。
「――何があった?」
 声を潜めた。アイには話していないが、自転車屋のほかに、単発のバイトをたまに引き受けている。
 それの内容は、ここリアルワールドで暮らし始めたデジモンが社会秩序を乱さないようにという――簡単に言えば、警察や消防だ。騒ぎを起こしているデジモンがいれば、止めるように説得する。――時には力ずくで。
 最初はむしろ自分が厄介になる身だったが、その時に応対した奴に声をかけられた。究極体デジモンである力を持て余していたのと、割の良いバイト料につられたのが引き受けた理由だ。もうかれこれ……何年やっているか忘れたが。
『汐留――シオサイト上空にフライモン。数――38』
 名乗らず、こちらの名前も確認せずに用件のみを携帯電話越しに伝えるダチの声は、緊張を帯びていた。
「38? 多過ぎだろ? マジか?」
『これでも半数はデジタマに戻した』
 ――デジタマに?
 デジタマに戻すのは強制措置に近い。たいていは、バトルで体力を削ったり退化させてから『保護』することになっている。そう出来ない何かが起きているらしい。
『ピーコックモンがやられた』
「――バカな!」
『フライモンは都心へ向かっている。このままでは突破される』
 汐留は、今いるこの場所から近い。突破されればこの場所も大変なことになるかもしれない。
 ――仕方ねぇ。
「わかった。待ってろ」
 携帯電話の通話を切ると、――アイに向き直る。
「どうしたの?」
 不思議そうな顔をしている。
「悪いがちょっと……用が出来た」
「用?」
「一時間……いや、もっとかかるかもしれねぇが、すぐに行かなくちゃならねぇから……」
 だから、今日はもう一緒にこの鉄塔に登ることは出来ない、と言おうとした。けれど、
「そう? じゃ、私、待っているから」
 アイは嫌な顔もせずにそう言った。
「え……と、それが……」
「用事が終わったらメールちょうだい?」
「ああ……」
 それ以上、何も言えなかった。



 ――飛んだ方が早い。
 芝公園の桜並木の中を走りながら、デジモンの姿に変わる。間を置かずにブラストモードに変化した。一気に羽ばたき、汐留を目指す。
 汐留の手前に位置するJR新橋駅上空に近付くと、自分の目を疑うような光景がはっきりと見えてきた。
 ――どういうことだ!?
 上空を黒く――いや黄色く埋め尽くすほどのフライモン達。遥か下の路上ではパトカーや消防車が到着し、付近にいた人間達の避難誘導を行っていた。
 平日とはいえ春休み中の新橋。新交通『ゆりかもめ』の始発駅で、隣には銀座などの大きな街が隣接しているこの場所は混乱に陥っていた。新橋に隣接する現場の汐留は、高層ビル内にいた人々がどんどん避難しているようだった。
 ――フライモン。成熟期。昆虫型、ウィルス種。
 巨大なスズメバチのような姿のそのデジモンは相手に不足はねぇと思うが、異常なほどの数の多さには舌打ちしたくなる。これは一時間やそこらで片付く数じゃない。
 汐留に着くとざっと周囲を見回す。密集する高層ビルの群れと、下方にある『ゆりかもめ』の専用道。
 携帯電話で連絡をくれたダチ――アンティラモンを見つけた。
 日テレタワーの屋上の端で、フライモンの鋭い針の攻撃――デッドリースティングの連射をアンティラモンはバック転で次々に避ける。ビルに突き刺さっていくその針は、もしも自分の身に当ったらデータの維持は難しい。
 その高層ビルの外壁は強化ガラスが多く使われていて、割れたガラスが地上に降り注ぐ。下から悲鳴が上がったが、下にも仲間がいるはずなのでガラスの雨でケガ人が出ることは無いだろう。
 屋上の端にまで辿り着いたアンティラモンは、身を翻して高層ビルの四方を囲むシンプルなオブジェのような鉄材を身軽に駆け下りる。アンティラモンを追っていたフライモンも急降下する。
 アンティラモンは長い両腕を振るように半回転して、フライモンへと向く。足場に選んだ鉄材に下りるとしゃがみ込み、トンッと伸び上がるように跳躍した。フライモンの隙を突いて飛び掛り、巨大なフライモンの腹部を抱える。フライモンが暴れるその力を逆利用して、上空高く投げ飛ばす。投げたその先にいた別のフライモンにぶち当たり、衝撃と断末魔の叫びが木霊する。
 アンティラモンは落下しながら体勢を変え、右腕を伸ばして鉄材を掴んだ。一瞬ぶら下がってから体を揺らして反動をつけ、その鉄材の上に飛び乗る。
 霧散したデータが再び引き寄せられるように集まって形を作っていく。光の粉のようなそれが結晶していき、デジタマが二つ『誕生』した。
 アンティラモンは両腕を伸ばして落とさないようにそれを受け止めると、遥か地上を覗き込む。誰かを見つけ、そちらへ目掛けて一つ、また一つ、軽く投げた。下には『保護』担当の仲間がいるようだ。
 そしてすぐに、
「――申し訳無い」
 アンティラモンはトンッと跳躍し、オレの近くのビルに下りた。戦闘中にオレが来たことに気付いたらしい。
「別に」
「こんなに早いとは思わなかった。近くにいたのか?」
「――今日はあまり時間ねぇんだ」
 オレはそう言うと、右腕にブラスターを出現させた。パワーを増幅させる魔法陣を出現させると、構え、照準を合わせる。魔法陣を打ち抜くように光弾を放った。
 その一撃――カオスフレアは一体のフライモンのデータを砕き散らす。他のフライモンが気付き、こちらに襲い掛かる。
 ――雑魚が。
 オレはブラスターを装着したまま羽ばたき、空高く舞い上がる。気圧と風を翼に受けながらバランスを取る。下方より迫るフライモンにブラスターを向けた。連射出来ないこともないが、やはり威力が強い分、次のエネルギー充填には時間がかかる。追いついてきたフライモンは体をぐいっと曲げて針をオレに向け、発射する。
 ――そんな緩いのが当るかよっ。
 戦闘時のスピードでは負けない。それを避け、フライモンが近付いたところで手の爪を向けた。斜め上に薙ぐ――緩いカーブを描きながら、データを引き裂いていく。爪にかかる命の重みには慣れてしまっているし、元より敵には容赦しない。悲鳴を上げたフライモンのデータが、光る霧となる。
 残ったフライモン達がオレの攻撃力を警戒し始める。数体が一斉にオレに襲い掛かってきた。
 ――群れようが、オレは倒せねぇだろう――。
 自分の翼に力を込めて高速移動する。ビルの間を抜ける風はやっかいだが、軽いハンデ程度。
 目の端に、他のデジモン達がフライモン相手に苦戦しているのが見えた。
 ――金と銀――ハヌモン? メイルドラモンまで?
 あまり見かけない顔ぶれがいることに気付く。
 金の毛足の長い毛並みの巨大な猿に似た姿と、銀の甲冑を身にまとい金色の金属の翼を持つ巨大な馬の姿。
 ――こんな都心でデジモンが暴れれば、目ぼしい奴らに手当たり次第声をかけるか……。
 一匹のフライモンがこの場から逃げようとした。――JR新橋駅方向へ。
 一瞬、アイのことが頭を過ぎる。
 ――逃がすかよっ!
 翼に力を込めて一気に飛び、追いつく。こちらに気付き、弾丸のように連続発射される針の攻撃を避け、急接近して左の拳を敵の頭部に叩きつけた。悲鳴と同時に敵のデータは砕け散る。
 ――残り何匹だ?
 戦闘に集中することにした。こちらの動きに警戒され、状況が不利になった。
 『建築物などへの被害は最小限にしろ』と、やかましいほど言われている。飛行時の勢いのままで足場にすれば、外壁を飾るタイルなどは簡単に割れる。けれどその他の材質はほとんど強化ガラスで、そちらを足場にしたら間違いなく踏み破ってしまう。
 こういう場合の戦闘講習も受けている。飛行能力の微量な調整でそれは出来る、と。
 ――まあ、器用にこなせばそれだけ能力給が上がるからな。
 汐留タワーの壁面を覆うタイルを割らないように、オレは足場に選ぶ。軽く蹴り、戦いやすい場所を探す。
 ――まどろっこしいな。全部破壊出来ればそれだけ早く片付くってのに……。
 だがそんな暴挙に出ればバイト料は差し引かれ、ひどい時にはゼロ。マイナスになることもある。タダ働きで損するのはごめんだ。
 汐留タワーと日テレタワーの間に、ガラスの屋根が見えた。こんなものがここにあることを忘れていた。
 ――うおっ。なんだ、ここ! やり難くてウゼェ!
 サッと周囲を見渡し、ゆりかもめの汐留駅が目に入った。この騒ぎで一時、ゆりかもめ全線は運転停止されているはずだ。
 大きく羽ばたき、一直線にそちらに抜けた。デッキに左手を突き、上体を半回転させて体勢を取り、
 ――ダンッ。
 強く踏み切り、跳んだ。
 ――アイがせっかく楽しみにしていたのに、何やっているんだろうなぁ……。
 それならこのバイトを無視して良かったのかというと、ノーだ。アイがいる芝方面へ行かせるわけにはいかない。
「…………」
 ふっと、力が抜けた。ゆりかもめの専用道に舞い降り、ブラスターを構えずに空を仰ぐ。春の空は晴れ渡る。
 ――行楽日和だ。それなのにツイてねぇぞ。
 その『ツイてねぇ』は、アイが、というより、自分が、のような気がした。どこでデジタルワールドとの境目が生まれたのかは聞いていないが、こんなに近くで大事が起きるとは。
 フライモンの一体がオレに突進してきた。
「――ツイてねぇなぁ! クソッ……!」
 気持ちを押さえ、魔法陣を出現させた。オレはブラスターを構えて光弾を放つ。



 ようやく全てのフライモンをデジタマに戻した時には、かなりの時間が経ってしまっていた。最後の数体がしぶとく粘ったからだ。高層ビルやゆりかもめの専用道が通る高架の下を逃げ回り、街路樹をなぎ倒して被害が出た。スカイデッキからの転落防止に使われている強化ガラスにも被害が出た。
 陽光は傾いていた。
 ――さすがに、もう帰っただろうな……。
 一時間半は経った。アイの性格だったらきっと、一人で東京タワーには登らない。
 アイを一人で帰らせてしまって悪かったと思い、携帯電話でメールを送る。
 ――『終わった。悪かった』……他に言いようがないな。人間にデジモンの戦いのことなんか言っても困るだろう。それにしても、フライモンのあの異様な攻撃性は……何だったんだ?
 二つ折りの携帯電話を閉じると、途端に鳴り始めた。急いで携帯電話を開き、通話ボタンを押した。
「――アイ?」
『アイ?じゃないわよ! おっそ〜い!』
「まだ待っていたのかよ」
『待っているって言ったじゃない!』
「わかった。そっちに行くから……」
『解ってない! ベルゼブモンのバカ――!』
「おい、あのなぁ……」
 アンティラモンがビル伝いに跳び、近付いて来た。
「ピーコックモンは病院に搬送された。ベルゼブモン、ケガは無いか?」
「ケガ? ねぇよ。オレがあんな奴ら相手にケガなんかするかって……」
 通話中だと言うことを忘れて、そう、アンティラモンに答えた。
「……あ。話し中だったのか」
 アンティラモンが呟くのと、オレの耳にアイの大声が聞こえるのは同時だった。
『ケガって!? どうしたの? ケガって、何??』
 驚いて携帯電話を耳から離す。
 ――あ〜あぁ……。
 説明するのが面倒だと思いながら、オレはアイに言った。
「何でもねぇよ。そっち、行くから」
 通話を切ると、
「じゃ、オレ、用あっから」
 と、アンティラモンに声をかけた。
「すまなかった」
「ん?」
「連れの人がいるのなら、召集はかけなかったんだが……」
「遠慮すんなよ」
「申し訳なかった。その連れの人にも申し訳ない……」
「気にすんなって。――じゃあな」
 そう言い、芝公園方面を目指して羽ばたいた。
 さすがに戦闘の後で、疲労はかなりのものだった。良いバイト料にはなるだろう。アイには迷惑をかけたから、飯でも奢るかなと考えた。
 ――『夕飯までに帰る』んだっけ……。
 アイがそんなことを言っていたと思い出した。飯はまた今度か……。
 芝公園に降り立ち、人間の姿に戻った。東京タワーの前にはアイはいなかったので、オレは携帯電話を取り出した。
 すぐにコール音から通話に切り替わった。けれど、携帯電話越しに泣き声が聞こえて、――ビビる。
「アイ? 今、どこにいる?」
 泣きじゃくるアイの声を頼りに、芝公園へ引き返す。人がほとんどいない夕暮れの木立の、手入れがあまり行き届いていない人工の庭の傍に、アイはいた。ベンチに腰を下ろし、携帯電話を握り締めている。
「……!」
 アイはオレの姿に気付き、立ち上がる。薄紅の花びらが舞い散る中をまっしぐらに走って来る。
 泣きじゃくるアイにしがみ付かれた。
「アイ……」
「どこ、行っていたのぉっ!」
 アイは泣きながら、
「ケガしたの? 大丈夫? ねえ、大丈夫なのっ?」
 と何度も訊く。
「してねぇよ……」
 ――だから、泣き止めって……。
 アイが泣き止むまでしばらく時間がかかった。
 一人で待たせて、本当に悪かったと思った。東京タワーを登ることを楽しみにしていたんだから、マジで申し訳ねぇなと思った。
「ケンカするのっていけないんだから!」
 ようやく泣き止んできたアイは、目を真っ赤にしてオレに説教を始めた。
「ケンカじゃねぇって。――用があったんだって」
「用って何よ!」
「――言わねぇ」
「話してよ!」
 ――人間に話して、解るかよ? 守秘義務だってあるんだぞ?
 アイはかなり怒っていた。それをどうでもいいと思う気持ちと、どうでもよくないと思う気持ちがある。
 ――面倒くせぇ……。
 ガシガシッと頭を掻くと、アイがオレを睨みつける。
「私といると、そんなに困るの?」
 ――ああ?
「もう、いいっ」
「おい……」
「もう帰る!」
 アイはオレに背を向けて歩き出した。
「――だったら、何で待っていたんだよ。さっさと帰ればいいじゃねぇか」
 アイは立ち止まる。こちらを向かない。怒りで肩が震えている。
「でもオレは……」
 ――オレは……本当は、アイを待たせたくなかったんだよっ。
「――悪かったよ」
 そう、オレは言った。
「知らないっ。ケンカする人なんか、嫌い!」
「――人じゃねぇし」
「何よ!」
「人じゃねぇって。オレ」
 イライラして、吐き捨てるように言った。
「解っているもん! 解っているもの……デジモンだって……!」
 振り向いたアイはまた、涙を溢す。
 これ以上何も話さないよりも、真実は話さずに適当にごまかして話した方が良さそうな気がしてきた。
 ――ちょっとぐらいなら話しておくか……。
「あのな……警察みたいなバイトしているだけだ。――他の奴に話すなよ?」
「――え……?」
 アイは戸惑い、オレを見上げる。
「警察? バイト?」
「ほら、酔っ払って暴れているサラリーマン取り押さえたりするだろ、警察って。――あんなもんだ。デジモン相手にああいうことやってるだけだよ」
 適当なことを言った。
「そうなの?」
「ああ。ぜんっぜん危険じゃねぇよ。あんまり話しちゃいけねぇだけだ。――解ったか?」
 そう言った。全部嘘ってわけじゃない。オレは究極体のデジモンだ。簡単に消されたりはしない。守秘義務のことも本当だ。
「デジモンの姿でバイトするの?」
「ああ」
「見せて」
「は?」
「デジモンの姿って、どんなの? 見たい!」
 ――?
 ふと、ずっと前に人間のガキに姿を見られて大泣きされたことを思い出した。ちょうど今回みたいなことがあって、幼稚園児の集団に泣かれた……あの時はかなり凹んだ。
「……今日は疲れているから無しだ」
「時間制限あるの?」
「んなもんねぇけどよ……」
 ――変身ヒーローじゃねぇんだぞ!
「それなら、今度! 絶対ね!」
 アイはようやく笑顔になった。
 その笑顔を見て、肩の力が抜けた。
「今度また、ここ、来るか?」
「東京タワーじゃなくても、六本木ヒルズでもサンシャイン60でもいいわ」
「はぁ? どこでも良かったのかよ?」
「空に近い場所に行きたかっただけ」
 ――ぎくりと。本当に、呼吸が止まるかと思うぐらい、驚いた。
「おい、オマエ……」
「え?」
「あのさ、早まるなよ? な?」
「えー? えっ……やだ……違うもん!」
 アイが顔を真っ赤にする。
「そうじゃないの。そんな……そういうことじゃないの。あんなこと思ったの、あの時だけだもん。それよりも……えっと、あのね……もともと、空が好きなだけよっ!」
「そっか……。そんなに好きか?」
 アイは驚いた顔をした。
「え……」
「空なんて、好きなんだ?」
「……あ、うん……。……好きよ。――好き……空を飛べたらいいのになぁって思う……」
 アイはオレに背を向け、桜の散る公園を歩き出した。
 ――空、か。オレはいつでも出来るが、アイには自力で出来ないことだな……。
 『オレがアイを抱えて飛べばいいんじゃないか?』と思ったが、それは止めた。
 ――デジモンの姿を見せて、それでどうするっていうんだよ。見たら――驚くだけだろうが……。
 何か食べたいというアイに、中華まんを奢ることにした。



《ちょっと一言》
 こんばんは。茜野永久ですv

 アイちゃんはデートだと思っていても、ベルゼブモンはデートだとは思っていません。まだベルゼブモンはアイちゃんのことを恋愛対象としては認識していないから。これから、これからv
 だからアイちゃんは、ベルゼブモンが言う言葉が気になって仕方なかったり…します。一年以上探し続けていた人と再会出来て、嬉しい反面、気持ちを言えないから辛いね…。

 ちなみに、話の中に出てくる東京タワーの展望台への料金等は、小説作成当時のものです。現在は変動していることもあるでしょうから、もしも行かれる時はご注意下さい^^

 この話を書くに当たり、当時、実際に汐留へ現地観察に行きました。(ロケというほど時間かけてない。申し訳ない(>v<;))
 その際に撮影した写真を加工してPC用サイトで一緒に掲載しています。機会がありましたらそちらもどうぞv 雰囲気が増すと思います^^

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