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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
雪舞う空 Side:BEELZEBUMON
 三月も半ばになり春らしくなってきた、そんなある日。
「ああ、これは派手に壊れたね……」
 愛車を持ち込んだ修理工場で働くアンドロモンが難しそうな顔をした。
「直るか?」
「直るけれど、結構かかるよ。時間も金も……」
 ――ツイてねぇなぁ……。
 まさかオレの愛車がぶっ壊れるとは思っていなかった。ちょっと無茶な運転して、それがあんなことになってしまうとは。
 愛車と言っても、オレにしか乗りこなすことは出来ないデジモンバイク『ベヒーモス』。――修理となると手間がかかるらしいが……。
「なんかバイト探さねぇとな……」
 オレがぼやくと、アンドロモンは「ふ〜ん……」と首を傾ける。
「自転車屋なら?」
「ああ?」
「駅前にある自転車屋で、バイト探している」
 ――自転車か。……自転車、ねえ……。
「それって楽か?」
 そう訊ねると苦笑いされた。
「パンクの修理ぐらい出来るだろう?」
「ああ、まあな。礼を言うぜ。ちょっと行ってみる」
 帰りに自転車屋に行ってみると、案外簡単にバイトの話がまとまった。前にやった引越業者の短期バイトやお中元やお歳暮の配達バイトよりは楽そうだ。
 翌日からさっそく、大学帰りにバイトを始めた。どんな仕事内容かと思っていたら、その自転車屋の店主――モジャモンが腰を痛めたので、ということだった。物を運んだり、店番をしたりというわりと簡単な内容だった。
 ――暇だな……。
 自転車なんてものはそんなに頻繁に売れるものじゃあない。大体が自転車のタイヤの空気調整、ブレーキの故障の相談とか。パンクなんてものは滅多になかった。



 バイトを始めてそろそろ二週間は経った、ある日。
「すみませーん」
 店先で呼びかけられ、振り向いた。
 中学生ぐらいの少女。見かけない制服を着ている。白い襟のセーラー服に赤いリボン。濃紺のカーディガン。赤いチェック柄のスカート。濃紺のハイソックス、茶色の革のローファー。
 古い自転車を押してきたらしい。前輪がべったりと凹んでいる。
 ――ああ。たまにはパンクの客も来るか……。
 そう思った。
 が、しかし。
「……うそぉ……」
 と、その女子中学生はオレを見上げ呟き、目を丸くしている。
 ――は?
 オレは顔をしかめた。
 ――何が? オレみたいないかついのがバイトしている店だと思わなかったとでも言うのか?
 失礼なヤツだと思い、それでも客だと思いながら、――でも素直に顔に出た。
 ――あ〜、仏頂面向けてんじゃねぇよ、オレ……。
 ガシガシッと頭を掻いた。
「――パンクの修理ですかぁ?」
 突然。予期せぬ展開になった。
 女子中学生がオレに、ポーンッと飛びついたのだ。
「やったぁ――――!」
 本当に。こちらがビビるぐらいの跳躍力だった。
 ――何だぁ!?
 そいつが手を離したので、古い自転車は倒れて派手な音を立てた。
 オレの首にしがみ付いた女子中学生が声を上げて笑う。
「うれしーいっ!」
「何が!?」
「ずっと会いたかったの!」
「はぁ? 知らねぇっての! どこの誰だっ!」
 無理矢理引き剥がすと、両手で持ち上げたその女子中学生を睨みつける。たいていのヤツはこれでビビるはずが、それでもそいつは嬉しそうに笑う。
「うん、そうよ。だって、私だってあなたの名前知らないもの」
「はぁ?」
「アイって呼んで。――ねえ、名前教えてちょうだい」
「はぁぁぁ??」
「私の名前はアイだって、言っているでしょう? あなたの名前、教えてよ!」
 少し強い口調で言われ、オレはムッとして言った。
「――教えねぇ!」
 アイだと名乗ったその女子中学生はとたんに、ム〜ッと顔をしかめた。
「ケチッ!」
 騒ぎを聞き、モジャモンが顔を出した。
「アイちゃん?」
 と、女子中学生に声をかけ、
「――なんだ、ベルゼブモンと知り合いだったのか?」
 と、オレに訊ねた。
 ――んなわけねぇだろっ!
 オレは思い切り言ってやった。
「知り合いなんかじゃねぇ!」
 両手で持ち上げていたままのそいつを床に下ろすと、そいつはオレの腕に抱き付く。
「ベルゼブモンって言うのね!」
 そいつはさっきよりも、もっと嬉しそうに微笑む。
「うっわ、何だよ、テメェ! 離れろ!」
 怒鳴ると、そいつは悲しそうな顔をする。
「覚えていないの……?」
「な、なんだっ?」
 泣きそうな顔に動揺した。
「覚えてなんかいねぇよっ」
「おい、ベルゼブモン……」
 モジャモンが不審そうな目をオレに向ける。
「マジで知らねぇって!」
 が、そいつは泣きそうな顔から一転、けろりとした表情になった。
「そうね。一年以上前に会ったんだから、忘れているかもね」
「一年?」
「うん。一年ちょっと前に初めて会った。――思い出した?」
 ――んなこと言われてもなぁ……。
「いや、知らねぇ……」
「そうね。一度会っただけだものね」
 話を聞いていたモジャモンが呆れたようだった。
「一度会っただけで覚えているも何もないだろう。――ところでアイちゃん。パンクしたのかい?」
 「はい」と、アイというらしいその女子中学生は大きく頷いた。
「そうか」
 モジャモンに促され、オレは自転車を受け取った。
「お願いします」
 アイは嬉しそうに帰って行った。
「誰なんだ?」
 モジャモンに訊ねると、昔から自転車の面倒を見ている、という声が返ってきた。
 ――マジで心当たりなんかねぇ……。
 その自転車はかなり年季が入っているものだった。親か誰かのお下がりらしい。



 翌日。
 アイは自転車を取りに来た。そのまま引き渡して終わるところが、しつこい。つきまとわれて、いい加減にウザくなった。
「帰れ」
 けれど、
「うん、でも……」
 と、アイは考え込む。
「話したいことがあるの」
「何だ?」
「ここじゃ話せないもの。ベルゼブモンのバイトが終わるまで待っているわ」
 ――ウゼェ。
 無視して、オレはブレーキの付け替えの続きを始めた。
 結局、アイはしぶとくオレがバイトを終えるのを待った。



 ――根負けかよ。
 何か敗北感に似たものを感じる。バイトを終え、仕方ないので、アイと歩き出す。すっかり日も暮れていた。
「家、どっちだ?」
「送ってくれるの? 本当? あっちよ!」
 ――同じ方角か。
 アイは自転車を押しながらオレの隣を歩く。
 話があるのなら歩きながらでもいいだろうと思ったが、そうもいかないらしい。
 ――面倒臭ぇ……。
 ガシガシッと頭を掻くオレに、アイは訊ねる。
「ねえ、それって、癖なの?」
「あ?」
 ――あ……癖って言えば、癖だな。
「もしかして……困っている?」
「そうだって言ったらどうすんだよ?」
「そう……困っていたのね……。困った時っていつもそうするの……」
 そう言うアイの方こそ、困った顔をした。
 ようやく気付いたのか!と思う反面、そんな顔をさせてしまっていることには罪悪感を感じる。
 ――何でオレが悪者なんだ? 別にオレが気にすることじゃあねぇっての!
 やがてオレ達は公園の前に出た。アイはそのまま、公園の中を通って行こうとする。
 オレは立ち止まる。オレの家はこの近くだから、ここで話しても構わねぇだろう、と思った。
「ううん、ここじゃないの」
 ――いい加減にしろって、コラ……。
 まあ、こんな些細なことで怒るのもどうかと思い、仕方なくアイと一緒に公園に入った。とにかく広い、木もとんでもなく大きな木ばかりで見通しの良いその公園は、街灯がきちんと整備されていて道を明るく照らしていた。
 アイは歩いていき、そして立ち止まる。
「ここよ」
 ――ここ?
「覚えていない? 何も思い出さない?」
「?」
「昨年の冬」
 ――昨年?
「一月十五日」
「一月?」
 アイは呟いた。
「私、その時に――もう、ダメだと思った」
「ダメ? 何だ、それ?」
「明け方で――雪が降っていた」
 急に、何か思い出した。
「私は一人で家を出たの」
 ――ちょっと待った。おい、それって……。


   ◇


 始発電車まで、まだ時間はあった。
 夜明け前の街にはこの冬何度目かの雪が降り積もる。足跡が残る程度のその雪の中、オレは公園の中の道を歩き続けた。
 広いその公園は、都内でも有名な場所だった。地下鉄の始発駅が近くにある。
 昨夜、大学の同期の連中と飲んで、終電に駆け込んだまでは良かったものの、そのまま眠ってしまった。
 終着駅で起こされ、駅前の深夜営業もしているファミレスに行き、コーヒーを頼んでもう一眠りした。明け方近くになって、コーヒー飲んでからファミレスを出た。すっかり冷めていたコーヒーは不味かった。
 ――冷えるなぁ……。
 住んでいるマンションはこの公園を抜けた場所にある。地下鉄での利便性より、首都高を利用しやすい場所を選んだから仕方無い。
 誰もいないその林を抜けた場所に、誰かが立っていた。


 ――バカがいる。


 そう、思った。
 空を見上げているガキがいる。こんな夜明け前の時間にこんな場所にいるなんて、親はどうしたと柄にも無く思った。
 そのガキは空を見上げ、雪が降って来る様をずっと見ている。
 ――面白いか?
 立ち止まり、オレも空を見上げた。
 まだ薄暗い空の下、街灯の明かりの中に雪は突然浮かび上がる。地面に羽毛のように落ちていく。この街には珍しい。――それだけ、今の気温が低い。
 ガキは空を見上げるのを止めた。視線を下げ、そして、オレに気付いた。オレの方をじっと見つめている。
 オレも、そのガキを見つめた。
 そのガキはオレに聞いた。


「死んだら空に行くって、本当?」


 声を聞くまで女の子だとは気付かなかった。黒いダッフルコートに、ワークパンツ。ダッフルコートのフードを被っていたから髪型どころか顔も見えねぇからだ。
 訊かれたことに答えるかどうかには、迷った。その言葉には真剣な響きがあった。
 ――その『死』ってのは、自分のことか? まさかこのガキ、自殺したいんじゃねぇよな?
 誰の『死』のことなのか訊ねる気持ちをこらえ、オレは言った。
「そう言うヤツもいる。そうじゃないって言うヤツもいる」
「――そうなの……」
 そのガキは納得したみたいだ。また、空を見上げた。
 嫌な気分になった。まさかこのガキ、本気で自殺とか考えているんじゃないだろうな? ここからオレが離れて、後から新聞でこのガキが近くの池で『投身自殺した』なんて記事が載るんじゃないだろうな?と。
 ――こういう場合、何か言うべきだろ? ……めんどくせぇなぁ……。
 ガシガシと頭を掻いた。
「あのなぁ――」
「何?」
 ガキはオレを見つめた。
「人間は簡単に死なねぇ」
 そう、オレは言った。
 ――人間の体はそんなに強いもんじゃねぇがな。
 心の中でそう付け加えた。
 ガキはというと、目を見開いてオレを見ている。
「本当?」
「ああ。死ぬ前に根性出せるもんだ」
 ――まあ、たぶんな。
「根性……。――――そっか……! そうなのね!」
 明るく弾んだ声を上げた。静かな公園の中の空気がその声につられて明るくなったように感じた。トンッと、身軽にそのガキが跳ねた。一瞬、――そのガキが人間じゃないように思えた。
 雪が舞い落ちる中、そのガキは走り出した。
 オレはその後姿を見送る。
 ――何だ? 人間じゃねぇのか? ん……?
 オレはその姿がほとんど見えなくなった頃、ようやく歩き出した。
 ――まあ、柄にもねぇな……。
 人助けをするほど人格者になったつもりはない。そんなものになるつもりはない……。そういうものは偽善者が勝手にやってりゃいい。
 ――人間が、ねぇ……。
 よくもあんなことを言ったものだと思った。
 ――知らねぇよ。オレはデジモンだから、んなこたぁ……。
 人間の姿をしていたから、あのガキが知るわけがないが。
 オレは雪の中を歩き続けた。


   ◇


 ――マジかよっ!
 オレはぎょっと、目を見開く。
 ――あの時のガキか? 頭半分ぐらい、身長伸びてねぇか! いや、んなことより、マジであの時、コイツ……!
 アイは困った顔をした。
「ええと……ありがとう。それだけ言いたかったの。――中学受験の日だったの」
「中学?」
「うん、受験当日。私が住んでいるところからだと、公立の中学は線路の向こう側にある学校が近いの。それなら、私立の学校に行きなさいって、うちの親がそう決めて……。
 でも、塾の模試とかで良い点数でも、いざって時に怖くなったの……」
「いや……あのな、あの時は……」
 何と言っていいのか迷う。
 アイは
「根性出せたよ、私。――いつか会えたら、お礼、言いたかったの」
 と微笑む。
「あの後、大変だった。私が書いた遺書、弟が発見して大騒ぎになっていたから」
「そうか……」
「うん」
 アイはポケットから携帯電話を取り出した。
「あ……大変。こんな時間じゃ……ママに何て言おう……」
 携帯電話に表示されている時刻を確認して、アイは慌てて自転車に跨る。
「じゃあ、またね!」
「ああ。じゃあな」
 自転車を漕いでいくアイをしばらく見送った。街灯が照らす夜道を、早咲きの桜の花びらが舞う。――雪みたいだと、柄にもなくそう思った。


《ちょっと一言》
 『皐月堂』シリーズの設定でのベルアイはこんな感じです。
 アイちゃんの通う学校は留姫達が通っているところの中学なので、後輩になります。この時点では新中二となっています。通常のオフィシャル設定だと留姫達が高一だと小六ぐらいなのでしょうが、話の展開が難しかったので二歳ほど年齢上げて設定しました。ごめんなさい。
 ベルゼブモンの側から書くのは自信ないです。言葉遣いとか感情の起伏って難しいですね…。


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