カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
選択肢 Side:DOBERMON
目を覚ますと、アリスの顔が目の前にあってとても驚いた。
――アリス!?
アリスは床に座り、ソファに寄りかかるように眠っていた。
「……」
私は起き上がり、アリスの頭をそっと撫でた。アリスは静かな寝息をたてている。
昨夜電話をしたのはただ――アリスの声がどうしても聞きたくなったから。電話の向こうからアリスの泣き声が聞こえて名前を何度も呼ばれて、何が起きたのかと急いで行けば――こちらが驚いて余るほどの知らないデジモンの気配がアリスの部屋に満ちていた。
昼間、アリスの部屋に行くことを拒んだのに、結局は行ってしまい……本当に皮肉なものだった。皮肉ついでに、泣き疲れるほど泣いたアリスを彼女が眠るまで抱き締めていなければならない状態で……。
ソファから下りると、アリスの体を抱えてソファに寝かせ、寝室からタオルケットを持って来て掛けた。前髪にキスをした。
自分の部屋に行き、パソコンの前に座る。
アリスの家の周囲を中心に、広範囲にここ最近、何かが起きていないか情報を探し始めた。そういうことを面白がるのが好きなデジモンは知り合いに何人かいるので、情報収集に協力するように頼んだ。
ドイツでの知り合いなどにもメールを送り、何か手がかりになりそうなものは情報提供してくれるように頼んだ。
マスターや皐月堂の関係者には連絡しなかった。話せばアリスに危険が及ぶかもしれない。
……そして詳細を伝えることは避けたが、養父母にもそれとなく、アリスのことを訊ねる内容のメールを送った。
すぐに携帯電話が鳴った。
『ドーベルモン。――何があったの?』
養母からだった。たまたまメールをチェックしていたらしい。
「まだ。――恐らく、これから」
『今、貴方は自宅にいるのね? アリスは?』
「隣の部屋にいる」
『え? 貴方、――アリスに話したの?』
「アリスにも、アリスの祖父にはまだ、私と貴女達の関係については話していない」
『そう……』
「今、シンガポール?」
『ええ、滞在先のホテルにいるの。私達はこちらでの仕事が終わったら、そちらに必ず行くわ。あの、それでね……その……』
養母は電話の向こうで、少し考え込んでいる。
「何?」
『貴方は?』
「え?」
『貴方は無事なの?』
「そんなこと別にどうでも……」
『そういうことを口にしてはダメ。貴方は他人に対して関心がないけれど、自分に対してもあまり関心を持たないのだから……』
「――どうでもいいっ」
私は強い口調で養母の言葉を遮った。
『ドーベルモン……』
「私のことなど、どうでもいい――」
『そんな言い方をしないで』
「頼むから。私に与えてくれた愛情をアリスに与えてくれ。貴女達の娘だろう?」
『……』
養母は押し黙った。
私は息を吐いた。
「――ごめん。言い過ぎた。私がそれを言う資格はない」
『いいえ……貴方は正しいわ。それに貴方は私達の大切な家族だから、そういうことを言ってもいいの。――ごめんなさい。何もかも貴方に任せてしまっているのね……』
「違う。そういうことが言いたいわけじゃない。本当に……私のことはどうでもいいんだ」
『ドーベルモン……』
「一つ、頼みたいことがある」
『何?』
「もしも……私にもしものことがあったら。私とは関わりがなかったことにして欲しい」
『関わり?』
「私に何かあったら、見捨てて欲しい。息子はいなかったことにして欲しい」
『どういうこと? ドーベルモン?』
「アリスを狙っているものは、とても強いデジモンの気配を残していた。力の強い者なら、わざわざ足跡を残していくようなことはしないと思う。アリスを狙うなら、その近くにいる私の存在を知らないなんて考えられない。
私が知るようにわざと残したんだと思う。それなら、アリスだけではなくて私の存在も狙っているのかもしれない。もしくは――アリスが狙いなのではなく、私が狙われているのかもしれない。
アリスのことは全力で守るが、今まで誰かを守ることはなかったから……自分のことまでは無理かもしれない」
『待ちなさい、ドーベルモン! 何を貴方、言っているの? きちんと説明して!』
「――ごめん。長く話し過ぎた」
『待って、電話を切らないで。――貴方も無事じゃないと、お願い! 私達は貴方を愛しているのっ……』
私は携帯電話の通話を切った。電源も落とした。
自分の能力のうち、狙われる可能性があるものがある。
――Grau Larm(グラオ・レルム)。
それは、全ての敵デジモンの攻撃、能力、動きを封じ込めて無力化することが出来る――。
アリスが目を覚ましたのは、それからしばらく経ってからだった。
私達はサンドイッチなどを食べた。アリスの作ったそれらは美味しかった。
アリスからは昨日の話をあらためて詳しく話してもらった。けれど、アリスは何か隠しているようにも思えた。深く追求はしなかったが、私にはそれがどうやら自分が関係していることのように強く感じた。
それから、私はまた先ほどの情報集めの続きをすることにした。アリスには「大学に提出する課題の作成をしているから」と言った。
私がパソコンの前にいる間、アリスはクッションに座って本を読んでいた。別の部屋にいるよりも安心するらしく、私のパソコンが不調を訴えることはなさそうだった。
アリスはその部屋の本棚に置いていたクマのぬいぐるみが気になっているらしかった。時々、ちらちらと視線を送っている。
「それが気になる?」
「ええ。……触ってもいい?」
「ああ」
黄色に近い金色の毛並みのそれは、サッカーボールぐらいの大きさだ。
真っ赤なリボンを首に巻いている。
「かわいい……」
アリスはそれを腕に抱き、頭を撫でている。
ふと思って、言った。
「あげようか?」
「この子を?」
「ああ」
私はキーボードを叩いていた手を止めて、アリスに話しかける。
「昔、私にとってはアリスが持っている懐中時計と同じぐらい、大切だった」
「お守り、ってこと?」
「ああ」
幼い頃、養父母が私を置いて外出する時のためにくれたものだった。
――『元気でいられるように』。
「でも……お守りでしょう?」
「さすがにもう私の手元に無くてもいいだろう」
――養父母がくれたものだから、アリスに持っていてもらいたい。一つぐらい、私からアリスに何か残しても許されるだろう……。
アリスは頬を染めてテディ・ベアを見つめていた。
「大切にするわ。私の部屋の……そうね、枕元に置いておこうかしら……」
彼女はそう、呟いた。
夕方になり、アリスを家に送った。
アリスの祖父が心配していた。昨夜、アリスの傍にいたことは話さなかったが、アリスが誰かに狙われている可能性があることは伝えた。
私の話を聞いてアリスの祖父は青ざめたが、恐らく、アリスはこのまま一人でいても大丈夫だと思ったのでそれは伝えた。
もしも敵が次の行動に出るとしたら……あと数日後のように、そう、漠然と感じていた。
◇
小雨が降る日。
『皐月堂』の二階に行ったはずのアリスが行方不明になったと知り、すぐに私は空間の裂け目を探した。きっと、私がアリスを追いかけることを敵は望むと思ったからだ。
デジモンの姿になり、見つけた空間の裂け目をこじ開けるように潜り抜ける。アリスの気配、アリスの匂いをわざわざ敵は残し、私がすぐに見つけられる道を作っていた。
追いかけた先にいたのは、キュウビモンと留姫だった。そして、彼らの敵で倒したはずのアイスデビモンが太い鎖に幾重にも縛られて宙吊りにされていた。その横には、短めの銀髪を逆立てるような髪型の男がいた。
アリスの行方を問うと、「仲間になれ」と言われた。アリスの身を人質に取られ――私には行動の選択肢は与えられなかった。
アリスを助けるためにそれを選んだ。アリスがこのことを知れば悲しむだろうが、そうせざるをえなかった。
そして同時に――私は、全てを捨てることを選んだ――。
私を育ててくれた養父母から受けた愛情も、
私を友人と選んでくれたデジモン達、人間達がくれた友情も。
私を愛してくれたアリスが与えてくれた愛情さえも……。
私は――アリスのことを守ることが出来れば、それでいい。
私はただ、アリスの後を追いかけた。
《ちょっと一言》
ドーベルモン×アリス番外編を連続して掲載しましたがいかがでしたか?^^
次回はいよいよ、ベルゼブモン×アイの番外編をスタートさせます。お楽しみに!
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