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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編1
(※皐月堂シリーズの本編は、牧野留姫からの視点で書いています。高校1年生という設定ですので性格はわりと丸くなっています。生活環境などの設定も独自のものなので、パラレル設定が苦手な方はご遠慮下さい、謝)



 今日の最後の授業が終わった。
 一学期の期末テストが終わり、夏休みも近いので授業が少なくて楽でいい。
 帰宅するために教科書を通学用の手提げバッグにしまっていると、前の席の樹莉から声をかけられた。
「留姫は放課後、暇?」
「これから?」
「うん」
「暇……っていえば、暇よ。どこかに行くの?」
 特に今日の予定はない。帰り道にどこかに寄ろうかなとは思っていたけれど……。
「ちょっとお茶していこうよ?」
「お茶?」
 樹莉が手招きするので、私は右耳をそちらへ向けた。
 私の耳に、こっそり、
(カフェ『皐月堂』って行ったことある?)
 と囁かれた。
 ――――『皐月堂』?
「ううん、知らない。どこにあるの?」
 私が首を傾げると、
「駅の向こう側。ちょっと解りにくいところだけれど」
 と、樹莉とは別の方から答えが返ってきた。少し離れた席に座る、アリスが手提げバッグを抱えてこちらに来た。かなり急いでいる。
「早く。席、取られちゃう!」
「席って、カフェの?」
「うん。急いでっ」
 アリスに急かされて、急いで帰る支度をした。
 少しのんびりしていて、おっとりした雰囲気のアリスがこんなに急ぐなんて。私もそのカフェに興味が出てきた。
 私達三人は、それぞれ手提げバッグを手に教室を後にした。
 学校内では走ってはいけない。――一応、そう決まっている。
 うちの学校は特に校則が厳しい。世間でいうところのお嬢様学校だから。幼稚園からエスカレーター式に付属の女子大学まで。中学や高校からの新入生もいるけれど、のんびりした居心地のいい雰囲気で生徒は皆、平和に毎日を過ごしている。だから廊下を走るような生徒もいない。
(――こういう時って走りたいわ)
 中学から入学してきた帰国子女のアリスが呟く。
(走っちゃってもばれないんじゃない?)
 高校から入学してきた樹莉がけしかける。
(あ〜やめといた方がいいわよ)
 私は手を口に当てて、こっそり言う。
(どこで先生方が見ているか解らないわ)
 夏の太陽は容赦なく気温を上げている。半袖の制服が暑くてたまらない。
 生徒用玄関を抜けたところで帰りの挨拶をしている先生方に、にっこりと、
「「「ごきげんよう」」」
 と挨拶をして、生徒用の通用門を抜けて駅へ向かう。ここまで来ても走れない。
「一番の近道はこの道だもの……」
「帰宅する生徒が他にもたくさんいるのに、スカートをばっさばささせて走れないわ」
 アリスと樹莉の会話に、私は黙って相槌を打つ。競歩選手のようにさっさと歩く二人に合わせるのは大変。
「そんなに混みそうなの?」
 うん、と二人は頷く。
「マスターが素敵なの……!」
 樹莉がキラキラと瞳を潤ませた。
 ――え?
「やっだ、樹莉ったら……そのマスター目当てなの?」
「だって、すっごく……」
 途中で言葉を失うぐらい、樹莉はそのカフェのマスターに夢中らしい。
「それでアリスは付き添いなの?」
 アリスは「いいえ」と首を横に振る。
「とっても……素敵な方がいて……」
 こちらも目をキラキラさせている。
「なんだ、二人とも……。いや〜ね〜。その人達目当てで通っているの? どうりで最近、さっさと帰ると思っていたけれど」
「いいじゃない。ようやく高校生になって、素敵な恋もしたいもの!」
「そうよ。せっかくの夏休みだもの……」
「夏休みって……夏休みも通うの?」
 私が指摘すると、二人はお互いに顔を見合わせて、
「通うわよね?」
「毎日通っちゃうわ」
 と意気込む。
「うわ〜すごい」
 そう、素直に感想が出た。
「留姫は好きな人いないからよ」
「そうそう。留姫だって好きな人出来たら、のんきなこと言っていられなくなるわ」
「そ、そう?」
 二人の剣幕に押されながら、私は苦笑した。
 好きな人……出来るわけないわ。
 だって、私、理想高いもん。



 そのカフェは駅の向こう側の商店街から外れた場所にあった。
 ちなみにうちの厳しい校則では、帰宅途中にどこかに立ち寄るなら職員室にある『立ち寄りノート』に必ず記入をしなければならない。アリス達はもちろん、ノートに書いてはいないと思う。本屋で参考書を買う、などは許されるけれど、まさかカフェに立ち寄るなんて書けないもの。指導室に呼び出されてしまう。
 路地を通って静かな場所に辿り着くと、ちょっとその建物の雰囲気に圧倒された。
「まるで古い洋館みたいね」
 規模は小さいけれど。とても雰囲気がいい。
「でも、ここ、本当に通っているの?」
 私の問いかけに頷くと、アリスがドアを開けた。もちろん自動ドアじゃない、木製のアンティーク家具のようなドア。
 クラシック音楽が流れている。
「いらっしゃいませ」
 すらりとした長身の、褐色の肌のギャルソンがこちらに笑いかける。
 ――いや、こちらじゃない。アリスに笑いかけたんだと気付く。
「こんにちは……」
 先ほどまでの元気はどこにいったのか、アリスは消え入りそうな声で頭を下げた。
 そっか〜。この人がアリスのお目当てさんか〜。
 私は心の中でふむふむと、席に案内してくれるギャルソンを頭の先から靴の先までチェックした。素直な感想として、とてもかっこいい人だ。
 店の奥の方にある席が空いていた。他は全て埋まっている。
 テーブルの上、通路側の端に何かが置いてあって、それをギャルソンは手に取る。
「どうぞ」
 席に座り、メニューを手渡されて、私は店内を見回した。
 古い洋館のような石造りの建物はひんやりした雰囲気で、とても心地良い。テーブルや椅子は本物のアンティークみたい。ますますいい雰囲気だと思った。
 メニューを見ながら、ちらりとアリスを横目で見た。通路側に座るアリスは俯いて、顔を真っ赤にしている。
 前の席に向かい合って座る樹莉は、羨ましそうにアリスのおでこを軽く突付く。
「――予約席」
 そう樹莉が呟くと、アリスは真っ赤な顔をさらに赤くした。
「予約席?」
「そう。プレートがのっていたの」
「ああ、テーブルの上にあった……」
「前に来た時、アリスとここの席に座っていたの。ちょうど空いていて。いつも先客がいる人気がある席だから、アリスが嬉しくてあの人に言ったの」
「『ここに座ってみたかったんです』……」
 アリスが、消え入りそうな声で呟いた。
「ふ〜ん。今日もここに来るって伝えていたの?」
 私はメニュー表からフレーバーティーを選んだ。ミントやレモングラスなどのハーブのブレンドで、美味しそう。
 アリスはアイスティー。樹莉はアイスカフェオレを頼んだ。
 注文を受けて去って行くさっきのギャルソンの後姿を少し目で追い、私はその視線を今度はアリスに向けた。
「良かったわね。アリスのこと気にしているみたいじゃない?」
「ど、どうして? そう思う?」
 アリスはすっかり気が動転している。
「だって、たかだか高校生が『ここに座ってみたかった』って言ったこと、普通は覚えているわけないじゃない? 多少でも興味がないとありえないわよ」
 私の意見に、大きく樹莉が頷く。そして、
「あ〜あ。私もあのマスターに覚えてもらえていたらな……」
 と、テーブルの上に両肘をつき、手を組んだ上に顎を乗せる。
「そのマスターって、どこにいるの?」
「カウンターの奥」
「ここからじゃ見えないじゃない?」
「どの席からでもほとんど見えないわよ」
「じゃ、なんで知っているの?」
「お会計の時。運が良ければ会えるわ」
「運まかせ……」
「そう。神のみぞ知るってわけ」
 樹莉はまた、大きく溜息をつく。
 私は二人の友達を交互に見て、
「じゃ、夏休みはここに来ると二人に会えるのね?」
 と言った。
「うん。宿題とかここでやろうっと」
「読書感想文もね」
「図書館か自習室みたいね」
「エアコン効いているから、涼しいもの」
「宿題でもしも解らないことがあったら、二人に会いにここに来るわ」
「いつでも、来てちょうだい」
「あ、留姫もここ、通う?」
「え? いいわよ、私は……」
 そんな会話をしていると、注文された飲み物を運んできたアリスの目当ての彼が、テーブルに飲み物を並べ終わってから声をかけてきた。
「勘違いなら申し訳ないんだが……バイトの面接を希望しているの?」
 バイト?
 一瞬、私達は腰を抜かしそうになった。
「バイトの募集をされているんですか!」
 アリスが立ち上がる。
「何名ですか!?」
 樹莉も立ち上がる。
 褐色の肌のギャルソンは、二人の剣幕に目を点にしている。
 私は席に座ったまま、二人を見上げる。
「二人とも落ち着きなさいって」
 私にそう言われ、二人はとたんに顔を赤くした。慌てて席に座り直す。ちらりと店内の他のお客さんに目を向けると、二人の声に驚いていたみたいだけれど、すぐに自分達の会話にそれぞれ戻っていく。
「すみません、騒々しくて……」
 三人で頭を下げると、ギャルソンは首を横に振る。
「こちらも勘違いをしてすみません。バイトの募集をすることになっているけれど、そういえばまだ告知を出していないはず……」
「バイトって、いつからですか?」
 私が訊ねると
「それがね、もう、明日からでも欲しいぐらいで……」
 と返事が来る。
 話を聞いてみると、大学受験のため女の子のバイトが三人同時に辞めるという。
「もしも考えてみてもいいなら、店に電話下さい」
 ギャルソンが店の案内の書かれた名刺サイズのカードを私達にそれぞれ渡した。
「私、希望します!」
「わ、私も!」
 樹莉、アリスが続いて言うと、その人は微笑む。
「高校生なら、学校と家の許可が必要だから」
 ――あ。制服でしたね。私達……。



 結局――。
 終業式目前の土曜日。
 私は履歴書持参でカフェの前に来た。
 二人にせがまれて、私を含めた三人でバイトをすることになった。
 でも面接当日になって、二人ともどうしても都合がつかなくなって私一人だけの面接になってしまった。
 ――履歴書、こんなのでいいのかな。初めて書くからもう、わかんない……。
 本当はかなり、アリス達が羨ましい。誰かのこと好きになって、なんだか楽しそう。真剣で、真っ直ぐで……。
 だいたい、大人しいけれどアリスはしっかりしているのに、あんなに声が出なくなってしまうなんて。
 樹莉も、普段のパワフルさが一転して、会計の時だけはおしとやかに。
 まあ、あのギャルソンもマスターも、二人の好みっていえばぴったり合っているものね。
 私もこのドアを開けて、恋が始まったらそりゃ〜もう、夏休みを楽しく過ごせるんだけど。
 ハンカチを取り出して額の汗を軽く押さえるように拭くと、ハンカチをしまう。今日もいい天気で、ここに来る前がとっても大変だった。
 ドアを開けると、クラシック音楽。ひんやりしたエアコンの風。
「いらっしゃいませ」



 目の前に。
「本日の開店時間までもう少しお時間がかかりますが……」
 私の目の前に。
「あの……」
 私の、今、目の前に。
「もしもし?」
 まさか、私の目の前に――。
 声も出ない私は、ただただ、目の前のギャルソンを見つめる。
 金髪で水色の瞳のその人は、困った顔をしている。
「バイトの面接に来た子だから」
 カウンターの奥から、マスターの声が聞こえた。

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