[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編21
 ウィザーモン先生の車、テイルモンさんの車にそれぞれ乗せてもらうことになった。
 私とレナはテイルモンさんの車に乗せてもらう。
 小雨の降る中、どちらの車もかなり飛ばしている。高速道を走る二台の車は、他の車を次々と追い抜いていく。怖いと思っても、レナはさっきから何か別のことを考え込んでいるから――声をかけ辛い。



 電車やバスを乗り継いで一時間半はかかる距離なのに、その半分以下の時間で皐月堂についた。
 車から降りる時にふらついたけれど、ここで私一人が足手まといになるわけにはいかない。テイルモンさんにお礼を言うと、『皐月堂』へ急いだ。
 『CLOSE』と札がかかっていた。マスターがドーベルモンさんに連絡していたらしい。
 店内にはドーベルモンさんとアリスがいたので、ウィザーモン先生とテイルモンさんの紹介をした。
「座って話そう」
 マスターが席を勧めた。
 それぞれ、手近な席に腰を下ろした。
 マスターがアリスに訊ねる。
「私宛に何か届いてはいないか?」
「連絡があってから探しましたが、それらしいものは何も……」
 アリスは答え、マスターは複雑そうな顔をしている。
 マスター宛ての招待状はまだない。いつ届けるつもりなのかしら? まるでゲームのようにこんな恐ろしい事件を起こすなんて、ふざけている……!
「連絡をもらった時は驚きました。マスターがあの当時、『バッカスの杯』事件の捜査班にいたなんて……」
 ドーベルモンさんに言われ、マスターが謝る。
「こういう事態になるとは思わなかった」
「日本だけじゃなく全世界規模で広がり……あの当時はドイツに住んでいましたが、本当に悲惨な事件だった……。まさか、今ごろになってこの事件が起きるとは、誰も予想していなかったのでは?」
 ドーベルモンさんが呟く。
「そうでもないみたいだけれど……」
 テイルモンさんがウィザーモン先生を見上げる。
「――すみません。白状しますが今年に入ってから時々、奇妙な症状の患者を何人か診ました」
 テイルモンさん以外の皆が驚く。
 ウィザーモン先生は皆の顔をざっと見て、説明を始めた。
「おおまかに説明しますが、その症状というのは微熱、睡眠障害、体の痺れなどでした。
 通常、ストレスによるものでも似たような症状は出ますし、たいてい、薬の処方で症状が緩和されおさまるようでした。他の病院の医師との連絡会でもそういう報告は何件かありました。
 ただ、その症状で通院した患者のうち半数以下程度が、その後、何らかの暴力事件を起こすか、それに巻き込まれています。それに気付いて調べているうちに、」
 ウィザーモン先生がレナの顔を見つめる。
「――安心して下さい。今のところ変化は全くみられませんから……」
 レナは暗い顔で頷いた。
「私達から見ても、特に変わった様子は見えない。こうして対面しているだけで感染するようなものじゃないんだろう?」
 ドーベルモンがレナに訊ねた。
「そうらしい」
「『八月十八日、金曜日になった瞬間に、感染したデジモンが一斉に暴れ出す』というのなら、それまでに阻止してしまえればいい」
「前向きな意見だな」
「そう考えていけばいい。むざむざ、奴らの思う通りにさせるつもりはないんだろう?」
「全力で阻止する」
 ドーベルモンさんが私へ視線を向けた。
「時々、具合が悪くなるって聞いたが? 大丈夫か? 留姫」
「別に、大したことはないと思います。ただの貧血だと思います」
「無理はするな。――コイツが暴れないようにな」
 『コイツ』呼ばわりされて、レナはムッとしている。
 マスターが腕時計を見た。
「時間もない。そろそろ、昔の同僚から連絡が来るはずなんだが……」
 そう呟いた。
 アリスがそっと、私に視線を送る。不安そうな顔をしている。
「留姫。本当に大丈夫なの?」
「平気だったら。そういえば、樹莉は?」
 樹莉だけがいない。
「二階にいるわ。マスター達が帰って来たのは聞こえているはずだから、下りて来ると思う」
 ――?
 私はふと、疑問に思った。樹莉の性格だったら、マスターが帰って来たらすぐに下りて来ると思うんだけれど……。
 ひととおり、今現在の情報交換をしていく。それが終わっても樹莉は下りて来なかった。
「どうしたのかしら? 私、呼んできます」
 アリスが席を立った。
「私も……」
「留姫はここにいて。すぐに戻るから」
 アリスは微笑み、とんとんと階段を上って行った。
 それを見送り、私は首を傾げた。
「――これは?」
 マスターの後ろを、私は指差した。
 マスターは振り向き、息を飲んだ。背後にあったテーブルの上に、いつのまにか白い封筒が置いてあった。マスターがそれの封を開ける。中身は私と同じカードだった。
「それが……招待状?」
 ドーベルモンさんが呟き、そして、ふと、足元に気付く。
「――これも?」
 それも、招待状だった。マスターに促されて、開けてみると同じだった。
「皆同じなのね……」
 「私も同じなの」と言いながら、持っていたバッグから招待状を取り出した。封を開け、私は首を傾げた。
「――どうして?」
 私のカードは黒のはずだったのに――赤色のカードに変わっていた。
「なぜかしら?」
「時間が経つと色が変わる……わけがないな」
 マスター達にそれを見せ、まだアリスが戻って来ないことが気になるので、
「ちょっと二階、見てきます」
 と、私は階段を上った。
 ドアを開け、中を覗き込む。
「樹莉? アリス?」
 誰もいなかった。女子更衣室にもいない。
「……?」
 私は首を傾げた。
 一階へ戻ろうとして、私の背後に誰かが立っていることに気付いた。振り返り、目を見開く。
 ――なんで!
 黒いスーツを身に纏うその男は、知らない人じゃなかった。
 私は後退りした。
「キミ、カワイイ、ネ?」
 声が、まるで機械の音声のようだ。けれど、生身の――ニヤリと笑うその顔は、あの……!
「い……や……」
 出なくなりそうになる声を懸命に出そうとした。
 ――アイスデビモン――――!?
 まさか……だって、キュウビモンが倒したんじゃ!?
 男はこちらに歩いて来る。
「カワイ、イ、ネ?」
 目が無気味な光を帯びている。
 私は壁に走り寄る。
「ナマ…エ……?」
 伸びてくる手をとっさにしゃがんでくぐり抜け、ドアに走った。開けたとたん、何かが突然、私の足に絡み付く。何十匹もの蛇だった。
「レナ――――!」
 大声で叫んだ。
 大きな蛇が突然私の目の前に現れ、顔に向かって噛み付こうとした。
 怖くて、――意識を手放した。



   ◇



 どこかにいた。
 濁った色水のような空が広がっている。その他には何もない世界だった。あまり光が届かない世界みたい。
 ――どこ?
「キャ――ッ!」
 体に、蛇が纏わりついていることに気付き、悲鳴を上げる。数え切れないほどの数の蛇が周りにいた。
「カワイイ…ネ?」
 目の前に、あの男がいた。
「カワ……イイ」
 私の肩を掴み、体を押さえつけるように倒された。
 男の口から、蛇のような舌が伸びて私の頬を舐める――!
 ――レナ――――!
 突然、ドンッと男が何かに突き飛ばされた。反動で私も転がる。
 目の前にいたのは、キュウビモンだった!
「キュウビモン!」
 キュウビモンは唸り声を上げる。
「ジャマ、スルナ」
 アイスデビモンはよろよろと立ち上がる。
 キュウビモンがダッと走り出した。軽く踏み切り跳ぶと、そのまま空中を走り出す。すぐに青白い炎に包まれ、そのままそれはまるで巨大な龍の姿になって、アイスデビモンへと踊りかかった。
 アイスデビモンが炎に包まれた。青白い炎に焼かれながら、薄ら笑いを浮かべている。
 ――勝ったと思った。けれど、違った。
 突然、アイスデビモンがいた辺りから爆発が起きた。キュウビモンが弾き飛ばされる。
「キュウビモン!」
 爆煙の中から、太い鎖で縛り上げられたアイスデビモンが現れた。
 ――アイスデビモンが!?
 アイスデビモンは空中に吊るされるように浮いていた。苦痛の表情を浮かべているけれど、鎖はその体の自由を完璧に奪っていた。
 その隣に、一人の男の人が立っていた。銀髪で――黒いスーツを着ていた!
「――下等な行動にしか出ないデジモンは使うべきではないな」
 銀髪の男がそう言うと、アイスデビモンが怒りの声を上げた。
「何で怒る? 本当のことだろう? 性欲だけの下等なウイルスは大人しく役割だけをこなせばいい」
 ――役割?
「留姫! キュウビモン!」
 私達の後ろに、もう一人の声が響いた。ドーベルモンさんだと思って振り向き、私は目を見開いた。
「ドーベルモンさん――?」
 そこには、黒褐色の大きなデジモンがいた。――犬のドーベルマン種に似ている。
「アリスは? アリスはどこにいる?」
 銀髪の男がニヤリと笑う。
「あの子は私達の仲間になった」
「何だと!」
 ドーベルモンさんが走り、私達の前に出て身構える。
「貴様! 何者だ? アリスをどこに連れて行った!?」
「ドーベルモン。――我々の仲間になれ」
 ドーベルモンさんが怒鳴った。
「私が目的なのか!? アリスを巻き込むな!」
 銀髪の男は可笑しそうに笑う。
「――あの子だけは特別と認識したのは、本能か? あの特殊能力を嗅ぎつけたことは素晴らしいな」
「それが狙いか!」
「その他に何を狙うと? あの能力は全ての計画を完成させるために相応しい、素晴らしいものだ」
「アリスはそんなものを作るための道具にはさせない!」
「――あの子が望んだことだ」
「何だと!?」
「あの子が、おまえのために望んだことだ」
「私のため……?」
「ついて来い。ドーベルモン」
 銀髪の男がドーベルモンさんを促した。
 ドーベルモンさんが唸った。今にも飛びかかって銀髪の男を八つ裂きにしそうな気迫を発している。
「早くしろ。あの子と永遠に一緒にいたいのならば、我々に協力しろ」
 そう言い残し、銀髪の男の人は消えた。アイスデビモンの姿も消えた。
 ――ドーベルモンさん!
 ドーベルモンさんは、私達の方を見ない。
「私は――アリスのために戦う」
 キュウビモンがタンッと宙を跳び、ドーベルモンさんの前に舞い降りた。
「――どけ」
 ドーベルモンさんが呟くと、キュウビモンが唸り声を上げた。
「――おまえは、留姫を守ってやれ」
 キュウビモンが唸るのをやめた。
 ドーベルモンさんはキュウビモンの横を通り、行く。
「もしも――私がアリスを守るために留姫さえも傷つけることがあるのなら、おまえは私を殺せばいい」
「キュウビモンがドーベルモンさんと戦うなんて、そんな……! ドーベルモンさん!」
「来るな、留姫」
 ドーベルモンさんの声は、今までとは別人のように硬く、冷たかった。
「アリスは必ず、――連れ戻す」
 そして、消えた。
 私は立ち上がり、キュウビモンの傍に近付いた。
「キュウビモン……」
 手を伸ばして、ぎゅっとその首にしがみ付いた。
「どうしよう……アリスとドーベルモンさんが……!」
 キュウビモンは悲しそうな鳴き声を上げた。泣いているように聞こえた。
「キュウビモン!」
 声がかかった。獅子頭の獣人――デジモンの姿のマスターだった。
 あと二人、現れた。彼らもデジモンだった。
 深い夜の闇色のマントと帽子を被った魔法使いのような姿のデジモンが、純白の猫の姿のデジモンを抱えている。純白の猫はその腕から地面に下りて、私達のところに駆け寄る。
 ――え? 二足歩行……?
「大丈夫? ケガはない?」
 私は目を点にした。テイルモンさんのデジモンの姿って、こんなに小さいの!?
「ドーベルモンは?」
 魔法使いの姿のデジモンが私に問いかけた。――ウィザーモン先生だった。
「アリスが人質にされて……ドーベルモンさんまで行ってしまって……」
「じゃあ、まさか樹莉まで……?」
 マスターが言葉を失った。
 ウィザーモン先生が私に訊ねた。
「ドーベルモンを味方につけるために、アリスという女の子を攫ったという様子でしたか?」
「でもそれ以外も……特殊能力とか……」
 言いかけた私の言葉を、マスターが遮った。
「アリスは特異体質だから連れていかれたんだろう」
「特異体質って?」
「コンピュータ機器を壊したりすることが出来るらしい」
「壊す? そんな……」
 そんな話、私は聞いたことがないと言おうとした。
「……そうか、だから……」
 思い当たることがあると気付いて、私は呟いた。
 キュウビモンが首を傾げる。
「アリスっていつも、コンピュータ実習の時は別の空き教室で補習を受けていたの。帰国子女だからその授業にだけはついていけないから……とか言われて、ちょっと変だなって思っていたんだけれど……。……そういえば、ケータイ、頻繁に変えていたし……」
 でも、それ以外は全然普通だから、気にもとめなかった。アリスは大切な友達だから、そんなことが解ったところで何も変わらない。
「でも、壊すって……アイツら、何か壊したいものでもあるのかしら?」
「壊すというのはアリスが気にしていたことで、本質はもっと別の能力らしい。コンピュータ機器などに同調するような現象が起こせるという」
「同調って?」
「アリスの感情で、コンピュータ機器が暴走するようなことがあるらしい」
「そんな話、信じられない! まるで超能力者じゃないですか?」
「近いものらしい」
「そんな……」
「彼女の祖父だと名乗る方がうちの店をこっそり訪ねて下さったことがあった。その時に事情はうかがった」
「じゃあ、本当にアリスは……」
「お祖父さんも、彼女の両親も、その道では有名な研究者だ。特にお祖父さんのロブ・マッコイ氏はデジモンの研究の第一人者と知られている」
「パロアルト大学教授の、あの人の孫娘……!?」
 ウィザーモン先生が驚いている。
「あの力を悪用されたら大変なことになる、らしい。私も実際にその能力というものを見たことはないから、何をしたいために連れて行ったのかは解らないが。
 ――樹莉も一緒にいたんだな?」
「私はアリスの姿を見たわけじゃないんです。樹莉も一緒にいたかどうかは解りません。……ごめんなさい」
「そうか。留姫のせいではない。樹莉は無事だ。ケガさえさせないだろう」
「でも……」
「私を誘き寄せる手段だろう。――私が、樹莉と関わりを持たなければ……」
 マスターが首を横に振った。
「奴らの望みのうち一つは、私の死だろう。樹莉が助かるのならそれも……」
「マスター!」
 私はマスターを見上げた。
「樹莉が好きなのは生きているマスターだから! 簡単にそんなことを言わないで下さい!」
「留姫。――そうだな。すまない」
 マスターが皆を促した。
「――追いかけよう」
 ウィザーモン先生が杖を振り上げた。不思議な形の飾りのついた杖だった。
 大きな、石の扉が現れた。その扉が不気味な音を立てて開いていく。
「行きましょう」
 私達は、扉の向こう側へ――。



   《第2部へ続く》


※お知らせ
 こんばんはv 茜野永久です。
 第1部全21話、ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
 第2部へ進む前に、第1部の番外編を掲載しますので、明日からはぜひそちらを読んでいただけると嬉しいです。本編の留姫視点ではなく、他のキャラ達の視点から、隠れたエピソードや過去の出来事など満載でお届けしますv


[*前へ]

21/21ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!