[携帯モード] [URL送信]

カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編17
 月曜日。
 休み明けのバイトで、なるべく無理はしないようにと皆が気遣ってくれる。嬉しいし、申し訳なかった。アリスも樹莉も、どうして私がケガをしたのか本当の理由は知らない。けれど、ドーベルモンさんとマスターには、本当の理由をレナが話したみたいだった。彼らは何も言ってはこないけれど、気遣ってくれているのをすごく感じた。
 レナはまだ、私が本気でレナのことを好きだって知らない。昨日は結局、言えなかった。噛み跡のことを聞いて……。
 ――どうして、あんなことしちゃったんだろう……。
 手首は太い血管があるからケガをしたら命にかかわるって、おばあちゃんにすごく怒られたことがある。デジモンでも人間の姿の時は同じだろうし……。
 ――ひどいことしちゃった……。レナのこと大好きなのに、ひどいことしちゃった……。
「――まだ気にしているの?」
 バイト中、カウンター近くにいた私はレナに小声で言われた。
「気にしなくていいから」
 それは昨日から何度も言われた。
「でも、レナが……」
 ちょうど、ドーベルモンさんが空になったグラスなどを運んで来た時だった。
「……」
 ドーベルモンさんが訝しげな視線を向ける。
「なんでもないんです……」
 私は首を横に振って、その場から離れた。



 休憩時間に二階に上がると、レナはすぐに一階に下りて行ってしまった。なんとなく避けられたようで、悲しくなった。
 椅子に座って、レナのことばかり考えていた。いつもより休憩時間が長く感じられた。
 ドーベルモンさんが二階に上がって来た。部屋のドアが開き、私は顔を上げる。最近、誰が二階に上がってきても靴音で解るようになった。
「話したくないかもしれないが……レナモンと何があった?」
 ドーベルモンさんが私に訊ねる。
 私は首を横に振った。
「大したことじゃないようには見えないが?」
 言えない。だって、言えない……。
「――言えないような関係になった?」
 びくりと、体が硬直した。
「――何か酷い事をされた?」
「ちが……」
「違うようには見えない」
 ドーベルモンさんが踵を返したので、駆け寄って腕を抱え込むように引き止めた。
「違うんです。私が……」
「留姫?」
「私が……ケガさせたから」
「そんなバカなことがあるか」
「でも、手首って太い血管があるから大事じゃないですか!」
「手首って……」
 ――あ、どうしよう!
 俯くと、ドーベルモンさんは呆れたようだった。
「アイスデビモンと戦った時に、か……」
 ――え? 違うけれど……。
「レナモンには荷が重い相手だからどうせ無傷じゃないとは思っていたが?」
 かなり強かったけれど?
「違います。『キュウビ』って……」
「――!?」
 ドーベルモンさんの表情が険しくなった。
「それは何かの間違いだろう? 成熟期のキュウビモンにアイツが進化出来るわけない。――本当なのか?」
「でも、大きな狐のような…こーんなぐらいで、九本の尾で、金色で……」
 私がキュウビモンの特徴を話すと、ドーベルモンさんが目を見開いた。
「あの、キュウビモンに進化出来るとダメなんですか?」
 ドーベルモンさんは返事もしないで、一階に駆け下りて行ってしまった。
「ドーベルモンさん?」
 椅子を片付けてから、その後を追いかけた。
 ドーベルモンさんとレナが店から出て行く姿が見えた。
 私は不安になって、マスターのところに行った。
「あの……」
 私はマスターを見上げた。
「デジモンの進化って、どういうことなんですか?」
 マスターはちょっと驚いた顔をする。
「何かあったのか?」
「それは……その……」
 マスターは
「――後で話そう。時間の都合が悪ければ明日の朝でも。それでいいか?」
 と言った。
「閉店時間まで待てますから……」
 私は頷いた。
 アリスが来た。
「何かあったの?」
「私にもよく解らないの……」
 レナとドーベルモンさんは、しばらく帰って来なかった。



 レナは結局、バイトが終わってからドーベルモンさんとどこかに行く約束をしてしまったらしい。ほとんど挨拶も出来なかった……。
 私はバイトが終わってから二階で、閉店時間まで時間を潰した。
 閉店時間になって、後片付けを終えたアリスと入れ替わりに一階へ下りようとした。
「留姫……」
 アリスが心配そうに私に訊ねる。
「本当は何があったの? 何かあったのよね?」
「べつに。大丈夫だから」
 私はなんでもないように言った。
 BGMも切った『皐月堂』の店内は静かで、少し寂しい雰囲気。
 マスターが勧めてくれたので、客席に座る。最初にこの『皐月堂』に面接で来た時に座った場所だった。
 向かい合って座ると、あらためてマスターの身長の高さに驚く。彫りが深い顔立ち、優しい目をしている。
「デジモンの進化……だったね」
 マスターの言葉に、私は頷いた。
「デジモンは成長によって段階的に姿が変わる。同時に能力も変わる。力、知能などにも変化が出る。人間は成長すると、例えば子供から大人になるのに月日がかかるが、デジモンはそれとは違い、急に変わる。一段階ではなく、二段階も三段階も急に進化することもある。そして、退化――急に元に戻ることも同じように起きる。
 ――こういう説明の仕方でも解るか?」
「――解ります……」
「では、続けよう。
 デジモンはデジタマと呼ばれるエネルギーの塊から生まれる。一抱えぐらいある大きさで、そう呼ばれるように鳥類の卵に形状は似ている。構成している物質は全く違うが。
 そこから幼年期のデジモンへと進化する。幼年期の中でも姿が多少変わるので本当は二つの時期に分かれているが、だいたいが一括りで呼ばれている。
 そして成長期のデジモンへと進化する。その後は成熟期、完全体、究極体と進化する。姿が似ている場合もあるし、特徴も残さずに全く違う姿へと変わることもある。
 留姫の身近にいるものだと……私とドーベルモンが成熟期のデジモン。レナモンは成長期のデジモンだ」
「それって、普通のことなんですか?」
「普通?」
「成長期のデジモンだっていうレナモンが、成熟期のデジモンに進化出来るようになっても、普通のことなんですよね?」
「ああ、普通なら。でもレナモンは違うから」
「違う? 普通じゃないんですか?」
「ああ。そう聞いているだけで詳しいことは知らないが」
「それって、病気なんですか?」
「病気? いや……そう言われるとそれに近いかもしれないけれど」
 ――病気? レナがびょう……き……。
 まるで目の前が真っ暗になったみたい。いったいどういう病気なの? デジモンの成長に関わる病気って――?
「……どうしよう……」
「留姫?」
「それって、治る病気なんですか?」
「いや、治らないって聞いていたが?」
「そ……それ、どういう病気なんです!?」
 私は席を立った。
「例えが悪かったか……そんなに心配するようなことではないんだが」
「でも、キュウビモンに進化したんですよ?」
 マスターは、――けれど微笑む。
「それはありえない」
「でも……!」
「何かの間違いだろう」
「私、一緒でしたから!」
「そんなはずは……」
 マスターの携帯電話が鳴った。
「失礼」
 マスターが立ち上がって、席を離れた。
 ――どうしよう。レナってどこか具合が悪いの? 病気なの? もしかして……あの、アイスデビモンというデジモンと戦うために、無理をしていたんじゃ……!
 私の予感はどうやら的中したみたいだった。
 マスターは席に戻ると、
「キュウビモンに進化したというのは本当らしいね」
 と言った。
「二日ほど、検査入院をするらしい」
 思わず立ち上がった。
「もしかしてドーベルモンさんと病院に?」
「ドーベルモンが力ずくで連れて行ったらしい。入院は嫌だと言い張っていたらしいからな」
 マスターが私の肩にそっと手を置いた。
「明日、バイトの後にでも見舞いに行くといい。ドーベルモンに頼んでおくから」
「ありがとうございます……」
 私はお礼を言って頭を下げた。
 ――レナがそんなに具合が悪いだなんて思わなかった……。
 帰り道。アリスが心配して待っていてくれたので、駅まで一緒に帰った。
「病気……!?」
 私からそのことを訊くと、アリスもやっぱり驚いた。
「健康そうに見えるけれど」
「そうよね、やっぱりね……」
 私は溜息をついた。
「検査で何も異常がなければいいわよね」
「……採血とか、かしら?」
「う〜ん……そうね……。でも、二日間でしょ? 採血だけじゃないんじゃない? レントゲンとか、心電図とか、エコー、MRI……って、するものなのかしら?」
 私にもアリスにも、デジモンの検査がどういうものか、想像が出来ない。
 レナに何事もないといいんだけれど。――心配でたまらない……。

[*前へ][次へ#]

17/21ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!