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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編16
 翌日。
 私は夕方、レナの住んでいるマンションへ行った。
 初めて本当の気持ちを告白するから緊張する。私が「好き」って言ったら、レナはいったいどんな顔をするんだろう……。
 かわいく見える服にした。淡いピンク色と茶色のキャミソールを重ね着して、膝上のライトベージュのスカート。
 携帯電話からメールを送っておいたら、レナがマンションの前で待っていてくれた。
「おじゃまします」
「……どうぞ」
 あの日以来、きちんと会うのはこれが初めてだと思うと……余計に緊張してぎくしゃくしてしまう。レナも同じみたい……。
 レナの部屋に上がると、私は本を受け取った。忘れないようにバッグにしまった。
 勧められてソファに座ってから、
「……」
 ちょっと失敗したと思った。スカート丈、短過ぎたかも……。
 私の隣に、遠慮しながらレナが座る。
「――こないだは、すまなかった……」
 レナが言った。
 もしも今、レナのことをまた怒らせたら、こないだの二の舞になってしまうかもしれない。あの時のレナ、すごく怖かったもの。
「べつに……いいの、もう……」
 怒らせないようにと思うと、レナの顔をまともに見ることが出来ない……どうしよう。
「留姫……」
 レナは私の名前を呟くものの、それ以上のことは言えないみたい。
 私は手首を差し出した。恐る恐る見上げる。
「あの……デジモンって鼻がいいの? 匂い、する? また付けてきたの。これ、控えめな香りだから付けるとほとんどわからないじゃない? レナには解るの?」
 レナが戸惑った目を向ける。
「……どういうつもりで言っているの?」
「どういうつもりって……ちょっと大人っぽいかな、って思って付けたから。レナはこういう香り、嫌い? レナが気になっていたみたいだから……」
「私と会うから……?」
「うん。――これ、前にママに買ってもらったものなの」
 レナが首を横に振る。
「嫌いな香りなの? なんだ……やめれば良かった……」
「そうじゃない。違う――」
「ほんと?」
 レナの目が優しくなる。
「そう……だから……」
「ん? どうしたの?」
「なんでもない……」
 レナは私に訊ねる。
「――留姫は好きな人がいるって、本当?」
 ――あ、ママが昨日、言っていたものね。聞こえていたの?
「うん」
 私はバッグから生徒手帳を取り出した。
「見ていいよ。在学証明証の裏に挟んであるから」
「え……でも……」
 レナが絶句している。
「ごめん……知られたくなかったの。……その……笑わないでよ?」
 とは言ったものの、レナは生徒手帳を受け取ってくれない。
「どうしたの?」
 レナが視線を逸らした。
「……どれぐらい好き?」
 ――え! やだ、そんなダイレクトな質問、どうして――!? ――レナのことをどれぐらい好きって……? すごく……とても……でも、どれぐらいと言われても……えっと……。
「よ……よく解らないけれど……たぶん……その……」
 焦りながら言うと、とたんにレナの表情が明るくなる。
「まだ、留姫はそんなにその人のことが好きなわけじゃないの?」
「?」
「もしかして、気になる程度?」
「気になる?」
 レナが微笑む。
「留姫が今、誰を好きでもいいよ」
 ――へ?
「でも、その人よりも私の方が気になるから、今日はそれを話しに来てくれた?」
 ――なんか、根本的に勘違いされている……。
「それは――ちょっと違うんだけれど……」
「そう……?」
 どよん、とレナが落ち込んだ。
「ええ…とぉ。……見ないの?」
 レナは複雑な顔をして生徒手帳を受け取る。見ると、
「写真じゃないの?」
 と、レナは紙片を取り出した。
「……?」
 生徒手帳を膝の上に置き、そのメモを広げる。――そして言葉を失った。
 私はレナを見つめた。
 ――どういう風に言おうか。「ずっと好きだったの!」かな。ストレート過ぎるかしら?
 レナが呟く。
「これ……」
「うん」
「私が書いた……」
「そうよ」
「じゃ……」
「……まあ、ね」
「留姫は……」
「――今さら、だけれど、あのね……」
 とうとう、本当の気持ちを言おうとした。
 けれどレナは、
「まだ……留姫に好きになってもらえる可能性があるんだ……」
 と、呟いた。
 ――はあ? とっくに好きだけれど?
 レナと私の間に巨大な溝が出来ていることを思い知らされる。レナは、私が『恋愛に憧れている』ことをまだ信じきっているわけで。自分が最初からその対象だったことには気付いてもいない……!
「でもこれ……書き直していい? 字がちょっと曲がっている……」
 私は急いで生徒手帳とメモを回収した。バッグにそれをしまうと、
「バカ!」
 とレナを睨みつける。
 ――これをどんなに私が大切にしているのか、知らないんだろうけれど!
「私のこと――留姫はどう思っている?」
 ――レナ?
「留姫のことを嫌だと思っていると……思ったんだよね?」
「――うん」
 私は目を伏せた。
「だって、レナは……花火見たあの日、答えてくれなかったじゃない……」
「それは……ごめん。言えなかった……」
「答えて欲しかったのに」
「ずるい……留姫も答えてはくれなかったのに」
「それは、だって――」
 言われて、私は言葉に詰まる。
「だって……楽しい時と楽しくない時があるんだもの……」
「そうなの?」
 レナが戸惑い、辛そうに呟いた。
「じゃあ……留姫は、ほんの少しでも私のことは好き?」
 ――言えなくなる。こんな訊き方されたら……。
「答えられない?」
 ――大好きって言ったら何か変わるの? こんな辛い気持ちにはもうならないの? どうしよう――。
「――教えない!」
 思わずそう言うと、
「何か生徒手帳に入れておくことに憧れていたの?」
 と訊かれた。
「――そうじゃなくて! じゃあレナの写真、ちょうだい!」
「私の?」
「今すぐ!」
「写真……は、ないんだけれど……」
「一枚もないの!? そう――じゃ、他の人の写真入れちゃおっと」
「え!?」
「嫌でしょ? だから、このメモで我慢してあげる」
 私はレナを意地悪く見上げる。
 レナは私を見つめる。
「そういう顔もするんだ……」
「するわよ。だって『大人しい子』ならしないじゃない? だからしなかったの」
「……大人しい振りをしていたの?」
「そうよ。レナはそういう子と『恋愛ごっこ』がしたかったんでしょ? レナの好みは『大人しい子』でしょう?」
「私の好み……『恋愛ごっこ』だから? ――それなら……本当の留姫は?」
 急に恥ずかしくなって、私は下を向いた。
「……教えない」
「知りたい」
「――やだ!」
「それなら――いいよ、今すぐじゃなくても……ゆっくりでいい……」
 そんなことを言われたので、体がぴくんと震えた。
「――今日は逃げない?」
「だって、こないだは……」
「痛かったから?」
「うん……それに、すごく怖かった……」
「そうか、すまない……。私の勘違いで……」
 レナは私の手首を取り、持ち上げる。
「突然、こんな香りまでつけて……どういうつもりなのかと思った」
 ――香り?
 レナは手首を嗅ぐ。そしてその辺りを舐めたのでびっくりした。手を引っ込めようとしても、レナは放してくれない。
「――私が本気になるのを楽しんで、もう飽きたから『恋愛ごっこ』は終わりなのかと……。――きっと他の男にもこういうことを仕掛けたことがあるんだと……」
 ――えええ……!
「……そんな風に思っていたの?」
 なんだか……すごくショック……!
「すまない……。私の誤解で、留姫を危険な目に遭わせてしまった……」
 ――?
「留姫がアイスデビモンに攫われたと知って――どんなに後悔したか……。もっと早く、ヤツの正体に気付いていたら……留姫を一人にさせなかったし、怖い思いもケガもさせなかったのに!」
 レナが私の髪を撫でる。
「留姫を見つけた時――気が狂いそうになった……」
「レナ……」
 私はどう言っていいのか解らなくなった。
「あの、服の……上から……だから、大丈夫だから……」
 ぎゅっと、レナが私を抱き締める。
「……レナ……」
 苦しいけれど、私の中に残っているあの時の怖さがどんどん消えていく……。



 しばらくして、レナがようやく私から離れる。
「……ごめん、苦しかった?」
「……う…ん」
 ――あんなに強く抱き締められたから……すごく……頭がぼーっとしている……。
「大丈夫?」
「平気……。あのね、あの時は……」
「――留姫?」
 今度は私から、レナの胸にぎゅっとしがみつく。
「……あの時、すごく怖かった。だから助けに来てくれて……嬉しかった……」
「留姫に――呼ばれたような気がしたから……」
「呼んだよ?」
「嘘……」
「……本当だったら……」
 私は恥ずかしくなった。あの時、夢中でレナの名前を呼んだ。他の誰の名前でもなく……。
「本当に?」
「何度も言わせないでよ」
「……留姫。――やっぱり『恋愛ごっこ』は終わらせたいの?」
「え?」
 レナが、囁いた。
「もう少しだけでいいから……」
「?」
 私はレナのことを見上げた。
 ――まだ、信じてもらえないの? こんなにレナのことが好きなのに……。
「少しでも私のことが好きなんだよね? 少しずつでもいいから好きになって……」
 レナに言われ、びくんと、体が震えた。
 ――そんなこと言われるなんて思ってなかった。そんな風に思ってくれていたの? そんなに私のこと、好き? 信じられない……!
「レナのこと、わりと……その……好きだと思う。嫌われたくないって思ったの。――でも私、レナの好みのタイプじゃないみたいだから……その……」
「大人しい子が好みなわけじゃないよ」
「そうなの?」
「こないだ、よく解った」
 彼は立ち上がり、背を向けた。
「何もしないよ。――また噛まれたくない。せっかく跡も消えてきたのに……」
 ――え?
 キッチンに向かうレナの腕を見つめた。そういえば、今日は私服なのに長袖……。
「跡が残るぐらいひどいの……?」
「歯型だと解るぐらいだったから。ガーゼ貼って隠したよ」
「そんなに……?」
「でももう痛くないから。――そういえば、飲み物も用意していなかった。烏龍茶ぐらいしかなくて……」
「――どうして怒らないの?」
「留姫? ――えっ?」
 レナが戻って来た。
「違う。留姫が気にすることじゃない……」
「違わないでしょ! 怒ればいいじゃない!」
「留姫……。――私が悪かったんだから。留姫がどれほど怖かったのか、それに気付きもしなくて……」
 レナは袖のボタンを外し、腕を見せてくれた。もう薄くなった赤い跡がそこに残っていた。
「ほら、大丈夫だから。ね……?」
 レナが私の目の下にそっと触れた。
「泣かないでいいんだから……」
 言われて気付く。泣いていることに……。
「留姫が泣くのが……一番……辛い……」
 そんなことを言われても、涙が止まらない……。レナを傷つけたなんて……やだ……自分が許せない……悲しい……苦しい…悔しい……。
「泣かせるつもりはなくて……バイト先で着替える時にちょっと困ったぐらいだから、そんなに痛かったわけじゃないし……だから……」
 レナに抱き寄せられた。
「――同じだね。あの時と……グラス割ったぐらいで泣いて……」
 レナの手が、私の背中を撫でる。
「私がどれだけのことを留姫にしようとしたのか……解っていないんだよね? 留姫に噛まれてもまだ全然足りないぐらいの酷いことを私はしようとしたのに……」
 私が泣き止むまで、レナはずっと傍にいてくれた――。

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