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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
道化師−アルルカン− 4 Side:MUMMYMON
(※マミーモンの話です。どのキャラも『皐月堂』独自設定を含みます。今回の話は特に、今までの『及川さんち。』の話、そしてリリスモンの話を読まれていないと解りにくいと思います。また、七大魔王などは独自解釈になっています。御了承下さい。謝)



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4《五年前・三月〜五月》


 リリスモンの家に通い初めて二カ月が経とうとしていた。
 乳母さんの手ほどきを受け、俺の料理の腕はかなり上がった。リリスモンもメタルマメモンも和食が好きだから、乳母さんは和食ばかり作っているけれど、それがどれも、とにかく美味い。
 覚えた料理を家に帰って作ったら、アルケニモン達はすごく喜んでくれた。ブラックウォーグレイモンなんて、鍋ごと食べるかという勢いだった。
 美味い料理を作ると、こんなに皆が喜んでくれるんだ、と俺は幸せになった。アルケニモンが特に、すごく喜んでくれて……! しかも、すごく俺のこと尊敬してくれているっていうか! 「またあの煮物が食べたい!」とか「こないだのお鍋! 食べたい!」って言うから、幸せだ!
 『王子様』探しはほとんど進まなかったけれど、リリスモンは怒ったり文句を言ったりすることもなくて、そんなことを俺がしていること自体、忘れているのかもしれない……。



 ある日の、夕方頃。
「明日はお休みにしてちょうだい」
「明日? そう?」
 スナップエンドウのスジ取りをしていた手を休め、俺はリリスモンの声が聞こえた方に顔を向けた。台所の戸口に、リリスモンが立っていた。人間の姿だ。もちろん大人の、今の姿……。いつも着物を着ているけれど、今日は赤っぽい着物だ。リリスモンにしては珍しい……。
「明日はどこかに出かけるのか?」
 俺はリリスモンに問いかけた。
「いいえ。私の両親が久しぶりに帰ってくるのよ」
「そうか! 親子水入らずだな〜」
 俺は、ニカッと笑った。けれど、リリスモンは少し……寂しそうだ。心配になって、俺は訊ねた。
「何かあったのか?」
 リリスモンはそっと首を横に振り、
「いいえ。何も……」
 と言った。だから俺は、それ以上は訊かなかった。
 乳母さんが帰ってきて、いつものように料理を作った。乳母さんはリリスモンと俺の分の夕食の膳を用意して、メタルマメモンの分は、離れの家に持って行く。反抗期のメタルマメモンは、離れの家を自由に使っていた。家丸ごとが自分の部屋って、凄いなあと思う。
 けれど、俺は……アルケニモン、及川さん、ブラックウォーグレイモンと住んでいる、あの狭いアパートが好きだ。狭過ぎてプライベートもへったくれもない、あの場所が大好きだ。
 リリスモンは広い屋敷に乳母さんと二人。けれど明日は、海外やデジタルワールドを飛びまわって忙しく働く両親が帰ってくるんだ……。
「良かったな……」
 ふと、呟いてしまった。
「何かしら?」
 上品な箸使いで夕食を食べているリリスモンが訊ねた。
「あ……と、ごめん……」
 乳母さんが食事中のマナーにうるさくて、静かにお召し上がり下さいと言われているのに。
 けれど、リリスモンは
「今は乳母やもいないわ。何か思うことがあるのなら、どうぞ」
 と微笑む。
「えっと……親、帰ってくるなら、この屋敷も……賑やかになるだろ?」
 そう俺が言うと、リリスモンは小声で笑った。
「マミーモン。貴方が来てくれる今も、とても賑やかよ」
「え? それってうるさいってことか?」
「いいえ。私がとても、貴方に感謝しているということよ」
 リリスモンはふと、思い出したように、
「そういえば、貴方にあの雪の日のお礼をしていないわ……」
 そう言い、瞬きをした。
「そうね……用意しなくちゃ……」
「ん? 楽しみにしているよ〜」
 俺はのん気に笑った。
 夕食を食べ終え、リリスモンと乳母さんに見送られて家を出た。
 明日は仕事無いなら、家で掃除でもしようと思った。けれど家に帰ると、アルケニモンが待っていた。
「買い物? アルケニモンは明日、休みなの?」
「そうなの。――ええっと、春服が欲しいの。……だから、荷物持ちが必要なの! ボスは一日中仕事だっていうから……。ブラックウォーグレイモンは言うこときかないし……。――だからっ!」
 そわそわしながらアルケニモンが言った。
「うん、いいよ〜」
「そう? 仕事は? 明日は早く帰って来られる?」
「ないんだ。休みだって」
「ほんと? じゃあ……そうね、朝から出かけてもいいの? お昼、新宿のルミネの上の、美味しいパンのところでもいい?」
「そうだね、そこにしよう!」
 荷物持ちだ。デートにちょっと近い! 飛び上がるぐらい嬉しかった。



 ――俺、ついてないよ……。
 ぼんやりと、俺は壁に寄り掛かった。冷たいコンクリート剥き出しの壁だ。冷たい……留置場の壁だ。
 アルケニモンの買い物に付き合ったのは昨日。朝から出かけて、アルケニモンがお店見て回るの付き合って、荷物持ち……楽しかったなあ。お昼は美味しいパンのレストランで……美味しかったなあ。アルケニモンも喜んでいたし、楽しそうだった……。夕方になる前に家に帰って、ボスとブラックウォーグレイモンがそれぞれ用事でいないから、俺はアルケニモンと二人で食べた。アルケニモンお好み焼きが食べたいって言うから、フライパンでお好み焼き焼いて……。
 夜遅くに、玄関のチャイムが鳴った。俺もアルケニモンも、何事かと顔を見合わせた。ドアの外に、数人のデジモンの気配がしたから。
 ドアを開けると、DNSSがいた。知っている顔のヤツもいる。訊きたいことがあるから、俺だけ来て欲しいと言われた。アルケニモンが心配したけれど、俺は大丈夫だと思ったから彼らについて行った。
 DNSSの『関東支部』の『本部』は新宿にある。古い建物で、そこで言われた。リリスモンが両親を殺害して、自殺した、と――。
 俺は冗談を言われていると思った。リリスモンが両親を殺すわけがない。会うのを楽しみにしていたんだよ! 自殺なんかするはずもない。理由がないじゃないか!
 けれど、それは事実だと言う。そんなわけがない、と言い返した。だいたい、デジモンは死んだらデジタマにかえるんだから、死ぬわけがないんだ! 何度もそう言い返すうちに、腹が立ってきた。けれど、言われたんだ。俺に容疑がかけられている、と――――!
「…………」
 そうだ。俺にはわけが解らない。理解出来ない。リリスモンが『自殺』したっていう奴らが、俺にリリスモンの殺害容疑をかけるなんて! 何でそう言われる? 俺が何をしたっていうんだ?
 けれど……俺は今、忘れられているんだ……。昨日の夜中に――もしくは今日の未明――、俺はこの留置場に入れられた。それから、一人もここの様子を見に来ないんだ!
 ――逃げたらどうすんだよ? 俺だから、ここにこのままいるのに……。俺がお人よしじゃなかったらどうするつもりだよ? 万が一にも逃げたら、どう言い訳するつもりだ?
「…………」
 ――アルケニモンとデートみたいに買い物していたことが懐かしい! もうずっと過去のことみたいだ……。ちぇっ、どうせ俺なんて……。
 すっかり何もかもがどうでもよくなって、俺は目を閉じた。



 誰かの気配で目が覚めた。
「乳母さん……!?」
 俺は壁から体を起こした。
「御無事ですか? 御迷惑をおかけして申し訳ありません……」
 乳母さんが手招きするので、開いた鉄格子の小さい扉から外に出た。
 DNSSの一人がそこにいた。……って、一人? 普通こういう時って二人以上だろ! 監視が行き届いていないのか? それとも、乳母さんが影で手を回したってことか?
「すまなかったな……」
 そう、そいつから言われた。それ以上、そいつは何も言わなかった。DNSSの幹部だったと思い出す。
 乳母さんに促されて、俺は外に出た。乳母さんが先に歩き出したから、いつものようにどこかに車を待たせているのかと思った。
 けれど、違った。
 街並みの、ビルとビルの間の比較的狭い――車が一台通れるかどうかというぐらいの道に入って行く。数歩歩けば、突然、景色ががらりと変わった。
「え――――?」
 そこは、どこかの田舎みたいだ。近くに山も見える。眼下には集落も見える。
 西日が傾いている。穏やかな日差しだ。けれど、風は少し肌寒い。
「乳母さん、ここって?」
「おひい様はここで、御幼少の頃を過ごされました」
「すごいな! 俺まで連れてきてくれたの! どこだ? リリスモンはここにいるんだろ? 何か事情があってDNSSからも隠れているってことなのか?」
「ここは……リアルワールドのどこでもありません。地図には無い……。その昔、おひい様を隠して育てようと、私が亜空間に作り出した場所です」
「え……」
「おひい様はここで伸びやかに過ごされました。穏やかでかけがえのない……毎日がとても楽しゅうございました……」
 乳母さんは言葉の一つ一つを懐かしむように呟く。
「乳母さん……あの、じゃあ……」
 乳母さんは俺を見上げた。
「おひい様が亡くなられました。恐ろしい殺人ウイルスに感染したのです。夜中に御両親が御帰りになられて、私が少し席を外した頃に、おひい様は突然、御両親を亡き者にされてしまいました。おひい様の悲鳴を聞いて、私より先に若君が駆けつけられた時には、おひい様は御自分の右手――『黄金の魔爪』を使い、自害されたそうです」
「……まさか……う……うそだっ……」
 俺は、その場に座り込んだ。立っていられなくなったからだ。草原に膝を付いた。
「そんな……なんで? 殺人ウイルス……? だからデジタマになれなかったのか?」
「デジモンは、生きることへの願望や執着により、デジタマにかえるのです。おひい様はウイルスに侵され、御両親を殺害してしまい……生きることに絶望してしまわれたのでしょう」
「そんな……嘘だろっ! 許せないっ! どこのどいつだ! リリスモンに近付き、ウイルスに感染させたんだろ! 絶対に許せないっ!」
「……」
「心当たりはないのか!」
 乳母さんは
「昨日はうちに……おひい様のところに訪ねて来られませんものね?」
 と言った。その優しい眼差しが震えて、目尻から大粒の涙が溢れた。
「俺が……? ――――えっ? じゃあ……何者かか、俺の姿で……!」
 耳を疑った。信じられなかった。力が抜けた両腕をだらりと下げ、俺は
「そんな……」
 力無い呟きを漏らした。
 乳母さんは視線を伏せた。
「そのようです。昼過ぎにおひい様の元に来て、私がお茶とお菓子を用意して……。私が戻った時にはもう、姿は見えなくて……。私がお訊ねしたら、『偽者でした』と……」
「何でだよっ! リリスモンが言ったんじゃないか! 明日はお休みにして……って……」
 俺は手元の雑草を握り締めた。
「おひい様は……御自分に危険が及んでいることを気付かれていたのでしょうね」
「嘘だろ……」
「いいえ、恐らくはそうでしょう。おひい様はそのような不思議な力をお持ちなのです。」
「そうなるかもしれないと知っていた? それならどうしてっ!」
「私では気付けないほど良く似ていました。貴方に何かあったのかと、接触を試みたのかもしれません」
「なんだよ……! なんだ、それは……!」
 俺は声を上げた。涙が溢れた。気が狂いそうになった。
「乳母さん……許してくれ!」
 俺は座ったまま、乳母さんに何度も頭を下げた。
「貴方が謝ることはありませんよ……」
「だって、俺の姿を真似たヤツだなんて……」
「おひい様はこの二カ月ほどの日々、御幸せだったと思います。新しいお友達が出来て、知らない話がたくさん聞けて……」
「乳母さん……!」
「これを……。おひい様から、ですよ……」
 乳母さんは、白い紙の包みを俺に手渡そうとした。
「何……? いらないよ! 俺……もう、給料なんかいらないよっ!」
 何で今さらお金なんか渡そうとするんだと、俺は腹が立った。俺が受け取ろうとしないので、乳母さんは
「お金ではありませんよ。お給料は……今までの分は、いつもの銀行口座に振り込んでおきましたから」
 と微笑む。
 銀行口座? そういえばそうだった……と気付き、俺は訝しげにそれを見つめた。
「じゃあ……手紙か?」
 俺は受け取ると、表、裏を見た。表には俺の名が流れるような筆文字で書かれていた。裏は、封筒みたいに三箇所を糊付けし、それぞれに朱色の文字が小さく描かれている。
 一カ所だけ封を切り、中身を取り出した。三枚の紙が入っている。
「何て読むんだ?」
「そこまでは存じません。どうぞ大切にお持ち下さい。それが必ず、貴方にお力を授けることになります」
「力?」
「私はもう……」
 乳母さんの声がそこで、突然、途切れた。
「乳母さんっ――――!」
 俺は瞬きをした。
「…………乳母さん? どこに行ったんだ? おい……冗談だろ? マジ? 本当はもう……?」
 そこには、誰もいなかった。俺は一人、暗い場所に……元の路地にいた。
「乳母さん……乳母さん……! なあ、返事してくれよ――――っ!」
 俺は声を荒く、乳母さんの名前を呼んだ。けれど……いくら待っても、乳母さんは現れなかった。
「う……ううっ、ぐすっ……乳母さん……リリスモン……」
 涙でぐちゃぐちゃになった顔をどうにかしようと、ポケットに手を突っ込んだ。出てきたのは、リリスモンがバレンタインデーに「いつもありがとう」と言ってくれたハンカチで……俺はもっと泣いた……。
 ――どれぐらい経ったか解らないけれど、ようやく涙が止まってきたので、立ち上がると、俺は歩き出した。ポケットにハンカチを、反対側のポケットに白い紙の包みを入れた。
 まだ夢の中を歩いているみたいだ。もう……リリスモンはいない。そして、あんな消え方をしたんだから……乳母さんもいないのかもしれない……。じゃあ、メタルマメモンだけ残っているのか?
 俺はまっすぐ、とにかく家に向かって歩いた。アルケニモンが心配している。たぶん……。



 ぼんやりしていても、月日は流れる。
 リリスモンの家の仕事が無くなったので、別の仕事を割り当てられた。以前のように渡された地図を頼りに出かけ、倉庫の片付けや店先の掃除とか、運転助手とか。都内を中心に……わりと忙しかった。
 ぼんやりしている暇もないぐらいなのに、たまに気が抜けたようにぼんやりとした。リリスモンの家には、あれから一度も行っていない。辛くて……。
 ゴールデンウィークが近付いた頃の事だ。
 仕事を終えて、スーパーで買い物をしてから帰ると、玄関のチャイムを鳴らした。両手が塞がっていて鍵が取り出せないからだ。
 ドアが開いた。アルケニモンが勢い良く顔を出した。チャイムの音がうるさいと怒鳴られるのかと思った。
「わっ! 悪かったよっ……」
 とっさにそう言ったけれど、アルケニモンは怒るどころか泣いていた。俺に抱きついて、いっそう激しく泣き出した。
 アルケニモンは泣きながら「リリスモンが死んじゃった」と繰り返した。何度も何度も、しまいには声がかすれるぐらい……。
 俺は、とうとう発表になったのか、と心の中で思った。この一カ月半ほど、それについてのニュースは何も無かったから。リリスモンの出演している時代劇やドラマは普段通りにテレビで放送されていたから、それを見かけるたびに、うっそうとした気持ちになった。
 俺は少ししゃがんで買い物袋を床に置くと、泣いているアルケニモンの肩を抱き締めた。心の中で、リリスモンに報告してやりたくなった。男じゃないけれど、好きだっていうデジモンがいて良かったな、って……。そう思うと泣けてきたから、俺もたくさん泣いた。
 リリスモンが亡くなったことは、四十九日が過ぎたので公式発表となったそうだ。生前の遺言だったらしい。デジモンなのに遺言だなんて、と、憶測が飛び交ったけれど真相はリリスモンがすでに死んでいるから誰にも解らない。
 女優活動や音楽活動もしていたから、翌日には、以前にコンサートをした日比谷野外音楽堂前に関係する事務所が合同で献花台を設け、大勢のファンが花を手向けた。詰めかけたファンの数があまりにも多かったので、ゴールデンウィーク開けに日本武道館で異例の『お別れ会』が行われた。それにも多くのファンが訪れた。
 アルケニモンが行きたがったので、俺はどちらにも一緒に行き、そのファンの多さに度肝を抜かれた。
 周囲が心配になるぐらい、アルケニモンは落ち込んでいた。あまり騒ぐと及川さんに迷惑をかけるからと、こっそりドラマなどを見るうちに、ディープな隠れファンになってしまっていたようだ。
 及川さんは意外に良い人間で、アルケニモンを感情にまかせて怒鳴ったり蹴ったりすることがあるのに、リリスモンの墓がどこにあるのか調べてくれた。
 とある晴れた週末、俺はアルケニモンと墓参りに出かけた。
 アルケニモンが墓に手向けるための花を買う時に、花屋でぼんやり、リリスモンは花が好きだったなあって思った。ほんと……七大魔王に選ばれなかったら、もっと違う一生だったのかもしれない。
 墓は、意外に普通だった。ぶっ飛んだ形やモチーフだったらどうしよう……と、内心かなり心配だったけれど。
 やはりどこかから情報が出ているらしく、俺達以外にも墓参りをしたファンがいるんだろう。献花しきれない花は、横の水桶に手向けられていた。アルケニモンが
「始発で来た方が良かったのかしら……」
 と言うから、
「そんなに早朝から入れるのか? ここ……」
 と俺は呆れた。
 アルケニモンは頷き、
「それもそうね……。あー後悔しちゃう。もっと早くファンになっていたら、CDやDVDを買って、コンサートやトークショーにも出かけて……」
 と、呟くように言っては溜息をつく。
 かわいそうになって、
「CDとか、さ……プレゼントするよ」
 と俺は言った。
「ほんと?」
「うん……一度に全部は無理だけれど、少しずつなら……」
 と、俺は約束した。
 その時……視線の先に、銀白色が見えた気がした。
 ――今のって、もしかしたら……!
 墓参りを終えて、俺はアルケニモンと墓地を出た。駅に向かって歩き出す。しばらく歩き、
「アルケニモン」
 と、俺はアルケニモンを呼び止めた。
「何?」
 俺は立ち止まる。アルケニモンも足を止めた。
「ちょっと、先に駅に行っていて」
「え?」
 アルケニモンは俺を見上げた。
「忘れ物? だったら私も行くわ」
「ううん、いいから。すぐに戻るからっ」
 そう言い、俺は走った。本気で走った。
 急いでリリスモンの墓の前に戻ったけれど、そこには誰もいなかった。周囲にもどこにも……誰もいなかった。
 ――きっとメタルマメモンだと思ったのに……。
 きっと、見間違いだ。気のせいだ。つまり、俺の願望だ……。メタルマメモンが墓参りに来たら、って……。
 アルケニモンのところに戻ろうと、俺は歩き始めた。怒っているかもしれない。


「久しぶりですね。空っぽの墓参りだなんて……お人よしなのは相変わらずですね」


 懐かしい声が聞こえた。俺は慌てて辺りを見回した。
「どこにいるんだ! 出てきてくれよっ!」
 そう声を上げると、
「静かにして下さい。ご近所迷惑ですよ」
 少し離れたところに、メタルマメモンがいつのまにかいた。反抗期のままの、どこか斜めに構えたような、そんな……。
 俺は言葉が出なかった。何て言えばいいのか解らなかった。
 だから先に話し始めたのは、メタルマメモンだった。まっすぐにリリスモンの墓を指差して、
「その墓は形だけのものです」
 と言った。
「祖父がどうしても、って言うから。姉のデータは粉々に砕けて全部空中に消えたんです。何も残らなかったのに……。先ほど一緒にいたのは姉のファンですか? 姉に代わって御礼を申し上げたいのですが……出来なくて……」
 俺はたまらなくなって、早口で
「いいよ! いいんだ……そんなの気にするなよ……!」
 と言った。言いながら、涙が溢れた。
「メタルマメモンはたった一人で……今、どこにいるんだ? あの家にそのままいるのか?」
「祖父が出張から戻っています。でも……僕は、一人暮らしを始めたんです。一人で……自立しようと思って……」
「そうか……」
「あまり驚かないんですね?」
「あ、うん……」
「そう……。――僕は、貴方が好きではありません」
「え?」
 突然そんなことを言われたので、俺は少し焦った。はっきり言われるほど嫌われていると思わなかった。
「そういう、何もかも許容するようなところが好きではありません。姉に関わって、乳母とも親しくなって、俺にまで話しかけて……。何度か思ったんです。家族でもないのに……って」
「ああ……ごめん……」
「――でも、僕だって姉とは……姉弟じゃなかったんです。他人だったんです」
「え……!」
 初耳だった。
「僕は……引き取られたらしいんです。それなのに何も知らず、恩返しも出来ないまま僕は……」
 メタルマメモンは俯き、拳を握り締めている。よほど悔しいんだろう、声が震えている。
「僕は……一人でも生きていけるように、精進します。これからも御指導よろしくお願いします」
「御指導って……」
 メタルマメモンは一礼して、そのまま歩き去った。拒絶されていると感じたので、後を追いかけられなかった。メタルマメモンの目が……恐ろしかった。
 ――犯人に復讐するつもりなのか――!
 俺の背中に、冷たい汗が流れた。
 ――どうしてこうなったんだ……!
 ぐるぐると、俺の頭の中でそればかりが聞こえた。
 リリスモンは幸せだったのか? 乳母さんは? メタルマメモンは? どうして? どうして……皆がこんな目に遭わなくちゃならないんだっ。
「……俺だって……」
 俺だって復讐したい。勝手に俺に成りすましてリリスモンにウイルスを感染させるなんて許せない。あの家をめちゃくちゃにした犯人を、俺は許せない……!
「……」
 だからってどうする? 俺は完全体デジモンだ。あの乳母さんに気付かれないようにリリスモンを殺人ウイルスに感染させるなんて、そんなことが出来るほど能力の高いデジモンと、互角かそれ以上に戦えるのか……?
 自分の情けなさを噛み締めながら、とぼとぼとアルケニモンのところに戻る。
 アルケニモンは、ケータイで誰かと話をしている。俺が近付くと、
「良かった、戻ってきてくれて。あのね、これから新宿に行ってもいい?」
 そう、唐突に言われた。
「新宿? うん……ここからだと駅から電車一本だな……」
「当たり前でしょ! 私達、新宿からここまでその電車に乗って来たんだから! とにかくっ、ブラックウォーグレイモンが戦うって!」
 アルケニモンがそう言ったので、俺は
「誰と? 新宿の街中で? ヤバイだろ、ビル壊したら弁償出来ないぞ!」
 と言った。すると、
「えー? 違うったら、もう。ラーメンバトルだって」
「ラーメン?」
「時間制限で特大盛りのを食べるとタダになるんですって」
 聞いて、俺は呆れてがっくりと肩を落とした。墓参りしたばっかりで、ついでにあんな恐ろしい目のメタルマメモンに会ったばかりで……そんな気分じゃないよっ。
「あのさ……」
 言いかけ、すぐに言うのを止めた。
「……うん。行こうか……」
 俺はアルケニモンの手を引いた。アルケニモンが無理していると気付いたから。
「……ごめん」
 アルケニモンがそう呟いた。
「なあ、アルケニモンは知っているか?」
「何を?」
「リリスモンってさ、醤油ラーメン好きだって……話」
「え……本当?」
「うん」
 乳母さんが作ってくれたことがあって……珍しくメタルマメモンが「麺がのびたら不味いですから」と、離れの家から出て来て、四人で食べたっけ……。
「知らなかったわ。それ、どこで知ったの?」
「ええと……まあ、いろいろ」
 アルケニモンが、ぎゅっと俺の手を握った。
「アルケニモン?」
「いろいろ……調べてくれたの?」
「え? ええっと……まあ……ね……。ブラックウォーグレイモンの応援ついでにさ、俺達も……醤油ラーメンでも食べないか?」
「うん……!」
 俺達は新宿に向かった。



 ほんのりイイ雰囲気のまま新宿に着くと、過酷な現実が待っていた。
 昭和の雰囲気を意識した作りの、比較的新しいラーメン店で待っていたブラックウォーグレイモンの話を聞き、
「三人同時チャレンジ! そんな話、聞いてないわよっ!」
 アルケニモンは絶叫し、俺は店内の写真を見ただけでお腹一杯になった。
「アイツに負けたくないんだっ!」
 ブラックウォーグレイモンが駄々をこねたので、仕方なく三人で参戦したけれど、アルケニモンが制限時間内に食べ終えることは出来なかった。女性用の量でも相当あるから、最初から無理だと俺は思っていた。アルケニモンがかわいそうなので、代わりに代金を支払った。懐に痛い。
 アイツ――とブラックウォーグレイモンが指差した奴は、店の奥の御座敷席で、ギョウザを黙々と食べている。赤いフード付きトレーナーを着ていて、背が高く、短めの金髪で柄が悪い。すでに十皿ぐらい、空の皿が積み上がっている。
「あちらさんは? 大食いチャレンジしたのか?」
「ああ、さっき」
 ブラックウォーグレイモンが言ったので、
「さっき!」
「ええ?」
 俺もアルケニモンも驚いた。
「それでもギョウザをあんなに食べられるの?」
「手品じゃあるまいし……」
「だろ? 悔しくなるだろ?」
「……ううん、別に」
「ならないよ」
「チッ、お前らとは話が合わない!」
 アルケニモンと俺に、ブラックウォーグレイモンが舌打ちをした。
 俺は――ふと、視線を感じた。御座敷席であぐらをかいてギョウザを食べ続けているアイツが、俺を睨んでいる気がした。
 ――え?
 けれど、気のせいだったみたいだ。そちらを見たけれど、アイツは顔を上げてもいなかった。
 ちょうど、高校生ぐらいの少年達が店内を覗き、
「ああ!」
「先輩だっ!」
「やっぱり、ここにいたんだ!」
「俺もギョウザ食べようっかな……」
 と、ぞろぞろと店に入って来た。
「先輩っ! 相席いいですかー?」
「わーい! 俺も」
「僕もぉ……」
 ギョウザを食べていたアイツは、
「……おい、靴を並べろよっ!」
 迷惑そうに言い、そのまま次のギョウザの皿に手を伸ばす。
 アルケニモン、俺、ブラックウォーグレイモンは賑やかになった店を後にした。

   《4・終》


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 あとがき

 何から書けばよいか迷いますが、まず、後にあんな展開になると解っていても、好きなキャラが死ぬのは…すみません。
 メタルマメモンも復讐の鬼となっていくし…あああ。
 そして、最後に出てきたのはもちろんあのデジモンです。
 次回も頑張って書きますのでお楽しみにv
 
 今回の文中の、わくわくデートなマミアルは感想下さった天照さん、林さんへ捧げますv

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