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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編15
 レナは時々、携帯電話にメールをくれた。
 ――『足の具合はどう?』
 ――『今日も暑いね』
 ――『宿題はかどっている?』
 もらうメールを何度も、何度も読み返す。短くて定型のあいさつ文のようなメールなのに、すごく嬉しい……。
「宿題ははかどっています、と……」
 素早くメールを打って返した。
 嘘じゃなく、本当に宿題ははかどっている。英語と数学のワークブックは終わらせ、国語の読書感想文もまとめた。
 三日間集中して気合入れたら、その他も含めてほとんどの宿題は終わった。――家庭科以外は。
 ――本、せっかく借りたのにレナの家に置いてきちゃったんだもの……。
 自分の部屋で、畳の上に寝転がった。
 ――私のこと、レナは本当に好きなの?
 あの夜、化け物から助けてくれた……嬉しかった。レナがあんな姿のデジモンだなんて知らなかった。すごく大きくて……綺麗だった……。
 今度会ったら、もう一度、訊いてみよう。本当に私のことを好きと思ってくれているのか、を……。
 ――本当に好きだと言われたら、どうしよう……。
 私も好き、って言ってもいいの? 本当は『大人しい子』じゃないと知っても好きでいてくれるの……?
 起き上がり、教科書などを片付けて立ち上がる。そろそろ支度をしよう。今日はママと出かける日だ――。



 こないだのサンダルのこと。それと、破かれてしまった服のこと。どちらもママが買ってくれたものだった。
 『皐月堂』で、働くのがとても大変なことだって知ったから、初めてのバイト代でママにちょっとした『何か』をプレゼントしようと思った。
 私はシンプルなワンピースを着た。ちょっとお嬢様っぽくて私には合わない気がするけれど、ママの好きなブランドの服だ。手首には、こないだも使ったオードトワレをちょっとだけ吹き付けた。
 私の足のこともあるので、タクシーでデパートへ向かう。ママは私の服を買ったり、自分の服を買ったりした。買ったものは自宅へ送ってもらう手続きをする。
 まだ包帯が取れていないので、新しいサンダルは買えないのがとても残念そうだった。
「ねえ、ママ。あと、何か欲しいものはない?」
「ん……? そうね……」
 ママがジュエリーを扱う売り場に行きたいと言ったので、私は一緒に行った。
 ――どれも高いんだけれどぉ……。
「どれにしようかしら……」
 ママはとても楽しそう。
 私はちょっとケースを見ていて、ママが好きそうなかわいいペンダントを見つけた。
 ――これなら……ペンダントトップだけなら買える。
「ママ。こういうの、好き?」
「うん、好き!」
 ママはにこにこと笑う。
「わ〜! 留姫ちゃんが選んでくれた♪」
 と、店員がケースから出してくれたそれを試着してみる。
「似合う?」
「うん」
「じゃ、――これにします」
「待って! ダメ!」
「?」
 ママがきょとんとした。
「ダメ?」
「あの、ほら……私、こないだ初バイト代入ったじゃない? だから……私が払うから!」
 ――うっわ〜! 恥ずかしい!
 けれど、
「ママ……!?」
 ママが突然泣き出したのでびっくりした。
「ちょっと、ママ! なんで?」
 ママは子供みたいに「え〜んっ…」と泣く。周囲が驚いて振り返る。細波のようなざわめきが微かに耳に届く。ママの名前を言っている。「ほら、モデルの……」とか、「ああ、あの……」とか、「あら、どうしたのかしら……?」とか……。
 ――ひええ、勘弁してよ!
 私は唖然としている店員さんに
「それ、下さい!」
 と頼む。店員さんは急いでそれをケースに入れ、ラッピングして、小さい紙袋に入れてくれた。
 ――あぁ――っ、ペンダントトップだけのはずが……!
 私は仕方なく財布からお金を出した。お釣りとレシートを受け取り、ママの手を引いて移動する。
 店内にあるベンチに連れて行く。ママはまだ泣きじゃくっている。
「もう、なんで泣くのよ!」
「だって、だって留姫ちゃんが……」
 ――感動のあまり泣きますか?
「もおっ! それぐらいで泣かないの!」
 紙袋を渡すと、ママは大切そうにそれを抱き締めた。まだ泣きじゃくる。
「だって、留姫ちゃん……こんなこと考えているなんて……」
 ママは涙で濡れたままの顔でにっこりと微笑んだ。
「ママの宝物にするわね!」
 さっそく箱を開けようとしたので、まずお手洗いで崩れちゃった化粧を直すように勧めた。
「そうね!」
「じゃ、ここで待っているから」
 ひらひらと手を振ると、ぐったりとベンチにもたれる。
 ――ま、いいか。喜んでくれたんだから。
 私はベンチから下を見下ろす。ベンチの背面から向こうは、床から天井までのガラス貼り。駅や街並みが見え、歩いていく人が見える。ここは五階だから、見晴らしが良い……。
「――って、レナ!?」
 思わず声を上げていた。ずっと下のコンコースを、レナが歩いている。間違いない!
 私は急いで携帯電話を取り出した。
 レナだと思った人影が立ち止まる。――やっぱり!
『留姫?』
「レナ? あのね、今、どこにいると思う?」
 デパートの名前を告げると、レナは驚いている。
「レナも買い物?」
『これからバイト』
「え……」
『こないだ話した、レストランの……』
「そっか……」
 ――な〜んだ。
「バイト、頑張ってね。どこのお店? 名前、教えて?」
 レナが教えてくれた名前は、ちょっと難しい。スペイン語かイタリア語か……そんな感じ。
「じゃあね」
『ああ。また……』
 私は携帯電話の通話ボタンを切った。
 ガラス越しに見えるレナの姿は、また、歩き出した。それを目で追っていたけれど、やがて建物の影になって見えなくなった。
 ――バカみたい、私……。
 ママと一緒にいるんだから、レナと会ったり話したりなんか出来るわけがないじゃないの。
 帰ってきたママが、申し訳なさそうにうなだれる。
「ごめんなさい。遅くて……」
「え?」
「留姫ちゃん、怒っている?」
「ち、違うよ。えっと、ほら……お腹空いたよね?って……」
 ママは聞いた途端、笑顔になる。
「お食事にしましょうか?」
 少し前屈みになったママの首元で、ペンダントが揺れる。
「美味しいお店、行きましょう。予約しておいたの♪」
 ママが告げた店の名前は、今さっきレナが教えてくれたものと同じだった。



 イタリア料理のレストランに着いた。店内に案内される。
 私はすぐに、驚いているレナを見つけた。
 ――ごめん、バイトの邪魔するつもりはないんだけれど……。
 ママに合わせて、ランチのコースを頼んだ。
「? どうしたの?」
 ママが不思議そうな顔をしている。
「あ……えっと……とても広いお店なのね。なんか落ち着かない……」
「え? 他のお店が良かったかしら?」
「ううん、そんなことない」
 ――落ち着いた内装のこのお店が、どう考えてもファミレスには見えないことに驚いているのよ!
 てっきり、レナのもう一つのバイト先のレストランって、ファミレスとかカジュアルっぽいものだと思っていたから……。
 レナが何度か食事を運んでくれた。
 ――気になって食事に集中出来ない……!
 それでもなんとか食事を終えた。
 お店の他のテーブルからの視線をとても感じる。やっぱり気になるみたい、うちのママ、目立つから……。
「ねえ、留姫ちゃん」
 ママはとても機嫌が良かった。
「留姫ちゃんは将来、何になりたいか、まだ決まらない?」
 ちなみにママが私に希望する職業は、ママと同じモデルだ。
 私はふと、悪戯心を起こした。
「そうね……」
 レナがちょうど、私達のテーブルに来た。お水の少なくなっているワイングラスに、水を注ぐ。
「私、お嫁さんにはなりたいかも……」
 レナは――平然と水を注いでいる。
「そうね、留姫ちゃんなら、ウェディングドレスもきっと、とても似合うわ。どんなのが似合うか、今からとっても楽しみね!」
 実はママのもう一つの夢が、私のウェディングドレス姿を見たいというものだった。白無垢でもいいらしい。お色直しは二回以上させる気らしい。着せ替え人形じゃあるまいし!
 そしてもちろんママは、
「今度、留姫ちゃんが好きな人と会ってみたいな……」
 と、言い始めた。
 レナの手が、一瞬空中で止まった。けれども、すぐに私達のテーブルから離れる。
「ねえ、その人って、かっこいい?」
「教えない」
「ケチ」
「だって……私、その人のことまだよく解らないんだもの。こないだ好きって言ってくれたけれど」
「え!? どうなったの、その後?」
「何もないよ。――今度、もう一度、ちゃんと訊いてみるつもり」
「そうなの……楽しみにしていようっと」
 ママは終始、ご機嫌だった。
 席を立ってお店から出る時、わざとレナの前で立ち止まった。
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
 私はすまして微笑んでみせた。
「ありがとうございます」
 そう言うものの、レナの目が戸惑っている。
 お店の外に出ると、ママがさっそく話しかけてきた。
「やっぱり留姫ちゃんも気になった? 今の人、とても素敵だったわね!」
「うん。でも、ママは二度とあのお店に行っちゃダメ」
「え――? どうして?」
「だってきっと、気にすると思うよ? 仕事の邪魔になるじゃない?」
「邪魔……?」
「あのね――今の人よ。私がクッキーあげた人って」
 教えたとたん、ママがくるっと振り向いてお店に戻ろうとするので、ママの腕を押さえた。
「ちょ、待って!」
「ひっど〜い! どうして教えてくれないの! ママ、挨拶もしていない〜!」
「お店に来た客から挨拶なんか出来ないじゃないの! あんないい雰囲気のお店で」
「ええ……だってぇ……」
 ママがしょぼんと肩を落とした。
「だって……留姫ちゃん、告白されたんでしょ?」
「うん、でも……ちゃんとその時、話とか出来なかったの……」
 自分で言って、――気付いた。
 ――話がしたい、って……。
 以前にレナからもそう言われた。『話がしたい』って。
 ――もしかして、そういうことなの……?
「未来のお婿さんになってくれるといいなぁ!」
 ママは、はしゃぎながら歩く。
「あ、ちょっと……早く歩かないでよ!」
「ごめんね〜」
 ママと一緒に歩き始めた。



 夜遅く、そろそろ眠ろうかと思っていた時に、レナから電話がかかってきた。
『驚いたよ。なんで突然……』
「偶然だったら。事前に予約入っていたでしょう?」
『ああ、後で調べたら入っていて驚いた。他のスタッフの間では話題になっていたらしい』
「そうなの?」
『――留姫のこと、……訊かれたよ』
 レナの声が少し不機嫌になる。
「同じバイトの人から?」
『ああ。知り合いなら紹介しろ、と』
「ふ〜ん……かっこいい人?」
『留姫……っ』
「冗談だってば! ――ねえ、レナ……明日もバイト?」
『昼間は……』
「それって何時頃まで? 明日、レナと会って話したいの」
『……』
「……ダメ?」
『夕方ぐらいになら、帰宅出来るけれど』
「家に行っても……いい? こないだの本、借りてくるの忘れたから……」
『ああ……』
 電話を終えて、携帯電話をテーブルの上に置いた。
 ――よし。明日、会ってはっきりと伝えよう!

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