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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編6(改訂版)
【お知らせ】
 2010.4/28に前回に当たる第3部6を掲載しましたが、第3部7を執筆するにあたり、どうしても加筆したくなりました。
 直接展開には関わらない部分なのですが、留姫とママの会話と行動、タネモンさんの行動などを加筆し、改訂版として再掲載します。どうぞ御了承下さい。

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 病院の外に出ると、日差しの眩しさに手をかざした。夕方の時間だけれど真夏なので、西に傾いた陽光はまだ明るい。
 ケータイで路線検索してくれたママが
「地下鉄を乗り継いで家に帰りましょう」
 と提案した。
「了解。どっち?」
「地下鉄の入り口はこっちね……」
 私達は歩き出した。
 道路はひび割れ、アスファルトが握りこぶしぐらいの大きさ程度、盛り上がっている場所もある。つまづいて転ばないように気をつけながら歩いた。
 街路樹が倒れているところもいくつかあったけれど、通行の妨げにならないよう、車道の脇に寄せてある。人通りはまばらで、車の通りも少ない。
 やがて、大きな公園の横を通る。春は桜の名所の、芝公園。
「静かね……」
 私はやるせない気持ちで呟く。するとママが
「今日は日曜日でしょう? ここはオフィス街に囲まれているもの、会社勤めの人達はあまり出てきていないと思う。もちろんこの辺りに住んでいる人もいるでしょうし、休日なら都心に遊びに来ている人も観光客も多いでしょうけれど、さすがにこの状況で観光も何もないわね……」
 と言った。
 私もそれを思い出し、周囲を改めて見回した。近くに東京タワーが見える。
「御成門駅は東京タワーの最寄駅だったわね」
「東京タワーといえば――こないだの騒ぎで、大きなデジモンが体当たりして傾いたそうよ。もっと街が落ち着いたら傾きを直す工事がされるのかしら……」
 ママはそう言い、東京タワーを眺め、
「まさか建て替えはしないでしょうし……どうなのかしら? 『ピサの斜塔』みたいになっても、東京タワーってあの形だもの、傾きは似合わないわ……」
 と、最後の方は私に向けてではなく、呟くように言った。
 私は、
 ――デジモンが? そういえばそんな話、どこかで聞いた……。
 と気づいて思い出そうとしたけれど、何も思い出せないのですぐに諦めた。
 ママは
「増上寺って覚えている? ほら……いつか東京プリンスホテルでディナー食べたでしょ? 近くにあったあの大きなお寺の瓦も崩れたそうよ……」
 と、いろいろ教えてくれた。
 それを聞きながら、
「東京プリンスホテル? うーん……そうね、覚えているわ……」
 と、私は頷く。
 いつか……私が乗り気じゃなかった時に、ママがどうしてもと譲らなくて、無理に連れて行かれたっけ。小学生だったかしら。あの頃は……。
 ママが何かの記念で……ううん、お祝いだったかしら? その辺りは覚えていないけれど、ホテルのお料理はもちろん美味しくて……雰囲気も素敵だったけれど、私はそれどころじゃなくて……。たしか、クラスの友達とケンカして……ケンカの理由なんて覚えていないから、たいしたことじゃなかったのかしらと思うけれど……。
 私は、隣を歩くママを見上げる。
 私のママは、私が物心ついた時にはすでに、『モデルの牧野ルミ子』だった。ファッション誌、テレビ番組、たまに映画と、日本国内、そして海外と家にいないことが多かった。今だってこうして、ニューヨークから帰国して……予定していた仕事を終えたから帰ってきたと思うけれど、ママの性格ならきっと私の事を最優先で……急いだと思う……。
「ママ……」
「なあに?」
「ねえ、どうして来たの?」
「え?」
 ママは、びっくりした顔をしている。
 私も、どうしてそんなことを言ったのか、自分のことなのに解らない。
「えっと……」
 私は考え込んだ。自然と、歩みを止めた。
 ママも立ち止まる。
「どうしたの? 留姫ちゃん?」
「ううん、なんでもない……」
 私は戸惑い、また歩き出した。
 ママは……いつも私のことを大切に考えてくれているのに、元々が子供っぽくて、自己中心的で……。私が着たい服も、結局はママの好みを押し付けられることもあったし、行きたかった遊園地もママのスケジュールの都合で当日ドタキャンだってあったし……。
 ママはすぐに追いついて、私の隣を歩く。そして、
「『ママ』だから」
 と言った。
 何を言われているのか解らなくて、私は
「何?」
 と、訊き返した。
 ママは私に笑みを向ける。
「留姫ちゃんの『ママ』だから、早く会いたかったの」
 と、ママは言った。そして、すぐにまた前を向く。
「……ちょっと恥ずかしい」
 照れ笑いを浮かべるママは、アスファルトの凹みに足を取られて転びそうになり、
「あ……びっくり!」
 と、声を上げる。
 私はそんなママを、ちょっと不思議な、なんだかふわっとした気持ちで見つめた。
 私はママと性格も好みも行動パターンも違うから、嫌いというか、ママと行動することとか、何か言われることとか、とにかく全てに反抗的になった時期もあるぐらい、嫌だった。
 それなのに、こんな気持ちになったのって初めて。でも照れ臭いから、ありがとう、だなんて言えない。
 それとも私が大人になって、寛大な心でママを見ることが出来るようになったというわけ? ……ううん、止めよう。そんな風に考えるほど、私は性格曲がってないわ。



 都営三田線の御成門駅に向かうと、地下鉄の入り口が近づくにつれて、私は目を瞠った。
「うそぉ……使えるの?」
 柱も! 壁も! あちこちにひびが入っている。地下鉄の入り口は崩れてはいないけれど、私は不安になった。
「ここは使えるみたいね。都内では使えない場所も多いみたい」
「そうなの……」
「ええ。留姫ちゃん、心配しないでね。封鎖されていないから安全確認は取れているでしょうし、崩れた部分も除去されているし……」
 ママに言われて、地下鉄の改札口へと続く階段を覗くと、制服を着た駅員らしき人の姿も見えた。
 ママが手を振り、
「使えますか――?」
 と大きな声で問いかけると、
「徐行運転を行っています! 足元にお気をつけ下さい」
 と、駅員さんが応えてくれた。
「よし! 時間がかかっても家に帰れるわ。さあ、帰りましょう!」
 ママはそう言って、私を促し、先に歩き出した。階段を数段下りてから振り向き、
「ほら、大丈夫よ」
 と私に頷いてみせる。
「……そんなに怖がってないものっ」
 私はちょっとムッとしたけれど、そんな私を待っているママは、にこにこと微笑んでいた。
 ママの後に続いて階段を下りる。
 崩れて片側通行になってしまっている通路もある。壁の崩れた部分は撤去されて、近づかないように工事現場でよく見かける赤い三角コーンが置かれて、進入禁止と印刷された黄色いテープが貼られている。
 ひび割れから地下水が流れ出している壁もあるけれど、応急処置がされている。ごみ回収に使われる大きな透明ビニール袋を切り開き、床が水浸しにならないように貼られている。こういう場所の床は濡れると滑りやすくなって転倒の危険があるからだと、直感的に思った。
「すご……い……」
 思わず立ち止まり、呟く。
「留姫ちゃん」
 呼ばれて、慌ててママの所に急ぐ。ママは少し先で私を待っていた。
「大丈夫よ。突然崩れることはないと思うわ」
「うん。そこまで心配しているわけじゃなくて。解っているから……」
 頷きながらも、私は何を解っていると言いたいのか……実は解らない。
 デジモンがウイルスに感染して暴れた。その痕跡がこんなにあちこちにあって……実際に見れば誰でも驚くと思う。私がこれだけ驚いているんだから、例えば……アリスが見たらどう思うかしら? 泣いちゃうかもしれない……。
「明日からまた平日だから、ここの駅を使う会社勤めの人達は大変でしょうね」
 ママが言った。
「そうね。でも、今はまだ夏休み中だものね、ちょっとは……あ! そうそう! 思い出したわ。新聞に載っていたわ。読んだの。成田空港の滑走路がひび割れって……」
「そうよ。夏休みに海外に行っていた人達、大変なのよー」
「それなのにママ、よく帰ってきたわね」
「ええ。応急処置で補修工事が行われた後だったみたい。運が良かったわー」
 自動改札口近くの切符売り場で、ママに
「ママ、私切符買いたいの。……というか……お財布失くしたみたいで……」
 と頼んだ。
「失くした?」
 ママはとても驚いている。すぐに切符を買ってくれて、
「バッグは無事で、お財布だけ失くしたの? ケータイもあるのに?」
 と、慌てた口調で私に訊ねる。
「うん……気づいたら入っていなくて……」
「お財布の中身は?」
「えっと……お金は……いくら入っていたか覚えていないけれど……三千円ぐらいかしら? あとは、ドラッグストアのポイントカードとか……」
 私は高校生だから、クレジットカード類は持っていない。銀行のカードも入れていなかった。だってバイトに行く時は、自分の高校の最寄駅だから定期券があれば……。
「お財布は失くしたけれど、生徒手帳はあったわ」
 ママにそう伝えると、ママは
「生徒手帳は再発行出来るでしょう。それより、お財布! 本当に銀行のカードは入っていなかったのね? 現金だけ? それで……三千円ぐらいって!」
 と、私を叱るように言った。
「ママ! 私は旅行に行ったわけでも、準備する時間があったわけでもないのよ!」
 さすがに、私はきつくそう言い返した。
「そうだったわね、ごめんなさい……」
 ママはしゅんとしてしまった。
「もう、いいわよっ。ほら、行こう! 」
 私はママを促し、自動改札を通った。
「私だって……今から思うと微妙な気持ちになるもの。もちろん、お金を使うことなんか一度も無かったけれど。お金よりも、そう……身分証明出来るんだから生徒手帳のほうがましだと思うわ」
 ……生徒手帳にレナからのメモが入っていることは、絶対に言わない。
「ごめんなさい。ママ……留姫ちゃんがあまり元気だから、辛いことがあったのについ忘れてしまったわ……」
「う…ん……辛かったというか、まあ……。とにかくもういいわ、気にしないで……」
「そうだわ! ママが使っていないお財布が家にあるから、とりあえず貸してあげる! 貰い物で新品が三つぐらいあったから、選んで。新しいお財布はちゃんと、また今度買いに行きましょうね? 留姫ちゃんの好きなものを買ってあげる」
「え? いいわよ、そんな……」
「ううん、ごめんなさいの気持ちだから! ママが勝手に選ぶと、留姫ちゃんは嫌がるじゃない?」
「ごめん、ママの好みは嫌だから! 私、財布でピンク色は苦手だからね! パステルカラーもダメだから! リボンついていたり、刺繍されていたり……キラキラのラメ入りやスパンコールものとかは絶対苦手だから!」
 思わず言ってしまったけれど、ママは「知ってるー」と、ちょっと拗ねた顔をする。
「家にあるのは黒色や茶色のお財布だったと思うわ」
「それならまあ、いいけれど……」
 私はほっとした。
 ホームに向かうと、そこそこ人がいた。そしてすぐに電車が到着した。タイミングが良かったみたい。
 電車に乗ると、私は周囲を見回した。席が埋まるぐらいで、どちらかといえば、混んでいる。
 私達は長椅子の端に立ち、ママは吊り革をつかみ、私は手摺りに寄り掛かった。窓の外を、真っ暗なトンネルの壁がゆっくり流れるように過ぎて行く。
「こんなにゆっくりなの? これからしばらくは毎日こんな感じなのかしら?」
「そうみたいね。早く通常ダイヤに戻るといいわね」
 私とママはそう、小声で話した。



 神保町駅で都営新宿線に乗り換えた。その電車はかなり混んでいた。そのうえ、やっぱり徐行運転だった。
 結局、距離から考えて三十分はかからないはずが、一時間ちょっとぐらい時間がかかって到着した。
 すっかり夕日が沈み、外灯が灯る久しぶりの自分の家は、とても懐かしく感じた。
「こんな家だった?」
 と、ママに訊ねてしまうほどだった。
 ママは頷く。
「そう思う? そうなのよ、ママもなの! 海外ロケから帰って来る時っていつもそうよ。『こんな家?』って思うわ。とても新鮮に感じるの」
 そう、まるでそんな感じ。もっとも、私は今まで海外旅行なんて二、三回ぐらいしか経験ないけれど。
 私の家は、今では珍しい日本家屋の造りをしている。縁側があり、平屋建て、瓦屋根の家。玄関にあるのもドアじゃなくてガラスのはめられた引き戸だ。そのうち、ドアに改装しようという話は出ている。防犯対策でどうしても、とママが言ってきかないの。これでも警備会社に防犯登録してもらっているのに……。
 引き戸の向こうに、人の気配を感じる。おばあちゃんだ! そしてたぶん、誰か……近所の人が来ているみたい?
「ただいま!」
 お客さんが来ているのなら鍵はかかっていないと思ったので、私は引き戸を開けた。
 狭い玄関は満員状態だった。
「お帰りなさい」
 おばあちゃんが私に笑いかけたけれど、私は目を丸くして思いっきり叫んだ。
「どーしたの!」
 そこには、良く知っているデジモン達が、デジモンの姿のまま、いた!
「よお」
 と、ベルゼブモン。ようやく来たか、という顔をしている。この玄関は窮屈そう。
「プゥ、プゥ!」
 と、ロゼモンさん……が、退化した姿のタネモンさん。
「夜分遅くに申し訳ない……」
 と、……ええっと、見慣れないデジモンもいる! 小さくてかわいい姿! ぬいぐるみみたい。茶色い短い毛がつやつやなめらか。大きな耳で、つぶらな瞳。
「ええと、ベルゼブモン、タネモンさんは解るけれど……初めまして。どちら様ですか?」
 私は少し緊張しながらそう訊ねた。すると、
「我はアンティラモン。今は退化してロップモンと名乗る」
 そう言われ、私は大きく頷いた。
「『元・アンティラモン』なのね! 退化すると全く姿が変わっちゃうのね!」
「こちらの姿でもよろしく……」
 『元・アンティラモン』のロップモンは苦笑いする。
 私は三人をそれぞれ、改めて見る。
「ええっと……どうして? あ、その前に、こんばんは!」
 急いで挨拶する。
 おばあちゃんが
「わざわざご挨拶に来て下さったのよ」
 と、手招きする。
「挨拶って……?」
 私は瞬きをした。
「我々の捜査に協力していただき……危険な目に合わせてしまい、本当に申し訳ない……」
 ロップモンが深く頭を下げる。
「ええっ!」
 私は急いで首を横に振った。
「何で? 今さらじゃない。そんなこと……」
 一緒に戦った仲間だと思っているのに、そんなことを言われて困惑した。戦いもとりあえず終わったから? だから他人行儀な挨拶をされちゃうわけ? えー!?
 急に……彼らが遠い存在に思えてきて、私は慌てた。
「せっかくでしょ。夕食を一緒にいかがかしら?」
おばあちゃんが家の中に三人を案内しようとする。
 それをベルゼブモンが
「いや、悪ぃから……」
 と遠慮する。
 思わず私は
「遠慮しなくてもいいわよ!!」
 と大きな声を上げた。
「何で? アンタらしくない! おばあちゃんの御飯、とっても美味しいわよ! ちょっと食べて行きなさいよっ!」
 早口でそう言った。皆との縁がここで切れてしまいそうな気がして、必死になった。
 けれど、
「プップ!」
 とタネモンさんが困ったように声を上げる。
「え? タネモンさん、何て? ダメって?」
 タネモンさんから拒否された?と思って、タネモンさんの隣にいるロップモンに助けを求めると、すぐに通訳(?)してくれた。
「恐らく、『ベルゼブモンは大食いだから、危険よ!』と言っているのだろう。『ちょっと』ぐらいじゃ足りないから」
「拒否したわけじゃなくて?」
「拒否? とんでもない! 本当に……その、迷惑をかけるわけにもいかないし……! 我々の印象を悪くするわけにはいかないから! ――留姫はその辺りのこと、何も聞いていない?」
「そうなの? ううん、知らないわ。でも、えっと……そんなに大食いなの?」
 ベルゼブモンを見上げると、
「皿やテーブルぐらいは残すぞ」
 と、堂々と言われた! これはかなりヤバそう!
 私はおばあちゃんに
「また今度にした方がいいわ!」
 と答えた。
「今夜は天ぷらだから、追加で作れるのよ。ご飯も追加で炊きましょうね。留姫がお世話になったんだもの……。さあ、御上がり下さい。留姫、案内してちょうだい」
 そうおばあちゃんは言った。結局、ベルゼブモン達はうちで夕食を食べることになった。
 ベルゼブモンは早々とブーツを脱いで上がりこんでいる。天井に頭をぶつけないよう、少し屈んでいる。
「アンタ、その面倒臭そうなブーツをいつ脱いだの?」
「腹減っているからな」
「……あ、そ」
 素早い!と呆れた。
「すまないな……腹四分目ぐらい世話になるぞ」
「アンタ、普段はどれぐらい食べるのよ?」
「気にすんな」
 ベルゼブモンは機嫌が良いみたい。
 客間に案内する。廊下は天井までの高さが充分あったけれど、和室の鴨居に頭をぶつけないようにベルゼブモンはまた屈んで部屋に入る。そして私に、
「具合はどうだ?」
 と訊ねた。
「具合? 私?」
 私は訊き返した。
「検査受けたんだろ? どこか調子悪いとか、気分悪いとか、眩暈や息切れとか……些細なことでも気をつけておけよ」
「あ……うん、まあ……今のところは大丈夫。元気よ」
「そうか? それなら、いい」
「心配してくれてありがとう。ところで、アイちゃん達は?」
「……は?」
 ベルゼブモンが今度は訊き返す。
「『は?』じゃないわよ。アイちゃん達は元気なの?」
「……元気なんじゃねぇか?」
 歯切れが悪い言い方で、ベルゼブモンは少し不機嫌になる。
「何よ、その言い方は?」
「こっちの身の危険を感じるぐらいだぜ」
「え? 意味解んないこと言わないでよ」
「解んなくていいだろ。んなこと……。――何か言われたのか?」
「アイちゃんから? 連絡特にないけれど……」
 アイちゃんの話を振っただけなのに、ベルゼブモンはどんどん不機嫌になった。
「怒んなくてもいいじゃないの。ケンカでもしたの? ……あれ? タネモンさんとロップモンがいないわ」
ついて来ていると思っていたのに、タネモンさんとロップモンの姿が見当たらない。
「どこ? ――まさか!」
 玄関に引き返すと、
「かーわーいーいー!」
 と、ママがタネモンさんとロップモンを両脇に抱えて大フィーバー中だった。
「ママ! お客さんよ! 二人とも私よりも年上なんだから、失礼でしょ!」
 私はママから二人を取り上げて、客間に案内した。
「ほんっとーに、すみませんっ!」
 平謝りに謝ると、タネモンさんは
「プルゥ、プ、プッ」
 と、にっこり微笑む。大きな双葉を振りながら、座布団の上にちょこんと座った。
「タネモンは気にしてないようだから大丈夫。我も大丈夫だから気にしないで」
 ロップモンさんはぼさぼさになったおでこの毛並みを手櫛で撫でつけながら、苦笑する。
「うちのママってば本当にもう! さっきもポコモンを驚かせて……」
 と私は話した。
 ロップモンは驚いて、小さくて円らな黒い目を瞬きする。
「ポコモン? キュウビモンから退化したの?」
「あ……いいえ、そうじゃなくて。具合が悪いとかじゃなくて、ただ、ポコモンの姿だったらママが驚かないと思ったから頼んで退化してもらって……」
 事情を説明すると、ロップモンは安心したみたい。
 そういえば、と私はベルゼブモンに訊ねた。
「ベルゼブモンは退化しないの?」
「オレが? ああ、病院では退化していた」
「え? 病院って? ベルゼブモンもレナモン達みたいに検査受けていたのね」
「ああ。検査中は退化していろって言われてよ。エライめにあった」
「そうなの?」
 隣でロップモンが苦笑して、
「アイちゃんから逃げ回って大変だった」
 と教えてくれた。もちろん、ベルゼブモンはすかさず、
「うるせーぞ!!」
 と言った。
「もしかして……アイちゃんはベルゼブモンが退化した時ってどんな姿なのか、知らないの?」
「ああ。めんどーくせぇからな。アイもお前の親と同じ反応するだろうから」
「そうね、かわいいもの大好きだったものね。――ふーん、そっかぁ……」
 私はとぼけて、
「じゃあ、口止め料♪ いくらもらおうっかな?」
 と言った。
「テメ…ぐあっ!」
 ベルゼブモンが「テメエェェェッ!」と私を怒鳴ろうとしたら、タネモンさんが瞬時に飛び上がり、ベルゼブモンの後頭部をパァァァンッと、頭に広がる大きな双葉で叩いた!
「いって…………」
ベルゼブモンは後頭部を両手で押さえて呻いている。
「あ……ありがとうございます」
 私はタネモンさんの素早さに驚いた。
 タネモンさんは私の隣で、何事もなかったかのように、にっこりと無邪気に微笑んでいる。
「タネモンさんって、退化して今は……えっと、成長期のデジモンなの? レナモンと同じ?」
「いや、それより1ランク下の幼年期だ」
「すごーい……」
 タネモンさんったら、ベルゼブモンをブッ叩くなんて……! しかもハリセンで突っ込み入れるみたい! 素早いし、威力もあるみたいだから『双葉ハリセン』とか、技名付けてもいいかも……。
 私がのん気なことを考えていると、
「レナモン達は元気なのかよ? 検査はまだ終わっていないんだろ?」
 まだ後頭部をさすっているベルゼブモンが訊ねた。私は頷き、
「そうよ。ベルゼブモン達は終わったのよね?」
「オレはまだいくつか残っている。ちょっと出て来たんだ。許可は取ってあるぜ」
「そうなの? こっちは大変だったのよ。ドーベルモンさんとアリスがケンカっぽくなっちゃって……」
 ふう、と溜息をついてそう言うと、三人は顔を見合わせた。
「何があったんだ?」
 ベルゼブモンに訊かれ、私が話し始めようとしたちょうどそこに、
「さあ、召し上がれ!」
 おばあちゃんが大皿に山盛りにされた天ぷらを運んで来てくれたので、話を中断して夕食にしようということになった。



 ベルゼブモンは本当に良く食べた! でも、腹四分目と言っていたから、これでも少なめなんだと思う……凄い!
 もっと凄いと感心したのは、彼らが話してくれた――私達の住むリアルワールドとデジタルワールドの時差を調整するための『調整月』のこと!
「ええっ! もうデジタルワールドでは十八日も経ったの!」
 私は海老の天ぷらを喉に詰まらせそうになった。喉の変なところに天ぷらの衣の欠片が入ってしまい、我慢しようと思っても結局、むせて咳き込んでしまった。
「ププゥ、ルゥ?」
「……すみません、大丈夫で…す。それにしてもすごいんですね! タネモンさんがデジタルワールドの病院を退院して、十一日も経っているなんて……」
 私は心配してくれたタネモンさんに感謝しつつ、
「それで? 今はどんな状態なの?」
と、ロップモンに訊ねる。
 ロップモンは頷き、
「今は混乱も収まり、リアルワールドの復興に協力しようと対策が練られている」
 と教えてくれた。
 デジタルワールドの病院で検査を受けて退院した後にそれぞれ、ロップモンは十二神将の手伝い、タネモンさんはメタルマメモンさんのデジタマのお世話をしているという。
「ロップモンは十二神将に戻ってもいいんじゃないの? だって、ファントモンも見つかったんだもの。盗まれたデジタマって、まだあるの?」
 ロップモンはサツマイモの天ぷらを取ろうとしていた箸を止め、手元に戻す。
「いや、盗まれたデジタマ達の行方はこれで全て判明した。けれども……我の心の整理がつくまでは、もうしばらくかかりそうだ」
と、言葉を濁す。
「仕方ないよね……」
「留姫にも心配をかけてすまない」
「ううん、気にしないで。――ところでメタルマメモンさんのデジタマは順調に回復……しているんですか? ええと、あの卵の状態でも、そういう風に言ってもいいのかしら?」
訊ねながら、自分の言い方が間違っているように思えてきた。
「ええっと……というか、メタルマメモンさんが今はデジタマの状態だから……」
 タネモンさんは「ププッ」と微笑む。
「お前、メタルマメモンのデジタマって言ったら、まるで子供出来たみたいに聞こえる……」
 そう茶化そうとしたベルゼブモンに、タネモンさんは『双葉ハリセン』を繰り出す。さっきより凄い、パァァァァァァンッという音が響いた。
 ちょうどそちらは見ていなかったおばあちゃんとママが、「何?」「今の音は?」ときょろきょろしている。そのうち、首を傾げながらまた食べ始める。
 メタルマメモンさんの様子は良いらしく、ベルゼブモンは「いてぇ」と後頭部を擦りながら、
「アイツのことは心配いらねーよ」
 と、何でもないように言った。言葉どおり、心配はいらないんだと思う。
「それならいいけれど……」
「メタルマメモンよりも、ドーベルモンとアリスのことの方が驚くぜ。――ドーベルモンがそんなに強くなったのなら、今度バトルしてぇな……」
「デジモンってそんなにバトルしたがるもの?」
「いや、俺が戦いたいだけだ。全部のデジモンが、ってわけじゃないだろ。レナモン見ていれば解るだろ?」
「そうね……」
「――ああ、そうだ。ケータイの番号、教えろ。それを訊きに来たんだ。病院に行ったら、お前はもう帰ったって聞いたから」
 と言いながらベルゼブモンは箸を私に向けたので、ロップモンとタネモンさんから「マナー違反だ」「ププゥプッ!」と怒られる。
「あら、そうなの? じゃあ私達、先回りされちゃったの? まあ……」
 実は同じテーブルで食事していたママが驚いている。
「ベルゼブモンは空、飛べるもんね……」
 私は納得した。ロップモンとタネモンさんを抱えて飛んできたんじゃないかしら。
「飛べる?? そう……?」
 ママはベルゼブモンの姿を見て、首を傾げる。今は黒い羽のある姿じゃないものね……。
「ケータイの番号はオッサン達から教えてもらってもいいんだろうけれど……」
 とベルゼブモンが言うと、ロップモンも頷き、
「個人のことだから、本人から直接教えてもらう方が良いと思って……」
 と言った。
「了解。――ごちそうさま!」
 私はちょうど食べ終わったので、後ろに置いていたバッグからケータイを取り出した。
「あら。アリスから?」
 メールが来ていることに気づいた。受信フォルダを開けて読む。『家に着いた?』という内容に、ベルゼブモン達と会ったことを手短に書いて、返信した。
「何かあったのか?」
「なんでもないわ。私、家に着いてからメールするつもりだったの。まだだったから……」
 怪訝そうな顔のベルゼブモンにそう答え、ふと、私は肩をちょっとすくめる。
「さっきから、アンタとばっかり話しているわねー」
「あっちがああだから、しょーがねえって……」
 ベルゼブモンはロップモンとタネモンさん達の方を見る。食事を終えていた二人は、すっかりテンションの上がっているママの相手をしてくれていた。



 夕食後、おばあちゃんが「デザートにスイカもあるから」、と席を立った。
 ママはロップモンとタネモンさんと楽しそうに話していたけれど、ケータイが鳴ったので残念そうに席を外す。仕事の連絡みたいだからそちら優先じゃないと。
 私はスイカを運ぶのを手伝おうと立ち上がりかけた。
 ベルゼブモンがすかさず、
「本題なんだが……」
 と呼び止める。
「さっきまでの食欲は前座ってこと? 私のスイカ、半分あげるわ」
「茶化すなよ。重要な話だ」
 と、ベルゼブモンはちょっと嫌な顔をしたけれどすぐに話し始めた。
「ちょっとまずいことが起きてな……」
 と言ったので、
「病院でマスターから聞いたけれど。『サイクロモンの手』のことでしょ?」
 と私は訊ねた。
「そのことは聞いていたのか? そっか……」
 とベルゼブモンが頭をガシガシッと掻く。
「細胞のデータからってことは、『サイクロモンの手』だって何本もあるかもしれないじゃない。クローンってわけだから。探してもすぐ見つからないだろうから、大変よね……」
「そうだ。でも心配ばっかりしていても始まらねぇし、なるようになるさ」
 ベルゼブモンは頼もしくそう言ったけれど、
「そうなったらオレも暴れ甲斐があるってもんだ」
 と付け加えたので私は呆れた。
「あれだけ暴れまわっていたじゃない」
「デジモンはバトルしてなんぼのもんだ」
「あのねー!」
 私は心底呆れた。当然、けろっとした顔でベルゼブモンは話し続けると思ったのに、
「そういうもんだ。――戦えねぇのは辛い」
 ベルゼブモンは突然マジな顔でそう言った。もちろん私は驚いた。
「な……何よ。アンタらしくない言い方ね。デジモンが戦うことが出来なくなるのって、そんなに重要なことなの? それともアンタだからなの?」
 ベルゼブモンはロップモン、タネモンさんの方をちらりと見て、彼らが小さく頷くのを確認する。
「まだ正式に決まったわけじゃないんだが、」
「何?」
「メタルファントモンは戦闘能力を封じられることになりそうだ」
「え?」
 私は思わず訊き返した。
「どういうこと? 戦っちゃダメって言っても、あれだけ強いんだもの、無理でしょ。今だってメタルファントモンのままの姿でしょう? リリスモンさんと一緒にいるんでしょう?」
「ああ。リリスモンはデジタルワールドの病院で順調に回復しているらしいが、意識はまだ戻らねぇ。メタルファントモンの野郎は困ったことだが、まだ治療って段階じゃねぇんだ」
「メタルファントモンも治療が必要なの? どこかケガしていたっけ?」
「おいおい、忘れたのかよ。ファントモンの姿の時にデータ崩れっぱなしだっただろ?」
「ああっ!」
 私はびっくりして腰を浮かせた。
「メタルファントモンの姿になったら、あんな風になってなかったじゃない。あれって、姿が変わったついでにケガも治ったってことじゃないの?」
「そんな都合いいわけねぇだろ」
「ええっ、でも……だったら、ケガしているように見えなくても、本当はすごく危険な状態だってこと? そんな状態で戦っていたの?」
「人間には見たままでしか解らねぇだろうけれど、そういうことだ。それなのにリリスモンの傍を離れようとしねぇ。そこが問題になった」
「えっと……何で問題って言うの? リリスモンさんの傍にいたいってことでしょう?」
「リリスモンは七大魔王って呼ばれるデジモンだ。オレもそうだが目立つと、出る杭打たれるっていうか、ややこしいんだよ。その上、前科者だからな」
「前科って……」
「ほら、直接言われただろ?」
「え? うーん……」
 私は考え込み、
「それって、付き合っていたデジモンが結婚しちゃった、ってあの話?」
 と訊ねた。ベルゼブモンは頷く。ロップモンは深刻そうな顔をし、タネモンさんも困った顔をしている。
「まあ、無理に離そうとしても離れねぇってのは別にいい。リリスモンが目を覚ました時に目が届く範囲にいた方がいいからな。だがメタルファントモンの治療は必要だ」
 私は考える。
「うーん、だいたい解ってきたんだけれど、メタルファントモンを戦えないようにするなんて、いったいどういう方法で?」
「方法はファンロンモンがすでに考えているらしい」
「そう。えっと……なんとなく解ってきたんだけれど、つまりそういうことを私に伝えるためにここに来てくれたの?」
 ベルゼブモンは大きく頷く。
「盗聴されるとやっかいだからな」
 私は瞬きをした。
「盗聴? まさか……。誰がそんなことするのよ?」
 呆れて言うと、
「『サイクロモンの手』なんていうやっかいなものがあるんだ。まだ残党が残っていたとか、新たなヤツが出てくる恐れがある」
「残党? 新たに? うーん……」
 そうだ。考えてみれば、五年前に起きた『バッカスの杯』事件が今回の事件を起こしたんだもの。また新たな事件が起きる可能性は……ある。きりがない。
 私は溜息をついた。
「話しに来てくれて、ありがと」
 ベルゼブモンは麦茶のグラスに手を伸ばす。半分ほど残っていたそれを一気に飲み干した。
「メタルファントモンが退化してファントモンになる場合には、また話も出来るようになるだろうが……」
 と天井を仰ぎ見る。
「リリスモンのこともあるし……面倒臭ぇが、乗りかかった船だ。――おう、でけぇスイカだな!」
 話はそこで止め、皆でスイカを食べることにした。運ばれてきたスイカはとても大きかった。
 そうね……おばあちゃんが心配しているみたいだから、あまりデジモンの戦いのこととか、物騒な話はしないようにしなくちゃ……。



 すっかり夜遅くなってしまったと恐縮するロップモンとタネモンさん、相変わらずの調子のベルゼブモンを玄関の前で見送った。
 ロップモンとタネモンさんはすぐにデジタルワールドに戻るという。
「皆によろしくね」
 私はそう言い、タネモンさんには
「メタルマメモンさん、早くデジタマから進化出来るといいですね」
 と微笑む。タネモンさんはにっこりと微笑んだ。今夜見たタネモンさんの笑顔の中で、一番かわいいと思った。
ベルゼブモンはこれからまた病院に戻るという。
「オレはまだ何日か、新宿の病院にいるから」
 と言われた。
「この近くなの? お見舞いに行くわ」
「検査入院だから来る必要ねぇって」
「そう?」
「お前はレナモン達のところにいろ。アリスのこともある。樹莉はオッサンがいるから大丈夫だろうがな……」
「うん、そうね……」
 そう頷きながら、私ってわりと皆から頼りにされているのかしら?って思えてきた。悪い気はしない。
「じゃあ、またね!」
 私は手を振った。
「おう」
「では失礼する」
「プゥゥル!」
 皆の姿が道の向こう側へと見えなくなって、私は振っていた手を下ろした。
 あんなに賑やかだったから……急に寂しくなった。ただ、それだけよ。明日になったら、またレナモン達に会いに行かなくちゃ。忙しいんだから。しんみりしている余裕なんて無いわっ。
 家に引き返し、玄関の戸に手をかけた。
 ふと、視線を感じて振り向いた。
「?」
 けれどもそこにはもちろん誰もいなかった。
 ――気のせい! 寂しいと思っているからよ!
 私は勢い良く戸を開け、家に戻った。



 翌朝。
 早めに起きようと思っていたのに、目を覚ましたのは八時近くだった。手を伸ばして枕元に置いていた携帯電話を手に取り、小さいモニタを覗き込んで私は悲鳴を上げた。
「嘘ぉ! 寝坊!」
 飛び起きると、私はパジャマのまま台所に走った。開け放たれた縁側から、夏の日差しが差し込んでいて眩しい。今日も暑くなりそう。
「おばあちゃん、おはよう!」
 駆け込むとそこには、いつもおばあちゃんがいる。そこにいなかったら他の部屋にいる。ママがいることもある。だって私の家の台所だもの。当然、私の家族以外がいるわけがない。
 ――そのはずが……!
「おはようございます」
 なんと、アイちゃんがダイニングテーブルの椅子に座っていた!
「……おはようございますっ」
マコトくんもいる。
「二人とも、どうしたの? どうしてここに?」
 アイちゃんはぺこりと頭を下げ、マコトくんは顔を真っ赤にしている。
「……あ……っと、ええと……着替えて来るから、待っていて」
 何か緊急の用があるんだと思う。けれどもまずは、パジャマから着替えなくちゃ!
 私は急いで自分の部屋に戻った。


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