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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編5
 それが何なのかはちょっと聞いただけでは解らないけれど、嫌な予感がした。
「サイクロモンの?」
 レナモンが険しい顔をした。
 ドーベルモンさんも
「どういうことです?」
 と訊ねる。
「サイクロモンの細胞データが、ほんの少しだがここ、リアルワールドに運ばれていたらしい」
 マスターの話に、私達はもちろん驚いた。先に聞いていた樹莉は深刻そうな顔をしている。
「留姫達が入院していたあの病院で、『サイクロモンの手』が現れた。手の部分の細胞データが運ばれていたらしい。我々の目では見ることが出来ない微量のそれが、多少の時間を経て分裂、増殖して形になる……良く出来たものだ」
 マスターは苦々しい声でそう言った。
 ドーベルモンさんが考え込む。
「まるで時限型のコンピュータウイルスだ……」
 その呟きに私は真っ青になった。サイクロモンの恐ろしさと巨大さは嫌というほど知っている。その手だけでも出現しただなんて、恐怖だ!
「昔の作品だけれど――ゾンビが腕だけになっても追いかけて来るっていうホラー映画があったわ。ああいう感じかしら?」
 アリスは震えながらそう言った。
 ドーベルモンさんがアリスの肩に手を置こうとして、けれどためらった。
「ドーベルモンさん?」
「……いや、何でもない」
 それに気づいて私がドーベルモンさんに声をかけたので、アリスも気付く。
「ごめんなさい……」
 ドーベルモンさんを見上げてアリスは言った。ドーベルモンさんは
「大丈夫だから……」
 と、安心させるように頷く。アリスの肩には手を置かず、行き場が無いので車椅子のハンドルに乗せた。
「それで? 病院は無事だったんですか?」
 ドーベルモンさんはマスターに訊ねた。
「入院病棟のうち一棟が半壊、二棟が一部崩壊。敷地内で激しい戦闘が行われたらしい。『サイクロモンの手』はベータ抹消されたそうだ」
 息を張り詰めて聞いていたアリスは、安心した顔をして大きく息を吐いた。
「良かった……。DNSSの誰かが駆けつけたんですね……」
「いや、戦ったのはエンジェウーモンで。ウィザーモンも駆けつけたそうだ」
 マスターがそう言ったのでアリスは大きく目を見開いた。
「そんな……!」
「エンジェウーモンさんが……!」
 私もさらに不安になった。
「エンジェウーモンさんは具合が悪くて病院に向かったのに……大丈夫だったんですか?」
「ああ、まだ入院しているが大丈夫だそうだ」
 マスターがそう言ってくれたので、私はホッとした。
「良かった……」
「エンジェウーモンさんが? 留姫、それ本当なの? そんなに具合が悪かったの?」
 アリスが私を見上げる。
 私は頷いた。
「ええ。エンジェウーモンさんと同じ病院の看護士さんが迎えに来てくれたのよ」
「そうだったの……。そんなに……」
「アリス?」
 アリスはショックを受けているみたい。
「私、気づかなかった……。そこまで具合が悪かっただなんて……。手術とかしたのかしら?」
 樹莉が
「え? どうかしら……詳しい話は私も知らないんだけれど」
 樹莉がマスターに、
「手術はしていないんですよね?」
 と訊ねるけれど、
「そういう話は聞いていないが……」
 とマスターは考え込む。
「マスター?」
 樹莉が首を傾げる。
「いや……心配はいらないと思うのだが……」
「何か気になることがあるんですか?」
「今朝電話越しにプッチーモンが、やたらとウィザーモンを悪く言っていたから……」
 マスターは困った顔をした。
「プッチーモンさんですか? 確か、エンジェウーモンさんを迎えに来てくれた……」
 私はあのかわいいデジモンを思い出した。真っ赤な頭巾がかわいいプッチーモンさんはエンジェウーモンさんと並ぶと、まるで絵本の世界を実際に見ているような気がするぐらい、かわいかった。エンジェウーモンさんがテイルモンさんの時の姿だったら、もっとメルヘン風に違いない。
 マスターは
「ウィザーモンも不眠不休でワクチンを作っていたのだから……。そのうちに誤解だと知ってもらえれば良いのだが……」
 と溜息をつく。それから、
「どうもこのような場所にいると、溜息ばかりになってしまうな」
 と苦笑いをしつつ、ドーベルモンさんに、
「ところで、今の件……どうだ? サイクロモンの細胞データについて調べてくれないか?」
 そう問いかける。
 ドーベルモンさんは
「解りました」
 とだけ答えた。
「樹莉。さっきマミーモンが持ってきた紙袋があっただろう。ドーベルモンに渡してほしい」
 ――マミーモンって? ああ、もしかして、あの青いコートを着たデジモンかも……。
「はい」
 マスターに頼まれた樹莉は、壁際のサイドテーブルへ近づき、その上に置いてあった紙袋を手に戻ってくる。
 ドーベルモンさんはそれを受け取り、中身を覗いて確認する。
「外出許可をもらって自宅からノートパソコンを持ってきます。そうすればここでも作業出来ますから」
「頼む」
「まかせて下さい」
 ドーベルモンさんは丸椅子から立ち上がる。
 私は溜息をついた。
「再会を喜ぶ暇も無いわね」
 樹莉が私に、剥いた梨を勧める。
「梨、食べて。全部解決してないなら、仕方ないわね」
「サンキュ」
 ドーベルモンさんは
「留姫達はゆっくりしていればいい」
 と言った。
「でも……」
「いいから。私は急ぐから先に戻るが、アリスが病室に戻る時には申し訳ないが私の代わりに手伝って欲しいのだが……」
「はい」
 と私が返事をするのとほぼ同時に、アリスが
「待って!」
 と声を上げた。
「私も一緒に病室に戻ってもいい?」
 アリスはドーベルモンさんに訊ねる。頼み込むような言い方で、もちろんドーベルモンさんは戸惑った顔をする。
「アリス?」
「お願い」
「ああ……解った」
 と、ドーベルモンさんは頷いた。まだ戸惑っている。
 ちらりと、ドーベルモンさんは私を見る。私の意見を聞きたいみたい。
 ――う〜ん。アリスが先に戻りたいって言うのならそうしていいと思うけれど……。あんなにドーベルモンさんと二人きりになるのを避けていたのに……。何か話したいことがあるのかしら? そういう風には見えないけれど……。
 私は仕方なく、ちょっと困った顔をしてみせた。私にはアリスが何を思ってそう言っているのか解らない、と。
 ドーベルモンさんはそっと視線を下げる。解った、というように見えた。
「これを持っていて」
 ドーベルモンさんはアリスに紙袋を渡す。
「軽いのね……」
「ああ」
 それをアリスは大切そうに抱えた。
「では」
「またね」
 ドーベルモンさんとアリスは私達に少し笑顔を見せる。
 ドーベルモンさんがアリスの車椅子を押す。
 レナモンが丸椅子から立ち上がり、追う。ドアを開けるのを手伝い、病室から出て行く二人を見送ると、すぐに戻って来た。
「大丈夫だと思うが……」
 レナモンは私にそう言う。やっぱり気になるみたい。
「うん……大丈夫だと良いけれど……。アリスったら急にどうしたのかしら? さっぱり解らないわ」
 私は腕を組んだ。
 樹莉が私達に
「あの二人、どうしたの? なんだかぎくしゃくしているじゃない? ケンカしているの?」
 と訊ねる。
 私はレナモンと顔を見合わせる。
「実は……」
 レナモンが話し始めた。アリスのおじいさんと両親のこと、アリスがドーベルモンさんの『力』の一部を移植されていたこと……。要点をまとめながら説明してくれたけれど、やっぱり長い話になった。
 レナモンが話し終わると、樹莉が溜息をついた。
「それはショックよね……」
 と肩を落とす。
 マスターは大きな顎を腕の上に乗せる。
「無謀だな……。デジモンと人間は根本的に違う。臓器移植に近い方法を取ったにせよ、全く拒否反応も出なかったとは……学会報告出来そうなほどの成功例だな……。もしも失敗していたらと考えるだけで恐ろしい……」
「成功していたけれど……でも! 本当にひどいわ。自分のお父さん達に勝手にそんなことされていただなんて……どんな理由があってもひどい……」
 樹莉は立ち上がる。
「ちょっと私、アリスの様子を見てきます」
 私とレナモンも立ち上がる。
「そろそろ私も戻ります」
「また来ます」
 マスターは頷く。
「そうだな。ここにあまり長居をすると、看護士達が困るだろう。――アリスによろしく伝えてくれ」
 マスターに見送られ、私達は病室を出た。
 廊下を歩きながら、樹莉は肩にかかるそっと髪を払う。
「他の病室に行くのって、ちょっとドキドキするわ。何人部屋なの?」
「ベッドは四つあるわ」
「マスターがもっと元気になったら、同じ病室になれるといいのにね」
「うーん。でもあそこって隔離されているみたいよ?」
「え、そうなの? うーん……それでも皆と一緒の病室がいいわ」
 いたずらっぽく笑って見せるところは、今までの樹莉と同じ。でも、なんとなく樹莉は以前よりも大人っぽくなったような気がする。
「樹莉って……」
「何?」
「なんだか大人っぽくなったじゃない?」
 そう言うと、樹莉は
「え? そう?」
 と、驚いた顔をする。
「うん。何だが、そんな感じ」
「そう? 実はね、いろいろあったのよ……」
「いろいろ、って?」
「うん。人生観が変わった!っていうか……」
「そんなに大事件だったの?」
「まあね。詳しくはまた、今度ね……」
 樹莉は歩きながら、手を前に突き出すように伸びをする。
「私……誰かの役に立ちたい。もっともっと……」
 樹莉は気合の入った顔をしている。
「誰かの?」
「うん。それが私の恩返し、かな……」
「恩返し?」
「ええ、そうよ。恩――あっ。このエレベーターだっけ?」
 エレベーターの前に、いつの間にか来た。樹莉が青い扉を指差すので、
「ううん。こっちの赤い扉の方よ」
 と、私は教える。
 エレベーターの中は、ちょっと狭く感じた。レナモンが尻尾を隅に寄せるように立つ。
「ポコモンの時との差が大きいわね」
 私は苦笑する。
 樹莉は
「レナモンさんって、デジモンの姿の時も背が高いんですね。さっき初めて見ましたけれど、素敵ですね!」
 と言った。レナモンは
「……ああ、ありがとう」
 とだけ言い、返答に困っている。
 私はレナモンの腕に自分の腕を絡める。
「なかなか、でしょ? でも樹莉。退化したポコモンの時は、もっとよ! それはそれは……もう、ぎゅうぎゅう抱きしめたくなるぐらい、かわいいのよ」
「そうなの?」
「留姫っ!」
 レナモンが慌てている。
「ね?」
 私が問いかけると、
「あらあら、ご馳走さま〜! そんなにかわいいの? 一目見てみたいわ。――うーん、留姫とレナモンさんはこんなに仲が良いのに! アリス達も仲直り出来るといいわね」
 樹莉は苦笑する。
 やがて、私は自分達の病室に戻ると、
「アリス……」
 そう声を掛けながらドアを開けた。ドーベルモンさんはもう出かけていて、部屋の中にいるのはアリスだけだと思ったから。


「何を信じていいのか解らないの……」


 アリスの声が聞こえた。
 ドーベルモンさんがアリスの両肩に手を置いているのが見えた。
「……あ」
 私は呟き、急いでドアを閉めた。
 だ、だって、今――キスしていた!?
「留姫?」
「どうしたの?」
 私に続いて部屋に入ろうとしていたレナモンと樹莉が不思議そうな顔をして訊ねる。
「……ちょっと、外行こう! ね!」
 私は樹莉達の背中を押しながら歩き始めた。
「どうしたの?」
「どうもしないけれど……」
 私は言葉に詰まり、あははっ、と笑ってごまかそうとした。
 背後でドアが開く音がした。ドーベルモンさんが出てくる。
「ドーベルモン」
 レナモンが立ち止まる。
 ドーベルモンさんは人間の姿で、ラフな服装だけれどジャケットを羽織っていた。たぶん、アリスのお父さんが来た時に持ってきた紙袋に入っていたんだと思う。
「自宅に戻り、その後、DNSSの『関東支部』に行ってくる」
 ドーベルモンさんはそう言った。
「え……!」
「え……」
 私、樹莉は驚いた。
「明日の朝に戻る」
「そんなに長く外出許可取れたんですか?」
「DNSSからも直接話が来たから」
 ドーベルモンさんはそう言い、レナモンには、
「品川のビルにいるから、何かあったら連絡くれ」
 と頼む。
「じゃあ……」
 私の横を通り過ぎる時、ドーベルモンさんと目が合いそうになって私は慌てて目を逸らした。
「留姫、どうしたの? 顔、真っ赤よ?」
 樹莉が問いかける。けれど
「う、うん……」
 私は何度か頷いた。
「何を見たのよ? 言えないの? ドーベルモンさんが外に出ちゃって、ええっと……」
 樹莉は呟き、ふと、「え?」という顔をした。
「も……もしかして?」
 私は
「たぶん……」
 と頷く。
 私だけじゃなく、樹莉も顔を赤くした。レナモンも気付いたみたいで、
「仲直り出来たなら、べつに……」
 と、落ち着かないようで尻尾を揺らす。
「うん……」
 病室に行くのは気まずいけれど、私達は部屋に戻った。
 アリスはベッドに体を起こし、両手で顔を覆って泣いていた。
「アリス――」
 私は驚いて、泣いているアリスの傍に駆け寄った。
「……!」
 奥のベッドを使っているアリスは、私達に驚いて体をよじり背中を向ける。
「ドーベルモンさんに何か言われた?」
 樹莉が訊ねるけれど、アリスは
「違うの……なんでもないの……」
 と、細い声で応える。泣き止む気配はない。
 私はレナモンの使っているベッドに腰掛ける。
「……」
 レナモンは窓際に立ち、寄りかかる。心配そうにアリスを見つめる。
 樹莉はアリスのベッドの傍に行き、丸イスに座る。
「アリス……」
 樹莉は呟くようにアリスの名前を呼んだ。
「なんでもないの……」
「そう……うん、解った……」
 樹莉はそう言い、黙った。
 私達はしばらく待っていた。泣いているアリスを見つめていた。泣き出したアリスをドーベルモンさんが置いていくとは思えないから、アリスはドーベルモンさんが部屋を出てから泣き出してしまったんだと思う。何があったのか気になるけれど……。
 アリスはやがて、
「ごめんなさい……」
 とかすれ声で呟く。
「謝らなくていいわよ。アリスは誰にも迷惑かけていないわ。ドーベルモンさんから何か言われたの?」
 私は肩を落とすアリスを見つめた。
「私、ドーベルモンにちゃんと……話したの。ドーベルモンも解ってくれたわ」
「何て?」
 私は身を乗り出すように訊ねた。
「私が何を考えているのか……」
 アリスはまた、泣きそうな顔になった。
「え……?」
「何も信じられないって思えるの……」
 アリスの水色の瞳が潤み、また涙が零れた。
 樹莉が立ち上がり、ベッドに両手をついてアリスの顔を覗き込む。
「私、少しいろいろ聞いたんだけれど……。そうよね……そう思って当然よね……」
 樹莉が安心させようとそう言ったけれど、アリスは
「でもっ!」
 と首を激しく横に振った。
「でも、違うの! 私、本当は解るの。仕方なかったんだって……。だって、ドーベルモンは今、本来の力を取り戻すことが出来たんだもの。それは私に移植されていたからだもの……」
 アリスは両手を握り締める。
「ドーベルモンが話してくれたの。どうやって移植されていたのか……。私にも解りやすいように、ちゃんと教えてくれたの。重病患者に応用出来る医療技術の一つとして研究されていたって……。
 結果的に良かったことだもの……。でも……怖いの……。だって私、人間とは言えなかったってこと? 私は……今、ようやく人間になれたってこと? でも、それなら私の十数年間って……それじゃあ何だったのかしら、って……」
 私は聞いているのが辛くなった。
「それは……そこまで考えなくてもいいんじゃない?」
 私が遠慮しつつそう言うと、アリスは
「私は考えちゃうの!」
 と悲鳴に近い声を上げた。
「アリス、落ち着いて……」
「私は……自分が何なのか……そればかり考えてしまうのっ!」
 アリスはそう言った。強い言い方だったので私は驚いた。
「アリス……ごめん、あの私、言い方悪かったわね。ええっと……私にはアリスはアリスなの。他の誰でもないの。私の目の前にいるのは確かにアリスなの。アリスだけよ」
 心に思っていることを、そのまま言ったら、アリスが顔を上げた。
「留姫……」
 アリスは顔を真っ赤にしている。
「怒った? あの……ごめん、上手に言えないわ。だから……」
 アリスは気まずそうな顔で、
「ドーベルモンが何か言ったの……? そうなのよね?」
 と私に訊ねる。
「え? ううん、何も言われていないわよ? どうして?」
 アリスが
「ドーベルモンからも同じこと言われたの……」
 と恥ずかしそうな顔をするので、私はさっき見た二人を思い出して
「あ……ううん! わっ、私は……私はその……ドアを開けたら二人が……」
 と慌てた。
 アリスも急に慌てて、
「もしかして見ていたの!」
 と、急いでおでこを両手で押さえる。
「……?」
 何でおでこなの?と首を傾げ、私はぽんっと手を打った。
「ああ、なーんだ。おでこだったの!」
 そう言ったとたん、私の顔面目掛けて枕が飛んできた。避けそこなったので、そのまま私は直撃を食らった。
「留姫っ! 大丈夫!?」
 そのままベッドに倒れこんだ私を、レナモンが起こす。
 私は目を回した。とてもいいタイミングだったので一瞬、意識が飛んだ気がする。
「アリスッ!」
 樹莉がアリスを怒る。けれど、
「ううっ、いたい……。……樹莉には当たらなかったってことは、樹莉は避けたのよね?」
 と私は訊ねた。
 樹莉は焦って首を横に振る。
「だ、だって! 留姫はちゃんと避けると思ったんだもの!」
「私だってねえ、まさか普段大人しいアリスから枕投げつけられるとは思わなかったんだもの。そりゃ、避け損ねるわよ!」
 私は痛む顔を押さえる。
 アリスは、というと、ベッドに倒れこんでいる。そりゃそうよ。点滴受けているのに枕投げなんて。
 レナモンがアリスの枕を持って行く。枕を元の位置に戻してあげると、アリスは痛そうな顔をしながら枕の上に頭が来るように体をもぞもぞと動かす。
「大人しく眠っていなさいよ」
 アリスにそう言ったら、私を見上げて軽く睨み付けて来る。そんな顔されたら、ドーベルモンさんはきっと、ほっとけないと思うわ。
「ドーベルモンさんも同じこと言ったのなら良かったじゃないの」
 私はそう言った。
「うん……」
 アリスは枕に顔を押し付ける。
「心配いらないわよ。するだけ損よ?」
 樹莉もそう言った。
 私は、ふと思い出した。腕時計を見て、
「そろそろ私、家に帰るから」
 と言った。
「えっ!」
 レナモンがぎょっとした声を上げたので、私は苦笑した。
「なんて声出すのよ?」
「だって……」
「家に帰って、ちゃんとお風呂入りたいもの」
 そう。検査の時に体を拭いてはいるけれど、お風呂というものから遠ざかっていた。
「でも……ドーベルモンは明日の朝まで帰って来ないんだから……」
 レナモンに言われて思い出した。
「そっか……じゃあ、またしばらくはポコモンの姿でいればいいじゃない?」
「でも……」
「っていうか! 私が家に帰らないことって、そろそろマズイから」
「ああ。もちろん、留姫の家族が心配すると思う……それは解っているけれど……」
「うーん、あのね。だって……」
 私が言いかけた時、ドアがノックされた。
「はい?」
 てっきり看護士さんかと思ったら、ドアを開けて顔を覗かせたのは、


「留姫ちゃんっっっ――――――――!」


 ママだ! 白い花柄のワンピースを着たママは私の顔を見るなり、大きな声を上げた。明るいブルーのジャケットをひるがえして駆け込んで来る。ハイヒールの音が響いた。
「うわっ、ママ!?」
 ママは私にタックルするように抱きつき、私は弾みでアリスのベッドに倒れ込んだ。
「留姫ちゃんっ! 無事で良かったわっ!」
 ママはホッとした顔をする。
 私は胸を圧迫されてごほごほと咳をした。
「ごめんなさい! 苦しかった?」
 そりゃ苦しいわよっ!
「……ママ……」
 私はママの体を押し返す。
「大げさよ。全く……」
 ニューヨークから帰ってすぐ、ここに来てくれたんだと思う。嬉しくないって言ったら嘘になるけれど、ちょっとだけ迷惑。恥ずかしいし……。
「ほらあ、まずはアリスと樹莉に挨拶してよ」
 と私が促すと、ママはにこにこ微笑みながら挨拶をする。これでもモデルだから、決める時はビシッとママは決める。キラキラした笑顔はすぐに作ることが出来る。――さっきのダイビングがなければ、母親としては見た目だけでも形になるんだけれど……。ママはいまいち、中身が若過ぎる。こんなママを見ているから、どこか冷めてしまうんだわ。
 私はママに、
「ほら、こっちにいるのが……」
 とレナモンを紹介しようとしたけれど、
「あれ? いない?」
 私は首を傾げた。そこには誰もいなかった。
「どこ行ったの?」
 きょろきょろしていると、すぐ近くでレナモンの囁き声が聞こえた。姿を消しているみたい!
(私と同室だと話しているの?)
「え? うん、付き添いで病院に泊まるって話してあるわ」
 そう言うと、ママは
「やだあ! 誰に話しかけているの? 他に誰か隠れているの?」
 と、病室をきょろきょろと見回す。気味悪そうにしているので、私は苦笑した。
「これ以上驚かせないように、今のうちに姿を現してちょうだい。それとも、うちのママは嫌いなの?」
 姿が見えないレナモンにそう問いかけると、私の隣にいるママは私の腕にしがみ付く。
「ええっ! それって、あのかっこいい人? ランチでイタリアンレストランに行った時の? 何で! ママ、悪いことしちゃった? 嫌われちゃってるの? うそ――ショック……!」
 泣きそうな顔で必死に私に問いかけるママを、
「例えばの話よ」
 と私はなだめる。
(留姫っ! でもこの姿は……ちょっと……)
 レナモンの囁くような声が、困りきっている。
「ああ、そっか……」
 私は納得して、ママに訊ねた。
「ママって、動物大丈夫よね?」
「え? 動物?」
「今は彼、デジモンの姿なの。動物っぽい姿なんだけれど、大丈夫?」
「え――? デジモン?」
 ママは目を丸くしている。
(…ど………えっ? ど…動物……?)
 レナモンはショックを受けているみたい。
 ママは私の腕にすがりついたまま、
「デジモンだったの? うーん、そうね……」
 と考え込む。
「それって、大きな姿なの? デジモンと仕事したこと何回もあるけれど、ちょっと怖い姿だと……申し訳ないけれど……」
 そうママが言ったので、私はレナモンがいる辺りに
「ポコモンの姿で出てきてよ。それなら大丈夫そうよ?」
 と言った。
 ママは私の腕から突然離れた。
「ポコモン…さん? それって怖くない姿なの? 大きい? どの辺りにいるのかしら? う、鱗とかあるの?」
 びくびくと病室内を見回している。
 ――ああ、完全にビビッてる……。ポコモンの姿なら安心してくれるかしら?
(そうか……そうだね……)
 レナモンの気配が遠ざかった。それから、そっとポコモンが突然姿を現した。緊張した顔をしているけれど、ふりふりと忙しなく尻尾を振っている仕草は、どう見てもただ愛想を振り撒いているように見える。
「……ちょっと我慢してね、ポコモン……」
「あ、ああ……大丈夫……」
 私は屈み込み、よっこいしょ、とポコモンを抱き上げる。
「はい、ママ。レナモンがポコモンの姿になったなら……どう? 怖くないでしょ? ほら、あいさ……」
 挨拶して、と言い終わる前に、ママが駆け寄って来た。
「きゃあああっ――――! か……かわいい! なに! 何これ、きゃあっ! まんまるじゃない! うわあ、やだやだぁっ! 動いてる、動いてるっ! ぷにぷにっ! いやん、動いたっ! きゃあっ! ああっ、可愛過ぎる! ママもぉ! ねえ、抱っこしたい! ママも! ねえ、留姫ちゃんお願いっ! おねがーいっ! きゃあ、尻尾も動いたっ!」
「……」
 私はポコモンの尻尾を見る。
「抱っこは……それはダメみたい」
「ええ――! ちょっとだけっ、ね?」
「うーん……ほら、ポコモンの尻尾見て。怖がっているわ」
「えー? そんなあ……」
 ママはがっくりと肩を落とす。ポコモンの尻尾が今までにないぐらいふっさふさなので、今は諦めてもらうしかないわ。
「もっと仲良くなれたら、ママにも抱っこさせてくれる?」
 そう言われたけれど、ポコモンが目を潤ませて本気で嫌がっているから……約束は出来ないと思う。
「ポコモンさんって本当にかわいいわね! まあ、嫌われていないだけいいじゃない?」
 樹莉は苦笑いしている。
 アリスはベッドに横になったままポコモンを見ている。
「ドーベルモンも小さい頃はかわいかったわよ!」
 そう私に言うので、
「うん。こないだ見たけれど、かわいかったわよね」
 と返事したら、アリスは驚いて体を起こした。
「それ、本当?」
「本当よ。アリスは倒れていたから知らない? ――って、起きちゃだめよ。今は眠ってなさいよ。今度見せてもらえばいいじゃない?」
 アリスは残念そうな顔をして、
「留姫、ずるい……」
 と頬を膨らませる。
 私はいったん、ママと一緒に自宅へ戻ることにした。
「じゃあ、またね」
 支度をしてから、私はママと一緒に病室を出た。マスターのいる病室に帰るから、と樹莉も私達の後をついて来る。
 ママはまだ興奮している。
「ねえっ! ママも明日、ポコモンさんのお見舞いに行ってもいいかしら?」
 ママがわくわくしながらそう訊ねるので、私は苦笑する。
「仕事は?」
「明日の昼の飛行機で香港に行くの」
「それじゃ無理じゃない?」
「でも、三十分ぐらいなら時間取れると思うの!」
 その行動力、凄い!
「仕方ないわね……」
 ママと一緒に明日は来ることにしようっと……。


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※2009年10月21日現在はここまでPC用サイトに掲載しています。とうとう追いついてしまいました(汗)
デジモンオンリー用原稿などありますので、こちらの続きはまた、準備が出来たら掲載します。お楽しみにv
でもそれまで何も無くお待たせするのも申し訳ないので、これからしばらくはPC用サイトに掲載済みのほかの小説を掲載する予定です。よろしければご覧下さい〜。

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