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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
本編4
 翌日。
 朝食の後にアリスのおじいさんが様子を見に来てくれた。今日は用事があるらしく、アリスのことを気にしていたけれどすぐに帰ってしまった。
 私は丸椅子に座ってポコモンと一緒に、アリスのおじいさんが持ってきてくれたぶどうを食べていた。高尾という品種だと言われた。巨峰より少し薄い色で、大粒。種無しで食べやすい。
「甘いね」
「すっかり秋ね。今日はもう八月二十日だもの。早いなー」
「始業式が近いね。宿題は間に合いそう?」
「うん。なんとかなると思うわ。アリスや樹莉はどうなのかしら?」
 ぶどうの甘さにつられて、ひと時、忙しない今の状況を忘れてたわいもない話をしていた。
 不意にドアが開く音がした。そちらを見ると、
「ドーベルモンさん!」
 私はびっくりして立ち上がった。ドーベルモンさんがそこに立っていた。人間の姿で、検査着を着ている。
 ドーベルモンさんは頷いた。
「心配をかけてしまってすまなかった」
 どこからどうみても今までと同じ、何も変わらないドーベルモンさんだったので、私は小躍りしたいぐらい嬉しくなった。
「やったあ!」
 デジモンの姿のまま隣のベッドの上に座っていたポコモンに笑いかけると、ポコモンはとても神妙な顔をしていた。
「どうしたの?」
「別に……」
 訊ねてもそう返事をする。けれどもポコモンは、
「ポコモン……」
 私はポコモンに手を伸ばすと、背中をさすって上げた。そうすると少し楽になるみたい。
「留姫……?」
「どうしたの? 尻尾……ふさふさよ?」
 まるで掃除用のモップのように、ポコモンの尻尾はふさふさになっている。
「……ごめん。臆病者で……」
 そう言われ、
「え? そういう意味なの?」
 と驚いた。ポコモンはドーベルモンさんに何かを感じて、警戒しているからこんなにふさふさの尻尾になっているらしい。
 ドーベルモンさんはアリスのベッドの傍らに立ち、見つめている。じっと見つめていたけれど、やがて溜息をついた。
「あの……どうしたんですか?」
 その溜息はまさか、アリスのことを好きじゃなくなったってこと?と心配になった。けれども、
「自信が無い……」
 そう、ドーベルモンさんは呟いた。
「ドーベルモンさん……」
「私は……アリスを……」
「大丈夫です! アリスはドーベルモンさんのこと大好きですから!」
 私が太鼓判を押すのに、ポコモンが
「それはどうだろう……」
 と呟いた。
「どうだろう、って? どういうこと?」
 ドーベルモンさんはポコモンへちらりと視線を向け、けれど目を逸らす。
「……変わっているだろう?」
 ドーベルモンさんはポコモンにそう訊ねる。
「ああ。別のデジモンだと認識してしまっている」
「そうだろうな……」
「すまない」
「謝ることではない」
 そんな会話をポコモンとドーベルモンさんが交わしている。ポコモンがデジモンの姿なので、妙におかしく見える。笑っちゃいけないと思いつつ、私は二人に訊ねた。
「どうしたっていうの? ちっとも解らないわ」
 ドーベルモンさんが私に、
「データの一部を元に戻したので、デジモン同士が互いを認識する部分が変わってしまった。留姫は気付かないが、アリスは……どうだろう?」
「まさか……」
 そう言われて、私はアリスを見つめた。
「アリスは自分が持っている私のデータを無意識に利用していたかもしれない」
「だから皐月堂でバイトしているドーベルモンさんに出会って、好きになったってことですか?」
「いや……私はそれより前にアリスに出会っている。アリスは覚えていないだろうけれど……」
「それ、本当ですか?」
「ああ。――そもそも、あの出会いも偶然過ぎる……」
 ドーベルモンさんは再びアリスを見下ろす。そっと、アリスの頬に触れ、すぐに手を引っ込めた。
「今、アリスを『覚えた』から、私はアリスを判別出来る。けれどアリスは……」
 その時、病室のドアが開いた。
 看護士さん達がこちらに来て、
「困ります!」
「こちらの指示に従って下さい!」
 と言われながら、連れて行かれてしまった。許可をもらっていないのに無菌室から勝手に出てきたらしい。
 抵抗せずに大人しくドーベルモンさんは連れて行かれたけれど、再び部屋が静かになってからポコモンが溜息をついた。
「こういう無茶はしなかったのに、性格まで変わっている……」
「ん?」
「以前のドーベルモンなら、まず看護士さんか誰かにアリスの容態を聞いて、それから許可を取って行動するはずだ。アリスはここで安全だと解っているはずだから」
「うん……」
 そう言われてみるとそうだと思った。
「ドーベルモンさんって……」
 私は呟く。
「つまり……ちょっぴり野生に戻ったってこと?」
 そう訊ねたら、ポコモンががっくりと肩を落とした。
「野生って……」
「え? 言い方悪かった?」
「まあ、そうかもしれないけれど。本能が戻ったというか、そういう感じかもしれないね。あはは……ん? 留姫?」
「……本能ってことは、アンタがレナの時にしたようなこと?」
「え?」
「家に遊びに行った時に……」
「いや、あれは……!」
 ポコモンが慌てて声を上げる。
「ポコモンのエッチ!」
「違う、留姫! 誤解だから!」
「どこが誤解よ!」
 ポコモンと言い争っていると、
「……野生、なの……?」
 と声が聞こえた。それはアリスの声だった。
「アリス!」
 私達は驚いた。
 アリスの傍に駆け寄ると、アリスは私を見上げる。
「留姫……」
 アリスはベッドから起き上がらず、呟いた。
「何かが自分に欠けている気がするの。不思議ね……」
 と。
「アリス……」
 どう言っていいのか解らなくて、私はごくりと唾を飲み込んだ。もしもアリスがドーベルモンさんのこと好きじゃなくなっちゃったら? そんなことってあるの?
 アリスは、
「そんな顔しないで。どこか悪くて手術でもしたのよね? 体が重く感じるし、痛いもの」
 と微笑んだ。
「ドーベルモンに会いたいわ。どこにいるの?」
 私は
「オッケー! さっきまでここにいたのよ。許可もらっていなくて連れ戻されちゃったけれど、今度は許可もらってから来てもらうから!」
 と応えた。
「私、手術したのよね? 何があったのか後で教えてね」
 アリスは普段通りの、私の知っているアリスだ。
「解ったわ」
 私は部屋を出た。
 急ぎ足で看護士さんにアリスが目を覚ましたことを話し、ドーベルモンさんの病室を教えてもらった。もう面会謝絶ではなくなったらしい。
「勝手に点滴抜かないでもらいたいわ」
 看護士さんに笑われた。
「ひえぇ、痛そう!」
 ドーベルモンさんったら、そんな痛そうなこと平気でしちゃっていたんだ!
 エレベーターに乗る。目的の階で止まると、待ちきれなかった私はドアが開くのと同時ぐらい、すぐに降りた。
 教えてもらったドーベルモンさんの病室の前に、ちょうど看護士さんがいた。事情を話すと、すぐにドーベルモンさんに会わせてくれた。
「ちょうど、病室替えますよって話たんですけれどね。本人が嫌がって……」
 男の看護士さんが困った顔をしながらドアを開ける。
 ドーベルモンさんはベッドに腰掛けていた。私の姿を見ると、立ち上がってこちらに来る。
「ドーベルモンさん。アリスが目を覚まして、ドーベルモンさんに会いたいって……」
「そう……」
 部屋の中にはドーベルモンさんだけじゃなく、看護士が二人いた。
 ドーベルモンさんは看護士達に挨拶をして、部屋を出てきた。看護士さんのうち誰かが付き添いで来るのかな?って思ったけれど、特にそういう話は無かった。変なの、と思ったけれど、忙しいみたいだからこの場合は当然なのかもしれない。
 私はドーベルモンさんに訊ねた。
「病室移るんですよね? アリスと同じ部屋って、嫌ですか?」
 ドーベルモンさんは頷く。
「気が引けるが、留姫の顔を見たら諦めがついたよ」
「ちょっと、そんな言い方ってひどい!」
「ごめん。悪気は無い」
「本当にぃ?」
「もう元気なら普通の病室に移って欲しいそうだ。病室が足りないらしい」
 そう言われて、私は首を傾げた。
「私達がいるあの病室、まだベッドの空きがあるのに……」
「まだ私とポコモンはウイルスの検査が終わっていないから」
「それ、隔離されているってことですか!」
 私は驚いた。
「デジモンだったら皆、ウイルスが怖い。角部屋なのはそのためだ。それに、いくら知り合いだからって男女部屋を分けるものだろう?」
「――あ、そういえば!」
 ドーベルモンさんはさほど気にしていないみたい。
「平気なんですか?」
「ウイルスは怖くない。それより怖いものが他にたくさんある」
 ドーベルモンさんが意外なことを言うので、私はきょとんとした。
「そうなんですか? 例えば?」
「そうだね」
 ドーベルモンさんは
「アリスが私を怖がること、かな……」
 と言った。
「怖がる?」
「ちょっと、ね……」
 そう言われ、
「あの……アリスのおじいさん達から話を聞いているんですけれど……」
 私は昨日聞いたことを話した。ドーベルモンさんは時々あいづちをうちながら聞いていた。
「ああ、そうだ……きっと昔、私はアリスを怖がらせたことがあるんだと思う。たぶん、自分が入っていた入れ物を壊した時に……」
 話しているとあっという間に、私達が使っている病室に帰ってきた。
 ドーベルモンさんはドアを開けようとしない。
「ドーベルモンさん……」
 ドアに手をかけようとしても、また手を下ろしてしまう。
「あの……やっぱり、その……」
 無理しなくても、私が言う前にドアが開いた。
「あ、もう来てくれたんですか?」
 看護士さんが顔を覗かせた。
「ベッドの準備は出来ていますから。大人しくしていて下さいね」
 そう言い、私とドーベルモンさんだけなので首を傾げている。
 ドーベルモンさんが
「自分で歩けるので付き添いはいらないと伝えました」
 と話す。
 ――看護士さんはついて来ないのかな?ってちょっとだけ思っていたんだけれど、そういうわけだったのね。
 私は納得した。
 ああ、と納得した顔をして、けれど申し訳なさそうな顔をして、看護士さんは頭を下げる。
「どうもすみません」
 結局、促されるままに病室の中に足を踏み入れた。
「アリス……」
 ドーベルモンさんは押し黙った。
 アリスは泣いていた。
 私は驚いてアリスに近づこうとしたけれど、ポコモンがベッドから飛び降りて私に駆け寄る。
「留姫。ちょっと外へ……」
 そう言われ、勢いに押されるように私はポコモンと一緒に部屋の外に出ようとした。
「待ってくれ」
 そう私達を止めたのはドーベルモンさんで、
「私、ドーベルモンと二人きりになりたくないわ」
 と言ったのはアリスだった。
「…………」
 ドーベルモンさんは絶句した。
 アリスは顔を伏せ、
「ごめんなさい。……もう少し眠っているわね」
 と言い、目を閉じた。
 ドーベルモンさんは黙って、アリスを見つめている。
 私は瞬きした。
「アリスが自分から『会いたい』って言ったのよ? どうしたの?」
「ドーベルモン。私から、また後でちゃんと話すから……」
 ポコモンがドーベルモンさんを促す。
「べつに……」
 ドーベルモンさんは自分の使う予定だったベッドに腰を掛ける。うなだれてしまった。
 ポコモンもベッドに座る。暗い顔をしている。
 私は……この雰囲気でしばらく過ごすのか!と思うと憂うつになった。
 それから三十分ぐらいして、アリスは検査のために病室から運ばれて行った。その時も誰かに付き添いを頼んだりしなかった。私がついて行こうとしても、
「平気よ。心配しないで」
 と言われてしまった。
 アリスのいない病室で、ポコモンがドーベルモンさんにわけを話した。
「アリスはずっと眠っていたわけではなくて、起きている時もあったらしい。ところどころの会話は記憶に残っているようだ」
 ドーベルモンさんはさらに暗い顔になった。
「私は同じ病室じゃないほうが良さそうだな……」
 と言いながら立ち上がりかける。けれど、
「いや……もうしばらく、アリスが心の整理をつけられるまで待ってあげたほうがいい。突然の事でパニックを起こしているだけだ。いくらしっかりしているといっても、アリスはまだ高一だから……」
 と、ポコモンは言った。ドーベルモンさんは再びベッドに腰を下ろすと、ポコモンに
「その必要は無い」
 と告げた。けれど、
「必要が無かったら会いたいとは思わないはずだ。だから……我々は待とう」
 ドーベルモンさんは深い溜息をついた。
 アリスは検査から戻ってきてもドーベルモンさんとはずっと平行線のまま、夕食前にアリスのおじいさんが面会に来てくれた時もそうだった。
 ポコモンが先に、今のアリスの状況を電話で伝えてくれたので、アリスの両親は面会に来なかった。もしも来ていたら……大変な騒ぎになっていたと思う。
 アリスはドーベルモンさんのことを怒っているのかしら? 両親のことを許せないのかしら?
「アリス……」
 頷いたりはするものの、必要以上に話そうとしない孫を見ているアリスのおじいさんは、とても辛そうだった。
「お父さん達がお前に会いたがっているよ」
 とアリスのおじいさんが言っても、アリスは首を横に振るだけだった。
 ドーベルモンさんもアリスの両親、つまり自分の育て親に今は会いたくないと言う。
「アリスを……頼みます」
 帰り際にそう言い、アリスのおじいさんは深く頭を下げる。
 見ているこっちも寂しくなった。



 翌日も同じ雰囲気で、私はそれが重苦しくて辛かった。
「ごめん、ちょっと……」
 と言い、部屋を出た。
 トイレもさっき済ませてしまったし、別にどこにも行く宛てが無い。
 ポコモン達には悪いけれど、今日はもう家に帰ることにしようかな……。
 そんなことを考えながら歩いていると、
「あっ」
 エレベーターの近くで、私は他の見舞客にぶつかりそうになった。T字路で、角を曲がってそこに誰かがいるなんて考えなかった。
「危ないよ」
 優しい声の男の人だ。青いコートを着て、杖をついている。でもしっかりした足取りだから、足が悪いわけじゃないみたい。まだ残暑が厳しい時期なのに長袖のコートなんて! しかも帽子で顔を隠すようにしている。
「すみません……」
 謝りながら、ここはデジモンも多い病院だから、もしかしたらデジモンなのかも?と思った。
「すみません。気をつけます」
 頭を下げると、
「牧野留姫さんだね?」
 と言われた。
「え?」
 青いコートを着た、人間のような姿をした人――おそらくデジモン――は、私よりずっと背が高い。エレベーターのボタンを押し、タイミング良くすぐに来たエレベーターに乗り込みながら、
「加藤樹莉さんにはもう会ったかい? 同じ病院にいるよ。サーベルレオモンの付き添いをしている」
 そんなことを教えてくれたので、私は驚いた。
「本当ですか!」
「これから俺、サーベルレオモンの見舞いに行くんだ。後できみも会いに行ったらどうだい? きっと喜ぶよ」
「ありがとうございます!」
 病室を教えてもらったところで、エレベーターのブザーが鳴った。
「あ、いけない! ――じゃあ、……またね」
 私は頭を下げた。
「ありがとうございました!」
 そのデジモンは私に手を振った。エレベーターのドアが閉まる。
 ――すごい! マスター達もこの病院にいるなんて……ラッキー! 感謝しなくちゃ。まるで、
「今のデジモン、秘密の情報をくれるゲームの隠れキャラみたいね!」
 と。私は思った。
 私は病室に真っ直ぐ戻ると、
「この病院に、マスターと樹莉も入院しているんだって!」
 と伝えた。
「樹莉達が?」
 とアリスは起き上がり、
「本当に?」
 と、ドーベルモンさんも顔を上げる。
 ポコモンはベッドから飛び降りて、
「様子を見に行こうか、留姫!」
 と言った。
「……あの、アリス達だけでここに残すのは……」
 私が苦笑いすると、
「あ……」
 ポコモンは思い出したようで、気まずそうな顔をする。
「それなら、また後で……」
 ポコモンが言いかけると、
「私、樹莉達に会いたい!」
 とアリスが言った。
 ドーベルモンさんまで、
「車椅子を借りてくるから」
 と立ち上がる。
 私はやれやれ、と肩を竦めた。
「その前に、全員一緒に部屋を出てもいいのか看護士さんに許可もらわないと」
 看護士さんを探しに行き、事情を話す。予想はしていたけれど、
「あのぉ……あまり歩き回るようなら退院してもらいますよ?」
 と苦笑された。
「すみません……」
 私は本当に申し訳なくて、深く頭を下げた。
 看護士さんはそれでも、アリスが使うための車椅子を用意してくれた。
 アリスを車椅子に移すのは、ドーベルモンさんが手伝ってくれた。
「大丈夫?」
「ええ……」
 二人は以前のような仲の良い雰囲気じゃなくて、ぎくしゃくしてしまっている。その他人行儀な会話を、私もポコモンもはらはらしながら見守った。
 アリスはまだ点滴をつけているので、邪魔だったけれど点滴を吊るすスタンドごと移動しなければならない。車椅子をドーベルモンさんが押すので、私がそのスタンドを移動させる。ちょっと難しいと思いながらも、部屋を出て、マスターの入院する病棟へ向かった。
 そこは、建物の何もかもが一回り以上大きい。
「大型のデジモン専用だからね」
 そう、ポコモンが教えてくれた。
 アリスが私を見上げる。
「マスター達が入院していることを教えてくれたデジモン、とても親切なのね」
 そう言われ、私は照れ笑いした。
「それがね、なんだか知らないけれど、私の名前知っているのよ。『牧野留姫さん』って。もしかして私達のこと、デジモンのニュースか何かで取り上げられたのかしら?」
 そう言ったとたん、
「「何!」」
 と、ポコモンとドーベルモンさんが同時に叫んだ。
「え? どうしたの?」
「まだ報道規制が敷かれているはずだから、そんな情報知られているわけがない。それともDNSSの関係者だった?」
 ポコモンに厳しい声で問い質され、私は
「えっと……ちょっと怪しいって思ったけれど、デジモンだったら別に普通なのかも、って……」
 としどろもどろに言った。
 ドーベルモンさんが突然、
「様子を見てくるっ」
 と言い、私達を置いて小走りになる。
「え……!」
 どうしよう……まさか、大変なことになっているんじゃ……。
「車椅子は私が押そう」
 ポコモンはレナモンに進化して、そう言ってくれた。
「何も心配いらないわよね?」
 アリスは不安そうに私達を見上げる。
「大丈夫よ」
「大丈夫だ。きっと」
 そう励まし、私達はゆっくりとドーベルモンさんを追いかけた。
 けれど、マスターの病室の近くで、戻って来たドーベルモンさんに鉢合わせした。
「ドーベルモンさん!」
 ドーベルモンさんは苦笑している。
「大丈夫だ。本当にマスターの知り合いらしい」
「そうだったんですか? ああ、良かった……」
 ドーベルモンさんはレナモンに「すまなかった」と、アリスの車椅子を押してくれたことに対して頭を下げる。それから、今度はアリスに微笑みかける。
「樹莉は以前よりも元気だ」
「え? そうなの?」
 私達は病室へ向かった。ドアを開けると、楽しそうな声が聞こえてきた。中を覗くと、広くて天井も高い。病室というよりも会議室のような部屋だった。
 サーベルレオモンの姿のマスターがいる。檻に入っているのでとても驚いた。
「どうして檻になんか……!」
 私が驚いて声を上げると、
「仕方ないのよ。それでも壊しちゃうんだもの」
 と樹莉が梨を剥く手を休めて丸椅子から立ち上がる。
「皆、同じ病院にいるなんて……」
 樹莉は嬉しそうに私達に駆け寄った。アリスと私は樹莉と手を取り合って再会を喜んだ。
 あの、青いコートのデジモンが立ち上がる。
「じゃあ、俺はこれで……」
 マスターには、ひょいと片手を上げて挨拶をする。樹莉から、剥いたばかりの梨を一切れもらい、
「美味い! 梨の美味しい季節が来たなあ……ありがとー」
 とお礼を言った。
 そして私達には軽く会釈をして部屋を出て行こうとする。
「あ……邪魔しちゃいました? すみません……」
 私が慌てて頭を下げると、
「いや、そろそろ帰らないと。うちのボスが昼過ぎぐらいに帰ってくるから〜」
 忙しいらしい。
「これから会社なのかしら? 大変ですね」
 帰って行くデジモンを見送る。私は何も疑問に思わなかったけれど、樹莉が
「あれ? でも、今日って確か日曜日じゃなかった?」
 と気付いた。
「年中無休だからな、あそこは」
 マスターが苦笑している。それが意味深な笑みだったので、
「何のお仕事ですか?」
 と私が訊ねたら、マスターは
「便利屋みたいなものをしている」
 と教えてくれた。
 部屋の片付けの請け負いとかしているのかしら?と私は思った。
「必殺仕事人みたいなこともするんですって!」
 樹莉がそんなことを言ったので、私もアリスも、レナモン、ドーベルモンさんまで顔を見合わせた。
 アリス以外の皆はそれぞれ、丸椅子に腰掛けた。
「それで、誰のことをその必殺仕事人が狙うんですか?」
 そうマスターに訊ねたのはレナモンだった。
「まあ、それは例え話だから。今は私が動けない分、情報を集めてもらっている」
 マスターはふう、と溜息をついた。
「昨日、『サイクロモンの手』が現れたそうだ」
 そう、マスターは言った。

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