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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
秘密を抱えて 4 Side:PHANTOMON
 翌日。朝日が眩しくて目が覚めた。オレは寝相が悪いので窓の近くまで転がっていた。メタルファントモンはもう起きているみたい。同じ部屋にいたはずなのに、もういなかった。
 朝食の支度を手伝おうと、急いで一階に下りる。すると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
 大きな木の扉を開けると、マーメイモンがいた。デジモンの姿だった。
「ファントモン、おはよう。今日は堂々と、正面から来たわよ!」
 と言いマーメイモンがウインクしたので、オレは笑ってしまった。
「マーメイモン、おはよう!」
 マーメイモンが泡になって消えなくて良かった!
 家の中に案内すると、マーメイモンはカウンターから台所を覗き込む。すでに朝食の支度を始めていたメタルファントモンに、マーメイモンは驚いている。
「あら。貴方達、料理が得意なの?」
 メタルファントモンは苦笑する。
「男所帯だから様子を見に来てくれたのか? それは感謝する」
「ええ。昨夜、ファントモンとお茶会をしたの。美味しいお茶のお礼にって思ったけれど、必要無かったわね。凄いわ〜」
「これぐらいは作れる。驚くほどではない」
 と、メタルファントモンは味噌汁を作りながら答える。
「マーメイモンは、朝ご飯食べた?」
 オレが訊くと、
「いいえ、まだ……。私はいつもファーストフードで済ますから」
「ええと……お店ってこと? じゃあ、一緒に食べる?」
「一緒に? いいの?」
「うん。いいよね、メタルファントモン?」
 オレはメタルファントモンに訊ねた。
「ああ、かまわない。人数が多い方が朝食は美味いからな。多く飯を炊いていたから余裕はある」
 マーメイモンはエプロンを持ってきていて、それを着るとダイニングテーブルを拭いたり、箸を並べたりするのを手伝ってくれた。
「ファントモンから事情は聞いているが、そういう事情なら言ってくれれば良いものを……」
 メタルファントモンに言われ、マーメイモンは不機嫌そうにふいっと横を向いた。
「それは女のプライドが許さないわ! 私、これでもモテますから。それなりに自信ありましたから――ああ、悔しい! 私、貴方は嫌い! 心の底から嫌い! だーいっきらいよっ!」
 マーメイモンはぶつぶつと文句を言う。
 メタルファントモンは料理をする手を休め、右手を少し持ち上げて小指を見つめる。
「俺は御主人様と指きりをしたから無理なのだ。すまないな……」
 マーメイモンはそれを聞き、びっくりしている。
「あの噂の『黄金の魔爪』で指きり? それは本当? そんな……ファントモンとは無理矢理『指きり』したって聞いていたけれど、貴方は自分からしたの?」
「ああ。俺は御主人様を大切に思っているからな」
 とメタルファントモンは言い、にやりと笑う。
 マーメイモンは
「のろけ話、禁止よ――!」
 と目くじらを立てて怒る。
 メタルファントモンは笑い、マーメイモンに訊ねる。
「それで? 今ここに来たのは、本当はどういう用件だ?」
「え……」
「何か俺達に話したいことがあったのではないか? 俺達に朝食を用意しようとするなど、貴女の立場が悪くなるだけだと思うのだが……」
 メタルファントモンが気をきかせてそう訊く。
 オレはそういうことを考えてもみなかったので、驚いてマーメイモンを見つめた。
「また何かあったの?」
 マーメイモンは真面目な顔で、
「デジコアの欠片の組み立てをお手伝いするわ。私がファントモンの友達なら、そうして当然でしょう?」
 と言った。
「本当に?」
 オレはますます驚いた。
「ええ。メタルファントモンは見ていて腹立たしいもの。早急にデジコアの欠片達を組み立てさせて、リリスモンの元へ返品したいの!」
 マーメイモンがそう言うと、
「俺は不用品か……」
 とメタルファントモンは苦笑した。
「いいの? セラフィモンに怒られない?」
 オレは心配になったけれど、マーメイモンは鼻息荒く、
「私に正確な情報をくれないくせに、威張り散らすもの! これぐらいどうってことないでしょう!」
 と言った。
「そのペンダントの呪いがあったから必死だったんだね……」
 オレはペンダントを眺めた。黒真珠は昨夜オレが見た呪いの影も無く、柔らかな光を放っている。
「報酬が目当てでもあったの……欲深いと良くないわね」
「そんなにお金、欲しかったの?」
 オレが訊ねると、
「……うちの母が今、入院しているの。少しずつでも……少しでも多くお金が……治療費が欲しかったのよ……」
 マーメイモンはぽつり、ぽつりと言った。
 思いもしなかったことを言われ、オレもメタルファントモンも驚いた。
「病気なの?」
「どんな病状だ?」
「ええ……原因は解らないと言われたわ。町内会の旅行でリアルワールドの東京に出かけたんだけれど、そこでウイルスの事件に巻き込まれたのよ。幸い大したケガも無くて、事件の翌日にようやく連絡が取れて……。電話では元気な声だったのに……帰って来てすぐに、突然倒れたの……」
 マーメイモンはぎゅっと、テーブルの上に乗せている両手を握る。
「うち、妹が多くて……。父は早くに亡くなって、皆を母が育ててくれて……。……うちのお母ちゃんにもしものことがあったら……。どうしても治したい。元気になってもらいたいの……」
 オレはマーメイモンの傍に飛んで行き、見上げる。
「だったら、オレ達の手伝いはいいよ。お母さんの看病が一番大事だよ!」
「いいの。妹達がちゃんと見てくれているから。私は朝と夕方、お見舞いに行ければいいのよ。お母ちゃんも、『ちゃんと仕事して』って言うもの……」
 メタルファントモンが「うむ……」と考え、そして
「良い医者を知っている。そのデジモンに診てもらってはどうだろう? 名医だ」
「名医! 本当なの?」
「ああ。それに、優秀でしかも美人の看護婦付きだ」
 と提案した。
「そんなデジモンを知っているの? どこにいるの?」
 マーメイモンは顔を輝かせた。
 オレは
「あれ? それって、もしかして……?」
 と訊ねた。
「想像しているとおりだ。ウィザーモン先生達ならきっと治してくれる」
「そうだね、そうだよね! オレからも頼んであげる!」
 オレは大きく頷き、マーメイモンに約束した。
 オレ達が朝食を運ぶと、そこにまた、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい! 誰かな? ロップモンかな……?」
 オレは玄関へ急いだ。ガチャッとドアを開けると、白銀色の何かがそびえ立つ。
「え? えええっ?」
 そこにいたのは……なんと、デュナスモンだった!
 輝く白銀の鎧姿。頑強で鋭い眼差しの聖騎士型デジモンは、オレの目の前にドーンと立っていた。
「早朝にお訪ねして申し訳ない……」
「お…はようございます……」
 オレは圧倒され、驚き過ぎて言葉に詰まった。
 メタルファントモンが来てくれて
「遠いところをわざわざここまで……早急な用件とお見受けするが、いかがされたか?」
 と訊ねた。
「その……」
「玄関先では申し訳ない。家の中へ入らないか?」
「かたじけない」
 言いにくそうだったので、オレ達は急いで家の中にデュナスモンを案内した。
 エプロンを脱いで席に座り、オレ達を待っていたマーメイモンは、デュナスモンの登場にとても驚いて立ち上がる。
「あら? デュナスモンじゃない! お久しぶり……」
 マーメイモンはデュナスモンを知っているみたい。
 デュナスモンは、というと、マーメイモンを見て蒼白になる。
「あ、あああ、貴方は――」
 と、声を上げ、マーメイモンに、ではなくメタルファントモンに向かって、
「これは――どういうことですか!」
 猛然と声を荒げた。
「いやいや、誤解しないでくれ」
 メタルファントモンは苦笑する。
 デュナスモンは「え!?」という顔をした。
 マーメイモンは
「あのね! そのデジモンはリリスモンのことしか頭にないそうよ。本当に憎らしいぐらい、リリスモンのことだけで自分の世界回しているんだから! たとえどんなデジモン連れて来たって、浮気なんてしないでしょう。
 ――私はただ、二人ともちゃんと朝食食べるのか様子見に来ただけよ。ついでに私の分も作ってくれたの」
 と言った。うんざりした顔のマーメイモンを見て、デュナスモンはきょとんとしている。
「そうでしたか……すまない。てっきり……早とちりで本当に申し訳ない……」
 デュナスモンは頭をかく。
「そうそう、メタルファントモンとは本当に何も無いの。私はどちらかっていうと、ファントモンの方が好きよ。優しいし、かわいいもの〜」
「えっ! ええっ!?」
 デュナスモンが仰け反ったので、オレは首を傾げた。
 ――デュナスモンって、マーメイモンが好きなの?
 そう思ったけれど、
「やめて下さい! 貴女は毒が強過ぎです!」
 とマーメイモンを怒っているので、好きってわけじゃないみたい。
「ふーん……毒? そうなの? あらあら、デュナスモンったら相変わらず主君のために一生懸命なのね!」
 マーメイモンは何かに気付いたみたい。目をキラキラさせている。
「ねえ、デュナスモン! そういうこと? ふーん……ルーチェモンはお元気?」
「いや、その……ルーチェモン様はお元気ですが……」
「私とファントモン、昨夜、お茶会したのよ♪」
「え!?」
「とーっても楽しかったわぁ! ルーチェモンは? 今度はルーチェモンも一緒にお茶会したり……しない?」
 マーメイモンは『しない?』の部分はオレに向けて言った。なのでオレは
「しないよ。友達じゃないもん」
 と答えた。
「あら? そうなの? 友達じゃないの?」
 マーメイモンは驚いている。
「うん。友達じゃないもん。お菓子盗るし……」
 オレがそう言うと、デュナスモンが慌てる。
「いえ、それは……! その……お菓子はリリスモン様にお返ししましたので、本日辺り、こちらに届くと思われます……」
 と頭を下げた。
「返してくれたの? 本当?」
「ええ。それで、あの……こちらはお詫びに……」
 デュナスモンはどこからか、大きな菓子折りを取り出した。
「え!? わーい! お菓子だ――――!」
 と、オレは万歳をした。
 メタルファントモンが
「こら。お菓子に釣られるな」
 とオレをやんわりと叱る。それから
「どういう事情かお聞かせ願いたいが……朝食が冷めてしまうので真に申し訳ないが、我々は朝食をいただきながら……で良いだろうか?」
 と提案した。
「もちろんかまいません。こちらこそ申し訳ない……」
 デュナスモンは恐縮しながら席に着いた。オレは煎茶を用意して、いただいたお菓子を器にのせ、デュナスモンにすすめた。
 デュナスモンはオレの様子を見ていて、
「やっぱりファントモン様に間違いない!」
 と頷く。
「何が? ええと――それよりもオレに『様』っていらないんだけれど……」
「ええ、その……」
 デュナスモンがずいっと身を乗り出して、
「ルーチェモン様のこと、お許し下さいませんか?」
 と言った。ちょっとデュナスモンの顔が真剣過ぎるので、オレはすごく戸惑った。懇願を通り越して威圧を感じる……恐い!
「それは……だって、お菓子盗るし……」
 オレは三杯目のご飯におかかふりかけをかけて食べながら、ぼそぼそと言った。
「もうそのようなことをしないよう、充分に言い聞かせますから!」
「でも……」
 マーメイモンが焼いたアジの開きを箸を使って器用に食べながら、
「ルーチェモンと仲良くしなくてもいいわよ。ファントモンは私と仲良くしましょう? ね?」
 と微笑んだ。
 デュナスモンが
「私達の邪魔をしないでいただこう!」
 と、キッと睨むけれど、マーメイモンは、にこにこっと微笑み、
「えー? どうしようかしら――?」
 と言った。
 ――マーメイモンってルーチェモン達と何かあったのかな? 仲、悪いのかな?
 とオレは思った。
「それではお言葉に甘えまして呼び捨てにさせていただきますが――ファントモン! どうかルーチェモン様のことを許して下さい!」
 デュナスモンはなおもオレに頼み込む。
「許してやれ」
 メタルファントモンまでそう言うので、だんだんオレは腹が立ってきた。
「どうして!」
「ん?」
「オレ、すっごく嫌だったんだもん! とても嫌だったんだもん! 何でそんな風に言うの? メタルファントモンはオレの味方してくれないの!?」
「そんなに嫌だったのか? それは気付かなかった。すまない、悪かった。そうか……我慢していたのか……」
 とメタルファントモンはオレを見つめる。心の中を覗かれたみたいで、オレは居心地が悪くなって横を向いた。
「我慢……そんな……」
 デュナスモンはショックを受けたという顔になる。マーメイモンは、この場の雰囲気が変わってしまったので少し困惑していた。
「……だって、ルーチェモンってオレより年下っぽくない? そういう時って、オレが我慢しなくちゃダメじゃない? オレがちゃんとしていないと、御主人様やメタルファントモンや……皆が迷惑するじゃない? オレ……一生懸命、ちゃんとしているよ? オレ……あまりたくさん我慢したら……辛いもん……」
 オレがぼそぼそと言うと、メタルファントモンはそっと息を吐いた。溜息よりも強くない、ほんの少しのその動作に、オレはびくりとした。
「……ごめんなさい、オレ……我がまま言って……」
「いや、別にいいんだ。お前がそんな風に考えているとはなぁ……嬉しいな、うんうん……」
 勝手に何かに納得しているので、オレは不審に思ってメタルファントモンに
「何が?」
 と訊ねた。
「気を悪くしたなら謝る」
「別に……いいから、何が『うんうん』なの? 答えてよ」
 メタルファントモンが、
「世界が広がったんだな、と思ってな……」
 と言った。
「世界?」
「自分中心だったのに、少しずつ周囲に気を配るようになっている。誰かに怒られるからという自分のためではなく、誰かのために行動出来るようになってきたんだな、と」
「それぐらいのこと、前から出来ているよっ」
「自分の行動がどういう影響を周囲に与えるのかを考えるようになったんだな、と……。これまで、未来へは目を向けていなかっただろう? ……なんだか上手い言葉で言えないものだな。とにかく、俺は嬉しい」
 メタルファントモンが本当に嬉しそうなので、オレはふてくされた。
「……もうちょっと、考えてもいい?」
 デュナスモンに訊ねると、デュナスモンは大きく頷いた。
「ええ、どうぞ前向きにご検討をお願いします! ぜひお友達に!」
「……?」
 変なの。デュナスモンって、オレにすごく期待していない? もしかして、ルーチェモンって友達、全然いないのかな……? まさか、そんなことないよね……?
 オレはデュナスモンの湯のみが空になっていることに気付く。
「あ、ごめんなさい。お茶のお代わりは?」
「いただきます!」
 と、デュナスモンが頷いた時だった。


「デュナスモン! 貴様、何を企んでいる――!」


 ルーチェモンが突然、部屋の中に現れたので、デュナスモンは腰を抜かした。
「ル……ルーチェモンさまっ!」
 ルーチェモンは、オレが今まで見た中で一番怒っている。
「貴様……こそこそとこんなところで! 許さないぞ!」
 ルーチェモンがバトルを始めそうな勢いなので、オレは慌てた。この家、壊されちゃう!
 けれど、マーメイモンの手がオレの頬に伸びてきて、
「お弁当つけて、どこ行くの♪」
 と言いながら、頬に付いていたものを取ってくれた。
「お弁当? ……あ!」
「もう、ファントモンったら! ご飯粒、付いているわよ?」
 マーメイモンは指先のご飯粒をぱくっと食べる。
「ありがとう……御主人様もそういう言い方するんだ……」
 オレは恥ずかしくなった。急に御主人様のことを思い出してしまった。御主人様は今頃、オレ達みたいに朝ご飯食べているのかな……。
 マーメイモンは微笑む。
「あらそう? うちのお母ちゃんもそういう言い方するの。アナタと話しているとリリスモンと会って話してみたくなるわ。イメージしていたのと全く違うんだもの」
「そう?」
「ええ。恐ろしい方だと思っていたもの」
「そんなことないよ。知らないデジモンの前では『七大魔王』らしく振舞おうとするだけみたい」
「そうなの? 立場上、色々と気苦労がありそうね」
 マーメイモンとそんな話をしていると、
「おいおいおいおいっ――――! 貴様っ!」
 ルーチェモンはマーメイモンをビシッと指差した。
「なぜ、ここにいる! ファントモンに馴れ馴れしいぞ!」
 とルーチェモンが言ったので、マーメイモンは
「ファントモン達と朝ご飯を食べているの。私、ファントモンと友達だから〜」
 とXサインをした。
「な……なんだとっ!」
 ルーチェモンは驚き、物凄い形相でマーメイモンに攻撃を仕掛けようとした。
 オレは肩をすくめた。
「もうっ、ルーチェモン! 食事中は怒鳴ったりしないんだよ! バトルもしないの!」
 そう注意すると、ルーチェモンはばつが悪そうに及び腰になる。
「う……うるさい……!」
「うるさいのはルーチェモンの方だよ。ルーチェモンは朝ご飯食べたの?」
「もちろん、とっくに食べたぞ」
 そうルーチェモンは言ったけれど、デュナスモンが
「ルーチェモン様は今朝、スペシャルチョコレート&プリンパフェとアイスティーをお召し上がりになりました」
 と教えてくれた。
「パフェと紅茶?」
「はい! パフェは、新鮮なミルクで作った濃厚な生クリームと、とろけるような味わいのバニラアイスクリーム! ベルギーから特別に取り寄せた三種類の格別な味わいの高級チョコレートを、絶妙なバランスでブレンドしてたっぷり使った深い味わいのチョコレートアイスクリーム! 一番美味しい瞬間に収穫したリアルワールドの産地限定イチゴなどフルーツをたっぷり使い、盛り付けたそれらに濃厚なミルクチョコレートをかけたものです。もちろん、ルーチェモン様の大好物のとろける舌触りの濃厚生クリームプリンをのせて!
 アイスティーはリアルワールドの有名店にブレンドを依頼した、初秋にふさわしい味わい! 名づけるのならもちろん、ルーチェモン様専用オータムブレンド『紅葉の湖』……」
「こら――――――――!」
 オレは腹の底から叫んだ。
 名調子で朝食メニューの紹介をしていたデュナスモンが、
「こら? え? 何か間違っていました?」
 と、きょとんとしている。
「そうじゃない! それは違う!」
 オレは顔をしかめた。
「朝ご飯だよ? それは朝ご飯に食べるものじゃないよ――!」
「あ……いえ、それは別に……」
「別に? 別にいいってこと? 良くないよっ!」
「あの、落ち着いて……」
「落ち着いて聞いていられないよ! 朝ご飯はね、炭水化物、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラルをバランス良く取ること! 丈夫な体を作って、脳にも栄養を送って。そうすると強くて頭の良いデジモンになれるんだよ! すーっごく大切なの、朝ご飯は! 乳母やが言っていたもん!」
 ルーチェモンはムッとする。
「いいじゃないか、そんなこと……」
「だから、良くないの! ダメなんだよ――!!!」
 オレは思い切り凄んだ。
「うう……なんだよ、お前……体から変なオーラが立ち上っているぞ、もう……」
「もう、じゃないよ! ルーチェモンはデュナスモンの隣に座って! 今、おにぎり作ってあげるから!」
「おにぎり? 何だ? そんな庶民の食べるものは……」
「食べるの!」
「うう……お前、うるさいぞ。お節介め……」
 ルーチェモンは渋々顔でデュナスモンの隣に行く。デュナスモンが慌てて席を立ち、ルーチェモンのために椅子を引いて座らせ、自分も席に戻った。
 オレは台所へ行き、お弁当用にとっておいた焼き鮭をほぐして、鮭、塩昆布、梅干、おかかのおにぎりをそれぞれ作った。キャベツとキュウリの浅漬けもおにぎりと一緒にお盆にのせて運び、すすめる。
「どれでもいいから、一つでもいいから食べて!」
 ルーチェモンはおにぎりを眺める。
「手で食べるのか?」
「え? 別にお箸とかフォークで食べてもいいよ。でもそれって変だと思うけれど」
「そうなのか?」
「おにぎりは手で食べてもいい食べ物だもの」
「ふーん……」
 ルーチェモンは恐る恐る手を伸ばし、鮭のおにぎりを食べた。庶民の味だとぶつぶつ言っているけれど、おかかのおにぎりにも手を伸ばす。結局、二つもおにぎりを食べてくれた。そして、
「もう食べられない……」
 と、残った二つのおにぎりを見ている。
「じゃあ、デュナスモンに食べてもらう?」
 とオレが言ったら、ルーチェモンはもの凄い形相でデュナスモンを睨む。
「これは僕の分だ!」
 ――自分の分だって思ったら、もう誰にもあげないの? すごくケチだなあ。やっぱり子供っぽい……。
 オレは台所からラップを持ってきて、それでおにぎりを包んだ。
「じゃあ、これ、お弁当にしたらいいよ」
 と、ルーチェモンに渡した。
「お弁当?」
「うん。お昼にどうぞ。保冷剤入れておく?」
 ラップに包んだおにぎり二つ、小さい保冷剤と一緒に、デュナスモンがどこからか取り出した大きなバンダナに包んで、ルーチェモンに渡した。
「昼は……お前達は?」
「オレ達? ええっと、作業場所で何か食べるよ。ルーチェモンはお菓子ばっかり食べたらダメだよ?ね?」
「……ふん、お前に言われなくたって解っているぞ」
 ルーチェモンは席を立ち、
「帰るぞ。デュナスモン!」
 とデュナスモンを促した。が、
「何を撮影しているのだ、お前はっ!」
 と声を上げた。
 デュナスモンはいつの間にか、黒くて大きなテレビカメラを構えていた。テレビカメラから太く伸びる映像回線の先は、途中で時空に溶け込んでいる。どこか別の場所に繋がっているのなら、この大きなテレビカメラもそこから一瞬で持ってきた……のかな? さすが聖騎士型デジモンだ。
「ルーチェモン様が朝食におにぎりをお召し上がりになるとは! 我らが貴きルーチェモン様の大きな歴史的第一歩! 朝食にお菓子以外のお食事をされるようになったことを、ぜひデジタルワールドの専用チャンネル『チャンネル☆ルーチェモン様』で放送し、ルーチェモン様の健やかなるご成長を見守る数多くのルーチェモン様のファンに伝えなければ! 生放送出来ないことが残念でなりませんが、早急にVTR編集、MA編集を行い、緊急特番として放送します! リピート放送ももちろん行い、専用ホームページでも視聴出来るように! この使命に燃える瞬間が我が喜び……ゴフッ!」
 言っている途中でデュナスモンはルーチェモンから跳び蹴りを食らい、吹き飛んだ。
「――ふん、邪魔をしたな!」
 ルーチェモンは倒れているデュナスモンの頭の角をつかんで、引きずる。そのまま、デュナスモンごと姿を消した。
「凄いな、ルーチェモンって。パッと時空移動しちゃうんだ……凄いなぁ!」
 オレはルーチェモン達を見送った。
「今の話はテレビのことか? ふむ……温泉で時代劇などを見たが、なかなか興味深いものだった……。それに専用チャンネルがあるとは、ルーチェモンの人気というのは想像を絶するものなのだろうな。興味深い……」
 と、メタルファントモンは味噌汁を食べる手を止めて感心している。
「あれ? どうしたの?」
 オレがマーメイモンの方へ振り返ると、マーメイモンはキラキラした目をしていた。
「ううん、気にしないで! ステキだわ〜♪と思っていただけなの!」
「……気になるんだけれど。何が?」
「二人とも、かわいいわぁ!って思って! うふふっ、うふふ〜♪」
「かわいい? なんで? オレ、男になるつもりなんだけれど?」
「うん! どっちでもいいの!」
「??」
「かわいいコ達の友情って、とってもかわいくって、ス・テ・キッ!」
「???」
 オレは良く解らなくて、メタルファントモンに視線を送る。
(どういうこと?)
(さあ?)
 マーメイモンは、うっとりと物思いにふけっている。
 オレとメタルファントモンは、とにかくさっさと朝ご飯の続きを食べることにした。時間がずいぶん経ってしまっていた。



 急いで朝食を食べ終わり、出かける支度をして『家』を出た。
「家? そうだな、宿っていうよりも、しばらくはここが俺達の『家』だな」
 メタルファントモンはそう頷く。
 しばらく急いで歩いていると、ふと、オレは携帯電話を忘れてきたことに気付いた。
「あれ? 忘れちゃったみたい……オレ、取りに帰ってもいい?」
「じゃあ、先に行っているぞ」
「急いでね」
 メタルファントモンとマーメイモンに手を振り、オレは携帯電話を取りに帰った。急いで家の中に入ろうとすると、
「忘れ物、取りに来たの?」
 と声が聞こえた。見上げると、玄関の日よけの上に、船で会ったあの青い髪、赤い目のデジモンがいた! 人間の姿のそいつは、手にオレの携帯電話を持っている。
「あ! オレの!」
「落ちていたから、届けようと思ったところ」
「ああっ! オレ、玄関でリュック落としたっけ……」
 背負っていたリュックサックをオレは肩越しに見た。
 オレの目の前に、ふわりとそのデジモンは下りてきた。あまりにも優雅だったのでオレは見とれてしまった。鳥型のデジモンなのかな?
「ありがとう! ええっと……名前、何て言うの?」
 オレが訊ねると、そいつは肩を竦める。
「俺の名前、ねえ……」
 ちょっと人差し指を顎に当てて「んー」っと考え、そして、
「ピーコ、でいいや」
 と言った。
「ピーコ?」
「ああ。それでいい」
「えっと……オレには名前、言えないの?」
「今は教えない。秘密」
「秘密? どうして?」
「秘密が多い方が、世の中面白いだろう?」
 そいつはさらりと言った。少し長い前髪が揺れる。青い髪は日の光を受けると空のような青になる。
「メタルマメモンに兄弟が出来たっていうから、どんなデジモンなのかって思って、さ。――なーんか、予想外!」
「それって……がっかりしたってこと? ひどい……」
「面白くなってきたな、ってさ」
「バカにしているの?」
「そうじゃないよ。お前、勘ぐり過ぎだぞ?」
「だって……」
「俺のこと嫌い?」
「嫌い……」
「そっか? ふーん……お前とメタルマメモンって、似ているんだな」
「そうなの?」
「あいつも俺のこと好きじゃないって思っているから」
「……」
 ――そうなんだ……。
 オレは不思議な気持ちになった。メタルマメモンとオレって、似ているところがあるのか……。
 そいつはオレの顔を覗き込む。
「俺、こっちは嫌いだから。でもお前達は面白いことやりそうだから、また来ようっと!」
「こっち?」
「デジタルワールド」
「デジモンなのにデジタルワールドが嫌いなの?」
「ああ」
「ふーん……」
 ピーコと名乗ったそいつは、腕時計を眺めた。
「……と、そろそろ時間だ」
「リアルワールドに帰るの?」
「午後の授業に間に合わなくなるから。ほら、赤ずきんちゃんも急がないと遅刻するぞ」
 そう言われ、オレはちょっと嫌な気分になった。
「そういう言い方、やめてよ! オレ、ファントモンだもん! それに、何その『赤ずきんちゃん』って?」
「なんだ、知らないのか? 解ったよ。じゃあ、またな。ファントモン」
 ピーコは笑う。
 オレは
「じゃあね!」
 と手を振り、メタルファントモン達の所へ急いだ。
 ――ピーコの本当の名前って、どんなだろう?
 オレはふと、飛ぶのをやめて空を見上げた。木々の隙間から青空が覗く。
 ――今、空からオレはちょっと隠れているのかな……。
 心の中にたくさん秘密があって、それがあるからちょっと……悲しくて寂しい時もある。けれどピーコのように、秘密があったほうがいいと思うデジモンもいるんだ。それにマーメイモンのように、代々、秘密を受け継ぐデジモンもいる……。
「秘密って、嫌なものばかりじゃないんだ……」
 オレはなんだか、心が軽くなった気がした。
 今日はもっと頑張れる、昨日よりもずっと強くなれる。そんな気がした。

----------

 好き勝手な番外編でしたが、リリスモンが出てきた当初から予定していたマーメイモンをようやく出せて一安心です。
 本当はリリスモンとセットで登場する予定がだったんです。マーメイモンは時折、とんでもない妄想にふけるデジモン、という設定なのです(笑)

 そして、謎のデジモン。『ピーコ』と名乗っていましたが、オ○ギとピ○コなノリです(笑) 正体バレバレです。
 彼はメタマメ登場時に、セットで登場する予定でした。ガニモン登場させたら出番無くなっちゃって。
 そして彼は、メタマメを非常にライバル視しています。本当はメタマメよりも年下です。

 ちなみに、船の中ではスニーカーなどが良いでしょう。下駄やサンダルは本当はダメです。意外にも甲板が滑りやすいのです。

 ところで、『チャンネル☆ルーチェモン様』はDPTV(デジタルワールド・パワーテレビジョン株式会社。もちろん冗談です(笑))のルーチェモン様ファンのための専門チャンネルです(笑)
 ルーチェモン様の日々の過ごし方紹介はもちろん、ファッション、音楽情報(フォールダウンモードでCD出しています、笑)、今日のお食事(デュナスモン達のクッキングレシピもご紹介v笑)、本日のバトルまで!
御視聴に関するお問い合わせはDPTVカスタマーセンターまでどうぞv(ほんとに冗談です、笑)

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