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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
Sweet Little Children 2 Side:NEFERTIMON
「こらー! 下りなさーい!」
 私が駆け寄ると、
「べつにかまわないから」
 とケルビモンさんはにこにこしている。
「でもっ!」
 弟達がケルビモンさんの耳にぶらさがってぶらんぶらんと遊んでいるのをハラハラしながら見る。
「大丈夫だよ。痛くないから。――そうだ。飲み物は私が用意するよ」
「ええ? お客様は座っていて下さい!」
「お客様じゃないから」
「え?」
「遊んだり勉強したり、ね?」
「ええっ?」
 私はもっと驚いた。
「お迎えだけじゃないんですか? でも……」
 ケルビモンさんは私に笑いかけ、
「寒いから、美味しいココアを作ろうか?」
 と言った。そのとたん、弟達が
「ぼくも!」
「ココア〜!」
「コッコッア! コッコッア!」
「はやく、はやく!」
 と口々に言った。
 ケルビモンさんは、
「ココア飲みたい子!」
 と言ったら、弟達は
「はーい!」
「はーい、はーい!」
 と大きな声で返事をした。
「ん? 見えないな? どこにいる子かな?」
 そうケルビモンさんが言ったとたん、弟達は羽の形の耳をパタパタさせてケルビモンさんの前に横一列に並んで、
「「「「はーい!」」」」
 と声をそろえた。
 私はもっとびっくりした。怒鳴らないでこんなに弟達を行儀良くさせたデジモンは初めて!
「特製の美味しいココア、自分で作ってみたい子は?」
 そう言ったので、私は瞬きした。
「特製? どこで売っているんですか?」
「キッチンにココアはあるんだよね?」
「ええ、はい……」
 私はケルビモンさんをキッチンに案内した。弟達も飛んでついてくる。
 ケルビモンさんは、いつも私達がレンジで温めて作っているココアを手に取る。普通にスーパーで売っている、お湯か温かい牛乳を注ぐだけのココアを、小めの鍋に入れた。
「鍋で作るんですか?」
「うん」
 人数分だと、けっこう量は多い。
 それに冷蔵庫から出した牛乳を少しずつ入れた。
「これぐらいかな?」
「少なくないですか?」
 飲める分量じゃない。全然少ない。
「混ぜるのを手伝ってくれるかな?」
 ケルビモンさんは弟達に頼む。
「まぜまぜするの?」
「クリームみたいにするんだよ」
「ふーん……」
 キッチンの調理台の上に鍋敷きを敷き、その上に鍋をのせる。弟達が交代で、ココアのクリームをゴムベラで混ぜながら作る。
「うごかすなよ」
「まぜまぜ〜」
「つぎ、ぼく!」
「ぼくのほうがじょうずにまぜられる!」
 弟達は楽しそう。私も何かしたかったのに……。
 ケルビモンさんが
「ネフェルティモンちゃん、おやつは?」
 と訊いた。
「あ、はい。買ってきます」
 と、私は頷いた。そうね、今のうちに何か買ってこよう。
「買ってくるの? いつも?」
「はい」
「どういうもの?」
「ケーキとか、プリンとか……」
「そう……うん、作ろうか?」
 ケルビモンさんがそう言ったので、私は嬉しくなった。
「何を? お菓子を作れるんですか?」
「ネフェルティモンちゃんは何かお菓子、作ったことはある?」
「いいえ……」
 自分達でおやつを作ったことなんてない。子供だけで火を使うのはダメだから。でも、ケルビモンさんがいるなら、何か作ってもいいんだわ! 何を作るのかしら、ケルビモンさん!
 ケルビモンさんは大型の冷蔵庫の中を見て、カウンターのフルーツかごを見る。隣のバナナ掛けを眺める。
「んー? ……やっぱりホットケーキ、かな?」
「ホットケーキ!」
 思わず私は大声を上げた。
 弟達も目を輝かせた。
「ホットケーキ!」
「すっごーい!」
「ホットケーキ作るの?」
「うわー、うわー、うわー!」
 ケルビモンさんは慌てる。
「え? あ……弟くん達はホットケーキ好き? ええっと……ネフェルティモンちゃんは? ホットケーキって、嫌い?」
「いいえ、大好きです! 作れるんですか?」
「うん、作れるよ」
「わあ……!」
 ケルビモンさんはとたんに、顔を真っ赤にした。
「あの……ごめんね……」
「ええっ? 嘘なんですか? ホットケーキ、作れないんですか?」
「え? ううん、あの……ここにある材料で作るわけじゃないんだ。おやつが作れる材料は無かったから。予想していたんだけれど……」
「材料? 何か足りないなら私、買ってきます!」
 私がウサギちゃんのお財布を取りに行こうとしたら、
「こっち……」
 と呼び止められた。私はケルビモンさんと客間へ戻る。
「こっち? ……わっ!」
 ケルビモンさんの通学用バッグから、ビニール袋入りのホットケーキミックスと、生クリームのパックが出てきたのだから、驚かないわけにはいかない!
「こういうのみんなで作ったら楽しいかな?って……最初から考えていたことで……というか、ホットケーキミックスで作るからそんなに味は……喫茶店並みとか、ましてやホテルのデザートみたいなものを期待しないでね? もっとすごいの用意した方が良かったかな? 期待を裏切っちゃった? がっかりしたなら……本当にごめんね。……嫌いになっちゃった?」
 ケルビモンさんはしょんぼりした顔をする。
 私は、
「……点数稼ぎで?」
 と呟いた。
 ケルビモンさんは瞬きをした。
「え? 点数? 何?」
「あ、いいえ、べつに……」
「ん?」
「あの、あのっ! 私、おなか空いています! キッチンで急いで作りましょう!」
 ホットケーキミックスなどを抱えて首を傾げているケルビモンさんを、私は急かした。
「そうだね」
 ケルビモンさんは頷く。
「お手伝いします!」
「え?」
「運ぶのお手伝いします!」
「ありがとう、ネフェルティモンちゃん」
 ケルビモンさんは私に生クリームのパックを渡した。私はそれを受け取り、ちょっと誇らしかった。
 キッチンに戻ると、ココアクリームは出来上がっていた。ケルビモンさんはそれに牛乳を少しずつ足してくれて、弟達は真剣な顔をして混ぜた。
 ココアの鍋にはひとつまみ、ほんの少しだけ塩を入れた。
 それを火にかけると、次はホットケーキミックスでホットケーキを作る。ボールに粉を入れ牛乳で混ぜ溶き、出来上がったのはとろとろの生地。これがホットケーキになるの?と私達は皆、首を傾げた。
「ホットプレートはある?」
 ガーン……。ショック……そんなものはうちにない!
「ないです……ないとダメですか? 作れませんか?」
「大丈夫。なければフライパンでいいよ」
「そうですか? 本当に作れますか?」
「大丈夫だって。ごめんね、心配しちゃった?」
 ケルビモンさんはたくさんあるフライパンから一つを選び、ガス台で熱した。サラダ油を少し垂らし、ひいたら、とろっとした生地をお玉で流し込む。
「ぼくもやる!」
「ぼくも!」
 弟達がやりたがったので、ケルビモンさんは弟達を順番に抱え、ホットケーキを作らせてくれた。
 そのうちココアが出来上がったので、ケルビモンさんはココアの鍋の火を止めた。
 しばらくして、最後のホットケーキを焼く時に、
「ネフェルティモンちゃんも作ってみる?」
 とケルビモンさんは言ってくれた。
 私もやってみたい!と思っていたので、私も抱えてもらって、ホットケーキを焼いた。ホットケーキは膨らんで、ぽつぽつ空気の泡が浮かんでくる。
「うん。そろそろいいかも。上が少し乾いてきたよね? そう、こうして、ひっくり返して……上手だよ」
 うわぁ! 焼き色がついて……面白い!
「竹串を刺してみて。べたっと生地がつかなかったら出来上がり」
「出来ました!」
「美味しそうだね」
「はい!」
 ケルビモンさんは皆のマグカップに注がれたココアに生クリームを乗せた。――いつの間にか作っていたみたい。すごい!
 そして、ホットケーキには一口サイズに切ったバナナとハチミツがかけられた。ああ、だからフルーツかごとか、覗いていたのね……。
「あの……お兄ちゃんの分、とっておいてもいいですか?」
 私が頼むと、
「もちろん。喜んでくれるといいね」
 ケルビモンさんは嬉しそうに言った。
 特製ココアはとても美味しかった! ホットケーキも、とても美味しかった!
 皆であっという間に食べた。先にお兄ちゃんの分を選り分けておいて正解!
 片付けは皆でやった。使う前よりキッチンは綺麗になった。
 片付けが終わったので、弟達ははしゃぎながらキッチンから走って行った。
 ケルビモンさんはテーブルを拭き終わり、ふと、
「お手伝いさん、毎日来ていたんだよね……」
 と呟く。
 私はケルビモンさんの方を見ていたので、ケルビモンさんがふと私の視線に気付いた時に目が合った。
「……」
「……」
 私達は一瞬、無言で見つめ合う。先に視線を逸らしたのは私だった。
 ケルビモンさんがすぐに私に歩み寄り、しゃがんだ。
「……ごめんね」
「謝らないで下さい! ケルビモンさんは悪くないじゃないですか!」
 私は泣きそうになった。
「弟くん達のところ、行こうか? お絵描きするんだって、言っていたから……」
 ケルビモンさんは私を促す。二人で弟達の部屋に行くと、お絵描きをして遊ぶ弟達の面倒を見た。
「ネフェルティモンちゃんも何か描く?」
 私は画用紙を一枚受け取った。
「何かって?」
「心に浮かんだもの、何か……何でもいいよ。好きなものとか……」
 私は画用紙を見つめた。真っ白な画用紙に、何を描いていいのか……解らない……。
「ケルビモンさんも描く?」
 弟達がケルビモンさんを誘う。
「うん。そうだな……」
 ケルビモンさんは、不思議な風景を描いてくれた。
「これはどこ? ――あ! リアルワールド!」
「正解。ネフェルティモンちゃん、解った? すごい!」
「本で……旅行の本に写真が載っていました」
「そうか。私はこないだ、フランスに行ったんだ。エッフェル塔は写真で見るよりもずっと大きくて素晴らしいよ」
「そうなんですか!」
「凱旋門も見たんだ。大きかったよ。――そうだ、ネフェルティモンちゃん。どこか、行ったことのある所の絵でもいいよ。絵で描いて教えて」
「絵で?」
 面白そうなのに……本当に涙が出そうになった。
「ネフェルティモンちゃん?」
「……なんでもない…です……」
 どうして私、何も絵、描けないんだろう……。何も心に……浮かばない……。



 玄関で「ただいま」と声が聞こえた。塾からお兄ちゃんが帰ってきた。
 お兄ちゃんはすぐに子供部屋へ来た。
 デジタルワールドでは今、リアルワールドの文化やファッションが大ブーム。なので、お兄ちゃんは最近ずっと人間の姿で過ごしている。人間の子供の姿のお兄ちゃんは、色の趣味が大人びているから女の子に人気がある。今日着ている服も黒いダッフルコートにトレーナー。そしてジーンズ。
「お兄…ちゃん。お帰り…なさい……」
 泣きそうになっていたので、上手く言えない。
 お兄ちゃんはケルビモンさんを見上げる。
「妹達の面倒をみていただけて助かりました。後は大丈夫です。僕達だけで過ごせますから」
 お兄ちゃんは丁寧な言葉遣いでそう言って、弟達のお絵描きを見てくれていたケルビモンさんに頭を下げる。
「そう? うん、解った……」
 ケルビモンさんは戸惑った顔をしている。
 私達は玄関で、ケルビモンさんを見送った。また降り始めた雪の中を、ケルビモンさんは帰って行った。
「追い返すみたい。感じ悪い……」
 私はちょっと罪悪感にかられた。
「いいんだよ。仕方ないだろ? 三大天使が『お荷物』の面倒を見ているなんて、ケルビモンさんに迷惑だから」
「うん……」
 私は急にとても寂しくなった。弟達もつまらなさそうな顔をしている。
「ネフェだって、嫌だったんだろ?」
 そうお兄ちゃんに言われ、私は首を横に振った。
「楽しかった……」
「え? どうして?」
「ココア作ったの……。ホットケーキも作ったの……」
 私達はキッチンへ行った。
 お兄ちゃんはラップのかかったホットケーキのお皿と、ココアの入ったマグカップを見つめる。
「……」
「皆で作ったの」
「そっか……」
「美味しかったわ」
「うん、美味しそうだ。電子レンジで温めるの?」
「え? うーん……そうかも」
 少し電子レンジで温めて、お兄ちゃんはホットケーキを食べてココアを飲んだ。
「あのさ……」
 黙って食べていたお兄ちゃんは、食べ終わると皆の顔を見た。
「やっぱり……まずいよ」
「え! 美味しくない? 温めたらダメ?」
 お兄ちゃんはフォークを置いた。
「違う。美味しいけれど……ホットケーキもココアも美味しいけれど、やっぱり……三大天使がお手伝いさんみたいなことしているの、まずいよ」
「まずいって、『悪い』の意味? そうよね……」
 私が呟くと、お兄ちゃんは頷く。
「これからしばらくお迎えに来てくれるなら、幼稚園と保育園から帰ってきたらそのまま帰ってもらった方がいいよ」
 お兄ちゃんが言うと、弟達は「ええー!」と頬を膨らませて床を踏み鳴らし、抗議した。
「ダメなんだよ。ケルビモンさん、高三だぞ。大学決まっているけれど、三大天使としての任務もあるんだ。本当に忙しいんだよ。今だって、きっと……家に帰るわけじゃないんだよ……」
 お兄ちゃんがそう言っても、まだ小さい弟達には伝わらない。お兄ちゃんが意地悪を言っていると思ったみたいで、怒りながら子供部屋に戻って行った。
「パタ達には解らないだろうけれど、ネフェだったら解るよな?」
「うん……」
 お兄ちゃんはお皿とマグカップを流しに運ぶ。洗いながら、
「こういうの、お人好しって言うんだよ……。こんなところでホットケーキ作っている場合じゃないはずなのに……」
 と言った。
 私はとても悲しかった。そして、お兄ちゃんも私と同じぐらい、悲しそうな顔をしていた。



 ところが、翌朝。
「おはよー!」
 と、ケルビモンさんが家に迎えに来てくれた。
 朝起きたら両親がすでに仕事に出かけていて(パパはもしかしたら昨夜は家に帰って来なかったのかもしれないけれど)、食パンを焼いて適当な朝ごはんを作り始めていた私達はびっくりした。
「パン焼いていた? 目玉焼き作ろうか?」
 と、ケルビモンさん。キッチンへ行き、手早くベーコンを焼いてその上に卵をぽんと乗せてふたをする。冷蔵庫からレタスを取り出して洗ってちぎり、プチトマトを洗う。洗ったきゅうりを少し厚めにスライスする。
 あっという間に、ベーコン付き目玉焼きとサラダになった。
「パンの上にのせようか?」
 マーガリンをぬった焼きたて食パンの上にベーコン付き目玉焼き。いつもはパンにつけているマーマレードはプレーンヨーグルトの上に。
「朝、しっかりご飯を食べると脳に栄養が行くから勉強はかどるよ」
 と、ケルビモンさんはお兄ちゃんに言った。お兄ちゃんは
「ケルビモンさんは毎朝食べる?」
 と訊ねる。
「私は食いしん坊だからね。しっかり食べるよ」
 ケルビモンさんは照れ笑いをした。
 皆で食べると、とても美味しくて楽しい。
 食べながら、
「……?」
 ふと、サラダの二粒のミニトマトがウサギさんの目のように見えた。きゅうりは……耳?
 弟達が
「やさい、きらーい」
「トマト、きらーい。やだ」
「レタス……食べたくない」
「きゅうり、やだー」
 と言い始める。
「ええと、サラダは……」
 ケルビモンさんが言うのを、
「このサラダ、動物だろ?」
 とお兄ちゃんが言った。
「え? あ! ブタだ!」
「イヌだ!」
「クマ! クマ!」
「トラ! ガオー!」
 とたんに、弟達はパクパク食べ始めた。
 お兄ちゃんはすでに食べ終わっていたから、何の動物かは解らなかった。
 じゃあ、私のは……ウサギさん?
 ふと、ケルビモンさんがこっちを見ていることに気付いた。
「ネフェルティモンちゃんもサラダ嫌い?」
 心配そうな顔して訊かれ、
「べつに……平気です」
 恥ずかしくなって、私もサラダを食べた。
 食事の後、片付けをして身支度を整えると、皆で家を出た。
 さすがに弟達も、自分達はまずいことをしていると気付いてきたみたい。ケルビモンさんが目の前にいても、よじ上ったりしないで大人しく低空飛行をする。
 皆で行くけれど、お兄ちゃんは途中まで。小学校へ向かう坂道のところで「いってらっしゃい」。
 その後、私を幼稚園へ送り、弟達を保育園へ。ケルビモンさんだって、高校に行くのに……。今の時間からだと、遅刻ギリギリじゃないの?
 その日、塾から帰って来るなりお兄ちゃんは私の部屋に来た。
「うちの親、サイテーだな! 自分達の子供の世話を同僚に頼んでいるんだぞ! バイトで雇っているわけでもないのに!」
 と、ただいまと言うのもそこそこに、私に文句を言った。
「うん……」
 私は生返事だった。
「どうした? なんだそれ?」
 お兄ちゃんは机に向かっていた私の手元を覗き込む。
「見ちゃダメ!」
 私は覆い被さるようにそれを隠した。
「隠す必要あるのか? 何も描いてないだろ?」
「……」
 私は体を起こした。
「画用紙?」
 お兄ちゃんは白い画用紙を面白そうに見つめる。
 私は
「ねえ、お兄ちゃんなら、何を描く?」
 と訊ねた。
「何を? 何でもいいの?」
「うん……」
「んーそうだな……貸せよ」
 お兄ちゃんが手を差し出したので、私は首を横に振った。
「これは私の! 私が……私が何かを描きたいの!」
「なんだよ……怒るなよ……」
 何かが私の中で、弾けた気がした。
「私だって何か描きたいの! でも、解らないの! 全然頭に浮かばないの! 私だって、パタ達みたいにケルビモンさんに『描けました!』って……言いたいの……」
 大声で言った。私が手に力を込めたので、白い画用紙の下の部分がくしゃっと歪んだ。
 私は……泣いてしまった……。仮面の下は涙の洪水だった。
 お兄ちゃんはそのうち、「ごめん……」と部屋を出て行った。



 私達は話し合って、早起きをすることにした。そうすればケルビモンさんは高校に遅刻ぎりぎりにはならないから。
 私達はケルビモンさんに迷惑をかけないように、あまり話をしないことにした。それを言い出したのはお兄ちゃんなのに、けれど……お兄ちゃんは少しずつ、ケルビモンさんと話をするようになっていたみたい。
 毎日楽しいけれど、なんだかとても申し訳なかった。
 私達がケルビモンさんと初めて出会ってから二週間後のクリスマスの日、
「ちょうどお給料入ったから」
 とケルビモンさんが私達にそれぞれプレゼントをくれた。
 三大天使になるとお給料が入る。高校生のケルビモンさんはママ達よりずっと少ないけれど、でも普通のアルバイトよりは多くお給料がもらえると話してくれた。
 私には英語の辞書をくれた!
「ありがとうございます……」
 図書館では辞書類は館外貸し出し禁止だったから、とても嬉しかった。
 弟達にはクレヨンで足りなくなっていた色をくれた。皆、お礼を言いながら受け取ると、
「あかだ! ギルモンかける! わーい!」
「みずいろ! ぼくブイモンかく!」
 なんて言っている。
 そしてお兄ちゃんには、
「はい。――内緒だよ?」
 と、何か箱のようなものをくれた。
「え……本当に?」
「うん」
「ありがとうございます!」
 何をもらったのか、お兄ちゃんは教えてくれなかった。
 なんとなく、私は面白くなかった。お兄ちゃんばっかり……ケルビモンさんと内緒話? ずるい……。
 ケルビモンさんと一緒に簡単なケーキを作った。フライパンで焼いたアップルケーキに、甘い紅茶。とても楽しいのに、でもちょっとだけ……つまらない……。
 食器の後片付けを手伝っている時、ケルビモンさんが
「ネフェルティモンちゃん」
 と私を手招いた。
「はい」
「あの……プレゼント、本当は嬉しくなかった?」
「?」
「もしも他に欲しいものがあるのなら、それに替えようか? ネフェルティモンちゃんはウサギさんが好きだから、ウサギさんのバックとか、そういうものが欲しかったのかな? ごめんね、私は女の子が欲しいものは考え付かなくて……」
 しどろもどろに言うケルビモンさんに、
「ごめんなさい……」
 と呟いた。だって、困らせてしまっているから……。
「謝ることないよ。何が欲しい? 言ってみて」
「えっと……そうじゃないんです……」
「遠慮しないでいいよ?」
 どうしよう。お兄ちゃんが羨ましいって聞いたら、困るよね? えっと……。
 私は苦し紛れに、
「ケルビモンさんは? プレゼント、欲しい?」
 と訊ねた。
「私? うーん……」
 ケルビモンさんが考え込んでいる。
 私はふと思い出して
「ちょっと待っていて下さい」
 と、三階の自分の部屋へ戻った。幼稚園のバッグから、折り紙で作ったピンク色のウサギさんをそっと取り出した。先生から「幼稚園のクリスマスツリーはしまうから、皆が作った飾りはおうちで飾ってね」と受け取ってきたもの。
 一階へ戻ると、それをケルビモンさんに差し出す。
「これ、あげます」
「私に? ネフェルティモンちゃんの大事なウサギさんだよ? いいの?」
「クリスマスに何もプレゼントないのは寂しいでしょう?」
「本当にいいの? うわー、ありがとう! 大切にするね」
 ケルビモンさんはにこにこと微笑んだ。
 その夜、パパとママは仕事の後にパーティーへ行く予定だったので、ケルビモンさんは夜になるまで私達の傍にいてくれた。
 夕ご飯を一緒に食べてから、
「じゃあね。メリークリスマス!」
 元気に帰って行くケルビモンさんを私達は見送った。
 新しいお手伝いさんがそのうち見つかって、送り迎えしてくれなくなったら? ケルビモンさんは私達のこと忘れちゃうのかしら……?
 寂しくて、寂しくて……クリスマスの夜なのに、なかなか眠れなかった。


 ――夜中、悲しい夢を見た。
 ケルビモンさんがサンタクロースの服を来て、私にプレゼントを渡す。
「これから一年かけてデジタルワールド中の子供達にプレゼントを配るんだ!」
 はりきるケルビモンさん。
 でも……それじゃ、またここに来てくれるのは、一年後なの? そんなにずっと、会えないの?


 翌朝、私は泣き腫らした目で一階に下りた。
「ネフェルティモンちゃん、おはよー!」
 と、キッチンにいたケルビモンさんが手を振る。
「ケルビモンさん……?」
「あれ? どうしたの? 怖い夢見た?」
 ケルビモンさんはびっくりした顔をしている。
「怖い夢って……それよりも! どうして? どうしてケルビモンさんがここに? 今日は幼稚園も保育園も小学校も無い日なのに! 今日から冬休みなのに! どうしたんですか?」
 ケルビモンさんは困った顔をして微笑む。
「オファニモンが昨夜のパーティーで酔いつぶれちゃったらしくてね。急性アルコール中毒で一日だけ入院するんだって」
「入院!」
「大丈夫だよ。一日だけだから」
 ああ、恥ずかしい! デジタルワールドの病院のベッド数が足りないって、ニュースで報道しているのよ。深刻な社会問題だって。それなのに……なんで三大天使のママがそんなことしちゃっているの! もう! 私は大人になっても、絶対にお酒飲み過ぎでそんなことしないわ。恥ずかし過ぎる!
「大丈夫だよ。ネフェルティモンちゃんは優しいんだね……心配しなくても大丈夫だよ」
 急に下を向いて黙ったのでケルビモンさんはそう言って励ましてくれた。……ごめんなさい、本当は違うんです……。
 ケルビモンさんはパパのことは言わないし、訊かない。もしかしたらケルビモンさんは、パパのことすごく嫌いなのかもしれない。
「もうすぐコーンポタージュが出来るからね」
 背中を向けるケルビモンさんに、
「どこにも行かない?」
 と訊ねた。
「ん?」
「……ええっと、ううん、別に……」
 嫌な夢を見て泣いたなんて、赤ちゃんみたいで恥ずかしい!
 私がうつむくと、
「冬休み中も毎日来られるよ」
 と、ケルビモンさんが言ったので驚いた!
「本当ですか?」
「うん。今日は午後から仕事なんだ。それまでは、そうだね……お庭で、皆で雪だるま作ろうか?」
「え! 雪?」
「まだ外は見ていない? たくさん積もっているよ」
「本当? わあ……」
「さ、顔を洗っておいで。お皿を並べるのを手伝って」
「はい!」
 私は嬉しくて、大きく頷いた。

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