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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
雪の花びら Side:WIZARMON
(※このページの小説はウィザーモンの話です。
どのキャラも『皐月堂』独自設定を含みます。
当サークルが発行した同人誌『恋する天使』を読まれているとより話が解りやすいです。
未成年者には理解出来ない内容かもしれませんので読むのはご遠慮下さい。
 ウィザーモンがテイルモンと同棲し始めた頃の話です。しかもテイルモンが出てきません・・・すみません(謝))


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 夜勤明けで帰宅した今日は、昼頃まで眠っていた。
 目を覚ますと、部屋の中は暖かかった。
「テイルモン……?」
 私が目を覚ます頃に部屋が暖まるように、ファンヒーターのタイマーをセットしてくれたらしい。
 ――ありがとう。
 十二月も半ばを過ぎて寒さが厳しくなってきた。部屋が暖かいと体を動かすのも楽になるから助かる。
 ――自分でタイマーをかけ忘れるなんて、久しぶりだ。
 自分の家だから何でも自分でやって当然。けれど彼女と同棲するようになって、いつのまにか彼女に頼るようになっていた。
 ――情けない……。
 そういう自分を知られたくない。愛想を尽かされてしまうだろう。
 ――男らしいタイプが好みなんだろうな……。
 以前、一緒に観に行った映画で彼女が夢中になった映画俳優を思い出す。少し嫉妬してしまう自分にはいつも苦笑してしまう。せめて……と、その映画俳優を真似てこっそり髪を伸ばしてみたり……。
 ――ああ、こういうのって知られたくないな……。
 一緒に暮らすと、知られたくないことが増える。困ったものだ。けれどそういうことに気づくことも、幸せなことなのだろう。
 この世界は小さい幸せで溢れている。それに気づくことが出来たのはテイルモンのおかげだと思う。
 ベッドから下りると、私は支度を始めた。
 ――今日はあいつが遊びに来る予定だから、スーパーに買い物に行って来ないと……。
 午後は友人が来る。遊びが目的では無く、本当は料理を教える約束をしていた。時々会っては料理を教えているけれど、彼女が喜ぶ顔が嬉しいらしい。
 ――クリスマスにはチキンとミートローフ、か……。
 この日本という国は、クリスマスといえば鶏肉料理ばかりだ。うちはテイルモンが魚料理を好むから今夜も魚料理の予定だけれど……。
 シャワーを浴びて着替える。こういう時には魔法は便利だ。その便利さに甘え過ぎてもいけないことは承知している。
 ふと、視線を向ける。サイドボードの上には、大切な写真を入れたフォトフレームが飾ってある。
 ――もしも、私が魔法だけの人生を歩んでいたら……貴女に出会うことは無かったんですよ……。
 長い人生、何が起きるか解らない。つまづいて投げ出したいぐらい落ち込んだ人生を変えたのは、たった一人の大切な存在……貴女だ。
 写真の中の私は幸せそうに、ニャロモンに退化した貴女を抱いていた。『バッカスの杯』と呼ばれた恐ろしいウイルスによる事件が、私と彼女を引き合わせた。運命とは皮肉を隠し味に作った料理なのかもしれない。さらに味を足すのは、個々の自由なのだろう……。


   ◇


 校長から直接呼ばれたので何の話かと教務室に急いだ。
 明日は卒業式。それが終わったら、この故郷を離れる予定だ。
 故郷『ウィッチェルニー』に愛着はあるが、より高い魔法を身につけ、実践を積み重ねてこそ真の大魔導士に近づける。まだまだ若造、半人前の身ではあるが、魔法学校を無事に卒業出来るのは今までの努力の甲斐があってこそ。自分を大いに誉めてやりたい。もちろん就職先も決まっていて……そのことが本当に嬉しい。
 ――皆、喜んでいたから……。
 実家の皆を安心させることが出来て嬉しい。別の世界だが魔法研究所での採用なら、給料も安定しているから仕送りも出来る。苦労して学校に通わせてくれた両親、応援してくれた兄妹達には初給料が出たら何かプレゼントを贈るつもりだ。
 ……と。そんなささやかながら幸せな人生を歩むはずが、まさに晴天の霹靂(へきれき)――。
「採用内定取り消し――――――――!!!」
 私は教務室で叫んでいた。それにより、ざわめいていた教務室が静まり返った。
「あー、まーその……。とりあえず、ウィザーモンくん、落ち着きたまえ」
 魔法学校の校長が私に、椅子に座るように指示した。
「で、でも……そんな……」
「とにかく、落ち着きたまえ」
「あの、あの……そんな……」
「話すから。とにかく……」
「う……あ……はい……」
 私は呆然としながら椅子に座った。椅子はとても冷たく感じた。
「内申書も申し分無いのだが……」
「実技試験もクリアしたんですよっ! 完璧だったのに……」
「そう……残念だが仕方ないのだよ。この世界も不況だが、あちらの世界もやはり不況で……。きみのような優秀なデジモンには本当に申し訳ないのだが……」
 この学校での成績は2位。悪くは無かったのに……。
 ――家族に何て話そうか……。
 とぼとぼと私は教務室を後にした。そのまま帰らず、なんとなく自分の教室に足が向いた。
 慣れた階段を上がると、ぎしぎしと階段は聞き慣れた音を立てた。この校舎は他の校舎に比べて古い。魔法に慣れた上級者の使う校舎なので、そうそう破壊されることはないからだ。
 卒業間近な生徒はすでに下校している。内定先での実習勤務のために登校していない生徒が多いので、最後の授業は参加者もまばらだった。
 ――最後の授業。楽しかった……。
 自然と思い出話に花が咲いて、教授も一緒に笑った。
「……」
 今は静まり返ったこの場所が、私の悲壮を最大限まで引き伸ばしていく……。
 ――さっさと帰れば良かったか……。
 落ち込みが増していたが、なんとなく教室のドアに手を掛けた。
「あ……」
 ドアを開けると、そこには先客がいた。
「あら、ごきげんよう。ウィザーモン」
 『暗黒の女神』と呼ばれて恐れられているデジモンがそこにいた。
「リリスモン、こんなところでどうしたんですか?」
 思わず私はそう声をかけていた。
「こんなところ? だって私の教室よ? ここに私がいたらおかしいかしら?」
 そう訊ねるので、私は近付いた。
「……ええ、そうですね。ここは私達の教室です」
 指摘はしないけれど、彼女はいつもと様子が違った。自信に満ち、頭も良く、私を『万年二位』だとからかい笑うのがいつもの彼女だった。けれど……今は違うようだ。
「良い天気ですね」
「そうね。良い風が吹いているわ」
 窓を開けてそこに佇む彼女は、寂しそうな顔で応えた。そして窓の外の桜の木々を眺めようと、視線を外へ向けた。
 桜の花びらが風に舞う。早く咲いた木が近くにあるので、その花びらが風に運ばれて、この教室に吹き込む。
 木製の床に落ちている花びら達を踏まないように歩く私を見て、彼女は微笑する。
「飛べばいいじゃない」
「ああ、そうですね……忘れていた」
 そう答えると、彼女はおかしそうに笑う。
「貴方らしいわ。ええ、そこは後で掃除しておくつもり。でも、もう少しだけ……窓を開けていたいの。ここで桜を見ていたいわ」
 リリスモンは不思議なデジモンだ。全てを腐敗させる力を持っているのに自然を愛している。その右手の『黄金の魔爪』で触れればたちまち腐敗してしまうのに……。
「明日、私はこの地を離れるのよ」
 ぽつりとそう言われた。
「祖父から呼ばれているの。ファンロンモンからも……」
「そうなんですか?」
 ちょっと驚いた。彼女の口からファンロンモンの名前が出てくるとは思わなかった。
「ここ、とても気に入っているわ。美しい世界だもの……。でも、いつまでも私がいるわけにはいかないでしょう。私はこんな物騒な力を持っているから、ここで就職するわけにもいかないし……」
 リリスモンが小さく微笑んだ。
「そうですか……」
 私は小さく呟いた。
「別の世界……いいですね」
 そう呟いた私に、リリスモンは苦笑する。
「貴方も別の世界に行くんでしょう? いいわね、魔法に関わる仕事が出来るなんて……」
 ――うう、痛いところを……!
「いいえ。内定取り消されましたから」
 がっくりとうな垂れて溜息と共に伝えた。
「嘘ぉっ!」
 リリスモンは目を見開いた。
「いつ!?」
「さっき、教務室に呼び出されて……」
「どうして? もうずいぶん前に決まっていたじゃないのっ!」
「そう言われてもね、こっちも不況、あっちも不況と言われたら……こちらは何も言えなくて……」
「そんな……」
「今からどう就職探せばいいんでしょうね……困ってしまって……もう……」
 自分の人生には責任を持っているつもりだったが、こんな事態に陥るとは思わなかったから……さすがに自暴自棄になって投げ出したくなる。
 ところが。リリスモンが気の毒そうに、
「あの……もしも迷惑じゃなかったら、ファンロンモンに私から紹介しましょうか?」
 と、申し出てくれた。
「え!? それは……! で、でも……そんなことをしていただくわけには……」
「貴方は私と争うぐらいここでの成績が良かったのよ。きっと何か仕事を紹介してもらえると思うわ」
 わらにもすがりたい気持ちだったので、
「お願いしても良いのでしょうか? 本当に申し訳ない……」
 と、私は深く頭を下げた。
「気にしないで。困った時はお互い様でしょう? それに、いつか……貴方が私を助けてくれるかもしれないもの。ね?」
 リリスモンは微笑んだ。
 人生どう転がっていくのか解らないというのなら、どこまでもどこまでも転がって行ってしまえ、と。私はその時、本気でそう思っていた。
 一際、強い風が吹いた。窓の外の桜が舞い上がる――。


   ◇


 スーパーから帰りながら、ぼんやりと昔のことを思い出していた。
 はふっと息を吐くとそれは白く煙る。今日はとても寒い。今夜は雪が降るらしい。
 ――ホワイトクリスマス……。
 テイルモンは寒いのが苦手だから、今夜は温かいメニューにしよう。彼女の大好きな魚で……。
「雪……」
 ひらりと空から舞い落ちてくるものに気づいた。手の平を差し出すと、それは私の手に落ちた。
「ああ、桜の花びら……そういえば……」


   ◇


 リリスモンは窓の外に手を差し出す。
「こうやって桜の花びらが落ちる前に受け止められると、願いが叶うのよ。知っていた?」
 女性というものは占いやおまじないが好きな傾向にある。リリスモンもそうらしい。
「花びらを?」
「そうよ。私は無理なの。『素敵な出会いがありますように』とかお願いしたいけれど、私が触れたとたんに腐ってしまうんだもの。本当に残念だわ……」
 そんなささやかな願いさえも叶えられない彼女に、心の底から同情した。
「いつか必ず、腐らせないで花びらを受け止めることが出来ると思いますよ」
「そうかしら?」
「そうですよ。この学校に入学した当初は、たびたびクラス全員をうっかり毒殺しかけていたじゃないですか? それが今は上手にコントロール出来るようになったんですよ。だから大丈夫。いつか必ず、花びらを受け止めることだって出来るようになりますよ」
 そう言う私の前に、花びらが舞い落ちてきた。
 ほら、とリリスモンが言う前に、私はそれに手を差し伸べていた。すると、
「……!」
 その小さい、軽い花びらは私の手の平に落ちた。本当に受け止められるとは思っていなかったので、私は何度も瞬きをした。幻では無く、花びらは確かに私の手の平にある。
「まあ、素敵!」
 少女のようにパチパチと手を叩いてはしゃぐ彼女に、私は微笑んだ。
「でも、私には願い事なんて今のところ無いですよ」
「あるじゃない! 就職よっ! 就職祈願!」
「いいえ、就職の件は貴女のおかげでなんとかなりそうだし……」
「無欲なのね、もったいない! じゃあ、私の願いを叶えてちょうだいっ!」
 ――ああ、それもいいかもしれない。
 そう思って、彼女に微笑んだ。
「そうですね。どうぞ」
 まさか私がそんなことを言うとは思わなかったのだろう。彼女は呆気に取られている。
「まあ、本当に? それでもいいの? 嘘じゃないの?」
「ええ。就職活動を助けてもらうお礼には足りませんけれど」
「ううん、これでいいわ」
「いいえ、これじゃ足りないでしょう」
「充分よ! 素敵なお礼……嬉しいわ。どれだけ嬉しいか、解らないでしょう?」
 リリスモンはそう言うと腕を組み、悩み始めた。
「うーん……そうね……ああ、ちょっと待って。――ダメね。それはまずいわ……うーん……」
 やがて腕を組み直してあっちを見ては眉を寄せ、こっちを見ては首を傾げている。
「そんなに真剣になることですか?」
「真剣になったら悪いのかしら?」
「いいえ。――危ないですよ。怒らないで下さいったら」
「――あ。ごめんなさい」
 真剣ついでに私へ向けた『黄金の魔爪』を引っ込め、彼女は苦笑している。
 リリスモンは、やがて、
「こうしましょう!」
 と。ポンと手を打った。
「ウィザーモン。『貴方が結婚する頃、私も幸せな出会いをして結婚している』っていうのはどうかしら?」
「結婚ですか? もしかしてそれが貴女の夢なのですか?」
「ええ。どうせ私のことなんか好きになる男はいないでしょうから、せめてそういう希望を持たせてちょうだい。お願い、そうして」
「あはは……難しいことかもしれませんよ。そもそも私が結婚なんて……」
「あら。ウィザーモンはとってもかわいいお嫁さんと幸せな家庭を作ってちょうだい。私はそれをお手本にもっともーっと幸せな家庭を作るの!」
 リリスモンは本気らしい。
 ――無理も無い、か……。
 リリスモンは美しい。けれども同時に恐ろしい力を持っている。彼女が何度、他のデジモン達にふられたか……。そしてそのたびにクラス全員で彼女の自棄酒につき合わされ……うちのクラスは全員、恐ろしいほど酒が強くなった。――肝機能障害への道も近くなってしまったが……。
「それは責任重大ですね。――まあ、貴女の気が済むのなら……」
 私は花びらを壊さないよう、そっと包むように握った。
 ――いつか私も結婚したり、家庭を持ったりするのだろうか……。
 私がいつか好きになるのは、どんなデジモンなのだろう。きっと……私とは正反対の性格に違いない。


   ◇


 ――あの時の花びらは、どこにいってしまったのだろう……。
 そんな昔のことを思い出しながらマンションに帰ると、そこには友人がすでに来ていた。
「すみません。もう来ていたなんて……」
 入り口前で近所の主婦達と立ち話をしていたマミーモンが、「よお!」と片手を上げた。
「あのさ、知っていたか? とうもろこしって皮なんかと一緒に茹でると、イイ味になるんだってよ!」
 マミーモンはにこにこと笑いながら、そう教えてくれた。
「ええ、そうなんですよ。――すみません、知っていました」
「なんだ、知っていたのか……」
 そう言いながらも、マミーモンはそんなにがっかりしているようには見えない。
 話していた主婦達へ笑顔で手を振り、マミーモンは私の後に続いてマンションの中に入った。
「それにしても、あの方々とは知り合いじゃないんですよね? あんなに和気あいあいと話が出来るなんて凄いですね」
 と私が言うと、
「んー? 料理習いに来たって言ったら、意気投合しちゃって……。それにしてもさっきのデジモン達ってば親切でさあ、ウィザーモンが出かけているから中に入れないって言ったら、みかんくれた。ほら、」
 と、みかんを一つ、私に差し出した。
「ウィザーモンもみかん、食うか? たくさんあるぞ」
「ありがとう。後でいただきます。まずは部屋に入って暖房つけて、さっそく料理に取りかからないと……」
 部屋のドアを開けると、中に案内した。
「照り焼きチキンとミートローフでしたよね?」
「おう。頼む〜」
 マミーモンは持ってきた花柄のエプロンをして手を洗う。ミートローフを煮て運ぶ鍋も持参して来たので、彼はかなりの大荷物だった。
 私は料理の材料を並べる。


   ◇


「医師不足ですか……」
 ファンロンモンの館で私は目を丸くした。リリスモンに案内されてファンロンモンを訊ねると、予想していなかったことを告げられたからだ。
「そうなのだ。どうだ?」
「『どうだ?』と言われましても……」
 薬草についての基礎知識や応用なども授業で習ったから、薬剤師としてならなんとかなるかもしれないが……。
「リアルワールドとの交流が盛んになって、デジモン達がウイルス感染する機会も増えてしまった。これは忌々しき事態なのだ――」
 グワァァンと、どらを鳴らすような声で話すファンロンモンは、私に期待に満ちた視線を向ける。
「そのお気持ちは解ります。けれども大変申し上げにくいことですが、私は医師としての知識、経験が充分ではありません。即答することは出来ませんので……」
 隣で私達の会話を聞いていたリリスモンが
「言ったとおりでしょう? ファンロンモンおじい様。ウィザーモンはとても責任感が強いの。お医者様ならぴったりよ」
 と言ったので、ぎょっとした。
「おじい様!?」
 リリスモンは私が驚いたので、「違うったら」と否定する。
「私が幼い頃から面倒を見てもらっているの。私から見て祖父と同じぐらい頼れるのよ。でもこう呼んでいるのは内緒にしてちょうだい。周りから騒がれても困るもの……」
 そうリリスモンが言うと、ファンロンモンは嬉しそうだ。
「そう、孫同然!」
 なるほど。ファンロンモンほどのデジモンになれば、軽々しく『おじい様』と呼んでくれる者はいない。このデジタルワールドに住むデジモン達の父であり祖父であるような存在なのだが、恐れ多くて気軽には呼んでもらえなくて当然だ。
 ささやかだけれど叶うことが難しい願いを持っている――そういうところが似ていると思い、
「――ああ、なるほど。リリスモンに似ているかもしれない……」
 私はリリスモンにそう言った。
「そう?」
「ええ」
 リリスモンはファンロンモンに微笑む。
「ファンロンモンおじい様って、私と似ているんですって……」
 私にとっては何気ない言葉だが、リリスモンは嬉しそうだ。
「そうか、そうか……!」
 そしてファンロンモンはそれ以上に、非常に喜んでいる。
「医師として必要な知識が学べるよう、さっそくシェンウーモンに手配させよう!」
 ――え?
「あの……」
 声をかけてももう遅い。ファンロンモン達は大喜びで、もう優秀な医師が誕生したという気持ちなっている。
「えっと……これから医者の勉強ですか?」
「シェンウーモンが医療分野の統括も担っているの。シェンウーモンは優れた医療知識を持っているわ。彼の屋敷に住み込みで学ぶというのはどう? 家賃は無料、学費も無料、研修中はもちろん給料も出るわよ」
 リリスモンが私に提案する。
「すぐに給料が出るんですか!」
「家族に仕送りしたかったんでしょう? 初めてお給金出たら、家族にプレゼント買うんだって言っていたじゃない」
 ファンロンモンの傍に控えていた十二神将達の中から突然、『酉』のシンドゥーラモンが立ち上がった。
「感動だっ! いい話だ――――!」
 もらい泣きしやすいらしく、滝のような涙を流している。隣にいる『未』のパジラモンが迷惑そうな顔をしてシンドゥーラモンを横目で見ている。
 ――いえ、そこまでうちは貧乏じゃないんですが……しまった、誤解されたかもしれない……。
「ほな始めよかー」
 十二神将門の一人、『寅』のミヒラモンが巨大な電卓をどこからともなく取り出した。虎柄のそれはファンロンモンにも数字が見えるよう、特別に大きく作ったものらしい。
 ぱしぱしっと数字のキーを叩き、ミヒラモンはまず他の十二神将達に
「研修中は日給……どないや? よろしおまっか?」
 と巨大電卓を見せる。十二神将達の了解を得ると、さらにファンロンモンに
「前例に倣うと……」
 とその数字を見せる。ファンロンモンが頷いたので、さらにそれを私に見せた。
「――――!?」
 桁が違う。明らかに桁が違うっ!
 ――そんなにっ!? 仕送りどころか、兄妹達の学費や実家の建て替えさえも補えてしまう……! 貯金だって出来るっ!
 頷くしかなかった。同時に、私はまるで小石のように、どこまでも転がっていく不安に襲われた――。


   ◇


「下味をつけてあるチキンは後、焼くだけ。ミートローフはお鍋ごとひっくり返さないように持って帰って……」
 一通り料理教室が終わると、お茶を用意して一息つくことにした。
「ウィザーモンはすごいよなぁ。料理作りながら洗い物もてきぱきやって。俺、なかなかそこまで出来ないんだよ……」
 煎茶を飲みながらマミーモンは苦笑している。
「慣れ、ですよ。――ああ、忘れないうちに。はい、これ……」
 私は本棚に行き、隠しておいた紙袋を取り出し、持ってきた。
「おうおう。助かる! じゃ、これ」
 マミーモンも荷物の中から青いビニール袋に入れてきたものを取り出す。
 どちらも同じような大きさなのは、実は同じものが入っているからだ。
「中身、確認しますか?」
 そう言いながら、私は紙袋をテレビ前のサイドテーブルの上に置いた。念のため玄関へ行き、戸締りを確認して戻ってきた。
「解る解る! これ持っているって知られたくないよなぁ……」
 マミーモンが何度も頷きながら、ビニール袋から一冊の写真集を取り出した。
 その写真集のタイトルはずばり、『百花繚乱』。
「……何度見ても凄いタイトルですよね」
「……そーだな……」
 私の呟きにマミーモンは同意した。これこそが、何を隠そうあの『暗黒の女神』と呼ばれたリリスモンの五冊目にして最後の写真集なのだ。しかも……ヌード有り……。
「リリスモンは大切な友人ですが……こればっかりは……。もしもテイルモンにこれ見られたら何と言われるか……」
 お色気たっぷりの表紙だけでも、テイルモンに発見されたら逆上して引っかかれそうだ。
「でもどうせ『友達だから、あ・げ・る♪』とか言われたんだろ? 俺なんか通りすがりでほとんど面識無いのに、たまたま中華まんあげただけで感激されてこれもらったんだぞ。しかも……」
 と、マミーモンは自分が持ってきたそれの表紙をめくる。そこには、
「うわ……ありえない……!」
 サイン、そして『マミーモンさんへ、感謝と愛をこめて』との一文! さらにキスマーク!?
「中華まん……だけじゃなかったんでしょう?」
「うーん……なんかいきなり告られた」
「それは災難でしたね! 大丈夫でしたか?」
「俺はアルケニモン一筋だから断ったけれど。中華まんだけであんなに感激するんだから……よっぽど男運無いんだなぁって思った。あのデジモンってば、本当に困ったモンだな……」
 オヤジギャグのようにマミーモンはそう言った。そして悲しそうに付け加える。
「もうすぐリリスモンが死んでから五年、か……」
「そうですね……」
 そう。リリスモンとはもう二度と会えない……。
「そういえばマミーモンと初めて会ったのは、あの事件の時でしたよね……」
「ああ。あの時は助かった」
「いえいえ。アルケニモンさんはお元気ですか?」
「元気だよ。今日も『私はチョコトーストが食べたかったのに!』って、殴られた。チョコクリームとピーナッツバターのどっちがいいか?って俺はちゃんと聞いたのに、テレビで朝見る星占いコーナーに集中していて生返事だったんだもん……」
「あはは……相変わらずバイオレンスですね」
「いや、俺ってMなんだよ、きっと」
 マミーモンは笑う。
「テイルモンは殴ったりしないだろ?」
「いえいえ。私達だってたまには凄いケンカしますよ」
「そうなんだ!?」
 そんな話をしながら、マミーモンは服の内ポケットから一枚のデータチップを取り出した。
「――で。これ」
「ありがとう」
 お礼を言い、私は受け取った。小さいそれの中には、マミーモンが独自で集めてくれた情報が入っている。
「まだメタルマメモンは気づいていないんじゃないか? 奈良から動いていないみたいだ」
「そうですか……」
「アイツが知ったら、復讐に動くか?」
「何だかんだと言っても、メタルマメモンは義姉であるリリスモンを慕っていましたから……。恐らくは……」
「だよな……。俺も世話になったから、こんなことしているんだもん……」
 マミーモンはそう言う。
「マミーモン」
「何だ?」
「アルケニモンさんはその後、以前にいた世界の記憶を戻すような気配はありませんか?」
 マミーモンと彼の片想いの相手のアルケニモン。そして仲間のブラックウォーグレイモン。さらに及川悠紀夫という人間は、ここでは無い別のデジタルワールドから来たのだと言う。それを打ち明けられた時はとても驚いたけれど、私も別のデジタルワールドから来ていたのでそれを伝えたら、私以上に彼は驚いていた。
「いや……大丈夫だ。ブラックウォーグレイモンもボスも大丈夫。記憶持っているのは俺だけだ。だから今回の事は俺だけで充分だ」
「それは……」
「そんな顔するなよ。辛い目に合うのは俺だけで充分なんだ。アルケニモンは何も思い出さなくていいし、他も……」
 マミーモンは少し遠い目をした。それから、自分の手の中の湯飲みを見つめる。
「死ぬのはさ、辛いんだ。自分が死ぬのは苦しいし痛いしでもう散々だったけれど、それ以上に……」
 大柄な彼はそう言いかけ、言葉を途切る。
 アルケニモンが死んだ時があるらしい。それがどんな状況だったのか、彼は決して語らない。私が知る彼の性格なら……彼はその時、自分が取るべき行動を選択したのだろう。大切な者を守れなかった悔いと共に散ったのだろう……。
 だから、かもしれない。マミーモンは『とある事情でリリスモンには世話になった』としか言わないけれど、リリスモンが義弟を守るために自ら命を絶ったと知った時の彼の顔を、私は忘れることが出来ない……。
「ん? どうしたんだ、ウィザーモン?」
 ぼんやりしていたらしく、マミーモンが首を傾げている。
「何でもありません」
「夜勤明けだからだろ? 悪かったな、無理言って頼んで……」
 マミーモンはソファーから立ち上がった。
「そろそろ帰るかな……」
 マミーモンは、にこにこ笑う。クリスマスのご馳走を美味しく作っても彼女はなんだかんだと彼を殴るかもしれない。彼の仲間は感想を言わずにむしゃむしゃご馳走を平らげるかもしれない。――それでも彼はとても幸せそうだ。
「これ、ありがとよ」
 私が持っていた写真集を振ってみせる。
「それにしても意外ですね。アルケニモンさんがリリスモンの大ファンだなんて……」
「もう絶版だからな、これ。ネットオークションではかなりの高値なんだよ。マニア受けがいいのかなぁ……俺にはさっぱり解らないんだけど」
「え? じゃあ……」
「パソコンの画面指差して、『これが欲しい』だもん……」
「実物持っていても、あんな余計なメッセージやキスマーク入っていたら、絶対に渡せませんね」
「そのとーり! ウィザーモンが交換してくれて助かった」
「こちらも助かります。もしもテイルモンに発見されても『友人の持ち物を預かっています』って言えますから。――捨てるにも呪われそうで、本当に困っていたんですよ」
「あー、俺も同じ! 古紙回収日に出したりしたら、どんな災難が降りかかるかわかんねぇよっ」
 マミーモンは大笑いした。
「あまり笑うと呪われますよ」
「おっと……」
 笑いを引っ込めようとして、マミーモンは変な顔になっている。
 鍋などを抱えて帰っていく友人をマンションの前まで出て見送り、私は空を見上げた。
 雪があの日の桜の花びらのように降って来る。
 ――貴女が死ぬとは思いませんでした。だから……私は必ず幸せになってみせますよ。貴女がどこかで地団駄踏むぐらいに……。
 人生、何が起きるかは本当に解らないものだ。けれど願わくば……その先には小さいものでもいいから、幸あらんことを願わずにはいられない。
 私は一つ、くしゃみをしたので、風邪をひく前に急いで部屋に戻ることにした。今夜の魚料理は、腕によりをかけるつもりだ。


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《あとがき》
 こういう設定をなんとなく考えていたのですが、 テイルモンの話を書こうとメモに書き出してみるうちに話が思い浮かび、先に仕上がってしまいました。 脱線してごめんなさい・・・(謝)
 今回の話もちょっと未成年者には解り辛いかもしれませんよね・・・ごめんなさい。

 採用内定取り消しについては時事ネタっていうよりも、実際に私もあったことありますので・・・そんな感じ。私は年末の12月30日に内定取り消し食らったことあります。その日はちょっとうちの家族にとって特別な日でして、母方の祖母の命日であり、母の誕生日であり・・・家に帰り辛くて原宿の竹下通りでとぼとぼ歩いた思い出があります。でも翌年1月半ばになんとか他社の採用内定を取る事が出来て後に長期間勤めました。人生何があるのか解らないものだと感じました。・・・そしてそれさえもネタになればなお良し。ネタ人生万歳であります(笑)

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