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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
銀の共鳴 中編 Side:PHANTOMON
 旅館に戻ると、とても豪勢な夕食が待っていた。
「すっごい!」
 オレは思わず万歳をした。万歳は三回ほど繰り返した。
 美味しいご飯をたくさん食べた。焼き魚に焼肉に、鍋物……!
 オレとベルゼブモンが一番食べていた気がするけれど、ベルゼブモンは食べ終わると
「やっぱ腹八分目だな」
 と言ったのでとてもびっくりした。オレよりベルゼブモンの方が大食いだと思った。
 乳母やから、食べる時はお皿に手を添えて、って言われていたけれど、鍋物の鍋、焼肉の鉄板や石焼ピビンパの石鍋はものすっごくあっつい!ことは良く解った……。熱かった……ひどいめにあった……。
 オレがそうするとは思わなかったみたいで、御主人様は急いで濡れたおしぼりで良くオレの手を冷やしてくれた。
「大丈夫?」
 ご飯を食べ終わっても濡れおしぼりを握っているオレを、御主人様はとても心配してくれた。御主人様が大好きだと思った。
 御主人様が温泉に入りに行っている間に、部屋で一人、そっと人間の姿になってみた。
 鏡に映った自分の体は、やっぱりあまり見ていいもんじゃないなと思った。
「メタルマメモンに顔、似てきたなぁ……」
 むにっと両手で口の両端を引っ張って、イーッてしてみた。やっぱりメタルマメモンに似てきた。
「ちょっと顔、太ったからかも」
 前はすっごくガリガリした顔や体だったのに。今はわりと肉がついてきたかも。
 ――手のひらはさっきの火傷で赤くなっているし、本当にオレの体って、やだな……。どこもかしこもダメだな……。もしかしたら温泉に入ったら、こういう傷もちょっとは治るのかな?
 ドアの外に御主人様の気配がして、慌ててオレはデジモンの姿に戻った。脱ぎ捨てていたグレーのローブの中に頭を突っ込んで急いで着ると、赤いフード付きのローブも被ろうとした。
 そこに御主人様が帰ってきた。
「ただいま。あら、温泉に入る気になったの?」
 御主人様は、湯上り美人になっていた。白い肌がほのかにピンクに近くなっていて、とても綺麗だった。浴衣着ているのに、とても色っぽい……見ちゃいけないような気がして、オレは思わず下を向いてしまった。
「どうしたの?」
「なんでもないよっ」
「そう? ほら、行ってらっしゃいな。今なら誰もいないから……」
 温泉のお湯はかけ流しというもので、どんどん湧いてくるから三十分ぐらいで湯船のお湯が入れ替わるという。
「湯量が豊かなの。私の毒が残ることはないから安心しなさい。ぬるめのお湯だからゆっくり温まりなさいね。でもあまり長く浸かっているとのぼせちゃうから気をつけなさいね?」
「そ……そう?」
 オレは御主人様から未使用のタオルを受け取った。
「もう一つ、注意して。タオルは温泉の中に入れないようにね?」
「はい!」
「嬉しそうね? そうだわ。背中、流してあげましょうか?」
 御主人様がからかうように微笑むので、オレは
「行ってきますっ」
 と、逃げ出した。



 温泉は露天風呂で、夜の空気はひんやりしていた。
 男湯と女湯はそれぞれ話し声が聞こえた。混浴用の方は話し声は聞こえない。
 ――デジモンの姿の時でも誰かに裸見られるの、嫌だから……。
 そう思って、誰もいない混浴用へ行くことにした。
 オレの他には誰もいない。脱衣所の外も念入りに見たけれど、誰もいなかった。
 ――傷のこともあるけれど、ずっと女の子だと思って生きてきたから、やっぱり色々恥ずかしいと思うんだ……。
 心の中で、小さく溜息をつく。
 ――今のうちに!
 ぱぱっとローブを脱いで、露天風呂に急いだ。湯煙が上がっているのを見て、わくわくした。
 先にちゃんと体を洗い(といっても、オレの体は煙のようで透明で、ちょっと洗うの難しいんだけれど)、お湯にざっぷりと入った。たたんだタオルを石の上にひょいと乗せると、誰もいないからじゃぶじゃぶと泳いだ。楽しい。いつものお風呂も広いけれど、露天風呂ってとっても楽しい!
 そうだ!と思いついて、人間の姿になってみた。
 ――傷に効くかな?
 とっても期待しながら、ばしゃばしゃと泳いでいると、突然、


「ふーん……リリスモンがいないと平気で悪いことするじゃないか!」


 と、声が降ってきた。
 びっくりしてそちらを見ると、腕組みしてふんぞり返っている天使の子供の姿をしたデジモンがいた。ルーチェモンだ!
 オレは驚いて温泉の中に体を隠した。
 ――どうしてルーチェモンがここにいるの? えっと……腰にタオル一枚ってことは、ルーチェモンも温泉に入るの?
 そのたくさんある羽を羽ばたかせ、ルーチェモンは石で作られた湯船の傍まで来ると、湯が溢れそうなそこを覗き込んで、
「お姉様に言いつけてやるぞ! メタルマメモン!」
 と高らかに言って意地悪そうに笑った。
「……?」
 ぽかん、とした。オレは空いた口が塞がらず、ルーチェモンをまじまじと見つめた。
 ――オレって勘違いされるぐらい、メタルマメモンに似ているの? お姉様? ルーチェモンのお姉さんのこと?
 ルーチェモンはオレが何も言わないので、機嫌を損ねたみたい。
「なぜ何も言い返さない! さては恐れているな! ようやくボクの恐ろしさがわかったか――!」
 ハッハッハ――――ッ!と高笑いをするルーチェモンを、オレはぽかんと見上げた。
「何度……何度貴様を罠にかけようとしたことか! 戸に黒板消し仕掛けても、床をロウソクでつるつるにしても、バケツの水が落ちてくる仕掛けも……全て事前に察して、何事も無かったかのように避ける貴様がボクはだーいっきらいだったんだぞ――――!」
 うへぇ……と、心の中で思った。さすがメタルマメモンだ。オレならそれ、全部引っかかると思う。
「……」
 ――どうしよう。ルーチェモンは『お姉様』って呼んでいるデジモンに言いつけるって! でもそれってオレのことじゃなくてメタルマメモンのことだと思っているのに……。
「何だ? 無様におろおろしているな! ボクを口止めしようと思ったって、そうは出来ないぞ!」
 ――うわーん! どうしよう!
「出て来い! ボクは今日こそ貴様を倒す!」
 オレは仕方なく、
「あのねっ、オレ、ファントモンだからっ!」
 と言った。
 ルーチェモンはオレに向かって右手人差し指をビシッと突き出したままの姿勢で、
「……!?」
 しばらく考え込んでいた。そして急に、
「その声……まさか、お姉様のところの赤ずきんかっ! 何でメタルマメモンとそっくりな顔をしているんだっ! 気持ち悪いぞ!」
 と叫んだ。顔が真っ赤だ。
「えっと、オレがメタルマメモンと似ているのは双子みたいなものだって。それより……今言ったの、何? その『赤ずきん』って?」
「赤いの被っていただろう!」
「ああ、そうだけれど……でも、オレ、ファントモンって名前だから……」
「うるさい! 赤ずきんのくせに口ごたえするなんて生意気だぞ!」
 ――生意気って……。
 外見以上に子供だなぁって思っていたら、
「よし! お前でもかまわないぞ! ボクと勝負しろ!」
 と言われた。
「え? 温泉に入りに来たんじゃないの? 腰にタオルだけなのに? ……違うの?」
「何だと? これは温泉の作法に則っての正当なるスタイルに着替えただけだ。つべこべ言わずに、さあ! 今すぐにボクとバトルしろ!」
「えええっ! だってルーチェモンは七大魔王だよね? オレが敵うわけないじゃないか! こないだだって、オレじゃ相手にならないって言ったのに……」
「ふん! メタルマメモンの代わりだ!」
「ええっ! メタルマメモンでも無理だよ?」
「フッ、あのメタルマメモンは、じーさんと互角に戦うぐらい強いんだぞ。それなのに、『ボクと戦え!』って言っても、あいつはいつもボクを無視して……腹立たしい!」
「じーちゃんって強いんだ?」
「お前、何も知らないのか?」
「うん。知らない」
 そう言いながら、オレはむずむずとしてきた。体がずいぶん温まったから、もう湯船から出たくなった。
「あのさ……」
「何?」
「オレ、もう戦わないってファンロンモンと約束しちゃったんだ。バトルは無理だから、諦めてよ。それにオレ、もう外に出たいんだ……」
「何だとっ! 生意気だぞ! 今すぐ出ろ! ボクとバトルするんだ!」
「でも、オレ……裸、見られたくないし……」
 そう言うと、ルーチェモンは
「へ?」
 と目を点にした。
「オレ、その……誰かに裸見られるのは嫌なんだけれど……」
「何だ? 男のくせに!」
 ハッハッハーッっと豪快に笑うので、オレは余計に恥ずかしくなった。
「男……には、まだ……」
「まだ?」
「うん、あの……男じゃなくて、オレ……」
「何だって!」
 ルーチェモンは、目を点にしたまま、
「お前、もう一度ちゃんと言えよ? 男じゃないのか?」
「うん」
「うんって……えええええ――――――――――――!?」
 その時。


「ファントモン、いるの? ずいぶん長くお湯に入っているんじゃない? のぼせちゃわないように気をつけている?」


 と、声がした。そっちを見ると、御主人様がいた!
「背中、流してあげましょうか、と思って……。あら、湯煙で足元が危ないわ……。そっちにいるんでしょう? ファントモン?」
 御主人様は裸だった! タオル一枚で隠すところは隠して……いなかった!
 ――ひゃあ……!
 タオル一枚だけじゃ隠しきれない御主人様のふっくらした胸や腰が丸見えだ! すらりと伸びた綺麗な手足も! 丁寧に長い黒髪を束ね、床に引きずらないように片手に持っている。
「え! 御主人様っ!? こっちに来るの?」
 オレの声と同時に、ルーチェモンが振り向いた。
「え? お姉様……!」
 御主人様はこちらに気付き、
「え? ルーチェモン……?」
 と、呟いて立ち尽くしている。
「……」
「……」
 二人はしばし、向き合って無言だった。
 そして、数秒の後に。
「キャアアアアアッ――――――――!」
 と、御主人様が突然、高い声で悲鳴を上げた。
 そして
「私のファントモンに近付かないでって言ったでしょ――――!」
 近くに積み上げてあった桶の山に駆け寄ると、ルーチェモンに向かって掴んだ桶を投げ始めた。
「わっ、誤解だぁっ!」
 ルーチェモンは姿を掻き消すように、次元移動で逃げた。



 湯船に浮く桶の数々。その中に埋もれていると、御主人様が駆け寄ってきた。
「ファントモン! 大丈夫?」
 オレは大量の桶を掻き分ける。
「大丈夫……」
 桶が飛んでくる前にデジモンの姿に戻ったから、無事だった。この桶が全部、人間の姿の時に当たったら……ボコボコになっちゃうところだった!
 オレは御主人様に笑いかけようと顔を上げ、すぐに下を向いた。
「ご、御主人様……タオルは?」
「え? あら、やだ……」
 タオルを落としていることに気付き、御主人様は恥ずかしそうに小声で笑う。
 ――こっちの方が恥ずかしいよっ! すっごいおっきなおっぱいやお尻、……見ちゃったよぅ……。
 御主人様は急いでタオルを拾うと、隠すところは隠した。
「あの! 今、悲鳴が聞こえましたけれど、大丈夫ですか?」
 ロゼモンが飛んできてくれた。浴衣姿のロゼモンに、
「大丈夫よ。ルーチェモンがいたからちょっと騒いじゃっただけよ」
 と御主人様は微笑む。
「ええっ! 大丈夫ですか?」
「ええ。慌てちゃって、私としたことがこんなにたくさん、桶投げちゃった……」
「そうでしたか……。ああ、私も片付けるのをお手伝いしますから。ちょっと待っていて下さい。外にメタルマメモンとベルゼブモンがいて……大丈夫だって伝えてきますから」
 ロゼモンは脱衣所へと戻っていく。脱衣所の外に行って、それからすぐに戻ってきた。ロゼモンが手伝ってくれたので、桶を元あった場所に積み直すのはすぐに出来た。
「メタルマメモンが女将さんに、部外者が侵入していたって伝えてくれるそうです」
「助かるわ。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして……。ところでファントモンは大丈夫? ルーチェモンに意地悪されなかった?」
 ロゼモンに心配されたので、
「うん、大丈夫……」
 と頷く。心の中では混乱していた。
 ――どうしよう。人間の姿、見られちゃった……。ええっと、でも、傷は見られていないから……それは良かったのかな……?
 湯上りに牛乳を飲んで、部屋に戻った。
 御主人様とロゼモンが並んで歩き、その後ろを飛びながらついていった。
「それにしても、ルーチェモンはそんなにファントモンのこと、いじめたいのかしら? 許せないわっ!」
 そう何度も怒る御主人様を見上げ、オレはルーチェモンが気の毒になった。だって、ルーチェモンには裸見られても別に平気ってことは、男としては認めていないってことじゃない?
「御主人様は……」
「何?」
「オレに裸見られても平気? もしかして、メタルファントモンに見られても平気?」
 そう言ったとたん、
「な……何言い出すのっ! メタルファントモンなんて、私は気にしてないわよっ!」
 と、浴衣着ているのにガバッと両手で自分の肩を抱くように恥ずかしがる。
 ――かわいいな、御主人様って……。
 思わずクスッと笑ってしまった。御主人様が拳を振り上げて怒るので、オレは急いで逃げる。
 ――あれ? 体調、いいかも……。
 体が温まったからかな? 温泉ってすごいのかも……。



 夜中に目を覚ました。誰かが呼んでいる気がする。そっと布団から抜け出した。
 ――あ。
 デジモンの姿に浴衣を着ていたけれど、頭がスースーするのが気になる。たたんでいた、いつものフード付きの赤いローブを羽織ると、部屋を出た。
 ふわふわと飛びながら、
「こっち……?」
 感覚のままに、そのまま廊下の窓から外に出た。
 風が強い。ローブを飛ばされないようにしっかり両手で押さえる。
 山の方へ行くと、ごつごつした山の上にルーチェモンがいた。月明かりの下で、ルーチェモンの金髪がきらきらと輝く。
「遅いぞ、赤ずきん!」
「やっぱり、ルーチェモンが呼んだんだ……」
 威張るルーチェモンを見上げる。
「何の用なの?」
 ルーチェモンはにやりと笑う。
「お前、男じゃないのにお姉様と『指きり』したのか?」
「うん」
「変じゃないか! どんなこと言ってお姉様を騙したんだ?」
「騙してなんかいないよっ」
「そうとしか考えられないぞ!」
「御主人様はオレのこと好きだもの。でも本当は、メタルファントモンのことの方が好きだと思うけれど……」
「誰だ? そいつは?」
 そう言うと、ルーチェモンは首を傾げた。
 ――知らないの?
「週刊誌とかで書かれたって聞いたけれど……そういうの、見ないの?」
 ルーチェモンは顔をしかめた。
「このボクが? 庶民どもが読むあーんな下世話で低俗な読み物を読むと思うか!? 無礼なっ!」
 と言われ、オレは納得した。
「えっと……メタルファントモンはオレを育ててくれたんだ」
「親か?」
「そういう感じかも……」
「親……なるほど。そいつがお姉様を騙すためにお前を使ったんだな!」
「違うったら」
「フンッ、どっちでもいいさ! そいつは今、どこにいる? ボクがやっつけてやる! そうすればお姉様はボクがどんなに凄いデジモンなのか知ってくれる! 憧れのお姉様に認めてもらえる絶好のチャンスだ――。今すぐ、メタルファントモンとバトルするぞ!」
「無理だよっ」
 オレは首を横に振った。
「メタルファントモンのこと、オレ、怒らせちゃったから……しばらく出てこないと思うよ」
「出てこない? どこにいるんだ?」
 オレは自分の体を指して、
「ここ。オレの中。オレと同じ存在だから……」
 と説明した。
「ふ…ん? むぅ……それはややこしいな。ボクはややこしいことは大嫌いだ。お前、メタルファントモンと別々のデジモンになれ!」
「オレもそうしたいんだけれど、方法知らないんだ……」
「何? 簡単だぞ」
「ほんと?」
「ボクの城の宝物庫には素晴らしい宝物がたくさんある。それの一つを使えば簡単だ」
「そうなの? 凄い!」
 ボクは拍手した。
 するとルーチェモンは機嫌が良くなって、
「よし、今から取ってくる。明日、楽しみにしていろ!」
 と、颯爽と姿を消した。
 部屋に戻ると、御主人様もロゼモンも眠っていた。
 オレは御主人様の枕元で、寝顔を覗き込んだ。
 ――御主人様、きっと喜んでくれるよね?



 翌朝。
 美味しい朝食の後に、オレは外に行こうとした。
「ファントモン。どこに行くの?」
 振り返ると、御主人様が優しい微笑みを浮かべる。
 オレは御主人様に
「ちょっと外に行きたいから。すぐに戻ってくるから」
 と言った。
 御主人様は首を横に振ると、
「いいえ、行っちゃだめ。今日はずっと私と一緒にいましょうね?」
 と言った。
「どこかに行くの?」
「どこにも行かないわ」
「でも……」
 御主人様は立ち上がって、オレへ両手を伸ばす。
「こっちに来てちょうだい」
「ごめんなさい」
 ――ルーチェモンが外で待っているから……
 オレは御主人様に背を向けた。
「さよなら、御主人様」


「許さないわよっ!」


 オレは何も考えていなかったから、とても驚いた。御主人様がそんなに怒るなんて!
「ご……」
 御主人様、と言いたかったけれど、言葉が喉に貼り付く。
「ルーチェモンとそんなに仲良くなったの? 私から離れていくつもりなの? 許さないわよっ!」
 御主人様の背に、四枚の翼が現れた。その体が、黒い炎のような暗黒のエネルギーを放つ!
 メタルマメモン達が駆け込んできた。
「義姉上! 落ち着いて下さい!」
 オレは隙をついて、窓から逃げ出した。

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