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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
銀の共鳴 前編 Side:PHANTOMON
 メタルマメモンとロゼモンが遊びに来てくれたと乳母やから聞いて、オレは急いで御主人様のいる居間へ向かった。
 二人は人間の姿だった。オレはともて……と、違った。とても!そう、とっても驚いた!
「何で着物着ているんだ!?」
 二人とも着物を着ていた。初めて見たのでびっくりした。
「これから出かけるから」
 男物の着物を着ていて、全然雰囲気が違うメタルマメモンがそう言った。
「今来たばかりなのに、もうどっか行っちゃうの?」
 そう言うと、ロゼモンがにっこり笑う。
「ええ、そうなの」
「そうなの、って……」
 何だかロゼモンは楽しそう。またすぐにどこかに行ってしまうのに? オレにはそんなに会いたくなかったの……?
「どっか行っちゃうの……」
 つまらなくて寂しくて、オレはぽつんと呟いた。
「どこだと思う?」
 ロゼモンはにこにこ笑いながら、オレに袋を一つくれた。小さな赤い巾着袋。
「何? これ?」
「開けてみて」
「開けるの?」
 小さいそれを開けると、そこには、
「お菓子だぁ!」
 オレは思わず叫んだ。小さいお菓子がたくさん中に入っていた。
「わあ……たくさん! すっごーい! これ、くれるの? いくつくれるの?」
「全部よ」
「全部っ!? ほんと? すっごーい! わーいっ!!」
 オレはお茶を運んできてくれた乳母やにそれを見せに行った。
「乳母や! 見て! すっごいの、ロゼモンがくれたの」
「おや、素敵ですね!」
 乳母やがそう言うと、メタルマメモンが
「俺も出資したけれど?」
 と言った。急いでオレはメタルマメモンとロゼモンに、
「どうもありがとう!」
 とお礼を言った。
「どういたしまして♪」
「一気に食べ過ぎるなよ?」
 でも、ロゼモンとメタルマメモンはどうしてこんなにお菓子をくれたんだろう? 
「これってお土産?」
「ああ。今はまだ食べるなよ?」
「まだ食べちゃだめなの?」
「ああ。旅のおやつは旅先で食べるものだろ?」
「旅? どっか行くの?」
 オレが首を傾げると、二人は顔を見合わせた。
「義姉上から何も聞いていないのか?」
「うん……皆と一緒なの? それともオレ、一人でどっか行くの?」
 メタルマメモンは苦笑する。
「皆でこれから温泉に行くんだ」
「『おんせん』? それって、美味いの?」
 初めて聞いた言葉だ。オレはメタルマメモンにわくわくしながら訊ねた。
「食べ物? 違うけれど」
 メタルマメモンは、持ってきた色の綺麗な紙を透明な挟むものから取り出す。パンフレット、というものらしい。
「食べられないのか……」
「あのなぁ、普通は『楽しいの?』とか、そういう質問するものだろう?」
「ん? 楽しいの? 楽しいところってこと?」
「ああ、楽しいと思うけれど。温泉でのんびりするのもたまにはいいと思ったんだけれど、ファントモンは留守番しているか?」
 そう言われ、オレは首を思い切り横にぶんぶん振った。
「皆、行っちゃうの? オレも行く!」
「そうしろよ。楽しいと思うから」
 そんな話をしているうちに、御主人様が来た。
「お待たせしちゃったわね」
「ファントモンには温泉のこと、話していなかったんですか?」
 御主人様は、ええ、と困った顔をした。
「ちょっと困ったことがあって、この旅のことを内緒にしておきたかったの。ファントモンのことを狙っているデジモンがいるのよ」
 メタルマメモンもロゼモンもきょとんとしている。
「ファントモンを? 義姉上じゃなく?」
「ええ」
「誰です、それは?」
「ルーチェモンよ! ファントモンをいじめるつもりなの!」
 それを聞いてメタルマメモンは変な顔になった。
「それは……災難だったな、ファントモン」
 オレは
「えっ……」
 と考える。そして、最近オレが会ったあのデジモンかも、と気付いた。
「あのデジモンのこと? オレ、お菓子盗られたんだ。美味しいお菓子だったのに……」
 と言った。
 ロゼモンが
「ルーチェモンって、七大魔王の?」
 と驚く。
「そうなのよ! 私のファントモンをいじめるの! ああ、そうだったわ……」
 御主人様は怒りながら、また部屋を出て行ってしまった。何か思い出したみたい。忘れ物かも。
「ルーチェモンは義姉上のこと、憧れていたみたいだから……」
 とメタルマメモンが言ったのでとてもびっくりした。
「そうだったの?」
「ああ。デジタルワールドに住んでいた時はご近所だったらしいから」
「ふーん……」
 ――ご近所? マンションかなぁ……。
「ルーチェモンの城の南に森があって、それを越えると湖があって。その近くに義姉上が住んでいた屋敷があったんだ」
 ――へ?
「それってご近所って言うの?」
 オレが言うより早くロゼモンがツッコミを入れていた。
「デジタルワールドは広大ですから、それでもご近所なんですよ。ルーチェモンの城は常に空高く浮遊している、言うなれば移動要塞ですから、やろうと思えばもっと近くに住むことも出来たらしいけれど……」
「凄いのね、さすが七大魔王の一人……!」
「ルーチェモンは、セラフィモンのことがあって義姉上が旅に出ても、絶対に自分の所に戻ってきてくれると思っていたようで……。それなのに義姉上はそのままリアルワールドの実家に帰ってしまって、さらに俺が義姉上のところに来たと聞いて。自分の思い通りにならないのでわがままがひどくなり、性格曲がったんです。――と、俺は乳母やから聞きました」
 ――何だかかわいそう……。
 オレは心の中でそう呟いた。
「未だに義姉上はルーチェモンの気持ちには気付いていない。知ったところで義姉上の好みのタイプではないから相手にはされないだろうけれど」
 ――もっとかわいそう……。
「義姉上とおまえが『指きり』したって聞いて、きっと一番怒っているのはあいつかも……」
 そう言って、ぽん、とメタルマメモンは手を打った。
「ああ、もしかして、ルーチェモンが元凶かもしれない! セラフィモンの件も……」
「え……」
 そう言われて不安になった。
「それって……オレのせいで御主人様がこれからも困ったことになるかもしれないの?」
 そう訊ねると、
「そんなことはない」
 とメタルマメモンが首を横に振る。
「おまえはたくさん食べて、早く元気になればいい。そろそろ人間の姿になれるぐらい、体力も回復してくる頃だろう?」
 オレは慌てて、また、ぶんぶんと首を横に振った。
「まだだから! そんなの、無理だからっ!」
「解った。そんなに首振るな」
 メタルマメモンは苦笑いしている。
 御主人様が戻ってきたので、オレは隣に座って大人しく皆の話を聞いていた。
 ――本当は……もう人間の姿にはなれるんだけれど。
 まだ皆には内緒にしていた。夢の中でメタルファントモンに言われたから。『もうしばらく内緒にしておいたほうがいいだろう』って……。
 オレの体には傷が多い。デジモンの姿だと解らないけれど、人間の姿になると服で隠さないと知られてしまう。メタルファントモンは『御主人様がいらぬ心配をするだろうから、隠していろ』って……。
 傷は背中とか、胸や腹とか……たくさんある。昔……たくさんの人間達が見ている前で、オレは恐い獣に食われそうになって……。必死に逃げたけれど、人間達は助けてくれなくて……逃げるオレに面白がってナイフや槍を投げたり……。
 痛かった。とても痛くて、体のあちこちから血がいっぱい出て……恐かった。このまま死んでしまうかもしれないって……。


「ファントモン?」


 御主人様が話しかけるから、オレは見上げた。
「何……?」
 御主人様は心配そうにオレを見つめる。
「こちらへいらっしゃい」
「ん?」
「具合悪そうよ……」
 御主人様はオレを抱き上げようとする。そんな子供みたいなことされたくないから逃げたいのに、オレは大人しくされるがままになった。
 ――オレ、今、すごく……具合悪いのかも……。
「大人しいと思ったら、具合が悪いのか? 大丈夫?」
「さっきまで元気そうだったのにね……」
 メタルマメモンとロゼモンが心配してくれる。
 ――ごめん。心配かけちゃって……。
 平気だって言いたいのに、声を出せない。変なの……体に力が入らない。
 ――昔のことを思い出したから? たくさんの血や、たくさんのデジモンや人間の死体を思い出して……気持ち悪くなったのかな……。それだけなのに……ごめんなさい……。
「眠っていたらどうかしら?」
 御主人様がそう言ってくれた。とたんに眠くなる。
 ――眠ってもいい? とても……眠い……。
 オレは目を閉じた。御主人様の傍にいると、安心する……。
 ――お母さんって、こんな感じなのかな……?
 そんなこと言ったら、御主人様、きっと怒りそう……。


   ◇


 薄暗い夢だった。部屋のような空間だ。
 ふわふわとして気持ちいい夢の中で、オレはごろごろと寝転がっていた。雲みたいなそこは、寝転がるととても気持ちいいんだ。とっても良い匂いがする。
 薄暗いその中で、ほのかなオレンジ色の光、淡いバラ色の光……優しい光がゆっくりと瞬きをするように生まれては消えていく。
「天国ってこういうところなのかな?」
 そう言うと、
「さあ、知らない。そんなものがあるのなら、こんな場所かもしれないが」
 と声が聞こえた。メタルファントモンの声だ。姿は見えないけれど、声だけ聞こえる。
「メタルファントモンは『おんせん』って知っている? そこに行くんだって」
「おんせん? 知らんな……何だろう、それは……」
 メタルファントモンの声が、考え込んでいるように響いた。
「食べ物じゃないみたい。楽しいんだって」
「お前の基準はそれしかないのか?」
「だって、どんなに食べてもお腹空くんだもの」
「以前と違うだろう。無理をしなければいいのに……」
「え……?」
「ファントモン、無理をするな……」
 メタルファントモンの声が、少し怒っている。
「怒ってるの?」
「ああ」
「どうして?」
「俺はそんなことは望まない」
 オレは起き上がった。
「でも、御主人様は違うよ!」
「……」
「メタルファントモン! 御主人様はね、本当は……」
「言うな」
 メタルファントモンの声が呆れたように響く。
「それを言って、お前はどうする?」
「どうするって……」
「どうにもならないことだろう? 諦めろ。自分のことをもっと大事にするんだ。いいか? 御主人様にもこのことは言うな。御主人様がちょっとでも暴走すれば、何が起きるか解らん。ファントモン、解ってくれ……」
「オレは! オレは、メタルファントモンに会いたいっ!」
 ずっと思っていた。
「それは無理だ。俺はお前だから」
 オレの声とは違う、大人の声が笑いを含んで響く。
「ファントモン。しばらく眠っていろ。……俺にかまうな」
 オレはゆっくり首を横に振った。
「嫌だ。もっとメタルファントモンと話したい」
「ファントモン。言うことを聞け」
「やだよ! ねえ! オレはね、御主人様はオレよりもメタルファントモンの方が好きだと思うんだ。メタルファントモンもそうでしょう?」
「馬鹿なことを考えるな」
 メタルファントモンは呆れたようだった。
「オレは思うんだ。あのね、オレが消滅したら……メタルファントモンだけがずっと御主人様の傍にいることにならないの? 御主人様はメタルファントモンがいなくなったらすごく悲しいと思うんだ。御主人様が悲しくなること、オレはしたくないんだ!」
「ファントモン!」
「オレ、メタルファントモンがずっと御主人様に会えるように頑張るから! たくさんご飯食べるし、もっと元気になれるように頑張るから……!」
 怒鳴り声がした。やめろ、と。
 オレは驚いて周囲を見回した。
 それは声というより、響きだった。オレは不安になって周囲を見回して叫んだ。
「どうして? どうしてダメなの?」
「もっと広い、広大な大地のようだったお前の『夢』も、今ではこんな狭い部屋のような『夢』になってしまった。解っているのだろう? お前のデジコアは徐々に力を失っていく。これ以上、俺を維持することはやめろ。ひびが入り、やがて砕けてしまうだろう」
「そんな……」
「お前は解っていない。お前が消滅するのなら、俺も消滅するだけだ。――俺のことにはもう、かまうんじゃない。解ってくれ」
「やだ……やだよ……! そんなのやだよっ……!」
 俺は悲しくなった。悲しくて、夢の中でぼろぼろと涙をこぼした。
 ――だって、だって……。オレはメタルファントモンのこと、お父さんみたいだって思うんだ。きっとお父さんがいたら、メタルファントモンみたいなんだって思うんだ!
 何度もローブの袖で涙を拭った。寂しくて、悲しくて、苦しくて……辛い。
 ――オレは、お父さんみたいなメタルファントモンと、お母さんみたいな御主人様がずっと仲良しで笑顔でいたらいいなって思うんだ。それが叶うなら……きっとメタルマメモンもロゼモンも、乳母やも、じーちゃんも嬉しいと思うんだ……。


   ◇


 目を覚ました。
「起きたの? もう少し眠っていてもいいのよ?」
 身じろぎすると、御主人様がオレの顔を覗き込んでいた。
「具合はどう?」
「うん……大丈夫」
 甘えちゃっていたことが恥ずかしくなって、急いでオレは御主人様の腕の中から抜け出した。
「オレ、小さい子じゃないんだってば!」
「あら? もう元気そうね」
 御主人様はおかしそうに笑う。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない?」
「だーかーらー! オレは小さい子供じゃなーい!」
「そうよね。ごめんなさい」
 くすくすと笑う御主人様は、
「こちらにいらっしゃい」
 とオレを手招く。
「ん?」
 オレはそちらに行こうとして、ふと、部屋が変わっていることに気付いた。
「ここ、どこだ?」
「温泉よ」
「え?」
「ファントモンはずっと眠っていたけれど、ファイル島に来ているのよ」
「ファイル島? それって遠いの?」
 オレは驚いて訊ねた。
「ごめんなさいね。起こすのかわいそうだったから、そのまま連れてきたの」
「それって、ずっと……?」
 ――ずっと抱っこされてたのぉ!? ぐはっ、恥ずかしいっ!
「小さい子じゃないんだってば――!」
 その時、
「失礼します」
 と声がかかった。
 毛むくじゃらのデジモンが現れ、
「お連れ様が御到着されました」
 と言った。
「よお、元気か?」
 と。そこに立っていたのはベルゼブモンだった。
 毛むくじゃらのデジモンは、礼儀正しく去っていく。
 ベルゼブモンは背負っていたバッグをどっかりと畳の上に置く。
「こんな田舎に呼ぶとはなぁ。湯治とは贅沢なもんだな」
 ここは相当、遠い場所らしい。
「そう言いながらも良く来てくれたわね。ごめんなさいね、無理を言ってしまって……」
「礼を言うのはこっちだ。温泉タダ飯って、マジかよ?」
「警備費用にしては安いわ」
「警備費用か……やれやれ」
 御主人様とベルゼブモンがそんな話をしている。ベルゼブモンも七大魔王の一人だから、ルーチェモンのことはもちろん知っていると思う。『やれやれ』って言うぐらいだから、いつもルーチェモンはこういうことするのかも。弱い者いじめとか……。
 ――オレは弱い者、なのか?
 それをあらためて考えると、とてもショックだ。黄金の鎌も無いし、千里眼も無い……。何も無いオレは御主人様を守るどころか、ただのいじめられっ子なのか……!
 暗い顔になりかけ、それじゃダメだとわざと明るくベルゼブモンに訊ねた。
「ベルゼブモンも『おんせん』?」
「いや、タダ飯」
 そう即答された。
「タダ飯って? 美味いの?」
「タダで飯が食えるってことだ。リリスモンが奢るっていうから来た」
 ――ああ、警備費用……。
「ご飯?」
「温泉の飯は美味いぞ」
「やっぱり『おんせん』って食べられるの?」
 そうオレが訊くと、ベルゼブモンは「ハァ?」と頭を掻いた。
「おい、こいつにもちゃんと解るように説明してやれよ?」
 御主人様は苦笑いする。
「ごめんなさいね。具合が悪くなっているところを無理に連れてきてしまったから、今ようやく目を覚ましたところなの」
「具合?」
 ベルゼブモンは少し目を細める。
「どうした?」
「なんでもない……今は平気!」
「なら、いい。具合が悪くなったら近くにいる誰かに言え。誰でもいいからな」
「誰かに?」
「ああ。まだデータが不安定になって暴走でもされたらやっかいだ」
 言葉遣いは乱暴でも、ベルゼブモンの言っていることはオレを心配してくれている。
「ありがと……」
 お礼を言うと、
「どうってことねぇ。じゃ、オレは他のヤツらの部屋に行っているからよ」
 そう言って、ベルゼブモンは和室から出て行った。
 オレはあらためて、この部屋を眺める。とても大きな部屋だ。和室と、椅子が二つある場所と、部屋がいくつか区切られている。
「ここに泊まるの?」
「そうよ。少しの間、滞在しようかと思うの。私とファントモンとロゼモンがこっちの部屋。メタルマメモン達は隣の部屋よ」
「そうなの? 乳母やは?」
「リアルワールドのおじい様のところに行っているわ。用事があるんですって。その間、私は『温泉でゆっくりケガを治したら?』って、ケルビモンが紹介してくれたのよ」
「あのお菓子の?」
「そうよ。あらやだ、お菓子くれたデジモンは覚えているの?」
「そうじゃないったら!」
「怒ったの? ごめんなさいね……」
 御主人様はそっとオレの頭を撫でる。
「温泉に行ってみましょうか?」
「ん? そういえば、『温泉』って何?」
「『温かい、泉』。つまり、火山などによる地熱で温められた地下水が噴き出しているの。大きなお風呂よ。一緒に入りましょう?」


 ――え!?


 オレは焦る。『おんせん』ってでかいお風呂なの? それって、もちろん裸になるってこと? 一緒にって……恥ずかしいよっ!
「や……だ……」
 そんなことを言ったら、御主人様は怒るかもと怖かった。けれど御主人様は、
「そう? 混浴のお風呂もあるからと思ったのだけれど……誰かと一緒は嫌なの? じゃあ、他のデジモンがいない時に入ればいいわ」
 そう言われてほっとした。嬉しいけれど……でも、御主人様は?
「温泉に入ると御主人様のケガは早く治るの? 早く入らないでいいの? オレが目を覚ますの、待っていてくれたの?」
「そうだけれど。でも、到着して一時間は温泉に入らない方がいいと言われているし、食事の前後は避けた方がいいのよ」
「そうなの?」
「ええ。一日に二、三回ぐらいがいいのよ。ずっと入っているのも健康に悪いの。夕食の後に少しゆっくりしてから入ろうかしら……」
「そうなんだ……。ねえ、メタルマメモン達は今、温泉入っているの?」
「いいえ。今は卓球でもしているんじゃないかしら?」
「たっきゅ……?」
「手軽に出来るスポーツよ」
「ふーん……」
「ファントモンはこれからどうするの?」
「オレ?」
「このまま部屋にいる? それとも、散策しましょうか?」
「行く!」
 御主人様と一緒に散歩に行くことにした。
 広い温泉の建物は、旅館というものらしい。
 ここはファイル島という島なんだって。火山の近くに来ていると御主人様が教えてくれた。
「うん……暑いね! でも、あの場所から出たらダメだったんじゃないの?」
 そう訊ねると、御主人様はそっと人差し指を立てて唇に当てる仕草をした。内緒、というそのサインも、御主人様がするととても優雅で……見とれてしまった。
「ファンロンモンから内緒で許可をいただいているの。あなたの体の具合も早く良くなるように、って……」
「……え!」
 御主人様は心配そうな顔をする。
「あなたのデジコアの色、最近どんどん悪くなってきているもの。病気なのかしら? ウィザーモンがいるのならすぐに診てもらえるのに……。これ以上ひどくなるようなら、リアルワールドへ一緒に行って診察してもらえるように許可をいただきましょうね……」
 ドキリ、とした。そんなに? オレ……そんなに……やばいのか……。
「平気だよっ」
「ダメよ。あなたが元気じゃないと……私は辛いの……」
 ズキリ、と心が痛む。
 ――御主人様に本当のことが知られてしまったら、どうしよう……。でも、御主人様はオレがいなくなっても、メタルファントモンがいればきっと……寂しくないよね? 大丈夫だよね? きっとそうなる方法があるはずだもの。オレ、頑張って探さなくちゃ……。
 御主人様はオレの手を優しく取ると、
「そのうち良くなるわ。きっと……」
 と微笑む。
 ――大好き。優しい御主人様のこと、オレ、すっごく大好きだから……。
 泣きたくなる。御主人様と離れ離れになるのは……やだ。メタルマメモンやロゼモンに会えなくなるの、やだ……。いつか留姫達ともまた会えるって思っていたけれど……それも出来なくなっちゃうんだ……。
 御主人様はオレと一緒に散歩してくれる。
「足湯に入りましょうか?」
「足湯?」
「それだけでも気持ちいいと思うわよ」
 足湯はとても気持ち良かった!
「そうだわ。美味しいもの、ちょとだけ食べましょうか?」
「美味しいもの!?」
 そして、温泉玉子を買ってくれた!御主人様と一緒に食べる温泉玉子は、とても美味しかった!
 御主人様はお饅頭も一つ買ってくれた。でもお饅頭は一個を半分にして、二人で食べた。夕食が入らなくなったら困るから、って。そんなに夕食はたくさん出てくるのか!とわくわくした。
 御主人様はお店のデジモン達からサインを頼まれて困った顔をしたけれど、『どうぞ内緒にしてちょうだい』と言い添えてサインを引き受けていた。御主人様はとても有名なんだと感心した。
 ――あとどれぐらい……御主人様と一緒にいられるのかな……。
「あら!? どうしたの? どこか痛いの?」
 御主人様が突然、声を上げた。
「え……」
 オレ、いつのまにか、ぼろぼろ泣いていた……。
「びっくりした……」
 思わず呟いた。オレ、なんで……こんなに涙、出るの?
「どうしちゃったの?」
「……えっと……わからない……」
「ファントモン……」
 御主人様はオレを抱き上げる。
「子供じゃないったら……」
 オレは文句を言った。
「そうね……」
 御主人様はそう呟くと、背中を擦ってくれる。
「突然連れてきたから? どうしちゃったのかしらね……」
 御主人様は、ぽつりと、
「あなたのこと、時々、解らないわ……」
 そう呟いた。
「え……?」
「子供っぽいのに……とんでもないことしちゃいそうな気がするの」
 ドキリ、とした。
 ――バレているの!?
「何か困ったことがあるのかしら? いいのよ、遠慮なく言いなさいね?」
 御主人様はそう言う。でも、オレがしようとしていることがバレそうになっているわけじゃないみたいだ……。

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