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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
雨のち晴れ! 前編 Side:LILIMON
 ここは、そっけない白い壁の部屋。病院の一室。シンプルと言えば聞こえがいいけれど、カラフルなカーテンの揺れる自分の部屋が恋しくてたまらない。
 ――でも無理。まだまだ入院してなくちゃいけないもの。あーあ……た・い・く・つ――。
 ベッドの上の私は欠伸を噛み殺しながら、一つの小さい欠片を手に取る。ジグソーパズルの欠片。右手はまだギブスで固定しているから、ずっと左手ばかりを使っている。退院する頃には両利きになれそうな気がする。
「こっちとも違う……もう、解んない〜!」
 退屈しのぎにとメタルマメモンさんが持ってきてくれた巨大なジグソーパズルは、私の力だけじゃ全く完成しそうにない!
「これ、どっか違うパズルのものじゃないの? どこにも合わないっ!」
「そう?」
「絶対そうよ!」
 同じ病室に入院しているシードラモンに愚痴る。シードラモンはウイルスを完全に除去した後の経過を見るため、まだ入院していた。ケガは全回復しているので、私と違ってうろうろと歩き回ったりしている。私はまだ車椅子に頼らないと移動も出来ないので、羨ましいという気持ちを通り越して妬ましいぐらい腹が立つ。時々チクチクと八つ当たりしても、彼はにこにこ〜と私の言葉を聞く。『リリモンさんもすぐに元気になるよ』って。
 ――優し過ぎよ、ばーか……。
 何でこんなに私なんかに優しく出来るのかしら? メタルマメモンさんがシードラモンの頭の中は桃源郷だって言っていたけれど、こんなに穏やかでいられるなんて……やっぱり、頭の中、桃源郷なんだわ。桃源郷って、桃太郎の桃の木が生えている場所だって、昔、中学の先生が言っていたわ。じゃあ……シードラモンの頭の中、桃の木でも生えているのかしら?
 彼を見ていたら、ふと、気付かれた。
「どうしたの? お腹空いた?」
「ひゃ、え? 違うったらっ!」
「違うの?」
「ええっと……ああ、もう! 本当にどこにも合わないったらー!」
 ごまかすように大げさに言うと、
「ジグソーパズルって欠片が一つ余分に入っていたり、欠けていたり、そういう時もたまにあるんだって。けれど本当に稀らしいから。大丈夫だよ、きっとどれかと合うと思うよ」
 シードラモンはのんびりとそう答える。彼はこちらに来て丸椅子に座る。ベッドの上にセットしたテーブルを覗き、そこに広げられたジグソーパズルを眺めている。私が「自分だけでも楽勝!」と言ったから、見守りに徹している。
 ――今さら、「一緒にパズル考えない?」って言い辛い……。自分で言ったことだもの。自分で頑張らなくちゃ。
 メタルマメモンさんは組み立てる時に便利なケースまで用意してくれた。薄型のケースは組み立て途中のパズルも素早く収納出来る、とても便利なもの。だからこんな場所でもジグソーパズルを組み立てることは出来る。今の私には時間もたっぷりある。
 ――でも! わかんなーい!
 こんなにジグソーパズルが難しいものだなんて思わなかった。メタルマメモンさんには『楽勝!』だとか『一日で組み立てちゃうわよ!』なんて言っていたのに! ああ、情けないったら……。
「シードラモン! ほら、見てっ」
「ん?」
 彼へ、指で摘んでいた1ピースを突き出して見せる。
「ね? どこにも合いそうにないでしょう? これ絶対に不良品よっ!」
「うーん……」
 彼はそれを、ジグソーパズルの箱のふたに印刷されている見本写真と交互に見比べる。そのうちに、
「あ……」
 と小さく声を上げた。
 私は思い切り顔をしかめた。
「あ〜?」
 彼は『しまった!』という、解りやすい顔をした。
「え……えっと……」
「えっと? 何ぃ? 言ってみなさいよぉ?」
 じっとりと冷たい視線を送る。
「あ、あは……あははは……」
「ごまかそうとしたって遅いわよ! 今、どの辺りなのか解ったんでしょう!」
「ああ……うん……」
「気分わるーいっ! サイアクーッ」
 私が腹を立てると、彼は慌てて
「ごめん……! あの、言わないからっ。ね……?」
 と言ったので、もっと腹が立った。
「謝れば良いってもんじゃないわよっ! チョーマジ、ムカッ!」
「ごめんなさい……」
「いーもん! 私はどーせ、頭悪いわよっ」
「そんな! そんなことないよっ!」
「そんなことあるわよっ! こんなジグソーパズル、組み立てることも出来ないなんてっ」
 私は摘んでいた一欠片を置いた。ジグソーパズルはいったん止めることにした。
「止めた! 今日はここまでにするわ。ほら、片付けるの、手伝って!」
「え?」
「気分転換しよう! 外に行きたい〜」
「え? 外?」
「行きたい〜、行きたい〜。連れて行ってよ!」
「そうだね、外に行こうか? 晴れていて気持ち良いからね。気分転換って大切だよね〜」
 彼はにこにこと笑いながら、私用の車椅子の用意をしてくれる。メタルマメモンさんがするように、見よう見真似で。
 ずっと私を悩ませていた上半身を傾ける時の痛みも弱くなってきた。私はうきうきしながら、彼に左手を伸ばす。
「ほらっ、早く抱っこしてよっ!」
 彼は、
「え?」
 と驚いて顔を上げた。
「早く、抱っこ! 車椅子に乗せてったら!」
 彼は突然、顔を真っ赤にして、
「看護士さん、呼んでくるからっ」
 と部屋の外に走って行ってしまった。
 一人残された私はふくれっ面になる。
「もーぉ! いーじゃない、抱っこぐらいしても! 私は気にしないものっ。それよりも! ナースコール押せばいいじゃない? 走ったらダメでしょ!」
 私の存在はいったい何なのかと問い詰めたくなる。
「かわいいって言ってくれたのに、それだけ? それ以上の存在じゃないってこと? シードラモンのばーかっ!」



「リリモンさん……リリモンさん……」
「……」
「天気いいね……。ね?」
「……」
「ほら……ええっと……リリモンさんの好きな花壇、見に行く?」
「……」
「それとも、カフェテリア行く?」
「……」
 彼は私が乗る車椅子を押しながら話しかけ、必死に私の機嫌を取ろうとしている。
 ――ばっかじゃない! そんな言い方したら、私、引っ込みがつかないじゃない!
 私は顔を真っ赤にして下を向いた。
 通りすがりの看護士さんが、微笑ましそうにこっちを見る。
 ――こ……こっち見ないでよ!
 もっと恥ずかしくなった。
「あの……リリモンさんっ」
「いーかげんにしなさーいっ!」
 私はとうとう大声を上げた。誰もいない裏庭に響き渡る。
「あ……う? え……?」
 彼は急いで私の正面に駆け寄ると、
「どうしたの? あの……痛いの? どこか痛いの?」
 と心配そうに私に訊ねる。
 私は左手の親指をぐいっと、自分に向けた。
「私は? 私は誰?」
「へ?」
「私は誰かって言っているの!」
「誰って……」
 彼はきょとんとした。
「えっと、もちろん、リリモンさ……」
 おどおどしながら言う彼に、すかさず私は、
「そうじゃないでしょっ!」
 と睨む。
「違う?」
「そう!」
「で、でも……リリモンさんじゃ……」
「違うでしょ!」
「で、でもっ」
「ちっがーうでしょー!」
 と怒鳴る。
「あ……あのぉ……それじゃ……本当は名前、違うの?」
 彼がそんなことを言うので、
「そうじゃないの! そーじゃないったら!」
 と、彼を睨む。
「ほら、言ってみて。『リリ』って!」
「リ……? ……へっ? ええええっ!?」
「言いなさいよ! 私のことはずーっとそう呼んでいたじゃないの!」
「はぅっ!」
「逃げるなっ!」
 彼が逃げようとする前に私は声を上げた。
「なーにが、『はうっ!』よ? いい? よーっく聞いて! 私はずーっとシードラモンと一緒にいたの! シードラモンと一緒にずーっと戦っていたの! 『リリ』って呼んでくれたでしょ? 私達、すっごく仲良かったのよ? 今さら、何で『リリモンさん』になっちゃうわけ? その『さん』付け、良くないわ! どういうわけなの?」
「そんな……わけも何も……ええっと……」
「じゃ、はい! 言ってみて!」
「でも……リリモンさ……」
「もー! バカッ! 返事しないわよ! 『リリ』じゃなくちゃ、返事しないから!」
「そんなっ!」
「ほら……」
「でもっ」
「ほら、言って!」
 そんな押し問答はしばらく続いた。だんだん息切れしてくる。
「あーもう! あんたって、頑固!」
 呆れた私はそう言った。
「だって……」
「だってもへったくれもないわよ?」
「うぅ……」
「早くしなさいよ。喉渇いちゃうじゃないっ」
「あ……!」
 彼は突然、くるりっと私に背を向けた。
「ちょっと! どこ行くのよ!」
「何か飲み物、買ってくるから!」
「えー!?」
 彼は「すぐだから」と言ってこっちに手を振って走っていく。
「……逃げたわね!」
 私は、むーっと頬を膨らませた。
「いいもん! そっちがそういう態度なら、こっちだって……」
 よいしょっと自分で車椅子を動かそうとする。片手だけだから難しい。くるっと回ってしまった。
「あ……無理かぁ……」
 どこかに隠れておろおろさせちゃおう!作戦は無理だったので、私は溜息をついた。
「あーもう、あいつったら……。……ん?」
 ふと上げた視線の先に、女の子達が見えた。こっちに向かって歩いて来る。わりとかわいい子達。でも……入院患者の見舞いに来たって雰囲気じゃない。離れていてもきつめのオードトワレの、甘ったるい香りが漂う。


「こっちの病室だって」
「広くて迷っちゃうわよね!」
「ほんとー。動く歩道ぐらいつけてほしいわよね。面倒臭いー」
「さっきの看護士さん、感じ悪かったしぃ!」
「ほんとぉ! ちょっとぐらい声大きかったからって、あんなに大声出さなくてもいいじゃない」
「走ったってさ、別にいいじゃない?」
「病院って、頭固くてぇ、私にはきゅーくつー」
「そーそー!」


 彼女達は、誰かの見舞いに来たらしい。我が者顔で、病院の悪口を言いたい放題。……っていうか、砲台? 乱射もいいところ。しかも的外れ。その発言がどんなにかっこ悪いのかがまるで解っていない。
 ――迷惑がられているからそういう対応されるのよ。ここはアンタ達のマイルームじゃないの! 何なの、あの子達!
 聞いているとまともな常識持っているこっちが腹立ってくる。
 ――関わらない方がいいわ。
 私は黙って左手を動かし、彼女達に背を向けようとした。


「超驚いたー! ガニモンくんって、シードラモンに進化したんだぁ! じゃあ、これからはシードラモンくん? シードラくん?」
「すっごいよね! それでウイルスの事件で戦っていたっていうじゃない?」
「けっこーやる時はやるのね!」
「ダサ男くんから突然かっこ良くなっちゃったのって、だから?」
「シードラモンに進化出来るようになったから? まっさかあ!」
「どっちでもいいわよぉ! 見た目良くなったしぃ。話何でも聞いてくれるしぃ、別にいいじゃない?」
「うん、うん! 見た目は超大事〜。ダサ男よりいいよね!」
「やっぱ、見た目が良くなくちゃv 隣にいて欲しくないよね? 前なんか超!サイアクー!だったもん〜」
「そーそー。何でメタマメくんと友達なの?ってずっと思っていたもん。どうせ仲良くなるんだったら、今みたいにカッコ良くなくっちゃね!」
「うん! でも、私達、シードラくん目当てじゃないもんね!」
「うんうん! 最終的には〜、カッコイイ♪メタマメくんと仲良くなっちゃって、玉の輿? キャハ♪言っちゃった〜!」
「えー? メタマメくんと仲良くなるだけじゃないのぉ?」
「メタマメくんがロゼモンと別れることもあるかもしれないじゃない? それに、シードラくんは恋愛対象にはちょっと物足りないものぉ……」


「………………………………………………………………」
 ぶっつり、と。私の心の中で、何かが切れた音がした。――そんな風に感じた。
 ――ああ。これって堪忍袋の緒が切れた、っていうもの? そうね。そうかもよ?
 通り過ぎていく彼女達。耳障りな残音。
 ――今、あの子達、何て言った? シードラモンがメタルマメモンさんと仲良くなるための足がかりに過ぎないってこと? そんな……そんなひどいこと……あの子達は……!
 彼女達は入院病棟へのドアを開け、そっちへ行く。
 衝動的に怒鳴りそうになった。待ちなさいよ!と、怒鳴ろうとしたのに。
「――――!?」
(もご……っ!)
 後ろから素早く手が伸びて、私の口を押さえる。両手で優しく、私の怒鳴り声をこの世界に出さないように閉じ込める。
 ――手を離しなさいよ! 誰よっ!
 耳元で、
(……ありがとう……)
 声がした。私はぎょっとして、体を強張らせた。
(シードラモン!?)
 私が怒鳴る気を失くしたと気付き、すぐに彼の手が緩む。けれど、ふわりと私の肩をそのまま抱いた。
 ――ちょ、ちょっとっ! きゃあっ!
 後ろから抱きしめられて、私は体を硬くした。
(ごめん……今、完全に気配消しているから……このまま、俺はいなかったことにして……)
(マジ? 今のあの子達の話、全部聞いていたの?)
(……うん……立ち聞きは……ダメだなって思ったんだけれど……俺、前より耳も良くなっちゃったから……)
(そんな……!)
(ごめん……苦しいんだ……)
(えっ!?)
(苦しいんだ、俺……。今は動くの……辛い……。何も聞きたくない……何も見たくない……)
 ドキリ、とした。彼の緊張で空気がぴりぴりとしている。
 ――え!? 待って、ヤバイ……!
 水の音に気付いた。ずっと離れた場所にある池の水が、ばしゃばしゃと激しく音を立てている。彼の力が暴走し始め、水が反応している!
 焦る。どうにかしなくちゃ。今、彼の傍にいるのは私だけ。彼が暴走しないように止められるのは、世界で私だけだもんっ!
(苦しいの? うん……了解。苦しくなくなるまで、いいよ。動かないから……)
(ごめん……)
(いいから。私の肩ぐらい、遠慮しないで使って)
(うん……ごめん……)
 私はぎゅっと、動くのを堪えた。身動きしたら絶対、彼が離れちゃう。私の肩に額を乗せたままの彼の行き場が無くなってしまう。
 ――悲しいよね。あんなこと言われたら……。
 さっきの子達を思い浮かべる。
 ――あの子達と、仲良かったの? もしかして……仲良くなりたかったの?
 ズキッと心が痛んだ。
 ――ああいう子達、好みなの? だから……だからなおさらショックなの……?
 もしも彼の力が暴走したら、私は何もしてあげられない。今の私には、じっと動かないで彼の傍にいてあげることしか出来ない。
 それなのに、心の中に込み上げてきた疑問を訊きたくなった。今すぐ、質問したい!
 ――ううっ……! 
 余計なことを言ってしまわないように、懸命に黙っていた。
 ――訊きたい。ああいう子達、好みなのかしら? シードラモンに訊きたいよぅ……。つらーい……。

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