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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
及川さんち。 3 Side:Y.Oikawa
 太陽は西に傾いている。
 目的地に着くと、ブラックウォーグレイモンはガムを噛んでいた。禁煙すると言ってガムを噛むようになりそろそろ二カ月。どうやら本当にタバコは辞めるらしい。理由を訊いても答えはしないが……。
 ブラックウォーグレイモンは
「早かったな」
 と驚いている。
 俺は移動手段に使っている白のワンボックスカーから降りる。ドアを乱暴に閉めそうになるのを必死に堪えて軽く閉めると、足早にそちらに近づいた。
「中はどうだ?」
「臨時休業、だと。表に札がかかっていた」
「ピピモンは?」
「休みだってのに、『バイトの研修とか、あるのかも……』と通用口から入って行った」
「バカかあいつはっ!」
 頭痛がしてきた。
 アルケニモンがいそいそと、
「どうします?」
 と俺に訊ねる。
 どうもこうもない。すでに腹は決まっている。
「やれ」
 俺は一言、そう指示を出した。
 ブラックウォーグレイモンは表へ。アルケニモンは裏口、マミーモンは通用口に散る。
 俺はアルケニモンの後に続く。
「現場押さえるんですか? でも、それじゃ……」
 アルケニモンは俺に訊ねる。
「事が起きる前でもいいだろ。俺達は警察でもDNSSでも無い。俺達の流儀で適度に相手をしてやれ」
 アルケニモンが
「ええ。私達はただのピピモンの知り合いですものね」
 と笑む。その笑みにはすでに毒が入っている。
 アルケニモンがセキュリティのロックを外し、ヘアピンで通用口のドアを開ける。ガチガチにセキュリティのきいたオフィスビルに比べれば、手ぶらで通るようなものだ。
 中に入ると、人影は無い。慎重に耳を澄ませ、奥の部屋に急ぐ。
 事務室らしいそこのドアからは明かりが漏れている。数人の声が聞こえる。
(デジモンです。ピピモンの他に六人……)
 アルケニモンが俺に囁く。


「ピピモンちゃんは今日からバイトなのに、臨時休業でがっかりだったね」
「そうだよね、本当に。せっかく初日なのに……」
 男達の声に混ざって、
「はい。残念です」
 とピピモンの声が聞こえた。頭に血が上りそうになるのを堪える。
 ――臨時休業なのに六人も従業員が来ていることを怪しむ脳みそは無いのかっ!
「せっかく来たんだから、バイトの研修しようか?」
「はい!」
「制服、似合うね」
「かわいいよ」
「本当に似合うー」
「ありがとうございます!」
「でも、本当に高校生?」
「はい、高二です。よく中学生に間違えられるんですけれど……」
「本当に? 本当に高校生?」
「中学生みたいだよね」
「はい。あの……学生証はこないだ……」
「見たいな」
「え? 学生証ですか? あ、はい。ロッカーから取ってきますね」
「違うよ」
「はい?」
「本当に高校生なのか、見たいな」
「服、脱いでよ」
「そーそー。脱いで」
「え?」
「ああ、服、着ているままでもいいよ。下着だけ脱いでよ。脱がしてあげようか?」
「あっ! やだっ!」
 男達のへらへらした笑い声が聞こえる。
「『やだっ!』だって」
「どうしたんですかっ? 放して下さいっ。――きゃあっ」
 何かが倒れる音がした。
「放すなよ」
「カメラ持って来いよ。ガムテープよこせ」
「かわいいところ、見せてくれるってさ」
「半脱ぎにしろよ」
「靴下は脱がすなよ。――そっち、押さえてろ」


 ドアの向こうから聞こえたのは、テーブルが揺れる音、椅子の倒れる音。ピピモンの悲鳴――。
 もう充分だろうと思い、ドアノブに手を伸ばした。
 その時、
「いやぁぁぁっ! たすけてっ、及川さんっ――――!」
 ピピモンが泣き叫んだ。
 俺はドアを蹴破った。



 ファミレスを半壊にし、店内の公衆電話からDNSSに偽名で一報を入れる。
 デジモンの姿に変わったアルケニモンはピピモンを押さえつけていた男どものうち半数の三人を相手に、数分で片を付けた。
 事務室のドアから店内へ逃げた残りの三人をブラックウォーグレイモン達が待ち構えて一網打尽。もっとも、デジモンの姿になり好戦的になったマミーモンは人数の少なさに不満だったらしい。ウォーグレイモンは暴れ足りないようで店内の備品に当り散らしていた。
「行くぞ。さっさと外に出ろ」
 アルケニモン達を促す。ピピモンを襲おうとした奴らを半死半生の状態にしたぐらいではこの腹立たしさはおさまりそうも無いが、長居をする暇も無い。
 俺の背広を頭から被ったまま座り込み泣きじゃくっているピピモンを抱え上げ、ファミレスを出た。
 ――軽い。
 造作もないという意味と、抱えているピピモンの体重と、両方の意味で……。
 思い出してもはらわたが煮えそうになる。夕日が差し込む事務室で、会議用テーブルの上に押さえつけられていたピピモン――。
 泣きじゃくるたびにピピモンの肩が震えている。こんなチビ相手に男六人だと? 変態もいいところだ。デジモンの中でもクズだ! まったく……。
 ふと思い出して、
「ちょっと動くな」
 ショルダーバッグの中を空いた右手で探る。ノートパソコンの代わりに持ってきたものがある。
 体が揺れたので、ピピモンはびっくりして俺にしがみつく。
「及川さんっ」
 かすれ声のピピモンに
「動くな」
 と、もう一度言った。
 取り出したそれを眺める。
「……一見するとドイツ製の骨董品に見えるが、時空の裂け目から流れてきたものだから新品らしい……」
「え?」
「ああ、――見るほどのものじゃないから見なくていい」
「ええ?」
 ポテトマッシャーと呼ばれ一次大戦時に使用された――正式にはM24型柄付手榴弾という。全長約36センチ。重さはジャガイモ一袋程度。バスドラムのバチに似ているとも俺は思う。
 持ち柄の先の安全キャップを外す。中から伸びる紐の端を軽く指に巻きつけてから、即座にファミレスに向かって放り投げた。四秒程度で、と聞いていたがそのとおり。紐が引き抜かれて伝火薬が煙を上げて燃え始める。
 合計三本。複数用いて収束装薬として対戦車用に使うこともあるそれは次々に爆発した。
「――――!」
 突然ファミレスが爆発したので、ピピモンは声も出ないぐらい驚いている。俺がポテトマッシャーを投げるところは見なかったようだ。
 夕闇の中、炎が上がる。
 ――後で現場検証に来た奴らが驚くだろう。
 時空流れの爆発物を使う奴はそうそういない。ウォーグレイモンには誰の仕業か解るだろう……。



 翌日。
 残暑はまだまだ厳しい。
 外から帰ってきた俺は、エレベーターが点検のため止まっていることに気づいて落胆した。
「この暑い中を外階段上れとぉ……!」
 いらいらしながら五階まで上る。息が切れる。キツイ。
 空は青い。雲一つ無い。遠くに新宿の高層ビル群、そして池袋のサンシャイン60もビルの隙間から見える。
 こんな日は働く気が起きなくなる。だが、働かないでどこかに行けるほど、うちには金銭的余裕はない。相変わらずの台所事情だ。
 ――あいつは、どうしているだろう?
 あいつは……ピピモンは何をしているだろう……。あんなに恐い目にあったのだから、もしかしたら家から出られなくなって怯えているかもしれない。
 ……こんなに気になるようなら、夕方、様子を見に行ってやってもいいか……。
 アルケニモンを連れて行こうと思った。懐いているようだったから、きっとピピモンは喜ぶに違いない。ああ、マミーモン達も行きたいと言うなら連れて行ってやってもいいか……。
 そんなことを考えていると、五階まで上り切った。考え事をしていたから、意外に早く上れたような気がする。
「帰ったぞ――」
 ドアを勢い良く開けると


「お・い・か・わっ、さーんっ! おかえりなっさーい♪」
 人間の姿のピピモンが両手で万歳!をして、そこに立っていた。曇りの無い、満面の笑顔。色とりどりの紙吹雪や風船を撒き散らしそうな華やいだ雰囲気だ。


「……」
 俺は開けたドアをガチャッと即座に閉めた。数度、瞬きをした。
 ――ええっ?
 ドアノブを握り締めたまま、俺は必死に考える。
 ――ここは俺の事務所だぞ! なぜ、ここにいるっ! なぜだっ! おかえりなさい、だとぉ?
 背中をじっとりと汗が流れる。もちろん冷や汗だ。
 突然、中からドアが開き、俺は驚いてドアノブから手を離した。
「ふぇ…ぐすっ……ひどいです、フェードアウトだなんて! 及川さんひどいですっ」
 顔を出したピピモンが涙ぐみながら俺を見上げる。
「なぜここにいる?」
 訊ねると、泣き顔から一転してピピモンは元気良く右手を上げた。
「はいっ! 今日からバイトですっ。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
 よろしくお願いします、に合せて、ピピモンはぺこりと頭を下げた。
「バイトッ――?」
「はい、あの……住み込みで電話番って……ええと……」
「俺は雇ってないぞ!」
「え……?」
「アルケニモンかっ! ――アルケニモンッ、どこにいるっ!」
 俺の声を聞き、アルケニモンが飛んでくる。
「ボス! おかえりなさいっ」
「勝手にバイトを雇うな!」
 アルケニモンはきょとんとする。
「前に言っていたじゃないですか。電話番と雑務が出来るバイトが欲しい、って」
「うぐっ、それは……」
「それよりも!」
 アルケニモンは上機嫌だった。
「喜んで下さい、ボス! ピピモンに電話番してもらったら仕事の依頼が急増しました! 忙しくなりますよー」
「増えた?」
「はい! なんと、五割増ですー!」
「な……なんだと?」
「冷たい麦茶淹れますから、ボスはとにかく一息ついて下さい。午前中に来た依頼分は書類揃えてありますから!」
「ささ、どうぞ、及川さん! おカバンお持ちしますぅ」
 ピピモンとアルケニモンに腕を取られて中に入る。
 すると電話が鳴った。ピピモンは
「電話取りまーす!」
 と、ぱたぱたと急ぐ。
「……」
 なるほど、本当に電話がひっきりなしに鳴っているらしい。
 ネクタイを緩めながらそちらに行くと、ブラックウォーグレイモンは立ったままアイスコーヒーを飲み干し、残っている氷をがりがりと食べている。首都圏の地図を眺め、下調べをしているらしい。
 マミーモンは近くの作業用デスクに向かい、書類整理に追われていた。事務は苦手だがせっせとこなしている。
 ふとブラックウォーグレイモンが近づいてきて、
(妙な噂が広がっているぞ)
 と口の端を上げて面白そうに笑う。
(噂?)
(ここに電話すると受付はかわいい女の子がしてくれて、仕事の依頼をすると美人が来る、と……)
 しれっと小声で言うブラックウォーグレイモン。
(――おいこら。お前がその噂を流したんじゃないだろうなっ? うちはいかがわしい商売屋じゃないんだぞ!)
(依頼が増えて金は儲かりそうだ。悪い話にはなっていないと思うが?)
 ――俺の意向は無視かっ!
「ボス。冷たい麦茶ですよ」
「冷えた水羊羹もありますよ〜。なんと、とらやさんのです! 抹茶と小倉と……どれにしますか?」
 アルケニモンとピピモンがいそいそと麦茶の注がれたグラスや水羊羹をテーブルに並べる。
 ――くそっ、とにかく、まずは水分補給だっ。
 俺はとりあえず、冷たい麦茶を飲むことにした。
「水羊羹はダメですかぁ……」
 ピピモンがうな垂れる。
 ――いきなり食えるかっ!
 怒鳴りそうになったが、やはり怒りがふっと消える。
 ――なんだ?
 首を傾げながら水羊羹を食べる。
「……美味いぞ」
「ほんとですか? わぁ……良かったです! 午前中に来たお客さんがお土産に下さったんです」
 ピピモンは、にこにこしながら俺を見ている。
「客? ふーん……」
「はい♪ ウォーグレイモンさんです」
 ぶほっと水羊羹を喉に詰まらせそうになった。
「わ、わ……及川さん、大丈夫ですか?」
「あいつは! 何て言っていたっ!?」
「え? あ、はい。『バイト頑張れ』って……」
 にこにこっとピピモンは微笑む。
 怒る気が失せ、俺は頭を抱えた。


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《ちょっと一言》
 私が見たデジモン02は数話、その中の一つが及川さんとピピモンが初めて出会い、そして速攻でさようならしてしまうあの場面です。涙ぼろぼろでした・・・。

 第三部1でピピモンと及川さん、アルケニモンを出しましたが、なんとなく書きたくなってこの番外編を書きました。たぶん誰もこういう話が来ると思ってもいなかったと思います。私自身、読み返してみて意外に思ってしまいました(汗)

 ピピモンを高2と設定したのは、02でずっと待っていた、というところからです。そして体型は子供っぽい、としました(笑)
 ピピモンの生い立ちの設定は皐月堂オリジナル設定です。かわいそうな設定というのも悩んだのですが・・・すみません。

 ここまで読んでいただきありがとうございました! 次回更新で、今回の話のおまけのような話を掲載しますのでお楽しみにv

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