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カフェ『皐月堂』へようこそ(レナルキ他)
及川さんち。 2 Side:Y.Oikawa
 俺はガード下のラーメンの屋台で味噌ラーメンを注文した。
 ウォーグレイモンはチャーシュー麺。
 納得がいかない!とついてきたブラックウォーグレイモン達もそれぞれ勝手に注文をする。
 小さいラーメン屋台の店主は、足りない分の席をビールケースと板で急ごしらえした。
「DNSSのおごりだな?」
 念を押しておく。頷いたウォーグレイモンは領収書を切るつもりらしい。昼飯代が浮いた。
「忙しいようだな」
「想定していたよりも被害は食い止められた。一日経ってこれだけ騒ぎが静まっているのだから、リアルワールド自体が大きく変わったと感じている」
「そう思うのか……」
「思わないか? あれだけの騒ぎを異種なる存在の我々デジモンが引き起こしたのに、人間達は我々を駆逐しようとは思わなかった」
「……」
「何を驚いている? そう考えて当然だろう?」
「こうはっきりと言われるとは、と思っただけだ」
「うちの連中にはそう言ってあった。人間によるデジモン虐殺が起きた場合にどうするか、と……」
「……どうするつもりだったんだ?」
「逃げろ、と。それしか選べん。応戦すれば双方に膨大な被害が出る」
「そうだろうな……」
「我々デジモンは不死身ではないがそれに近い。少し見方を変えれば恐怖の対象になる」
 ウォーグレイモンは冷静だ。楽観せず、過度に悲観もせず……。
 雑談をしているうちに、注文した味噌ラーメンが出来上がった。
「それで? ――あの件は俺に対する餌のつもりか?」
 背後の即席テーブルに着き、せっせと注文したものを食べているブラックウォーグレイモン達には聞こえないよう、ウォーグレイモンに話しかけた。
 データベースをわざと俺にだけ判るように一部見せたなど、DNSS『関東支部』総代表であれども許される行為では無い。
「ピピモンにはああいう事情がある」
「だからアンタが身元引き受けているのか……」
「ああ。今年に入って、一人暮らしをしたいと言って家を出たが……」
「そう……」
 ああいう事情――ピピモンは親に捨てられたらしい。
 ピピモンが幼い時に、あの子を一人で育てていた母親が恋人と家を出た。その三日後、母親と恋人は高速道路で起きた連続玉突き事故で死亡した。
 警察とDNSSが家に訪れた時、押入れの中で脱水症状などを起こして倒れていたピピモンを発見したらしい。皮肉なことに、母親の死が無ければあの子はそのまま衰弱死していたはずだ。
 その後、保護施設で数年育ち、それからウォーグレイモンが引き取ったと、あのデータベースには書かれていた。
「うちはそういう事情のデジモンを何人も引き取って育てている。私設の保護所みたいなものだからな……」
 DNSSの幹部連中が皆そんなことをしていると以前から知っていた。数年前に起きた『バッカスの杯』などの被害者救済の一環だ、と。世話好きなおせっかいばかりというわけだ。
「地下鉄で停電があって、その時に助けたそうだな?」
「聞いたのか?」
「だからここに来た。――あの子が世話になった。感謝する」
「それだけ言いにここに来たのか? 違うだろう? 餌をちらつかせるだけの理由があるのだろう?」
 あのデータベースを指摘し嫌味を込めて言うと、
「早い方法だっただろう?」
 とウォーグレイモンは悪びれずに言う。こちらを信頼しているというような話し方に俺は警戒心を強めた。
 しばらくお互いに黙って麺をすすった。
「……」
 ――幼い頃のピピモンは……恐らく、母親が恋人と会っている時は押入れの中に閉じ込められていたのだろう。いつもはそうして過ごしていても、数時間もすれば出してもらえる。
 けれど、母親達はあの子を出さずに家を出た。ピピモンは終わらない闇の中、待ち続けていたのだ。いつか出してもらえる、きっと……と。
「ピピモンが世話になった。これからもよろしく頼む」
 物思いに沈んでいると、不意にそう言われた。
「はあ?」
 ウォーグレイモンは機嫌良さそうにチャーシュー麺が入っていたどんぶりを空にしていた。
「何なら同居してやってくれ。一人暮らしは心配だから」
「おい、それだが、いくら本人が望んだからといって、中学生に一人暮らしをさせるのは良くないと思わないのか?」
「高校生だが?」
「高校生ぇ?」
「ああ。高二だ」
「高二ぃ? あのチビっ子が? 冗談だろ?」
 俺の顔を見て、おかしそうにウォーグレイモンは笑う。
「『及川さんが……』『及川さんは……』『及川さんってね……』って楽しそうだったぞ。モテて良かったな」
「はあ!?」
「知り合いだと言ったら驚いていた。が……ソフトウェア会社の社長だって? ふーん? ――まあ、よろしく頼む」
「……よろしくってぇ! オ、オマエ――!」
「ウイルスの事件で忙しくなり、ピピモンのことまで目が行き届かない。頼んだ。――オヤジ、美味かった。――ああ、領収書切ってくれ。ここにいる全員の分」
 ラーメンと引き換えにピピモンの面倒を押し付けられたことに、今さら気づいた……!
「同居って?」
 アルケニモンが腰を抜かすほど驚いている。
 俺だって驚きたいのは山々だ。困ったことになった。
「うちは託児所じゃない! ガキのお守りは断る!」
 ウォーグレイモンは聞く耳を持たず、さっさと歩き出す。
「待てっ!」
 ウォーグレイモンは歩みを止めた。そして
「言い忘れたが……」
 と振り返る。
「あの子は新しいバイトを始めるって言っていた。――面倒で無ければ、そこに挨拶に行ってくれないか?」
「は? バイト先に挨拶? そんなものは自分で行けっ!」
 ウォーグレイモンは返事をせず、ただ手を軽く振って帰って行った。
 事務所に戻る間、
「『モテ期到来!』って言うんですよね? こういうのって! ――あー、でも複雑ぅ……私より年下でしょう……」
「ヤバイですよ! 女子高生って!」
「本気か? 真性ロリコンだったのか?」
 アルケニモン達はあーだこーだと口うるさい。
「黙れ。殴るぞ。だいたい、うちにあんなチビはいらん! 邪魔なだけだ!」
 けれども角を曲がった時、突然皆が黙った。
「どうした?」
「ボス! ちょっと……」
 アルケニモンに言われ、彼女が指差した方を見た。
「――!」
 ぽかん、とした。そこにピピモンが立っていたからだ。

 コンビニの壁に沿うように立っていたピピモンは、昨日と同じように人間の姿で学校の制服を着ていた。白い紙袋を下げていて、俺に気づくと戸惑った顔をする。日陰にいても、表情は解る。
 そちらに行くと、伏せ目がちに視線を逸らす。
「ここのコンビニのレシートだったので……」
 俺の携帯電話番号を書いたレシートを頼りに、ここまで来たらしい。
「あの、お電話したら留守電だったので……」
 ラーメンを食べていた時だ。着信には全く気づかなかった。
 ――ピピモンが来る前に俺に話をしようと? だからラーメンの屋台まで俺達を連れ出したのか!ウォーグレイモンめ……!
「これ……ありがとうございました。お礼に……」
 ピピモンは昨日の診察費用とタクシー代が入っているらしい茶封筒、菓子折りらしい箱を俺に渡そうとする。
「こっちだけでいい」
 菓子折りだけ受け取り、茶封筒は受け取らなかった。
「そんな……でも……」
「いらない」
 そう言い、そのまま別れると、まるで追い帰すようだと気づき、
「茶ぐらい出す」
 と事務所に案内した。
 ピピモンは、ぱぁっと本当にそんな風に顔を輝かせた。まるでパーティーに招待されたような顔をして俺達についてくる。
 マミーモンが茶を用意し、アルケニモンがピピモンの持ってきた菓子折りの入った箱を紐解く。
「マミーモン、紅茶にして! バームクーヘンだから!」
 アルケニモンは彼女の好きな、白い箱に入ったバームクーヘンが出てきたので喜んでいる。
「これ、皮がカリッで中がしっとりで美味しいのよね〜♪」
「はい、美味しいんです♪」
 ピピモンはそんなアルケニモンをにこにこしながら見ている。一度会ったことがあるのでアルケニモンにもう懐いたらしい。
 ブラックウォーグレイモンは、その様子を不思議そうな顔をして見ていた。そして、こっそりと俺に訊ねる。
「――邪魔などころか、この場に溶け込んでいると思うが?」
 ――知るかっ!
 俺は頭痛がしてきた……。
 うちの連中は良く食べる。シュークリーム、ラーメンを食べた後でも、バームクーヘンをぺろりと食べた。
 和気あいあいとした会話が続く。人見知りをするブラックウォーグレイモンまで混ざっているのは珍しい。ガキは人見知りの対象外なのか?
「……あ。ごめんなさい、そろそろ時間だから……」
 ピピモンは黒い革張りのソファーから立ち上がる。隣に座っていたアルケニモンが
「用事があるの?」
 と微笑む。まるで妹に話しかけるような言い方だ。どうやら、文句を言っていたわりに可愛がる気になったらしい。
「ええ、その……バイトの時間なので」
「バイト? 夕方から?」
「はい。両親は仕事が忙しくて日本にいないんです。学校は奨学金で通っているけれど、生活費はバイトで稼がなくちゃ、って」
 明るく、そうピピモンは言った。
 俺はピピモンの事情を知っている。アルケニモン達も、先ほどのウォーグレイモンと俺の会話で、ピピモンは親がいなくて保護施設で育ったと知ったはずだ。
 アルケニモンは
「そうなの……大変ね。バイト、頑張って!」
 と優しく微笑む。何も知らない風を装う。
「どんなバイトなんだ?」
 マミーモンは遠慮がちに訊ねる。
「ファミレスのウエートレスです。こないだ面接で、今日からお仕事なんです。でも、ウイルスの事件があったから……もしかしたらお店はお休みなのかもしれませんけれど……」
 と、ピピモンは答える。
「店、どこ?」
 ブラックウォーグレイモンが訊ねる。ピピモンが年下なのでそれなりに気遣っているつもりらしい。
「はい、えっと……」
 ピピモンはファミレスの名前と支店名を言う。
 ――?
 アルケニモンとブラックウォーグレイモンの表情がわずかに強張った。けれど一瞬のことで、俺は気づいたがマミーモンは気がつかなかったようだ。マミーモンは人間の姿の時は鈍臭くなるから。もちろん、ピピモンも気づいていない。
「今度、食べに行こうかしら?」
 アルケニモンが言うと、ピピモンは嬉しそうだ。
 ブラックウォーグレイモンが突然、
「バイクの後ろ、乗ったことあるか?」
 と立ち上がる。
「いいえ、乗ったことありません」
 ピピモンは突然そんなことを言われ、首を傾げる。
「送るから」
 ロッカーに放り込んでいた予備のヘルメットを出し、驚いているピピモンに手渡す。
「ええ! でも……」
「慣れれば誰でも乗れる」
「ええっ、あの……」
 アルケニモンが
「送ってもらいなさい」
 と促したので、ピピモンは俺達にぺこりと頭を下げ、
「おじゃましました」
 と言った。
 俺は立ち上がる。アルケニモンとマミーモンも立ち上がった。
「じゃあな」
 俺はそう声をかけた。
 ピピモンが振り返り、寂しそうな、名残惜しそうな顔をする。
 俺は内心、
 ――そんな目で見るなぁ!
 と叫びそうになった。捨てられた犬猫のような目で見られても困る。うちはガキにかまっていられるほど台所事情は良くない。
 ピピモンがブラックウォーグレイモンに促されてドアの外に出て行くの見届け、俺は自分のデスクにさっさと戻って座った。
 アルケニモンが急に、
「ぼやぼやしているんじゃないよ、マミーモン!」
 と怒鳴った。
 食器の片づけをしようとしていたマミーモンは、
「え?」
 と、きょとんとする。
 アルケニモンは俺に、
「すぐに後を追いましょう!」
 と促す。
「何だ?」
「何だ、じゃないですよ! さっき私達に回した仕事の依頼書、忘れたんですか!」
「?」
 俺は首を傾げる。ええと……?
「もう、ボスったら!」
 アルケニモンが歯がゆそうにすると、マミーモンが
「俺、まだ読んでない……」
 と言ったので、
「あんたはっ!」
 とアルケニモンが頭をぶん殴る。
「うわ、ひどっ! 俺、部屋の掃除したり、布巾の漂白とかしていたからっ……」
 マミーモンが慌ててそう言った。
 アルケニモンはまくし立てるように話し始めた。
「ボス! 調査依頼が来ていたじゃないですか! ファミレスの店長や従業員がバイトの女の子に婦女暴行しているって。被害者の親だっていう人達から『警察がちゃんと調べてくれなかった。何とか警察に突き出せないか?』って……」
「なにぃぃぃっ!」
 俺は椅子を蹴って立ち上がった。

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